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僕が地球にやって来たワケ 第12回

最近思うこと


前回のにんげんクラブの会報誌の表紙裏でもご案内させていただき
ましたが、5月末に事務所を移転しました。品川、四谷、そして
新天地の三田とこの10 年で3つ目のオフィスです。今回、一番の
トピックスは、父・舩井幸雄の思い出の詰まった書籍のほとんどと、
そして家具のすべてを処分したことでした。

にんげんクラブの重冨さんが、その選別を担ってくれました。
「どの家具も、一点一点すべて思い出が蘇ってくるんです」と
言っていました。

今時、遺品整理をする残された家族の話はドライきわまりない
エピソードばかりですから、社員がこのような想いをかけて
くれることは、私にとってとても嬉しいことです。

「今と過去だけに生きている人はアホ」


しかし、父自身はこのような感傷はあまり好きではなかったようです。
今回、潔く私が「断捨離」を決断できた理由に、父が極めてクールに
過去を振り返らない性質だということがありました。

古くからいてくださる父のファンの方はご存じかも知れませんが、
父は同窓会と名のつくものには決して参加しませんでした。
過去の思い出話に時間を費やすことを嫌悪レベルで嫌がっていました。
「70歳以上の人は大抵過去9、今1の割合で生きている人が多い。
病気と孫の話しかせえへんとこにいると、ツキが逃げていく。
70を超えても、今7、未来3で生きて行かなあかん」と
話してくれたこともあります。

身の回りのものに、まったく執着をしない人で、書類は即断で仕分け
して仕事机がいつも整然としていたのは有名ですが、自宅の家具なども
こだわりなくさっさと捨てることにためらいがない人でした。

舩井家は私が物心ついてきた頃から、だいたい5年に1度引越しをして
いました。そのときの整理も手早く鮮やかだった姿が蘇ってきます。


一方でモノを大切にする人でもあり何十年も使っていたカバンが
熱海の舩井幸雄記念館に展示されています。

そういえば、父は趣味らしきものがない人でしたけれど、唯一
仕事以外で楽しそうな姿は、次の家の設計図を描くことでした。
青い方眼の設計用紙にさらさらと間取りを書くのです。
私たち家族の意向はまったく聞いてはくれませんでしたが、
家族の成長や変化を細やかに取り入れた生活動線になっていて、
さすがコンサルタントと、子ども心に感動した思い出があります。

その設計図は、1枚たりとも余暇の絵空事ではなく、必ず具体的な
家になったことも父らしいエピソードです。晩年に建てた熱海の家も、
オール父の構想から設計されました。引っ越したばかりの頃、近隣の
方に「70歳を過ぎてから家を造るなんてすごいパワーですね」と
声をかけられ、理由を伺うと「年を取ってから新しい環境、新しい
家に馴染むのは億劫なものではありませんか」と言われ、
父に限ってはまったく当てはまらないな、と思いました。


父が、順応性のある前向きな生き方ができたのは、決して単に
怜悧(れいり)な姿勢で人生を振り切ってきたわけではないように
思うのです。過去はどんどん忘却の彼方に飛んでいきますが、
過去をオールすべて善と捉え、自分が関わってきた環境、他者、
そして自分自身を丸ごと包み込めていたからなんだな、と今、
つくづく思います。


父は書類を整理しながら、実は時間を整理して、未来の時間に
備えていたのではないかとも思います。時空を箱に例えるなら、
時折意識して箱を空っぽにして、果敢に未来を迎え撃つ準備を
していたのではないかと思うのです。


「創業者を知らない就活生」


船井総研の中谷貴之社長が面白いことを話してくださいました。
「最近、総研の就職説明会で会社概要のガイダンス映像を流す際に、
舩井会長の写真を写して『名前が分かる人?』と質問すると
3割程度しか手が挙がらないのですよ。舩井という名前自体
創業者の姓だと思っていないみたいです」

これにはただ苦笑するしかありませんでしたが、「船井総研
ホールディングスの大野潔元常務が『コレを読めば創業者の姿が
一番リアルに分かるよ』と、勝仁さんの本をすすめているんです」と
拙著『にんげんクラブからのメッセージ 舩井幸雄が一番伝えたかった事』
(きれい・ねっと)を会話に出されたことを思い出しました。

父の教えや想い出が書かれた数ある書籍の中で大変光栄なことです。
大野常務は、私の祖母のエピソードが大好きで、その環境から父の姿が
くっきりと浮かび上がってくると言っていました。

舩井幸雄の母に当たる祖母はやり手でした。父の時代に、大学に
進んだのは小学校の同級生で3人しかいませんでした。3人の内訳は、
庄屋のご子息と超秀才の女の子、そして父です。
叔父とこの兄弟2人を大学に行かせたのは、当時としてはすごいことです。
祖母の目論見は、将来は大阪府庁に就職してもらい、公務員との兼業農家
でしたが、新聞記者になりたい父はその想いを叶えることはありません
でした。
祖母は、典型的な大阪人でケチでしたから、夜は電気を切ってしまいます。
遅くまで勉強したい父は、6キロ先の駅まで自転車で行き、駅舎の
明かりで勉強していました。

日本がまだ貧しい時代で、特に珍しい話ではありませんが、大学を
卒業したエリートの気持ちと、大学に行きたくても進めなかった人の
気持ちが両方分かった父は、ある意味、さまざまな世の中の格差を
客観的に考察、分析することで成り立つコンサル目線がこの頃、
自然に育まれたのではないか、と大野常務は言っていました。

「撲滅宣言」


そう言えば最近、船井総研が手がけている面白い取り組みを
たくさん聞かせてもらっています。
企業主導型の保育園は花盛りで、今後待機児童の問題の解決が
グンと進みそうだとか、郊外にある駐車場つきのコンビニの
跡地の有効活用として、ご遺体の安置所にする事業が流行って
いるとか、まさに、ゆりかごから墓場まで一生を支えるビジネスの
新しい切り口を経営者に提案できる船井総研のコンサルタント層の
厚さを実感しました。

父がコンサルタント業を始めたときは、小売業のお客様が主でしたが、
今、小売業のクライアントの割合は全体の1%以下だそうです。
このことからも多種多様な分野において総研のコンサルタントが
活躍していることがよく分かります。


しかし、このような話を聞けば聞くほど、私は将来「マーケティング
撲滅宣言」をしたいと、密かに思っています。マーケティングは、
商品がより多く、より効率的に売れるように消費者に向けた企業活動
のことを言いますが、使い方によっては、本当にいるものではなく、
まったくいらないものを売りつけることで、それが世のため、人の
ためになるのか、と常々思ってきました。

そのことに対して、ある友人は「会長が晩年言われた『スピリチュアル
撲滅宣言』につながりますね」と感想をくれました。
実は、私も同じことを考えていました。


先月のこのコラムにも書きましたが、手かざし療法は果たして
人を幸せにするのでしょうか。多額のお金を取っているヒーラー、
チャネラーはいかがなものか、と最近はつくづく思います。
目の前の相談相手の抱えている深刻な問題を解決したり、
幸せに導くのではなく、大半のスピリチュアル関係者は、
自分に依存させ、いかに長く相談相手から搾取するかに傾注して
いるように思えるのです。

確かに、科学ではまだ大自然の原理は解明できていません。
なので、その隙間に目に見えない霊性に関するスピリチュアルが
息づくのは、わからないでもありません。
でも、そろそろ、大切なことは、過去も未来も超えて自分の中に
あるということに気づく時期が来ていると思うのです。

長らくの闘病の合間、父は自分の時間の箱と向き合いながら、
そんなことを考えたのではないか、と私は最近感じています。




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