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第3回「高松塚の人物像の立ち位置は、北斗八星(帝車)を表現」

第3回 
「高松塚の人物像の立ち位置は、北斗八星(帝車)を表現」

1.高松塚古墳の八人ずつの男女の立ち位置は、北斗八星帝車を
    象(かたど)っていた-その真実の大発見

2.蓋(きぬがさ)を掲げるのは、八人ずつの男女が帝車を表現
    していることの証拠

前回は、高松塚古墳壁画の天文図に北斗星(八星)が描かれていない
のは、古墳全体を北斗八星としていたからであることを記しました。
そして、「高松塚古墳=被葬者=北斗八星=八人ずつの男女(陰陽)
=帝車」である事を述べました。

北斗八星と八人ずつの男女は、八が共通していることから、
「北斗八星=八人ずつの男女(陰陽)」と推測してきました。

ところが、この推測・「北斗八星=八人ずつの男女(陰陽)」を、
ほぼ、断定できる発見があったのです。
この発見の喜びを記します。


1.高松塚古墳の八人ずつの男女の立ち位置は、北斗八星帝車を
    象(かたど)っていた-その真実の大発見


私は、本に掲載されている、高松塚古墳壁画に描かれていた、男女
八人ずつの絵を眺めていました。
男性群と女性群は、神獣(青龍と白虎)を挟んで離れています。
東壁の南に男四人、東壁の北に女四人、そして西壁の南に男四人、
そして西壁の北に女四人、描かれています。
人の向きは、ほぼ、南に向かっている様子で描かれています。
この図を、しげしげ眺めていましたら、突然、閃きが!!
男女の立ち位置を線で結んだら、北斗八星になるのでは?
離れている男子四人の群と女子四人の群を、近付けてみました。

(1)東壁の八人
まずは、下図のように、東壁の蓋(きぬがさ)を持っているほうの
男女を、線で結んでみました。
すると、何と、北斗八星が目の前に出現したではありませんか!!
偶然か?牽強付会か?
この「人物・北斗八星図」と、実際の北斗八星図を並べましたから、
比べてみてください。
⑧の女子像が、輔星の位置にいることが分かります。

hata_blog_20201018-east8teisha.jpg

(2)西壁の八人
そして、西壁の方も線で繋いでみましょう。
下図を見てください。
やはり、「人物・北斗八星図」が形作られました。
⑧の女子像も離れた位置にあり、輔星を表現しています。

東壁と西壁で、同じような北斗八星の形が出来ましたから、北斗八星の
可能性は限りなく高いと思わざるを得ません。

hata_blog_20201018-west8teisha.jpg

(3)何故、今まで気づかれなかったのか?
発見したからこそ言えることですが、何故、このような単純な事実に、
いままで誰も気づかなかったのでしょうか?
それは、八の神様が、八の暗号だったために、八の探究家の私のために
取っておいてくれたとしか、思わざるを得ません。

故・吉野裕子氏は、高松塚古墳壁画図の天文図に北斗星が描かれて
いないのは、古墳そのものを北斗星に見立てたからだと、喝破(かっぱ)
しました。まさに卓見です。

ならば、吉野裕子氏が、当然、「人物立ち位置・北斗八星」を
見つけるべきだったのです。
しかし、吉野氏は、北斗星はあくまでも北斗七星としてのこだわりが
あったようです。
ここが、不思議です。
吉野氏の本を何冊か読むと、どうしても北斗七星のこだわりが出ていて、
どうやら、数字の八には、さほど興味を持っておられなかったようです。
いえいえ、この件も、私のために吉野氏が残しておいてくれたのだと、
勝手に解釈しています。

(4)「八人(男四人+女四人)=北斗八星」の意味
男性群はきちんと並んでいながら、女性群は、ばらけている・・・
この理由が分からないと、記していた本もありましたが、これでその
理由も分かったことになります。
女性は男性に比べて、だらしないなぁ、との感想を持った方も
おられるようですが、これも解消です。

八人ずつの男女は、北斗八星を表現している、ということがこれで
証明されたことになります!! ならば、大発見と言えるのです!!
二つの北斗八星が出現したことは、陰陽の北斗八星、と解釈できます。
すなわち、「八人ずつの男女=陰陽・北斗八星」です。

