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第4回「歴史が変わる-高松塚の[北斗八星帝車・陪塚・出行図]発見」

第4回
「歴史が変わる-高松塚の[北斗八星帝車・陪塚・出行図]発見」

※このブログの最後に、北斗八星を描いた出行図を載せていますので、
時々、ご参照のほどを。

1.既説・高松塚壁画制作の動機・本義論は
    「人物立ち位置・北斗八星図」発見で、全てがボツとなる

2.さらなる出行図の意味-驚愕の呪術-昼夜兼用の出行図
3.高松塚古墳壁画は、歴史を変える、日本独自の大ロマン
    「陪塚・壁画絵」であった

4.高松塚古墳壁画の出行図・提示-これでも、北斗八星・帝車の
    存在を否定できるのか

前回は、高松塚古墳壁画に描かれた「八人ずつの男女の立ち位置」
を線で繋ぐと、北斗八星が出現することを記しました。
今回は、「人物立ち位置・北斗八星図」には、どのような意味が含
まれているのか、さらに追求します。
高松塚古墳壁画は、世界に誇るべき、高度な、驚愕すべき、
「呪術・壁画絵」だということが分かります。


1.既説・高松塚壁画制作の動機・本義論は
    「人物立ち位置・北斗八星図」発見で、全てがボツとなる


(1)衝撃の「人物立ち位置・北斗八星・帝車」図の発見
高松塚古墳壁画に描かれていた、「人物の立ち位置」を線で繋ぐと、
何と、東壁と西壁に、北斗八星が明確に、出現しました。

私は、その形からして、自信を持って「北斗八星」である、と断言
できます。
しかも、東壁と西壁が、ほぼ、同じように「北斗八星」として、
描かれているのですから、確実性は限りなく高い。

北斗八星は、天帝(天皇)が乗る帝車を意味します。
有坂隆道氏は、高松塚古墳の星宿図(天体図)において、北斗星が
描かれていないことについて、次のように述べています。
< また、このような天の政治的解釈においては、北斗星は、天帝が
用いる乗用車に過ぎないから、あえて描くまでもなかった、と解釈
すべきであろうと考えます。 >  『古代史を解く鍵』(講談社)

有坂氏が述べている、天帝(天皇)が用いる自家用車に過ぎない
北斗星が、即ち、「北斗八星・帝車」が、八人ずつの男女によって、
描かれているのです。

中国の古墳壁画に描かれている出行図(しゅっこうず)には、墓主が
車に乗って出行する姿が描かれています。
※出行図とは、墓主が墓の中から息抜きに外に出ていく様子を
描いたもの。

秋山日出雄氏の論文、来村多加史氏の本、関西大学博物館HPに
おいては、八人ずつの男女は、出行図を表現しているだろうと、
記しています。

よって、出行図ならば、当然、車が描かれていてもおかしくは
ありません。

このように、高松塚古墳壁画が出行図とするならば、北斗八星・
帝車が描かれている可能性が高い、という条件も加わるのです。

考古学者・歴史学者、そして高松塚古墳に関係する研究者は、
「高松塚古墳壁画に描かれている八人ずつの男女は、北斗八星・
帝車を表現している」、と認めざるをえません。

このことは、これまでの高松塚古墳本質論がひっくり返ってしまう、
ということを意味します。
この「人物立ち位置・北斗八星図」たった一つの発見で、これまで
発表された多くの高松塚古墳壁画制作の動機・本義論は、全て否定
されてしまうのです。

なにしろ、天帝(天皇)が乗る車、「北斗八星・帝車」の出現なのです。
当然、問題になります。この北斗八星・帝車に乗る天皇とは?
被葬者は天皇でもないのに、帝車に乗れるはずがない。
まさに、大問題です。

今後、私の発見した、「人物立ち位置・北斗八星」図を引用しないで、
高松塚古墳壁画制作の動機・本義の探求はあり得ないことになります。
それほど衝撃を与える発見です。

何故ならば、壁画制作の動機・本義が「北斗八星・帝車の持つ意味
そのもの」、だからです。

高松塚古墳の被葬者は、壁画において何を語ろうとしていたのか?
被葬者の壁画制作の動機は?本義は?
「人物立ち位置・北斗八星図」の意味深さを、さらに追求します。

(2)関西大学は、「高松塚古墳壁画の八人ずつの男女は、出行図を表現」
   と推察しているのに、何故、「人物像は、北斗八星・帝車を表現している」
   と分からなかったのか?

