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オランウータンに、いつまでも熱帯の森を。

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第12回 温泉に入るサル ~サルの文化的行動~

こんにちは、鈴木晃です。

前回私の初めてのアフリカ行にふれましたが、私のサル学との出会いはこれに先立つこと2年、
1962年に始まります。
この年の4月に京都大学理学部に自然人類学講座が新設され、今西錦司先生が教授に
就任されます。
大学院に進学した私は、この出来たばかりの講座の第一期生となったわけです。
出来たばかりですから講座といっても学生もいなく、院生が私と西邨くんの2人だけ。
今西先生が正式に着任されたのも10月でした。

私は子供のころから、ウラナミシジミ(蝶)やコウモリなど生き物が広く動き回る習性と
自然界との仕組みに深い関心を持っていました。
ですから自然界全体のことを考えようという今西先生の自然への視点と、その理論に大変
感銘を受けたのです。

大学院に進みニホンザルを始めると、研究の進んだ幸島や高崎山などのいわゆる餌づけ群
だけではなく、他の地域の自然に生息する野生群の在り様を見たい、比較したいという
ことで、日本中を回りました。
下北半島に生息するニホンザル群は、世界でも最北限に生息する霊長類で「最北のサル」
といわれますが、この下北のニホンザルをはじめ福島、箱根、房総、志賀高原と野生の
ニホンザルの食性と遊動の関係をまとめたのが私のマスター論文でした。

「群れ」とは何かということが社会を考えるうえでの今西先生の大きなテーマでありましたが、
餌づけにたよらない、自然の中での遊動生活を観察することによって、そこに彼らの集団全体
としての何らかの論理を掴んでいこうというアプローチの方法は、その後の私の研究者としての
研究姿勢を決定づける大きなものでした。

さて、こうしてニホンザルの研究を始めて私は全国に広がるニホンザルの生息個所を回った
わけですが、その中でも思い出深いのが地獄谷温泉(志賀高原、長野)です。
温泉に入るサルとして今では世界的にも有名ですが、これを最初に見つけたのは実は私です。
見つけたというと語弊があるので、今日はそのことを書きます。
今ではサルたちは群れて温泉に入っていますが、当時サルは温泉など見向きもせず、山から
下りてきては秋になると地獄谷温泉よりもっと下流に広がるリンゴ畑に出てきて、そこの
リンゴを食べていたわけです。

当時私は、山を上った志賀高原一帯の野生のニホンザル群を調べていたわけですが、
お百姓さんの苦情にリンゴ畑の監視役をつとめることになったのです。
そもそもは畑に出てこないように餌づけできないかという相談だったのですが、リンゴが実る
秋のうちは食料が豊富で人がやるエサなどにサルは見向きもしません。
必然的に見張ることぐらいしかできないのですが、私が昼食などでちょっと目を離すと、
隠れていた一群が林の中から出てきて畑を荒らすわけです。

餌づけ自体は私が来る以前から長野電鉄の職員だった原さんが考案し、色々試みられて
いましたが、なかなか上手くいきませんでした。
そこで私も原さんと一緒にエサをやったわけです。
この年、冬になって食料がなくなり少しづつ餌づくようになると、これで畑荒らしも
なくなるとほっとしました。
エサは主に大豆やリンゴだったのですが、餌づくとともに群れ全体を上流の地獄谷温泉の
ほうに導こうと、だんだん群れを上流に誘導していくわけです。
当時は20数頭だったと思うのですが一群を温泉の湧き出る地獄谷までエサでつりながら
追っていきました。

地獄谷温泉というのは横湯川にそって下流から歩くこと2キロほど、後楽館という温泉宿が
一軒だけある秘湯です。
川べりに噴煙を上げるのが地獄谷の大噴湯ですが、この露天風呂に落ちたエサの大豆を
拾おうとして3歳のコザルが誤って縁から落ちたのが温泉ザルのはじまりです。
これを私が見ていたわけです。
とはいえ、その年は2、3歳の3頭のコドモが温泉に入っただけでした。
その後次第に温泉の中で泳いだり、遊び場として利用するようになり、翌年の冬には
5、6歳のコドモやその母親も入るようになったのです。
当時オスザルたちは雪降る中でも、この新手の風俗には見向きもせず寒風に身をさらし
続けていたのがおかしかったです。

温泉に入るというような新しく習得された行動が、群れ全体にその後どのように広まって
いくか。この場合はコドモからより年上のコドモへ、そしてメスへ。
最終的にはオスまで広まっていくのですが、こうした習得の過程を動物の「文化的行動」
といいます。
「サルにも文化、カルチャーがある」ということを世界に先駆けて発表したのは日本の
研究者たちでした。
1950年代の幸島のイモ洗い行動の観察などはその代表的なものですが、この温泉に入る
サルの話も「文化的行動」をあらわす象徴的なものだったわけです。


私は1964年からアフリカに渡ってしまったので、その後温泉に入るというこの新しい文化が
どのように群れの中全体に伝承されていったのかもう一つ詳しく記録しきれませんでした。
しかし、最初は地獄谷の温泉のわきの後楽館の小さな露天風呂にコドモが入っていただけ
だったのが、次に見たときには、とても大きな露天風呂が整備されていて、そこに大勢で
入るようになっていたのはとても興味深かったものです。

つづく


(次回へつづく)

オランウータン(0).jpg


プロフィール

鈴木晃(すずきあきら)
京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。
京都大学霊長類研究所を経て、
現在「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」代表。
(一社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)理事長。
1983年よりインドネシア、カリマンタン島にて野生のオランウータン
の研究を続ける。

鈴木南水子(すずきなみこ)
生後6か月よりウガンダに渡り、チンパンジーの研究をする父のかたわら、
アフリカの大自然の中で育つ。自然によって生かされているヒトの生き方
を求めて、オランウータンと熱帯雨林の保護の問題とその普及啓発活動に
取り組む。


(社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)
(事務局)
〒162-0065
東京都新宿区吉町8-23 富井ビル2F
TEL 03-5363-0170
FAX 03-3353-8521

ホームページ http://moforangutan.web.fc2.com/
メールアドレス mof.orangutan@gmail.com

第11回 社会を考える -日本の霊長類学―

こんにちは。はじめまして、鈴木晃です。

私がはじめてアフリカの地を踏んだのは、
先の東京オリンピックが開催された1964年の
4月のことでした。
当時は高速道路の設置をはじめ建設、建設と
日本中がオリンピック景気に沸いていましたが、
オリンピックの開会式が行われた1964年10月10日は、
私は広大なタンザニアのサバンナ・ウッドランドで
チンパンジーを追って過ごしていました。

その後、アフリカのチンパンジーから
東南アジアのオランウータンへと研究の場を
移しながら私の研究は続けられています。
あれからすでに半世紀以上が経ち、
次の東京オリンピックの開催ということで、
またもや日本人はオリンピックに期待を
抱いているように見えますが、老朽化という
名のもとに壊された国立競技場の問題一つを
とっても、ヒトの社会の自然との在り方、
自然の中でのヒトの存在とは何かを考えさせ
られています。

私の師である今西錦司先生は日本の霊長類学の
創始者といわれますが、人間と人間社会の
起源の問題を類人猿研究から探ろうと
アフリカの地でのチンパンジーの研究を
構想しました。
それまでの欧米の動物学というのは動物の行動を
探ろうという動物行動学や動物生態学が主でした。
人間は特別なものであり、その特別な存在に
対しての動物であり、動物に対する知的好奇心の
探求、そうしたものが動物学の根底でありました
から、「個体」や「個」を考える視点自体が
研究者にはなかったわけです。

