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先日、久しぶりに将棋の羽生善治先生とお話しさせていただく機会があり
ました。ある方をご紹介することが目的だったのですが、とても深くて濃い内
容のお話になり、その場に同席できたことが本当にありがたく感激していま
す。
一番、印象的だったのは不可思議な世界に入り込み過ぎないようご自分
を戒めていらっしゃる姿勢でした。コンピュータとの対戦について質問をさせ
ていただいたのですが、かなり研究を進められていて、人間のプロなら絶対
に指さないような世界を垣間見ることができるとお話しくださいました。その
お話から、コンピュータの指す将棋はとても参考になるが、その世界をあえ
て追い求めることはしてはいけないという感覚が伝わってきたのです。
羽生先生は、AI(人工知能)の専門家の方からAIの知能指数(IQ)は4000
にもなると教えてもらったそうです。IQは人間の平均が100、アインシュタイン
でも180だったそうなのですが、4000から見れば100も180も誤差の範囲で
大した違いはないということになります。少しネットで調べてみるとMIT(マサ
チューセッツ工科大学)が2012年にAIのIQを調べたときには4歳児程度とい
う結果が出たそうなので、AIはものすごいスピードで知能を獲得していって
いることになります。
でも、羽生先生の健全な感覚は、IQ4000の世界は人間の領域ではないの
で、そこはあえて追い求めないという姿勢になるのです。
羽生先生のお話の中に、麻雀の世界で20年間負け知らずだという桜井章
一さんのお話が出てきました。2011 年に羽生先生が桜井さんにインタビュー
される形で出版された『運を超えた本当の強さ 自分を研ぎ澄ます56の法則』
(日本実業出版社)という本があります。早速読ませていただいたのですが、
二人の勝負師の対談は二人にしか分からない世界であり、私のように勝負の
世界に生きていない人間がその本質を理解するのは簡単ではないということ
を感じました。
それゆえ、表面的な理解しかできないという前提の上で書かせていただくと、
桜井さんは「健やかであること」の大切さを話されていたそうです。本の中では
特にそのことに触れられた部分はなかったのですが、私にはその表現がとて
も心に残ったのです。
麻雀はギャンブルと直結する裏の世界で、桜井さんも若い勝負師の頃は新
宿の歌舞伎町を徘徊していたそうです。本の中では、最近の電車に乗ってい
るスーツを着てネクタイを締めているサラリーマンの臭いが、当時の歌舞伎町
で世の中の裏側を歩いていた人たちの臭いと同じであることを憂えています。
最近の麻雀は、お金を賭けない競技麻雀や女流プロなどの明るいイメージも
出てきていますが、やっぱりまだまだアウトローな雰囲気が漂う世界です。
それに比べて、羽生先生がベテランと呼ばれるようになった将棋の世界は、
いまではほとんど胡散臭い雰囲気を感じない世界になりました。その代わり
と言ってはなんですが、電車の中でスマホのゲームに興じているサラリーマ
ンの中に狂気を感じるというのが勝負師の感覚なのです。
昭和の時代、将棋はいまよりもはるかに庶民に人気がありました。インテリ
や経営者層に支持されていた囲碁に比べると縁台将棋という身近なイメージ
で、それこそ賭け将棋なども盛んに行われていて、何となくアウトローな臭い
がして、それがまた魅力だったのです。
でも、プロになる前後からコンピュータの棋譜を使って勉強してきた羽生先
生やその少し上の谷川浩司先生にはまったくその気配がありません。これは
桜井さんが言う健やかな世界になっているということなのではないでしょうか。
一局一局の勝ち負けが明確に決する勝負の世界に生きているのに、その
頂点に立つプロの世界が健やかである現代日本の囲碁や将棋の世界には、
電車の中のバーチャルの世界が狂気の臭いを発するようになってきた現代
社会の健全化に向けて、とても参考になる気づきがあるような気がします。
ポケモンGO でますます加速されることになったバーチャルとリアルの世界
の境界のあいまいさを受け入れていくには、不可思議な世界を取り入れる
ことで桁違いな強さにステップアップする可能性を、あえて放棄する健やか
さが必要なのではないでしょうか。
例えば、アスリートがドーピングをして金メダルを取ることや、芸術家が麻
薬の力を借りて前衛的な芸術作品を完成させるという安易な道を選ばない
感覚と言えば分かりやすいでしょうか。
コンピュータとの対戦を通じてある意味での人間の世界にはまったくない
可能性を垣間見つつも、人間の知能でついていけない不可思議な世界に
入り込み過ぎないようにするバランス感覚が、もしかするとすべての分野で
ITの力が格段に強力になってきた現代においては一番必要とされる感覚な
のかもしれません。
私は「舩井フォーラム2016」で封印を拓いたときの私たちに必要な感覚が、
まさに羽生先生がいま気を付けている感覚に似ているような気がして仕方
がないのです。封印を拓くと、特に最初は不可思議な世界が垣間見られる
ようになって楽しくなってしまうかもしれませんが、それは私たちが追い求め
る世界ではないのです。3次元の世界を選択して生まれてきたのですから
5次元の世界からのサポートは受けるにしても、それをきちんと使える準備
ができるまでは慎重な姿勢で未知のものには向き合う必要があるようです。
未知に対しては敬虔な気持ちを感じることが大事なことで、でも未知の前
ではリラックスすることが大切だとKan.さんはおっしゃっていました。まさに
それを体現されている羽生先生のすごさに改めて驚かされました。将棋の
世界で一番強いということは世界で一番頭がいいと言ってもおかしくない羽
生善治先生のバランス感覚には、学ばされることがたくさんありました。
話は違いますが、道を絶えず切り拓いている船瀬俊介先生と矢山利彦先
生と私の鼎談を『ザ・フナイ』でさせていただくことになりました。お二人は同
じ高校の先輩後輩になるそうで、矢山先生は先輩との楽しいやり取りを楽し
みにしているというお話をお電話でされていました。私たちが人生を通じて
社会に発信していることの重みを決めているのは、どれだけ人生に対して真
摯に向き合ってきたかだと思います。達人レベルの人生を生きてこられた超
プロのお二人との鼎談には少々緊張しますが、とても楽しみでもあります。
そんな、Kan.さん、船瀬先生、矢山先生も出演してくださる「舩井フォーラ
ム2016」はやっぱり見逃せないと思います。