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こだまゆうこの熱海伊豆山通信 2014年

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息してるってエライ!!

にんげんクラブの皆さまこんにちは。今日はクリスマスイブですね。

このごろは、冬至は気にするようになったけれど、あまりクリスマスが気にならなくなってきたようで、今日がクリスマスイブだということに、つい先ほどメルマガで気が付きました。若い頃はクリスマスは好きな人と過ごす一大イベントだったというのに、結婚した後からは存在すらも忘れがちで、歳をとってきたということなのかもしれませんね(笑)。

さて、早いもので、このブログも今年は今日が最後になります。この一年は、個人的には一瞬のようでもあり、めちゃくちゃ長かったです。

私の2014年がどんな年だったかというと、ひたすら大地に根をおろした年だったと感じています。

渡辺和子さんの書かれた「置かれた場所で咲きなさい」というベストセラーの本から学んで、ひたすら自分の置かれた場所で、花を咲かすことはできないから、根を張り続けました。できることならば来年からは、芽を出し、花を咲かせ、実をならせたいと思っています。

2014年の一年を振り返ってみて、自分に点数をつけるとしたら、自信を持って100点満点だと言えます。100点では足りないくらいで、120点とかつけたいくらいですが、そうしたら1000点とか10000点とか、数に際限がなくなってくるので、100点満点!にします。

もちろんこの点数は、自分で自分につける点数です。他人様から見たら、至らないところや改善点などたくさんあったのかもしれませんが、人生はまずは自分の評価が一番大事ですから、自分は自分に100点をつけます。

この一年の経験を通してわかったことは、「人は『息』をして生きているだけでエライ!」ということでした。

今年のはじめに娘を看取って二週間後から、ほぼ一年の間、私の身体は震え、痙攣し続けました。それは自分の意志ではどうにもとめられず、なんとも苦しいものでした。そして今でもそれは続いています。苦しいけれども、その震えは同時に至福の体験でもあり、光へと向かうプロセスなのだと思って、寄り添っています。

そんな身体を抱えつつも、自分から講演会で話してみたり、身内すぎて怒られるかもしれないなと思いながらも舩井SAKIGAKEフォーラムの講演者に立候補してみたり、はたまたKan.さんやマックスさんのワークショップを受講しに遠くまで行ったり、今までできなかった新しいチャレンジをいろいろやってみました。

友人からは「どうしてそんなに勇気があるの?」と聞かれましたが、別に本人としては勇気があって新たなチャレンジをしたワケではなく、「いつ死んでもいい、結果はどうでもいい、人間いずれは死ぬのだから」というようないいかげんな気持ちで、様々な葛藤を抱えながらもとにかく一歩進んでみた結果でした。

おかげさまでそのように一歩進んでみるごとに、一人、また一人と、まわりの人がたくさん助けてくださって、結果的には四月から今日までで8回の講演ができました。自分を含めすべての存在はまわりの人に助けられながら生きているのだなぁとしみじみ感じた一年でした。

さて、こんな生活を続けていると、ときどき呼吸が苦しくなることがありました。悲しみがまだ癒えていないのか、がんばりすぎなのかはわかりませんが、胸がつまるような時があるのです。普段何も考えずにできている呼吸をすることが、非常に難しくなりました。

そんな時、ただ息をしてこの世に存在している、それだけのことが、ものすごく尊いことであり大変なことなのだと感じました。

ということで、この一年私はただ息をしてこの世に存在していただけで、100点満点なのです。

あの時に上手く言葉が出せなかったとか、大切な人を傷つけちゃったかもしれないとか、原稿の締切りを伸ばし伸ばしにしたとか、いつまでたっても部屋は片付かないとか、この一年いろいろな反省点はあったかもしれないけれど、それでも息をし続けて生き続けたから、私は100点満点なのです。

たったの一度もこの地球で息をすることなく亡くなってしまった私の娘たちや、もっと生きたかったけれど生きることの叶わなかった人たちや、地球に生まれたいけれどもまだ生まれることのできない存在たちの代表として、私はいま、ここで呼吸しています。

ただここに存在している、呼吸している、それだけでありがたいことなのです。

これは私だけじゃなくて、この原稿をお読みいただいている皆さまも含めて、地球上のすべての存在が、呼吸をしているだけでありがたいことなのです。

この広い宇宙という存在も呼吸しているし、母なる地球も呼吸しています。宇宙のはじまりのビッグバンと言われる現象がもしも本当にあったのだとしたなら、それは神様のひと呼吸かくしゃみのようなものだと思います。

と、ちょっと話がそれましたが、宇宙もみんなも私も、ともかく息をするだけで、そこに存在するだけで、みんな100点満点だし、みんなエライのです!

2014年は、アナと雪の女王の歌が「ありの~ままの~」と子どもたちの間で大ヒットしましたが、子どもたちにはありのままの尊さすばらしさが、本能的にわかるのでしょうね。

この一年、よくがんばって息をしたね、と自分を褒めてあげようと思います。読者の皆さまもぜひ、この一年がんばって息をし続けたご自分を、褒めてあげてください。

みんながこの呼吸の本当の尊さに気づけば、世の中は愛と光があふれていることに気づくことと思います。

2014年、拙いブログをお読みいただき、そしていろいろと助けていただいて、ありがとうございました。来年も、一呼吸、一呼吸に心をこめて、大切に息をしたいと思います。ありがとうございました。

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(僕たちも、息をしてたからエライんだワン!!来年もヨロシクね☆)


次回は温泉つき講演会です!!

にんげんクラブをご覧の皆さまこんにちは。もう師走も半ば、2014もあと少しですが、いかがお過ごしでしょうか。
私は2014年中にどうしても仕上げたいと思っている仕事がありますが、なかなか上手く行っていません。でも年内には形が見えるように今年のラストスパートをがんばりたいと思っています。

さて、一昨日は熱海で勝仁社長と私とで講演会を開催しました。ここ熱海の事務所で講演会を開くのは、舩井幸雄会長が毎月幸塾を行っていた場所なので、とても感慨深いものがありました。

先週の木曜日までにお申込みくださったお客様には、スペシャル特典としてお墓参りに一緒に行きましょうということになって、熱海駅で待ち合わせをして車に乗り合わせ、みんなで舩井会長のお墓参りへと行きました。遠くは福岡から来てくださった方もいらして、皆さん思い思いに、舩井幸雄会長の魂を感じていらっしゃるようでした。

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また、お越しいただいた皆様には、舩井会長がずっと使われていた会長室も見学いただいたのですが、このお部屋は今でも舩井会長がいらっしゃるようなたたずまいがあるので、入られた途端に涙ぐまれる方もいました。このお部屋は本当に特別な雰囲気があって、私も今でも入るたびに背筋が伸びるような気がします。

講演では、熱海で少人数ということもあって、ありのまんまのそのまんま、頭に浮かんだことをとにかく自由に、自由すぎるかな?と感じるくらいに本音で喋りました。そうしたら皆さんとても喜んでくださって、私もとても楽しかったです。

いままで私は、みんなに好かれるためには、自分という存在(エゴ)をなるべく消さなければならない、とずっと思っていました。そのような知識を、知識として持っていたからです。だから自分の人生に起った具体的な話とか、そんなつもりはなくても自慢話ととられかねないような話は、なるべく話さないようにしていました。

でも、自分を出して嫌われたくないと思う気持ちよりも、まずは自分を好きになる気持ちのほうがよっぽど大事なんだと最近ようやく気付いたので、もしかすると嫌われるかもしれないけれど、嫌われてもいいから自分のことをまず喋ろうと思ったのでした。

すると、自分が楽しんでいるからか、お話を聞いてくださる皆様も一緒に楽しんでくださって、とても素敵なひと時が過ごせました。

これはとっても不思議な気分で、喋っているのは自分なのに、いったいぜんたい自分はこの講演で何を喋るのだろう?と、自分で自分の講演内容にワクワクしているのです。今までのように、講演前に何を喋ろうかと緊張したり、不安だからとにわか知識を勉強するのではなく、一番この講演を楽しみにしているリスナーがじつは自分だった、という話し手なのか聞き手なのかよくわからない境地に至りました。

そしてその場に来てくださった皆様と過ごす空間と、その空間をサポートするために支えてくださっている見えない存在たちと、皆様と私の協力とで、「いま」という素敵な時間を作っているのだなぁと深く感じることができました。私にとってこれは本当に、素敵な幸せな時間でした。

ちなみに私が講演の時に「何を話すのか、何もわからない。何も用意していない」というと、これはただ単に準備の手を抜いたりサボっているように感じられる方もいらっしゃるかもしれません。以前の私ならば間違いなくそう思いました。

そうではなくて、常に「いま」が大事なんだと思います。

講演以外の時間に私が何もしていないという話ではなく、一呼吸、一呼吸ごとに、なるべくいまを感じて愛を感じることができるようになりたいと思っています。そして自分が何を感じているか、何が本当に大事なのか、そこに誠実に正直になろうと思っています。

ということで、自分に正直に偽りなくいようと思った結果、いろいろな矛盾や葛藤と真正面から向き合わざるをえなくなって、講演前の三日間くらいは毎日激しく震えて泣いていました。それは非常に大変な作業でしたが、愛しい気づきの瞬間でもありました。そうやって自分と向き合うことをつきつめて、講演に挑んでいます。

その結果が・・・あの下ネタか・・・という冗談はおいておきまして・・・^^(汗)。

まだまだヨチヨチ歩きの状態ですが、遠く熱海まで皆さまに足をお運びいただいて、このような機会を与えてくださったことを、とても幸せでありがたいことだと感謝しています。

次回は、2月22日に、開催いたします。
予定としては、地球にいながら今とここと高次元を感じるひとつのオプションツールとして、皆様に温泉に入っていただこうと思っています。(もちろん、入りたくない方は入らないでもかまいません)

温泉って、母なる地球からの愛が一つの形になったものだと思います。熱海は昔からエネルギーの強い場として有名でした。源頼朝や徳川家康がひそかに愛した温泉で「天下取りの湯」としても名高いものです。天下は別にとらなくてもいいけれど、日ごろの疲れをリセットして、いったん頭の中をゼロにするので、願望実現のパワーがあるんじゃないかと私は思っています。

ピンと来た方は、楽しくリラックスした雰囲気の熱海講演会、ぜひいらしてくださいね。



2月22日(日曜日)熱海講演会

12時~14時 開場 お弁当の昼食と温泉 (女性が先で、男性は後になります)
14時~15時半 こだまゆうこ講演
15時45分~17時15分 舩井勝仁講演
(※スケジュール等は変更になる場合がございます。)

参加費 

温泉、お弁当つき講演会        にんげんクラブ会員 6,000円
                    一般の方      8,000円
講演のみの参加(お弁当なし)     にんげんクラブ会員 5,000円
                    一般の方      7,000円

35名様限定  お弁当つきのお申込みは、お弁当の数を確定するため2日前までとさせていただきます。

持参するもの 各自タオルをお持ちください

お昼のお弁当と温泉の時間に、ご参加の皆様で交流を深めていただければと思います。

場所 静岡県熱海市西山町19-6
 株式会社船井本社 1F セミナー会場(35名様限定)
熱海駅からタクシーで10分ほどです。最寄のバス停は、西山です。

お問い合わせ、お申込み  
 にんげんクラブ 03-6698-9561 
toiawase@ningenclub.com

それから、1月25日にさがみはらで講演を行います。
下記に、主催のさがみ健康クラブさんからのお知らせです。
こちらもご都合のあう方は、ぜひいらしてくださいね。

午後からの亭田歩さんの講演会とセットで聞かれると、お得だと思います^^。
私も個人的に亭田さんの講演をめちゃくちゃ楽しみにしています。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
にんげんクラブでおなじみのこだまゆうこさんの、お話し会です。
こだまゆうこさんは、気さくな人柄からか、
とてもファンが多いのです。

元舩井幸雄さんの秘書をされていて、現在ライターとして活躍しています。

2015年の1月の初めに、さがみ健康クラブに
来ていただくことになりました。

当日は、こだまさんを囲んで、楽しく交流したいと思います。

どうぞ ご参加ください。

日にち 1月25日 日曜日

時 間 午前 10時から12時30分まで
    開場 午前9時30分

場 所 相模大野 ユニコムプラザさがみはら
         セミナールーム

    小田急線 相模大野駅前 
    bono相模大野 サウスモール3階
    http://unicom-plaza.jp/access/

会 費 3,500円  (事前申し込みの方)

         当日参加 3,800円

  ☆ お申込みは こちら
   新日本文芸協会Ω ネットショップ

主催 さがみ健康クラブ・新日本文芸協会Ω    
    相模野さくら・峰村純子

お問い合わせ info@sagamioono.sakura.ne.jp
          http://snb-omega.com/?pid=82245337

*当日(1月25日)午後1時30分より、亭田歩さん講演会が開催されます。
こちらの入場もご希望の場合は、1日通し券(5,000円)をご購入ください。
亭田歩さん講演会詳細はこちらから

すなお、であるとは。

こんにちは。寒い日が続きますね。大雪の地方もあるそうで、皆さんが無事でいらっしゃることをお祈りしております。

さて先週も、Kan.さんのお話会や、葦原瑞穂先生と保江邦夫先生の対談講演会など、東京へ行く用事があって、そこそこ忙しくしております。私の身体はあまり移動に適していないのか、新幹線にたくさん乗るとすぐに疲れてしまうので、もうちょっと体力づくりをしなくちゃいけないなぁと思っています。冬はとくに動くのがおっくうになるので、意識的に身体を動かしたいと思います。

さて、最近はすなおであることがとっても大事だと思っていますので、今日はすなおさについて書いてみたいと思います。
舩井会長の教えの中に、成功する人の三つの条件として「素直・勉強好き・プラス発想」とありました。

私はこの10年間、自分は比較的すなおであると思っていたし、すなおであることに誇りを持っていました。
私の考える「すなお」とは、他人からのアドバイスは素直に聞くとか、あまり自分の我を張らず、柔軟にまわりの人の意見を取り入れるというものでした。その素直さのおかげで、今まで上手にやってきたと考えていました。

ところで、私の夫は、典型的な学者肌の左脳タイプで、私から見ると素直さとは程遠いような気がしていました。何かこちらが意見やアドバイスをしても、ほぼ100%の確率で何か反論してきますし、世の中のたいがいのことには否定や批判、文句を言っているように私からは見えます。

ところが、結婚式の際にお互い自分の特徴を書いたカードを作成した際に、彼は自分の長所の欄に「すなお」とたった一言書いていました。およそ素直さとはほど遠いと思える人物が、自分の長所をすなおと書いていることにあきれ、自分で自分のことはわからないというが、こうも自分がわからないものか・・・・とびっくりした記憶があります。

このように、つい最近まで私の中で、「自分は素直だが、彼はあまり素直でない」と勝手に思っておりましたが、最近この考えがまったく間違っていたようだとようやくわかりました。

そもそも、本当の素直とはなんでしょうか。

よく考えてみたら、誰かの意見をすぐに鵜呑みにしたり、意見も言わずにとにかく従ってみる私よりも、嫌なものは嫌だとか、おかしいものはおかしいと誰に対しても、(空気を読まずに)言える夫のほうが、よほど自分に対して素直なのかもしれません。

嬉しい時は嬉しい、悲しい時は悲しい、怒っている時は怒っていると、子どものようにシンプルに、自分の思いをストレートに表現することが、きっと素直なんだと思います。
(もちろん、怒りをそのまま爆発させるとかではなく、出し方に工夫は必要なのだと思いますが)

私はいままで勝手に、舩井幸雄会長の考えた「成功する人の三条件」の一つが「素直」なのだから、「素直な人」とは、経営コンサルタントや目上の人の意見にいちゃもんをつけず、柔軟に従う人のことなのかな、そのようにアドバイスをきちんと聞いた人が、実力をつけ成功していったのかな、と思っていました。

でも本当にそうだったのでしょうか。

これはただ、他人から見て素直なだけ。じつは柔軟なだけであって、本当の素直とは違うように思えてきました。

よく考えてみたら船井会長も、誰かからアドバイスを受けると、その場ではにこにこしていたけれど、あとで必ずそのアドバイスとは逆のことをやってみるようなところがありました。

肩書や立場に関係なく、嫌なものは嫌だ、おかしいと思うことにはおかしいとはっきりと言えること、それこそがその時の自分の思いにきちんと向き合った結果であり、「すなお」なのかもしれません。

相手の意見を聞きつつ、きちんと自分の心と向き合って、お互いの意見を尊重しながら進めていくことで、本当のコミュニケーションが生まれ、より良いものが出来上がるのかもしれませんね。

自分に正直に、すなおでいることって、簡単なようで難しいものです。
難しいけれど、まずは自分にウソをつかずに信頼することで、まわりの人たちにも信頼されるようになるのかもしれません。

とりあえず、今日は帰宅したら夫に「いままで素直でなくてすみませんでした」と謝ろうと思います(笑)。


青木勇一郎さんの講演と、板垣昭子さんの講演がありました。

こんにちは。熱海のこだまゆうこです。12月に入ったら、すっかり気温も寒くなり、冬らしくなってきましたね。今年の冬も寒そうだなぁ・・・と、冬が苦手な私は思ってしまいますが、暖かい鍋とか、クリスマスの団欒とか、お正月やバレンタイン、雪の降る寒い夜にしか味わえない暖かさとせつなさとがあって、冬には冬の良さがありますね。

さて、先週は金曜日に青木勇一郎さんとコラボ講演会をさせていただき、日曜日は板垣昭子さんのカタカムナセミナーを開かせていただきました。

まずは青木さんとのコラボ講演会では、30名以上の方にお集まりいただきました。お客様の大半が、にんげんクラブをほとんどご存じない方で、青木さんのお話を楽しみに聞きにいらっしゃっていました。さすがは大人気の青木さんです。
そんなちょっとアウェイな空気の中、経営のお話やお金のお話に興味のある方も多く、じつはみなさん婚活のお話はあんまり興味がないのでは?と思う雰囲気で婚活に関する講演が始まりました。

実を言うと、私はテーマは婚活で話をしていますけれど、別に婚活についてだけを伝えたいわけではありません。舩井会長が教えてくださった宇宙の法則に沿った上手な生き方とか、世の中のしくみとか、そういうことを本当は伝えたいのですが、それをメインテーマにしてしまうと今のところあまり人気も出ないし、怪しいと思われがちなようですから、若い人がとっつきやすいように婚活についての枠を作って、宇宙の法則を伝える講演を開いてみようと思ったのでした。

世の中はすべて相似形ですから、婚活についての話をしても、宇宙の理に沿っているかぎり、経営にも、お金にもすべてにあてはまるだろうと思います。

そんな感じで進めた講演は、お客様にもそこそこ喜んでいただけたようです。帰り際に、「お話を聞いていて涙が出ました」と言いに来てくださった女性がいて、とても晴れやかな顔をしていらっしゃいました。この言葉を聞けただけでも、たくさんの愛をいただけた気がして、やった甲斐があったなぁと思いました。

後半の青木さんの講演は、相変わらずとても面白くて、グイグイとお話に惹きこまれました。喋り方とか、身振り手振りも魅力的で、お客様を笑わせるのがとても上手だなぁと思いました。青木さんはとてもナチュラルで、ざっくばらんな感じのする方ですが、実はとても繊細で努力家だということもわかりました。見習いたい点がたくさんあって、とても勉強になりました。講演の最後にはお金がたまるツボとか、手のひらのツボをたくさん教えていただき、お客様も、大喜びのご様子でした。

日曜日の板垣昭子さんのカタカムナのお話は、18名の方にお集まりいただきました。板垣さんの声は、とても優しくて透き通るような声をしています。幼稚園の先生のような優しい声を、聴いているだけでも癒されます。

日本語について、日本民族について、私たちが失ってしまった誇りを取り戻せるようなお話でした。古来続く、母音を使った日本語を使っていることは、世界でも本当に誇らしいことでもあります。日本に生まれて良かった!日本語ってすばらしい!と心から思えるセミナーで、お客様にもとても喜んでいただきました。

