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失われた日本語

こんにちは。

ブログを書くのが随分ご無沙汰してしまいました。

平成最悪の豪雨から2週間がたとうとしています。

この度の西日本豪雨により亡くなられた方々のご冥福と
被災地の一日も早い復興ををお祈りするとともに、
被害にあわれた皆様にお見舞い申し上げます。

豪雨の後は、うだるような暑さが連日続いていますが、
避難所生活を余儀なくされていらっしゃる方々や、
ボランティア活動をされていらっしゃる方々、
溜まった疲労で体調を崩されませんよう、お祈りしています。

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少し前まで、
両親や親戚に息子を見せようと、
しばらく実家の山口県に帰省していました。

長い年月を過ごした実家は、
帰るたびに、あたりまえですが、だんだんと古くなっています。

子供の頃の記憶が多く残っているので、
あれ?こんなにこの棚の位置は低かったかな?
などとよく思います。

実家に帰ると、実家の本棚を見るのが一つの楽しみです。

百科事典や、文学全集など、
楽しそうな本がいっぱい置いてあるのですが、
実家に住んでいた頃は、ただ飾ってあるだけで、
たぶん家族の誰も読んでいなかったと思います。

いつか暇ができたら読んでみたいなぁと背表紙だけ眺めているのですが、
そんな暇がいつできるのかはわかりません(苦笑)。

この本棚は、帰省するたびに新たな発見があります。
本の品揃えはウン十年前からたいして変わっていないので、普通に考えれば発見はなさそうですが、
成長に伴って、興味のある本が変わるから毎回発見があるのだと思います。

今回とても興味を持ったのは、ちょっとタイトルを忘れてしまいましたが、
私が生まれる前に出版された謡曲の全集でした。
40冊くらいあって、一冊一冊に、ソノシートが3枚ずつついています。

ソノシートって、めちゃくちゃ懐かしいです。
ペラペラのレコードです。
今はそれを聞こうにも、まずはレコードプレーヤーからそろえなければいけませんね。

その全集は祖父が揃えていたものだそうで、
そんな渋い趣味を持った人が我が家にいたのかとビックリしました。
一緒に暮らしていても、祖父のことは何も見ていなかったのだなと思いました。


さて、そこで祖父に興味を持ったので、
祖父の元書斎の本棚を見ていたら、
祖父が同じ隊の人たちと戦争体験を綴っていた文集が発見されました。

亡くなってから20年近くたって、
ようやくそれを読んでみようという気持ちになって開いてみたのですが、
なんとまぁ、旧仮名遣いの字が難しくてちょっと読むのも一苦労でした。

私の祖父は大正2年生まれですから、
同じ隊にいた方々が、そんなに年齢が離れていないとすれば、
明治の終わりから大正初期に生まれた方々の文章です。

当時のインテリだけを集めたのでなく、
連絡のつくすべての同じ隊だった人に寄稿してもらった文集で、
パラパラと流し読みした程度ですが、
ほぼ全員が非常に難しい漢字と文章でした。

その文集をまとめた方は、はじめに の文章で、
自分たちが経験した戦争のあの日々を、記録として子孫に遺したいとの思いから、
この文集をまとめたと書かれていましたが、
はたして今から数十年後に、この文章をスラスラと読める子孫がどれだけ残っているだろう・・・・
と疑問に思いました。

子孫に読んでもらいたいならもっと簡単な字で書いて欲しい・・・・
なんならマンガにして欲しい・・・・・(これは冗談ですが・笑)
などと思ってしまうのはきっと稚拙な子孫の怠慢、わがままでしょう。

100年もたっていないのに、昔の人と今の人の国語力にこんなにも差があるのだなと、
情けない思いがいました。

なんとなく不安になるようなそんな気持ちを、
数学者の岡潔さんの著書の中にとても的確に指摘している文章がありましたので
ここで紹介したいと思います。

きっと先人たちは、消えゆく日本文化を眺め、このような悔しさを感じていたのではないでしょうか。

以下、抜粋です。

進駐軍は日本に「新国語教育」を示唆し、文部省は二つ返事でこれを受け入れ、
今に守り続けている。ところがこの新国語教育の内容は、義務教育その他で教える漢字を
ごく少数に制限し、しかもそれを略字で書かなければならぬと決め、
新仮名づかいをしいたのである。このうち一番問題になるのは略字であるから、
それだけについて詳しくいおう。

学校では学科の如何を問わず、略字で書かなければ減点していると聞く。
だからこれは略字で書いてもよいといっているのではなく、略字で書かなければいけないといっているのである。
そのつもりでよく見よう。

略字でなく本字で教えておけば、その後各人は折にふれて字引を引き、いつか日本語で書いたものすなわち
日本語が読めるようになるが、略字だけを教えられたのでは、よほどの意思的努力をしないかぎりそれができない。
論より証拠、こんなふうな教育を受けた人たちの大多数は、大学を出ても漱石が読めないのである。

これではこの人たちはせっかく伝統あるこのくにに生まれながら、木の股から生まれたのと選ぶところがない。

こうしてしまうことが多分進駐軍のねらいであって、文部省は後生大事にこれを守り続けているのである。

教えなくても日本語は話せる。
だから国語教育といば、少なくとも国語が読めるための手引きというのでなければならない。

日間合併のとき出先の陸軍は李王家所蔵の史書を焼いた。
私はこれをずいぶんの暴挙と思っていたのであるが、進駐軍のしたことはこれと比較を絶する。
彼らが焼いたものは実に日本語そのものなのである。
史上かつてかくのごとき暴挙を聞かない。

文部省はその後極力日本語の復活を警戒し続けているのであるが、
何が恐ろしくてそんなことをしているのであろう。
またなぜかようなものを国語教育と呼んでもかまわないのだろう。

(神宮司庁教導部所蔵載 『瑞垣』1966年1月号) 『月影』岡潔著 伊勢神宮参拝の感想 より抜粋

これを読んで、「いや、漱石くらい読めるし」と思ったそこのあなた。

もしかしてその漱石は、新仮名づかいで書かれたものではないでしょうか?

私も満足に読めない、書けないので偉そうなことは全然言えませんが、
これからもう少しづつ日本語を復活させていこうと思いました。



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