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第85回 日本に降りた現代の聖書の役割を担う書「村上春樹著『1Q84』(book1~3)」


みなさん、こんにちは。
にんげんクラブ世話人の川端淳司です。

去る2月7日、銚子支部代表の三浦英樹さんが40代の若さで天国へ旅立た
れました。
心よりご冥福をお祈りいたします。

にんげんクラブは舩井幸雄さんによる「創設期」、舩井勝仁さんと元支部代
表川島伸介さんが中心となり全国に支部を創った「拡大期」、各支部で映画
『祈り』の上映会などを活発に行なった「活動期」、そして現在、世界144000
人の祈りのイベント『舩井フォーラム2016』
に向けた「転換期」を迎えていま
すが、その「活動期」を支えたお一人が三浦英樹さんだったと思います。

にんげんクラブfacebook出張所の写真は舩井フォーラム2015の懇親会模
様を三浦さんが撮影されたものですが、あの時、殆ど三浦さんとお話したこ
とがなかった僕は、確かに、三浦さんと握手させて頂きました。それは今振り
返れば、男性にしてはとてもやさしい手の感触でした。

何度も入院されていることをfacebookで知りながら、何もできませんでした。
とても申し訳なく感じています。

同じにんげんクラブ仲間として、三浦さんの生に恥じないように、これから真
摯に精一杯生きようと思います。


今回の連載第85回は、必然的に再読することになった村上春樹さんの
1Q84 1-3巻セット』をご紹介します。


本書が発売された2009年、2010年に読んだ時には、10歳の時にたった一度
手を握ったことを唯一無二の心の支えで20年間生きてきた少年(天吾)と少女
(青豆)の孤独と愛と魂の救済の物語としか見えなかったものが、今はより深く、
現代の日本に降りた聖書のように観じられます。

1984年の3月11日に『風の谷のナウシカ 』は映画放映され、僕はそこに神の
意志があると確信していますが、『1Q84』は村上さんの『ねじまき鳥クロニク
』と同様に1984年の物語であり、やはりそこにも、大いなる神の意志の存
在を感じます。

文中で紹介される何気ない言葉、聖書や時代を代表する芸術家などの箴言
等の引用は、もちろん村上さん自身が記憶の中から選択した言葉ですが、
それと同時に、神が選んだ言葉なのだと感じています。

まだ本書をお読みでない方は以下へと読み進まれる前に、ぜひご自身でお
読み頂き、そこにみなさまそれぞれの神の意志を観じて頂ければと思います。

心が病み荒んだ現代社会、現代の人間、或いは自分自身に対する重要な
メッセージに感じた言葉を文中よりご紹介します。

~Book1より~

冒頭『ここは見世物の世界。何から何までつくりもの。でも私を信じてくれた
なら、すべてが本物になる』

第1章(青豆) 
・歴史が人に示してくれる最も重要な命題は「当時、先のことは誰にもわかり
 ませんでした」ということかも知れない。
・父方の祖父は福島県の出身。
・トヨタの車は遮音に関しては文句のつけようがないが、ほかの何かに関して
 は問題がある。
・今ここで本当に何が起こっているかは、自分の目で見て、自分の頭で判断
 するしかありません。

第3章(天吾)
・天吾が思いつきで書く星占いはよくあたるので評判になった。彼が「早朝の
 地震に気をつけて下さい」と書くと、実際にある日の早朝に大きな地震が起
 こった。
 =>第1章、第3章でおそらく『風の谷のナウシカ』のように3・11が予見され
 ています。

第4章(天吾)
・呪いは古代のコミュニティーの中で重要な役割を演じてきた。社会システム
 の不備や矛盾を埋め、補完することが呪いの役目だった。
・「リトル・ピープル(小人?妖精?天使?悪魔?)は本当にいる」「みようとお
 もえばあなたにもみえる」