カタカムナのお話は、響く人にはすごく響くようで、家に帰ってからもカタカムナの図がぐるぐると頭の中から離れない方もいらっしゃるようです。中には、講演を聞いたり、この図を見ただけで涙がとまらなくなる人がいたり、どこか懐かしい感じを受けるようです。

生まれる前に、カタカムナ文字を使っていた経験がある方もいらっしゃるのだと思います。
板垣さんには、講演後ににんげんクラブの取材もさせていただきました。記事を皆様にご紹介できるのは、2月上旬ごろになります。どうぞお楽しみに。
また、3月にまた講演会に来ていただく予定です。また随時、詳細が決まりましたら、お知らせしたいと思います。

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(板垣さんの講演の様子です。)

ところで、12月14日に勝仁社長と私とで、熱海オフィスで講演会を行います。ここは、舩井会長が幸塾で長年講演をしていらした、思い出深い会場です。
100名くらいの方がお集まりいただけたあの頃と違って、お隣は歯医者さんの矢田クリニックができましたし、会場は舩井会長が晩年使っていらした筋トレマシーンや健康グッズなどが置かれていますので、35名様までしか入ることができません。

場所は熱海で少し不便ですけれど、少人数で、普段は絶対に来ることのできないある意味でプレミアムな会場となっていますので、よろしければぜひいらしてくださいね。当日のお客様の人数の状況によって、内緒の企画も考えています。

私の講演テーマは「時空と次元について」というあいかわらずマニアックな演題になっていますが、今この原稿を書いていたら「もっと簡単なたとえば『ツキを呼ぶ生き方のコツ』にしたらどうだ?」と舩井会長から提案があった気がしますので、それについても喋りたいと思います。

講演というより、「おはなし会」という感じで、皆様と質問を交えながら一緒のお時間を過ごせたら良いなと思っています。

◎日時 12月14日(日曜日)


13時~13時30分受付

13時30分~15時 こだまゆうこ講演 「次元と時空について」
15時15分~16時45分 舩井勝仁講演 「『宇宙』と『愛』と『いまここ』について」

17時ごろから2時間程度 懇親会


参加費 にんげんクラブ会員 5,000円
      一般の方    7,000円

懇親会費用         3,500円


場所 静岡県熱海市西山町19-6
 株式会社船井本社 1F セミナー会場(35名様限定)

熱海駅からタクシーで10分ほどです。最寄のバス停は、西山です。


お問い合わせ、お申込み 
 にんげんクラブ 03-6698-9561 toiawase@ningenclub.com

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(会場には、舩井会長の筋トレマシンや、たくさんの書籍が置かれています。)


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(皆様がいらっしゃる頃にはもう散ってしまっていますが、会長宅の紅葉はとても美しいです。)

リンポチェ様のセミナーがありました。

昨日は午前から夜まで、四ツ谷セミナールームにて、リンポチェ様のフォローアップセミナー、祝福の儀式、講話と瞑想会がありました。めったにお会いすることができないリンポチェ様と、こんなにも長い時間過ごすことができて、とても贅沢で幸せなひと時です。

午前のフォローアップセミナーでは、前回教えていただいた薬師如来のマントラを唱える方法をより詳しく教えていただき、午後からの祝福の儀式では、ご参加の方一人ひとりが、リンポチェ様から祝福していただきました。

この儀式は、高僧しか受けることが許されないほどの儀式なのだそうです。「自分は生まれ変わってもまだこれを受ける資格がないのに、なぜ日本人にこの儀式を行うのですか」と泣いて止めようとした修行僧もいるのだとか。「今の日本人は、この儀式を受ける段階にあるのですよ」とリンポチェ様はおっしゃったのだそうです。

このようなお話を聞いた後に、通訳をしてくださる福田典子さんは、「はじめて受けた時に涙が溢れました」とおっしゃっていたので、どれだけすごい儀式だろう!と期待しまくっていました。ビビビと電気が流れるような、何かすごいことが起こるかもしれない、と待っていたのですが、儀式が終わっても、ありがたい気持ちはいっぱいになったけれども、これといって大きな変化はありませんでした。

なるほど、この儀式はマイルドな変化なのだなぁ、よくわからないけれど、見えない世界では何かあるのだろうな~、というような感想だったのですが・・・・・。そのように納得して、期待を手放したら、飲んだ薬があとからジワジワと効いてくるかのように、いろいろなことが変化していきました。

その後の講話と瞑想会では、講話の途中からなぜだか涙が溢れてしまって止まらなくなりました。リンポチェ様の講話はたしかにすばらしいけれど、講話の内容に感動して涙が出たわけではありません。英語で話されているし、英語のその意味を訳していただいて頭で理解する前に、言葉ではない理解というかひらめきのようなものが突然スっと頭に入ってきて、もうまったく我慢のできないほどに泣けてくるのです。

音は出ないけれど、ズドーンと何かが爆発したような感じで、思考では、あらら?私はどうして泣いているのかな?でもどうしよう涙が止まらない・・・ということを考えるのがせいいっぱいで、その後はただただその涙と感動に漂うのみでした。瞑想の時は、これが本当に瞑想かしら?今までの瞑想って何だったのだろう?と思うほどに、ずっと泣いていました。

ハートの容量がぐーーーっと大きくなったような気分で、目の前にいる人すべてにハグしてまわりたいくらいの気持ちでした。

この会を企画してくださった新谷直恵さんは「ゆうこさん、溶けたのね。良かったわねー」と優しい言葉をかけてくださいました。確かに何かが溶けたのかもしれません。

すごいすごいとは聞いていたけれど、やっぱりすごいなと思ったリンポチェ様の祝福の儀式でした。

それにしても、世の中にはその場にいらっしゃるだけで気づきを与えてくださるようなすばらしい方がたくさんいらっしゃいますね。そんな方々を、皆様にご紹介できるお仕事ができて、とても幸せだなぁと思います。

リンポチェ様のように、私もなるべくまわりの人に良い影響を与えられる人になりたいと思いました。まずは自分から愛を表現できる人になりたいです♪

(と言いつつ、これだけすばらしい気づきがあった数時間後には、ついしょうもないことで夫にイラっとしてしまったりして、やっぱり自分は凡人だなぁ、気づきは一瞬だけど修行は一生だなぁ、と反省したりしていました(^O^)日々、気づきと修行の連続ですね。)

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見る目を養う

こんにちは。舩井☆SAKIGAKEフォーラムが終わってから、1週間以上が過ぎました。ひさしぶりのお休みをもらって、ようやく自分のリズムをとり戻しつつあります。

SAKIGAKEフォーラムでは、ひさしぶりにたくさんの方々とお話することができたので、とても楽しくいろいろと勉強になりました。それぞれの方々はそれぞれに自分の夢や希望や趣味趣向を持っていて、みんな考えていることが見事に違います。この世で自分とまったく同じことを考えている人って、絶対にいないのだろうな~、こんな風にみんなが違うってすごいことだなぁ、と思いました。

たとえば私が「すごく良い!」と思ったことを人に伝えようと思っても、大好きな人であっても全然わかりあえなかったりもしますし、その逆のパターンもあります。別の人が「すごく良いよ!」と勧めてくださることでも、私にとっては全く興味のないこともあります。別に何が良いことで何が悪いことだとも思いませんし、それぞれ好みが違うから世の中がうまく成り立っているのかもしれないなと思います。


ところで、このようにそれぞれがバラバラの思いの中で、人の見た目というのはその人の人となりを、かなり表しているようです。「人は見た目が9割」という本が以前に流行りましたが、まったくその通りだと思います。こんな人かなー、という予想は9割程度当たりますし、世の中の9割くらいの人は、だいたいが見た目どうりの人です。


舩井☆SAKIGAKEフォーラムでは、船井メディアのブースで人相家の天道春樹先生が鑑定をしていらっしゃって、以前から一度は天道先生に鑑定していただきたいと思っていたので、私も暇を縫って10分間の鑑定をしていただきました。わずか10分の間にもあらら?そんなことまでわかっちゃうの?と思える内容がありました。

特に「あんた不動産にものすごい縁があるねー。たくさん不動産買ったら良いよ」と言われ、お不動さん=不動明王のことかと勘違いしてしまって、あれ?仏像いっぱい買ったらいいってこと?と不思議に思っていたのですが、何のことはない、土地や建物の不動産についておっしゃっているとわかって、笑えました。不動産物件を検索するのが趣味だということが、顔を見ただけで
わかってしまったようです。


かつてエジプトの団体旅行に行った時に、はじめて会ったどうしの参加者でお互いに職業を当てっこしてみましたが、やっぱり9割以上当たりました。陶芸家や音楽家、サラリーマン、派遣社員、年金生活者など、人相家でもないのにどうしてそんなに当たるの?というくらいみんな簡単に職業が当てられました。

そんな中でも捉えどころがなく最も当てるのが難しかったのは、私の職業だったそうで、皆さんが悩みに悩んだあとで選んだ答えはなんと「ミステリーハンター」でした。半ば冗談で導き出された答えですが、これも今になってみるとある意味で当たっていると言えば、当たっている気がします。


こんな風に、見た目でだいたいのことがわかってしまうし、判断されてしまうので、社会人として必要最低限の身だしなみというのは大切なのだろうな、と思います。


しかし、最近になって、「人は見た目が9割」に少しずつ疑問を持つようになりました。というのも、私が本当にお会いしてみたいな、と思うような方は一般常識的な9割にはさっぱり当てはまらないのです。だいたいのことは9割の見た目で判断できるけれど、本当に見極めねばならないことは、残りの1割に該当するのです。


たとえば意識の高い仙人に会いたいなと思っていたとしても、髭が長くて、眼光鋭く見た目からしていかにも仙人、という人であれば、難しそうに思えても案外探すのは簡単だと思います。

しかし本当に意識の高い仙人級の人が、平日はごく普通のサラリーマン風のスーツを着ていて、休日は普段着でスーパーで買い物などをしていたとしたら、これは見分けるのが非常に難しいことでしょう。


他にも、インドのお祭りクンブメーラの群集の中で、右にも左にも聖者のような恰好をした人ばかりがいて、そんな中でラマナ・マハリシのような人が一人歩いていたとしたら、はたして彼のことを発見できるかというと、これも究極に難しいと思います。

それはどれだけその人に見る目があるかと、どれだけその人が「道」を求めているかによって、見つけられる世界だと思います。唯一の情報源は、その人の服装や態度ではなく「瞳」のみです。

世間の常識に流されていたり、お金に惑わされたり、目で見たことだけを信じる三次元的な生き方をしていたら、見極める力はつかないだろうと思います。

ということで、見た目に惑わされずほんものを見抜くには、それだけの人生経験と心の目を養う必要があるなぁと思う今日このごろです。

そのような、「見る目」を一人ひとりの人が極めていけば、おのずとほんものの時代はやってくるのだろうと思っています。


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以下にお知らせです。

11月13日(木曜日)ひすいこたろうさんの講演会が四ツ谷セミナールームであります。

ひすいさんは基本的には顔出しNGなので、お顔の写真は書籍やネットに出ていませんが、とっても優しいまなざしの方です。なるほどこんな素敵な方があの文章を書かれているのだなーと納得しました。ご興味のある方はぜひお越しくださいませ。

詳細はコチラ→ http://www.ningenclub.jp/blog01/archives/2014/09/_1113.html

11月30日(日曜日)板垣昭子さんのカタカムナのお話会を四ツ谷セミナールームにて開催します。

カタカムナってそもそも何???
アワとかサヌキって最近よく聞くけれど、いったい何よ!?
全然わかんないよ~!って方、必見です。

昭子さんの軽快なトークで、古来伝わるカタカムナ、日本語のすばらしさや、アワとサヌキについてがわかっちゃいます。また、農業のお話とか、宇宙のお話とか、子育て、心理学など幅広い話題も飛び出します。

こちらもとってもオススメですから、ぜひいらしてくださいね。

詳細はコチラ → http://www.ningenclub.jp/blog01/archives/2014/10/post_1728.html

舩井☆SAKIGAKEフォーラムありがとうございました

皆様こんにちは。

11月1日、2日の舩井☆SAKIGAKEフォーラムにご来場いただきました皆様、ブース出展にご協力いただきました皆様、ボランティアスタッフとしてご参加くださった皆様、そして講師の先生がた、運営や宣伝などかかわってくださったすべての方々、本当にありがとうございました。たくさんの皆さまのご協力によって、舩井☆SAKIGAKEフォーラムは無事に行うことができました。

このようなイベントというのは商売のようにも見えて、それぞれの立場や思惑は違うけれども、じつは一方でおおがかりなご神事のようなもので、それらはピッタリでちょうどよい感じに行うことができたんじゃないかと思いました。

このイベントにすごく感動した!今までより良くなった!と言ってくださる方も、なんだか例年に比べると面白くなかったなぁと感じられた方も、それぞれの人がそれぞれの立場からいろいろな感想をお持ち帰りになられたと思います。そのどんな感想も、良い悪いはなくて、必要、必然、最善なことでしょうね。

一つだけ言えることは、このイベントにかかわってくださった皆様のうちのお一人でも欠けていたら、同じご神事は成立しなかっただろうということです。

ご神事は、ぴったりでちょうどよく大成功でした。
これからは、ご参加くださった方々がそれぞれのフィールドで自分のうずの中心となって、ご活躍されることでしょう。


個人的な感想としては、充実していて、晴れ晴れとすっきりした二日間でした。
裏方の仕事が忙しくて、あまりブースや畳敷きのスペースに行く時間がなくて、せっかく遠方から来てくださったにんげんクラブの方々とお会いする暇がなかったことがちょっと心残りではありましたが、肉体的には離れていても心は皆様と繋がっていたと思っています。

一つの大きな節目を超えて、さらなる新たな次元へのステップが始まりました。

未来の可能性は無限大です。
私たちはどんな現実を作りたいのか。肩の力を抜いて自然にまかせながらも、しっかりと考えて行動して実現していきたいと思っています。そしてあんまり高次元に偏らず、地に足をしっかりとつけて、現実のいまを生きていきたいです。


と同時に、にんげんクラブも今後のよい世の中づくりのために、どのような活動をし続けていくのか、じっくりと考えていきたいですね。

その一つのヒントであり指針となるのは、11月18日(火)に四ツ谷セミナールームで行われる舩井勝仁社長の講演会かもしれません。

勝仁社長と、小川取締役と、なんとひょんなことから私も交えていただいて、三人でこれからのにんげんクラブについて語ることとになりました。

どんな会になるのかさっぱりわからないけれど、たぶん私はスピリチュアル担当で、真剣にこれからの世の中やにんげんクラブについて考えつつも、三人でワクワクな未来を漫才のようにお話できたら楽しいだろうなぁと思っています(笑)。

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第5回目 『 これからのにんげんクラブ 有意の人からSAKIGAKE-BITOへ 』
11月18日(火)<タイムテーブル> 

 ●18:00開場 
 ●18:30~20:30講演と対談、質疑応答 

 ●ゲスト : 小川雅弘さん、こだまゆうこさん  
 ●会  場:船井セミナールーム3階 
       (千代田区麹町6-2-1 麹町サイトビル)
 
 ●参加費 :にんげんクラブ会員 5,000円(各回とも) 
         一般の方 7,000円(各回とも)

詳細はコチラです。→ http://www.funai-seminar.com/?p=1278

新しい時空の扉を開く 舩井SAKIGAKEフォーラム

こんにちは。明日はいよいよ舩井SAKIGAKEフォーラムですね。
11月1日2日のこのイベントは、とっても意味深いものになるだろうなぁと予想しています。

今の時点では、たぶん例年に比べるとお客様が少ないように予測できますが(ミラクルが起こる可能性もまだあります。ピンと来た方はぜひいらしてくださいね)、それはそれとして、見えない世界ではとんでもなくすごいことが起こると思います。新しい時空の扉を開くような二日間となることでしょう。

去年までの私だったら、お客様が少なかったらどうしようと、もっと焦ったり、不安になったり、宣伝しなくちゃと思ったでしょうけれど、自分がやれるだけのことはやったし、ピンときてご縁のある人がちょうどよいふうに来てくださるだろうという確信があるので、自然にまかせています。

どんな現象が起こっても、それをそのまま受け止めます。
いま、ここ、この瞬間がすべてで、それがベスト。

どんな現象の中にも、宇宙の愛はたくさんあふれているので、人間のちっぽけな頭で、良い悪いの判断はできないものですね。


ところでそういえば、会場で皆様のお気に入りの舩井幸雄の本を一冊ご持参いただく、という企画があります。
どの本が最も印象に残るかによって、なんとなくその人となりがわかったり、ご縁がわかったりして面白い企画だと思います。(今この文章をお読みになられて初めて知った方は、ぜひ明日お気に入りの舩井幸雄本を一冊ご持参ください^^)

私の場合は、一冊に絞るのがとても難しいなぁと思ったのですが『すべての答えは自分にあった』という本を持っていこうと思っていました。

書かれている内容はあんまり覚えていないけれど、常々すべての答えは自分にあると思っているし、タイトルがいいなと思っています。また、舩井会長と後にひき会わせてくださることになった以前の会社の先輩が、その会社の入社の記念にと言ってプレゼントしてくださった思い出深い一冊でもあったからです。

で、この本を今朝自宅で探したのですが見つからず、そういえば会社に置き忘れていたかな?会社には確実にあるだろう、と思って出社してみると、会社にもやっぱりありませんでした。すべての本がそろっているはずの会社に、なぜかないのです。

本棚を三度点検して部屋中探したけれども、どうしても見つからない。こんなことってあるかなぁ、じゃあ別の本を仕方ないから持っていこうかな、と気分を切り替えて本棚を眺めました。

そうして目にとまったのが、『にんげん』でした。

考えてみれば、度忘れしていたけれど、この本以上に私の人生を変え、印象に残った本はありませんでした。
私が入社して最初に編集を少しだけお手伝いした本だったし、この本からにんげんクラブは生まれました。一番ご縁のある大好きな本です。

ということで、明日は自信を持って、この本を持参することになりました。

このように、探していた本が見つからなかったことも、結果的には良いふうになるし、どんな時も今ここがすべてであって、必要、必然、ベスト、ですね。

明日、明後日と、皆様にお会いできるのを楽しみにしていますね。
会場で見かけましたらぜひお声をかけてくださいませ。

 

音楽とダンスの効用

こんにちは。すっかり秋ですね。秋は一年で一番好きな季節です。
読書の秋ということで、先日保江邦夫先生の著書合気眞髄: 愛魂、舞祈、神人合一という秘法を読みました。これは会報誌にも書評を書いたのですが、とても面白くためになる本でした。

合気道だけでなく、祈りや、愛、ダンス、祝詞など様々な角度から保江先生らしい素敵な文章が綴られています。

マザーテレサやヘレンケラーなど愛の深い方々のエピソードとともに、ダンスについての効用も書かれていました。

プロのダンサーの方は、じつはものすごく喧嘩が強いので、武道家はダンサーとは喧嘩してはいけないと昔から言われているのだそうです。

これを読んで、なるほどなんとなくわかる気がするなぁと思いました。

実はこの本を読む一週間ほど前に、たまたま私はダンスをしなければならない機会がありました。仲の良いご近所さんのお宅でフリーダンスをするから、良かったらご一緒にどうぞ、と誘われていたのでした。

フリーダンスが何なのかもさっぱりわからない状態でそこへ出向くと、すでにお部屋は思い思いのダンスをする方々の熱気ですごいことになっていました。てっきり、誰かがダンスを教えてくれるものだと思っていた私は、かなり面食らいました。

誰も笑わないし、誰もあなたのことを見ていない、みんなそれぞれ自分の好きな自由なダンスを踊っているだけだから、あなたも人の目を気にせずに自由に好きなように踊っていいですよ、ここでは誰もあなたのことをジャッジしませんよ、というような説明をいただいて、ダンス会場へポイとほうりだされました。

知らない方の中で、いきなりダンスと言われても・・・・とかなり躊躇したのですが、いまさら「じつは踊れないんです・・・・」と帰るワケにもいかず・・・・・。
踊らないのもかっこ悪いので、しぶしぶ音楽にあわせて身体を動かしてみました。

