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誕生死について 赤ちゃんとお母さんからのお願い

皆様こんにちは。

先週からこのブログも、会員様だけでなく一般公開となりました。
ここ何年か、必ず「にんげんクラブの皆様こんにちは。」という冒頭から文章を書き続けていたので、「にんげんクラブの」という部分がなくなったわけですが、この小さな変化もなんだかおもしろいなと思っております。

何年も続けていると、こんな小さなことでも感動するものなのですね。(これは小さなことじゃなくて、実は大きな変化なのかもしれませんが^^)


さて、今月号のにんげんクラブ会報誌、そろそろ皆様のお手元に届くころかと思います。
この会報誌には、南山みどりさんというお腹の中にいる元気な赤ちゃんや、亡くなった赤ちゃんとも対話ができるたいわ士の女性のインタビュー記事を掲載していますが、その最後に流産死産について、私のちょっとしたコラムを掲載させていただいております。

今年のはじめの誕生死(死産)については、このブログでも何度も書いておりますし、話題が話題なので、わざわざしつこく会報誌で書くほどのことでは・・・・とちょっと思われた方もいらっしゃるかもしれません。

私も重たい話題なのでいろいろと悩んだのですが、じつは編集長の重富さんに無理を言って、このコラムを書かせていただきました。

というのも、会報誌や勝仁社長の書籍のまえがきにも妊娠について書かれていたし、はたまた講演会の会場などでもすでにお腹が大きかったので、私が妊娠していたことは数千人にのぼる多くの方がご存じでした。
しかし、私のブログを読んでくださる方は、せいぜい数百名。ということはどうなるかというと、あれから半年ほどたった今となっても、「ご出産おめでとうございます!」「元気な赤ちゃん産んでね」「今は何か月になりました?」というお便りやご挨拶が、地味に全国からいまだに届き続けていたのです。


もちろん祝福してくださった方に悪気はまったくありませんから、そのたびに、お相手の方が気を使われないよう気を付けながら「赤ちゃんは亡くなってしまったのですよ」とできるだけさっぱりとお伝えしようと努力しています。しかしこちらがどれだけ笑顔を作ろうと、やっぱり私もちょっと傷つくし、相手の方は本当に申し訳なかったという感じにやっぱりなってしまって、「ごめんなさい」と恐縮されてしまいます。

誰も悪くないのにお互いに傷ついて、お互いに謝って、こんなやりとりが続いてしまうのって、なんだか不自然だし辛いな、と思っていました。

ということで、常識的には会報誌にわざわざ死産のことを書くのはあまり適切でないのかもしれませんが、ちょうど南山みどりさんの取材の記事だったので、無理を言って死産の話題を書かせていただいたのでした。


さて、なかなか書きにくいし、話しにくい内容ではありますが、せっかくここまで誕生死について書いたので、これから私と同じような体験をされた方や、親しい方が同じような運命に遭遇してしまった方のために、いろいろと感じたこと、言いたかったけれど言いにくかったこと、まわりの人にぜひお願いしたいこと、などを書きたいと思います。

これもやっぱり重たいな、しつこいな、と思われてしまうかもしれません。本当のことを言うと、流産死産についての記事を書くのは、こちらも相当な気力体力を使うので避けたい気持ちもあるのですが、でもやっぱり一人の体験者として人生の中でいつかは書かずにおれないことでしょうから、今書こうと思います。


もしかすると、世間の常識とは外れていることも書くかもしれません。
これはそもそも妊娠22週以降と定義づけられている「死産」はそこまで順調に育った赤ちゃんの300人に一人くらいしか起こらない(2012年度の統計より)稀なことですから、稀なことに世間の常識をあてはめることのほうが間違っています。
生意気な意見だと感じたとしても、どうぞ一体験者の記録として、暖かい気持ちでお読みいただければ幸いです。


南山みどりさんと池川明先生の講演の時にお聞きしたことで最も印象に残った言葉は、「死産してしまったすべての赤ちゃんが共通して伝えてくるメッセージは、じつは『生きている子と同じように扱ってほしい』なのだそうです」でした。私も母親として、本当にそう感じました。まさにこの一言が、体験者として最も多くの人に知っていただきたいことです。

死産してしまった赤ちゃんは、たった一日でもお腹の外に出ていれば、祝福され、人間として扱われ、戸籍にも登録されるし、きちんとお葬式もしてもらえるはずだった存在です。ただ亡くなってしまったのが、お腹の中であったか、外であったかだけの違いなのですが、大事にされる後者に対して、前者はたいてい世間では「なかったこと」として片付けようと扱われてしまいます。

