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第12回 王仁三郎の「無抵抗主義」は全く抵抗せずに相手の力の向きを変えてしまう!


霊界物語は、国祖隠退(1~4巻)→大洪水(5~6巻)と話が進んで行きます。
この大洪水によって地球の地軸が傾き、もともと日本の真上にあった北極星
(こぐま座のポラリス)や北斗七星が、東北の方に傾いてしまったというのです。
また、太陽も北の方に傾いた(つまり高度が高くなった)ため寒暑の相違が
大きくなったとも書かれてあります。

大洪水後の泥海となった地球で、イザナギ・イザナミによる「国生み・神生み」の神業が
行われました。「人」が生まれたのはこのときです。
それ以前は神と人の中間の「神人」(しんじん)と呼ばれています。

人が増えるにつれて生存競争が激しくなり、土地や物資を独占する者が現れるように
なりました。
こうして利己主義(われよし)弱肉強食(つよいものがち)の世界となったのです。

荒廃する世を救済するために現れたのが、三五教(あなないきょう)です。
霊界物語は三五教を広める宣伝使たちの旅の物語です。その三五教のグル
(霊的指導者)がスサノオです。

しかし三五教はスサノオが創始したわけではありません。
三大教と五大教という、別個に誕生した宗教が統合されて、三五教が誕生しています。

この三五教誕生のシーンが霊界物語の第6巻第33~36章に出てくるんですが、
ここで「無抵抗主義」に関するエピソードが登場します。
「無抵抗主義」とは「言向け和す」ための方法の一つ、とでも言えばいいでしょうか。

ところで「無抵抗主義」と言えばインド独立の父ガンジーが唱えたことで有名ですが、
しかし厳密に言えばガンジーは「無抵抗」主義ではありません。
ガンジー精神は、厳密には「非暴力・不服従」であり、徹底的に抵抗するのです。
ただし暴力は使いません。暴力に対して暴力で対抗していたら、憎悪が連鎖し、
暴力の応酬が続きます。イスラエル・パレスチナの状況がまさにそれです。
やられたらやり返せとばかりに、半世紀以上も暴力の応酬が続いています。

ガンジーは(ブッダの時から続くインドの伝統でもありますが)暴力で対抗することをやめ、
それ以外の方法で戦うことを提唱したのです。
その方法とはたとえばデモ行進とかハンガーストライキとか不買運動などです。
当時インドはイギリスの支配下にありましたが、この「非暴力・不服従」で大英帝国と戦い、
その結果インドを独立に導いたのです。

「暴力以外の方法で徹底的に戦う」のがガンジーの「非暴力・不服従」ですが、
王仁三郎が提唱する「無抵抗主義」は、文字通り全くの無抵抗です。
だから一見やられてしまうように見えるんですが...相手の力の向きをコロリと
変えてしまうのです。

この「無抵抗主義」を武道に応用したものが「合気道」です。
合気道創始者・植芝盛平は王仁三郎の弟子であり、「合気道は無抵抗主義である」と
はっきり述べています。
力で力で制するのではなく、力の向きを変えるだけです。
だから体の小さい女性でも、大きな男性を投げることができてしまうのです。
相手は自分の力で勝手に転がってしまうのです。

合気道の詳細については専門家にお尋ね下さい。
ここでは合気道の源流である王仁三郎の霊界物語から、
無抵抗主義の一つのエピソードを簡単に紹介します。

=========*=========*=========*=========*=========*

【巻章】第6巻第33~35章
  http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0633
【場所】メソポタミヤのエデン川の川岸
【登場人物】
  北光彦(きたたるひこ)...三大教の宣伝使
  東彦(あずまひこ)...五大教の宣伝使
  旅の男 A、B

エデン川の川岸で岩の上に座り、旅人たちを前に北光彦と東彦が神の教えを 宣伝していました。 旅人Aが北光彦に質問します。

「私たちは...祖先伝来の山や田畑を悪人に占領されてしまい、女房も奪い取られ、
家は焼かれ、食う物もなく、親子は散り散りバラバラとなり、
実に悲しい人生を送っております。
そのため私は、こうして乞食となってあちこち歩き回り、家を焼いて女房を奪った
あの悪党どもを探し出して、仇を討ってやろうと思い、色々苦労を致しております。
もし『神』が本当にこの世にいるのならば...どうしてこんな不公平なことがあるのに、
黙って見ておられるのでしょうか?」

北光彦は答えます。

「神様は至善、至美、至仁、至愛の御方です。
あなたの、怨みを晴らそうという気持ちは人情として最もなことであり、
私もまったく同情します。
しかし、そこを人間は忍耐して、敵を赦してやらねばならぬのです。
そこが人間の尊いところであって、
それでこそ神様の御心(みこころ)に叶うというものです」

それを聞いいたAはムクッと立ち上がり「馬鹿!」と叫ぶと、
北光彦を睨み付け、息を荒らげながら、

「オオ俺はココこんな宣伝使はキキ気に食わぬ。腰抜け野郎め。
女房を奪られ、家を焼かれ、悪人に財産を全部ふんだくられ、寝る家もなく、食う物もなく、
親子は散り散りバラバラになって、あるにあられぬ苦労をしているのに、
苦労知らずの人情知らずめが!
ナナ何が、神サマだ。赦してやれもクソもあったものかい。尻(ケツ)が聞いて呆れらア。
アアあまり人を馬鹿にするない!そんならお前の頭に、オオ俺が今、小便を引っかけてやる。
ソソそれでもお前は怒らないのか!」