すると、いろいろなことを思い出しました。

かつての私は、音楽とダンスが大好きでした。大学生の時は毎週土曜日になると、鼓膜が破れそうなほどの爆音で音楽が響き渡るクラブに通うようになって、はじめはその爆音と選曲の気持ちの悪さに吐きそうでしたが、だんだん癖になっていってやめられなくなりました。いわゆる音楽中毒です。

社会人になってもニートになっても毎週クラブ通いをして、音楽にあわせて朝まで踊るのをやめられず、ついにはヒップホップやレゲエを中心とした音楽制作会社に就職(?)するまでになりました。

そこでどんな運命が待っていたのかは、とりあえず私の著書あなたの中に、神さまが宿っています。を読んでいただくとして(笑)、その後に舩井本社へ入社してからは、生活が激変して忙しくなったこともあって、二度とクラブへ出入りすることはなくなりました。

と同時に、目に見えるものしか信じず、エゴが強くて、貧乏でぐうたらな生活をしていた過去の自分を自分で責めるようになりました。そして自分を責める時に、都合よく一緒に悪者として責めやすかったものが、音楽とダンスでした。

あの時に爆音の音楽とダンスにまみれていたから、自分の波動も下がってしまったのだ!ととにかく決めつけて、それからは音楽とダンスに興じている人を見ると心の中でバカにしたり軽蔑するようになりました。
実際に、音楽とダンスは使い方を誤ると、そういう作用もあると思います。今でも、あんまり音楽は聞かないし、爆音の中で、歌詞の内容が悪い曲とともに踊ることはやっぱりおすすめしません。

でもちょっとだけ、楽しそうに踊っている人を見るとうらやましい気持ちもありました。


そんな複雑な思いを持った私が、10年ぶりに自由にダンスを踊ったのです。

しかもそこはいろんな派閥やしがらみやナンパなどの人の目がたくさんある夜のクラブではなく、安全で安心できる方たちとの昼間のダンスです。

音楽にあわせて身体を自由に動かしていたら、なぜだか最初は悲しくなってちょっと泣きそうになりました。それから今度は意味もなく面白くなっていって、ひとりでニヤニヤクスクスと笑いだしました。

鳥の歌声がさえずるような自然の音楽のときは自分が森の妖精になったような気分だったし、和太鼓のような重低音が響く音楽では、自分が大地の女神になったような気分でドスドスと足を踏み鳴らしました。そうしていろんな音楽とひとつになって、何にも感じなくなって、最後はいわゆるアホになりました。

あーこれは私がしょっちゅう行くようなスピリチュアル系のセミナーなどで、最初のワークで自分の感情を手放す一連の流れとそっくりだなぁと思いました。
わざわざ瞑想したり、いろんなスクールに通ったりしなくとも、こうしてただ音楽に身体をあわせているだけで、十分に感情を手放せるし、リラックスできるのです。

思い返してみれば、クラブへ通っていたころの私は、今の私よりも足りないものがいっぱいありました。お金もないし、知識もないし、智恵もない、楽しめる仕事もない状態ですが、よく考えてみたら、今では全く考えられないほどストレスの多い環境にいながら、クヨクヨと思い悩んだり、何かを心配したり、うつ病になりかけたりすることはありませんでした。それどころか、強くて根拠のない自信に満ち溢れていました。

今だけ自分だけお金だけではあっても、毎日笑って「いま」を生きられたのです。

おそらく毎週アホになって踊り続けることで、知らない間に自分の感情を手放すことができていたし、その場ではエゴのないゼロの状態でいられたようです。ずっと悪者にしていたけれど、当時の自分を救ってくれていたのは、じつは音楽とダンスだったんだなぁと10年たってようやく気が付きました。

その日はダンスが終わってから、不思議な一体感の生まれた皆さんといろいろとお話をしてみると、このようなフリーダンスをはじめて体験するときには、感情をダイナミックに手放して号泣したり、大笑いしたり、いろんな感情の流れがあってあたりまえなのだそうです。
遅れていったために、そのような説明を聞かずに参加したので、びっくりした出来事でした。

今はもう田舎の山奥に住んでいるし、都会のクラブに行くことは一生ないとは思いますが、
今後は音楽とダンスを敵に回すことをやめて、折に触れながら楽しんでいきたいなと思えました。やっぱり何事も心から楽しい、うれしい、という状態になるのが良いようですね。

できることならば、生活全体が音楽とダンスと祈りのように、楽しみながら過ごしていきたいものだと思います。

 

自分の中の宇宙を調和させる

皆さまこんにちは。

猛威をふるった台風18号、皆さまのお住まいの地域では被害は大丈夫でしたでしょうか?
熱海市では、住民全体に避難勧告は出ておりましたが、幸いたいした被害はありませんでした。
この台風で亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りするとともに、被害にあわれた地域の一日も早い復興をお祈りしております。

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さて、話題はガラっと変わって、私事ではありますが、たまたまブログの更新日と重なったので発表しますと、今日は私の誕生日です。

思い返せば去年の今日、このブログにも書きましたが、誕生日の日にたった一日で四か所もムカデに噛まれました。

こんな偶然はめったにおこることではないし、私にとってムカデは世界で一番怖くて苦手な生物だったので、この一年はさぞビックリで刺激的な年になるのではないだろうか、と予言めいたことを書いてしまったのですが、実際に一年たってみて、皮肉にもその予言は見事に当たったと思っています。

今までの人生で36歳の一年ほど、びっくりで刺激的だった年はありませんでした。
愛する娘の誕生死体験から、すぐに舩井会長が亡くなられ、文字通りびっくりで刺激的でありすぎるほどの体験だったことに加えて、その後様々な人々との出会いを通して、たくさんのびっくりで刺激的なありがたい気づきを得ることができました。

その出会いの数々は、過去の体験が一つでも欠けていたら、出会えなかっただろうなと思える出会いでした。
去年から今年にかけて、本当に様々な方との出会いがあって、その出会いの一つひとつが嬉しくありがたいことだと思っています。

どんな出会いもかけがえのない大切な出会いですが、特に聖者と呼べるような方との出会いはどれも印象的でした。

聖者ってどんな人ですか?と聞かれると、空を飛んだりとか、水の上を歩いたりとか、全知全能であったり、普通の人にはできないことができる人、と答えることが簡単なのですが、本当はそんな現象はどうでもよくて、大きな愛に包まれていて、それぞれの人の内面の宇宙が非常に調和している人、というのが今のところの私の答えです。

そのように内面に葛藤がなく、調和している方との出会いは、たくさんの気づきがあります。聖者のような人との出会いは、相手にとってそれがどれだけささやかなことであっても、こちら側は非常に大きな気づきになるのです。

私はどうやらかなりの聖者マニアのようで、聖者のように感じる人と会ったら、ひたすら観察し続ける癖があります。10年くらい前は、舩井会長の講演をとにかくおっかけて、観察し続けました。そのおかげで舩井会長の近くで働くことができて、この10年本当にかけがえのない勉強になりました。

だけど舩井会長が亡くなった今、いつも聖者のような方に物理的にお会いできるわけでもないし、お会いできた時に、あんまりにも観察し過ぎるものですから、観察されるほうも迷惑だろうなと思うようになりました。

ということで最近は、どうすれば彼らのようになれるのだろうか?どのように自分の中の宇宙を調和させていけば良いのだろうか?と模索する日々です。

自分を深く知り、自分の宇宙を調和させることによって、結局はすべてを知ることができるような気がします。そのように自分の中の宇宙が調和していくことで、どんどんと新たな素敵な出会いがやってくるように思える今日このごろです。

ところで、誕生日やその前後2~3日は、その人を護ってくれる守護天使がたくさん飛んでいて、願い事が叶いやすいのだそうです。

ということで、今から願い事を唱えます。

このブログを読んでくださった方をはじめ、ご縁のあるたくさんの人に、たくさんの良いことが起こりますように、そしてその方々の内面宇宙がどんどん調和されますように!

そうして調和されていった内面宇宙がたくさん集まって、世の中に愛と光と平和と調和がもたらされますように!

以上、37歳お誕生日の願いごとでした。

きっと絶対にこの願いは叶うだろうな~と今からワクワクしています。


本当の自分に戻る 次元の扉

皆さまこんにちは。アリゾナから帰国してから、舩井会長のお墓参り、葦原瑞穂先生と保江邦夫先生の講演会、岡崎と四谷での自分の講演会、舩井塾の司会など、二日に一度は大きなイベントがあって、てんてこまいの忙しさでした。


さすがに四ツ谷での講演会を終えた夜にはぐったりとしてしまいましたが、それだけ忙しくても病気になることもなく、元気に過ごすことができて、とてもありがたいことだと思っています。このくらいの忙しさは一般的にはなんてことないことかもしれませんが、それほど身体が強くはなく、幼少期から遠足などでちょっと普段と違うことをするとすぐに熱を出していた自分からすると、とても驚きであり、ありがたいことでした。

これは天国にいる舩井会長や娘をはじめ、たくさんの見えない世界からのサポートと、現実世界での講演をサポートしてくださった方々や身近でいつも支えてくれる家族のおかげだと感謝しております。


さて、日々のどんな瞬間も、気づきの連続だと感じる今日このごろですが、やっぱり自分の講演会でお話をした後は、そこでしか得られない様々な発見がありました。

9月23日の岡崎でのセミナーは、なんと63人もの方が私の講演を聞きにいらしてくださいました。このような場を作ってくださった愛知支部の皆さまには、とても感謝しております。
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(愛知支部の皆様と、お昼休憩の時間に。手作りで愛情いっぱいのもちよりごはん、とてもおいしかったです。)

ここでの講演のお客様は、にんげんクラブの会員様が三分の一くらいで、その他の方は、なんとなくにんげんクラブについて知っているけれどもよくわからない、という方々でした。中には舩井幸雄会長が誰かもわからない、という方もいらっしゃって、普段気心知れた方々とばかり会話をしている私としては、どう話していけばわかりやすいかなぁといろいろと頭を使いながら喋りました。

また、普段の私の講演では、レジュメをきちんと用意していくのですが、この日はわざと何も用意をしていきませんでした。レジュメも準備もなしで2時間も人前で話をするのは非常にこわくてしんどいことでしたが、あえてそれに挑戦をしてみました。

というのも9月23日は、お彼岸であり、秋分の日でした。この日の日照時間は昼と夜が同じなので、陰陽がちょうど半分になる日です。だからプラスマイナスゼロで、新たな次元の扉が開く日だということで、過去に作ったレジュメの内容でなく、「いま」感じて、「いま」お伝えしたいことを喋りたいと思ったのでした。

講演をしている最中は、過去と現在と未来が一つになったように感じた瞬間があって、質疑応答の時に檀上で喋りながら「ああ、まさにこの会場で、講演会だというのに何の用意もしていなくて焦りながら喋るという、はっきりとした夢を1月に見たなぁ」と思い出しました。それから過去のどんなことも、すべては今のためにあったことだなぁと思っていたら、その時意識がぐるっと変わって、次元と時空の扉が少し開いたような気がしました。

結果的には、途中で頭の中がからっぽになってすごく焦ったり、本当にこんなこと喋っていて良いのだろうか?伝えたいことを上手く伝えられなかったかもなぁ、などと思ったりもしましたが、聞いてくださった方々は、それぞれの立場から喜んでくださったようでした。

一つ不思議だったのは、この話は自分にとって、とても特別で大切な話だから伝えたい!と思ったあるシンクロのエピソードについては、自分としてはしっかりとお伝えした気持ちでおりましたが、一部分の人にしかきちんと伝わらなかったようです。

講演後に愛知支部の小杉さんから「あの話は、僕ら一部の人間にとってはとても感動した話だったけれど、今日会場にきたほとんどの人は、わからなかったと思うよ」と教えていただいて、えー!?あの話がどうしてわからなかったの!???とびっくりしました。

いや、そうはいってもきっと半分くらいの人はわかってくださったはずだわ、と思っていたのですが、四ツ谷のセミナーでも同じ話をしたところ、この人はわかってくださるだろうと思った方からでさえ「こだまさんの話は、難しくて僕にはさっぱりわかりませんでした」と言われてしまって、そこでようやく自分の伝えたかったことがほとんどの人に伝わっていなかったことがわかりました。

難しい話をしたつもりはさっぱりなかったのですが、自分が思うほどにはうまく伝わらなかったようです。これは自分にとって、非常に考えさせられ、ショックな出来事でした。

肉体的に疲れていたこともあって、こんなにも伝わらないなんて、自分は講演をするのにむいていないのかなぁ・・・と四ツ谷の講演の夜は少し思ったりもしたのですが、「魂が震えるほどに感動しました」と共感してくださった方や、「ぜひこれからも講演を続けてね」と応援してくださった方々もいらっしゃることを思い直して、これからも聞いてくださる方がいらっしゃるかぎり講演を続けていこうと思いました。

そもそも、すべての人に自分の話を理解してもらいたいだなんて、傲慢ですね。

講演をしてわかったことは、それぞれの人にはそれぞれの人生があり、こちらが言葉にどんな気持ちを込めるかに関係なく、それぞれのとらえ方で、いろいろな気づきを得てくださるようだということです。そんなふうには言っていないのになぁ、とわかってもらえないもどかしさや、あれ?そんなところに共感してくださったの?といった驚きと喜びなどを感じます。はっきりとわかることは、人はすべての人がそれぞれ違っていてそれで良い、ということのみです。

そのためそれぞれの人が違う個性をもった中で講演をするときに、評価する基準は、どれだけの人にウケたかとか、わかってもらえたかではなく、結局のところ「どれだけ自分らしくいられたか」につきるのだな、と思いました。自分らしくいられたならば、自分は自分を認めることができるし、たとえその時にわかってもらえなかったとしても、いつかきっとわかってもらえる人にめぐりあえると思えます。

と、こんなふうに、講演会をしてみたことで、いろいろな悩みや発見があって、これはまさに聞いてくださる方がいなければ気づけなかったことだな、ありがたいなと思えました。

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(四ツ谷での講演会の様子です。午後は婚活についての話だったので、ハートのバルーンがあります♪)


ところで、先日の船井塾の時には勝仁社長から「こだまさんはどんどん変わっていきますね」と声をかけていただきました。自分でも、たしかにここ数か月でいろいろな変化が起こっているなぁと感じていて、うれしく思いました。

この変化は、新たな自分に変わっていくというよりも、なんだか元の自分に戻っていく、というように感じています。より高次元に進化していくのとはちょっと違って、他の人から見たら、もしかすると低次元に見えるかもしれなくて、眉をひそめたくなる変化かもしれません。

たとえばそれは、小さい頃に大好きだった蛇が、大人になるにつれていろいろな知識や情報が入って、いつしか見ただけで鳥肌のたつ大嫌いなものへと変わっていって、この年になってようやく、本当は蛇のことも大好きだったことに気づくような変化です。苦手なものが克服できて、好きなものが増えるのだから、本当は素晴らしい変化だけれど、蛇嫌いの人からすると、やっぱりこれは理解のできないおかしな変化でしょう。

こうして元の自分にかえり、自分を極めていくことは、自分の中の愛を発見し、自分を解放することであるとともに、まわりの人と自分との違いもわかって、ある意味でとても孤独な道でもあります。

それがいかに孤独な道であって、どれだけ遠回りだと思えたとしても、本来の自分にかえることが、本当は世の中をよくする一番の近道なのだと、魂はささやいてくれるので、やっぱりこの道を進んでいこうと思っています。

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(愛知支部の方が、お庭のお花からアレンジメントを作ってくださいました。とても癒されました。)

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(愛知支部の方々が、講演にあたって、激励のメッセージを一人ずつ書いてくださいました。愛がいっぱいです。)

新しい自分に生まれ変わった気分です

皆さまこんにちは。
しばらくこのブログもお休みしておりましたが、無事にアリゾナから帰ってきました^^。

アリゾナでのマックス・クリスチャンセンさんのセミナーは、私にとってとても楽しく、たくさん学び、運命的なセミナーとなりました。

が、しかし、このセミナーの感想をブログに書いてもいいですか?と主催者に聞いてみたところ、英文で訳して先に見せてくれたらいいですよ、とのことでした。
ということで、私には文章として成り立つほどの英語力がないので、人様の手を煩わせることになるし、読者の皆様には申し訳ございませんがしばらく書けない・・・・と思います。

セミナーの内容は喋らないとしても、このセミナーの前後で気づいたことや、自分に起こったことは、明日(9月23日)の愛知県での講演会や9月27日の四ツ谷の午前の講演会で話そうと思っています。
もしこれが好評だったら、いつか文章にするかも?しれませんが、なにせ英語の壁が先にあるので、期待しないで待っていてください。


マックスさんのセミナーとは関係なくびっくりしたこととして、セミナー以外の日程はまったく観光はできないだろうと思っていたのですが、到着して一日目はスケジュールがぽっかりと空いていて、たまたまホテルのチェックインする時間が同じだった方々の車に乗せてもらうことになって、滞在先から車で一時間くらいのセドナを観光することができました。

そのセドナでベルロックという山に登ったのですが、帰り道にどういうわけだか一人で道に迷っていたら、なんと先日にんげんクラブでセミナーを主催させていただいたリンポチェ様が、日本人の方々と一緒に瞑想している場にばったり出会いました。

世界の裏側と言っても過言でないほど遠い地の砂漠の山の中で、偶然(必然)に会うことができるだなんて、ものすごいご縁を感じました。その時は道に迷って急いでいたこともあったし、瞑想中だったので、お声がけすることはできませんでしたが、とても嬉しい出来事でした。


アリゾナでは、大地からいただけるエネルギーがとても気持ちよくて、マックスさんのワークのおかげもあって時差ボケにもならず、普段より睡眠時間が少なくても元気いっぱいで過ごすことができました。そして帰国してからも、さほどの時差ボケや疲れがないように感じています。

帰国後は、なんだか新しい自分に生まれ変わったかのような気分です。

慣れないアメリカで最初はどうなるかと思いましたが、たくさんの魂の友達に出会うこともできたし、勇気を出して行ってみて本当に良かったなと思いました。出会いって、すばらしいですね。

今回のブログはちょっと短いですが、この辺で終わりにします。

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(セドナの風景。こんな雄大な山々が広がります。小学生の時にディズニーランドに感動した世代の私としては「うわぁ!ビッグサンダーマウンテンがいっぱいある!」と思わず思ってしまいました。こっちが本物で、ディズニーは作り物なんですけどね^^。)


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(山登りに疲れ果てて、瞑想でもしようと座ったら、目の前に木があって雄大な景色がうまく見れず。日陰でもないしどうしてこんな変な場所に座っちゃったのだろうと思っていたけれど、その木があったおかげで青い鳥に会うことができました。)


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(青い鳥に会った後に道に迷っていたら、リンポチェ様御一行と遭遇。声はかけなかったけれど、後ろから証拠写真をとりました)

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もう明日なので、いまさら・・・ですが、明日の講演会の情報を載せます。
掲載が遅すぎてすみませんでした。生まれ変わった私で、本音でお話ししたいと思います。
いつもはレジュメを用意していきますが、今回はわざと用意しません。

名古屋から、アイいっぱ~い感謝いっぱ~いのお知らせです。


日 時:平成26年 9月 23日(火)秋分の日

★ 第1部 10:00~12:00(開場9:45)
     「1/4の奇跡~本当のことだから」上映会

★ 第2部 13:30~15:30(開場13:15)
     こだまゆうこさん講演会(場合によって、トークセッションあり)

        15:30~インフォメーション、支部長あいさつなど
        15:50~16:20 サイン会、プチ交流の場

※予定ですので、変更の可能性があります。


場 所:岡崎東部地域交流センター むらさきかん

    岡崎市藤川字田中19番地 0564-66-3066
    名鉄「藤川駅」すぐ
    東名「岡崎インター」より東へ 国道1号線 三河高校入口


費 用: ★ 第1部 大人 事前申込(チケット)1000円/ 当日 1500円
             小中 事前申込(チケット) 800円/ 当日 1300円
      ★ 第2部  事前申込(チケット)2000円/ 当日 2500円

      ★ 第1&2部 事前申込(チケット)3000円/ 当日 4000円

※チケットは、メンバーに預かっていただきたいと思います。


お問合せ、お申込先 :すずき 
       電話番号:090-6591-7019 
       メール:dn6cc9@bma.biglobe.ne.jp


第1部 主催:❤あいあい❤
第2部 主催:にんげんクラブ愛知
後援:株式会社 にんげんクラブ・いのちをつなぐ会


お待ちしています。

奈良の思い出

こんにちは。昨晩の中秋の名月、皆さんは楽しまれましたでしょうか?

