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マチュピチュの発見


 先日、ある地方都市で
数時間の時間がぽっかりと空く機会がありました。
天気が良ければ観光をしてもよかったのですが、
あいにくの台風の影響で雨模様です。
その地方に詳しい友人に相談してみると、
「図書館がいいよ」
というアドバイスをもらい
久しぶりに図書館で
まとまった時間を過ごすことにしました。

本を読むのは大好きですが、
普段はほとんど図書館に行くことはありません。
駆け出しのコンサルタントだった頃は
資料を探しによく出かけたものですが、
最近はインターネットという便利なものがあるので、
オフィスや自宅で
いくらでも調べ物ができてしまうからです。


 その市立図書館では
いろいろな本を読んだのですが、
最後にまとまって読んだのが
マーク・アダムス著
「マチュピチュ探検記」
(青土社)
です。
さすがに読了はできませんでしたが、
久しぶりに
マチュピチュに行ったことを思い出しました。

マチュピチュには
不思議な思い出があります。
阪根大学の学長で
ペルー在住の阪根博さんと、
同大学事務局長で
ワイルドライフ・フォトグラファーの
野村哲也さんに
旅を作ってもらって参加したのですが、
なぜかマチュピチュにいる間は
涙が止まらなくなりました。
別に悲しいわけでも、
感動しているわけでもないのですが、
ただ涙が止まらないのです。


 最初は、目の中にゴミが入ったのかなと
思っていたのですが、
顔を洗っても涙が止まらないので
なんか変だなと思っていたのですが、
駅に向かうバスに乗るために
ゲートをくぐって敷地外に出ると
ぴたりと止まりました。
そんな話を帰りの電車の中で、
同行していた小川雅弘さんにしたら、
小川さんが
メシアメジャーたちから
メッセージを受け取ることができる
村中愛さんに理由を尋ねてくれました。
そうすると、
創造の神様であるビラコチャ神と私が
昔一緒に仕事をしていたことがあるからだ、
という返答が返ってきました。


 小川さんや私は
「へぇー」
というぐらいの反応だったのですが、
それを聞いて驚いたのが
阪根さんと野村さん。
アンデスの人にとってビラコチャが
どれだけすごい信仰の対象になっているのかを
知っているお二人にとっては、
多分ビラコチャの名前も知らない
普通の日本人の私たちから
その名前が出てくることが驚きだったようです。

そんなこともあって、
ビラコチャのことがとても気になりだして、
翌年に小川さんも参加する形で
今度はビラコチャの生まれ故郷と言われている
チチカカ湖に行く旅をお二人に作ってもらい
2年連続でペルーに行くことになりました。


 そもそも、マチュピチュのことは
20年ぐらい前にはじめて知りました。
当時、ある中国系アメリカ人と仲良くて、
よく飲みに行っていました。
彼は2件目に
女性がサービスしてくれる店に行くのが好きで、
彼に連れられて行ったお店のホステスの女の子から
マチュピチュのことを教えてもらいました。
マチュピチュに行く旅費を作るために
そこで働いていると話してくれました。

当時の私は、
きれいな女性がいるお店は苦手で
話もあまりしない
つまらないお客だったと思いますが、
豪華な店の雰囲気にまったく溶け込んでいない
野暮ったい(?)ホステスさんと
いきなり二人でスピリチュアル談義を始めたので、
そのアメリカ人がびっくりしたぐらいでした。


 そして、阪根さんのことは、
阪根大学副学長の
山元加津子さん(かっこちゃん)が主演の
映画「1/4の奇跡 ~本当のことだから」
観ていて知っていたので、
本当にいいご縁をいただけたと
大喜びしたことを思い出します。

また、いまは卒業させていただきましたが、
オンライン阪根大学の講師もさせていただいて、
いろいろなご縁が広がったことも
ありがたいことだと思っています。


 図書館で本を読んでいて、
マチュピチュが1911年7月24日に
西洋人として初めて
探検家でイェール大学の講師をしていた
ハイラム・ビンガム三世に
発見されたことを知りました。

1533年にインカ帝国の首都クスコが
スペイン人に奪われた時から
400年近くその存在が
発見されなかったことは驚きなのですが、
ビンガム自身が書いた
『マチュピチュの「発見」』
(まちごとパブリッシング)
という本が出版されており、
マチュピチュ等のことを調べている人は
みんな熟読しているということを知って、
購入して読んでみることにしました。


 正直に書くと、
私にとっては決して
おもしろい本ではなかったのですが、
なんとか飛ばしながらも
読み切ることができました。
もちろんこの原稿を書くためというのが
一番大きな動機ですが、
私にとってのマチュピチュが
新たなステージに進むためには
大切なことだと思ったのです。

アンデスの文明は文字を持たずに
その代わり結縄(けつじょう)の一種である
キープという手法で
租税管理をしていたことが知られています。
文字を持てなかったのではなく、
文字を持つほど
文明が遅れていなかったのかもしれない
とも言われているようです。


 ビラコチャ神と縁があると
言われたからではありませんが、
なぜかアンデスの山の中と日本は
似たような雰囲気があるように感じています。
コロナ禍が完全に終結するまで、
ペルーに出かけていくことはないと思いますが、
それでも私にとってのマチュピチュを
心の中で感じていきたいと思っています。




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