サイトマップ

特別情報

« 前の記事を読む | BLOGトップ | 次の記事を読む »

第2回「高松塚概要と北斗八星が描かれていなかった真実」

第2回 
「高松塚概要と北斗八星が描かれていなかった真実」

1.高松塚古墳概要
2.北斗星(八星)が描かれていないことの真実
    ・・・高松塚古墳の本義・動機を表現している

1.高松塚古墳概要


高松塚古墳壁画の発見は、当時の人々を熱狂させ、大興奮を
巻き起こしました。そして、多くの学者、作家が意見を述べ、
被葬者についても言及しました。
◎発見日時・場所・当時の状況
昭和47年(1972年)3月26日、奈良県明日香村の高松塚古墳
を発掘調査していた奈良県橿原(かしはら)考古学研究所は、
男女の群像や四神が、石室の壁面に描かれていたと発表しました。
当時のマスコミは、< 日本考古学界の戦後最大の発見 >と、
大々的に報道したのです。

藤原宮の中心部分から真南に向かった方位に、天武・持統(じとう)
陵があります。
この軸は、いわゆる「聖なるライン」と呼ばれています。
このラインから西方には、天武天皇ゆかりの天皇、皇子、臣下たち
の墓が存在します。
この地域は、天武天皇の「陵園(りょうえん)」ともいわれています。

hata_blog_20200918-asukamap.jpg

◎築造年代と古墳の大きさ
7世紀末から8世紀初頭にかけて築造された終末期古墳で、
直径23m(下段)及び18m(上段)、高さ5mの二段式の円墳です。
石槨(せっかく)・・・長さ2.65m、幅1.03m、高さ1.13m。
凝灰岩の切石。漆喰(しっくい)が塗られ、その上に壁画を描く。
出土の乾漆棺(かんしつかん)片は、長さ1.94m。
「高松塚壁画館」にそのレプリカがありますが、誰もが、墓室内の
空間の狭さに、驚いてしまいます。
そして、狭い空間で壁画を描いた苦労が分かります。

hata_blog_20200918-takamatuhekiga.jpg

◎壁画
石壁の表面には約5ミリの真っ白な漆喰(しっくい)が塗られていて、
その壁面には、7色以上を使った豪華な絵が描かれています。
北面は玄武(げんぶ)、東面中央には青龍(せいりゅう)と太陽が、
西面中央には白虎(びゃっこ)と月が描かれています。
なお、築造当時、南壁には朱雀(すざく)が描かれていましたが、
鎌倉時代に盗掘され、そのときあけられた穴とともに、消滅した
とみられています。

◎八人ずつの男女
壁面には、男女八人ずつ、合計十六人の人物が描かれています。
西壁の女子群像は、さまざまな場所でカラー写真が紹介され、
「飛鳥(あすか)美人」のニックネームで親しまれています。
何故、八人ずつの男女が描かれていたのでしょうか?
高松塚古墳発掘者の網干(あぼし)善教氏は、永遠に分からない
であろうと、述べていました。
この謎を解いた者は、吉野裕子氏でした。吉野裕子氏が初めて、
その謎を解いたのです。まさに、卓見です。
私は、吉野氏のおかげで、完全なる謎解き解明が可能となったのです。
この八人ずつの男女群像は、「北斗八星」を表現していたのです。
吉野裕子氏は、基本的には、「北斗七星」として捉えていて、
残念ながら、完全なる解明には、至りませんでした。

◎天文図
天井(てんじょう)は、金箔(きんぱく)の星を朱線(しゅせん)
でつないだ星座で構成されています。天文図中央には、北極五星
と四輔四星(しほよんせい)からなる、紫微垣(しびえん)が
描かれています。
天文図の周りには、二十八宿(しゅく)が描かれています。
これらは古代中国の思想に基づくもので、中央の紫微垣(しびえん)
は、天帝(てんてい)の居所を意味しています。