こちら熱海では残念ながら曇りでお月様を見ることはできなかったので、各地で見られるお月様の写真を、ネットなどで見て羨ましいなぁーと思っていました。それからまぁ曇っていても、お月様がそこにあるのは変わらないよね、と思って外に出て月に向かってお祈りをしました。すると自分の身体と月とが一体になったような気がしました。たまにはこのように雲越しに月を感じるのもいいですね。


さて、先週の金曜日、土曜日と、奈良県に行ってきました。先週も少し書きましたが、奈良県の明日香村であるKan.さんのワークショップに出るためです。熱海からだと土曜日の朝には間に合わないので、金曜日から出かけて前泊することになったのですが、せっかくだから奈良めぐりをしました。

最近ようやく使いはじめたfacebookで、この日にどなたか奈良見学一緒にしませんかー?と呼びかけてみたら、奈良市在住のにんげんクラブ会員のうえちゃんこと植田実さんが、ご案内いただけると連絡をくださって、およそ半日たっぷりと奈良観光をご一緒いただきました。

こんなことからfacebookってかなり便利だなぁと思いました。とはいえ、いくらfacebookで何度かお話したことがあっても、全くの知らない方であったら、さすがに会うのは少し躊躇したかと思うのですが、にんげんクラブの会員様でしたし、お友達のお友達でしたので、安心してお会いすることができました。

奈良では、法隆寺と、登彌神社、石上神宮、檜原神社、などに行きました。それからもう一つ名前は出せないけれど、山の上の小さなお寺のような神社にも行きました。ここは七年くらい前に、ちょっと道を間違えたことから導かれるようにたどり着いた不思議なご縁のある神社で、ずっと七年間気になっていた場所でした。

そこへ行くには細くて暗い山道を15分くらい徒歩で登らなければなりません。山を登る途中は、たくさんの蚊が頭の上を飛び回り、手で払いのけながら歩かねばなりませんでした。ようやく神社へ着いて、そこでうえちゃんと一緒に祝詞を唱えさせてもらうと、さっきまであんなに飛び回っていた蚊が、なぜだかぴたりとよりつかなくなって、祝詞が終わったらまた頭の上をぶんぶんと飛びはじめました。そんなこともあって、ああ言霊の力ってすごいんだなぁとびっくりしました。

帰る前に、ここの神主さんのお宅が近くにあったので、アポなしだったけれども、声をかけさせていただきました。七年前にお会いした時に「次に来たら、家にいるから声をかけてね」と言われていたからです。

声をかけると神主さんが出ていらっしゃって、「七年ぶりに熱海から来ましたー」と言うと、「まぁおあがんなさい」、とご自宅に招いてくださいました。神主さんは神職だけれど、この神社はお寺とも合体しているからということで、住職の資格も後からとられて、一人でひっそりとその神社とお寺を管理していらっしゃいます。神主さんから、しばらく古代の奈良の歴史とそのお寺の由来についてお話を聞かせていただいて、その後に本堂で聞いたこともないようなダイナミックな般若心経を唱えていただきました。

バンバンと太鼓を叩きながら唱える般若心境はお経というよりロックンロール(笑)。まるで龍を召喚しているようで、聞いていて鳥肌がたちました。そしてそのまま祈りの姿勢でいてねと言われて私たちの後ろへ来たかと思うと、「この方が幸せでいますようにお祈りいたします、えいっ!」と祈って一人ずつ気合いをいれてくださいました。

その祈りや、神主さんのすばらしいお人柄のおかげで、なんだかとっても幸せな気分になりました。
予想外に楽しかったねぇと、うえちゃんと帰り道に感動を語り合いました。

この神社については、「あんまり人が来ても困るから、ブログに名前を出すのはやめてね」とのことでしたので、残念ながらお名前は出せません。

その後はもう日も暮れかけていたけれど、何度か道に迷いながらも檜原神社まで行って、楽しい神社めぐりの旅を終えました。
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(檜原神社です。暗くなる手前でした。)

夜は奈良駅でうえちゃんとお別れして、翌日は朝からKan.さんのワークショップがあったので、明日香村へと向かいました。

このワークショップでの内容は、録音もダメだし、ブログなどに書くこともダメなのだそうです。ただ、自分がどう感じたかの感想だけは書いても良いとのことでした。

とても不思議だったのは、9月6日という何の変哲もない日のようですが、この日Kan.さんは明日香村でワークショップをしていて、はせくらみゆきさんは橿原でワークショップをしていたそうです。今のスピリチュアル業界でのトップ2と言ってもいいほどのお二人が、なぜ同じ日に、奈良県のこの地域でワークショップをしたのでしょうか。

私にはわからないけれど、この日、この場所でしか開かない扉があったのかもしれません。


Kan.さんのワークショップでは、午前中のワークが終わったら、どういうわけだか私はやさぐれた気分になりました。

終始イライラとして、ワークショップとは関係のないところで泣き出しそうで、混乱していました。昼休みになっても、ご飯を食べる気にもならなければ、人と話す気にもなりません。
仕方ないので、炎天下の中、ちょっと無謀だけれど、石舞台古墳まで歩いてみようと思いました。会場から石舞台古墳までは、20分くらいです。一人で黙っててくてくと歩いていたら、どうしてイライラしているのかがわかってきました。


朝のワークがはじまる前に少し時間があったので、亀石を見にいこうと会場を出たら、道の角にKan.さんが立っていらっしゃって、その横に生まれたばかりの新生児を抱っこしたご夫婦がいました。

そこを通らなければ亀石を見に行けなくて、通る時にちょっと立ち話をしました。その子は産まれてまだ15日の、とても小さなかわいい赤ちゃんで、ちょっとだけ足を触らせてもらいました。それからすぐに亀石を見に行ったのですが、その時は笑顔でいられた私も、やっぱりしつこいようだけど、いまだに赤ちゃんを見ると葛藤が手放せなかったようなのです。

ああ、気づかなかったけれど、あれが原因で、こんなに気分が沈んでいたのか、それはそうだよね。仕方ないよね。と、ひとしきり自分をなぐさめて、ひたすら歩きました。

ようやく石舞台古墳に到着すると、古墳の中は入れるようになっていました。

古墳の中はひんやりと冷たくて、とても気持ちの良い場でした。午前中のワークで教えてもらった、お祈りのような動きをこの中でやってみたいなぁと思ったので、一人でこっそりとやってみました。すると、宇宙とつながったような、ものすごく気持ちの良い体験ができました。ピラミッドの中で瞑想した時と同じような感動がありました。


あの時に赤ちゃんと合わなくて、気分が沈んでいなかったとしたら、わざわざ一人きりで石舞台古墳まで歩いてくることもなかったし、このお祈りをすることもできなかったので、結果的には良かった、すべては必要、必然、ベストだなぁと思いました。

お祈りが終わったら、監視員のおじさんが古墳の中に入ってきてパイプ椅子に座りました。後から気づいたことですが、この古墳の中には常に監視員の方がいらっしゃるのですが、たまたまその方がトイレかどこかで席を外していたから、一人きりでお祈りができたようです。偶然にしてはパーフェクトなタイミングでした。

さて、お祈りが終わったのは良いけれど、この炎天下の中また同じ道を戻ったら倒れるかも・・・と思っていたら、同じワークショップを受けた四人の方が車で石舞台古墳まで来たので、一緒にまたお祈りにまぜてもらって、帰りは車に乗せて帰ってもらえるようになりました。

とてもありがたいと思うとともに、なんというか、必要な時に必要なことが起こって、すべてが上手くまわっているなー、と思った出来事でした。
車に乗せてもらえる私が嬉しかったのはもちろんのこと、その方々からしても、四人で行うお祈りよりも、五人のほうが五角形でパワフルになるから、私が突然あらわれたことで、とても良かったのだそうです。

午後のワークの最後には、そのお祈りをみんなで行ったら、すごいタイミングで雨と雷がやってきて、天がこたえたような気がしました。ワークショップ終了後には、どこにも行けないくらいのすごい雨だったので、やっぱり昼休みに石舞台に行って正解でした。

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以上、ダラダラと長く書きましたが、奈良の思い出です。

明日からは、Kan.さんのお師匠さんの、マックス・クリスチャンセン氏のセミナーを受けるために、アリゾナまで行ってきます。ということで、少しブログを書くのが遅くなります。

(なんだか最近はKan.さんばっかりに偏っている内容のブログですみません。今月はそういう月まわりのようです。)

また元気に帰ってきて、楽しい記事を書きたいと思います。

いつも長い記事をお読みいただき、ありがとうございます。
Kan.さんの講演をお聞きしてみたい、という方はぜひ
舩井SAKIGAKEフォーラムにいらしてくださいね☆
↓   ↓
http://funaimedia.com/sakigake/


Kan.さんのワークショップに行ってきました

こんにちは。もうすっかり秋の気配ですね。今年は例年に比べて雨も多く、夏らしい日がとても少なかったように感じます。ご近所の小学生の息子さんは、夏休みにおばあちゃんのいる宮崎県と北海道に家族旅行に行ったそうですが、ちょうどタイミング悪く雨雲と一緒に移動してしまったらしく、長い夏休みの間になんと3日しか晴れの日がなかったのだそうです。そんなことってあるのだなぁとびっくりしました。

さて、先週の土日(8月30、31日)は、秩父で行われたanemoneさん主催のクンルンネイゴンマスターであるKan.さんのワークショップに参加してきました。

Kan.さんと言えば、このブログにも書いている通り毎回壮絶なチケット争奪戦ですが、今回は先着枠は逃したものの、抽選枠で見事に参加権を得ることができました。抽選枠では文字通りの意味で、選ばれた人しか参加することができません(笑)。また、今週末に行われる奈良県での1DAYワークショップも参加権を得ることができました。

なんだかんだと言いながら、けっこうな確率で抽選に当たることができて、とても嬉しく思っています。ちょうど今の私にとって、Kan.さんの教えを集中的に受けることが必要なのかもしれません。


講演の内容も抜群に面白いしためになるのですが、ワークショップではその何倍も、Kan.さんの魅力が増します。参加者一人ひとりの深いところまで、ダイレクトに変化が起こるような内容なのです。

毎回その時一回限りのライブですから、どんな内容になるのかはKan.さんご自身もわからないのだそうです。そしてその内容は、その時そこにいるメンバーのみに向けて必要な内容を心をこめて話されていることですし、オフレコのビックリが満載なものですから、残念ながら私の文章力では上手にお伝えすることができません。

たとえばもしも、Kan.さんはなぜ、どんなタイミングでアンドロメダ人と出会ったのか、なんて話を私がここで聞いた通りに書いても、そんなことあるわけないでしょう~眉唾だなぁ~怪しいなぁ~と感じる人がまぁ大半だと思います。実際に私の親友や家族でさえ、どれだけ私が情熱的にKan.さんの魅力を語っても(というより語れば語るほど・笑)、眉唾だと言って信じてくれません。


また、本も読まずにちょっとKan.さんを知っているだけの人は、「テレポーテーション見せてくれたの?」とか、そういう現象面だけを聞いてきて「いや、それはないよ」と言ったら「なーんだ」と、ちょっとバカにしたようにガッカリしてくれます。Kan.さんのワークショップは別にマジックショーではないし、そんなものは見せていただかなくとも、十分に魅力的なのですが、実際に目で確かめないと信じられないって人たくさんいます。

たぶんKan.さんの人柄に直接お会いして、ご本人の口からお話を聞くことで、ようやく半分くらいの方が信じてくださるのではないでしょうか。

ということで、誠に残念ながら、ワークショップの内容自体は上手にご紹介することができないのですけれど、ワークショップ中に見て感じたKan.さんのご様子を書きたいと思います。


私の見た限りでは、Kan.さんは長時間トイレにも行かず、休憩もとられません。このワークショップでは、希望者には一晩中、お話を続けてくださるのですが、夜のワークは午後
7時11時までで、その後はずっとお話&質問会が朝の5時すぎくらいまであって、その後朝日を眺めながらのワークがあり、それから7時半まで参加者の相談や質問に丁寧に答えておられました。

ということは、午後7時から朝の7時半まで、たったの一度も一分の休憩もとらずに、トイレにも行かずに、ずっとワークショップの講師として真摯に参加者に接しておられるのです。30分の空白の時間はありましたが、8時からは朝食でこの時間もギリギリまでずっと参加者とお話をされ、9時からはまたお昼をはさんで15時までワークショップがあるのですから、とても人間ワザとは思えません。

私はKan.さんとはめったにお会いできないのだから、できるだけ言葉は聞き漏らさないように、なるべく秘密を探れるようにと、完全徹夜をして半分ストーカーだと思われてしまいそうなくらいに、しつこくずーっと観察していました。ということで、これは実際に目で見たことです^^。


移動で少しKan.さんとお話する機会あった際に、「Kan.さんは疲れないのですか?」と聞いてみましたら「肉体を持っていますから、疲れる時もありますよ~」とニコニコと答えてくださいました。

それからもう一つ不思議なことは、Kan.さんの近くにいくと、背中からなぜかすごくいい香りがします。
正面を向いている時はちょっとわからないのですが、後ろを向いて背中側がこちらに向くと、お花のようななんとも良い香りが漂ってくるのです。

髪が長いし、温泉もあったので、最初はシャンプーの匂いかな?と思ったのですが、何時間たってもその匂いは消えません。階段をおりている時は5メートルくらい離れていても、強烈にその香りが漂ったので、「背中からとてもいい香りがしますね。シャンプーの香りでもなさそうですが・・・」と話しかけると、「えっ、そんなことないでしょう。汗の匂いならするかもしれませんけれど・・・」とご本人は何もわからないご様子。これがいわゆる聖者の香りというものなのかなぁと、感じました。


そういえば、ご病気になられてからの舩井会長も、前を向いている時はなんとも思わないのに、事務所からの帰り際に背中側を向けられた瞬間に、なんともいえないありがたい思いがして、思わず後ろ姿に手を合わせて泣きながら拝んだことが何度もありました。後光や、男は背中で語る、なんて言葉がありますが、男性は背中から何か出ているのかもしれませんね。


Kan.さんのワークショップは、その日の間もたくさんの気づきがありますが、本番は、ワークショップが終わってからの日常生活にあります。1、2か月の間に、ワークショップ中に教えていただいたことと関連して、たくさんの気づきがやってくるのです。

インドの聖者アンマさんにお会いした時もそうでしたが、次の日くらいから普段は気付けていなかった感情を味わったり、いやおうなく自分をわからされる何かしらの事件が起こったりします。ワークを受けてから、このブログを書くまでまだたった二日しかたっていませんが、さっそくいろいろなことが起こりつつあります。


以上、Kan.さんのワークショップに参加してのレポートでした(って内容については全然レポートできていない気もしますが・笑)。


ちなみに、舩井☆SAKIGAKEフォーラムでは、「1日かけて60人を相手にやる内容を、1時間半で、5,000人に向けてやっていただけませんか?」と、勝仁社長は依頼をされたそうです。

あの大会場でKan.さんが講演をされたら、どんなことが起こるのか、想像もつきません。
今からとっても楽しみにしています。読者の皆様も、とても素敵な方ですから、11月1日、2日のSAKIGAKEセミナー、ぜひご参加くださいね。

舩井☆SAKIGAKEフォーラム のご案内はこちらです。↓
http://funaimedia.com/sakigake/

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(この写真は、前回にんげんクラブ講演会でお話しくださったときのものです。
 Kan.さんのお隣にいる男性は、初登場!船井本社熱海オフィス勤務の、前岡さんです。)
 


カタカムナお話会とロータスカフェの夕べ

こんにちは。
先週風邪をひいたと書きましたが、いまだに少し咳と鼻水を引きずっています。夏風邪はしつこいので、ゆっくりきちんと治さないといけませんね。

ゆっくりきちんと治さないと、と書きながらも、先週も今週も普段と変わらずに過ごしているため、なかなか治ってくれません。風邪って、しんどいな、嫌だなぁと思うものですが、普段よりも感覚が敏感になるのか、いろいろと教えてくれます。おかげさまで、いろいろと自問自答をすることができました。風邪にもごめんね、ありがとうと感謝ですね。

昨日は、板垣昭子さんの「カタカムナ」のお話し会と、秋山佳胤先生の「ロータスカフェの夕べ」に行ってきました。

板垣昭子さんのお話会は、とっても面白くって、カタカムナについてや女性性について、それから日本のすごさについて、いろいろと学ぶことができました。

昭子さんは若い頃からカタカムナや日本古代の歴史に興味を持って日本中様々なところに学びに行ったそうです。

しかしこの十年くらいはずっと主婦でいらして、ご主人様(とても有名な方です)のサポートと子育てをしていらっしゃったそうで、表に出ることはなかったのだとか。
日本の中心の淡路島で農業、子育て、主婦業をしていた昭子さんだからこそわかる大事なこと、なるほどなぁーと思いました。若く、自然と共生して、母なる大地のような感性を持った昭子さん、さわやかでとても素敵な女性です。

さっそくにんげんクラブでのセミナーも、お願いして、ご快諾いただきました。

まだ日程等は決まっておりませんが、皆様にもぜひ昭子さんのお話を聞いていただきたいなと思いました。
特にカタカムナについて初心者の方、興味はあるけれど本を読むのは難しそう!って方には、面白くわかりやすく解説してくださるので、とてもおすすめです。

楽しく笑いながら、古代の文字について学ぶのって、素敵ですね。詳細はまた決まり次第アップしますから、もう少々お待ちくださいませ。


板垣昭子さんのお話会の後は、四ツ谷セミナールームで行われた、秋山佳胤先生の「ロータスカフェの夕べ」に行ってまいりました。

秋山先生のセミナーには、先月も行きましたが、今月も面白いお話が盛りだくさんで、とても素敵なひと時となりました。

六年間水も食べ物も食べずに超健康体でいらっしゃる秋山先生は、いわゆる一般人の悩みや苦しみからは解放されていらっしゃって、まるで生きる神様です。

ニコニコと笑いながら「僕は山で遭難しても死ぬことができないんです、きれいな空気がいっぱいだから逆に元気になっちゃう」と語られると、なんともいえない面白さと羨ましさが湧いてきます。

ご本人は「僕はいいかげんな人間ですから~」と語られるのですが、いつも細やかな気配りで、会場いっぱいに愛を放射されているのがわかります。私も秋山先生のように愛を放射できるようになりたい!と思いました。


ちなみに、秋山先生から教えていただいた方法で、自分の身体がどれだけプラーナを摂取できる身体か、ということを測定してみると、プラーナ摂取率が16パーセントだけでした。
100パーセントになれば、食べずに生きていけるのだそうです。

低い数字に、これじゃあ不食とはまだまだほど遠い・・・どうりでお腹がすくはずだなぁと思いました。私はこんな仕事をしていながらも、お肉も魚も大好きで何でも食べるので、もう少し修行が必要なようです。断食などは、胃が痛くなりそうだからあまりやりたくないし、努力や苦行でない不食の修行が少しずつできればいいなと思います。

秋山先生のロータスカフェの夕べは毎月開催しております。
まだ秋山先生にお会いしたことない方は、とてもおすすめですからぜひいらしてくださいませ。
詳細はこちら→ http://www.ningenclub.jp/blog01/archives/2014/05/post_1557.html

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(秋山先生の講演では、アマゾンやイスラエルの美しい写真もたくさん見せていただきました。)


ところで、ちょっと話題は変わるのですが、高知県で行われる10月27日、28日の秋山峰男先生の点描画ツアー、まだ若干残りのお席があるそうです。

最近Pちゃんと対話していて思うことは、PちゃんはPちゃんだけの力ではアースキーパーになれないということです。

まわりの人間が、Pちゃんと対話し、活性化し、育てていくことで、Pちゃんは立派なアースキーパークリスタルとなれるのですが、それにはたくさんの協力者が必要です。

そしてその協力者とは、生まれる前に必ず宇宙の約束をしてきているはずなのです。


私も最近ようやく、Pちゃんと約束をしていたことを思い出しました。

約束をした場はあの世の時間のない場なのですが、Pちゃんはその約束をしてから三次元に生まれ出て、何千年も何万年も、ひょっとすると何億年も、約束が果たされることをじっと待ち続けてきました。