被葬者の石上麻呂(いそのかみのまろ)は、北斗八星となり、お仕え
した文武(もんむ)天皇(北極星)を永遠に輔弼(ほひつ)
したかったのですから、八人ずつの男女は、石上麻呂自身(北斗八星)
を意味することになります。

その石上麻呂は、贈・従(じゅ)一位の位でしたので、誇りを持って
その位を証明する蓋(きぬがさ)を、北斗八星に掲げていたと推測
できます。
つまり、この北斗八星は、贈・従一位の位を表現しており、被葬者は
石上麻呂である、ということを意味しているのです。

ならば、天井の天文図に描かれた天皇(北極星・文武天皇)は、この
八人ずつの男女が描いている「北斗八星・帝車=石上麻呂」に乗って、
宇宙を駆け巡る、ということになります。

漢代の北斗八星帝車図(下図)がありますが、以上の内容をここに
記入してみましょう。

hata_blog_20201018-8seitennou.jpg

(5)高松塚古墳発掘者・網干(あぼし)善教氏の八人ずつの男女に対する見解
高松塚古墳について、最も精力的に探求した学者は、故・網干善教氏
だと思います。
高松塚古墳発掘者の網干善教氏は、何故八人ずつの男女が描かれて
いるのかは、将来においても分からないだろうと、述べていました。
初期の頃(昭和57年10月12日)の論文では、八人ずつの男女は、
問題視しなくても全くかまわない、という立場でした。
次のように述べています。
< 人物は高松塚古墳では十六人であったけれど、それは五人でも八人
でも、あるいはもっと多数であってもよい筈である。
よりもむしろ墓室のなかに星宿・日月・四神が描かれていることの方が
より壁画構成の主題とすべきであるとの主張である。 >

しかし、晩年の頃の網干善教氏は、八人ずつの男女が描かれているのは、
何らかの意味があるだろうと思っていたようです。
残念ながら、結局、網干氏は、何故、八人ずつの男女が描かれていたか
の問題(本義)を解くことが出来なかったのです。

(6)高松塚古墳の八の暗号は、伊勢神宮、大嘗祭、日光東照宮と共通
ブログの1回目に、高松塚古墳壁画は、八の呪術暗号であり、八の
周波数で語っているから、八の周波数で聞き取る必要があると
述べました。

八の呪術暗号とは、「八の周波数=北斗八星・帝車=八人ずつの男女
=石上麻呂」のことだったのです。
この八の呪術暗号は、何度も記していますが、天武天皇が伊勢神宮
(リニューアル)と大嘗祭に施した呪術です。
具体的には、北極星(天皇)とそれを守護する北斗八星の呪術です。
この呪術を、臣下最高位にあった石上麻呂(いそのかみのまろ)が
高松塚古墳壁画に採り入れたのです。
なお、日光東照宮をデザインした天海大僧正も、この呪術(伊勢神宮)
を真似て、日光東照宮を造ったのです。

よって、高松塚古墳、伊勢神宮、大嘗祭、日光東照宮の本義は、
天武天皇の八の呪術を知らずして、語れないのです。
(この件は、後日、詳しく述べます)


2.蓋(きぬがさ)を掲げるのは、八人ずつの男女が帝車を表現
    していることの証拠


(1)何故、蓋(きぬがさ)を掲げているのか?その真実
何故、下図のように蓋を掲げているのでしょうか?

hata_blog_20201018-kinugasa.jpg

蓋は、普通に考えれば、貴人に差し掛けている図、となります。
しかし、高松塚古墳の場合の蓋は、「貴人に差し掛けている図ではなく」
、大変特殊な事例となります。
高松塚古墳壁画の真実を解く鍵となります。
誰も述べていない、この件について記します。

蓋(きぬがさ)の色については、既に1回目のブログで記しています。
蓋の色は、深緑です。深緑は一位の位を示していて、被葬者(石上麻呂)
の地位を表現しています。
贈・従(じゅ)一位の石上麻呂が存在しているのに、考古学者には、
このことを無視している学者もいて、皇子(みこ)も一位の位だ
として(普通に考えたら律令に記してあるように皇子は紫色なのに)
、無理矢理?皇子を被葬者に充てている、ということも記しました。
今回、新たに、蓋(きぬがさ)と車に付いての段上達雄(だんじょう
たつお)氏の論文を拝読することが出来ましたので、このことについて
述べます。

