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僕が地球に やって来たワケ 第3回

ガリラヤ湖畔の物語を体感

イスラエルのマサダツアーは、なんだかとても懐かしい感じがするから、
何か縁があるのかもしれない。でも、よく分からないなって思っていた
ら、何年か経って赤塚高仁さんのツアーに誘われたんです。

それなら、この機会にちゃんと知りたいと思って行ってみました。
赤塚さんは「足の裏で読む聖書」というコンセプトで、文字を読むの
ではなくて、体感する旅をしています。

例えばイエスの3年間の布教活動の場所のほとんどだったという、
イスラエルの中で一番風光明媚なガリラヤ湖に行きました。
赤塚さんは「水は記憶している」と言います。

ガリラヤ湖畔の幾つかの重要な教会のうちの一つに、ペテロが初代教皇に
任命された場所だと言われている首位権教会に連れて行ってくれました。

イエスキリストが処刑され、ペテロが逃げて帰ってきて、また元の漁師の
仕事に戻った。でも一晩中漁をしたけど何も捕れない。
すると、朝、岸にいる人に、網を反対側に下ろしなさいって言われてそう
したら、船に上げられないほどいっぱいの魚が捕れた。

これはペテロが最初にイエスに会ったときと同じエピソードで、やはり
全然捕れずに帰ってきたら、イエスが反対側に網を下ろしてみなさいと
言って、その通りにしたらたくさん魚が捕れた。
そのときイエスは「これからは魚じゃなくて人間をとりに行こう」と
言って、ペテロを一番弟子にしたっていうエピソードなんです。

それと同じことが、死んだはずのイエスが復活したとされてありありと
描かれている場面なんです。
イエスはペテロに、「おまえは私のことを愛するか」って3回聴く場面が
あって、普通に聖書で読んでもわからないけど、赤塚さんはそれもちゃん
と、水が記憶しているって読み解いています。

西洋、ギリシャ文明から受け継いでいる愛って言うのは4段階あって、
3回言った愛のレベルが全然違う。
ペテロは、「私だけは、何があっても先生が殺されても付いていきます」
って言ったのに裏切ったわけだから。
イエスは、おまえは明日の朝ニワトリが鳴くまでに、私のことを3回
知らないって言うだろうって。実際に、3回そう言っちゃうんですね。

3回目にニワトリが鳴いた時にイエスと目が合って、もう、いたたまれな
くなったという記述があって。
裏切ったのはユダだけじゃなくて、12人の弟子全員だから顔を合わせる
ことができなかった。
漁から帰ったらイエスが朝ごはんを用意して待っていてくれたんです。

最初に「おまえは私のことが好きか?」ってイエスが聴いたら、顔も
上げられずに下向いて「大好きです」って。
それなら私の子羊を飼いなさいって言われたけど、また「私のことが
好きか?」って聴かれて「好きです」って言ったけど、まだとても
イエスを正視できる状態ではなくて。

これは赤塚さん流なんだけど、3回目はイエスが、ペテロの顔を下から
覗き込んで、「おまえ、本当に私がみんなを愛するように、アガペーの
愛で人類を愛せるか」って言ったら、今度は決心を固めて「愛してます」
って。じゃあ、私の子羊を飼いなさいと。
つまり、教皇になって人類を導いていきなさいっていうことなんです。

臨場感溢れる赤塚さんのツアー

それを演じている赤塚さんを見てると、そこにいた人全員に、ペテロも
イエスも見えてくるんです。魚を焼いてパンを焼いて、ごはんを作って
くれるイエスの存在も感じられます。
僕はそこに行くまでは、聖書のツアーってどうだろうって斜めに見て
たんだけど、その場面を見せられたときに、これはすごいって思ったん
です。
実際に聖書の中に書かれている人たちが、ありありと現実感たっぷりに
見られるなんて、こんなに強烈な体験は他にはない。
そういう場面があちこちに感じられるのです。
これが赤塚さんとイスラエルに行くすごい魅力です。

前に触れたマサダの悲劇でも、男たちが、じゃあみんなで死のうって
言ってる場面が強烈に感じられるのです。
このツアーで面白いのは、まず、ハティクヴァっていうイスラエルの
国歌をみんなで歌うことです。
世界中の国家で短調で歌うのはハティクヴァと君が代だけだから
すごい懐かしいメロディ。
意味は分からないけど、歌ってると途中で涙が出てきて詰まっちゃう
ようなところがあります。
ホロコーストの歌でもあるのですけど、希望っていう意味で、これだけ
酷い目に遭ったけど、いつか私たちの国家をつくって幸せな日々を送る
んだって。
その意味が分かっちゃったんじゃないかというくらいに、泣けてくるん
です。
マサダのシナゴーグで自決を決意する場面に行って、そこでハティク
ヴァを歌ったりして、すごく臨場感に溢れるんです。
その他にも、実際にイエスとか弟子たちが歩いた所に行って、そう
感じることにものすごく感動する旅なんです。