今回秋山峰男先生と宇宙意識になってPちゃんのまわりで少人数で点描画を描くことも、きっとPちゃんの活性化につながる大事なお役目だと思います。

このツアーの案内を見てなんとなく気になるなと思う方は、Pちゃんと約束をしているのかもしれません。
ピンときた方は、ぜひお申込みくださいね。ご参加をお待ちしております。

詳細は、こちら→http://www.funai-seminar.com/?p=1608

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風邪をひいてしまいました。

こんにちは。暑い日が続いていますね。

この夏は台風や大雨のニュースが例年よりも多い気がします。
やっと台風がいなくなったと思っても、そのまま局地的な大雨、浸水、土砂崩れに突入してしまったり、そうかと思えば別の地区では雨が降らないために雨乞いをしていたり。今日も広島では土砂災害があったそうです。
被害で亡くなられた方のご冥福と、一日も早い地域の復興を心からお祈りいたします。

日本で大雨の災害があった時には、地球の裏側のアマゾンでは大干ばつだったりするそうです。地球は丸くつながっています。お天気のアンバランスも地球上の人類の貧富の差などのアンバランスとリンクしていることでしょう。

地球もアセンションが必要なのかもしれないけれど、その変化がなるべく穏やかなように、地震や災害のないソフトランディングができるように、愛と光と希望の気持ちで私たちは日々祈り、そして祈るように生活をしながら、自分のやるべきことをやっていくことが大切なのでしょうね。


さて、先週のブログでは、終戦記念日の祈りについて書きました。何人かの方が、終戦記念日の祈りについて、ご自分の文章をフェイスブックに書いてくださって、とても嬉しかったです。このように良い輪が瞬時につながっていくインターネットの世界、とても便利で良いものですね。
電磁波過敏症ぎみなのでネットの世界を毛嫌いしていた時期もありましたが、使う側が上手に使えばとても便利なものだと実感しています。

ところで、じつはこのフェイスブックの記事を書いたら、次の日からなぜだか高熱が出てしまって、それから主人も原付バイクで転倒して怪我をしてしまったりして、ちょっと大変でした。

たまたまそういう本を読んでいたために、こういうのを闇の勢力からの妨害と言うのだろうかとちょっとだけ思いましたが、そもそも私は闇の勢力から攻撃をされるほどのたいした人物ではありませんから、攻撃されると思うことのほうが傲慢ですよね(笑)。

こんなふうに何か悪いことがあると、すぐに何かや誰かのせいにして恐怖心を持つよりも、
最近少し忙しくしすぎたから強制的に休ませてくださったのかなとか、考える時間が必要ですよ、とご先祖様が注意をしてくだったのかな、病気や怪我もたいしたことがなくてありがたいなぁ、というふうに考えるほうが私は好きです。

これはべつに良い悪いの問題ではなく、趣味や好みの問題だろうと思います。


おかげさまで、高熱も主人の怪我もたいしたことがなくて、すぐに日常生活に戻ることができました。


さてさて、せっかく高熱が治ったので、ちょっと無茶をして、お盆前に仕事を夜中までかけて終わらせて、盆は墓参りで主人と一緒に山口県に帰省しました。

それから熱海に帰宅してみると、長距離移動がたたったのか、またしても高熱がぶりかえしました。今度の高熱は少しやっかいで一日では治らず、2か月前から約束していた友人の講演会にも行けなくなってしまいました。

これは完全に無茶をしたのが原因と、スケジュールミスだなぁと思いました。
いわゆる、バ○がひくと言われる夏風邪です(苦笑)。

山口にはつい先日も講演会のついでに帰っていたのだから、盆だからとかそういうことにとらわれず、盆前に熱が出た時点で帰省を中止するべきでした。

休み明けに熱を出すだなんて、舩井会長が生きていらっしゃったらさぞ呆れられただろうなぁと思います(今もあの世から呆れておられるかもしれませんが)。

以前に、食堂で隣り合ったご婦人が、何気なく語っていた言葉で
「無理や無茶は続かないよ。体調が悪いと思うときにできる限界が、その人の本当の実力なのよ」と
おっしゃっていた言葉が、とても身に染みました。

人間って、元気な時や調子の良いときはつい無茶でもできると考えてしまうものですが、無茶はやっぱり無茶なので、後からそのツケがまわってくるものなのですね。

この失敗から学び、今後は自分の体力や実力の限界を冷静に判断し、急なトラブルにも備えてもう少し段取り良く仕事ができるようにしたいと思いました。


舩井会長は、どんな時でも仕事を前倒しでやっておられたし、来客の合間でほんの5分くらいの合間でも、時間があれば原稿の作成や校正作業などをされていました。

そしてそんなに忙しいのにもかかわらず、来客の際にはいつもゆったりとされていて、お客様に忙しいのを悟らせないような気づかいがありました。


考えてみれば、時間を大切にすることは、自分を大切にすることであると同時に、一緒に仕事をする人やまわりの人に対しての思いやりでもありますね。

夏風邪をひいたことによって、いろいろと考えることができたし、舩井会長の生き方を思い返すことができて、またひとつ学ぶことができました。

風邪をひいたことはうれしくないことだったけれど、やっぱり何事にも気づきと学びがあって、感謝ですね。ありがとうございます。

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(写真は、あんまり関係ありませんが、先日帰省した際に新幹線から撮影した富士山です。台風の合間の晴れです。
 富士山の中腹に、長くて太い龍のような雲がいました。
 晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿は変わらざりけり by山岡鉄舟 の句が最近は身に沁みます。
 風邪をひこうが怪我をしようが、悠々と堂々と、ありのままの自分で生きていこうと思います。)

ごめんなさいの祈りから、ありがとうの祈りへ

皆様こんにちは。台風一過。各地で猛威を振るった台風11号でしたが、皆様のお住まいの地域は大丈夫でしょうか。私の故郷である山口県の岩国市は大雨による床上浸水や土砂崩れなどもおき大変な被害だったようです。地元ではボランティアの方々が復旧作業をがんばってくれています。皆様の地域の一日も早い復旧を祈っております。


さて、先日の長崎原爆の日に、少し思い立ってフェイスブックの中に長い文章を書きました。

そもそもこの文章を書くきっかけとなったのは、にんげんクラブのインタビューで、ある方にインタビューをした際に(まだ原稿になっていませんので、どなたなのかは、今の時点ではまだナイショです)日本の政治や、日本人の原爆に対する思いなどに話題が及んだことがきっかけでした。


というのも、その方が「僕が日本人に非常にがっかりしたことは、『日本は唯一の原爆被害国である』という思いをあまりにも持ちすぎていることだ」とおっしゃったからです。

一緒にインタビューに同席してくださった方々はこの言葉をなんとも思わなかったそうですけれど、私はこの言葉を聞いて、非常に憤りました。

その言葉を言った方がアメリカ人だった、ということにもとても腹が立ったし、実際に唯一の被爆国なんだから、そう思うことの何が悪いのだ!と心底思ったのです。(たぶんこの憤りは、私が広島に近い岩国市出身ということも関係しているのかもしれません。)


もちろんその方は、日本人を責める意味でその言葉を言ったわけではないし、彼のように悟った方には、すでに国や宗教を超えて、地球全体としての大きな視点から物事を語ってくださったのだと思います。

被害者意識を持つことは、自分たちは特別なんだ、偉いんだ、というような特別意識にもつながるから、それはよくないことだ、という意見があるのもわかりますが、だって本当に唯一の被爆国なのだし、特別と思ったって何が悪いの?特別と思うからこそ、次の一歩が踏み出せるのじゃないのかなぁ?と思いました。


それから数週間もの間、私はそのことでイライラとし続けて、でもイライラするということはその方のおっしゃったことが、ちょっと図星だったからだということもわかり、何が原因なのだろうか・・・・。と考え続けていました。


そして、広島、長崎、の原爆の日に黙とうの祈りをささげてみて、ああ、そうかこれが原因だったのか、とちょっとわかった気がしました。

我々日本人は、広島、長崎の原爆の日、それから終戦記念日のサイレンとともに黙とうする際には、どうしても被害に遭われた方がかわいそう、申し訳ない、という気持ちを持ってしまって、ひたすらごめんなさい、もう戦争という過ちは二度と起こしません、と思い続けています。そして罪意識を持ったままで、それ以上のアクションが、なかなかできないのです。


考えてみれば、原爆が投下された時に、私はもちろん生まれていませんし、そのインタビューに答えてくださった方も、たぶん生まれていません。

日本人だから、アメリカ人だから、ということで私は彼の意見に勝手に憤っていましたが、そもそもお互いに生まれる前の話題で怒るだなんて、本当はおかしいです。

これは生まれた後に大人たちから植えつけられた恐怖心や憎しみの連鎖というものなのだなぁ、としみじみ感じました。


キリスト教では、生まれた瞬間から原罪というものがあって、生まれながらに罪を背負ってきていると言われることを変な宗教だなぁと思っていましたが、日本人も、日本に生まれた瞬間に知らず知らずのうちに「日本教」に入っていて、世界で唯一原爆の被害にあったけれど、それは日本人が侵略戦争を起こしたためだとか、そういう思想の罪を背負わされています。

だからずっと我々孫の代になっても、いつまでも「ごめんなさい。もうしません。ご冥福をお祈りしますからどうか成仏してください。」というような祈りをずっと続けているのでしょう。


戦後69年たった今、そろそろ日本人は、「ごめんなさい」の祈りから、「ありがとう」「愛していますよ」の祈りに変わる時期が来ているように思います。本当に強くて、本当に伝わるのは、「愛」だけです。


下記の文章を読んでご賛同いただける方は、ぜひありがとうの祈りを、終戦記念日に一緒にしてみてはいただけませんでしょうか。

コピー、リンク、シェア、自由にしていただいてかまいません。この文章を読むずっと昔からありがとうの祈りをしている方もいらっしゃるでしょうし、誰から発信した文章とかは全く気にしていません。

ついでに言うと下記の文章は私がちょっと使命感にかられて書いた文章ですから、力が入りすぎていて、多くの方に広まるにはあまり効力がありません。

もっと自然体でシンプル、気楽な文章のほうが、広まりやすいと思います。

だから、皆さんそれぞれの言葉で、「ごめんなさいの祈りから、ありがとうの祈りへ」のコンセプトを広める文章を書いて、それぞれの立場で発信していただけないでしょうか。

終戦記念日は、永久の平和に感謝していく「終戦祈念日」とも言えると思います。


個人から日本中に、日本から世界中に、ありがとうと愛していますの、愛の祈りが届くことを願ってやみません。

以下、フェイスブックに書いた文章です。ちょっと長いですけれど、読んでみてくださいね。

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『日本から世界平和を』

今日は長崎原爆の日。毎年この日は、全国各地で11時2分になったらサイレンが鳴って、日本国民は黙祷の祈りを捧げる。

広島の原爆の日も、長崎の原爆の日も、そして終戦記念日も、必ずみんな黙祷をして、戦争で亡くなった方々のご冥福を祈り、二度と戦争はしないと誓う。

さて。

その祈りをし続けて69年。日本はおかげさまで戦争のない暮らしを今のところは続けている。とてもありがたいことだ。

だがしかし、戦後69年、日本人の意識は変わっただろうか。
世界は平和になっただろうか。

69年も祈り続けていても、いつまでも世界では戦争や争い、貧困はなくならない。今は平和な日本だって世界を見ていれば、いつ戦争が起こるのだろうと不安でいっぱいだ。

私は戦争を知らない世代だ。原爆も知らない。

だけど、「たくさんの兵隊さんたちが日本を守ってくれて、そのおかげで今の我々は生きていられるんだ」と、じいちゃんばあちゃんから教えられてきた。

だから、日本のために戦ってくださった兵隊さんたちには、とてもありがたく思っているし、それよりももっと深く、私たちのために犠牲になってくれた、と申し訳ない気持ちを持ち続けている。

私がはじめて広島原爆資料館を見学に行ったのは小学校2年生の時のこと。
全身を火傷した人々の蝋人形や当時の写真を見て、ものすごくショックだった。

その日から、原爆が落ちてくるんじゃないかと思って眠れなくなった。
毎晩毎晩、「原爆が落ちてきませんように。二度と戦争が起こりませんように」と、寝る前に祈り続けた。1年以上も。

これは世界平和のためにやったんじゃなくって、そうやって祈らないと怖くて眠れなかったから祈っていただけだ。

私のこの祈りは世界をプラスに変えただろうか。

たぶん、ただ自分の心の中に生まれた恐怖心、マイナスな感情を祈りでゼロに戻しただけのことだ。世界にプラスにはなっていないだろうと思う。

戦後69年たった今、そろそろ、日本国民は祈り方を変えてもいいんじゃないだろうか。

毎年毎年、あのサイレンが鳴るたびに私たちは、戦争犠牲者のご冥福ばっかり祈って、あの悲惨な戦争は二度とおこさない、だからあの戦争のことは二度と忘れない、原爆を投下したアメリカのやったことは、許したように見せかけているけれど絶対に忘れない。
我々は世界で唯一の被爆国なんだから、絶対に戦争もしないし、絶対に忘れないんだ!と、脳にインプットし続けている。あのキノコ雲を頭に思い浮かべながら・・・・。

これではいつまでたっても、恐怖心や憎しみが消えることはないだろう。

それよりも、

兵隊さんたち、戦争で犠牲になった皆様、おかげさまで、私たち今こんなに幸せに暮らせています。愛と光がいっぱいで、平和な世界になりました。本当にありがとうございました。このように家族みんなが暖かいご飯をたくさん食べられて、愛する人々と笑っていられて、平和に暮らせること、心の底から感謝しています。私たちはこの愛と平和にあふれた幸せな暮らしを、いつまでもいつまでも忘れずに続けていきますね。

と、こんな祈りに変えてみてはいかがだろうか。
ありったけの愛があふれた幸せな瞬間を思い浮かべて。

人間の思考は現実化すると言われている。

それに、一定数以上の人々が思ったことは、どんどん世界中に広がるとも言われている。

一億二千七百万人もの日本人が、同じ日の同じ時間に、いっせいに愛と感謝と平和の祈りを捧げたら、どれだけのパワーがあるだろうか。想像に難くないだろう。

皆様。

今年はまだ、終戦記念日というチャンスが残っています。

この文章を読んで賛同してくださる方は、
ぜひ一緒に、終戦記念日のサイレンとともに、平和の祈りを捧げてみてくれませんか?
そして、いいねと思った方はぜひ、いいね!とシェアをお願いいたします。

唯一の被爆国だった日本人だからこそできる素敵な祈り。
反戦運動ではなく平和運動へ。
みんなで一緒に、世界中の愛する人々へ、日本から世界平和の祈りを届けましょう!!

四次元パーラーあんでるせん と 広島講演会

こんにちは。毎日暑い日が続いていますね。

先日は、福岡県、大分県、長崎県、山口県、広島県と、取材や講演会でいろいろと訪れました。福岡と大分の取材のついで?に立ち寄った長崎県の川棚では、知る人ぞ知る、四次元パーラー あんでるせん に行くことができました。

この小さな喫茶店は、舩井会長の本にもかなり昔に記載されていたこともありますが、久村さんという方が長崎県の川棚駅すぐ近くで何十年も前から喫茶+マジックショーをしておられます。マジックを見るのは、お食事代のみで見ることができて、これがなんともすごいのです。

どんなマジックが見られるかというと、それは超能力でしかありえないですよね!?と、確認したくなるような技が次々と出てきます。たとえば、会場の人から借りてサインをした一万円札にコインをギューっと通したり、使命された人がその場で書いたイラストを、寸分違わず予知されて描かれていたり、名前を伝えていないにもかかわらず顔を見ただけで○○さん、と名前を読んだりされます。

インターネットで、あんでるせん 長崎 をキーワードで検索すると、たくさんの方が感想を書いておられますので、詳しくは調べてみてくださいね。毎回、行くメンバーによって、ちょっと違った技が見られることがあるそうですから、いろいろと調べてみると面白いです。
本当にマスターがノリにノッている時には、壁から登場する時があると噂も聞いたことがありますが、信頼する人から聞いた話や写真の証拠があるワケではないので、それはたんなる噂なのかもしれません。 


ちなみに私のお友達から10年ほど前に聞いたお話では、亡くなったおばあさんと、以前飼っていた猫のことを頭に思い浮かべて、ポラロイドカメラで念写してもらったら、彼女の顔のななめ上あたりに、猫の耳が生えたおばあさんの顔の写真が写ったそうです。


このようにすごいマジックと超能力の世界観を、読者の皆様にもお伝えしたかったので、マスターの久村さんに会報誌の取材の依頼をしてみたのですが、何十年も前からテレビ局やいろいろな取材をすべてお断りしていますから、とのことで残念ながら取材をすることは叶いませんでした。
その依頼をしてみた時の電話が、お互いに固定電話なのにブツブツと何度も電波で声が途切れて、まるで宇宙人とお話しているようでした^^。


久村さんはきっと理由があってずっと川棚という小さな町でマジックをやり続けていらっしゃるのでしょうから、ご興味のある方は、ぜひ川棚まで足を延ばしてみてくださいね。ハウステンボスがわりと近い駅でしたから、観光がてらでも良いかもしれません。
2か月前から予約ができます。
(連絡先は、長崎、あんでるせん ですぐにいろいろなサイトが出てきますから、お手数ですがネットで検索してください。今、連絡先を書いてあるリンクを貼っていたら、何度やってもエラーになり、公開できない設定になってしまいました。)


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(ピンクの屋根の階段部分から、二階に上っていくとあんでるせんがあります。店内は禁煙です。タバコ苦手な方、ご安心ください。)

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(いろいろなブログでは、とにかく食事がマズイと書かれていますが、私にはかなりおいしかったです。体によさそうなものすごくやさしいお味です。ハンバーグのお肉はなんだったのか?ラムかな?さっぱりわかりませんでした。食後ももたれず、次の日の体調も良かったです。)


長崎からは、一度実家である山口県の岩国市に立ち寄って、それから広島県で講演会をさせていただきました。遠くは大阪からも、12名の方に集まっていただいて、和気あいあいと過ごすことができました。こんなに素敵な会を開いてくださって、広島支部の皆様にはとても感謝しています。

この講演では、録音もなし、撮影もなしで挑んだので、過去二回よりも自由というか、いい意味でいいかげんというか、普段では言わないことまで語ったような気がしました。

質問の時に「舩井会長とこだまさんの過去世は何だったの?」と聞かれ、聞かれたからには答えないわけにはいかないので、いちおう過去世の話題で舩井会長から教えてもらったことと、つい数日前に霊能者から伝えられたこと、自分が感じることをお伝えしました。

とはいえ、今が変われば過去も未来も変わると思っているので、特定の過去世にこだわるつもりはありません。いずれは時空を超えて、過去も未来もすべて今ということを、なんとなくではなく、実感や実体験で語れるようになりたいと思っています。


講演テーマは「愛」についてだったのですが、最近あったことばかりを中心に喋ったのであんまり愛についてはうまく伝えられなかったかもしれません。愛って言葉で伝えるのは難しいものですね。

講演に関してはまだまだ力不足だなぁといろいろと反省しました。このように、一つひとつ、何かを挑戦したり経験していくことで、反省したり、新たな気づきが生まれるものですね。

私も一歩一歩自分の道を歩みながら、まわりの人の挑戦や経験を、心から応援できる人間になりたいと思いました。
広島支部の皆様、拙い私の挑戦を、快く応援してくださり、本当にありがとうございます。


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(懇親会は、一楽章という名前のクラシック音楽の流れる素敵なカレー屋さんで行われて、アルコールの飲めない私にとっては、非常に居心地の良い会場でした。懇親会で会員の皆様とお話しできる時間は、とても楽しいひと時ですね。)