◎この天文図には、歴史上、あり得ないことが存在
北斗星(八星)が描かれていないのです。天文図に北斗星が
描かれていない例は、過去、無いと断言できます。
この北斗星(八星)が描かれていない理由も、吉野裕子氏が
喝破しました。何と、素晴らしい閃きであることか!!
描かれていないのは、墓そのものが、北斗星であると解明したのです。
ただ、吉野氏は、「高松塚古墳=北斗星」としながら、被葬者は、
草壁(くさかべ)皇太子(天皇号追贈)であるとして、北斗星
そのものとしなかったのです。(詳しくは、後述)

壁画は、「天文図、日月図、四神図」、をセットとして描いて
います。つまり、「完全天皇図・完全天帝図」なのです。
墓室一箇所に、完全天皇図が描かれている壁画の事例は、
中国にも、朝鮮半島にも、存在しません。
日本独自に表現した最高グレードの古墳壁画、ともいえるのです。
ここは、大いに強調すべきことなのです。

hata_blog_20200918-tenmonzu.jpg

◎出土品
棺(ひつぎ)は、漆塗(うるしぬり)木棺(もっかん)。
出土品は、棺に使われていた金具類、銅釘、副葬品の大刀(たち)
金具、海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)、玉類、骨、など
があります。

hata_blog_20200918-chytudobutu.jpg

◎解体修理
発掘調査以降、壁画は現状のまま現地保存することに決定。
文化庁が石室内の温度や湿度の調整、防カビ処理などの保存管理、
定期点検を行ってきました。
しかし、壁画の退色・変色が、明らかにされました。
その結果、墳丘(ふんきゅう)の発掘調査と石室の解体修理は、
2006年10月に開始されました。
2020年3月26日、文化庁は、奈良県明日香村で行っていた高松塚
古墳壁画の修復作業が終わったと発表しました。
国は今後、古墳近くに保存展示の新施設を建てる計画です。


2.北斗星(八星)が描かれていないことの真実
    ・・・高松塚古墳の本義・動機を表現している


※北斗八星とは、北斗七星に輔星(ほせい・アルコル)を加えた
場合をいいます。
北斗八星と解することで、高松塚古墳の呪術は解読されます。

高松塚古墳の天文図には、多くの星が描かれています。
北斗星(八星)が描かれていないのは、きわめて異常であり、
100%あり得ない、と言わざるを得ません。
ならば、そこには、それなりの重大な事情があると考え、その
原因を考察するのが、常道です。

※余談ですが、驚いたことに「高松塚古墳には北斗七星が
描かれていて」と論じていた歴史本を二冊以上読みました。
案外、高松塚古墳壁画には、北斗七星が描かれていると
思っている人が多いのです。

(1)有坂隆道の見解
私の知る限り、この件に関して、正面から向かい論考したのは、
吉野裕子氏だけです。
有坂隆道(ありさかたかみち)氏は、「北斗七星は政治的解釈
では天帝の乗る車を意味するにすぎないから、その有無には
こだわる必要はない」、と述べています。
つまり、考察から外しているのです。
詳しくは、次の通り。

有坂隆道『古代史を解く鍵』・講談社
<< また、中央部紫微垣(しびえん)に北斗七星がありますが、
北斗七星は天文学上、占星術(せんせいじゅつ)上ないし信仰上
とくに重要な星で、およそ星を描く場合にはまっ先に描かれる
といってよいほどのものです。
ただし、私の申します政治的解釈では天帝の乗る車を意味するに
すぎませんから、高松塚の場合のように描いていなくても
かまわないと思います。
むしろ、高松塚の場合は北斗七星がないから、政治的象徴と
解すべきだという私の論拠の一つとなったわけです。
とにかく、今の場合、その有無にこだわる必要はありません。
ここで問題なのは、点の中心である天極部の表現です。>>

確かに天極部が問題でもあります。それは天帝(天皇)を表現
している、という意味において。
でも、それでは、そこで思考停止となってしまいます。

「北極星=天帝・天皇」は、北斗星(八星)が存在してこそ、
真の「北極星=天帝・天皇」なのです。それが道教哲理なのです。
北斗七星は、どういう解釈であれ、「天帝の乗る車を意味するに
すぎません」と突っぱねられたら、高松塚古墳の真実は、全く
見えてこないのです。