どれだけ世間がなかったことにしようとしても、何か月もお腹の中で育ててきた母親にとって、その子は絶対になかったことにはなりません。たぶん何年たっても、何十年たっても、なかったことにはならないでしょう。


今からほんの二十年くらい前までは、お母さんは死産した赤ちゃんにほとんど会わせてもらえなかったそうです。見ると余計に辛くなるから、後から気がおかしくなってしまうから、との理由で引き離され、親戚や業者の人の手によって火葬されてきたそうです。
病院の対応も、赤ちゃんを人として扱わず、ひどいことが多かったそうです。

そのように引き離されてしまった多くの母親は、赤ちゃんを見なかったからといって楽になることはなく、逆に「どうしてあの時たった一度でもわが子を抱きしめてあげなかったのだろう」と、後悔し続けることのほうが大半なのだそうです。


私の場合は、不育症の薬を飲んで血液がサラサラだったために、赤ちゃんが亡くなった後も、10日間人工死産の処置ができませんでした。
そのため羊水の中にいる赤ちゃんの体は腐敗しているだろうと思われていました。
また、前置胎盤だったために、出産時の自分の命にも不安がありました。

そんな事情はあったけれど、私の希望として「たとえ赤ちゃんの体がどれだけ腐敗していたとしても、この目で赤ちゃんを見たいしできれば抱きしめたい。また、もしも出産の時に大がかりな出血をしてしまって、そういうことが叶わなかった場合でも、写真だけは絶対にとっておいてほしい」と主人にお願いしました。

主人は渋い顔をしながらも「君がそう言うのならばわかった」と承諾してくれたのですが、私の母親は私を心配するあまり、はじめは赤ちゃんと私を会わせたくないようでした。「あの子はああ言ったけれど、昔の常識では母親に死んだ赤ちゃんを見せなかった。これは昔の人の生きる知恵だ。赤ちゃんの写真は撮れなかったと後から嘘をつけばよいのでは?」とこっそり主人を説得しようとしました。

隠れてそんなやりとりがなされたようですが、生真面目な主人は裏でのネゴシエーションがまったく通用しない人であり、「僕は妻の意見を優先する」と一喝して終わったそうです。


これは別に私の母だけでなく、世の中の大半の人が思うことかもしれません。腐敗しているかもしれない亡くなった赤ちゃんの写真を撮るだなんておかしい、不謹慎だ、悲しくなるだけだから母親には会わせずにおくべきだ、と。
娘を愛しているからこそ、心配してそのように思うのでしょう。

でも、母性ってたぶんそんなに弱いものではないと思います

母親にとっては、たとえどんな姿であろうと、愛しく大切なわが子です。

少し場面をかえて想像してみてください。
たとえば1歳や2歳まで生きた子どもが、海や川で溺死してしまったとして、遺体が腐敗していたとしたら、母親は子どもを見たくないと思うでしょうか。親戚や業者にお葬式や火葬を任せるでしょうか。

どんな姿であっても、苦しい思いをしたであろう愛しいわが子をこの手で抱きしめてやりたい、できればきちんと弔ってあげたいと思うのが普通の母親なのではないでしょうか。


もちろんこの場合は、生前の幸せな写真が何枚もあるでしょうから、死後の写真は当然撮らないでしょうが、私にとっての子どもの写真は一枚もありません。出産二日後には火葬されてしまうのですから、抱くことができなかった場合はせめて写真だけでも撮っておいてほしい、とあたりまえの要求でした。


結果的には、前置胎盤があったにもかかわらずきちんと生まれてきてくれたので、私の身体のダメージも少なく、多少の腐敗はあったものの、ケースごしに添い寝したりもできたし、火葬場まで弔ってあげることもできました。この時一緒に撮った赤ちゃんの写真は、人に見せることはありませんが、今は私の大切な宝物になっています。

生きている子と同じように扱ってあげることができて、本当に良かったと思っています。ということで、ぜひ、母親本人が自分から「会いたくない」と希望する場合以外は、無理に赤ちゃんと母親を引き離さないでいただきたいです。


このブログには何度も書いていますが、出産の瞬間には、三次元的には赤ちゃんが亡くなっているにもかかわらず、見えない世界では宇宙のいろんな存在から祝福されているような気がして、悲しみの極地の中で、不思議と一方でものすごく幸福な気持ちになりました。病室が輝いているかのように感じるくらいの幸福感で、それは付き添っていた母も同じように感じたそうです。