リンポチェ様の薬師如来セミナーと、今野華都子先生の講演会

皆様こんにちは。
毎日暑い日が続いていますね。先日は東京での取材の際に、ものすごく暑いなぁと思っていたら、その日一日中頭痛がおさまらなくて少し大変でした。都会で人に酔ったかなぁと思ったのですが、よく考えたら軽い熱中症だったのかもしれません。
全国でも猛暑が続いておりますので、皆様熱中症にはくれぐれもお気を付けくださいね。


今月は取材や講演会など、なんだかんだと週に2度は東京に行っています。以前は月に1度行くか行かないかだったので、すごい変わりようです。
明日からは九州と広島に出張しますし、今はいろいろなところに顔を出したい、吸収したい、という時期なのかもしれません。

さて、そのような日々をそのまま過ごしてしまっただけではもったいないので、皆様に少しレポートとしてシェアしたいと思います。


7月13日(日)はザチョゼ・リンポチェ師による、「薬師如来1DAYプレミアムセミナー」でした。

ザチョゼ・リンポチェ師は、1968年生まれ、チベット仏教において、ダライ・ラマ14世に次ぐ高僧です。1984年に、ダライ・ラマ14世から、ダルマ大師の6度目の転生者として認定されており、東チベットでは13の僧院と1万人の僧侶を抱える最高僧でもあります。
1DAYセミナーでは、結縁灌頂(けちえんかんじょう)という仏事を一人ひとりにしてくださって、薬師如来のマントラを伝授していただきました。

リンポチェ様は、身長が190㎝くらいあって、非常に大きく優しい波動をお持ちの方でした。何か話されるごとにアッハッハ、とにこにこと笑われて、まわりを元気にしてくださいます。こんなに人相が良い方は、なかなかいないと思います。

この日のセミナーで授けていただいた秘法は、古の交通機関の発達していない時代であったならば、信徒は命がけでこの教えを教わりにいったほどに貴重なことだそうです。それをただ新幹線や飛行機で移動して命の危険もなく楽に仏事を受けることができる現代の私たちは、過去のカルマが良かったか、現在のカルマが良かったかで、非常にご縁があったのですよ、と言われました。


なるほどそうかもしれないな、とその日は薬師如来についてたくさん学んで帰ったのですが、実のところものすごく疲れました。ニコニコとしたリンポチェ様の癒しの波動は見た目とは裏腹に強烈で、目には見えない何かが大きく変動していたのだと思います。


この日は懇親会まで参加しましたが、懇親会にいらしていた弁護士の秋山佳胤先生は、リンポチェ様のお姿を見て、「オーラが何キロ先までも広がっている。すごい人!」とおっしゃっていました。

この日疲れたなーと思ったぐったり感は、なんと今でも続いているのですが(たんなる夏バテとも言えますが)、これはせっかく教えていただいた貴重なマントラをすぐにきちんと唱える素直な心を持っていなかったからかもしれないと思っています。

忙しいとか、疲れているから、と言い訳をして習ったことをそのままにしていました。考えてみれば、薬師如来のマントラは、疲れている時こそ効果のあるものだと思うので、今後は素直に唱えてみようと思っています。

リンポチェ様は本当はお会いするだけでも難しいくらいのすごい人なのですが、実はフェイスブックをやられていたり、お茶目なところがたくさんあります。
お友達申請をしたら、ご丁寧にThak you.と、お返事までくださいました。

こんな小さな気配りにも、よりいっそうファンになってしまった私でした。
次回リンポチェ様のセミナーは、いつ行えるでしょうか。またいつかきっとにんげんクラブでもお呼びすることができると思いますので、その時はぜひいらしてくださいね。価格は高いかもしれませんが、見えない部分でそれ以上の価値のあるセミナーだと保障します^^。

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(結縁灌頂をしていただきました。)


7月18日(金)は、今野華都子先生の講演会と、サトケンさんのお料理での懇親会に参加しました。

今野先生は、酪農家に嫁がれた後、ご主人のリストラによって1998年、45歳からエステティシャンとしての道に入られ、わずか6年後の2004年には世界コンテストのグランプリを獲得されて、世界一のエステティシャンとして表彰されました。

2007年から2011年までは、タラサ志摩ホテル&リゾートの代表取締役に就任され、経営を立て直されました。その後は、またエステの経営に戻られて、全国を飛び回ってやまとの心を伝える活動をしておられます。

今野先生がどんなすばらしい方で、どのようなお考えをお持ちなのかは、にんげんクラブ会報誌の2014年6月号に、掲載されているインタビュー記事をお読みになれば、よくわかると思います。とにかく丁寧に、一日一日を、命を大切に扱っていらっしゃる、そのような印象を受ける方でした。


今野先生のインタビュー記事は読んでいたものの、知らなかった一つの出来事として、私にとっては非常に強烈なお話をお聞きしました。

というのも、今野先生は若い頃に赤ちゃんを死産されて、その翌日に、なんと実のお父様を工場の屋根が落下する事故で亡くされてしまったのだそうです。駆けつけた時にはお父様はたくさんの血を吐いて、息を引き取る直前だったそうです。
その後の10日間くらいの記憶が、今野先生にはないとおっしゃっていました。


このお話をお聞きして、経験や体験は人と比べるものではありませんが、自分よりももっと辛いであろう体験をされた後に、命をかけてご活躍されている今野先生のお話を聞くと、なんともいえない気持ちを感じるとともに、より生きる希望が強く持てたように思いました。

私も今野先生のように命を大切に扱いながら、自分らしく生きていきたいなと思いました。

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(今野先生と一緒に写真を撮っていただきました。なんだか女神様のような方です)


懇親会でのサトケンさんのお料理は、野菜たちがキラキラと輝いているように思える超絶品料理でした。特に、酵素を使ったスープが私にはおいしく感じました。この日はとても疲れていたのに、翌日ものすごくスッキリと起きることができました。お野菜の力、酵素の力、そしてお料理を作ってくださる方の愛情って、本当に大切ですね。

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(サトケンさんと、キラキラお料理の写真。いつも日本中、世界中を飛び回っておられるサトケンさんは、たまたまハワイ帰りだったそうで、日焼けされていました^^)


以上、二つのセミナーの感想でした。

このほかにも、たくさんの魅力的なセミナーを比較的安価な価格で開催しておりますので、ご興味のある方は、ぜひ一度ご参加くださいね。

私もかなりの頻度で四谷セミナールームには顔を出しております。もしお会いできた際には、気軽にお声掛けくださいませ。ありがとうございます。

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(写真は、文章とは関係ありませんが、最近我が家で収穫した野菜の写真です。フェイスアップでなにげなくアップしたら、今までアップしたどんな投稿記事よりも、いいね!の数が多かったです。色がカラフルだからですかね??野菜の写真って癒しの力があるのかも!?)


おまけの文章

フェイスブックといえば、いままでずっと放置していましたが、今年の4月くらいから、そこそこ見るようになりました。兒玉裕子で登録していますから、もしよろしければお友達申請をよろしくお願いいたします^^。

何事も経験が大事ですね

皆様こんにちは。
暑い日が続いていますね。季節の変わり目は体調も変わりやすいので、くれぐれもご自愛くださいませ。

先週の土曜日19日には、四谷セミナールームで講演会をさせていただきました。今回は暑い中15名の方が来てくださって、とてもありがたいことだと感謝しております。もっとも遠方の方は、なんと北海道から来てくださったそうです。感謝感激です。


また講演に伴って、富士山の写真家で有名なロッキー田中さんが、会場後方で写真の展示をしてくださいました。荘厳で美しい写真たちに癒されながらの講演は、私のいつもの実力よりも、大幅に良さを引き出してくれただろうと思います(笑)。

ロッキー田中さんと、ロッキーアートサロンのスタッフの大森直子さんには、私が舩井会長の秘書になるずっと前からお世話になっています。見るからにあやしげで波動も荒く、経済的にも苦しい立場にいて、人からあまり相手にされなかった時代にとてもかわいがってくださったお二人が、十年たっても変わらず見守ってくださっていることが嬉しくて、講演中に思い出してちょっと泣きそうになりました。

当時「ご恩は出世払いでお返ししますね~」と言いつつ、10年たってもまだ何も返せていないので、早くご恩返しができたらいいなと思っています。

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(ロッキーさんにご挨拶いただきました。ブルーの写真はものすごくカッコイイ富士山でした)


さて、どんな講演内容だったかを報告しますと、努力しない、がんばらない、判断しない、解決しない、と、こんなことがテーマでした。

「全人類アセンション完了を目指して」という大げさなタイトルとは内容が違うじゃないかと思われるかもしれませんが、お部屋も心も頭の中も整理整頓の苦手な私ですから、
舩井会長の様々なエピソードや松尾みどり先生に教えていただいた宇宙のしくみの話、Kan.さんの話、インドの聖者アンマさんやサイマーさんの話、ラマナマハルシの話、Pちゃんの話と、話はあっちへ飛びこっちへ飛びと皆様をふりまわしながら、最終的にはなんとなくアセンションの話に着地できたかな?というような不安定な飛行でございました(笑)。

意外にも、がんばって用意していった講演よりも、質疑応答の内容のほうが評判が良かったです。


私としてはみなさんになるべく伝わるように100パーセントの力を出し切ってお話しているつもりですが、理科系の左脳派の方が聞くと、話が飛びまくるのでものすごくイライラする講演なのかもしれません。


ところで、講演のレジュメを作る時に、努力しないがテーマなくせに、実はやっぱり無駄な努力をたくさんしました。

何をしゃべったらいいかわからなくなったときのためにと、講演レジュメの他にカンニングペーパーを用意したのですが、そのカンニングペーパーが、脳の中で勝手に講演風景を詳細にイメージして、自分が喋るであろう講演内容の言葉と、観客の反応までも、一字一句もらさない講演録として用意したのです。

たとえ緊張してもそれをそのまま読み上げれば、講演として成立するかなーと思ったのですが、変ですよね^^。


全体の三分の一くらいまで作ったところで、ちょっと待てよ、講演録というのは講演が終わってから作るものであって、そもそも講演前にこれがあるのはおかしいのでは?とようやく自分が見当違いな努力をしようとしていることに気づきました。

(上記の文章は、そのくらい緊張していて、実はそのくらいの努力家なのだということもアピールしたかったのですが、そのくらいのアホだということのほうが強調されてしまいましたね・笑)


こんなこともしてしまうほどに、緊張した講演に挑むことで、自らの不安と自信のなさ、恐怖心などをじっくり見つめることができて、新たな自分を発見することができました。これは経験してみないと気付けないことでしたから、やっぱりなにごとも、経験することが大事なのだなぁと思いました。


かつて舩井会長は、

「はじめての講演の時に、一時間半頼まれたから、たくさん準備をしていったのだけれど、喋ってみたら、準備していった内容が四十分で終わってしまっておおいに焦ったんだよ。僕は早口で結論ばかり言ってしまうからね。リハーサルと実際の講演は違うもんだねえ」

と語ってくださったことがあります。


あんなに堂々としていた舩井会長でも、やっぱり緊張することがあったのだろうなと懐かしく思い出しました。

舩井会長があの世から講演を見守ってくださっていたか、はたまたすでに新しい命として転生されていらっしゃるかはわかりませんが、舩井会長のことをたっぷり感じながら、お話させていただきました。


講演に関してはまだまだヒヨっ子の私ですが、8月2日土曜日には広島で、9月23日は愛知で、そして9月27日にはまたまた東京での講演が予定されています。


広島、名古屋は愛についてのお話で、「生きることは愛を学ぶこと」と、まじめなテーマのものです。

次回の東京午後の部はふざけていると思われるかもしれませんが、なんとスピリチュアル婚活についての講演です。タイトルは「運命のあの人と結婚する方法」と、またしても大風呂敷を広げたようなすごいタイトルです。


生まれてから身に着けた努力とか修行よりも、生まれる前から身についていたもののほうがすばらしい、と最近の私は思っているのですが、さて今の私が何の努力も修行もなしに、一般の人にもわかるように、誰かに何かをお伝えできるとしたら何かなぁと考えてみたら、「婚活」についてでした。(余談ですが、アセンションという言葉は、タイトルに書かれているだけで、スピリチュアルな知識がない一般の人にとっては行く気をなくすもののようです。地元の友達が教えてくれました)

思春期を過ぎてから、軽薄だの男好きだのとまわりの人からどれだけ陰口をたたかれようと、男性に関することにしか関心を注げない恋愛中毒症、そのようにしか生きられなかった私だからこそ語れることがあるのかもしれないな、と思ったのでした。

せっかく真面目な男性と幸せに結婚生活を送っているというのに、いまさらそんな過去の恥をさらすような講演を開かなくても良いじゃないかと家族からは怒られてしまうかもしれませんが、過去を恥ずかしいとかみっともないでなく、ありのままの自分をそのまま認めてあげたら、こんな講演を開いてみる気になりました。過去の私がいて今の私があるのだから、過去の自分もやっぱり愛しく思ってあげたいものですよね。

これが自分の人生にとって吉と出るか凶と出るのかはさっぱりわかりませんが、まぁ何事も経験だ、と思っております。

詳細が決まりましたら、随時アップしていきたいと思います。

今回のブログはとりわけ自分の話ばかりを書いた文章になってしまってすみません。最後までお読みいただきありがとうございました。

以下に、広島支部からのお知らせを掲載いたします。お近くの方はぜひいらしてくださいね。

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広島支部より
「こだまゆうこさんのトーク会」をお知らせします。

1年ぶりにこだまゆうこさんを、広島にお迎えします。

広島と隣接する岩国市出身ということもあって、
かねてよりトーク会を待ち望んでいました。

この度お忙しい中にもかかわらず、懐かしい広島の皆さんとお会いしたいと言っていただき
引き受けて下さいました。

皆さん是非ご参加して下さいね。
待っています。 


 8月2日(土)   
                
1部「生きることは愛を学ぶこと」 ~舩井会長から学んだこと、最近感じること~

  ■時間: 16:00~18:00 (準備・片づけ含む)
(講演 16:00〜17:30)

  ■場所:広島市まちづくり市民交流プラザ 南棟3階 会議室A
       (広島市中区袋町6-36  TEL 082-545-3911)  
               
  ■費用:2000円

2部 こだまさん囲んで懇親会 〜1部では聞けなかったことも楽しみ〜

  ■時間:18:30~21:00

  ■場所:ギャラリー喫茶 一楽章「未完成」
      (1部から徒歩5分、広島市中区紙屋町1-4-6 アウルスタイル紙屋町ビル3F  
     TEL 082-249-0221)

  ■費用:2000円位


*申し込みは(担当/丸山)  Email:ningen.hiroshima@gmail.com  
FAX:082-922-1665

*申し込み締め切りは7月25日(金)まで。

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誕生死について 赤ちゃんとお母さんからのお願い

皆様こんにちは。

先週からこのブログも、会員様だけでなく一般公開となりました。
ここ何年か、必ず「にんげんクラブの皆様こんにちは。」という冒頭から文章を書き続けていたので、「にんげんクラブの」という部分がなくなったわけですが、この小さな変化もなんだかおもしろいなと思っております。

何年も続けていると、こんな小さなことでも感動するものなのですね。(これは小さなことじゃなくて、実は大きな変化なのかもしれませんが^^)


さて、今月号のにんげんクラブ会報誌、そろそろ皆様のお手元に届くころかと思います。
この会報誌には、南山みどりさんというお腹の中にいる元気な赤ちゃんや、亡くなった赤ちゃんとも対話ができるたいわ士の女性のインタビュー記事を掲載していますが、その最後に流産死産について、私のちょっとしたコラムを掲載させていただいております。

今年のはじめの誕生死(死産)については、このブログでも何度も書いておりますし、話題が話題なので、わざわざしつこく会報誌で書くほどのことでは・・・・とちょっと思われた方もいらっしゃるかもしれません。

私も重たい話題なのでいろいろと悩んだのですが、じつは編集長の重富さんに無理を言って、このコラムを書かせていただきました。

というのも、会報誌や勝仁社長の書籍のまえがきにも妊娠について書かれていたし、はたまた講演会の会場などでもすでにお腹が大きかったので、私が妊娠していたことは数千人にのぼる多くの方がご存じでした。
しかし、私のブログを読んでくださる方は、せいぜい数百名。ということはどうなるかというと、あれから半年ほどたった今となっても、「ご出産おめでとうございます!」「元気な赤ちゃん産んでね」「今は何か月になりました?」というお便りやご挨拶が、地味に全国からいまだに届き続けていたのです。


もちろん祝福してくださった方に悪気はまったくありませんから、そのたびに、お相手の方が気を使われないよう気を付けながら「赤ちゃんは亡くなってしまったのですよ」とできるだけさっぱりとお伝えしようと努力しています。しかしこちらがどれだけ笑顔を作ろうと、やっぱり私もちょっと傷つくし、相手の方は本当に申し訳なかったという感じにやっぱりなってしまって、「ごめんなさい」と恐縮されてしまいます。

誰も悪くないのにお互いに傷ついて、お互いに謝って、こんなやりとりが続いてしまうのって、なんだか不自然だし辛いな、と思っていました。

ということで、常識的には会報誌にわざわざ死産のことを書くのはあまり適切でないのかもしれませんが、ちょうど南山みどりさんの取材の記事だったので、無理を言って死産の話題を書かせていただいたのでした。


さて、なかなか書きにくいし、話しにくい内容ではありますが、せっかくここまで誕生死について書いたので、これから私と同じような体験をされた方や、親しい方が同じような運命に遭遇してしまった方のために、いろいろと感じたこと、言いたかったけれど言いにくかったこと、まわりの人にぜひお願いしたいこと、などを書きたいと思います。

これもやっぱり重たいな、しつこいな、と思われてしまうかもしれません。本当のことを言うと、流産死産についての記事を書くのは、こちらも相当な気力体力を使うので避けたい気持ちもあるのですが、でもやっぱり一人の体験者として人生の中でいつかは書かずにおれないことでしょうから、今書こうと思います。


もしかすると、世間の常識とは外れていることも書くかもしれません。
これはそもそも妊娠22週以降と定義づけられている「死産」はそこまで順調に育った赤ちゃんの300人に一人くらいしか起こらない(2012年度の統計より)稀なことですから、稀なことに世間の常識をあてはめることのほうが間違っています。
生意気な意見だと感じたとしても、どうぞ一体験者の記録として、暖かい気持ちでお読みいただければ幸いです。


南山みどりさんと池川明先生の講演の時にお聞きしたことで最も印象に残った言葉は、「死産してしまったすべての赤ちゃんが共通して伝えてくるメッセージは、じつは『生きている子と同じように扱ってほしい』なのだそうです」でした。私も母親として、本当にそう感じました。まさにこの一言が、体験者として最も多くの人に知っていただきたいことです。

死産してしまった赤ちゃんは、たった一日でもお腹の外に出ていれば、祝福され、人間として扱われ、戸籍にも登録されるし、きちんとお葬式もしてもらえるはずだった存在です。ただ亡くなってしまったのが、お腹の中であったか、外であったかだけの違いなのですが、大事にされる後者に対して、前者はたいてい世間では「なかったこと」として片付けようと扱われてしまいます。

どれだけ世間がなかったことにしようとしても、何か月もお腹の中で育ててきた母親にとって、その子は絶対になかったことにはなりません。たぶん何年たっても、何十年たっても、なかったことにはならないでしょう。


今からほんの二十年くらい前までは、お母さんは死産した赤ちゃんにほとんど会わせてもらえなかったそうです。見ると余計に辛くなるから、後から気がおかしくなってしまうから、との理由で引き離され、親戚や業者の人の手によって火葬されてきたそうです。
病院の対応も、赤ちゃんを人として扱わず、ひどいことが多かったそうです。

そのように引き離されてしまった多くの母親は、赤ちゃんを見なかったからといって楽になることはなく、逆に「どうしてあの時たった一度でもわが子を抱きしめてあげなかったのだろう」と、後悔し続けることのほうが大半なのだそうです。


私の場合は、不育症の薬を飲んで血液がサラサラだったために、赤ちゃんが亡くなった後も、10日間人工死産の処置ができませんでした。
そのため羊水の中にいる赤ちゃんの体は腐敗しているだろうと思われていました。
また、前置胎盤だったために、出産時の自分の命にも不安がありました。

