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フランスのテロから感じたこと

皆さんこんにちは。熱海のこだまゆうこです。

フランスのテロの事件で、世間は騒然となっているようですね。

これだけ大きな事件だと、それぞれの人がいろんな感じ方をするのがあたりまえだし、
それぞれがそれぞれの宇宙では間違っていないと思うし、
不安をあおるだけの結果になってしまうかもしれないので、
本当は戦争とかこういう話題についてはあまり書きたいとは思わないのですが、
ちょっと思うところあるので、この事件で感じたことについて書いてみたいと思います。

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その前に、ちょっと小話を一つ。

私がドイツに住んでいて、世界各国の人たちが集まる語学教室に通って、
上手に生きる術として身を持って感じたことは、「宗教と戦争の話だけは話題にするな」でした。

それぞれがそれぞれに大切な歴史と文化と思想を持っているので、
どっちが正しいとかどっちがエライとか、どっちが悪かったとか、

立場が違えばそんな答えは違うに決まっているのですから、
その人が絶対だと思っていることと、終わった過去のことは触れないにこしたことはないのです。

それが、そこで上手に機嫌良く暮らすルールでした。

ただ大切なことは、自分の立場を尊重するとともに、相手の立場も同様に尊重すること。

お互いに、これさえできていれば、それでいいと思います。

自分も愛して、隣人も愛する。
全体的に、これさえできていれば、本当にそれでいいのです。

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さて、フランスのテロの話に戻りますと、
私は基本的に、みんな同じ地球に住んでいるけれど、じつはそれぞれ違う宇宙に住んでいると思っております。
私=宇宙 です。
だから、これから私が書くことは、私にとっての宇宙の話です。
鵜呑みにはしないでくださいね。


多くの人がショックを受けた今回のテロ事件ですが、
私はこのニュースを初めて知った時、「あ、そう、そうきたか」と思いました。
別に驚きもしなければ、必要以上に悲しんだり落ち込むこともありませんでした。

ただたんたんと、起こった出来事を見つめました。

こう書くとすごく冷たいように感じるかもしれないけれど、
ここで断っておきたいのは、私が世界情勢に無関心なわけでもなく、
亡くなった犠牲者の方々や、ご遺族の方々を軽く扱っているというわけでも全くありません。
心から、ご冥福をお祈りする気持ちはあります。

しかし、必要以上に驚いたり、悲しんだりはしないのです。

なぜそう思うか、について書きたいと思います。


別に政治的に偏った思想もなく、私なりに日々の暮らしを生きておりますと、
こういうことがいずれ起こるのは時間の問題だと思っていました。

もうたぶん、ずいぶん前からあれが起こるのは決まっていたことでしょう。
いつ、どこで、どんなタイミングで、というのがわからなかっただけのことです。

これはあくまでも私見ですが、戦争を起こして儲けようとしている人たちの間では、
たぶん3年、いやもっと前くらいから決まっていたのではないでしょうか。


というのも、自分からはいっさいテロとか戦争とかそういうことに興味を持って情報をとりに行こうと思わなくとも、
戦争の雰囲気が充満している時は、嫌でもそういう情報は、
たとえ山の中の別荘地でひっそりと暮らしていても、自然に目に耳に入ってきます。


ネットを開けば必ずその話題が嫌というほど出てくるし、
ちょっと犬の散歩に行ってもすごいタイミングで軍用機が飛んでいるのに出くわす。
熱海の海は美しいなーと眺めても、いつもはいない軍艦がいる。

普通の人は見過ごしてしまうささいなことかもしれないけれど、
日常を意識的に生きていると、
普段の散歩道に、普段と違う変化があると、それは世界の象徴としてすぐにわかります。

象徴は、別にヘビとかイーグルとか、オオカミでなくとも、やっぱり象徴なのです。


10月18日の舩井フォーラム2015の横浜パシフィコの会場で、
世界の平和のために、我々が集っている目の前の港で、
海上自衛隊の軍艦たちが、観艦式のために寄港していたのに気づいた人はどのくらいいらっしゃるでしょうか。


世間一般では、観艦式と舩井フォーラムが偶然同じ日だった、というだけの話かもしれませんが、

あくまでも私の宇宙の中では、

あれだけ象徴的な日に、わざわざ同じタイミングで、
あれだけの数の軍艦が目の前にせまり、
日本の代表である安倍総理が観艦式のために軍艦に乗って、
それが全国放送のニュースで流れたということは、
その瞬間、その時点では日本も戦争が近いということを象徴しているのです。