それを証拠に、あれだけ赤ちゃんと私を引き離そうとしていた母が一番、嬉しそうに赤ちゃんの写真を撮っていました。それはまぎれもなく、生きている子と同じように、孫が生まれてきてくれて嬉しい!と素直な気持ちの表れだっただろうと思います。


また、私の出産は難しいケースだったので医師や看護師10人くらいの人に見守られての出産だったのですが、隣の病室で生まれた子は、「おめでとうございます!」と拍手喝采だったけれども、私の場合は、出産を終えても当然ながらお葬式のようにシーンと静まり返っていました。

でもたった一人の看護師さんだけが、産み終えて笑顔の私を見て「おめでとうございます。かわいい赤ちゃんですね」と沈黙を破ってくれました。この瞬間に「おめでとうございます」を言うのはすごく勇気がいっただろうし、どう見てもかわいいとは言い難い赤ちゃんをかわいいと言うのはそれこそ不謹慎ととられかねないけれども、その時の私にとっては他の子と同じように扱ってもらえて、ものすごく嬉しくありがたい言葉でした。(激しく動揺している妊婦さんは怒る場合もあるでしょうから、これはケースバイケースですけれど)

この病院のスタッフの方々は、みなさん赤ちゃんを一人の命としてものすごく大事に扱ってくださって、退院する時は寒い中整列して、車が見えなくなるまで頭を下げて見送ってくださいました。これは親として本当にうれしくありがたかったです。


それからもう一つ、流産死産を経験したお母さんのそばにいる人に、できれば気を付けていただきたいお願いごとがあります。

多くの人は、お母さんを慰めようとして、「大丈夫、すぐにまた次の子ができるよ」「またがんばろう」と次の目標を掲げ言葉をかけます。これは実は、慰めているようで多くの場合お母さんを傷つける言葉ですから、必要以上にこのような言葉をかけないであげてほしいのです。

やっぱりお母さんは赤ちゃんを生きていた子と同じように扱ってほしいので、その子が亡くなってすぐには、次の子の話題をだされても悲しいだけです。1歳2歳の子が亡くなった時には、誰も「次の子が生まれてくるから大丈夫」とは言わないものです。私の場合はまだ赤ちゃんがお腹に入っている最中に、次の子の話題を何度も出されて、悲しく寂しい思いをしました。


そもそも、そのような場合のお母さんは普通の何倍も繊細になっていますから、あまり言葉は必要ありません。

体験談を読むと、人によっては「元気を出してね」と声をかけられただけでも悪意を持って言われたように感じて激怒する人もいるそうです。
言葉って難しいものです。私の場合はさすがにそこまでは思いませんでしたが、赤ちゃんの亡くなった原因探しと、次の子を作るための対策について何十分も話題にされた時は、やっぱりさすがに辛かったです。

この死産の前にも三度の流産をしていますが、母親の食生活や生活習慣が悪いことや、運動不足が原因だなどと、流産直後に赤ちゃんが亡くなった原因を医者でもないのにわざわざ言いに来るおせっかいな人が世の中にはけっこういっぱいいます。そのたびに毎回責められているような気分になって傷つきました。

本人は親切のつもりでも、傷ついているお母さんをこれ以上責めるような言葉はぜひ控えていただきたいと思います。お母さんからアドバイスを求められた時のみ、そういうことは言ってもいいのでしょうが、さなかのお母さんに伝えるには残酷すぎる言葉です。


私が人からかけられた言葉で、唯一癒された言葉は「がんばったね」「大変だったね」「辛かったね」もしくは「言葉もありません」だけでした。
変にアドバイスをしたり元気づけたりせず、そのままの状況を、そのまま認めてくれるだけで、十分に優しさ暖かさは伝わるものです。こんな状況のお母さんには「泣くな」「元気をだせ」「次を産め」と言ってもそれは無理な話ですから、ぜひ思い切り泣くことを許してあげてほしいと思います。


それからもう一つのお願いごとは、流産、死産は今の日本では口にすることはタブーなのかもしれませんが、妊娠したことをまわりのすべての人が知っている状態、とりわけ死産の場合は、ぜひ必要以上には口を閉ざさないでいただきたいと願います。

(もちろんこれは、必要以上に話題にだしてほしい、という意味ではありません。また、流産の場合は、妊娠していることもまわりにあまり言わないでしょうから、わざわざ話題にする必要はないとは思います)


これも、生きている子と同じように扱ってほしい、という理屈と同じです。
通常近しい家族が亡くなったら、忌引きで会社を休むことになりますし、同じ会社の人や親しい間柄の人たちには、その情報はすぐに伝達されます。逆にそんな大事な情報を伝えないでいることは、失礼になります。