そんな事情はあったけれど、私の希望として「たとえ赤ちゃんの体がどれだけ腐敗していたとしても、この目で赤ちゃんを見たいしできれば抱きしめたい。また、もしも出産の時に大がかりな出血をしてしまって、そういうことが叶わなかった場合でも、写真だけは絶対にとっておいてほしい」と主人にお願いしました。

主人は渋い顔をしながらも「君がそう言うのならばわかった」と承諾してくれたのですが、私の母親は私を心配するあまり、はじめは赤ちゃんと私を会わせたくないようでした。「あの子はああ言ったけれど、昔の常識では母親に死んだ赤ちゃんを見せなかった。これは昔の人の生きる知恵だ。赤ちゃんの写真は撮れなかったと後から嘘をつけばよいのでは?」とこっそり主人を説得しようとしました。

隠れてそんなやりとりがなされたようですが、生真面目な主人は裏でのネゴシエーションがまったく通用しない人であり、「僕は妻の意見を優先する」と一喝して終わったそうです。


これは別に私の母だけでなく、世の中の大半の人が思うことかもしれません。腐敗しているかもしれない亡くなった赤ちゃんの写真を撮るだなんておかしい、不謹慎だ、悲しくなるだけだから母親には会わせずにおくべきだ、と。
娘を愛しているからこそ、心配してそのように思うのでしょう。

でも、母性ってたぶんそんなに弱いものではないと思います

母親にとっては、たとえどんな姿であろうと、愛しく大切なわが子です。

少し場面をかえて想像してみてください。
たとえば1歳や2歳まで生きた子どもが、海や川で溺死してしまったとして、遺体が腐敗していたとしたら、母親は子どもを見たくないと思うでしょうか。親戚や業者にお葬式や火葬を任せるでしょうか。

どんな姿であっても、苦しい思いをしたであろう愛しいわが子をこの手で抱きしめてやりたい、できればきちんと弔ってあげたいと思うのが普通の母親なのではないでしょうか。


もちろんこの場合は、生前の幸せな写真が何枚もあるでしょうから、死後の写真は当然撮らないでしょうが、私にとっての子どもの写真は一枚もありません。出産二日後には火葬されてしまうのですから、抱くことができなかった場合はせめて写真だけでも撮っておいてほしい、とあたりまえの要求でした。


結果的には、前置胎盤があったにもかかわらずきちんと生まれてきてくれたので、私の身体のダメージも少なく、多少の腐敗はあったものの、ケースごしに添い寝したりもできたし、火葬場まで弔ってあげることもできました。この時一緒に撮った赤ちゃんの写真は、人に見せることはありませんが、今は私の大切な宝物になっています。

生きている子と同じように扱ってあげることができて、本当に良かったと思っています。ということで、ぜひ、母親本人が自分から「会いたくない」と希望する場合以外は、無理に赤ちゃんと母親を引き離さないでいただきたいです。


このブログには何度も書いていますが、出産の瞬間には、三次元的には赤ちゃんが亡くなっているにもかかわらず、見えない世界では宇宙のいろんな存在から祝福されているような気がして、悲しみの極地の中で、不思議と一方でものすごく幸福な気持ちになりました。病室が輝いているかのように感じるくらいの幸福感で、それは付き添っていた母も同じように感じたそうです。

それを証拠に、あれだけ赤ちゃんと私を引き離そうとしていた母が一番、嬉しそうに赤ちゃんの写真を撮っていました。それはまぎれもなく、生きている子と同じように、孫が生まれてきてくれて嬉しい!と素直な気持ちの表れだっただろうと思います。


また、私の出産は難しいケースだったので医師や看護師10人くらいの人に見守られての出産だったのですが、隣の病室で生まれた子は、「おめでとうございます!」と拍手喝采だったけれども、私の場合は、出産を終えても当然ながらお葬式のようにシーンと静まり返っていました。

でもたった一人の看護師さんだけが、産み終えて笑顔の私を見て「おめでとうございます。かわいい赤ちゃんですね」と沈黙を破ってくれました。この瞬間に「おめでとうございます」を言うのはすごく勇気がいっただろうし、どう見てもかわいいとは言い難い赤ちゃんをかわいいと言うのはそれこそ不謹慎ととられかねないけれども、その時の私にとっては他の子と同じように扱ってもらえて、ものすごく嬉しくありがたい言葉でした。(激しく動揺している妊婦さんは怒る場合もあるでしょうから、これはケースバイケースですけれど)

この病院のスタッフの方々は、みなさん赤ちゃんを一人の命としてものすごく大事に扱ってくださって、退院する時は寒い中整列して、車が見えなくなるまで頭を下げて見送ってくださいました。これは親として本当にうれしくありがたかったです。


それからもう一つ、流産死産を経験したお母さんのそばにいる人に、できれば気を付けていただきたいお願いごとがあります。

多くの人は、お母さんを慰めようとして、「大丈夫、すぐにまた次の子ができるよ」「またがんばろう」と次の目標を掲げ言葉をかけます。これは実は、慰めているようで多くの場合お母さんを傷つける言葉ですから、必要以上にこのような言葉をかけないであげてほしいのです。

やっぱりお母さんは赤ちゃんを生きていた子と同じように扱ってほしいので、その子が亡くなってすぐには、次の子の話題をだされても悲しいだけです。1歳2歳の子が亡くなった時には、誰も「次の子が生まれてくるから大丈夫」とは言わないものです。私の場合はまだ赤ちゃんがお腹に入っている最中に、次の子の話題を何度も出されて、悲しく寂しい思いをしました。


そもそも、そのような場合のお母さんは普通の何倍も繊細になっていますから、あまり言葉は必要ありません。

体験談を読むと、人によっては「元気を出してね」と声をかけられただけでも悪意を持って言われたように感じて激怒する人もいるそうです。
言葉って難しいものです。私の場合はさすがにそこまでは思いませんでしたが、赤ちゃんの亡くなった原因探しと、次の子を作るための対策について何十分も話題にされた時は、やっぱりさすがに辛かったです。

この死産の前にも三度の流産をしていますが、母親の食生活や生活習慣が悪いことや、運動不足が原因だなどと、流産直後に赤ちゃんが亡くなった原因を医者でもないのにわざわざ言いに来るおせっかいな人が世の中にはけっこういっぱいいます。そのたびに毎回責められているような気分になって傷つきました。

本人は親切のつもりでも、傷ついているお母さんをこれ以上責めるような言葉はぜひ控えていただきたいと思います。お母さんからアドバイスを求められた時のみ、そういうことは言ってもいいのでしょうが、さなかのお母さんに伝えるには残酷すぎる言葉です。


私が人からかけられた言葉で、唯一癒された言葉は「がんばったね」「大変だったね」「辛かったね」もしくは「言葉もありません」だけでした。
変にアドバイスをしたり元気づけたりせず、そのままの状況を、そのまま認めてくれるだけで、十分に優しさ暖かさは伝わるものです。こんな状況のお母さんには「泣くな」「元気をだせ」「次を産め」と言ってもそれは無理な話ですから、ぜひ思い切り泣くことを許してあげてほしいと思います。


それからもう一つのお願いごとは、流産、死産は今の日本では口にすることはタブーなのかもしれませんが、妊娠したことをまわりのすべての人が知っている状態、とりわけ死産の場合は、ぜひ必要以上には口を閉ざさないでいただきたいと願います。

(もちろんこれは、必要以上に話題にだしてほしい、という意味ではありません。また、流産の場合は、妊娠していることもまわりにあまり言わないでしょうから、わざわざ話題にする必要はないとは思います)


これも、生きている子と同じように扱ってほしい、という理屈と同じです。
通常近しい家族が亡くなったら、忌引きで会社を休むことになりますし、同じ会社の人や親しい間柄の人たちには、その情報はすぐに伝達されます。逆にそんな大事な情報を伝えないでいることは、失礼になります。

だけど死産の場合は、みんなが言ってはいけないプライベートなこととして、必要以上に口をつぐみます。
そのため、本当に親しい方々は別としても、私が妊娠していたことを知っていた多くの人は、死産をしたことを知らず、私が直接自分の口頭で、あるいはメールで、死産した事実をその都度知らせなければなりませんでした。
みんなも口に出し辛いことかもしれないけれど、でも本当は当事者が一番口に出すのが辛いことです。


たとえ死産で長期間仕事を休んだとしても、まわりが口を閉ざしてしまうと、事情を知らない方には産休で休んでいるとしか思われません。
つい先日も、半年近くたっているというのに、同じグループ会社の人でさえ、「赤ちゃんは何か月になりましたか?」と笑顔で尋ねてくださいました。その瞬間に気まずい空気が流れ、私はその方に赤ちゃんが亡くなったことを自分の口で告げねばならず、その方はものすごく申し訳なかったと何度も私に謝ることになってしまいました。これはその方も悪くないし、私も悪くないし、誰が悪いのでもありません。

ただ、きちんと生まれなかった子のことはあまり口に出さず、とりあえずなかったことにする、という世の中の風潮が、ちょっといきすぎているのだと思います。

戦前は流産、死産、出産時の事故や乳児の死亡が今よりずっと多かったことや、戦後は妊娠人工中絶の爆発的な増加による罪悪感や、それに伴う水子供養などの霊感商法が多かったことなども影響しているのかもしれませんが、そのような見たくない、聞きたくない、話題にしたくない、こわい、といった偏見ある見方ではなくて、一つの命が胎内に生まれ、短い命を全うして亡くなった、という当たり前の事実のみを見てほしいのです。


これらのお願いごとはすべて、「お腹の中で亡くなって生まれた子も、生きて生まれた子と同じように大事に扱ってほしい」という願いにつきるのです。


死は、恥ずべきことではないのですから、隠すことではありません。それに死は悲しいことではあるかもしれませんが、愛しているからこそ悲しいのであって、決して悪ではないのです。生があるから、死があって、死があるから生はよりいっそう輝くものです。

昔の人は、年齢を数え年で数えました。それは、受胎した瞬間から、お腹の中で赤ちゃんの生命ははじまっているのだ、というあたりまえのことがあたりまえにわかっていたからです。あの子は生きては生まれなかったかもしれませんが、お腹の中で、ひとつの生命として宇宙として、多くの存在から祝福され、確実に生きていました。


私たちの人生はあの世にいくと、時間も空間も関係なく、ほんの一瞬のまばたきの間のことかもしれませんから、たった七か月半の短い命でも、何十年も生きている私でも、あの世にいけば命の輝きは同じなのかもしれません。

一人の母親として、あの子をお腹に宿すことができたこと、そしてその瞬間は気付けなかったし身を切られるほどに悲しくせつないことではあったけれども、自分のお腹の中に抱きながら愛情いっぱいの中であの子の命をきちんと看取ることができたこと、これは何にもかえがたい、かけがえのない体験であった、と今は思います。

こう思えるようになってから、ずいぶん楽になりました。


とても長い文章となってしまいましたが、どうぞ「死産」でなく、「誕生死」の一人の体験者の意見として、ご参考にしていただければと思います。


最後に、私と同じ経験をして、このブログにたどりついたお母さんへ。


今は傷ついて悲しくて、とても生きていられないと思う時もあるかもしれないけれど、生きていればいつの日かきっと笑える日がきます。いつの日かきっと、本当のことがわかる日がきます。私もまた、心から笑える日を待っているし、その答えを探している途中です。

もちろん今は思い切り悲しんでいいですから、どうぞ、ご自分を大切に、愛して、いたわってあげてください。肉体はなくなっても魂は永遠の存在ですから、赤ちゃんと対話し、別の次元で共に生きていることに思いを馳せてみてください。

たくさんの悲しみがあるということは、あなたが持ちきれないほどにたくさんの愛情を赤ちゃんに注ぎ続けている証拠です。

きっと赤ちゃんも、同じだけの愛情をあなたに注ぎ続けているでしょう。どうぞその悲しみさえも、しっかりと味わってみてください。地球という星で、私たちは等しく、愛するため愛されるため、愛を味わうために生まれてきたのだと思います。

あなたは決して一人ではありません。

赤ちゃんも、ご家族も、たくさんの存在があなたをサポートしています。私も、離れているかもしれないけれど、まだ見ぬあなたを抱きしめたいと思うし、永遠の時の中で愛とエールを送りつづけます。

どうかどうか、自分は一人ではないということ、忘れないでくださいね。


舩井セミナールームでKan.さんの講演会が行われました

にんげんクラブの皆様こんにちは。関東周辺ではここ数日不安定なお天気が続いています。

東京では大雨が降って、マンホールから水が噴出したとニュースを見ましたが、
先日観た映画「ノア 約束の舟」を少し思い出しました。

それからノアを見ている時に、そういえば7、8年前くらいに寝ている間に宇宙船に乗せられて勉強してきたT少年の言っていた言葉も思い出しました。

彼は、「神様たちは地球と人間を浄化したくてたまらない、それを舩井会長が間に入って人間は変わるからもう少しだけ待ってくれと必至に説得している」と言っていました。

「神様たちはどうやって地球を浄化しようと考えているの?」と聞くと「考えられないくらいの水がたくさん流れてくる」と言っていて、映画ノアの場面で地下から噴出する膨大な水を見て、なるほどこういうことかとちょっと思いました。


ところで今東京の国会では集団的自衛権の行使を限定的に容認する新たな憲法についての話し合いがなされています。

こんなことを書くと怒られてしまうかもしれませんが、関東周辺でばかり大雨が続くのは、もしかするとこれも関係しているのかなぁと少し思いました。
脅すつもりも政治に口出しするつもりもないけれど、もしも自分があの戦争で祖国を守るために命をかけて亡くなった兵隊さんだったとしたら、あらぬ方向へ行こうとしつつある今の日本を見ると、大粒の涙を流すのではないかなと思うのです。
そのたくさんの涙が、雨という現象になって現れているのではないだろうか・・・と、感じました。


さてさて、前置きがちょっと長くなってしまいましたが、先週の金曜日は待ちに待ったにんげんクラブ主催のクンルンネイゴンマスターのKan.さんの講演会でした。3時間の講演は、ギュッと中身が詰まっていて、ものすごく楽しかったです。今後もにんげんクラブならではの、マル秘な展開となりそうです。


前回のワークショップでもそうでしたが、休憩時間や講演終了後は、参加者の皆さんが一人ずつKan.さんの前に並んで、それぞれ自分の伝えたいことやお聞きしたいことを伺います。

Kan.さんはそれら一つひとつに、親身になって答えてくださいます。ということは、彼は何時間もの間、全く休憩がとれないのです。それでも、トイレにも行かず、疲れた顔もいっさい見せず、それぞれの人の質問に真摯に答えていらっしゃるKan.さんを見て、どうして疲れないのだろう?ととても不思議でした。

この疑問に対する謎はいまだはっきりとは解けませんが、たぶん愛の深さに関係しているのだろうと思いました。


講演中の質問の時間でも、たくさんの方々がバラエティ豊かな質問をしてくださって、そのどれもが、心に残るものでした。

私も、高知県のアースキーパークリスタルPちゃんと來の森や磐座について、質問をしました。最近は小川さんの家の裏山には宇宙人だけでなく地底人まで出てきたそうで、シャスタのようなもともとの聖山でなく、後から人工的に聖なる山を開いていくと、地下都市と繋がる現象があるのでしょうか、と質問をしました。

Kan.さんは、Pちゃんのことをご存じありませんでしたが、すぐに私の質問の意図を理解してくださって、それは三次元の時空の視点で考えると、後から作っているように見えるかもしれませんが、もともとあったものなのですよ。すべては今、同時におこっています。未来だけにあるものではなく、超古代も今も聖なる山はすでに存在しているのです。というような答えをくださいました。


私は今Pちゃんの本を執筆中なので、講演会にはふさわしくないマニアックな質問かなぁと思いながらも、好奇心に負けておそるおそる聞いてみたのですが、当然のようにきちんと答えてくださって、質問して良かったと思いました。

さすがはシャスタから地底都市テロスにも行き、アダマさんにも何度も会われていらっしゃるKan.さんならではの答えだと思いました。

こんな突拍子もない質問にも嫌な顔をせずに丁寧に答えてくださるKan.さんですが、非常に地に足のついた感じの雰囲気をお持ちの方です。わざわざ聞かないと、このような異次元に関するお話は教えてくれません。

とてもこの文章だけでは魅力を書ききれませんので、ぜひKan.さんに会いに、11月1日、2日はSAKIGAKEフォーラムにいらしてくださいませ。http://funaimedia.com/sakigake/


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それから、聖なる山がだんだんと姿を現し始めている高知県のPちゃんのところにも、ぜひ一度足をお運びいただきたいと思います。

10月27日、28日にはPちゃんのもとへ秋山峰男先生を迎えての、点描で描く宇宙画ワークショップもございます。

高知の聖なる山で行われる瞑想や点描ワークショップでは、異次元空間へと私たちを誘ってくれるかもしれません。

豪華な伊勢海老ランチやカツオのたたきなど、高知県満喫のもりだくさんな旅となっております。

もちろん小川雅弘取締役の宇宙船のお話もございます。私もこの日は参加する予定です。

このワークショップについてのお問い合わせは、(株式会社船井本社 担当/間山(まやま) TEL03-5782-8110)まで、ご連絡くださいませ。http://www.funai-seminar.com/?p=1608

最近はなんだかワクワク楽しみなことがいっぱいです。いつもブログをお読みいただきありがとうございます。

Pちゃん秋山先生.png

すごい人、Kan.さんについて

にんげんクラブの皆様こんにちは。

昨日東京ではけっこうな量の雹がふっていたそうですね。
今日も関東は大雨だとのことです。ゲリラ豪雨が雹であったならさぞ大変なことだろうと思います。お怪我などされませんようにお祈りしております。

さて、11月1日2日のSAKIGAKEフォーラムのチケット発売が開始されました。
http://funaimedia.com/sakigake/

従来の舩井幸雄オープンワールドとは、講師の先生がたがガラっと変わっています。
毎年お越しいただいている会員の皆様にはあまりおなじみでない顔ぶれの先生がたがけっこういらっしゃるのではないでしょうか。

ある会員の方からは「オープンワールドやにんげんクラブ全国大会にはこの10年毎年参加していたけれど、今年はピンとこないから迷っているんだよね」とご連絡をいただきました。
舩井幸雄会長の亡き今、そのような気持ちになるのもわからなくはないですが、一緒に10年学んで来られた方に、ぜひお伝えしたいことがあります。

今年のSAKIGAKEフォーラムでは、新しい世の中を作り上げていくために、ぜひこの方のお話を皆様にお聞きいただきたいな、と思える先生がたが、たくさんいらっしゃいます。

その中のお一人が、クンルンネイゴン マスターであるKan.さんです。

Kan.さんは、時空を超えて生きる―潜象界と現象界をつなぐ
問題は解決するなの書籍を書かれていらっしゃいます。にんげんクラブ会報誌でもまだ取材記事などを掲載しておりませんので、ご存じない方も多いかもしれません。この本をお読みいただくとわかるかと思いますが、ともかくびっくりの、すごいお方です。


じつをいうと、私も書籍でKan.さんのことを知ったのは、今年の3月に入ってからです。本音を言うとあまり本を読みたい気分でなかったのですが、先輩からあまりにも強く勧められるので、しぶしぶ読んでみました。読むとこれがびっくりの連続でした。

ということで、本を読んで以来私にとってKan.さんは世界で一番会いたいお方・・・・となったのですが、これがなかなかお会いする機会がありませんでした。というのも、私のように感じる方が全国にたくさんいらっしゃって、そもそもKan.さんの講演会やワークショップのチケットを取るのが、じつはものすごく難しいのです。

どこのワークショップも、なんと数秒でチケットが売り切れてしまいます。

先週は、篠島でのリトリートの申込受付があったのですが、3日前から申し込みフォームの入力画面の書き方を練習して、当日の受付時間の30分前にはすべての必要事項を書きこんで、ギリギリまで待機して時間になったと同時に送信したのですが、すでに売り切れ・・・・その間およそ1秒というすさまじい競争率です。田舎のADSLでは光通信に勝てませんでした(苦笑)。