動物は、一匹一匹違う。
自然観察の中で個体に着目し、個体識別を
することでその個性までもを研究視野に
入れる。
物事の全体をとらえるにはどうしたらいいか。
先生のこうしたものの考え方は霊長類学だけに
とどまらないのですが、まずは動物の世界に
「社会」というものをとりいれて理解しようと
した、その点だけをとっても大変画期的なもの
だったわけです。
そういった意味で今西先生の構想した日本の
霊長類学というのはスタートの時点では大変
ユニークなものであり、欧米中心主義の学問の
指向の中に在っては考えられないものだった
のです。

こうした流れのなかで1967年に設立されたのが
京都大学霊長類研究所でした。
霊長研のなかには「社会研究部門」という部門が
設置されましたが、今西先生はこの部門が
一部門として設置されたことをとても喜んで
おられました。
私は以来、この社会部門に所属してチンパンジーや
オランウータンの研究をしてきたわけですが、
残念なことに当の研究者たち自身がこの日本の
お家芸でもあったはずの「社会構造」の研究への
本当の意味での理解が進まなかったと言わざるを
えません。

世界をリードする日本の霊長類研究などと
マスメディアでは取り上げられますが、
実際の現場では「社会」などの研究は言葉だけが
踊っているだけで、多くの研究者は相変わらず
「行動」のデータを積み重ねるばかりです。
「個性」や「文化」などの言葉もよく耳にしますが、
議論は表層的なことで、本当の意味での文化論も
沸かず、文化論を議論するデータに足るデータを
フィールドで積み重ねているような研究は一向に
進みません。
そもそも研究者自体がまったく育っていかないのです。

霊長類研究所も先ごろ創立50周年を迎えたと
聞きますが、国立競技場よろしく老朽化どころか
大変なことになっているようです。
私的流用はない、研究者も研究費がなくて大変
といった言葉で片づけてしまうのは簡単ですが、
これは何ら本質的問題をとらえていません。
今西先生のアイデンティフィケーション理論
という素晴らしい構想の下はじめられた日本の
霊長類学でしたが、その成果はと問われたとき、
マスメディアは大きな賛美を贈りますが、
私としてはまったく残念な現状と言わざるを得ません。

今、オランウータンの研究ひとつとっても
今西先生が最も重要としていた「自然観察」
自体が成り立たないようなフィールド環境に
なっています。
これはおそらくどの類人猿の研究フィールド
(現場)でもいえることではないでしょうか。
地球の環境はいま本当に危機的状態にあります。
こうした状況下で研究者は呑気に自分の研究
だけを考えていていいのでしょうか。
オランウータンをはじめ多くの類人猿が
もはや自然下、野生下の社会などというものが
ほとんど観察できない状態にあります。
にもかかわらず研究者自身がそのことを知らず
(知ろうとせず)、「野生」と思って観察し、
科学的手法と思い込んでデータを蓄積する。
各フィールド間で観察の競い合いよろしく、
あれも見たこれも見た。
こうした細部を寄せ集めても、もちろん彼らの
社会全体など見えようはずもありません。

「自然全体を見なければ何も見えない。」
自然全体をトータルにみることの重要性を
今西先生は自然学の提唱(1983)の中で
打ち出したわけですが、
その意味を今改めて考えます。


つづく

(次回へつづく)

オランウータン(0).jpg


プロフィール

鈴木晃(すずきあきら)
京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。
京都大学霊長類研究所を経て、
現在「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」代表。
(一社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)理事長。
1983年よりインドネシア、カリマンタン島にて野生のオランウータン
の研究を続ける。

鈴木南水子(すずきなみこ)
生後6か月よりウガンダに渡り、チンパンジーの研究をする父のかたわら、
アフリカの大自然の中で育つ。自然によって生かされているヒトの生き方
を求めて、オランウータンと熱帯雨林の保護の問題とその普及啓発活動に
取り組む。


(社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)
(事務局)
〒162-0065
東京都新宿区吉町8-23 富井ビル2F
TEL 03-5363-0170
FAX 03-3353-8521

ホームページ http://moforangutan.web.fc2.com/
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第10回 霊長類学、霊長類研究とオランウータン

エネルギーの話が続きましたので、今日から少し
オランウータンの話をしたいと思います。

まず、オランウータンは「霊長類」という仲間に
属します。
私たちが一般に「サル」と呼んでいる仲間のことを
「霊長類」と言います。
霊長類の中でもヒトのように「尻尾(しっぽ)」
がない仲間を類人猿といい、文字どおり
「ヒトの類縁のサル」というわけで、彼らは
進化の歴史の中で私たちヒトに
最も近い生き物です。
日本語ではあまり区別せずに漠然とサルと言ったり
しますが、類人猿は、英語ではエイプ(Ape)
と呼ばれ、尾のあるサル、モンキー(Monkey)
とは明確に区別されています。

その類人猿の中でもとくに、アフリカに暮らす
チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、そしてアジアに
暮らすオランウータンは大型類人猿と呼ばれます。
ヒトに最も近い仲間である大型類人猿ですから、
彼らを知ることは結局私たちヒトが何かという
ことを明らかにするために欠かせないことでも
あるのです。
霊長類学はヒトを知るための学問でもあるわけです。

そういうわけで父は、アフリカのチンパンジー、
そして研究の場を東南アジアのオランウータン
と移しながら、半世紀以上にわたってこれら
大型類人猿の野生の暮らしを見てきました。
以下、「夕陽を見つめるチンパンジー」という
本のあとがきから引用したいと思います。
父はさらっと書いていますが、この一文の、
とくに「高温多湿」という部分が後の私には
印象的でした。
何しろ熱帯雨林の中で暮らすことが父には少しも
苦になっていない、子供のころからずっと父は
喜び勇んでインドネシアに行っているように
私は感じていましたから。 


この間の大半の期間を、私は熱帯雨林の中で
過ごしてきた。
特に後半のオランウータンを観察した現地は、
その高温多湿の度合いにおいて、アフリカの
森の比ではなかった。
ヒトの寿命にせまる長寿を保つ大型類人猿の
社会を覗きみるためには、どうしても、
彼らの成長の過程と、その行く末を辿る
必要があり、長期にわたる継続的な研究が
不可欠なのは言うまでもない。
海外でのそのような研究活動を遂行していく上で、
日本の学術体制・社会の理解は、必ずしも
欧米の状態に比して、恵まれているとは
いえない。
 調査は主として、文部省の科学研究費の
海外の部で行われてきたのだが、単年度ごとの
審査である以上、長期の継続の保証はない。
 日本人研究者によるアフリカでの類人猿調査は、
当初、京都大学類人猿学術調査隊として、
今西錦司先生というたぐいまれなる指導者の
構想の下に取り組まれた。
著者の最初のアフリカ行であった1964年は、
先生の最後のアフリカ訪問の年であった。
 ~中略~
 オランウータンに対象を移してからは、
私は全く細々とした財源で調査を続けている。
アフリカでの研究には、毎年いくつもの研究費の
申請が通っているのに、東南アジアのこの分野
ではなかなか申請課題が通過しないという現状が
続いている。
「鈴木晃 丸善新書」


これはかなり前に書かれた本ですが、その後も、
今に至るまで研究フィールドを維持していくために
私たちは大変な努力を続けています。
今西先生が打ち立てた日本の霊長類学はフィールド
(現場)の観察を重視し、「個」ではなく「社会」を
みるというところに、当初はそのユニークな特徴が
あったわけです。
父は学術調査隊、京都大学霊長類研究所とその後も
ずっと類人猿の社会構造の研究に従事してきました。
昨今、5億円超しの研究費不正支出でニュースに
なっている京都大学霊長類研究所ですが、
父は創設時からの所属研究者であります。
フィールドという視点からすれば、そもそも、
「飼育用のおり」に5億円もの膨大な予算が
おりるということ自体が全くおかしな話であり、
問題です。
そういう構造の中で行われてきた日本の
霊長類研究自体の「かべ」をつくづくと感じます。

