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第7回 大嘗祭

「大嘗祭の価値を知らずして大嘗祭を語るなかれ 
  & 高天原の八重畳と北斗八星の呪術絵を知らずして、
  大嘗祭は語れない」


1、大嘗祭の価値を知らずして大嘗祭を語るなかれ

読売新聞で、11月6日、神奈川大名誉教授の中島三千男先生は、
大嘗祭について、毎年行っている新嘗祭のように、
神嘉殿(しんかでん)で実施すれば、国民の負担が軽減される、
との意見を述べています。
この記事を読み、色々な意味に於いて、
暗澹(あんたん)たる気持ちになりました。
それは、大嘗祭の原点を忘れている、
現在の大嘗祭の在り方にもおよびます。


(1)大嘗祭は、地方の民の参加により、
   神殿「悠紀殿(ゆきでん)・主基殿(すきでん)」を
   作ることに意義があった
   ・・・それは「君民一体」の象徴

大嘗宮の悠紀(ゆき)殿・主基(すき)殿は、
卜定(ぼくじょう)で決められた、
悠紀(ゆき)の国、主基(すき)の国の民によって、
作られます。
なぜ、二国なのか?
悠紀国・主基国の二国で、
八州(やしま・日本)を代表しているからです。
つまり、二国の民が、八州(日本)の民を代表して、
神殿を作るのです。
ここに、意義があるのです。

大嘗祭は、民の協力・奉仕によって、作られるのです。
つまり、「君民一体」なのです。
その象徴が、地方の民の神殿造りです。

よって、宮内庁の既存の建物で斎行する新嘗祭とは、
全く異なる意義があるのです。
そして、もう一つの大切な意義は、
新しく作るのは、清浄な場所で神様をお迎えするという、
意味もあります。

ですから、大嘗祭も、新嘗祭と同様に
神嘉殿(しんかでん)でやったらいい、との発言には、
大嘗祭の意義を、根本から無くすことになるのです。


これは仕方がないことですが、
もう一つの憂(うれ)うことがあります。
近年において、悠紀殿・主基殿は、古(いにしえ)と違って、
五日間で作られるわけでもなく、
また、悠紀国・主基国の民によって、
直接、作られるわけではありません。

つまり、日本を代表する悠紀国・主基国の民が、
直接、神殿を作るという、
貴重な意味が薄れてしまいました。
私の、ため息は、ここにもあるのです。

(2)悠紀(ゆき)殿・主基(すき)殿が、
   二国の民によって作られる重大な意義と同様、
   稲も、地方の民(悠紀国・主基国)によって
   作られる稲を神饌として用いることに、
   重大な意義があった。

天皇が神様と共食される神饌(しんせん・米)は、
二国(悠紀国・主基国)からとれた稲を用います。
やはり、そこに、意義があるのです。
新嘗祭で使用される稲は、官田で作られたものです。
この、大いなる違いを理解しなくてはなりません。

新嘗祭と違い、大嘗祭は、
民の協力・奉仕によって、作られるのです。
つまり、「君民一体」なのです。

天皇は、神様と一緒に新穀を召し上がることで、
皇位継承の資格を得るのです。
その新穀は、日本の民を代表とする悠紀国・主基国で
作られたものでないと、だめなのです。
ここに、大嘗祭の意義があるわけです。

幸いにして、今日においても、古(いにしえ)の大嘗祭と同様、
悠紀田・主基田を卜定(ぼくじょう・占い)して、
そこからとれた新穀を用います。

「神殿」と「神饌」が地方の民(悠紀国・主基国)の手で
作られるということ
・・・つまり、民の参加・奉仕に、意義があるのです。

(3)なぜ、簡素な神殿なのか?
   なぜ、食器が柏の葉なのか?
   それは、縄文時代・弥生時代に思いをはせていた証拠
   ・・・板葺(いたぶき)の屋根は、あまりにも悲しい

既に述べていますが、
古(いにしえ)の悠紀(ゆき)殿・主基(すき)殿は、
実に、簡素な作りでした。
5日間で作り上げ、神事が終わったならば、
すぐさま、壊されます。

柱は、皮付きの丸太、つまり黒木で作られ、
屋根は茅葺(かやぶき)、
壁は、芝を固めてそれに蓆(むしろ)を貼った作りです。
神事の行われた場所は、
最初の頃は、土間の上に蓆(むしろ)を敷いて、
行われました。
そして、食器は、驚いたことに、
いまもって、柏の葉を使用しています。
また、粟(あわ)も米同様、神饌(しんせん)として、
神様と天皇が、召し上がります。

大嘗祭を創設した天武天皇は、
縄文時代、弥生時代に、思いをはせていたのです。
大嘗祭は、縄文文化、弥生文化も大切にしようとしている、
このことに意義があるのです。

今回は、初めて、茅葺(かやぶき)から、
板葺(いたぶき)に変わりました。

建物は、時代によって、変わります。
これは、長い目で見れば、当然です。
しかし、何年経っても、変わってはいけない部分と、
変わってもしかたない部分があります。

伊勢神宮の建物を、板葺(いたぶき)にしたらどうでしょうか?
もう、伊勢神宮ではなくなってしまいます。


天武天皇は、前述のように、
縄文・弥生時代を大切にし、思いをはせていました。
板葺(いたぶき)屋根は、その、
天武天皇の気持ちを、無視することになるのです。
だてに、いまもって、
食器を柏の葉としているのではないのです。
また、大嘗祭は、ひそかに、
粟(あわ)も米と同様に大切にしてきたのです。

