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世の中の9割のことは・・・

にんげんクラブの皆様こんにちは。熱海在住のこだまゆうこです。
春一番が到来し、春の訪れを感じられる今日このごろです。
熱海ではつい最近まで暖房を入れていたのに、今日は暖房なしでも少し汗ばむ陽気です。
皆様はいかがお過ごしでしょうか。


先日、目の前の視界になんだか小さなプレデター(光学迷彩装置をつけているときのもの)がいるみたいにぼやけてきたなぁ、と思っていたら、そのぼやけ具合がどんどん大きくなっていって、終いにはパソコンの画面がまったく見えないくらいになってしまいました。

なんだこれ?と驚いていると、今度は視界にピカピカチカチカとなんだかひも状のものが現れます。それは目をつぶっても現れて、左側の視界に、ギザギザした龍がゆっくりゆっくりと螺旋を描くように旋回しているように見えてきました。

ギザギザ龍は、しばらく視界にとどまって、結局このびっくり体験は、30分くらい続きました。その後、同じ日の夜に運転していると、またあのギザギザの龍が30分ほど、今度は右側の視界に出てきました。


こんな体験は初めてだったので、ついに私も神が見えるようになった!と一人で喜んでいましたが、あまりに気になったので次の日にネットで調べると、これは別に珍しいことではなく、閃輝暗点という現象なのだそうです。

あの芥川龍之介も閃輝暗点を見ていて、それを題材に歯車という小説を書いているそうです。おなじみウィキペディアによると、偏頭痛の直前になることが多いらしく、頭痛を伴わない場合は脳梗塞や脳血栓などの恐れがあると、ちょっと心配なことが書かれていました。

とたんに心配になった私は、急遽脳神経外科のある病院へ行って頭部CTを撮影することになりました。ウィキペディアで調べてから、病院の検査結果が出るまでの間は、ありとあらゆる悪いことばかりを考えました(笑)。

検査後、結局は何の異常もなし、とのことで、「本当は偏頭痛になっているのに気付かない人もいるから、ストレスをためず、たまには外で運動してくださいね~」とお医者様からアドバイスをいただきました。
(診察の際に、「どんなものが見えましたか?」と聞かれ、「小さいプレデターみたいのが見えて、ギザギザの龍が・・・」と説明した際のお医者様の「???こいつ正気か?」みたいな怪訝な顔は忘れられません。プレデターじゃなくて、モザイクがかかったような・・・にすればよかったです(笑)。)


それにしても、プラス発想とは面白いものです。確かにあの日はいつもより身体が重く疲れていたので、たぶんあのギザギザの龍のようなものが見えたときに、「こわい!何これ!」と思っていたら、その後偏頭痛になったかもしれません。

もしくは、閃輝暗点のことをはじめから知識として知っていたら、「これから偏頭痛がくるはずだ」と思ってやっぱり偏頭痛になっただろうと思います。

でも「やった!神が見えた!今日から私も霊能者の仲間入りか!?」と本当に面白がってギザギザを楽しく観察したために、急激に脳からハッピーなホルモンが出て偏頭痛にならなかったのだろうと思います。


検査するまで心配している間のマイナス発想2日間は、朝おきるのも嫌になるほど、すごく憂鬱で身体の重い日を過ごしました。

あの日に私を何らかの宗教に勧誘すれば、7割くらいの確率で勧誘に成功できたかもしれないほどの、マイナス思考っぷりでした(苦笑)。
(ちなみに閃輝暗点をネットで調べなければ、神が見えたと調子に乗った私がなんらかの宗教を立ち上げる可能性も2割くらいはありましたが^^(笑))


ところで、医学やプラス発想に関する本ではないのですが、先日面白い本を読みました。その本とは新・あの世はあった 文豪たちは見た!ふるえた! 心霊・超常現象が眠れる意識をどう覚醒させたかです。
この本は来月のにんげんクラブ会報誌でもご紹介する予定です。

本書は超一流の作家たちが、自らの霊的体験を記したものを集めて解説してある本です。
その中で新渡戸稲造がアメリカで有名な霊能者と語った際の記述が、とても気に入ったので紹介します。


話しの間に私はこうのべた――「私は、この世の事柄の9割は真面目に考える値打ちはないと言っては、友人を驚かすのです。この世の事柄のたいていは、いたずら扱いしてもかまわないのです。1割の事柄は、これは厳粛に考えねばなりませんが。」

グランドン夫人は顔を輝かせて言った――「それはウォルターの申しますのとほぼぴったり同じ言葉でございます」
ところで「ウォルター」(実は夫人の亡兄の名前だが)とは、彼女を通して話したり行ったりする霊のことである。
それから夫人はこう付け加えた――「ウォルターはいつも申します、人間には笑いが足りないと。」

 事物の評価が急速に変わりつつあるとき、霊がいたずらを好み、冗談をとばし、道化を演じるのを目にするのは、楽しいことではないか。

「編集余禄」(新渡戸稲造全集編集委員会編『新渡戸稲造全集』第20巻 教文館 昭和60年)

この箇所にあるように、世の中で起こることの9割は、いたずら扱いしてもかまわない、とは素敵な考えだと思いませんか。


あの新渡戸稲造もこのように考えていたのだな、と考えると、日々の悩みが冗談ごとのように思えてきて、悩みなどほとんどなくなっていくように思えます。

たとえそれが閃輝暗点であっても、神が見えた!といたずらのように考えていたら頭痛が起こらなかったように、9割のことは問題なく過ぎていくのだろうと思えてきました。

残りの1割は厳粛に考えねばなりませんが、どうせ生きるならば9割は面白おかしく、
楽観的に考えて生きていきたいと思いました。



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