自然の中での観察が重要といっても、実際は
短期間に研究者が論文を何篇も書くことが
求められ、それが成果と評価される状況では
真の「フィールド研究」など、なかなか理解
されないわけです。
まして野生のオランウータンはヒト並みの
寿命を持つのではないかと考えられます。
父は1983年以来、ずっと彼らを追っていますが、
当時の若者(オランウータン)はいまもまだ
若いと笑います。
その寿命(誕生から死)さえもが自然の観察の中で
記録することは大変なことなのです。

フィールド研究という言葉は表面的に誰もが
語りますが、地道な、そして地味な研究への
理解は本当の意味ではまったく進みません。
先の研究費不正は5億とも20億とも言われ、
しかも大権威といわれる研究所のトップが
先導するというものです。
メディアでは世界をリードしてきた日本の
霊長類学という言葉がつかわれますが、
現場を見ているものとしては何とも言い難い
思いです。
どの時代も、成果の見えない
父のオランウータン研究はまったくおりの外、
そもそも研究開始当初からかべが
立ちはだかっていました。
本当は、おりを造るよりかべを壊さなくては
いけない状況なのです。

ということで次回からは父が書きます。

(次回へつづく)

オランウータン(0).jpg


プロフィール

鈴木晃(すずきあきら)
京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。
京都大学霊長類研究所を経て、
現在「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」代表。
(一社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)理事長。
1983年よりインドネシア、カリマンタン島にて野生のオランウータン
の研究を続ける。

鈴木南水子(すずきなみこ)
生後6か月よりウガンダに渡り、チンパンジーの研究をする父のかたわら、
アフリカの大自然の中で育つ。自然によって生かされているヒトの生き方
を求めて、オランウータンと熱帯雨林の保護の問題とその普及啓発活動に
取り組む。


(社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)
(事務局)
〒162-0065
東京都新宿区吉町8-23 富井ビル2F
TEL 03-5363-0170
FAX 03-3353-8521

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第9回 ご存知ですか、自然エネルギーのホントのこと

さて、今日も前回に引き続きエネルギーの話です。
今回のタイトル
「ご存知ですか、自然エネルギーのホントのこと」
というのは山田征さんの本のタイトルです。
実はこのにんげんクラブを紹介してくださったのも
征さんです。
詳しくはぜひ征さんの本(冊子)を読んでください。

「オランウータンを取り巻く問題は、決してどこかの
遠い国の、動物愛護の話ではないのです。私たち自身の
身近な問題としてとらえなくてはいけない話なのです。」
ということを私はいつも言っていますが、
何しろ話が上手というわけでもなく、
やっぱり遠い国の話?的で、
「オランウータン可愛いですよね」
といった感じで、なかなか苦戦しています。
そんな中で征さんは
「オランウータンの話は私たちの話なのですね。」
と問題の本質をすぐに理解してくださって、
みなさんにお知らせする機会を広げてくださって
いるのです。

このようなことをいきなり書いてもなんだか
わけがわからないかもしれませんが、たしかに
自然エネルギーの問題とオランウータンの問題は
共通する、まさに同じ問題だと私は感じます。
多くのみなさんが「自然エネルギー」というと
何かいいことのようなイメージを持たれている
のではないでしょうか。

ところで、まず、自然エネルギーというのは
どのようなものなのでしょうか。
一般に宣伝されている紹介をします。
自然エネルギーとは、再生可能エネルギー
ともいい、太陽光・風力・水力などを利用して
作り出されるエネルギーのことで、
原発や石炭などの化石燃料に替わる環境への
負荷の少ない安心安全のエネルギー。
まさに良いことづくしの未来のエネルギー
のようです。

ということで、
「ご存知ですか、自然エネルギーのホントのこと」
まあ、早いはなし、今紹介したようないいこと
づくしではなく、反対に大変悪いことだということ。 
再三このブログでも書いていますが、
「いい話」ほど「悪い話」はないのです。

どのような点が悪いかは詳しくは冊子を読んでいただく
として、私はまず、自然エネルギーというだけで、
だれもが大して考えずに
「クリーンでエコなエネルギー」
という印象を持ってしまうところに最大の悪さが
あると思います。
「本当にそれが必要か」という根本を考えずに、
言葉の表面だけで何かいいことをやっているような
気分になってしまう。

私たちの活動拠点「キャンプ・カカップ」には
もちろん電気はありません。
この話をするとかなり早い段階から多くのみなさんが、
「では太陽光パネルを設置したらどうですか?」
とおっしゃいます。
はじめは私たちもいい話だなあと思ったりもしました
(でもその資金もないので設置できませんでした)。
そう、みんなが大して考えずに、自然エネルギー
というと、いい話だなあと思ってしまう。

でも、実は恐ろしいことなのです。
日本では自然エネルギーの促進のため2014年に
法律が施行されました。
この法律によって今まで農地法で農業利用しか
認められてこなかった土地もエネルギーのために
使えるようになったそうです。
とっても簡単に理解すると、田畑を含めて
太陽光パネルがどこでも設置できるようになった
ということ。
その対象面積は約450万ヘクタール、日本の国土の
12.1パーセントだそうです。
って、どれくらいの広さ?ということで、この部分が
私が最も注目するところで、征さんの本ではちょうど
100ページのところから詳しく書かれていますので、
ぜひ読んでほしいのです。

なんと国土の12.1パーセントというのは、日本中の
田んぼと畑を全部合わせた面積だそうです。
さらには、これにプラス国有林、保安林、民有林の
すべてが法律的には風車や太陽光パネルの設置許可
の対象となっている。
電力のために、日本の山や、田畑がみんな奪われて
しまうことも法律的には可能だということです。
私も、これはまさに亡国の法だと思います。

私たちが大して気にしていないうちに、重要なことが
法律で決められている。
そして私たちはいい話、と信じて自然エネルギー、
太陽光と騒いで促進しようとしている。
こういう図式はとても恐ろしいことだと思いませんか。
太陽光パネルにしろ、ヒトの作ったものは永久では
ありません。必ずゴミになります。
「食の大切さ」などと言われますが、日本でも
輸入農作物は増え、荒廃農地、耕作放棄地が
増える一方です。
実は重大な問題が背後にはあるのに、あまり考えずに
「自然エネルギー」のいい話に、なんとなくみんな
騙されている。

未来の夢のエネルギーを何となく信じるのではなく、
まずは今あるものを大切に使いませんか。
そして、今の状況をきちんと考えてみませんか。
まず使い捨てはやめましょう。
感謝して、大切に、そしてなるべく使用を少なくする。
そのためにもっと考える。

私たち日本人が、石炭をはじめオランウータンの森の
エネルギー資源を長い間使ってきたということを
私は知っています。だからこそ発信したいのです。
石炭の使い捨て、自然資源の使い捨てはやめましょう。
エコエコ言っているだけでは太陽光パネルのゴミを
増やすだけです。

オランウータンの森の資源、その代償はとてつもなく
大きなものなのです。だからこそもっと大切に使いましょう。
そしてこれ以上さらなる代償を、自然に、国土に
課すことはなるべく控えたい、そう思うのです。
そのためにも、オランウータンの森の現状を知り、
考えることは大切なことなのです。

(次回へつづく)

オランウータン(0).jpg


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鈴木晃(すずきあきら)
京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。
京都大学霊長類研究所を経て、
現在「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」代表。
(一社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)理事長。
1983年よりインドネシア、カリマンタン島にて野生のオランウータン
の研究を続ける。

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アフリカの大自然の中で育つ。自然によって生かされているヒトの生き方
を求めて、オランウータンと熱帯雨林の保護の問題とその普及啓発活動に
取り組む。


