サイトマップ

特別情報

« 前の記事を読む | BLOGトップ | 次の記事を読む »

第5回 大嘗祭


「夜空に輝く、北斗八星の動きを知らずして、大嘗祭は語れない」


前回は、大嘗祭は冬至祭であり、
天皇(北極星)を祭っていることを、証明しました。

今回は、もう一歩踏み込んで、
冬至の日の「北斗八星の位置」の意義と、
その動きを紹介いたします。


吉野裕子氏は、この件について、北斗七星として少し述べていますが、
私は、北斗八星として、その位置も、正確に図式化して、記します。

北斗八星の動きと大嘗祭神事との関係を、
図にしたものは、今までありませんでした。

大嘗祭における北斗八星ですが、日本の国柄の全てを含んでいることは、
3回目の(10)の世界最強の北斗八星グランドデザイン図で、
示しています。

このことも合わせて、是非とも、大嘗祭は、天地一体となった、
宇宙的なお祭でもある事を、認識していただきたい、と思います。


(1)夜空に輝く北斗八星を仰いで、
   大嘗祭の進行を想像していただきたい

大嘗祭の進行は、天の大時計である
北斗八星の動きと共に、決められていくのです。

大嘗祭の時間経過とともに、夜空に描く北斗八星の位置関係が、
大変意味深く表現されており、
このことは是非とも知っていただきたいのです。

その前に、基本となることから紹介いたします。

(2)旧暦は、北斗八星の位置で決めた

旧暦は、何を基準として作られたかと云いますと、
冬至を基準にして作られました。

北斗八星の「柄(尾)」に当たる部分は、
季節によって方向性を示します。

そこで、真下に向ける北斗八星の柄(尾)を基準にして、
各月の名前を十二支に振り分けたのです。
何と、北斗八星の柄の方向で、
月の名前を決めたのです。

具体的に言いますと、
冬至を含む月の「子(ね)の刻・午前0時、頃」には、
北斗八星の柄(尾)の先が真下(北の方角)を指します。

(垂直に立つ)(図5-1)


この月を十二支の最初である
「建子月(けんしげつ)」としたのです。
それが、月建(げっけん)です。

北斗八星の柄(尾)は、季節と暦を示す、
天の大時計の針と位置付けたのです。

北半球の天空に一年中見えている北斗八星は、
古代中国では天の大時計として、
重要な星座と考えられていたのです。


zu5-0time.jpg
図5-1 冬至の日・午前0時の北斗八星の位置/
「星図 Stella Theater Pro(http://www.toxsoft.com)」参考

※2019年12月22日午前0時、「子の刻」の北斗八星の位置です。
(場所・大阪)
北斗八星の尾の先は、ほぼ、真下(北)を示しています。


(3)「建(おざす)」とは、
   北極星の尾の方向を示すこと
   ・・・それぞれの月名

この「建」は、「おざす」と読みます。
「おざす」とは「尾指す」の意味。
この「尾」は北斗八星の柄の部分を意味しています。
この北斗八星の尾が指す方向が、
「建○月」、となります。


旧暦の十二ヶ月の名前は、次のようになります。

陰暦1月→建寅(けんいん)月、
陰暦2月→建卯(けんぼう)月 、
陰暦3月→建辰(けんしん)月 、
陰暦4月→建巳(けんし)月、
陰暦5月→建午(けんご)月、
陰暦6月→建未(けんび)月、
陰暦7月→建申(けんしん)月、
陰暦8月→建酉(けんゆう)月、
陰暦9月→建戌(けんじゆつ)月、
陰暦10月→建亥(けんがい)月、
陰暦11月→建子(けんし)月、
陰暦12月→建丑(けんちゆう)月


ならば、旧暦は、最初に冬至を意識して決めた、
ということになります。

太陰太陽暦は、立春付近に正月をおく暦だと思われがちですが、
実際は、冬至を中心に考えられた太陰太陽暦なのです。


(4)季節による北斗八星の位置
   ・・・夜空に輝く天の季節大時計

季節による北斗八星の位置を確認しましょう。

北斗八星は、北極星を一日に一周しますので、
見る時間を固定しなければなりません。
日付の変わる午前0時(子の刻)を基準にしますと、
この向きは、季節によって変化します。

それは何故(なぜ)かと云いますと、
北斗八星は、北極星を中心に反時計回りに
1日約1度ずつずれて動いています。
地球は太陽の周りを自転しながら365日で1周します。
このために生じる現象です。
(詳しいことは割愛)


時刻については日付の変わる午前0時(子・ねの刻)に固定して、
季節による向きの変化を記録して行きますと、
次のようになります。


北斗八星の尾は、春分の頃は真横(東の方角)、
夏至には真上(南の方角)、秋には真横(西の方角)を指します。
(図5-2)