関西大学博物館のHPを見ると高松塚古墳壁画は
「出行図(しゅっこうず)」であろうと記してあります。
よって、関西大学は、東壁と西壁の人物は、南に向かって出行する
出行図と認識していることになります。
私は、前回「八人ずつの男女は、その立ち位置を線で結ぶと、北斗
八星が出現」することを発見した、と記しました。
よって、このことから、道教哲理である、北斗八星は帝車(天皇の
乗る車)を表現している、ということを述べました。
関西大学の、「高松塚古墳壁画は出行図を表現している」という説は、
私にとって、大変、力強い応援なのです。

また、前回のブログで、中国古代の秦の始皇帝以来、出行図に描かれた
貴人の乗る車には、蓋(きぬがさ)を掲げる事例があることを記し、
高松塚に描かれた蓋は、「人物立ち位置・北斗八星帝車」に対して
掲げられた可能性がある、ということを証明しました。

(3)高松塚古墳壁画出行図にも、貴人の乗り物を描くという、
   中国哲理が表現されている

中国の古墳壁画においては、墓主は、馬車に乗って、出行するのが
普通です。
よって、貴人が乗る、出行のための移動手段・車が描かれているのです。

高松塚古墳も、この点は、中国古墳壁画と同様でした。
しかし、高松塚古墳の場合は、誰にでも分かるような形では、
描かれていませんでした。
大変、特殊な方法でした。

人物立ち位置によって、「北斗八星・帝車」という形で、表現して
いたのです。
それは、まるで、暗号のような表現方法でした。

残念なことに、関西大学の場合、「八人ずつの男女は出行を表現して
いる」、と論じているのに、ここから先へ進めませんでした。

関西大学が「人物立ち位置・北斗八星図」を発見出来なかったのも
仕方ないことです。

それは、被葬者が主として出行するのではなく、被葬者自らが北斗
八星となって、天井に描かれた天皇(北極星)をお乗せして出行する
のですから、想像外のことであり、あまりにも特殊過ぎたからです。

(4)高松塚古墳壁画の「出行図」の印象
来村多加史(きたむらたかし)氏は、
『高松塚とキトラ』(講談社・2008.1.30)のなかで、人物画は、
外出を意味する、「出行図(しゅっこうず)」であると記して
います。
また、中国壁画に描かれている、儀仗隊(ぎじょうたい)に先導
されるなどして威儀(いぎ)を正して出かける「出行図」とは違い、
従属的な雰囲気が薄れ、被葬者を野外へと誘う親しい仲間のような
印象を受ける、と述べています。

高松塚古墳発掘者の一人でもあった、秋山日出雄氏も、八人ずつの
男女について、「何(いず)れにしても律令時代の朝賀あるいは
出行図の行進を図示したと考えて大過はない」と述べています。
来村氏が言うように< ピクニック気分の万葉人 >と解釈可能です。
男子像の中に、首から前にかけているカバンが描かれています。
私は、さすがに言い過ぎと思いますが、このカバンのなかの一つ
には、酒器などが入っているような気がしてなりません。
時々、帝車(北斗八星)から降りて、花見、紅葉狩り、雪見、
等々の宴などを楽しんでいただく、という趣向をこらしている
のではなかろうか。
物見遊山(ものみゆさん)、遊楽気分を満喫できるような、
粋(いき)な計らいを表現している壁画である、と感じるのです。

しかし、来村氏も、北斗八星図を見つけることが出来なかった。
被葬者が北斗八星・帝車となって、天井に描かれた北極星(天皇)
をお乗せして出行するとは、考えもつかなかったのです。

(5)出行図・否定説
しかし、高松塚古墳壁画は出行図ではない、と否定する説もあります。
山本忠尚(ただなお)氏は、出行図説に対して否定的です。
次のように述べています。

< たしかに南(すなわち入り口)へむいた人物が多い。しかし、
顔のむきは定まっていないし、男性は足をそろえて止まっている。
むしろおたがいに談笑しているようにみえる。男性が持つ細長い
袋の中身が大刀であるとすれば、出向するのに袋のままのはずが
ないだろう。
また、唐墓壁画において男女がまじりあうことは初期にはなく、
墓室内に男性はいない。逆に女性が出行する場面は皆無である。
・・・・中略・・・・
唐ではあり得ないことである。女性は出行しないのだ。>
   『高松塚・キトラ古墳の謎』山本忠尚・吉川弘文館

確かに高松塚の出行図は、山本忠尚氏が記しているように、中国壁画に
見られる出行図とは違っています。
高松塚古墳は、墓道空間のない横口式石槨(せっかく)様式です。
描き方が違ってくるのは、当然です。

しかし、なによりも、この出行図は、中国の呪術原理を活用した、
中国でもあり得ないほどグレードの高い、日本独自の< 高松塚古墳・
被葬者・石上麻呂が、北斗八星・帝車となって、天皇をお乗せして、
出行するという、天皇(文武)乗車出行図 >なのです。

このことを理解すれは、出行図は、日本独自のものとして、全ての
疑問が氷解します。
この出行図を中国人に説明したら、驚愕(きょうがく)し、そして
魂消(たまげ)てしまうことでしょう。