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第8回 エネルギーのはなし

「一度開発されてしまった自然というのは、
開発の波を止めることが想像以上に難しい。」
前回、石炭と脱炭素の話でこのことを書きましたが、
今回もう少し続けます。


私たちは長年にわたってオランウータンの森の変遷と
石炭の露天掘りのすさまじい発展ぶりを
この目で見てきました。
世間では「環境」だ、「エコ」だと言われますが、
実際には石炭採掘という巨大なニーズの前には
「熱帯雨林」の価値などということは
ほとんど考慮されることもなく、
開発の陰であたりまえのように森は
消滅していっているのです。
このオランウータンの森は専門家からみても、
世界にふたつとはない貴重な熱帯雨林でもあるわけです。
このまま失われてしまうには、あまりにももったいない。
その価値を知るからなおさら何とかしたいし、
何とかしなくてはいけないと思うのです。


「事実を知ってほしい。そしてもっと真剣に考えてほしい。」
これがオランウータンの森の窮境を知る私たちが
訴えてきたことです。
石炭は地球上のいろいろなところにあり、
いろいろな国の人が使っていますが、
実はオランウータンの森の石炭の多くは
日本に運ばれてきていたのです。
でも日本人の多くはこのことを全く知りません。
都合の悪いことは自分のこととしては考えたくない、
まさにこの一言に尽きます。


結果として、日本人は、
「素晴らしいオランウータンの森を破壊してまで、
この地の石炭がエネルギー源として必要だった」
ことになります。本当なのでしょうか。
面と向かってこのように問われると、答えに窮する
かもしれませんが、事実として私たちはエネルギーのため、
少しの便利のために多くの素晴らしいものを失いながら
生活する道を選んでいるのです。
「本当にそれが必要ですか?」
私たちはこの問いをあえて皆さんに問い続けたいし、
その答えの意味をひとりひとりがもうすこし
考えてほしいと思うのです。
オランウータンの森の窮境は、無関心のうちに
「知らなかった」と済まされる話ではない、
エネルギーの話そのものなのです。


こと「エネルギー」という視点に立つと、
ヒトは足るを知るなどという言葉はすっかり忘れ、
「有ること」が絶対になってしまいます。
たとえ何を失おうとエネルギーがなければ困るではないか。
常にこの価値観で、前に前にと進み続けています。
原子力もそうですが一度大きな流れになると
誰もがエネルギーがなければ困るという、その一点で
どんなリスクがあろうと納得してしまうのです。


この恐ろしい事実をもっと真剣にとらえなくてはいけない
と思います。
当然先ほどの問い、
「素晴らしいオランウータンの森を破壊してまで、
石炭が必要か」
という問いに対しても、
いくら世間が「環境」だ「エコ」だといっても、結局は、
「エネルギーのためには必要だった」
という答えが大勢だからこそ、いまでも石炭が
掘り続けられているのです。
結果的に
「エネルギーはいつでも、どこでも必要なものだから、
何でも許されてしまう。」
これが本当のところではないでしょうか。
この苦い現実を知り、私たち自身が変わらなければ、
熱帯雨林はもちろん、世界中どこでも開発は進む一方です。


私たちは野生のオランウータンという視点から
エネルギーのことを話しているので「石炭」が
大きなキーワードですが、
実はどの資源エネルギーをとってみても
エネルギーの問題は同じ根っこを抱えていると思います。
ヒトにとってエネルギーは必要不可欠、絶対だという
価値観に守られた盲目的服従の行きつくところは
地球の資源を使いつくすことなのです。
なんと大変な話ではないですか。


地球の資源は決して無限ではないし、
ヒトだけが使うものでもないのです。
森林火災や開発で荒廃した熱帯の森の中でも、
限られた食べ物をうまく利用し、群れることもなく
お互いコミュニケーションをとりながら
子育てをするオランウータン。
彼らは30年間続いている露天掘りの大開発の
すぐ隣の森で、いまもひっそりと暮らしています。
こうした彼らの姿を見ていると、
それとはあまりにかけ離れてしまっている
ヒトの世の中のおかしさを強く感じずにはいられません。


ヒトの世の中では、緊急事態宣言の解除が正式に
決定されました。
何がどう解決されたのかというと、
何も解決していないように思います。
マスクはまだ届いていません。
言ってることも、やってることもまったくおかしく、
この緊急事態に「これでいいのか?」という事態が
続いていますが、国やマスコミの宣伝に惑わされずに、
実は何が進行しているのかということを
自分自身が考えなくてはいけないと、今あらためて思います。


「本当にそれが必要ですか?」

(次回へつづく)

オランウータン(0).jpg


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鈴木晃(すずきあきら)
京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。
京都大学霊長類研究所を経て、
現在「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」代表。
(一社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)理事長。
1983年よりインドネシア、カリマンタン島にて野生のオランウータン
の研究を続ける。

鈴木南水子(すずきなみこ)
生後6か月よりウガンダに渡り、チンパンジーの研究をする父のかたわら、
アフリカの大自然の中で育つ。自然によって生かされているヒトの生き方
を求めて、オランウータンと熱帯雨林の保護の問題とその普及啓発活動に
取り組む。


(社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)
(事務局)
〒162-0065
東京都新宿区吉町8-23 富井ビル2F
TEL 03-5363-0170
FAX 03-3353-8521

ホームページ http://moforangutan.web.fc2.com/
メールアドレス mof.orangutan@gmail.com

第7回 オランウータンの棲みかと石炭の露天掘り

世界中で東南アジアの熱帯雨林にしか生息していないオランウータン。
赤道直下の熱帯雨林が棲みかというと、みなさんはどんなイメージを
お持ちになられますか?どこまでもうっそうとしたジャングルというと、
森が無限に続くかのように思ってしまいますが、実はこの熱帯雨林自体が
地球上でもごく限られた場所でしかないのです。


そもそも赤道直下って、多くが「海」の上。
陸地が広がっているのは南米のアマゾン川流域、アフリカ大陸、
そして東南アジアのスマトラ島とボルネオ島ぐらいしかないのです。
映像などでは「生き物の宝庫」なんて紹介され、全世界の生物種の
半数以上が熱帯雨林に生息しているとも言われるなど、地球の、
そして自然の豊かさを象徴する熱帯雨林。
まるで未踏の森が無尽蔵、無限に広がるかのように
思ってしまいますが、実はある意味限られた自然なのです。


さて、そんなオランウータンの棲みかですが、
いまや人類未踏の地どころか大変な開発にさらされています。
熱帯材の大量伐採、地下の資源エネルギーの開発、
パームヤシ(油ヤシ)のプランテーション等々、
熱帯雨林の開発は拡大の一途です。
とくに私たちの研究地はインドネシアが誇る良質な石炭の
産地として有名で、この石炭の露天掘りは1990年代から
本格化し、いまや世界屈指の炭田となっています。


OrangutanResidence.jpg


でも、そうはいっても日本からは遠いし、
ちょっと関係ないよね・・・
と思っていませんか。
日本でこの話をしても長い間 
「えっ石炭?もう日本では使ってないでしょ。」 
とおっしゃる方ばかりでした。
石炭というと、黒い煙がもくもくというイメージで、
日本人にとっては一時代前のことと思い込まれているようです。
原発の事故もあり、日本の方も最近は、日本人が
石炭火力を主力電力源としてずっと使ってきた、
いまも使い続けているということをようやく少し実感
しはじめたかなという程度。石炭のおかげ、
石炭の恩恵などということを考えている人は
ほとんどいないのではないでしょうか。


ところが実際はこのオランウータンの森からの石炭の多くは
日本に来ているのです。必ずしも電力供給のためだけではなく、
品質の良い石炭は製鉄原料としても日本の基幹産業を
支えるためにはなくてはならないものだったのです。
でも、ほとんどの日本人はそんなことは全く知りませんし、
考えてもみない、考えたくないのです。
こうして30年近く、オランウータンの森の石炭は使っている人に
ありがたいと感謝されることもなく掘り続けられ、日本に
運ばれてきていたのです。
けっして、どこか遠くの、日本人には関係のない話では
なかったのです。実はオランウータンの森の窮境には
私たちは大きな責任があったのです。