と言いながら、北光彦の背後に立って、その頭の上から小便をジャアジャアとかけ出しました。
それを見ていた東彦や他の旅人たちは「待て、待て」と叫びますが、時既に遅しです。
頭から小便をひっかけられた北光彦は、しかしニコッとしてそのまま座っています。
Aはそんな北光彦に口汚く罵りました。「やい腰抜け野郎め! 弱虫! はな垂れ!」
しかし北光彦は平然として講演を続けました。
すると今度は別の旅人Bが質問します。彼は片目がありませんでした。

「私は悪人に片目を抉(えぐ)られてしました。幸いなことに片目は助かりましたが、
時々思い出しては癪に触ってしかたありません。
あなたの忍耐力の強さには感動しました。私もあなたのようになろうと覚悟を決めました。
しかしどうしたものか、腹の底に悪い蟲が潜んでいて、承知をしてくれません。
『仇を討て』『仇を討て』『何をぐづぐづしている』『目玉を抉(えぐ)られたのに、
卑怯にもその敵を赦しておくような弱い心を持つな』と腹の蟲が囁くのです。
一体どうしたらこれが消えるでしょうか。どうしたらそんなふうに思わないように、
綺麗に忘れることができるでしょうか?」

「ごもっともです。それが人間の浅ましさです。しかし、そこを忍耐せなくてはならないのです。
われわれの心の中には、常に鬼や悪魔が出入りをしています。
それで人間は生まれつき持っている直日(なおひ)の霊(みたま)という立派な守護神と相談して、
よく省みなくてはなりませぬ。
先方が悪ければ神様はきっと仇を討って下さるでしょう。善悪正邪は、人間にはとうてい判断は
出来ませぬ。ただ神様に任せて生きるのが人生の本意です」

すると最初の男Aが怒って、
「ヤイみんな、こんなトボけた教えを聞くバカがあるか。コイツが言っていることこそ、
強い者勝ちの悪の教えだ!
ヤイ、北光彦! 貴様もエラい目に遇わしてやろうか!」

と言うと、先の尖った竹を持って北光彦に迫り、その右眼にグサッと突き刺したのです。

しかし北光彦は平然として、その竹槍を抜き取り、左手で眼を押さえ、右手で竹槍を持って
押し戴き、天に祈り始めました。

「ヤイ北光彦、腹が立つか? お天道様に『この男に罰を与えて下さい』なんて
祈っていやがってるのだろう。ヘン、俺サマに罰が当ってたまるかい。
悪いのは貴様の方だろ。
オイ、悲しいか? 痛いか? 苦しいか? フン、涙をこぼしやがって。
今まで脳天気なホラばっかり垂れやがって、フン、その吠え面は何だ。
今までの大言壮語はどこ行った? 何をメソメソつぶやいているのだイ」

とAは言葉を尽くして嘲笑しました。
しかし北光彦は竹槍を頭に戴き、右手で目を押さえながら、

「アア天地の大神様、あなたの深き広きその御恵みに感謝します。
二つの眼を失った人もいるのに、私は幸いなことに、一つの眼を与えて下さいました。
そしてお取り上げになった眼は物質界は見ることは出来なくなりましたが、
その代わりに心の眼は蓮の花の開くが如くパッと明るくなり、三千世界に通達する
霊力を与えて下さいました。
今日はいかなる有難い尊き日でありましょう。天地の大神様に感謝を捧げます」

と鄭重に祈願を捧げ、天津祝詞を声も朗かに奏上しました。
Aは冷ややかにその光景を見ながら、

「オイ腰抜け、弱虫、ハナ垂れ、小便垂れ、減らず口を叩くな。
それほど眼を突かれて嬉しけりゃ、お慈悲にモ一つ突いてやろうか」

とまたもや竹槍を持って北光彦の左目を突こうとします。
そのとき、宣伝使・東彦はパッと飛び出て、その竹槍をグッと握り、横に押しました。
するとAはよろよろとして倒れてしまい、
川岸から真っ逆さまに川の中へ転落してしまったのです。

北光彦は驚いて真っ裸となり、川に飛び込むと、
Aの足を掴んで浅瀬に引いて救い上げました。
この事件により、気が荒く乱暴者のAも、北光彦の慈心に感じ入り、
悔い改めて弟子となり、神の教えの宣伝に従事することになりました──。


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さて、これを読んでどんなことを感じましたか?
霊界物語は読むたびに、より深い神の世界へと引き込まれて行きます。

旅人Aは、北光彦を悪を擁護するトンデモない野郎と思っていたわけですが、
やられてもやり返さない北光彦の態度に感じ入って、
心を改めた──つまりここで力の向きが変わったわけです。

殴ったら、殴り返してくる奴は「敵」です。尻尾を巻いて逃げて行く奴も「敵」でしょう。
しかし北光彦は仕返しもせず、逃げもせず、川に落ちた自分を助けてくれました。
命を助けてくれるのは「味方」です。
第9回で神の「返報返し」の話を書きましたが、北光彦は憎しみを愛で返したわけです。
韓国や中国で反日運動が盛んですが、憎しみに対して決して憎しみで返してはいけません。
それこそ悪魔の思う壺です。

さて、このエピソードで出てきた直日(なおひ)というのが出てきましたが、
それは要するに「内在する神」のことです。
私たちの中には神がいると同時に、「敵を憎め」と叫ぶ腹の蟲──悪魔も共存しています。

他人を言向け和そうと思うなら、まず自分の中の悪魔を言向け和す必要があります。




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