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最近読んで参考になった本

                                               2009年7月28日
                                               船井幸雄
 
 
今月も多くの本を読みました。
 
その中で、私が参考になった本を5冊選ぶと、つぎのようになります。

発刊順に述べます。
 
 
(1)随想集『岡潔』(2004年4月19日 成甲書房刊)

(2)黄文雄・呉善花・石平対談書『帰化日本人』(2008年11月17日 李白社発行)

(3)中矢伸一著『地の叡智 日月神示』(2009年6月30日 徳間書店刊)

(4)ベンジャミン・フルフォード著『仕組まれたアメリカ解体の真実』(2009年7月5日 青春出版社刊)

(5)板谷翠著『地球星に遊ぶ』(2009年7月17日 板谷翠刊)
 
 
このうち(1)〜(4)は書店で入手できます。(5)は板谷翠さんに直接、手紙を出して入手ください。
(名前と住所を明記の上、〒107-0062 外苑前郵便局留 板谷翠さん宛。
 本の代金は送料込み千円ですので千円を同封ください。)
板谷さんと彼女の御主人(弁護士)は、私の知人です。

著者は東大文学部卒後、日本テレビのディレクターやエッセイストとして活躍した人で、
本書は一見旅行記です。写真も多くあり、写真つき旅行記と言ってもいいようです。
しかし奥は深い本でした。
 
私は前記(1)〜(4)よりも、にんげんクラブの皆さんには、まず、この板谷さんの本を
奨めたいと思います。

同書の「まえがき」にはつぎのように書かれています。少し長いがお読みください。
必ず「はっ」とされるでしょう。
 
 
2008年9月末のこと。

私は、BBCテレビのニュースを見ていて、背筋にゾーと来るものを感じた。世界中の株価急落。
欧米の大銀行の倒産の危機を報じていた。なぜかこの瞬間、「ああ、この金融資本主義の危機は、
以前のように時とともに回復することはありえないのだな。あとは、人間の造った空中楼閣が
音を立てて崩れて行くだけ。今が、急速な崩壊の始まりなんだ…」と思った。

いつかは来る、と予期していたことだが、テレビニュースは、まるで絵巻物を見せつけるように、
私に、この地上の社会経済体制の崩壊の様子を告げていた。
 
強固に見えていた現代社会の基盤は意外なほど脆いもので、各国の繁栄は、
まさにバブル(泡)そのもの。今、泡が消えるように消えようとしているのだ。
金融資本主義による繁栄は、何兆円、何百兆ドルでも、すべて実体ある物ではなく、
金という抽象の数字が、さらに金を生むという約束事の上に成立しているトリックのようなものだ。
 
このトリック的「繁栄」を続けるためには、ただひたすら経済の拡大再生産を続けるしかないのだが、
どうやってみてもこれには限界がある。

日本のバブルは、土地の値段を吊り上げた。土地の値段が短期間に五倍にも、十倍にも
なるというのは、まさに実体経済ではないところで、泡を膨らませているトリックだ。

膨らんだ泡は、最後にパッとはじける。経済的バブル崩壊だ。
土地の値段も株価も大暴落し、日本経済は大停滞した。
 
 
アメリカのバブルは、サブプライムローンという名の金融商品を、ほかの様々な商品に混ぜて、
世界中に売りまくってパンパンに泡を膨らませた。
はじけてみれば、貧しい人々はローンが払えず家を失い、不景気になった企業のリストラで、
失業者が巷に溢れた。

もともとサブプライムローンの企画は、月収20万とか25万の貧しい人々に、
「プール付きの家が買える」という夢を見させて多額のローンを組ませ、
彼らの支払う利息で、この金融商品を買った金持ちや会社が儲かるという仕組みだった。
が、数年後に返済金額が上がると、貧しい人々は返済できなくなって、次々に家から追い出された。

アメリカの信用が失墜し消費者の購買力がなくなると、日本や中国もたちまち車や
電気製品などの物が売れなくなって、不景気に突入した。

日本のテレビニュースは派遣切り、期間労働者切りの様子を伝えはじめた。
「十日後にクビ、同時に寮も出てくれ」何年も勤めた人々も、正社員でないという理由で、
何の身分保障もなく、退職金もなく、企業の一方的都合でクビを切られた、
まさに「使い捨て」労働者である。
 
小泉首相、竹中財務大臣の時代に、日本企業の国際競争力を高めるためと称して、
長い間労働者を守ってきた労働基準法を改悪し、何の身分保障もない派遣労働者、
期間労働者を大量に作り出してしまった。