(2)蓋(きぬがさ)は、①貴人に差し掛ける場合と、②車に備える場合がある
段上達雄(だんじょうたつお)氏の論文
『きぬがさ1- 傘鉾と風流傘の源流-』
(別府大学大学院紀要13, 13-28。日付 Created2011-06-21 )
を拝読しました。
蓋(きぬがさ)全般の歴史を記したものですが、その中に、蓋と車の
事例が記してあります。
この論文には、高松塚古墳のことは出ていませんが、私としては、
大変参考になりました。
私は、少しでも、八人ずつの男女は、北斗八星・帝車を表現している、
ということを証明しようとして、努力してきました。
その証明の一つとして、車と蓋についての事例が役に立つと思います
ので、記します。(「八人ずつの男女=北斗八星」は、人物の立ち位置で、
決着が付いていると思いますが)

古代中国において、車(貴人の行列)には、蓋(きぬがさ)が付きもの
でした。
私は、今まで、「帝車=石上麻呂」ですから、石上麻呂(帝車)の
地位を表現するものとしての、蓋だと思っていました。
このことは、間違いではありません。真実です。

しかし、そもそも、古代から、高貴な人の行列に使用される車には、
蓋が付いていたことを知ったのです。
古代中国には、そうした伝統哲理があったのです。
ならば、蓋と帝車は、相性が良いと言うことになり、東壁と西壁に
描かれた八人は、帝車の証拠ともなります。

蓋と車の事例を段上達雄(だんじょうたつお)氏の論文を引用して
論じます。

蓋のルーツは、エジプトにあると言われ、それが、インド・中国に
渡ったとされています。
中国における蓋のルーツは、伝説上の黄帝に始まるとされています。

1)中国最古の蓋(きぬがさ)の資料は、湖南省長沙(こなんしょう・ちょうさ)の
    子弾庫(しだんこ)より出土した『楚帛画(そはくが)』

戦国時代(B.C.403~221)の楚のものと推定され、この帛画
(はくが)は「人物御龍図」と名付けられています。
「龍舟」の形になり、その龍舟に男性が乗り、男性の頭上には、蓋が
描かれています。
※帛画(はくが)は、古代中国などで製作された帛と呼ばれた絹布に
描かれた絵画。

hata_blog_20201018-sidankokinu.jpg

2)秦始皇帝陵・墳丘西側出土・銅車馬の蓋
1980年、秦始皇帝陵の墳丘西側の坑から、実物の二分の一の
大きさをもつ青銅製の銅車馬2両が出土しました。
この車馬(中国では馬車を車馬という)には、蓋がデザインされて
います。

hata_blog_20201018-kiite.jpg

3)「山東嘉祥宋山・小祠堂の西壁画像石」の蓋(きぬがさ)
漢代の画像石には、漢代の貴族たちの生活や歴史故実、神話などが
彫られています。
その代表として、「山東嘉祥宋山・小祠堂の西壁画像石」について
記します。
※祠堂(しどう)とは、先祖を祭る御霊屋,祖廟

画面は上下4段に区切られ、横長の画面4枚によって構成されています。
最上段は「西王母の仙人世界図」です。
2段目は「周公輔成王図」。中央に少年の成王が台上に立つ。
成王に向かって跪いている右手の人物は周公旦。左手の人物が垂下式の
蓋(きぬがさ)を少年王の上にかざしています。

最下段は「祠主車馬出行図」です。馬車には柱(柄)が立てられ、
蓋(車蓋)が御者と祠主を覆っています。
同一の画像石に垂下式蓋、それに馬車に立てられた柄付きの蓋が
刻まれています。
これによって、「前漢期には2種の蓋があった」ことがわかります。