資金、茅葺(かやぶき)職人の問題があることは分かりますが、
このようなことは、
日本人の叡智で簡単に何とかなるものです。
私のため息は、ここでも、発せられるのです。

2、高天原の八重畳と北斗八星の呪術絵を知らずして、
  大嘗祭は語れない

今まで大嘗祭について、
天照大神と北極星の習合(しゅうごう)、渡御(とぎょ)、
共食神事、北斗八星の意味、天孫降臨(てんそんこうりん)、
等々について述べてきたことを、図式化すると、
「図7-1」「図7-2」のようになります。

大嘗祭は、冬至の日を想定して行われています。
冬至の日はもともと、北斗八星の位置によっても、
決められていました(太陽の日の出と日没位置と併用)。

よって、北斗八星の位置と大嘗祭の進行具合が、
この図によって、分かります。

大嘗祭は、この北斗八星と冬至の呪術(建子月・けんしげつ)を
採り入れることによって、高度な、そして洗練された、
スケールの大きな宇宙祭祀(さいし)形式となったのです。

zu7-1.jpg

zu7-2.jpg


①午後6時頃、大嘗宮に燈(あかり)と庭燎(にわび)がつけられ、
 八重畳(やえだたみ)が悠紀(ゆき)殿・主基(すき)殿に
 運び込まれます。

また、造酒童女(さかつこ)が稲を舂(つ)き、
八乙女が稲舂歌(いねつきうた)を歌います。

八重畳(やえだたみ)が設置されると同時に、
北斗八星帝車に乗った天照大神と北極星は、
八重畳に到着し、そこで御休寝されます。

ここにおいて、天照大神と北極星が習合される、
ということになります。


②午後9時頃、天皇は、廻立殿(かいりゅうでん)から
 悠紀(ゆき)殿に渡御(とぎょ)します。
 この姿は、北斗八星帝車に乗って、
 地上の廻立殿(かいきゅうでん)から
 高天原(たかあまはら)の悠紀(ゆき)殿に渡る姿を
 表現しています。

③午後9時半頃、神饌行立(しんせんぎょうりゅう)があります。
 この神饌行立も、北斗八星大匙(おおさじ・帝車)によって
 運ばれるという姿を表現しているのです。

④午後、11時半頃、悠紀(ゆき)殿の神事は終了します。
 天皇は、渡御(とぎょ)のときと同じように
 北斗八星帝車にお乗りになって、
 廻立殿(かいりゅうでん)に還御(かんぎょ)します。

天照大神と北極星の場合は、北斗八星帝車に乗って、
お隣の主基(すき)殿の八重畳(やえだたみ)に移り、
御休寝されます。

還御(かんぎょ)は、天皇継承の全ての資格を得た後の
天孫降臨を表現しています。


⑤午前0時は、悠紀(ゆき)殿神事が終わり、
 主基(すき)殿神事が始まるまでの、
 分岐点となります。

この午前0時は、冬至の日のこの時刻、
北斗八星の尾が真北(垂直・下向き)になります。

大げさに言えば、この時刻を中心として、
地球カレンダー(旧暦)が決まっていたのです。
大嘗祭は、この地球カレンダーの基準点を
採用しているのです。

この冬至の日は、最も長く星の輝く日です。
最も北極星が長く輝く日です。

又、同時に、太陽が最も衰える日でもあります。
しかし、太陽はこの日を境に、一陽来復(いちようらいふく)、
日に日にパワーを増していくのです。
日(ひ)の御子(みこ)である天皇が、
パワーを増していくのです。

北極星(天皇)をサポートしていて、多くの意味を持ち、
日本の国柄を表現している北斗八星が、
冬至の午前0時に真北を向き、垂直に立っている姿は、
まさに、日本の美を象徴していると言っても過言ではありません。


⑥午前0時を過ぎると、
 同じことを今度は主基(すき)殿で繰り返します。

⑦午前3 時頃、天皇は主基(すき)殿に渡御(とぎょ)され、
 午前3時半頃、神饌行立(しんせんぎょうりょう)が始まります。

神饌行立は、北斗八星大匙(おおさじ・帝車)から、
主基殿に神饌が届けられる姿と推測できます。


⑧午前5時過ぎ、天皇は、
 北斗八星(帝車)に乗られ、還御(かんぎょ)されます。
 と同時に、天照大神と北極星も、
 北斗八星(帝車)に乗せられ、夜明け前に、
 それぞれの元の場所に戻られます。

⑨午前5時半頃、大嘗宮が壊却(えきゃく)され、
 悠紀殿・主基殿の神事は全て終了します。

この時刻は、「卯の刻」に相当し、
北斗八星の尾は、東を向きます。
東は、春をも意味し、日の出を象徴しています。

冬至を過ぎて陽気が漂い始めるという、
大嘗祭の神事が終わるのに相応しい、時刻となります。


以上、簡単に、「図7-1」「図7-2」に沿って
説明いたしましたが、
大嘗祭は、このような、北極星と北斗八星の呪術によって
成り立っているのだということを、
是非とも知って欲しいのです。

大嘗祭の真実は、
天の中心、北極星・北斗八星に描かれているのです。

天文遁甲(とんこう)を能(よ)くする、
呪術のエキスパート・天武天皇を理解しないと、
大嘗祭の真実は、全く分からないのです。



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