2.さらなる出行図の意味-驚愕の呪術-昼夜兼用の出行図


東壁と西壁の壁画をさらに、検討しましょう。

東壁には、日像と青龍が描かれていて、西壁には月象と白虎が
描かれています。

この日像と月象は、何を意味しているのか、ちょっと考えて
いましたら、次のような考えが浮かんできました。

東壁は、日像と青龍が描かれています。
ならば、昼間用の帝車であり、「青龍に守護された昼間の出行図」
と言う意味に取れます。

同様に、西壁は、月象と白虎が描かれていることから、夜用の帝車
であり、「白虎に守護された夜用の出行図」を描いている、という
ことになります。

いずれにしても、この東壁と西壁に描かれた、「人物立ち位置・
北斗八星帝車」は、昼夜かまわず一日中、活動出来るという意味を
持っているのです。

多分、出行する姿は、東壁と西壁の両方が合体した、立体的な
ダブルの四輪帝車ということになり、昼も夜も、一日中運行が
出来る優れものの帝車、ということになります。

このような、意味深い帝車は、世界中探しても、ないでしょう。


3.高松塚古墳壁画は、歴史を変える、日本独自の大ロマン
   「陪塚・壁画絵」であった


以前にも記しましたが、秋山日出雄氏は、高松塚古墳は、この古墳の
北200mに位置する中尾山古墳の陪塚(ばいちょう)であると、論じて
います。
わたしも、諸手を挙げて、この説に賛成いたします。

中尾山古墳は、八角形であることから天皇陵であることが分かり、
被葬者は、文武天皇であると、推定されています。

高松塚古墳に描かれている壁画は、文武天皇の墓・中尾山古墳の
陪塚であるからには、それなりの壁画の内容であることが、想像
されます。

つまり、高松塚古墳壁画には、「陪塚(ばいちょう)・壁画絵」が
描かれていて、当然なのです。

中尾山古墳(文武天皇)は、「北極星古墳」であり、陪塚・高松塚
古墳(石上麻呂)は「北斗八星古墳」、なのです。

高松塚古墳壁画には、次のような陪塚を表現した内容が描かれて
いたのです。

◎高松塚古墳壁画の陪塚(ばいちょう)的表現-その一覧
①高松塚古墳壁画には、天文図が描かれているが、北斗八星を天文図に
 描かないことで、高松塚古墳全体を北斗八星としました。
 つまり、「高松塚古墳=北斗八星」。

②「高松塚古墳=北斗八星」である証拠として、東壁と西壁それぞれに、
 四人の男と四人の女を描き、男女の立ち位置を、北斗八星になるよう
 に配置しました。
 「高松塚古墳=北斗八星=八人ずつの男女」

③この人物北斗八星に一位の位を示す、深緑色の蓋(きぬがさ)を掲げ、
 この北斗八星は、被葬者自分自身(石上麻呂・いそのかみのまろ)で
 あることを示しました。
 「高松塚古墳=北斗八星=八人ずつの男女=石上麻呂」

④中国天文哲理により、北斗八星(石上麻呂)は、北極星である天帝
 (天皇・文武)をお乗せする帝車を意味します。
 「高松塚古墳=北斗八星=八人ずつの男女=石上麻呂=帝車」

⑤高松塚古墳は、中尾山古墳(文武天皇)の陪塚(ばいちょう)である
 事から、陪塚・高松塚古墳と言えます。
 「高松塚古墳=北斗八星=八人ずつの男女=石上麻呂=帝車=陪塚・
 高松塚古墳」

⑥天皇は北極星であるから、中尾山古墳は、「北極星古墳」と言えます。
 また、その陪塚である高松塚古墳は、「陪塚・北斗八星古墳」と
 言えます。
 「高松塚古墳=北斗八星=八人ずつの男女=石上麻呂=帝車=陪塚・
 高松塚北斗八星古墳」

つまり、高松塚古墳の被葬者石上麻呂(いそのかみのまろ)は、
北斗八星(八人ずつの男女)となり、お仕えした、北極星(天井の
北極星と中尾山古墳)である文武天皇を、死後も、永遠に、崇敬護持
しようとしたのです。

北斗八星(八人ずつの男女)となった石上麻呂は、北極星の文武天皇を、
永遠に、一日一周しながら、崇敬守護しているのです。
そして、時として、北斗八星帝車である石上麻呂は、文武天皇を
お乗せして、息抜き遊覧のため、飛鳥、八州、宇宙に向け、出行
するのです。