私たちの研究は文字通り
「石炭の露天掘りの隣でくらす野生のオランウータン」と
ともに歩んできたものであり、その生息地を何とか守ろうと
大変な苦労を重ねてきました。いや、正確にはオランウータンは
露天掘りの隣で暮らしているわけではなく、まさに石炭の上に
暮らしている生き物なのです。
こういう話をするとみなさん、私たちは石炭の開発をやめさせたいと
考えていると思うようです。
でも、エネルギー資源の話は、「石炭」イコール「悪」
で済むような単純な話ではないのです。


ずっと「エコ」が叫ばれ、何かというと
「環境、環境」といわれるようになりました。
「脱炭素社会」も、よく耳にする言葉です。
でも私はこういう「いい」言葉に騙されてはいけない、
現実から逃げてはいけない
ということを強く訴えたいのです。


「脱炭素」ということで日本企業が手を引くというような
ニュースが流れると「よかったですね」と言われます。
でも実際は、そんなことではなにもよくはならないのです。
よくなるだろうとみなさんが思うだけで、
一度まわりはじめた開発の波を止めることは
想像以上に難しいことなのです。


まずはもっと事実を知り、それでも必要なものとは
何なのかということを
ひとりひとりが真剣に考えなくてはいけない。
そういう社会にならなければ当然ながらヒトにとって
資源は永遠に必要なもの、あればあるだけいいものなのです。
石炭がだめなら次は・・・という話では問題は解決しません。


オランウータンの森の窮境は、私たちの「便利」な生活を
支えるためにもたらされたものです。
でも、そのありがたみも感じないままに、
感謝することもなく「知らなかった」で
済ませてしまっているヒト。このように書くとヒトは
大変悪いことをしているようで、
なんだか居心地悪いですよね。でもホントのことなんです。


この苦い事実をあまり真剣に考えたくない。
「石炭」を使って「電気」を作っているなんてことは
なるべく考えないで、もっと「エコ」なエネルギーである
「自然エネルギー」なんてどう?「脱炭素」しようよ。
というような、作られた「居心地のいい話」ばかりが進んでしまう。
でも、ちょっと言い方が悪いかもしれませんが、
『これだけ利用しておいて不都合なことは
過去のことにして忘れよう』ではもっと悪いと思いませんか。
こんな無責任なことになったら、本当にヒトって
どうしようもない生き物になってしまいます。


もっともインドネシアにおいては脱炭素なんてことはなく、
石炭採掘は相変わらず続けられています。
たとえ今さら脱炭素と言っても、正直、現状のこの窮境は
何も解決されないでしょう。
一般の方たちの関心がそらされるだけで、
ますます事態が悪くなる可能性が大きいのです。
これはオランウータンの森の話だけではありません。
「自然を開発」するということの恐ろしさです。


2020年5月10日の時事通信のニュースで興味深いものがありました。
「アマゾン森林破壊が加速、1月ー4月は前年同期比55%増」
というものです。
世界の関心がコロナウィルスに集まり、
各国各地で人の出入りが制限されていますが、
実はかえってこうしたときにこそ現場では開発勢力が
急速に力を増すのではないか。
これは私たちがいま最も心配していることでもあります。
森のなかで木を切っている人には「三密」なんて関係のない話ですからね。
一度まわりはじめた開発の波を止めることは想像以上に難しいことなのです。


(次回へつづく)


オランウータン(0).jpg


プロフィール

鈴木晃(すずきあきら)
京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。
京都大学霊長類研究所を経て、
現在「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」代表。
(一社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)理事長。
1983年よりインドネシア、カリマンタン島にて野生のオランウータン
の研究を続ける。

鈴木南水子(すずきなみこ)
生後6か月よりウガンダに渡り、チンパンジーの研究をする父のかたわら、
アフリカの大自然の中で育つ。自然によって生かされているヒトの生き方
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第6回 インドネシアとオランウータンと日本人 

動物園でも人気者のオランウータン。何かと話題に取り上げられる
機会も多いので、みなさんもけっこうその姿をご存知の生き物では
ないでしょうか。でも、「じゃあ、どんな動物?」といわれると、
「ほとんど知らない」というのが正直なところ。

map_bolneo.png


まず、オランウータンって、どこにいるの?

実はこのオランウータン、世界中で東南アジアのボルネオ島と
スマトラ島の2つの島の熱帯雨林にしか生息していません。
しかも、その熱帯雨林の中でも、ごく限られた地域の森林だけに
生息する生き物です。
ですから数が非常に限られてしまっているのです。


ボルネオ島というのは世界で3番目に大きな島ですが、その7割は
一般にカリマンタン島と呼ばれるインドネシア領で、北側に
マレーシア領があります。ここにもオランウータンが生息している
ので、オランウータンが生息している国としては、インドネシアと
マレーシアの2カ国と表現されますが、実際はオランウータンの
全生息数の8割はインドネシアの熱帯雨林に暮らしていると考えられます。


さて、このインドネシアですが人口は2億7000万人、その9割を
イスラム教徒が占める、世界で最もイスラム教徒の多い国でも
あります。イスラム教の国では今月4月24日から断食月(ラマダン)が
始まっています。約ひと月のあいだ、日中、陽が出ている間は飲食を
しないという断食月ですが、実は「断食」のイメージとは異なり、
一方で日没後はこの期間、人々が集まって盛大に食卓を囲む習わし
があります。ですから断食月の一か月は人々のより親密な
コミュニケーションの機会でもあるわけです。


また、このラマダン明けを祝う大祭をレバランといいますが、
レバラン明けの前後一週間はレバランを祝い故郷に帰省する
慣習があります。この時は文字通り、大移動のときです。
日本のゴールデンウィークと盆暮れが一緒にやってきたような
感じです。


さて、今年はそんな時期にコロナウィルスの猛威が相変わらず
ですから、今現在インドネシアは大変なことになっています。
つい先日、インドネシア政府はコロナウィルスの感染拡大を
防ぐためにインドネシア国内主要都市から発着する航空機の
国内線、国際線全便の運行禁止を発表。びっくりです。


ご存知のようにインドネシアは邦人企業の進出も多く、
インドネシアに滞在する日本人も沢山です。
当然、この一大祝祭月間は従業員を一時帰国させる日本企業も
多いのに、突然の全便禁止令。日本政府からの要請もあり、
どうやら国際便の禁止は撤回して飛ばすことになったらしい
ですが、今後どうなるやらの事態が続いています。


さらには先ほどお話したように、人が集まるレバラン期に
ビジネスの中止を求められている旅行業界や飲食業界等々の
ダメージは大変なものだと思います。いろいろな制限も最初は
首都ジャカルタだけでしたが、その後拡大して、あちらこちらの
地域で大規模制限が実施されているようです。


日本もゴールデンウィーク明けに向けて先が見えない状態が
続いていますが、インドネシアも騒ぎはまだこれから。
とにかくレバラン明けの6月まではなんとか人の動きをすべてを
止めようと動き出したところという感じですので、終息の兆しは
全く見えません。それ以上に、おそらくは終息後は経済的にも
大混乱になりますので、オランウータンどころではないでしょう。


オランウータンの生息数の多くを抱えているインドネシア。
しかし、これまででも何かというと、
「インドネシアは自然と生き物の宝庫で、コモドもいるし、
サイもいるし、トラもいるし・・・オランウータンまで手が回らない」
というようなことを言ってきましたが、ますますでしょう。