第5章(青豆)
・最後の息が吐かれ、魂が身体を離れて行く。
  =>この物語では魂や目に見えない世界は実在する前提で書かれてい
 ます。

第7章(青豆)
・「蝶と友達になるには、まずあなたは自然の一部にならなくてはいけません」
・この世界のシステムがどこかで狂い始めている。もう一度この世界をひとつ
 に束ねなくてはならない。

第12章(天吾)
・おそらくは物語を語ることによって、エリの回復が始まったのだろう。
・あるときその少女は天吾の手を握った。よく晴れた十二月初めの午後だった。
 天吾は相手の瞳の中に、これまで見たこともないような透明な深みを見るこ
 とができた。その少女は長いあいだ無言のまま彼の手を握りしめていた。と
 ても強く、一瞬も力を緩めることなく、それから彼女はさっと手を放し、スカート
 の裾を翻し、小走りに教室から出て行った。

第13章(青豆)
・その出来事によって親友がどれほど深く傷を負ったか、青豆には痛いほど
 よくわかった。それは処女性の喪失とか、そういう表面的な問題ではない。
 人の魂の神聖さの問題なのだ。そこに土足で踏み込んでくるような権利は
 誰にもない。そして無力感というのは、どこまでも人を蝕んでいくものなのだ。

第14章(天吾)
・あらゆる芸術、あらゆる希求、そしてまたあらゆる行動と探索は、何らかの
 善を目指していると考えられる。それ故に、ものごとが目指しているものから、
 善なるものを正しく規定することができる(アリストテレス)
・人間の霊魂は理性と意志と情欲によって成立している(プラトン)

第15章(青豆)
・一人でもいいから、心から誰かを愛することができれば、人生には救いが
 ある。たとえその人と一緒になることができなくても。

第16章(天吾)
・自分自身の中に潜んでいる物語を見つけ出し、それを正しい言葉で表現す
 るのが作家ではないか。

第17章(青豆)
・相手の男は明らかに歪んだ魂を抱えていた。これまでにも問題を起こして
 いたし、その原因はおそらく根深いものだった。
・そこには単なる怒りや嫌悪感を超えた何かがうかがえた。それはおそらく
 精神のいちばん深いところにある、硬く小さく、そして名前を持たない核の
 ようなものだ。
・そこは不思議な空間だった。現実の世界と、死後の世界の中間にあるかり
 そめの場所みたいに、光がくすんで淀んでいた。
・その年(10歳)に彼女は一人の男の子の手を握り、一生彼を愛し続けるこ
 とを誓った。

第18章(天吾)
・渦をこしらえるというイメージの方が近い。やがてまわりのものが、その渦に
 あわせて回転を始めるだろう。私はそれを待ち受けている。

第20章(天吾)
・正しい歴史を奪うことは、人格の一部を奪うのと同じことなんだ。それは犯
 罪だ。
・僕らの記憶は、個人的な記憶と、集合的な記憶を合わせて作り上げられて
 いる。
・小説家とは問題を解決する人間ではない。問題を提起する人間である。
 (チェーホフ)

第22章(天吾)
・そしてその恐怖の記憶は、予想もしないときに唐突によみがえり、鉄砲水と
 なって彼を襲った。パニックにも似た状態を天吾にもたらした。

第23章(青豆)
・やった方は適当な理屈をつけて行為を合理化できるし、忘れてもしまえる。
 見たくないものから目を背けることもできる。でもやられた方は忘れられない。
 目も背けられない。記憶は親から子へと受け継がれる。世界というのはね、
 青豆さん、ひとつの記憶とその反対側の記憶との果てしない闘いなんだよ。

第24章(天吾)
・ここではない世界であることの意味は、ここにある世界の過去を書き換えら
 れることなんだ。


~Book2より~

第1章(青豆)
・私はわけがあって両親を捨てた人間です。わけがあって、子供の頃に両親
 に見捨てられた人間です。肉親の情みたいなものとは無縁な道を歩むこと
 を余儀なくされました。一人で生き延びるためには、そういう心のあり方に
 自分を適応させなくてはならなかったのです。