(2)北斗星(八星)が描かれていないのは、高松塚古墳の
   本義・動機を表現している

私の説にとっては、「天帝の乗る車を意味する」ことこそが、
最重要なのです。
このことこそが、高松塚古墳の「本義」、つまり壁画制作の
「動機」なのです。
それは高松塚古墳の呪術でもあるのです。

考古学者は、北斗星が描かれていないことを、無視しています。
いえいえ、分からないから言及しないのです。
つまり、考古学者は、高松塚の呪術(北斗星が描かれていないこと、
そして八人ずつの男女が描かれていること)を受け入れない限り、
高松塚古墳の本義と壁画制作の動機は、永遠に解らない、
ということです。

高松塚の研究において、無学な小生など近寄れないほどの、
膨大な素晴らしい研究資料が残されました。
勿論、その先学の探究資料があったからこそ、私の説を論ずる
ことが出来るのです。
その学恩に感謝いたします。

(3)北斗八星が描かれている事例紹介
天文図に北斗星(八星)が描かれていないことが、どれほど、
正常でないのか、事例をあげて説明いたします。
そうしないと、読者には、解っていただけないと思うからです。

◎キトラ古墳天文図
キトラ天文図には、「北斗八星」が描かれています。
よって、高松塚古墳も、北斗七星ではなく、「北斗八星」が
描かれていなかったのです。

hata_blog_20200918-kitoratenmonzu.jpg

◎高麗王第二十代神宗(しんそう)陽陵の墓室
神宗の在位期間は、1197年~1204年。
この星辰(せいしん)図には、北極星は描かれていません。
中央に「北斗八星」だけが描かれています。
高麗王は、皇帝の制でなかったからだと思われます。

hata_blog_20200918-seisinzu.jpg

◎南宋淳祐(じゅんゆう)天文図・紫微垣(しびえん)内図
南宋淳祐天文図は、淳祐七年(1247年)に石刻(せっこく)
されたもの。1434星を刻んだ詳細な星図です。
この紫微垣(しびえん)内には、北極五星と「北斗八星」が
描かれています。

hata_blog_20200918-junyusibien.jpg

◎呉越(ごえつ)国の星象(せいしょう)図
呉越国文穆(ぶんぼく)王墓に、星象図が存在します。
北極星と北斗八星が描かれています。
揚子江(ようすこう)下流の浙江(せっこう)省を中心に建国。
杭州に都をたてた。942年陵墓が築造されました。
呉越国王は、地方政権にもかかわらず、中国伝統の「天子(皇帝)
の制」を採用していた、ことになります。

hata_blog_20200918-goetuoo.jpg

以上、天体図を見てきましたが、高松塚古墳に、北斗八星が
描かれていないのは、ただ事ではないということです。
※北朝鮮国立博物館に展示されている、有名な「天象列次分野之図
(てんしょうれつじぶんやのず)」には、勿論、北斗星が
描かれています。
しかし、輔星(ほせい)が描かれているのかどうか、その複写図を
見ても判断が付きませんでした。

(4)北斗七星を描いていないこと――その重大な意味
1)吉野裕子(ひろこ)説
吉野裕子氏は、次のように述べています。
(『持統天皇』・吉野裕子・人文書院)

<< 中国古代哲学は天帝を北極星になぞられるから、この
動けない天帝は、その周りを規則正しく回転する北斗七星を
その輔弼(ほひつ)として絶対に必要とする。
日本の天皇はこの天帝に重ね合わされているから、北斗七星に
象(かたど)られた墓は太子の墓として最もふさわしい。
いずれにしてもこの墓の主は、北斗七星の車に乗り得るほどの
高位の人、天皇、もしくはそれに準ずる人でなければならない。
草壁皇子(くさかべのみこ)はこの世で既に皇太子といっても、
並の太子ではなく、天皇の称号を追贈されている。
しかも、母の持統天皇はこの皇太子の来世のために、呪術の
限りをつくした。
北斗七星の車は天井の壁画からは隠されているが、実は墓
そのものが北斗七星なのであろう。
この八人の婦人がもし北斗の精であるならば、この墓はまさに
北斗の車そのものである。>>

吉野裕子氏は、< 高松塚古墳に、北斗七星が描かれていない
のは、墓そのものを北斗七星としているからである >
と述べています。
何と秀逸な想像力であることか!!素晴らしい閃きです!!