これにより、日本の大企業は空前の好景気を
享受したらしいが、その利益は低賃金、「使い捨て」の派遣労慟者たちが汗水垂らして
生み出したものだ。がその利益は株主への高配当、会社の資産、役員や正社員の
ボーナスなどになり、派遣労働者たちはまったく分け前にあずかれなかった。
そして、世界的不景気が襲ってくると、いきなり、「十日後に出て行け」なのである。
 
 
2009年1月20日、アメリカではオバマ新大統領が就任した。
彼は、就任演説の中で、「富裕層のみを優遇する国は、長く繁栄できない」と語った。
日本も社会全体が若い人々を大切にせず、派遣やフリーターに追い込んでこき使うばかりである。
そして、血も涙もない「使い捨て」。これでは、若い人々が人生への希望を失い、
自暴自棄になって、「誰でもいいから殺したかった」などと社会への不満を理不尽にぶつける
事件が多発するのも当然かもしれない。
人間将来への希望を失っては、まともに生きて行けないのである。
この状態が続けば、日本の国としての未来も真っ暗である。

アメリカのブッシュ大統領、日本の小泉首相らが唱えた新自由主義経済とは、
大多数の国民を貧困のままに置き去りにして、大銀行や大企業とその株主たち「富裕層」が、
国の後ろ盾をバックにやりたい放題儲けを追求する「自由」を国が認めようということだ。

大企業の競争力アップしか考えないこの政策では、国民に対しなるべく多く課税し、
社会保障費はできる限り削ろうとする。
歳出の少ない小さな政府という言葉は聞こえがいいが、結局それは社会保障費を削った、
安心して老後を生きることのできない社会を意味することになる。
 
75歳以上の「後期高齢者」はわずかな年金から、さらに追加の健康保険料を天引きされるという。
子供に扶養されていて一円の収入もない老人も、追加保険料を支払えなければ、
一年後に健康保険証を取り上げられるという。
 
 
日本は、世界第二の経済大国なのだから、国が政策を変えれば75歳を過ぎたら、
医療費はタダ、介護サービスもタダとか、安心して老い、死ねる本当に豊かな国にすることも、
できない話ではないだろう。

大多数の国民を無視した、「富裕層のみを優遇する」政治は、一刻も早く変えねばとつくづく思う。
小泉さん以前の日本には、良くも悪くも固有の文化があり、日本型資本主義と言えるものがあった。

会社は雇った社員を大切にし、一生養う心づもりがあったし、社員の側も、
会社への忠誠心が強かった。
この頃は九割の国民が自分を「中流」だと思っていられた安定感抜群の社会だった。
労働者が「使い捨て」にされたりしなかったのだ。
 
今のように人間が人間扱いされなくなった社会には、未来はないと痛感する。
オバマさんではないが、差別や格差のない社会、人間が人間らしく自信を持って
生き生きと生きられる社会は、いつかこの地上に出現するのだろうか。

そんな日がほんとうにやってくるのだろうか?
 
多くの人は、人間性はこんなもんさという。変わりっこないし、すべての人が生き生きと
生きられる社会なんて、地上に実現するはずないだろう、という。
私も、幼い頃から、人間は孤独な生き物で、愛し合って生きるなんていっても形だけのもの、
本音では無理と思ってきた。
 
 
この思いが変わったのは、30代の終わりに、病気で「死」を宣告され、二年経った後、
「誤診でした」と言われた時のことだ。
友人に誘われて、ニューヨークの禅堂に行き坐禅をした。
 
坐禅は私の心身に深く深く沁みわたり、「な〜んだ、私は宇宙そのものなんだ。数十億の
人間たちも、ほんとうは一体の生命を生きているのだな。すべては一体なのだ。」と感じた。
この坐禅体験はすばらしいものだった。
私が長い間自分、自分と思ってきた心身の壁は消え失せ、私はいきなり大宇宙と
一体になっていたのだ。

「天上天下 唯我独尊」という言葉は、ブッダが天上天下、つまりこの宇宙の中で
唯―人(ただひとり)自分が尊いのだと言ったと受け取られがちだが、それはとんでもない
誤解だと思われる。

そうではなくて、この宇宙そのものの意識、それが、たった一つの「我」で、
それだけが尊いという意味だと思う。
ブッダもあなたも私も一人一人の人間は宇宙の小さな部品みたいなもので、
無数の小さな小さな生命が息づく星々を含んだ、大宇宙そのものの意識が、
唯一の「我」であり、唯一の尊い主体なのだといっているのであろう。
坐禅体験が教えてくれた、一体感である。