第2章(天吾)
・「何も持ち合わせてないよ」と天吾は言った。「魂のほかには」

第4章(天吾)
・自分には何かしら正しくない歪んだところがあるに違いない。天吾はそう
 思った。
・でも一番の問題は僕が臆病だったことだ。それを僕はずっと後悔してきた。
 今でもまだ後悔している。
・天吾がやらなくてはならないのはおそらく、現在という十字路に立って過去
 を誠実に見つめ、過去を書き換えるように未来を書き込んでいくことだ。
 それよりほかに道はない。
・女は知っていた。イエスが近いうちに死ななくてはならないことを。だから自
 らのあふれ出る涙を注ぐように、その貴重な香油をイエスの首に注がない
 わけにはいかなかった。イエスもまた知っていた。自らが近く死出の道を歩
 まなくてはならぬことを。彼らには未来を変更することはもちろんできなかっ
 た。

第5章(青豆)
・あゆみは大きな欠落のようなものを内側に抱えていた。まわりの男たちが
 力ずくで押しつけてくるねじれた性的欲望が、その大きな要因のひとつに
 なっていたことは間違いない。彼女はその致命的な欠落のまわりを囲うよ
 うに、自分という人間をこしらえてこなくてはならなかった。
・私という存在の核心にあるのは無ではない。荒れ果てた潤いのない場所
 でもない。私という存在の中心にあるのは愛だ。

第6章(天吾)
・まるで因果が巡っているみたいだ、と天吾は思った。その謎の若い男はお
 そらく今の天吾自身であり、天吾が抱いている女は安田恭子だ。構図は
 まったく同じで、人物が入れ替わっているだけだ。とすればおれの人生とは、
 自分の中にある潜在的なイメージを具象化し、それをただなぞるだけの作
 業に過ぎないのか。そして彼女が失われてしまったことについて、自分には
 どの程度の責任があるのだろう?

第7章(青豆)
・彼女にできることはお祈りすることくらいだ。しかし彼女にはわかっていた。
 お祈りは効くのだということが。

第8章(天吾)
・窓際にじっと座った父親の姿は天吾に、ヴァン・ゴッホの晩年の自画像を
 思い出させた。
・僕は誰かを嫌ったり、憎んだり、恨んだりして生きていくことに疲れたんです。
 誰をも愛せないで生きていくことにも疲れました。僕には一人の友達もいな
 い。ただの一人もです。そしてなによりも、自分自身を愛することすらできな
 い。なぜ自分自身を愛することができないのか?それは他者を愛することが
 できないからです。人は誰かを愛することによって、そして誰かから愛される
 ことによって、それらの行為を通して自分自身を愛する方法を知るのです。
 僕の言っていることはわかりますか?誰かを愛することができないものに、
 自分を正しく愛することなんかできません。