あの日の講演では、「半径3メートルの中にすべてがある」という話題を出しましたが、
私の半径3メートルで感じた、そういう戦争への憂いの思いも込めて、お話ししました。

もちろん、その時はまだフランスのテロは起こっていませんから、
戦争とかわざわざそんな野暮な言葉は出しませんでしたが。


と、いうような私なりの解釈があったので、
実際にフランスであのような事件が起こっても、
そうか、とうとう身近な国でも起こったか、と思っただけで驚きはしないのです。

逆にみんなが驚いていることに驚いています。


必要以上に悲しみはしないというのも、
毎日、毎日、いろんな国でいろんな争いが起こっていて、
たくさんの人たちが亡くなっていっています。

それらのことから毎日目をそらさずに、悲しいながらもただ見つめる、ただ見守る、そして祈る、
というようなことを行っていますと、
今回フランスでこのようなことが起こっても、日々と全く同じ目線でしか傷つかず、
悲しみはしない、という結論になるのです。


もちろん、私もドイツにいたころはよくフランスに行きましたし、
美しくて、おしゃれで、料理もおいしい良い国ですから、あのフランスで、という残念な気持ちはありますが、
それはどこの国であってもやっぱり同じ気持ちです。

これが日本で、しかも大切な家族が亡くなって、というような当事者となれば、
それはまた別の話ですが。

今回はフランスでこんなことが起こりましたが、
今、現在の流れでいくと、これはいつ日本で起こっても、おかしくありません。

脅すわけでも、こわがらせるのが目的なわけでもなく、
ただ、今、このとき、この瞬間を切り取って、私の目でニュートラルに世界を見渡したら、
残念だけど、日本にも戦争の雰囲気が充満しているね、というだけの話です。

梅雨の時期に、家じゅうにカビが生える前に、ずっと空気がじめじめしていて、
目には見えないけれどカビの気配が充満している、というのに似ています。

今の日本には、戦争の気配が充満しているのです。


奇跡的にも、この70年日本は戦争がありませんでしたが、
世界では戦争がなかった日は一日もないし、
日本では、毎年3万人も自殺者が出るし、
小さな争いはそこらじゅうにありました。

自然界を見てみても、虫同士、動物同士で争うこともありますし、
人間が野菜のためにと農薬をまくことも、
虫から見ればテロみたいなものでしょう。

誰でも生まれ、死に行く存在ですし、
今の地球はこういうレベルの星だし、
人間も、この地球に合った人しか生まれてきません。

でもそろそろ、変わる時が来ているのではないでしょうか。


辛口な意見かもしれませんが、
日本の大半の人たちは、メディアが報じる表面的な情報しか信じていません。

グルメとか、旅行とか、贅沢なおしゃれとか、金儲けとか、権威とか、
目先の欲を刺激されて、本当はどうでもいいことを人と比べてばっかりで、
生きることの本質を見ようとしません。


それから、本質を見ていると見せかけて、スピリチュアルが好きで、
プラス発想を表面的にしかとらえていない人は、宇宙人とかそういう話は得意だけれども、
戦争とか、貧困とか、病気とか、自分に起こってほしくないことは、マイナスなことだからと目を逸らそうとします。
考えなければ、消える、と信じています。

そして、どちらのタイプの人たちも、ある日突然戦争がはじまった!と驚きうろたえ、悲しむのです。


これは、今までカラダや心を酷使してきて、それなりに症状も出ているのにきちんと見ようとせず、
ある日突然末期がんだと宣告されてうろたえる人にちょっと似ています。

くさいものに蓋をせず、気づかなければ、きちんと見なければ、
対処することすらできないのです。


これは何も、くさいものだけを見なさいという話ではありません。


世界では、テロや戦争が起こる中でも、
たくさんの愛を持って、祈り続ける人たちがいます。
隣人を助ける人がいます。
奇跡のような出来事も、たくさん起こります。
家族との楽しい、美しい永遠のような瞬間もあります。

こういう尊く、美しい瞬間もあると同時に、見たくないほど残酷な現実もある、
このどちらも、両目で、きちんと偏らずに見つめなければなりません。
そうすることで、対処法が見えてきます。