ただ、吉野氏は、高松塚古墳そのものを北斗七星に擬(なぞら)えた
と述べながらも、被葬者を北斗七星という帝車(ていしゃ)に乗る
人物・草壁皇子(くさかべのみこ)と、推論しています。

つまり、「高松塚=被葬者=北斗七星(帝車)に乗る人物=
草壁皇子(くさかべのみこ)」 としています。
吉野氏は、「高松塚古墳そのものを北斗七星に擬(なぞら)えた」
と記していますから「被葬者=高松塚古墳=北斗星」としなければ
ならないのに、何故か、被葬者を「北斗七星に乗る人物」、
としています。
ここに、吉野氏の矛盾があり、訂正の必要が生じてくるのです。

※また、草壁皇子(天皇号・追贈)の墓は、天皇陵の象徴である
八角形の束明神(つかみょうじん)古墳とされています。
よって、吉野氏の草壁皇子・被葬者説は、成り立たないのです。
また、後日述べますが、海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)
の出土品の年代考証からも、あり得ないのです。

2)漢代の帝車と伊勢神宮の帝車
帝車(ていしゃ)とは、天帝(天皇・北極星)が乗る北斗七星
(八星)の車のことです。
中国の伝承によると、天帝(天皇・北極星)は北斗七星(八星)
という車に乗り、宇宙を駆(か)け巡(めぐ)る、とされて
いるのです。

伊勢神宮は、この中国の伝承を採り入れました。
天武天皇(即位・673年)は、内宮を、「北極星(天皇)・天照大神」
とし、外宮を、「北斗八星・豊受大神・帝車」としました。
つまり、日本における北斗八星・帝車とは、「天照大神と天皇の
専用自家用車」なのです。

漢代に描かれた帝車図と、伊勢神宮の帝車図を比較してみましょう。
伊勢神宮の帝車図は、牛車図で、外宮ご遷宮(せんぐう)の際、
門外不出とされていた、み正体(しょうたい)を蔽(おお)う
錦(にしき)の刺車(さしぐるま)紋として、描かれています。

hata_blog_20200918-teichakangekuu.jpg

3)畑アカラ説の発見
私は、高松塚古墳そのものを北斗八星、とするならば、
「高松塚古墳 = 被葬者= 八人ずつの男女(陰陽)=北斗八星
 = 帝車(ていしゃ)」
としなければならない、と思います。

八人ずつの男女は、高松塚古墳そのものであり、被葬者を象徴し、
さらに、「陰陽の北斗八星」をも象徴しているのです。

このように解釈することによって、高松塚古墳壁画の全ての
呪術(暗号)が、瞬時に解けるのです。

高松塚の被葬者が、北斗八星(八人ずつの男女)で帝車となれば、
被葬者は北極星(天皇)を輔弼(ほひつ)する人物ということに
なります。

◎北極星(天皇)は、どこに存在しているのでしょうか?
北極星(天皇)は、天井に描かれた天文図の中心に位置して
います。勿論、墓の中心点です。

ならば、天皇(北極星)を、北斗八星となって輔弼(ほひつ)
する人物とは? 
被葬者捜しの第一歩が、始まることとなります。
先に、結論を述べます。
文武(もんむ)天皇(即位697年)、です。
それは、前回、述べましたが(後日さらに詳しく述べます)、
高松塚古墳は、高松塚古墳の真北200Mにある中尾山古墳
(文武天皇・八角形)の陪塚(ばいちょう)であるからです。
天井に描かれた北極星(天皇)は、その中尾山古墳の被葬者・
文武天皇なのです。

このことは、前回述べた通り、秋山日出雄氏の陪塚説によって、
証明されるのです。
つまり、高松塚古墳は「北斗八星古墳」であり、中尾山古墳は
「北極星古墳」でもあることから、天皇(文武天皇)と臣下
(石上麻呂・いそのかみのまろ)の関係にあるのです。
これまで述べた、高松塚古墳と北斗八星の関係を、
図にしてみました。

hata_blog_20200918-kofunzu.jpg

北斗八星が描かれていないのは、高松塚古墳全体を、北斗八星
としたからです。
その象徴として、八人ずつの男女が描かれたのです。
これが、高松塚古墳の基本呪術なのです。