第10章(天吾)
・説明されないとわからないのであれば、説明されてもわからないのだ。

第11章(青豆)
・目の前に為すべき仕事があれば、それを達成するために全力を尽くさない
 わけにはいかない。
・実を言えば、わたしは自分のやっていることを宗教行為だとは考えていない。
 私がやっているのは、ただそこにある声を聞き、人々に伝達することだ。声
 はわたしにしか聞こえない。それが聞こえるのは紛れもない真実だ。しかし
 そのメッセージが真実であるという証明はできない。わたしにできるのは、
 それに付随したささやかないくつかの恩寵を実体化することくらいだ。すべ
 ての恩寵がそうであるように、人は受け取ったギフトの対価をどこかで払わ
 なくてはならない。
・論議をするつもりはない。しかし覚えておいた方がいい。神は与え、神は奪う。
 あなたが与えられたことを知らずとも、神は与えたことをしっかり覚えている。
 彼らは何も忘れない。与えられた才能をできるだけ大事に使うことだ。
・わたしはそのような特殊な力を与えられた。しかし見返りとして、彼らはわた
 しに様々な要求を押しつけた。彼らの欲求はすなわち私の欲求になった。
 その欲求はきわめて苛烈なものであり、逆らうことはできなかった。
・この世には絶対的な善もなければ、絶対的な悪もない。善悪とは静止し固
 定されたものではなく、常に場所や立場を入れ替え続けるものだ。ドストエ
 フスキーがカラマーゾフの兄弟の中で描いたのもそのような世界の有様だ。
 重要なのは、動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ。どちらかに
 傾きすぎると、現実のモラルを維持することがむずかしくなる。そう、均衡そ
 のものが善なのだ。
・君たちは入るべくしてこの世界に足を踏み入れたのだ。そして入ってきたか
 らには、好むと好まざるとにかかわらず、君たちはここでそれぞれの役割を
 与えられることになる。「この世界に足を踏み入れた?」「そう、この1Q84
 年に」
・心から一歩も外に出ないものごとなんて、この世界には存在しない。

第13章(青豆)
・いや、違う。ここはパラレル・ワールドなんかじゃない。あちらに1984年が
 あって、こちらに枝分かれした1Q84年があり、それらが並列的に進行して
 いるというようなことじゃないんだ。1984年はもうどこにも存在しない。君に
 とっても、わたしにとっても、今となっては時間といえばこの1Q84年のほか
 には存在しない。
・言うなれば線路のポイントがそこで切り替えられ、世界は1Q84年に変更さ
 れた。月は二つ浮かんでいる。それが線路が切り替えられたことのしるしな
 んだ。
・我々の生きている世界にとってもっとも重要なのは、善と悪の割合が、バラ
 ンスをとって維持されていることだ。リトル・ピープルなるものは、あるいは
 そこにある何らかの意志は、たしかに強力な力を持っている。しかし彼らが
 力を使えば使うほど、その力に対抗する力も自動的に高まって行く。そのよ
 うにして世界は微妙な均衡を保っていく。どの世界にあってもその原理は変
 わらない。
・私たちはもっと前に、勇気を出してお互いを捜しあうべきだったのね。そうす
 れば私たちは本来の世界でひとつになることもできたのに。

第15章(青豆)
・ジェイ・ギャッツビーの図書室と同じだ。本物の書物は揃える。
 => 村上さんにとって最も大切な小説である『グレート・ギャッツビー』と
 次に大切な『カラマーゾフの兄弟』の引用があることから如何に『1Q84』が
 重要な小説かが分かります。

第16章(天吾)
・彼女はまるでレンブラントが衣服のひだを描くときのように、注意深く時間を
 かけてトーストにジャムを塗った。
・僕はたぶん長いまわり道をしてきたんだろう。でもやっとわかってきたんだ。
 彼女は概念でもないし、象徴でもないし、喩えでもない。温もりのある肉体と、
 動きのある魂を持った現実の存在なんだ。そしてその温もりや動きは、僕が
 見失ってはならないはずのものなんだ。そんな当たり前のことを理解するの
 に二十年もかかった。

第17章(青豆)
・人が生きて行くためにはそういうものが必要なんだ。言葉ではうまく説明は
 つかないが意味のある風景。俺たちはその何かに説明をつけるために生
 きているという節がある。俺はそう考える。

第18章(天吾)
・しかし二人はそのとききわめて自然なかたちでお互いを理解し合い、受け入
 れあったのだ。ほとんど奇跡的なまでに、隅から隅まで。そんなことはこの
 人生の中で何度も起こるわけではない。いや、人によっては一度だって起こ
 らないかもしれない。

第21章(青豆)
・この世界を生きている全ての人間に二個の月が見えるわけではない。

第23章(青豆)
・そのように天吾に巡り合えたことは、青豆にはほとんど奇跡に思えた。それ
 はある種の啓示でもあった。何かが彼女の前に天吾を運んできたのだ。
 そしてその出来事は、彼女の身体の組成を大きく変えてしまったようだった。