インドネシアは邦人企業の進出が非常に多く、ジャカルタで
暮らしたことのある日本人も多い、日本にとっては関係の深い国です。
しかしこうした方たちも、大都会ジャカルタのあるジャワ島と、
オランウータンのくらすスマトラ島やボルネオ島は距離的にも
離れているので、「オランウータン??熱帯雨林?」という感じで、
ほとんどそれ以上の関心を向けることはなく帰国されるのではないで
しょうか。


でも実は、こうした企業活動とオランウータンの森の危機というのは
深い関係があり、インドネシアだけの問題ではないのです。
にんげんクラブの3月号会報誌にも少し紹介していただきましたが、
次回はその辺を書きたいと思います。

こんな今だからこそ、いろいろな面から地球の今を考え、
私たちヒトの将来を考え直していくことも大切なのではないでしょうか。
そんな想いで「オランウータンの森」からお伝えしていこうと思います。

(次回へつづく)


オランウータン(0).jpg


プロフィール

鈴木晃(すずきあきら)
京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。
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緊急事態宣言

 4月7日にとうとう日本も7都府県を対象に緊急事態宣言が
出されました。ウィルスの封じ込めというにはすでに遅きに
失した感がありますし、結局、行動はそれぞれ個人任せなの
ですから危機感の持ちようでその対応にはかなりの個人差があり、
はたして本当にどこまで効果があるのか疑問です。
このままいつまで続くのか、休業補償といっても一体どこまで
補償できるのか。


 こんな危機的事態は、日本に限らずインドネシアも同様です。
こちらも当初は「我が国に感染者はいない」と言っていたのが、
あれよ、あれよと増えていき、4月13日現在では、死者数だけでも
399名。ASEAN東南アジア諸国連合加盟国中でもっとも多くなって
います。


 4月2日からは日本人を含むすべての外国人のインドネシアへの
入国およびインドネシアでの航空機の乗り継ぎも禁止。
首都ジャカルタでは10日からは日本の緊急事態宣言に準じた
「大規模社会制限」という措置を実施。オフィスに出勤しての
仕事もできなくなるようです。これにともない13日からは
トヨタ自動車もインドネシアにある組み立て工場の稼働を停止
することになるとか。


 解雇や無給での自宅待機労働者はすでに13万人を超えている
そうで、おそらくこの数はますます増加していきます。
日本以上に生活そのものが成り立たない人が大量に発生しています。
すでに2月から市民レベルでは様々な経済活動へ制約が出ており、
それがすでに3か月目になるのですから本当に心配です。


 イスラム国家では4月の後半から断食月(レバラン)が始まり、
通常ではこの断食月の前にボーナスが支給されます。
そうしたことも今年はどうなっていくのか。こうした事態になれば
なるほど、弱い者ほど困るし、救いがない。〇〇補償なんて、
全くないですから。


 私たちの活動も大変な危機にあります。鈴木先生はよく言います。
「オランウータンはヒトが余計なことをしなくても、
住む森さえあれば自分たちで生き抜いていく力を持っている」と。
たしかに、ヒトの経済活動が制限されることは
自然の中で生きているオランウータンにはプラスに働くかもしれない。
でも自然から離れてしまった私たちヒトは、経済活動を制限されて
しまったらどこまで生き抜いていけるのか。


 私たちのように寄付をいただきながら活動を続ける者たちは、
社会に余裕がなくなったときには真っ先に影響を受けます。
収入は見込めないし、給付も補償もまったくない。
とくに「オランウータンにいつまでも熱帯の森を」なんていう活動は、
いくら「それが本当はヒトのためにも大切なのです」といっても、
日々の暮らしが大変なのに、オランウータン???と
思ってしまうのは当然のことです。

20200415_photo.jpg
写真:現地スタッフとその家族たち


 私たちの現地スタッフたちも活動ができなければ当然、
無給の自宅待機です。彼らは現地の村人ですが、研究を始めた
当初から私たちが現地に行けないときは、海で魚を釣り、
畑で作物を作りながら私たちの活動を支えてきてくれました。
彼らにとっては無給の自宅待機はある意味通常のことなのですが、
今回はいったいどうなることやら。


 研究当初、現地は正業自体が畑仕事しかないようなところでした。
しかし周辺はこの30年の間に開発景気に沸き、次々と労働人口が
流入し、様々な賃金労働者があふれる大きな町になってしまいました。
コロナといえどこの時代の流れを止めることはないでしょう。
ヒトの中ではもはや自然とともに歩むという価値観ではなく、
経済という別の価値観が席巻する中、収入的には不安定でも
森ともに歩む道を共に歩んできた現地のスタッフたち。
彼らの生活を支え、このようなヒトが残っていくことは、
今後も森を守っていくうえで大切なことなのですが、
そんなことを考える余裕が社会からなくなってしまうのではないか。
そんなことになったらさらに緊急事態だなあと思います。

                     (次回へつづく)


オランウータン(0).jpg


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鈴木晃(すずきあきら)
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1983年よりインドネシア、カリマンタン島にて野生のオランウータン
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鈴木南水子(すずきなみこ)
生後6か月よりウガンダに渡り、チンパンジーの研究をする父のかたわら、
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外出自粛で考えること

桜の花も満開でいよいよ春本番ですが、世界はコロナウィルスで
大変なことになってしまっています。ヒトにとって怖いものはない
とばかりに、地球上を凌駕しているような人類ですがこうなって
みると改めてヒトの力の限界を感じます。


コロナウィルス対策としては、各国の大都市が封鎖するしかない状態
になっていますが、このことは現在のグローバル化の動きの中で、
とても皮肉なことです。いま私たちができることは「出歩かないこと」。
方策として「外出自粛」とはなんとも基本的。ついこの間までは、
どこもかしこも「観光、観光」で大騒ぎをしていたのに、
一気にそのツケがまわってきた感じです。


ヒトは原始の時代から、遠くへ、未知の世界へと出ていくことで
未来を切り開いてきた種といえます。今や地球上でヒトがいない
場所はなく、果ては月まで行こうという有様。東京はもちろん、
観光客も世界中に散らばっています。そんな時代だからこそ、
ここまで短期間に世界中にウィルスが広がってしまったのでしょう。


さて、その「観光、観光」騒ぎやウィルスのことですが、
実はオランウータンとも深い関係がある話なので、
今日はこのことを書きたいと思います。


ヒトにとって、未知のものを見たいという欲求はとても強いものらしく、
希少動物を現地まで見に行こうという人がたくさんいます。
こうした人たちを相手にした「エコツーリズム」は、
なんだか良いもののように受けとめられるのでしょうか、
あちらこちらで自然を相手にした旅行がブームとなっています。


旅行をすることで、自然や環境のことを知り、同時にそれが地域の
経済を支え、人を育てて保全のために役立っていく。
確かに言葉の上ではとても理想的で、こうしたことが実際に良い効果を
発揮している例もあるとは思います。
しかし、現実はそう簡単ではない、見えない問題をたくさん抱えている
場合も多いのです。


オランウータンはヒトに最も近い生き物、類人猿ですが、
この類人猿を見ようというツアーは大変人気があります。
とくにアフリカのゴリラやチンパンジーを見に行くというツアーは、
アフリカの大自然の観光ということで世界中からのニーズが
あるのでしょう。ルワンダのゴリラツーリズムなどは国をあげての
一大事業として発展しているそうです。


こうした成功例に続けと、様々なところで「エコツーリズム」の話が
でるわけですが、とくにこの「ヒトに最も近い生き物」に
人が近づくということは、実は大きな危険性があるのです。
ヒトに近いということはインフルエンザや肺炎といったヒトの病気も
容易に伝染するということです。未知の病原菌の伝播という意味では
その反対もありえます。当然こうした指摘に対しては、様々なルールや、
制限を設けて対処していると説明はするでしょう。
でもどうでしょう?