4)何故、壁画呪術絵を描いたのか?・・・当時の世相による
それは、前回のブログでも述べたように、高松塚古墳被葬者・
石上麻呂(いそのかみのまろ)が、死後も天皇を永遠にお守り
していこうとした、その気持ちの発露なのです。
当時は、臣下が天皇を神として言祝(ことほ)ぐ世相であった
のです。
宮廷(きゅうてい)歌人・柿本人麻呂[かきのもとのひとまろ
(生没年不詳・主な作品は689‐700年頃)]と、
大将軍であった高級官僚・大伴御行[おおとものみゆき・
701年薨去(こうきょ)]は、
『大君は神にしませば・・・』と、天皇を神として歌い言祝
(ことほ)いでいます。

高松塚古墳壁画とキトラ古墳壁画は、具体的に天皇を神(北極星)
として言祝(ことほ)ぎ、死後も天皇(北極星)を崇敬(すうけい)
守護していこうとした、「呪術画(じゅじゅつが)」でもあった
のです。

天皇を神として言祝ぐことは、当時、豪族間の競争ともなって
いました。
後日、詳しく述べますが、臣下第一位になった阿倍御主人
[あべのみうし・703年薨去(こうきょ)・右大臣]は
キトラ古墳壁画を描き、天皇(北極星)を神として、死後も
永遠にお守りしようとしたのです。
14年後、それを真似たのが、高松塚古墳被葬者の石上麻呂
[いそのかみのまろ・717年薨去(こうきょ)・左大臣]です。

私は、この説こそが、高松塚古墳壁画とキトラ古墳壁画の本義
であり、真実であると思っています。
いつか、考古学者からも私の説が認められることを願っています。

次回は、さらに、高松塚古墳壁画は、死後も永遠に天皇(北極星)
をお守りしていこうとした表現絵画であることを、証明します。
八人ずつの男女が、北斗八星を表現している、驚くべき決定的な
証拠を発見したので、図として示します。


畑さん.jpg

畑アカラ氏 プロフィール

昭和22年生まれ。静岡県出身。藤枝東高校卒。
明治大学政経学部卒業(蒲生ゼミ・村落社会調査)。
広告制作会社(株・漫画社)に勤務後、フリー。イラスト・ライター。
日本児童出版美術家連盟会員。
「8の世界」と「ハートの世界」の、オンリーワンの探究者。
「一般社団法人8月8日はハートの日協会」理事長。
「8月8日はハートの日」を全世界に広めるため活動中。
世界を一つに繋げることの出来るツール・・
それが「8月8日はハートの日」。
著作・歴史書:『古代天皇家「八」の暗号』(徳間書店)。
『古代天皇家の謎は「北斗八星」で解ける』(徳間書店) 
著作・エッセイ(画・文):『猫ノーテンキ』(草思社)、
『猫っ可愛がりのことわざ草紙』(毎日新聞)、
『きょうも猫日和』(徳間書店)。 
月間絵本・作絵:『ハーリーちゃんとハーティちゃん』
『にじをつくろう』(チャイルド本社)。
かみしばい:『からすのかーすけ』(教育画劇)。等々。
趣味はテニス。素人作曲(楽器は演奏できません)。サッカー観戦。

【最新著書ご紹介】

【大嘗祭・天皇号・伊勢神宮】 この国永遠の疑問を解く

[新装版]古代天皇家「八」の暗号



カテゴリー

月別アーカイブ



  • にんげんクラブ入会キャンペーン
  • メルマガ登録(無料)
  • にんげんクラブストア
  • 舩井フォーラム 講演CD・DVD
  • Kan.ワークプログラムDVD
  • 黎明
  • やさしい ホツマツタヱ
  • 舩井幸雄記念館
  • 秋山峰男の世界
  • 船井幸雄.com
  • ザ・フナイ
  • ビジネス共済なら協同組合企業共済会
  • Facebookページはこちら
  • スタッフブログはこちら
グループ会社
  • 舩井幸雄.com
  • 本物研究所
  • エヴァビジョン
  • ほんものや