第24章(天吾)
・自分が彼女を必要としていることにようやく気がついたんだ。その女の子の
 ことはもっと早いうちに捜し始めるべきだった。ずいぶん回り道をした。でも
 僕にはなかなか腰を上げることができなかった。僕は、なんと言えばいいん
 だろう、心の問題についてはとても臆病なんだ。それが致命的な問題点だ。
・僕より能力も資質も劣る連中が、僕とは比べものにならないほど楽しそうに
 暮らしていた。あなたが自分の父親でなければよかったのにとその頃、真
 剣に願っていた。これは何かの間違いで、あなたは実の父親ではないはず
 だと、いつも想像していた。血なんか繋がっているはずがないと。今ではそ
 んなことは思わない。そんな風には考えない。僕は自分に相応しい環境に
 いて、自分に相応しい父親を持っていたのだと思うよ。嘘じゃなく。ありのま
 まを言えば、僕はつまらない人間だった。値うちのない人間だった。ある意
 味では僕は、自分で自分を駄目にしてきたんだ。今となってはそれがよくわ
 かる。小さい頃の僕はたしかに数学の神童だった。それはなかなか大した
 才能だったと自分でも思うよ。みんなが僕に注目したし、ちやほやもしてく
 れた。でもそれは結局のところ、どこか意味あるところに発展する見込みの
 ない才能だった。それはただそこにあっただけなんだ。
・NHKの集金に連れまわされたことについては、今思い出してもうんざりす
 るし、胸も痛む。嫌な記憶しかない。でもきっとあなたには、それ以外に僕と
 コミュニケーションをとる手段が思いつけなかったんだろう。なんて言えばい
 いんだろう、それがあなたにとってはもっともうまくできることだったんだ。あ
 なたと社会との唯一の接点のようなものだった。きっとその現場を僕に見せ
 たかったんだろう。今になれば僕にもそれがわかる。
・明るい言葉は人の鼓膜を明るく震わせるということです。明るい言葉には
 明るい振動があります。


~Book3より~

第2章(青豆)
・スターリンはそういう偏執狂的なシステムを現実に造り上げて、在任中にお
 およそ一千万人の人間を死に追いやった。そのほとんどは彼の同胞だった。
 俺たちは現実にそういう世界に住んでいる。そのことをよくよく頭に刻んで
 おいた方がいい。

第3章(天吾)
・しかし時には単なる反復が少なからぬ意味を持つこともある。

第5章(青豆)
・朝目を覚まし、学校に行くために服を着替えるのが苦痛だった。緊張のため
 によく下痢をしたし、ときどき吐いた。熱を出すこともあったし、頭痛や手足
 の痺れを感じることもあった。それでも一日も学校を休まなかった。もし一日
 休めば、そのまま何日も休みたくなるはずだ。そんなことが続けば、二度と
 学校には行かなくなるだろう。それは同級生や教師に自分が負けることを
 意味する。彼女が教室からいなくなったら、みんなはほっとするに違いない。
 青豆は彼らにはほっとなんてしてもらいたくなかった。だからどんなにつらく
 ても、這うようにして学校に出かけた。そして歯を食いしばって沈黙に耐えた。
・死ぬことはできない。希望がある限り。

第9章(天吾)
・「再生についてのいちばんの問題はね」「人は自分のためには再生できない
 ということなの。他の誰かのためにしかできない」

第10章(牛河)
・世の中の人間の大半は、自分の頭でものを考えることなんてできない。それ
 が彼の発見した「貴重な事実」のひとつだった。そしてものを考えない人間
 に限って他人の話を聞かない。

