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第1回 天武天皇の大嘗祭創設の動機は天皇号を採用したことにあり


畑アカラ氏 プロフィール

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昭和22年生まれ。静岡県出身。藤枝東高校卒。
明治大学政経学部卒業(蒲生ゼミ・村落社会調査)。
広告制作会社(株・漫画社)に勤務後、フリー。イラスト・ライター。
日本児童出版美術家連盟会員。
「8の世界」と「ハートの世界」の、オンリーワンの探究者。
「一般社団法人8月8日はハートの日協会」理事長。
「8月8日はハートの日」を全世界に広めるため活動中。
世界を一つに繋げることの出来るツール・・
それが「8月8日はハートの日」。
著作・歴史書:『古代天皇家「八」の暗号』(徳間書店)。
『古代天皇家の謎は「北斗八星」で解ける』(徳間書店) 
著作・エッセイ(画・文):『猫ノーテンキ』(草思社)、
『猫っ可愛がりのことわざ草紙』(毎日新聞)、
『きょうも猫日和』(徳間書店)。 
月間絵本・作絵:『ハーリーちゃんとハーティちゃん』
『にじをつくろう』(チャイルド本社)。
かみしばい:『からすのかーすけ』(教育画劇)。等々。
趣味はテニス。素人作曲(楽器は演奏できません)。サッカー観戦。
 


第1回 
天武(てんむ)天皇の大嘗祭創設の動機は、
天皇号を採用したことにあり

令和の大嘗祭は、令和元年11月14日から、
皇居・東御苑にて、斎行されます。
大嘗祭といっても、関心のあるかたは少なくなってしまいました。
この原因は、大嘗祭の元となった祭日・新嘗祭を、
勤労感謝の日に変えてしまった影響によるものと思われます。
勤労感謝の日では、神様への感謝の気持ちが薄れてしまいます。

大嘗祭を短い言葉で言い表せば、
「冬至の日、新天皇が神様と新穀を共食して、
万世一系の天皇継承の資格を得るとともに、
高天原(たかあまはら)の斎庭(ゆにわ)の穂(いなほ)を日本国土に稔(みの)らせ、
百姓(おおみたから)が飢(う)えることの無いようにと祈る祭」、
ということになります。

新天皇一代一度の大嘗祭は、簡素な悠紀殿(ゆきでん)・主基殿(すきでん)を建て、
その中で前記の神事を、冬至の日の夜と想定して斎行されます。
なぜか、全く同じ神事を、両殿で繰り返します。

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大嘗祭の神事としては、これだけのことなのに、
日本の総合文化を象徴するほどの多くの意味が含まれているのです。
大嘗祭の内容を理解したら、
その意味深さ、素晴らしさに、感動することでしょう。
日本に生まれたことの幸せを感じることでしょう。

・なぜ、大嘗祭について語るのか?

これまでに、多くの素晴らしい本が出版されているのに、
なぜ、私は、あえて大嘗祭について、語ろうとしているのでしょうか?
それは、八の探究家として自分にしか語れない「発見」があるからです。

3点あります。

①大嘗祭を創設しようとした天武(てんむ)天皇の動機―発見
②天武天皇独自の大嘗祭に施(ほどこ)してある世界最強の呪術―発見
③八の切り口による大嘗祭の真実(天照大神と北極星の習合、など)―発見


一回目は、①の動機について述べます。


・なぜ、大嘗祭を創設したのか?その動機を語った人は、
 誰もいない

大嘗祭を創設した動機について、述べた人は今までにいません。
信じられないと思われますが、本当です。実に、不思議なことです。
何事も、犯罪でもそうですが、
動機が分かってこそ初めて真実が明らかになるのです。
 
大嘗祭の場合は、幸い、天武天皇が大嘗祭を創設した、
ということが分かっています。
ならば、天武天皇を徹底的に調べれば、
大嘗祭を創設しようとした、天武天皇の動機が解明するのです。

(大嘗祭創設は天武天皇だと断定して、
 天武天皇を調べた人がいませんでした。
 だから、誰もが動機について語れなかったのだと、
 私は、密かに、そう思っています)

(大嘗祭をなるべく古くからあったと思いたい(天武天皇より前)人は、
 大嘗祭創設の動機とは、全く無縁のこととなります)


・天武天皇を徹底的に調べた結果
  
私は、当時の世相を考え、そして天武天皇の気持ちになりきって、
調べました。
天武天皇は「八好み」の呪術のエキスパートでしたので、
八の探究家の小生とは、波長が合ったのです。
偶然とはいえ、引き合わせに、因縁を感じています。
徹底調査の結果は、次の通りです。


◎天武天皇が大嘗祭を創設した動機は、
「天武天皇が、正式に天皇号を採用したから」です。

他にも、いろいろと理由付けは出来ますが、
この一点につきる、と確信をしています。

・天武天皇が大嘗祭を創設した動機を、
 時系列ごとに、流れに添って記します

ではなぜ、天武天皇は、天皇号を正式採用したことで、
大嘗祭を創設しようとしたのでしょうか? 
動機は?目的は? 流れに沿って、簡単に説明します。
このことによって、大嘗祭創設の動機と目的が、
初めて明らかになったと言っても過言ではありません。


①天武天皇は、新嘗祭(にいなめさい)を参考に大嘗祭を創設し、
 そして今まであった伊勢神宮をリニューアルしました。
 その動機とは?

