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いい加減がいい


 赤塚高仁さんとの共著『聖なる約束』(きれい・ねっと)を書いた時、日本人が
いい加減であることのすばらしさについてよく考えていました。いろいろなところ
に書きましたが、赤塚高仁さんというエキスパートにイスラエルに連れて行って
もらったことで、私はイスラエルに対してふたつのすごさを感じました。

 1つ目はヘブライ語という1900年近く使われていなかった言語を復活させ、日
常会話で使うようにしたことです。ちょうどイエス・キリストが生きていた時代に
書かれた死海文書が発掘されていて博物館に展示されているのですが、その
頃使っていた言語を現代風に改めて使っているので、小学生であっても普通に
読めて大まかには意味が分かるのだそうです。

 日本は2674年間の歴史のある国で、それが一度も途切れていないのですが、
1900年前の文章は今の私たちには読めません。それどころか時々すばらしい
書画骨董を見せてもらう機会がありますが、そこに書かれている江戸時代や明
治時代の文字を読むことすら教養のない私には難しいことになってしまっていま
す。

 私は仕事柄、本を読むことは大好きで、速読まではしませんが多分かなり速く
本を読めるほうだと思います。しかし、1970年代以前の本はいまよりもはるかに
中身が充実していて、また難しいことが書いてある確率が高く、いまの本のよう
には気楽に読めません。

 当時は読書に対して求めていることが今とは違ってとても崇高な楽しみであり、
気軽に本を読むということに価値を見出していなかったことが原因だとは思いま
すが、それにしてもたった40年ぐらい前の文章を難しく感じてしまうのが、残念な
がらいまの日本の文化レベルの現状です。それを考えると、1900年前の言語を
復活させてまでユダヤ人としてのアイデンティティをみつけるイスラエルという国
のすごさを感じます。

 そして、2つ目。これにはもっと驚いたのですが、現在進行形で砂漠が緑に変
わりつつあることです。イスラエルは国土の60%が砂漠という厳しい環境に置
かれている国です。きちんと調べたわけではありませんが、旧約聖書が作られ
た時代はいまと違ってもっと緑にあふれていたのではないかという感覚を持って
います。しかし、ユダヤという国が文明を発達させていく中で緑が失われ砂漠が
広がっていったのではないかと感じています。

 そして、これは私の妄想ですが、私はある前世においてその当時のその辺り
に生まれていて、緑を砂漠に変えてでも文明化を進めたいという強い思いを抱
いていたということをなんとなく思い出すのです。そして、その時に私は神と取引
をしました。緑を犠牲にしてでも現代の繁栄につながる文明化を推し進めてみる
という許可を神に取り付けたのです。その時に神が出した条件が、時が来れば
責任を持って砂漠を緑に変えるということを約束することだったのです。

 そんな妄想を抱いてイスラエルに行き、赤塚さんに普通の観光旅行では絶対
に行かないゲネブ砂漠に導かれ、そこでイスラエルの初代首相であったベング
リオンが「砂漠を緑に変えることができなければイスラエルに未来はない」とい
つも言っていたということをお聞きして、本当にびっくりしてしまいました。私の
「聖なる約束」をベングリオン首相は実現させるべく、イスラエルという人工国家
の設計をしていたのです。

 実際に、イスラエルの砂漠は少しずつですが緑に変わっていっています。この
まま緑が増え続ければいつの日か必ず気象循環が変わって砂漠に雨が降る日
がやってきます。でも、いい加減な日本人に生まれたいまの私には、そのきちん
とした努力の末に実現する砂漠に雨を降らせるという私の「聖なる約束」の実現
はまだ何千年もかかりそうで、とても待ちきれません。だから、いい加減な日本人
の良さを発揮して、眉唾ものの超能力でも何でも使って近いうちに砂漠に雨を降
らせてみたいと思っているのです。

 昔、「アラビアのロレンス」という映画を観て、中東の砂漠では1本の井戸、1滴の
水を巡って戦いをしてきたんだということが強烈に感じられました。赤塚さんは「日
本人はすぐに水に流すと言うけれど、中東の砂漠では雨が降らないのだから水に
流すことなんてできない」という話をしてくれます。1年間の降水量が100ミリ程度の
砂漠では流す水がないから、いい加減に許すことなど簡単にはできないのです。

 それに比べて日本人は下手をすると1時間で100ミリの雨が降ってしまう国土に
恵まれているので、逆にいつまでも恨みを抱いて生きていくことができません。原
爆を落とされても、その相手を手本として経済発展を成し遂げてしまうようないい
加減な国なのです。でも、私はそのいい加減に誇りを持つべきだと思っています。

 「いい加減でいい」のではなく、「いい加減がいい」のです。積極的にいい加減に
生きていることが日本人の一番のすばらしさではないかと思っています。
今年もおかげさまでいい加減に生きて来ましたので、来年はもっともっとそのいい
加減さを追求して生きていきたいと思っています。




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