第13章(牛河)
・その父の叔父の外見は、驚くほど牛河に似ていたからだ。生まれ変わりで
 ないかと思えるくらい瓜二つだった。たぶんその叔父を生み出したのと同じ
 要因が、何かの加減でひょっこり顔を出したのだろう。
・兄弟や妹は彼のことを殆どいないものとして扱ったが、それも気にはならな
 かった。彼の方も、兄弟や妹のことを特別好きにはなれなかったからだ。彼
 らは見かけは美しく、学業成績も優秀で、おまけにスポーツ万能、友だちも
 数多かった。しかし牛河の目から見れば、その人間性は救いがたく浅薄だっ
 た。考え方は平板で、視野が狭く想像力を欠き、世間の目ばかり気にしてい
 た。何よりも、豊かな智慧を育むのに必要とされる健全な疑念というものを
 持ち合わせていなかった。
・一般的に真理と考えられているものが多くの場合、相対的なものごとに過ぎ
 ないと認識していった。

第14章(青豆)
・あるとき冷たい風に吹かれて公園を監視しながら、青豆は自分が神を信じ
 ていることに気づく。唐突にその事実を発見する。それは予想もしなかった
 認識だ。彼女は物心ついて以来、神なるものを憎み続けてきた。より正確に
 表現すれば、神と自分との間に介在する人々やシステムを拒絶してきた。
・何も与えず何も奪わない。昇るべき天国もなければ、落ちるべき地獄もない。
 熱いときにも冷たいときにも、神はただそこにいる。
・人は時期が来て死ぬのではありません。内側から徐々に死んでいき、やが
 て最終的な決済の期日を迎えるのです。誰もそこから逃れることはできま
 せん。人は受け取ったものの対価を支払わなくてはなりません。私は今に
 なってその真実を学んでいるだけです。

第18章(天吾)
・いろんなものごとがまわりで既にシンクロを始めている。

第19章(牛河)
・これはおそらく魂の問題なのだ。考え抜いた末に牛河はそのような結論に
 達した。ふかえりと彼とのあいだいに生まれたのは、言うなれば魂の交流
 だった。ほとんど信じがたいことだが、その美しい少女と牛河は、カモフラー
 ジュされた望遠レンズの両側からそれぞれを凝視し合うことによって、互い
 の存在を深く暗いところで理解しあった。ほんの僅かな時間だが、彼とその
 少女とのあいだに魂の相互開示ともいうべきことがおこなわれたのだ。
・痛みを受け入れない限り、温かみもやってこない。
・天理教の小さな集会場と、米屋があるだけだ。
・少なくとももっとひどいことになる可能性だってあったのだ。
・しかし妻は何しろあらゆる局面で、あらゆる物事についてまんべんなく嘘を
 ついた。

第20章(青豆)
・青豆はこのマンションの一室に身を隠してから、意識を頭から意図して閉め
 出せるようになっていた。

第21章(天吾)
・人生とは単に一連の理不尽な、ある場合には粗雑きわまりない成り行きの
 帰結に過ぎないのかもしれない。

第22章(牛河)
・母親は彼(天吾)が2歳になる前に長野県の温泉で絞殺された。殺した男は
 とうとう捕まらなかった。彼女は夫を捨て、赤ん坊の天吾をつれてその若い
 男と逐電していた。
・せいぜい三分くらいのものだ。そんな短い時間に、彼女は牛河という人間の
 魂の隅々までを見渡し、その汚れと卑しさを正確に見抜き、無言の憐れみ
 を与え、そのまま姿を消したのだ。

第23章(青豆)
・ここにいることは私自身の主体的な意志でもあるのだ。彼女はそう確信する。
 そして私がここにいる理由ははっきりしていた。理由はたったひとつしかない。
 天吾と廻り合い、結びつくこと。それが私がこの世界に存在する理由だ。
 いや、逆の見方をすれば、それがこの世界が私の中に存在している唯一
 の理由だ。あるいはそれは合わせ鏡のようにどこまども反復されていくパラ
 ドックスなのかもしれない。この世界の中に私が含まれ、私自身の中にこの
 世界が含まれている。
・もしそれが天吾の物語であると同時に、私の物語でもあるのなら、私にもそ
 の筋を書くことはできるはずだ。そして何よりも、結末を自分の意思で決定
 することができるはずだ。