②その動機は、天武天皇が、天皇号を正式採用したことにあります。

③天皇とは、古代中国の天の思想から拝借した言葉で、
 天皇大帝(てんこうたいてい)のことで、北極星を意味します。

 つまり、「天皇=北極星」です。

④では、なぜ、天武天皇は、「天皇=北極星」の意味を持つ
 天皇号を正式に採用したのでしょうか?

⑤それは、独立国家としての日本を築きたかった、からです。

⑥天皇号を正式に採用したことは、
 中国皇帝属国拒否を表明したことになります。

⑦つまり、天武天皇は、正式に天皇号を採用し、
 独立国家宣言をしたのです。
(大王号を名乗っている限りは、中国皇帝の属国です)

⑧天皇号を正式採用し、独立国家宣言をしたからには、
「天皇=北極星」であることを、何処(どこ)かで証明する必要があります。

⑨そこで、天武天皇は、「天皇=北極星」を証明する場所を考えました。

⑩結果、「天皇=北極星」を証明する場所として、
 新嘗祭(にいなめさい)を参考にして大嘗祭を創設したのです。

そして、もう一箇所、証明する場所を作りました。
伊勢神宮です。
それまでの伊勢神宮をリニューアルし、
そこを、「天皇=北極星」を証明する場所としたのです。

⑪なぜ、大嘗祭と伊勢神宮の二箇所にしたのでしょうか?
 それには、納得出来る、驚くべき理由があるのです。

⑫大嘗祭は、祭です。日本一の祭です。
(最盛期には、五千人のパレードあった)
 伊勢神宮は、神社です。日本一の神社です。

つまり、天武天皇は、日本一の祭「大嘗祭」を、
「天皇=北極星」を証明する場所としたのです。

そして、日本一の神社「伊勢神宮」を、
「天皇=北極星」を証明する場所としたのです。

⑬「天皇=北極星」を証明する場所は、分かりました。

では、どのようにして、「天皇=北極星」であることを、
証明したのでしょうか?

⑭天武天皇は、「天皇=北極星」を証明するにあたり、
難問をかかえました。

難問とは、次ぎのことです。

天皇は、天皇を称する前は、大王(すめらみこと・おおきみ)を名乗っていました。

古(いにしえ)より、「大和朝廷の大王とは、天照大神(太陽)の子孫であり、
日(ひ)の御子(みこ)である」ということでした。

太陽の子孫(大王)が、北極星(天皇)となると、矛盾します。 

太陽と北極星では、相容(あいい)れないのです。

⑮そこで、天武天皇は、
 天照大神(太陽)と北極星の習合(しゅうごう)を考えました。

「天照大神=北極星」としたのです。
つまり、天照大神は、北極星でもある、としたのです。

⑯ではどのように、天照大神と北極星を習合させたのでしょうか?

伊勢神宮においては、天照大神を祀(まつ)っている内宮に
荒祭宮(あら  まつりのみや・北極星)を建て、習合させました。

ここにおいて、内宮は、天照大神(太陽)でもあり、北極星でもある、
という証明の場となったのです。

※内宮の心御柱(しんのみはしら)も、北極星と繋がっていて、
「天照大神=北極星」を証明していると思っています。

大嘗祭の場合は、八重畳(やえだたみ・神座・寝座)において、
天照大神(太陽)と北極星を、ご休寝させることによって、習合させました。
(小生の大発見だと思っています。後日詳しく述べます。ご期待ください。)


⑰しかし、天照大神の子孫(太陽の子孫)である大王は、
天照大神を最高神としています。
北極星との立場は?
天照大神(太陽)と北極星の、上下関係は、どうなっているのでしょうか?

⑱天照大神(太陽)を親。太陽の子孫を北極星、としたのです。


福永光司氏は、<太陽は星の祖先、つまり北極星の祖先と見なしている> 
と述べています。
(『タオイズムの風』人文書院)

天照大神(太陽)と北極星は、習合して、一つになりましたが、
天照大神(太陽)は、北極星の祖先(親)、という、
厳然とした序列を作ったのです。


⑲かくして、皇室最高神・天照大神(太陽)と北極星が習合することで、
「北極星=天皇」の存在を、大嘗祭と伊勢神宮において、
証明することが出来たのです。


天照大神(太陽)が、最高神であり、
その子孫が「日の御子=北極星=天皇」ということに、なったのです。

このことを証明する場所が、大嘗祭であり、
伊勢神宮(リニューアル)なのです。


つまり、天皇は、天照大神(太陽)の子孫・「日の御子」であり、
そして「北極星」でもある、としたのです。


⑳天武天皇は、天皇が天照大神(太陽)の子孫・天皇(日の御子・北極星)
 であることを証明する場として、伊勢神宮をリニューアルし、
 新嘗祭を整理し大嘗祭を創設したのです。