だけど死産の場合は、みんなが言ってはいけないプライベートなこととして、必要以上に口をつぐみます。
そのため、本当に親しい方々は別としても、私が妊娠していたことを知っていた多くの人は、死産をしたことを知らず、私が直接自分の口頭で、あるいはメールで、死産した事実をその都度知らせなければなりませんでした。
みんなも口に出し辛いことかもしれないけれど、でも本当は当事者が一番口に出すのが辛いことです。


たとえ死産で長期間仕事を休んだとしても、まわりが口を閉ざしてしまうと、事情を知らない方には産休で休んでいるとしか思われません。
つい先日も、半年近くたっているというのに、同じグループ会社の人でさえ、「赤ちゃんは何か月になりましたか?」と笑顔で尋ねてくださいました。その瞬間に気まずい空気が流れ、私はその方に赤ちゃんが亡くなったことを自分の口で告げねばならず、その方はものすごく申し訳なかったと何度も私に謝ることになってしまいました。これはその方も悪くないし、私も悪くないし、誰が悪いのでもありません。

ただ、きちんと生まれなかった子のことはあまり口に出さず、とりあえずなかったことにする、という世の中の風潮が、ちょっといきすぎているのだと思います。

戦前は流産、死産、出産時の事故や乳児の死亡が今よりずっと多かったことや、戦後は妊娠人工中絶の爆発的な増加による罪悪感や、それに伴う水子供養などの霊感商法が多かったことなども影響しているのかもしれませんが、そのような見たくない、聞きたくない、話題にしたくない、こわい、といった偏見ある見方ではなくて、一つの命が胎内に生まれ、短い命を全うして亡くなった、という当たり前の事実のみを見てほしいのです。


これらのお願いごとはすべて、「お腹の中で亡くなって生まれた子も、生きて生まれた子と同じように大事に扱ってほしい」という願いにつきるのです。


死は、恥ずべきことではないのですから、隠すことではありません。それに死は悲しいことではあるかもしれませんが、愛しているからこそ悲しいのであって、決して悪ではないのです。生があるから、死があって、死があるから生はよりいっそう輝くものです。

昔の人は、年齢を数え年で数えました。それは、受胎した瞬間から、お腹の中で赤ちゃんの生命ははじまっているのだ、というあたりまえのことがあたりまえにわかっていたからです。あの子は生きては生まれなかったかもしれませんが、お腹の中で、ひとつの生命として宇宙として、多くの存在から祝福され、確実に生きていました。


私たちの人生はあの世にいくと、時間も空間も関係なく、ほんの一瞬のまばたきの間のことかもしれませんから、たった七か月半の短い命でも、何十年も生きている私でも、あの世にいけば命の輝きは同じなのかもしれません。

一人の母親として、あの子をお腹に宿すことができたこと、そしてその瞬間は気付けなかったし身を切られるほどに悲しくせつないことではあったけれども、自分のお腹の中に抱きながら愛情いっぱいの中であの子の命をきちんと看取ることができたこと、これは何にもかえがたい、かけがえのない体験であった、と今は思います。

こう思えるようになってから、ずいぶん楽になりました。


とても長い文章となってしまいましたが、どうぞ「死産」でなく、「誕生死」の一人の体験者の意見として、ご参考にしていただければと思います。


最後に、私と同じ経験をして、このブログにたどりついたお母さんへ。


今は傷ついて悲しくて、とても生きていられないと思う時もあるかもしれないけれど、生きていればいつの日かきっと笑える日がきます。いつの日かきっと、本当のことがわかる日がきます。私もまた、心から笑える日を待っているし、その答えを探している途中です。

もちろん今は思い切り悲しんでいいですから、どうぞ、ご自分を大切に、愛して、いたわってあげてください。肉体はなくなっても魂は永遠の存在ですから、赤ちゃんと対話し、別の次元で共に生きていることに思いを馳せてみてください。

たくさんの悲しみがあるということは、あなたが持ちきれないほどにたくさんの愛情を赤ちゃんに注ぎ続けている証拠です。

きっと赤ちゃんも、同じだけの愛情をあなたに注ぎ続けているでしょう。どうぞその悲しみさえも、しっかりと味わってみてください。地球という星で、私たちは等しく、愛するため愛されるため、愛を味わうために生まれてきたのだと思います。

あなたは決して一人ではありません。

赤ちゃんも、ご家族も、たくさんの存在があなたをサポートしています。私も、離れているかもしれないけれど、まだ見ぬあなたを抱きしめたいと思うし、永遠の時の中で愛とエールを送りつづけます。

どうかどうか、自分は一人ではないということ、忘れないでくださいね。




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