第24章(天吾)
・人が死ぬというのは、どんな事情があるにせよ大変なことなんだよ。この世
 界に穴がひとつぽっかり開いてしまうわけだから。それに対して私たちは正
 しく敬意を払わなくちゃならない。そうしないと穴はうまく塞がらなくなってし
 まう。
・「その秘密は秘密のままで終わってしまう。」「私は思うんだけど、それもまた
 必要なことなんだよ」「それは死んだ人が自分で抱えて持って行くしかないも
 のごとだったんだ。」
・あなたのお父さんは、何か秘密を抱えてあっち側に行っちゃったのかもしれ
 ない。でもね、天吾くんは暗い入口をこれ以上のぞき込まない方がいい。
 そういうのは猫たちにまかせておけばいい。そんなことをしたってあなたは
 どこにも行けない。それよりも先のことを考えた方がいい。

第25章(牛河)
・カール・ユングは自分で石をひとつひとつ積んで、丸くて天井が高い住居を
 築いた。壁に彼は自らの手で絵を描いた。それはそのまま個人の意識の
 分割と、展開を示唆していた。その家屋はいわば立体的な曼陀羅として機
 能したわけだ。その家屋がいちおうの完成を見るまでに約十二年を要した。
 『塔』の入り口には、ユング自身の手によって刻まれた石が、今でもはめ込
 まれているということだ。『冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる』、
 それがその石にユングが自ら刻んだ言葉だ。

第26章(青豆)
・これから私は自分にとってのただひとつの原則、つまり私の意思に従って
 行動する。何が善なるものであれ、何が悪なるものであれ、これからは私が
 原理であり、私が方向なのだ。
・「それは数字では測ることができない距離なの」「人の心と人の心を隔てる
 距離のように」

第27章(天吾)
・それは天吾には信じがたいことに思えた。この動きの激しい迷宮にも似た
 世界にあって、二十年のあいだ一度も顔を合わせることもなく、人と人の
 心がー少年と少女の心がー変わることなくひとつに結びあわされてきたと
 いうことが。

第30章(天吾)
・私たちはお互いに出会うためにこの世界にやってきた。私たち自身にもわ
 からなかったのだけれど、それが私たちがここに入り込んだ目的だった。
 私たちはいろんなややこしいものごとを通過しなくてはならなかった。理屈
 のとおらないものごとや、説明のつかないものごと。私たちは誓約を求めら
 れ、それを与えた。私たちは試練を与えられ、それをくぐり抜けた。そして
 私たちがここにやってきた目的はこうして達成された。
・「僕は君に多くのものを負っている。僕は結局、何の役にも立たなかった」
 「あなたは私に何も負っていない」と青豆はきっぱりと言う。「あなたはここま
 で私を導いてくれたのよ。目には見えないかたちで。私たちは二人でひとつ
 なの」
・私が私自身としてここにーここがたとえどこであれーいることができてよかっ
 たと思う。あなたの王国が私たちにもたらされますように、青豆はもう一度声
 に出して繰り返す。

第31章(青豆と天吾)
・「ねえ、長いあいだ私は一人ぼっちだった。そしていろんなことに深く傷ついて
 いた。もっと前にあなたと再会できていればよかったのに。そうすればこんな
 に回り道をしないですんだ」天吾は首をふる。「いや、そうは思わないな。これ
 でいいんだ。今がちょうどその時期だったんだよ。どちらにとっても」
・どんなことがあろうと私たちは、このひとつきりの月を持った世界に踏みとどま
 るのだ。天吾と私とこの小さなものの三人で。

 



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