ですから、大嘗祭創設と、伊勢神宮リニューアルは、セットなのです。


㉑天皇は、天照大神(太陽)の子孫・日の御子であり、
 そして北極星でもある、ということを継承・確認するのが、
 天皇親祭の大嘗祭である、とも言えるのです。

※親祭(しんさい)とは、天皇がみずから神を祭ること。

①から㉑までの経緯を知らずして、つまり、天武天皇の動機を知らずして、
大嘗祭は語れないと思います。

この道筋を理解しないと、大嘗探究はあらぬ方向に行ってしまい、
真実からは、どんどん遠ざかっていきます。

以上が、天武天皇が大嘗祭を創設した動機です。

・天武天皇は、永遠の天皇の証明のため、
 世界最強の呪術を作った。

さらに、続きがあるのです。

天武天皇は、完璧なる「天皇=北極星」を目指しました。
北極星は、北極星を輔弼(ほひつ・助ける)する北斗星を必要とします。
それが、道教的な哲理なのです。

天武天皇は、道教哲理を採用し、北斗星を確保したのです。
それが、伊勢神宮の外宮です。
内宮を北極星とし、外宮を北斗星としたのです。
しかも、天武天皇は、北斗星を北七星ではなく、「北斗八星」としたのです。
ここが、最大のポイントです。


なぜ、天武天皇は、外宮を北斗八星としたのか?
それは、北斗八星に、日本の聖なる数「八・や」と、
中国最強の呪術・易経(八卦・はっか)を配したかったのです。


これ以上は、紙面の関係で述べられませんが、
とにもかくにも、北極星ばかりではなく、北斗八星も登場させ、
完全なる「天皇=北極星」の姿を、大嘗祭と伊勢神宮に描いたのです。

夜空に輝く、北極星と北斗八星に、
八束穂(やつかほ)が百姓(おおみたから)に届くようにと
祈っている祭祀王の天皇の姿、
大八州瑞穂(おおやしまみずほ)の国柄、
大嘗祭の本義、
伊勢神宮の本義、等々を描いているのです。

これらの事例は、後日、詳細に解説いたします。


・今日において、大嘗祭は、真実の半分しか語られていません

あえて言います。
問題発言と思われても仕方ありませんが、
これまで大嘗祭について書かれた本は、真実の半分しか語られていないのです。
スコーンと、見事に半分が抜けているのです。

例えて言いますと、コインには、裏表があります。
今までは、大嘗祭の表面しか語られてこなかったのです。
何と、裏面の真実が語られていなかったのです!!


大嘗祭の裏面の真実はというと、既に述べてきましたが、
天照大神と北極星の習合(しゅうごう)です。
さらに詳しく言いますと、
北極星(天皇)と北斗八星の呪術です。
それに、冬至祭としての呪術も入ります。


これまでの学者は、天照大神(太陽)と諸神については語りましたが、
北極星について、本格的に語った人は、
故・吉野裕子氏を除いて、いないのです。

吉野裕子氏がお亡くなりになった今は、
小生しか、天照大神と北極星の習合を語ることの出来る者はいないのです。

ましてや、吉野裕子氏も述べなかった、
天武天皇独自の世界最強の呪術「北極星(太陽・太極)と、
北斗八星(八州・やしま・八卦・はっか)」について述べる人は、
小生しかいないのです。


※吉野裕子(ひろこ)氏(1916年-2008年)は、
 在野の民俗学者で、博士号も取得しています。
 著書多数。50歳からの独学。陰陽五行の独自の視点で、
 大嘗祭・伊勢神宮に存在する呪術に対して、解読を試みました。
 素晴らしい発想だと思いました。


私は、もし、吉野氏の本を読まなかったら、
古代天皇家「八」の暗号 今もこの国を護り続ける言霊/宇宙規模の呪術的グランドデザイン』(徳間書店)
古代天皇家の謎は「北斗八星」で解ける: 高松塚・キトラ古墳の壁画に秘められた古代史の真実』(徳間書店)の
出版はなかったと言えます。

ただ、吉野氏は、数字「八」については、あまり関心がありませんでした。
不思議なことです。
私のために、残しておいてくれた、と感じるほどです。


私の、解読方法は、吉野氏の発想に、北斗八星の呪術を加えた、
独自のものといえます。
それは、天武天皇の世界最強の呪術そのものと言えます。


(つづく)


 
次回は、「柏の葉の食器に代表される、古式に則(のっと)った、
国民参加の皇位継承大嘗祭・その概略と日程」について述べます。

大嘗祭は、皇位継承の儀礼ですが、
古(いにしえ)の衣食住の文化を大切し、
日本文化を守ろうとしています。

また、大嘗祭は新嘗祭(にいなめさい)と違って、
国民参加の奉仕とお国自慢、という意味があります。
柏の葉の利用が、大変、印象的です。
食器には、柏の葉を用いており、
また、節会(せちえ)のフィナーレには、皆が、柏の葉でお酒を飲み、
その飲み干した柏の葉を頭に飾り、舞い踊ります。
何と、ロマン溢(あふ)れる大嘗祭であることか。


   



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