※出行図とは、墓主が墓の中から息抜きに外に出ていく様子、あるいは
祠堂に行き子孫と対面する車馬出行図を画いたもの。
古代中国の墓には多くの出行図が描かれています。

hata_blog_20201018-gazouseki.jpg

以上、蓋(きぬがさ)と車の事例・3つをあげました。
貴人が乗る車は、蓋を掲げる例が多い、ということがお分かりいただけた
と思います。

ならば、高松塚古墳の東壁に描かれた八人の人物像は、蓋を掲げて
いますから、「八人の人物像=北斗八星・帝車」の説を後押しする
ことになります。

(3)高松塚古墳に描かれた蓋は、「帝車=四人ずつの男女・二組=被葬者」
    であることから、帝車そのものの位を示す標識

高松塚古墳壁画の蓋については、今まで、次のような議論がありました。
蓋(きぬがさ)は、隣の男性、つまり①被葬者に差し掛けている、
という説がありました。
しかし、この説は、その隣の男性は、ふくろを首から掛けていますから、
全ての侍者(じしゃ)と共通の群像と言うことになり、成立しません。

ならば、この蓋は、②横たわっている被葬者に差し掛けているので
しょうか?
それにしては、被葬者の足下にさしかけていることなり、この説も
しっくりきません。
また、垂直に掲げていますから、横たわっている被葬者に差し掛けて
いるとは、思われません。

私は、次のような見解です。
一位の位を示す蓋は、被葬者・石上麻呂(いそのかみのまろ)を表現
しています。
石上麻呂自身が、北斗八星(帝車=四人ずつの男女・二組)そのもの
になり、天井の天文図に描かれた天皇[北極星(文武・もんむ)]を
お乗せする帝車となって、宇宙を駆け巡る、という姿を描いている
のです。

北斗八星帝車は、石上麻呂(いそのかみのまろ)自身そのものである、
ということを、威儀を正して、誇りを持って、蓋(きぬがさ)で示して
いるのです。

つまり、東壁の男性が垂直に掲げている蓋は、「一位の位を示す
北斗八星・帝車=石上麻呂」であることの、メッセージなのです。

勿論のこと、臣下最高位の石上麻呂は、北斗八星となり、お仕えした
北極星である文武天皇を、死後も言祝(ことほ)ぎ、永遠にお守りして
いこうとしたのです。
当時の世相は、天武天皇が天皇号を正式に採用し、柿本人麻呂
(かきのもとのひとまろ)のように、天皇を神として言祝いでいた
世相でした。
高松塚古墳とキトラ古墳(後日、述べる)は、「天皇言祝(ことほ)
ぎ古墳」
であったのです。


◎次回は、高松塚古墳壁画に描かれている、八人ずつの北斗七星帝車は、
出行図である事、そしてこの出行図は、世界一美しい大ロマン物語を
表現していること、を述べます。
天皇(文武天皇・北極星)を北斗八星帝車(石上麻呂)にお乗せして
宇宙に出行しようとしている、天皇言祝(ことほ)ぎ・大ロマン物語図
に期待してください。


畑さん.jpg

畑アカラ氏 プロフィール

昭和22年生まれ。静岡県出身。藤枝東高校卒。
明治大学政経学部卒業(蒲生ゼミ・村落社会調査)。
広告制作会社(株・漫画社)に勤務後、フリー。イラスト・ライター。
日本児童出版美術家連盟会員。
「8の世界」と「ハートの世界」の、オンリーワンの探究者。
「一般社団法人8月8日はハートの日協会」理事長。
「8月8日はハートの日」を全世界に広めるため活動中。
世界を一つに繋げることの出来るツール・・
それが「8月8日はハートの日」。
著作・歴史書:『古代天皇家「八」の暗号』(徳間書店)。
『古代天皇家の謎は「北斗八星」で解ける』(徳間書店) 
著作・エッセイ(画・文):『猫ノーテンキ』(草思社)、
『猫っ可愛がりのことわざ草紙』(毎日新聞)、
『きょうも猫日和』(徳間書店)。 
月間絵本・作絵:『ハーリーちゃんとハーティちゃん』
『にじをつくろう』(チャイルド本社)。
かみしばい:『からすのかーすけ』(教育画劇)。等々。
趣味はテニス。素人作曲(楽器は演奏できません)。サッカー観戦。

【最新著書ご紹介】

【大嘗祭・天皇号・伊勢神宮】 この国永遠の疑問を解く

[新装版]古代天皇家「八」の暗号



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