大嘗祭も、この北斗八星の動きと連動しているのです。



zu5-4sep.jpg
図5-2 平成元年・冬至・春分・夏至・秋分の
午前0時の北斗八星の位置・(大阪)/
「星図 Stella Theater Pro(http://www.toxsoft.com)」参考

つまり、冬至は、旧暦の中心軸の基準
(北斗八星の尾の位置が北を向く)として存在するのです。


(5)大嘗祭は、
   暦の中心軸の基準となる冬至の日に、
   行われるのです。

冬至は暦の中心軸となっています。
この重大な意義を無視して、
冬至祭でもある大嘗祭は、行われるのでしょうか?


大嘗祭は、天武天皇が創設しました。

占星台(せんせいだい)をつくり、
陰陽寮(おんようりょう)を作った、
天文遁甲(とんこう)を能(よ)くする、天武天皇が、
冬至の重大な意味を無視することなんか、
考えられないのです。


天武天皇の気持ちになれば、
答えは、即座に出るのです、


だとするならば、大嘗祭論において、
冬至のことを無視している論文は、
本質に迫る姿勢の欠けた論文であろうと、
しみじみ思うわけです。


※占星台(せんせいだい)とは、星観測所と思われますが、
 当時は、「漏刻臺(ろうこくだい・水時計)」と
 一緒に備えられていたと思われます。

※陰陽寮(おんようりょう)とは、天武天皇のとき創設され、
 律令制において設置された中務(なかつかさ)省所属の役所で、
 卜筮(ぼくぜい)、天文、暦、時刻のことをつかさどりました。


(6)日没とともに出現する
   北斗八星の位置が
   大嘗祭の神事の始まり

大嘗祭の神事は、夜の午後8時頃、
廻立殿(かいりゅうでん)に天皇が御(ぎょ)され、
それから悠紀(ゆき)殿に渡御(とぎょ)され、
午後9時半頃から始まります。


しかし、その前に、暗くなり始めた午後6時頃から、
八乙女(おやとめ)が歌を歌いながら、
稲を舂(つ)きます。

八乙女は、悠紀国・主基国の民ですが、
八州(やしま・日本)のそれぞれの代表が集まって、
いる、という意味があります。

つまり、八人の乙女で、日本を構成しているのです。


このことは、八の本来の意味を表現している、
大変重要な事例です。
是非とも、記憶に留めておいて欲しい言葉の意味です。


舂(つ)き終わると、
御飯を炊(た)きます。

御飯は、整えられた他の神饌(しんせん)とともに、
膳屋(かしわや)の盛殿(もりどの)に準備されます。


午後6時(酉(とり)の刻)、
大嘗宮に燈(あかり)と庭燎(にわび)がつけられます。


(7)大嘗祭の日(冬至)の、
   北斗八星の出現位置は、
   大地から

日没後、午後6時頃、北斗八星は、
地平線上に姿を現します。
北斗八星は、北半球の奈良・京都の緯度(いど)は、
夜になればいつでも見られます。


冬至(12月22日頃)の日没後の北斗八星は、
地平線に、枡(ます)、つまり魁(きがけ)の部分を
見せていて、地上に最も近づきます。
(図5-3)


まさに、北斗八星が地上の最も近いところから、
スタートし、上に昇っていく姿です。

それは、これから大嘗祭が始まることを
示しているようです。


zu5-18time.jpg
図5-3 庭燎(にわび)のともる卯刻・午後6時頃の
北斗八星の位置(大阪)/
「星図 Stella Theater Pro(http://www.toxsoft.com)」参考


(8)悠紀(ゆき)殿神事と
   主基(すき)殿神事は、
   子(ね・北)である冬至の
   基準点で分けられる

悠紀(ゆきでん)殿の神事は、
午後11時頃、終わります。
主基(すき)殿の神事は、
午前3時頃始まります。

この間、空白時間があります。
(但し、天皇は、午前2時・廻立殿で湯浴(ゆあみ)し、
 主基(すき)殿の神事に備えます。
 また神饌(しんせん)の用意もしています。)


となると、午前0時で、悠紀(ゆき)殿の神事と、
主基(すき)殿の神事は、分けられている、
との解釈も可能です。

北斗八星の尾の位置は、午前0時で、
まっすぐに立ち、北(垂直・大地)を示しています
(建子月(けんしげつ)冬至を示している)。

ならば、カレンダーの基準である、
冬至日の子の刻・午前0時で、
悠紀殿神事と主基殿神事が、分かれていることは、
特別な意義を感じさせられます。

(図5-1)