坐禅体験によって、私の感性は宇宙にも開けたのか、地上から亡くなった人たちが
送ってくるメッセージを、時々キャッチするようになった。
以前にはこの地上の世界以外のものは、有るかもしれないし、無いかもしれない、
それが確かめられないのだのだから無視だと思って暮らしてきた。

が、坐禅してみると、この人生ではない遠い過去の記憶がよみがえったり、
今、出会った人との過去の関係や出来事などが、ふいに解ってしまったりして、
地上の世界が霊界と無縁ではないことをつくづく感じさせられた。
亡くなって霊界に還った友人からも、この世で言い残したことなのか、
ちょこっとメッセージが届いたりする。
 
始めのうちは、自分のミスキャッチではないのかとか、自分ででっち上げているではないかとか、
いろいろ疑ってみた。実感としては、人は死後も、意識としてはどこかで生きて
活動を続けていると感じられるので、そういう交流もありうるとは思った。
「千の風」は木の葉を舞い上げるだけでなく、時として、メッセージの配達もするらしいのである。
  
  
そして23年前、1986年7月2日のことだった。私はエッセイを書こうと原稿用紙に
向かったのだが、なぜかふと、そんなことは初めての体験だったが、テープに
吹き込んだ方がいいと思い実行してみた。

考えることをやめて、口に出てくる言葉をつぶやいてみた。
「夜が明けるのは時間の問題です。あなたがたはもう準備されているのです。
 美しい朝はそこまで来ているのです‥・」? これはいったい何?
私は、なぜこんな考えてもいなかったフレーズをつぶやくのか、とても不思議におもった。

が、とにかく、私は頭のすぐ上に、白光のような強烈なエネルギーを感じていて、
このエネルギーは言葉ではないため、ああ、早く言葉化しなければ、このエネルギーを
日本語に通訳しなければと感じ、必死で一言一言しゃべり続けた。

今から思えば、これは霊界の人々から地上の私たちへのメッセージであった。
当時、私は、この白光の送り主はいったい誰なのだろうといぶかった。
その気持ちを察してか、送り主たちは、自分たちがかつて地上に生きた人間であり、
今、霊界人となって、地上の人々に大きな時代の変化が起きることを伝えておきたいのだといった。

この時のメッセージは、「光の歌」と名づけられていて、「夜の歌」五章と「朝の歌」五章、
「昼の歌」三章、「夕暮れの歌」一章という、長い長い内容のものだった。
一回に一章ずつ送られ、7月2日から9月7日までかかってテープに吹き込んだ。
考えてみればこのテープは今でもとってある。
 
 
1986年。あと14年で2000年を迎える頃のことである。
「夜の歌」によれば、有史以降、現代までは、宇宙の暦では「夜」の時代であり、やがて、
私たちには想像もつかないような大変化が訪れ、「夜」が明け、「朝」の時代が来るのだという。

「夜」から「朝」への変化の前には、夜の嵐が吹きすさび、地上は大荒れに荒れる。
「夜の歌」第二章では、経済的大混乱の中で失業者が世界中の巷に溢れるとある。
私は最初に書いたBBCニュースを見たとき、この「夜」の第二章を思い浮べ、
「とうとうその日が来たのか」と思ったのだ。

23年前、霊界の人々から送られてきたメッセージにある情景は、「ああ、今の時代にぴったり!」と、
私を驚かせた。そして、今、もう一度、「光の歌」をみなさんにお送りしようと決心した。
  
「夜」の第三章は、地球温暖化の予告と新旧のウィルス、細菌による病気の蔓延への警告、
「夜」の第四章は、アメリカ、イスラエルとアラブの戦争について、「夜」の第五章は、
夜の嵐吹き荒れる中で、人間不信、自分不信に陥った人間の絶望感について語っている。

では、「朝」はどんな時代なのだろうか?

『朝』の第一章では、人々はー体感に目覚め、戦いをやめて、お互いに愛し合って
暮らすようになり、生命の喜びに満ちた真新しい、進んだ文化を創造していくという。
「朝」の第二章では、地上に「夜」が訪れる前に、森の中で、すべてを共有していた
人類の暮らしがあった。

一体感を知った人類は、またこの頃のように、土地や財産を、個人が所有するのではなく、
みんなで共有し、自然とも調和して生きるようになる。
「朝」の第三章では、奪い合うのではなく、たった一つのパンでも、分かち合う喜びを知った
人々の生き生きと生きる様が描かれている。
「朝」の第四章では、「夜」から「朝」へと旅する宇宙の中の人類の生命について触れている。

「光の歌」は一言でいえば、こんな内容のメッセージなのだが、いろいろ問題があった。
1986年に受けたとき、霊界の人々は「2000年には必ず朝が来る」と繰り返し伝えてきた。