あるとき赤塚さんが、港が見える丘の上から2000年前の話をして
いる場面で、ふっと異次元の世界にトリップしたみたいになって、今日
ここで僕たちが赤塚さんから受けた説教の話を2000年後の人たちが
しゃべっている絵が見えちゃったんです。

「赤塚さん、もしかしたらこれは2000年後の人たちに向けて新しい
聖書をつくっていかなくちゃいけないかもしれませんね」って、
そのテーマをまとめて書いた本が、赤塚さんとの最初の共著の
『聖なる約束』(きれい・ねっと)です。

イスラエルを知り、日本を振り返る

宇宙人文明が地球人と混血して人類を創り上げて、住みやすいように
死海を造ったのが原因で砂漠ができたんじゃないかって話を前回しました。
イスラエルの初代首相であった、ダヴィド・ベン=グリオンも、砂漠開発
がイスラエルの生命線だからって、国家元首にもかかわらず、砂漠の中の
キブツに住んでそこを終の住処として一生を終えたのです。
そこまでして砂漠の開発に関わったんです。
国土の60%が砂漠のイスラエルが、砂漠に飲み込まれるか、砂漠を征服
するかに、未来がかかってる。
実際にベン=グリオンの執念みたいなのが、いまだに息づいていて、
行く度に緑が増えている。
砂漠の街ベール・シェバでは、アブラハムの井戸っていうのがあって、
ユダヤ人の祖であるアブラハムが神さまに言われてそこに移住してきて
住んだ場所って言われています。

30年前に赤塚さんが糸川先生に最初に連れてこられたときは、デザート
インていうホテルが1つだけで、そこに泊まって、お湯が出ないことを
先生に言ったら、
「何を言ってるか。ここは砂漠の街なんだぞ。水が出るだけでもありが
たいと思え」って。
今は超近代都市に生まれ変わっていて、高級ホテルが幾つもあるし、
行く度に街もどんどん広がって、砂漠も点滴農法でどんどん緑が増えて
いっている。
世界はどんどん砂漠化しているけれど、イスラエルは八百何十万人
しかいない小さな国なのに、確実に砂漠が緑に変わっている。
そういう方向に世の中を動かしていかなきゃいけないと思う。
それが約束を果たせっていうことなのかなと。


イスラエルに行くと、安全保障のこととかいろいろな問題を感じるし、
マサダの悲劇があったときと同じように、今の日本は、実質的にアメ
リカの属国で全部決められている。
当時のイスラエルはローマの属国だったことに反発して蜂起して
完膚無きまでに国家をつぶされた。
というのは今の日本の状態とそんなに変わらないような気がして
危機感を感じてます。
イスラエルがどんなふうに建国されていったかを知ると分かること
だけど。

1948年に独立したときは、人口は100万人くらいしかいなくて、
みんながイスラエルに来たかったわけでもないのに、ホロコーストとか
の戦争孤児たちを世界中から無理矢理駆り集めてきてつくった。
だいたいユダヤ人ていう定義もあいまいで、ナチスがユダヤ人て言えば
ユダヤ人で、少しでもユダヤ人に関係ある人は、みんな駆り集められて
約束の地にたどり着いたらすぐに戦争に投入されて。
そんな状況の中で建国して、独立戦争を勝ち抜けたっていうのは奇跡
みたいなことなのです。

今でも近代国家ではあるけどいびつな国家で、絶えず戦争状態にある
から、お母さんたちは、ちょっと前まで一番のエリートだった落下傘
部隊に子どもが入ったら、それを喜ばなきゃならない。
当然、軍事的に一番危ない所に投入されて、命の危険にさらされると
いう葛藤があったりする。
多くの人がホロコーストで感情をなくしてしまうような体験をして
いる中で、かつ、いつも戦争しているようないびつな緊張感から学ぶ
ことがあるんじゃないかと思います。

日本はあまりにも、国があるのが当たり前でこのまま幸せに暮らして
いけると、みんな思い込んでるけど、よく見ると、利害の少ない遠い
国には友達がいっぱいいるけど、利害がある近い国、アメリカ、中国、
ロシア、韓国、北朝鮮とかは、みんな友達じゃない。
建国してからのイスラエルの状態と何も変わらないかもしれないって
ことが、何回か行って感じていることなんです。




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