あえて言えば、この時刻を境に、
星の輝く時間の長さが最長だった日から、
太陽の日照時間が増えていく日への、区切り、
とも解釈できます。


冬至の基準点、午前0時(子の刻・北)を境にした、
太陽と星の勢いが交代する、
という意味も含ませている、
との解釈も可能です。


ならば、何と、意味深い、
冬至の日の神事であることか。

星祭から太陽祭へ、と移り変わる基準点
・・・とも言えるのです。

(9)・卯日(うのひ)、
    卯刻(うのこく)の意味

主基(すき)殿の神事が終わり、
明け方近くなる頃、卯の刻・5時過ぎ頃は、
北斗八星の尾が東(卯)の方向を向いています。

大嘗祭のみならず、
上卯の相嘗祭(あいなめさい)、
下卯の新嘗祭(にいなめさい)というふうに、
ことさら「卯の日」に規定したのはなぜでしょうか?


「卯」は、十二支の第四位で、
方位は正東を示し、
月では二月を意味します。

時刻は午前6時を意味します
(午前5時から7時)。


二月となると陽気が地中から出て
草木が芽吹き出し茂りだす。
五行説では「木」を意味します。


悠紀(ゆき)・主基(すき)の神事が終わる頃は、
空も明るくなり始めています。
太陽が昇り始めています。


北斗八星の柄も、
太陽の昇る方向の東(卯)を向いていて、
時刻も卯の刻(午前5時から7時)を示しています。

(図5-4)


そして大嘗祭の
「主基(すき)の大御饌(おおみけ)」神事が
終わった夜明け前の北斗八星は、
枡(ます)(魁(さきがけ)が下の方向になり、
悠紀殿・主基殿に運んだ、
枡(ます)の中身(神饌)は
空になったとの意味付けも出来ます。


zu5-6time.jpg
図5-4 大嘗祭神事の終了する
午前6時頃の北斗八星の位置(大阪)/
「星図 Stella Theater Pro(http://www.toxsoft.com)」参考


今まで、見てきたように、
大嘗祭の夜の神事は、北斗八星の位置によって、
進められていると言っても過言ではありません。

(10)大嘗祭における北斗八星は、
    秋分の日、冬至、春分、をも
    表現している

よくよく、北斗八星図を見ると、
不思議なことに、夜の大嘗祭の初め、
つまり、日没後すぐの北斗八星の位置(図5-3)は、
秋分の日の午前0時の位置(図5-2)と、
ほぼ同じです。


冬至の午前0時は、
大嘗祭の悠紀殿神事と主基殿神事を
分ける時間帯となっています。
勿論、前述した通り、
この時間こそが、旧暦、カレンダーの
中心軸となっています。


大嘗祭の神事が終了した時刻の
北斗八星の位置(図5-4)は、
東を尾指しています。

この位置は、春分の日の午前0時の位置(図5-2)と
ほぼ同じです。


よって、夜の大嘗祭の神事は、
秋分の日から冬至、そして春分の日、の
半年の時間も、表現している、
とも言えるのです。

実に意味深いですね。


連載の回を重ね、
「北極星(天皇)・北斗八星」と大嘗祭の関係を、
述べてきました。

今回は、北斗八星の大時計の進行により、
大嘗祭は進められていくことを、記しました。


大嘗祭の内容は、
夜空に輝く北極星と北斗八星に描かれているのです。
しかし、大嘗祭を探究する歴史学者は、
夜空に輝く、「北極星(天皇)と北斗八星」が、
全く目に入りませんでした。


大嘗祭の真実は、
夜空に輝く、北極星と北斗八星に
描かれているのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・



次回の6回目は、
大嘗祭神事の核心に触れたいと思います。

天皇は神様と新穀を共食することで、
天皇継承の資格を得るのです。

また、大嘗祭を象徴している八重畳とは、
どのような意味を持っているのか?
天照大神と北極星は、
どのようにして、習合するのか?

八の探究家でしか発見出来なかったことを、
紹介いたします。

 



月別アーカイブ



  • にんげんクラブ入会キャンペーン
  • メルマガ登録(無料)
  • にんげんクラブストア
  • 舩井フォーラム 講演CD・DVD
  • Kan.ワークプログラムDVD
  • 秋山峰男の世界
  • やさしい ホツマツタヱ
  • 舩井幸雄記念館
  • 黎明
  • 船井幸雄.com
  • ザ・フナイ
  • ビジネス共済なら協同組合企業共済会
  • Facebookページはこちら
  • スタッフブログはこちら
グループ会社
  • 舩井幸雄.com
  • 本物研究所
  • エヴァビジョン
  • ほんものや