後日、キトラ古墳のことも述べますが、壁画制作動機と本義は、
キトラ古墳も高松塚古墳とまったく同じです。
次の通りです。

キトラ古墳被葬者・臣下である阿倍御主人(あべのみうし)は、
死後も、十二支獣頭人身像となり、北極星である天皇を、永遠に
崇敬守護していこうとしたのです。

なぜ、高松塚古墳壁画とキトラ古墳壁画は、描かれたのか?
その意味と本義は?このことについて、明確に論じた人は誰もいません。

◎網干(あぼし)善教氏が、生涯にわたって分からないと嘆いた、
   重大なことの一覧

高松塚古墳発掘者・網干善教氏は、高松塚古墳についての第一の
探究者でした。
その探究心に対して、敬服と尊敬の念でいっぱいです。
そして、素晴らしいことに、分からないことは、分からないと、
素直に述べていることです。
その事を、一覧します。
①なぜ、北斗星が天文図に描かれていなかったのか?
②なぜ、八人ずつの男女が描かれていたのか?
③なぜ、高松塚古墳に人物像が描かれていて、キトラ古墳には
 十二支獣頭人身像が描かれているのか?
④なぜ、天皇でもないのに、完全天皇図を描けたのか?

「① ② ③」については、網干氏は分からないと、晩年、正直に
記しています。
ずっと考えてきたが分からなかった、と嘆いています。
「① ②」は、最初の頃は、無視してもかまわないという、意見でした。

④の「なぜ、天皇でもないのに、完全天皇図を描けたのか?」に
ついては、なぜか、疑問にも思わなかったようです。もっとも、
誰一人として、疑問に思ったひとはいないようです。
天皇図が描かれていると言いながら、天皇でもない人物を、
理由もなく」被葬者に推定しているのです。
(この件は、次回記します)

◎何故、私は、高松塚古墳の謎を解くことが出来たのか?
高松塚古墳壁画のキーワードは、北斗八星という、八の世界でした。
それは、天武天皇が、伊勢神宮と大嘗祭に施した呪術です。

高松塚古墳壁画が何を語っているのか、その声は、天武天皇の
八の呪術の声でした。
私は、天武天皇の世界最強の呪術を知っているからこそ、高松塚
古墳壁画の発している声を聞くことが出来たのです。

その天武天皇の世界最強の呪術とは、次の通り。
「北極星(太陽・太極)北斗八星(八州・八卦)」
この呪術の中の、「北極星・北斗八星」の呪術を、高松塚古墳は
選んだのです。

天武天皇が、伊勢神宮と大嘗祭に施した、世界最強の呪術である
基本形を知らない限り、高松塚古墳の謎は解けないのです。
何故ならば、高松塚古墳の被葬者は、天武天皇の呪術を使って、
壁画を描かせたのですから。

同様に、日光東照宮も、天武天皇の呪術を採用したので、この呪術
を知らない限り、日光東照宮の本義は、語れないのです。


4.高松塚古墳壁画の出行図・提示-これでも、北斗八星・帝車の
   存在を否定できるのか


これまで述べてきたことを、2枚の図に表示します。
高松塚古墳関係者は、この図を見てもなお、
「人物立ち位置・北斗八星」を、認めないのであろうか。

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次回は、高松塚古墳被葬者(石上麻呂・いそのかみのまろ)は、
天皇でもないのに、なぜ、完全天皇図を描く事が出来たのか?
キトラ古墳被葬者(阿倍御主人・あべのみうし)も同様です。
天皇でもないのに、なぜ、完全天皇図を描けたのか?
この疑問は、誰も持たなかったのです。不思議です。
高松塚古墳の壁画を解読して分かったことですが、最初に問題
提起すべき、大問題だったのです。


畑さん.jpg

畑アカラ氏 プロフィール

昭和22年生まれ。静岡県出身。藤枝東高校卒。
明治大学政経学部卒業(蒲生ゼミ・村落社会調査)。
広告制作会社(株・漫画社)に勤務後、フリー。イラスト・ライター。
日本児童出版美術家連盟会員。
「8の世界」と「ハートの世界」の、オンリーワンの探究者。
「一般社団法人8月8日はハートの日協会」理事長。
「8月8日はハートの日」を全世界に広めるため活動中。
世界を一つに繋げることの出来るツール・・
それが「8月8日はハートの日」。
著作・歴史書:『古代天皇家「八」の暗号』(徳間書店)。
『古代天皇家の謎は「北斗八星」で解ける』(徳間書店) 
著作・エッセイ(画・文):『猫ノーテンキ』(草思社)、
『猫っ可愛がりのことわざ草紙』(毎日新聞)、
『きょうも猫日和』(徳間書店)。 
月間絵本・作絵:『ハーリーちゃんとハーティちゃん』
『にじをつくろう』(チャイルド本社)。
かみしばい:『からすのかーすけ』(教育画劇)。等々。
趣味はテニス。素人作曲(楽器は演奏できません)。サッカー観戦。

【最新著書ご紹介】

【大嘗祭・天皇号・伊勢神宮】 この国永遠の疑問を解く

[新装版]古代天皇家「八」の暗号



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