ちなみに、くさいものに蓋をする人は、都合の悪いことから目を逸らすけれど、
逆にくさいものだけを見ようとする人もいます。

そういう人はいつも悲しんだり怒ったりしていて、反戦デモとかに行こうとします。

別に反戦デモに行く人も必要だし、いろいろ考えあってのことでしょうから、
それを悪いとは言いませんが、

これは、攻撃のエネルギーに対して、反戦デモという攻撃のエネルギーを返しているだけです。
ネットの映像で見るだけで、そこには怒りと恐怖のエネルギーが充満しているのがわかります。
平和のためにと怒っていて、戦争の状態から、エネルギー的には1ミリも進化していません。

この怒りの状態の人たちは、生みだしたエネルギーの持って行き場が必要ですから、
ちょっとしたウソの情報を流すだけで、
すぐに反戦から戦争へ エネルギーの矛先を変えることでしょう。

この熱狂が戦争へと進むのです。

戦争を起こしたい人たちからすると、彼らは扱いにくいように見せかけて、じつに扱いやすい人たちです。


そして戦争を起こしたい人たちにとって、じつに扱いにくいのが、
ひっそりと、誰に言うわけでもなく、祈りによって愛を広める人たちです。
その愛と祈りによって、世界中の集合意識に変化を起こしていきます。


これは世界中に、ひっそりとしかも強力に広範囲に散らばっている勢力ですから、
戦争をしたい人たちも、対処のしようがありません。


しかも、戦争をしたい支配者の人たちも、
いまの状況はちっとも幸せじゃないくせに、
いまある富がなくなること、ひとりぼっちになること、人から攻撃されることを心から恐れていて、
だから戦争がしたいと思っているだけで、じつは本当のところは平和を望んでいます。

彼らなりのロジックで、彼らにとっての平和の手段が、戦争だっただけなのです。

本当は、心のどこかで、みんなに許してほしい、受け入れてほしいと思っているはずです。


というようなことで、

戦争の雰囲気は充満してはいるけれども、まだ開戦状態にまではなっていない日本人ができることは、

「ひたすら祈り、愛を広めること」

だと思います。

愛と祈りが、生き方と生活そのものになるのです。

すると、自ずとやるべきことが見えてきます。


そして私ができることは、
半径3メートルの中で、愛と祈りをもって、自分の宇宙を調和させることです。
ライターという職業だからこうして文章を書いたり、自分にできることをやることです。


なんだただの祈りか、と侮るなかれ。


世界中に、愛と祈りよりもゆるぎない力はありません。

神の子である我々の一人ひとりが、本当に愛と祈りを体現したとき、それは起こります。

ただ祈りの言葉を唱えるだけではなく、

生活そのものが、愛であり、感謝であり、アートであり、祈りになるのです。

こんなエラそうなことを書いている私だって、

半径3メートルの中では、
毎日意見のあわない夫と顔をあわせていたら、
カっとなって怒ったり、時には殴ってやりたいと思うことすらあります。

これは私の身体の宇宙の中に、爆発が起こって、戦争状態が起こっているのと同じことです。

たぶんこんなふうに身近な怒りや葛藤が完全になくなるまで、
世界中での戦争や貧困はなくならないでしょう。

世界中で戦争や貧困、悲しみや怒りがなくなるまでは、
私は完全には悟らないことでしょう。


私にも、怒ったり、嫉妬したり、自分も他人も、傷つけてやりたい、と
思う時だってあります。

今まさに餓死している人たちがいるのを知っていながら、目の前の物欲に負けたり、
住宅ローンがあるから、などと言って思い切った寄付の一つもできなかったりもします。

怠惰に負けて、神様からいただいたカラダや心を、
ひたすらどうでもいいことに費やすこともあります。

片付けは苦手だから、家という宇宙の中で、空間の混沌状態をひきおこしていたりもします。

そんなどうしようもない自分から、目を逸らすのではなく、
きちんとそんな自分も認めて、見守って、
全体の調和を大事にしながら、愛と祈りと理性でそれらをコントロールする。

そのように生きて、ただただ、
目の前のことに、先入観なく自分を開いていたいと思っています。


なんだかダラダラと長い文章になってしまいましたが、
少しでもこの文章に、愛と祈りが含まれていますように。

客観的に読んでみると、この文章の中にさえも私の怒りがこもっているようにも見えますが・・・(苦笑)。
愛ですよ、愛。


そして心から、フランスのテロで亡くなった犠牲者の方と、
フランス軍の空爆で犠牲になった方々、
世界中で、いま死に行く多くの方々のご冥福をお祈りいたします。

世界が、平和でありますように。
愛をこめて。



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