私は、これ以前に、この種のメッセージを受けたこともなく、霊感らしきものも、
自覚したこともなかったので、かなり当惑した。
「これはお告げとか、予言とかいうものだろうか?」霊界の人々は、もちろん「神」を
名乗ったわけでなく、かつて地上に生きた人間として、夜の嵐で地上の人々が絶望しないように、
必ずその後に「朝」が訪れるのだと伝えてあげたいということであった。

が、私は「霊界の人々は未来も感じとれるのであろう、この人たちが
わざわざウソを伝えてくるとは考えられない」と思ってしまった。

で、2000年が来ても、―向に世の中変わらず、「朝」なんて来なかったと思ったとき、
裏切られ感があった。送られてきた「光の歌」の内容を、そのまま信じて出版したりしたことを、
少し後悔もした。
そして、人間としてはそれ以上の判断もできず、とりあえず「光の歌」をオクラ入りにしてしまった。
 
 
そしてまた9年。失業者が東京にニューヨークにパリに上海に至る所に溢れているという
ニュースを毎日見ていると、「夜」の第二章が、あまりに現在の世界の状況にぴったりで、
じっとしていられなくなった。

そして、「夜」の第三章の地球温暖化現象は、今や地球の大問題となっているし、
鳥インフルエンザ・ウィルスが突然変異し、人間の新インフルエンザとして
世界的大流行することが人類の危機とまでなっている。
「夜」の第四章は、湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタン内戦、パレスチナ、イスラエル戦争、
数えきれないほどの戦火が中東に上がっている。
 
「夜」の嵐の進行状況を、「光の歌」はなるほどぴったり言い当てている。
とはいえ、霊界の人々は、もともと同じ人間なのだから、地上にいないだけ、
視野が広かったり、より、未来を感じとれたりはしているけど、完璧に当たるとか、
当たらないとか、そういうことではないのだということも、私にはわかってきた。

つまり、霊界にいる友人たちからの親切なアドバイスなのだ。
ごく最近、私はこう思うに至り、「なんだ、対等な人間同士のお便りなんだ。だったら、
今の時代の私たちが必要としている部分だけをとりだしたらいいんだ」と一人納得して、
ささやかながら、独自に編集させてもらった。

もともと「朝の歌」にはもう一章あるのだが、それは朝が来た地上の輝くばかり美しい姿を
描いた詩なので、作者を名乗っているゲ一テさんには申し訳ないが、いずれまた、
もう少し地上が朝に近づいたら、みなさんにお目にかけたいと思っている。
また、「夜」の第四章の内容では、核兵器が使われるように読み取れるところがあるのだが、
私は、なんとかこれが当たらないように願っている。
 
1986年、「光の歌」を受け取ったとき、私はこれを、「未来の叙事詩」だと思った。
叙事詩というのは、昔、詩作が盛んな頃、ホメロスさんたちが、トロイ戦争やら、
さまざまな事実を詩の形で述べたものだ。
だから、本来は過去の叙事詩しかないのだが、「光の歌」は未来の出来事を
具体的に語った「未来の叙事詩」に思えたのだ。
 
 
二十数年経ってみると、この間の歴史の流れは、大筋では、この「未来の叙事詩」通りに
展開している。だったら、彼らが教えてくれた大変化、地上に「朝」がくるというのも、
ほんとうなのかもしれない。私はきっとそうなると思っている。
 
私も、人間として地上に暮らしているだけでは、「朝」が来るなんて、考えもつかなかっただろう。
若い頃からそういう日が訪れてほしいと、どんなに願ってきたかしれないが、ほんとうに来るとは、
なかなか思えなかった。が「光の歌」を読んで、それが2000年に実現しなかった後でも、
地球と人類の未来に絶望することなく、今まで生きてこれたのは、「朝」というイメージが
私の中で生き続けたからだと思う。
 
 
今、地上はまさに夜の大嵐が吹きすさぶ中。「光の歌」を読んで、一人でも多くの方が、
地上に「朝」が来るのだというイメージを受けとめて、希望を持ってくれたら、
送り主たちも喜んでくれることだと思う。

なお、「光の歌」は、「朝の歌」の後に、「昼の歌」「夕暮れの歌」と続くのだが、
あまりにも遠い未来の話なので、いずれまた、続きをと思っている。

(転載ここまで)

以上です。本書を読みたくなったでしょう。
 
上記の(1)〜(4)の本はどれも私のもっとも興味あることです。

天才、岡潔さんの考え方。外国人の見た日本観、中矢さんのマクロ的視点
 
いろいろ教えられました。皆さまもよろしければどうぞ。
 
 
                                                    =以上=
 
 
   



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