こうした説明がほとんど説明でしかないことを私たち現場は
よく知っています。そして非常に心配しているのです。
ヒトが野生に近づくことは保護の上では決して良いことではないのです。
マスクをすればうつらないのでしょうか?実際にチンパンジーなどが
感染症で死亡した例もあるのですが、そうしたことの因果関係を追求し、
問題化するのは非常に大変なことで、相変わらず観光は盛況です。


私たちのオランウータンの研究地は赤道直下、インドネシアの
熱帯雨林にあります。研究をはじめた当初は、道もなく、
川をボートでさかのぼること何時間という場所でした。
しかし、こうした場所も時代とともに、「新首都」になろうとしている現代。
オランウータンを見てみようかという人の動きを止めることは
非常に難しいことです。


自然や野生動物との垣根がなくなり、「観光、観光」のノリで、
望めば手軽に気楽に世界中をヒトが歩きまわれる時代。
でも、ちょっと待ってください。オランウータンは熱帯雨林の中で
ひっそりと暮らしてきた生き物です。彼らには彼らの暮らしがあり、
ヒトはむやみに近づくべきではないのです。彼らをずっと研究してきた
私たちが言うのでは矛盾するように感じるかもしれませんが、
私はほかの生き物に対してもこのように考えています。
ヒトは遠くからそっと見ているだけ、と思っているかもしれません。
でも実はそれが・・・ということもありえるのです。


ヒトはすべてを知っているわけではない。
未知のウィルスと闘っている今、改めてそう思います。
「外出自粛」でわかるように、ヒトが動くということはすごいことなのです。
歴史上も数々の病と闘ってきたヒトですから、これからもなんとか
困難を克服していくと信じています。しかし、やはりこれを機会に
物事の一面だけではなく、例えば「観光」ひとつとっても
グローバル化の今こそ、さまざまな面から深慮していく必要があると思います。
どうか事態が改善していきますように。


                     (次回へつづく)


オランウータン(0).jpg


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鈴木晃(すずきあきら)
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ちょっと待って!エコな話はいい話?

インドネシアの新首都がkaltimに決定というニュースが昨年夏、
飛び込んできました。このニュースは日本でもその後いろいろ
報道されているようなので、ご存じの方もいらっしゃることで
しょう。日本のマスコミの関心も一気に跳ね上がり、どうして
日本人はそんなことに関心があるの?と逆にインドネシア人から
不思議がられています。

人口が集中する首都ジャカルタからどこかほかの場所へ首都を
移すという話は、インドネシアの人にとっては、大統領が変わる
たびにこれまでも何度も出てきた話で、正直なところ現実を
帯びた話として取り合う人はほとんどいない状態。
「ジョコ(大統領)は、いままで何もできなかったので、
最後にこれまでだれもやれなかったこと(首都移転)をやろうと
いっているにすぎない」とけっこうジャカルタ人は辛口です。

ちなみにkaltimなんて場所、発表当時はインドネシアでも
どこかわかるひとはほとんどいませんでした。
そもそもカルティムというのは、
カリマンタン・ティムール(東カリマンタン)という意味で、
固有の場所を指す地名ではないのです。

新首都予定地は石油の町バリックパパンから州都サマリンダへ
行く一本道の途中、何もない森の中です。予定地の北側、赤道を
はさんで数百キロのところが私たちのオランウータン調査地です。
バリックパパンからは尾根沿いに道がつけられているのですが、
アップダウンが激しく、左右に蛇行するうえに舗装状態も
見通しも悪い道でしたが、これが唯一のサマリンダへの
幹線道路でした。私たちが調査に入るときにもいつもここを
車で通ります。

しかし、この道路は首都誘致合戦の結果、新規格の大規模な
高速道路建設が行われ付近は今や昔の面影は全くありません。
空から見ると熱帯雨林はどこもかしこもすでに道だらけで、
いったいどこに熱帯雨林などというものがあるのだろうという
状態です。


一方で、新首都建設に関しては「環境にやさしい」「自然と調和した」
「エコな」都市の建設がうたわれています。
でもこうしたキャッチコピーは、まさにキャッチコピーでしか
ありません。実際の現場で、こうした美辞麗句がどこまで
「真」のものとなっているのか。
世界が「エコ、エコ」という割に、熱帯の森の減少はますます
加速しているように思います。


昨今のコロナウィルス騒ぎでも注目されている東京オリンピック。
こちらも何かと「環境」をうたっています。新国立競技場は
「自然にやさしい」、「木と緑のスタジアム」だそうで、国産材を
豊富に使い、自然の光や風を取り入れたエコな云々の宣伝で溢れて
います。こうした宣伝を、「なんだかとてもいい話」と感じた方、
どうぞうわべに騙されないでください。

日本の林業の再生をうたった国産材の使用は目に見える屋根や
ひさし部分だけで、肝心の基礎工事に使われる型枠用合板
(コンクリートパネル=コンパネ)には熱帯材が大量に使い捨てに
されています。そしてこうした熱帯材の合板の供給のために、
マレーシアやインドネシアの森からは今日も合法、違法に木材を
調達しようとするビジネスの動きが絶えないのです。

日本は世界最大の熱帯材合板の輸入国だそうです。
今回のオリンピックは「持続可能な大会」の開催を掲げ、
国連の「持続可能な開発目標」(SDGs)への貢献も
約束していますが、関連施設の建設ひとつをとっても、
うわべはともかく実は全然「持続可能な」大会とは
なっていないのです。

こんな話を聞くと、一見「いい話」につくられた話ほど
「わるい話」はないなあと思います。一般のインドネシア人の
多くがその実現性を疑っているような新首都建設の話ですが、
動き出した開発の波はすでに現地では大波となって地域の森林を
覆いつくそうとしています。あちらこちらで合法、違法の
森林伐採が進む現状を見ると、「持続可能な開発」などという
美辞麗句がむなしいばかりです。

                     (次回へつづく)


オランウータン(0).jpg


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鈴木南水子(すずきなみこ)
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野生オランウータンの研究

鈴木先生がクタイの森(インドネシア)で野生オランウータンの
研究を開始してから、すでに30有余年が経ちます。今日はこの間を
簡単に振り返ってみたいと思います。

image1.jpeg
写真:研究開始当時の初期のスタッフと

鈴木先生がはじめてクタイの地に入ったのは1983年、熱帯地域初と
いわれる大規模な森林火災がこの地を襲った直後のことでした。
当時は、現在のキャンプ・カカップより上流のシナラ山にキャンプを
設営しました。キャンプといってもブルーシート張りのテント暮らし。
近くには道路などはなく、一番近くの村に下りるだけでも川をボートで
下って何時間もかかるため、食料も川で魚を釣りながらの自足の生活
でした。


こうした中で森林火災後の森の再生の様子を見ながらの、調査が
つづけられました。特に1983年10月に行ったクタイ内陸部の調査、
1985年のセンガタ川上流部における森林火災の影響調査と
オランウータンの現状調査は初期の調査として貴重なものでした。
当時のメンバーが全員参加し、全部で12ある滝を上っての大調査
でした。現地は地図もないところなので、森の中を観察路を切りながら、
地図を作りながらの調査です。


こうして自分の足で調査をしながら森の中に張り巡らせた観察路は
全長数100キロを越します。一帯の森は1985年に国立公園に指定
されることになりますが、同時に現在キャンプ・カカップがある場所に
常駐していた自然保護局の役人は町の役所に撤退し、皮肉なことに
この地域は監視人がいない状態になってしまいます。


すでに対岸では石炭開発の大計画が動き出しており、森を守るために
苦肉の策として、村人たちが常駐できる拠点を自前で設けること
にしたのです。


image3.jpeg
写真:建設中のキャンプ・カカップ


image2.jpeg
写真:高床式の基礎部はスタッフたちが地下杭を打ち込んで作った


こうして誕生したのがキャンプ・カカップです。資金がない中
やりくりし、1994年10月にはついに建物の外郭が完成。10年間
続いたブルーシートでの調査に別れを告げました。村人たちの手で
建てられた新しいキャンプを中心に森林パトロール、
オランウータンの調査が始まります。


1998年の2度目の大規模な森林火災に際してはクタイ国立公園の
大部分に火が入った中、連日の懸命な消火作業でキャンプの周りの
森だけはどうにか延焼から守りました。川の水をキャンプの
屋根に運び上げ、村人たちが総出で火の粉を払ったといいます。


image4.jpeg image5.jpeg


この写真は石炭景気で急速に発展したセンガタの町なみです。
ここは10数年前は何もない荒野でした。開発景気は急激な人口の
増加を生み、到る所で盗伐が横行しました。キャンプの近くの
森の木も伐採用の×印が付けられました。地元センガタの警察は
すでにお金が回っていて動かないので遠方の警察に訴え、盗伐者
18人を逮捕、チエーンソー38台を没収してもらったことも
ありました。こうした数々の努力の積み重ねで、キャンプ周辺の
森では多くのオランウータンが子育てを続けています。


この森に愛着を持ち、オランウータンを見守っていこうという
村人たちがいる限り、クタイの森はオランウータンの森として
健在であると私たちは頑張っていますが、昨年夏にはインドネシア
政府がこのクタイの森のある、東カリマンタン州への新首都移転を
表明しました。キャンプを取り巻く厳しい状況は相変わらずです。
環境に配慮したとか、自然に優しいとか言うことは簡単で魅力的
ですが、現場はなかなかそのような理想では動いていないものです。
次回は開発の期待に沸く現地からその辺を書きたいと思います。


オランウータン(0).jpg


プロフィール

鈴木晃(すずきあきら)
京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。
京都大学霊長類研究所を経て、
現在「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」代表。
(一社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)理事長。
1983年よりインドネシア、カリマンタン島にて野生のオランウータン
の研究を続ける。

鈴木南水子(すずきなみこ)
生後6か月よりウガンダに渡り、チンパンジーの研究をする父のかたわら、
アフリカの大自然の中で育つ。自然によって生かされているヒトの生き方
を求めて、オランウータンと熱帯雨林の保護の問題とその普及啓発活動に
取り組む。


(社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)
(事務局)
〒162-0065
東京都新宿区吉町8-23 富井ビル2F
TEL 03-5363-0170
FAX 03-3353-8521

ホームページ http://moforangutan.web.fc2.com/
メールアドレス mof.orangutan@gmail.com

森の人 オランウータン

はじめまして。こんにちは。

今日からこのブログにオランウータンの話を
連載させていただくことになりました。

読者のみなさんには、えっ??何?
オランウータンって?という方もたくさん

いらっしゃるかもしれませんが、

オランウータンという生き物の姿を通じて、
オランウータンのことだけではなく、

ヒトのこと、私たちの暮らしのこと、
地球のこと、日々感じることをお伝えできたらと思っています。
よろしくお願いします。

オランウータンは東南アジアの熱帯雨林に生息する
赤毛の大型霊長類で、
ヒトの進化の過程では一番私たちヒトに近い
生き物と考えられる類人猿の一種です。

大型霊長類というのはオランウータンのほかに
チンパンジー、ゴリラ、ボノボがいますが、
アフリカに暮らすこれら3種と違って、
オランウータンだけがアジアに暮らす生き物です。

今年3月号の「にんげんクラブ」会報誌に
「オランウータンに、いつまでも熱帯の森を。」
というインタビュー記事を載せていただきましたが、

私たちはこのオランウータンの生態の研究を
インドネシアの森の中で続けてきました。

野生のオランウータンの観察を続けて
40年近くになりますから、
まあ、オランウータンのことを
一番よく知っているヒトだと思います。

さて、オランウータンの研究というと
「ああ、動物の研究ね。」と思うかもしれませんが、

実はね・・・という、
もっと深い部分、「ヒト=にんげんのおはなし」なんですということを、
ぜひみなさんにも知ってほしいとインタビューでお話しましたら、
こんな素敵な機会をいただきました。

オランウータンのことを一番よく知っていると今書きましたが、
実はこの「知っている」という言葉、
オランウータンを見れば見るほど、
実はヒトって、何にも知らないんだなと思ってもいます。

いま、ネットでちょっと検索するだけでも、
オランウータンという生き物の概説、知識は
それなりに溢れています。

でも知識、情報って何なんだろう?
こんなことを言うのは変かもしれませんが、
オランウータンのことをヒトは知らない、
ということを私たちは一番よく知っているヒトだと思います。

無知の怖さは知らない人には
その意味さえもわからない。

情報社会といわれる現代ですが、
オランウータンが伝えてくれることは
「ヒトはほとんど知らない」ということ。

文字や言語はヒトの最も人たる所以ですが、
それらが伝える情報、知識の表面的な部分だけに
とらわれていては、
ヒトは何も見えていないのに等しいのではないのでしょうか。
そんなことを徒然考えつつ、では今日の本題。

オランウータン ORANGUTANという言葉は、
「ORNGオラン=人」と「HUTANフタン=森」
ということばをあわせたもので、
現地の言葉では文字通り「森の人」という意味を持っています。

人が近づかないような熱帯雨林の奥深くに棲み、
その生態はほとんど知られていませんでした。

それにしても、「森の人」とはよく言ったなと思うほど、
野生のオランウータンは「賢い」生き物です。
その賢さは、なかなかひとことでは説明のできない賢さです。

彼らを「森の人」と呼び、
長いあいだオランウータンとともに
熱帯の森の中で暮らしてきた私たちの先人。

彼らは、研究者でも専門家でもありませんが、
熱帯の森とともに生きてきた彼らは、
おそらくどんな研究者たちよりも
「オランウータン」という生き物をよく見ていたのだと思います。

もちろん人類進化なんてことは考えても
みなかったでしょうし、知識もなかったでしょう。

でも、オランウータンの姿に「人」を感じ、
ヒトとして親しみを感じたのであろう先人たち。
その自然をありのままを見る目や感覚、
自然の中で生きてきた姿に私はいつも感慨を覚えます。

面白いことにこうした人たちは自らをも
「森の人 オランフタン」とよび、
村に住む「村の人」とは区別して認識しているようです。

このオランフタンとオランウータン
「森の人」。あえて2通りの表記しましたが、
音声的には現地では全く同じものです。

熱帯の奥深いジャングルの中で永々営まれてきた
こうした「森の人」たちのくらし。

オランウータンという呼び方、
名前はそういう人と自然との接し方、
アジアの先人たちの長い歴史の中から
生まれてきた言葉だと思うと
なんだか本当に感慨深いのです。

日本はアジアの一部ですが、
日本人にもそもそも自然は克服するものではなく、
ともに歩むものだという考え方があります。

オランウータン 森の人という言葉は
こういう感覚とも何か共通するものを感じるのです。
オランウータンという言葉自体、
そういう意味でとてもアジア的な言葉なのです。
                     (次回へつづく)


オランウータン(0).jpg


プロフィール

鈴木晃(すずきあきら)
京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。
京都大学霊長類研究所を経て、
現在「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」代表。
(一社)オランウータンと熱帯雨林の会(MOF)理事長。
1983年よりインドネシア、カリマンタン島にて野生のオランウータン
の研究を続ける。

鈴木南水子(すずきなみこ)
生後6か月よりウガンダに渡り、チンパンジーの研究をする父のかたわら、
アフリカの大自然の中で育つ。自然によって生かされているヒトの生き方
を求めて、オランウータンと熱帯雨林の保護の問題とその普及啓発活動に
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