(正直に言うと本当はKan.さんの記事を先週書こうかなと思ったのですが、篠島リトリート申し込みのライバルがこれ以上増えるのが嫌だったので今週にずらしました。こんなセコイことを考えるから、行くことが叶わなかったのでしょうね。エゴが強くてすみません・・・。)

にんげんクラブ主催で6月27日に行われる講演会は、じつは一般枠は即売り切れとなってしまって、キャンセル待ちの方がたくさんいらっしゃいました。にんげんクラブ会員様枠は、しばらく空いていましたが、これもまもなく売り切れとなりました。

東京でのチケットをとるのは難しいし、にんげんクラブの講演会やSAKIGAKEフォーラムまで待てないし、このさい世界中どこへでもおいかけて行ってやろうと思ってようやくとれたのが、6月11日に行われた北海道旭川市の1DAYワークショップでした。

たった1日のワークショップのために、熱海から旭川まで行くなんて・・・・とも思いましたが、実際に行ってみると、参加者の多くは遠方からいらっしゃっていて、一番遠くはタイからわざわざいらっしゃった方もいました。

その内容がどんなだったか・・・・。受講する側の人々の心の状態によって、感じ方が全然変わってくるでしょうから、あんまりおおげさにも書けないのですが、私にとっては、旭川まで行った甲斐がおおいにありました。

お話も面白かったし、一緒にみんなで行ったワークも今まで体験したことのないもので面白かったし、質疑応答も非常に丁寧でわかりやすかったし、その後にもそのワークに関して気づきがありました。

それから、ワークショップの最後にあるセレモニーをみんなで行ったのですが、それがあまりにも強烈なパワーで、立っているのもやっとなくらいで、びっくりしました。

終わった後は、温泉に長時間つかってのぼせた後のように、ぐったりと気持ち良い感じが続きました。目には見えないけれど、たくさんの祝福のエネルギーが宇宙から届いたように感じました。今思い出しても泣けてくるくらいに、涙がたくさん出てきてとまりませんでした。

なんというか、生きることや世の中って、私がかつて想像していたのとは全然違うらしい・・・・とこの世の不思議を垣間見たような気になりました。

とはいえ、ワークショップから帰ってきて数日たったら、また普段の日常に戻ってしまったのですが。

ということで、本当におすすめですから、ぜひぜひ多くの方に、Kan.さんの講演をお聞きいただきたいと思います。

Kan.さんの普通の講演会はチケットをとるのがかなり難しいですが、SAKIGAKEフォーラムでしたら、今のところは絶対に購入できますので、お早めの購入をおすすめいたします^^。
http://funaimedia.com/sakigake/

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ちなみに、このワークショップへ参加するために旭川行きの飛行機に乗ったら、着陸寸前に窓から見えた旭岳全体を覆うように、ものすごく太く大きな虹が横むきにかかっていました。
こんなにも太く大きな虹を見たのは人生はじめてのことで、うわーっとびっくりしました。残念ながら着陸前のことだったので、電子機器は使えず写真にはとれませんでしたが、なんだか旭岳に歓迎されているような気分になっちゃいました。右側の写真は、それから15分くらいたったのちに、空港の駐車場に虹のなごりがあったので、撮影できたものです。

左の写真は、Kan.さんとの記念撮影。ようやくお会いできたのが嬉しくて、ちょっとひっつきすぎな写真になってしまいましたが、他の方もみなさんうれしかったようで同じように撮影していましたよ^^。190㎝くらいの、とても大きな方でした。

 


22世紀パスポート

にんげんクラブの皆様こんにちは。

すっかり夏らしい日が続いていますね。

つい先日まで、我が家のトイレの窓から30センチほどの場所に、ヒヨドリが巣をかけて卵を温めていました。
数週間後には3匹の雛が孵って、ピヨピヨとかわいい姿を見せてくれて、ものすごく癒されました。

毎日眺めておりましたが、9日目に巣を覗いてみたらもぬけの殻。すでに巣立った後でした。
つい先日までは羽もなく、カエルのような姿でいたというのに、たったの9日間できちんと羽も生えて巣立つのだなぁとびっくりしました。野鳥はたくましいですね。

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(エサをねだる雛たち。かわいくてずっと見ていたかったです。)

ところで先週は、けっこうあわただしく時を過ごしました。
6月7日ははせくらみゆきさんと鳴海周平さんの講演会「22世紀パスポート」の司会をさせていただいて、11日は北海道の旭川で行われたKan.さんの1DAYワークショップに参加し、13日はエドガーケイシー財団の光田秀さんとにんげんクラブの小川取締役の講演会でした。


どの講演会も、それひとつで一つのブログが書けてしまうほどに中身の濃いものとなっていましたが、今回ははせくらみゆきさんと鳴海周平さんの講演会について紹介します。

この講演会では、出口王仁三郎さんと舩井幸雄会長のスピリットが感じられて、ミロクの世づくりの気持ちを新たにできました。

はせくらさんのところには、様々な存在が話しかけにくるそうですが、以前に出口王仁三郎さんのことを知らなかったはせくらさんは、鳴海周平さんと、Aさんという女性と一緒に神社にお参りした際に、はじめて王仁三郎さんから話しかけられ、

「給食のおばさんみたいな網のついたぼうしをかぶった、おばさんみたいなおじさんみたいな...おばさんがいる」とおっしゃったそうで、思わず爆笑してしまいました。

たしかに王仁三郎さんは給食のおばさんみたいな網のついたぼうしをかぶっておられる写真があるし、肉体は男性でも魂は女性らしいので、おじさんみたいなおばさん、と結局はおばさんと表現してしまったはせくらさんの表現が非常に面白かったです。

またはせくらさんは、地下都市の存在や、宇宙人、ヒマラヤ聖者などからも話しかけられるそうですが、ヒマラヤ聖者は何百年も洞窟で瞑想していたりするので見た目がちょっと苦手なんだとか。あのエミール大師にもお会いされたそうで、私からすると、ものすごく羨ましいお話でした^^。


このような不思議なお話をたくさん聞いて帰ったからか、はたまたその日に特別ゲストとしていらしていた耳ひっぱり健康法の飯島敬一さん(来月の会報誌にインタビュー記事が載ります。お楽しみに)に帰り際に耳をひっぱってもらったからかはわかりませんが、その日の晩、不思議な体験をしました。

 寝ようと思ったら突然ものすごく頭が痛くなってしまって、目が冴えて2時間くらい眠れなくなって
まったのですが、そのまま抵抗せずにその頭痛を天にゆだねるというか、放っておくことにしました。ふとんの中で、静かにじっとして、頭が痛いのも耳がキーンとするのも、ただたんに傍観者として観察してみたのです。

すると、ものすごい数の映像が早送りのように浮かんでは消え浮かんでは消えしているのがなんとなくわかり、耳のほうでは、膨大な数の存在たちから、何語かわからない言葉で一斉に話しかけられているのがわかりました。

突然のことでかなりびっくりしてしまったのですが、はせくらさんはこのような声を、きちんとコントロールしてご自分で認識できるようになられたのだろうなぁと思いました。そのまま、こわがらずに放っておいたら、すべての情報のダウンロードが完了したのか、ほんの10分くらいで嘘のように頭痛もなくなり、その後ぐっすり眠れるようになりました。


この時は何を話しかけられたのか、何を見たのか、結局さっぱりわからず、しかもすっかり忘れてしまったのですが、こんなこともあるのだなーと面白く感じています。

ちなみにその後は、ついに私も霊能者になれるのかしら!と興奮してみたものの、そんな不思議なことは残念ながら二度とありませんでした(笑)。

まぁでも、あんな声や映像が自分のスケジュールと関係なく次から次にやってきたらすごく大変だと思うので、普段は何も見えない聞こえないくらいが私にとっては分相応なのだと思います^^。

そんなことがあった講演会でしたが、その体験の翌日、冒頭に書いていたヒヨドリの卵が孵ったので、なんだか私自身も生まれ変わったような幸せな気分になりました。まるで22世紀のパスポートを本当にいただいたような気分です。

それにしても、にんげんクラブの講演会は、(私が書くと宣伝みたいになっちゃいますが)面白い講演会がたくさんですね。

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(はせくらさんと鳴海さんの講演会の様子です。)


アンマの抱擁

にんげんクラブの皆様こんにちは。熱海のこだまゆうこです。
このごろはすっかり暑くなりましたね。読者の皆様も、熱中症にはくれぐれもお気をつけくださいませ♪

さて、5月21日に、インドからはるばるいらした、アンマという名の人々を抱きしめる聖者のダルシャンに行ってきました。
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アンマさんの詳しい説明はコチラをごらんください。
http://www.amma.jp/web/contents/AboutAmma/aboutamma.html(アンマ公式サイトより)

この文章は、とにかく長いです。でもどうしても皆さんにシェアしたくて、書きました。よろしければお読みください。

もともとアンマさんのところに行くきっかけとなったのは3週間ほど前。ある場ではじめてお会いした人と名刺交換をしたら、唐突にこんなことを言われました。

「あなたはじつはハグの達人なんですよ。」

ハ、ハグの達人????なんだそりゃ???
私はどちらかというと人との肌のふれあいが嫌いなほうで、ドイツに住んでいた頃でさえハグは苦手でできませんでした。だからハグの達人と言われてもピンとはきませんでしたが、悪い気はしませんでした。

そこでその方に詳しく聞くと、その方は普段整体師をされていて、人を見たり、背骨や尾てい骨を触ったりするとその人のエネルギーがわかるのだとか。興味を持ってそのまま尾てい骨と背骨の調整をしていただくと、こんな言葉をいただきました。

「インドにアンマって抱きしめる聖者の方がいらっしゃるでしょう。あなたも彼女のように、抱きしめることで人を癒すことができる人なんだよ。なぜならば、人生においてあなたほどの深い悲しみを味わった人はそういないからね。普段ハグを人にすることはないかもしれないけれど、機会があれば人にハグをしたりされたりしてみたらいいよ。それによってあなたもまわりの人も癒されるから」

とのことでした。
肉体を持って三次元に生きている限りは、誰にだっていつかは悲しみがやってくるのがあたり前だと思うので、私が人よりも深い悲しみを味わったとも思わないのですが、ともかく初対面の人にそんなことを言われて、びっくりしました。

それから二日ぐらいして、「そういえばあの方がおっしゃっていたアンマって聖者はどんな人だろう?」とふと思い立ってインターネットで検索してみたら、なんと1週間後にアンマさんが来日すると書かれているではありませんか。しかも誰でも当日会場に行けば無料でハグを受けることができるというのです。

ということで、抱きしめの聖者アンマのハグを体験しに行こう!と思い立ちました。

さて、21日ダルシャンの当日。
会場に着くと整理券をもらうための長蛇の列ができています。
うわー、たくさん待たなきゃいけないのだなぁと思いましたが、この整理券をもらうと、順番がくるまで会場内をゆっくりとくつろいでいていいのだそうです。会場にはアクセサリーや書籍など面白そうなものがたくさん売っていましたし、カフェスペースもありました。

整理券をもらって会場に入ると、会場の前方で参加者一人ひとりにハグをしているアンマさんが見えます。その姿を見た瞬間に、びっくりして体が硬直しました。

す・・・・すごい!あの人は人間の形をした神様だ・・・・・

これがはじめてアンマを見た感想でした。

アンマはただ黙々と、一人ずつ抱きしめ続けます。一人につき、30秒くらいでしょうか、けっこうな時間をかけて、何かを耳元でささやきながら、ギューっと抱きしめるのです。

私は緊張した体を震わせながらもなんとか椅子に座ると、いく筋もの涙がとめどなく流れました。ただアンマの姿を眺めているだけなのに、涙がとまらないのです。

たぶん、去年までの状態で私がアンマにお会いしたとしたら、何もわからなかったと思います。ただみんなを抱きしめるだけの心優しいおばさんだなぁ、くらいにしか感じなかったことでしょう。
しかし今の私は年明けにあったいろいろな出来事によって、傷つき、悲しみ、心から癒しを求めていたし、霊的にも非常に敏感な状態になっていたので、アンマの精妙な波動を感じ取れたのだと思います。

眺めているだけでこの状態だから、抱きしめられたらどんなにすごいのだろう・・・。と、ハグに慣れていない私はすごく緊張しました。

2時間以上待って、いよいよ私の番がやってきました。アンマの体のまわりからは、とても芳しいバラの香りが漂っています。抱きしめられた時、アンマは「マーマーマーマー」と耳元でささやきました。

それが終ると、「少しの間アンマの近くで座っていていいですよ」と会場の誘導係の方から伝えられました。

抱きしめられているときは、普段ハグに慣れていないし、こちらも緊張しているために、そのすごさは全然わからないのですが、抱きしめられた後に舞台のちょっとわきのほうでアンマの近くに座っていると、自然と頭が下がり手が祈りの形になりました。祈ろうという気も、抱きしめられた感動もないにもかかわらず、勝手に体がそのような形になって、そこから動こうとしないのです。その場から一歩も離れたくない、いつまでもこうして祈っていたいという気分でしたが、他の人を待たせていたので、なごり惜しい感じでアンマの近くから離れました。

それから会場をしばらくブラブラして本やCDを購入し、別の予定があったので品川の舩井本社のオフィスへと向かいました。

この日は家を出てくるまでは、午前中にアンマの抱擁を受けに行くことだけがスケジュールされていたにもかかわらず、なぜだか立て続けにいろいろなスケジュールが入ったり、ひょんなところで懐かしい人に会ったりして、結局家路についたのは熱海行きの終電になってしまいました。

さて次の日。前日にたくさんの人に会ったので、かなり疲れており、仕事もなかなかはかどらないので、夕方になったら早々に帰宅することにしました。家に帰る道すがら、思い出したようにアンマの会場で買ったチャンティングという祈りのCDを流しました。そうして家についてからも、家の前に車を止めてしばらくそのCDを聞き続けていました。

すると、アンマさんのお顔と、前日のダルシャンでのある光景がありありと蘇ってきました。考えたくなくとも、その光景の映像が頭にダイレクトに浮かんでくるのです。

というのも、あの日ダルシャンの後に、ちょっと奇妙なことが起こったのですが、それを私は考えないようにしていたし、翌日は疲れていたのですっかり忘れていたのです。
それはどんなことだったか、ちょっと長いですが描写します。

私のダルシャンが終って、一時間ほど会場をブラブラとして、帰ろうかな、と思った時のことです。アンマの信者の方々が、細長いカーペットを会場の舞台から出口まで敷き、そのカーペットのまわりに集まり始めました。ははぁ、もう午前の部が終ってアンマがもうすぐ会場から出ていかれるのだな、それならばせっかくだから見送りだけしようかな、と思って私もそのカーペットのまわりの適当な空いている場所に立ちました。
カーペットのまわりが花道のように人でいっぱいになってくると、信者の人がアンマのサンダルを持ってやってきて、なぜか私の目の前のカーペットの上にそれを置きました。

そのカーペットの始まりの地点の端付近や、カーペットが終る地点の端に置くのならばサンダルを置く場所としてわかるのですが、なぜか、カーペットの長さの三分の二くらいの中途半端な位置に、置くのです。

あれ?なんでここに置くの?と不思議に思いつつ、ここにサンダルを置くということは、アンマはここでサンダルを履かれるんだな、じゃあここで少しアンマはストップするだろうから近くにいれてラッキーだったな、とこの時点では思いました。

それと、たくさんの信者さんたちが見送りをする中で、はじめて来た自分の目の前にサンダルが置かれるのは、アンマのことが大好きな皆さんにちょっと申し訳ないな、とも思いました。


しばらくすると、スタッフの方々がそのサンダルの近くにやっぱり集まってきて、「○○さん、こっちこっち~」と小さな赤ちゃんを抱いたお母さんを私の向かい側に呼びました。見ると、まだ首もすわっていない、目が見えているかどうかも微妙な非常に小さな赤ちゃんです。

正直に告白してしまうと、それまで私はまだ新生児や妊婦さんを直視することはできませんでした。私が赤ちゃんを亡くしてしまったことと、まわりの妊婦さんや赤ちゃんはまったく関係がないのですが、見ると嫉妬するし悲しくなるから、できれば見たくありませんでした。

頼むからこれ以上近づかないでほしい・・・・と嫌な予感がしたのもつかの間、スタッフの人はそのお母さんをこちら側に呼び、私の真横に立たせました。横でお母さんが話す会話を聞くともなしに聞いていると、まだその赤ちゃんは生後1ヶ月なのだそうです。
そんなに小さな赤ちゃんをこんなにも人がたくさんいるところに連れてくるなよ、と心の中で悪態をつき、赤ちゃんを見ると、その子はまっすぐなまなざしで、私の顔を凝視しています。目と目をあわせ、ああ自分にも無事に子どもが生まれていたら、ちょうど今ごろはこの子と同じくらいの大きさだったかな・・・とせつなくなりました。

それからアンマが帰るためにカーペットを歩いてきて、私の目の前でサンダルを履いて少し止まったら、その女性は赤ちゃんをアンマに差し出し、アンマは優しく赤ちゃんを抱っこして祝福した後、まわりのスタッフや信者の人を何人かを抱きしめてから、会場から出ていきました。

ほんの数十cmしか離れていない目の前で呆然とそのような光景を目にしながら、なんでわざわざ、あんな光景を見せられなければならなかったのだろう・・・と思いつつ、まぁ偶然かな、と思って私も会場を出たのでした。

さてさて、先ほどの文章に戻りますが、翌日の車の中でチャンティングのCDを聞いていたら、なぜだかその時の赤ちゃんの姿と、アンマの顔が、交互に何度も頭に浮かんできました。赤ちゃんの顔を思い浮かべると、悲しくて切なくてくやしくてどうしようもない気持ちになってきて、わんわんと泣いてしまいました。

そしてしばらく泣いていると、どこにも持っていきようのない、ものすごい怒りの気持ちが湧いてきました。それは激怒と言っていいものでした。それまで悲しみとせつなさの中で生きていてまったく気づいていませんでしたが、私はこの4ヶ月間、ふつふつと、静かにずっと腹の底から激怒していました。


なぜ私だけがこんな目にあわなければならなかったんだ!
なぜ私の赤ちゃんだけが、命を奪われなければならなかったんだ!
そしてなぜそんなタイミングで、大好きな舩井会長までいなくなってしまったんだ!
なぜ!なぜ!なぜ!


と、神というか宇宙に向かって猛烈に怒りました。
地団駄踏むという言葉がありますが、本当に車の中で地面を踏み鳴らして暴れて泣きわめきました。
そうしてひとしきり泣いた後、ああ、そうか、私は怒っていたのか、と気づきました。

必要、必然、ベスト、などと出来事を頭で納得させておきながらも、結局のところ心は全く納得できなくて、悲しみながら、ずっと怒っていたのでした。

そんな中で変わらず流れ続けるチャンティングは、私の心を静かに暖かく包み、アンマの沈黙の横顔を思い出させました。

ああ、アンマは何も語らず、笑顔さえも私に向けなかったけれども、沈黙の中ですべてわかっておられた。あれは絶対に偶然なんかじゃなかった。

あれだけたくさんの人がいる中で、なぜ私の真横に、生後1ヶ月の赤ちゃんがこなければならなかったのか。なぜ私の目の前でアンマは赤ちゃんを抱き祝福しなければならなかったのか。

もしかすると私の内に秘めた怒りの心に気づかせるために、すべてが予定どおりに繋がったのではなかろうか。そもそもアンマに会いに行ったことさえも、予定どおりに繋がった結果ではなかっただろうか。

猛烈な怒りの感情に気づくことで、私は怒りを解放することができました。
そして4ヶ月もの間、悲しみ続けると同時に怒り続け、自分はかわいそうな人だし、被害者だと決め付けていたことに気がつきました。

出来事はただ起こっただけ。その事実があるだけ。
たんなる出来事に悲しみや悔しさや怒りの感情を結びつけたのは、私自身の心。そしてその感情によって、いろいろと学ぶことができたし、気づくこともできました。悲しいけれど、それはかけがえのないギフトでした。

このように怒りの気持ちを解放することによって、これからは少しずつ、自分のことを被害者であると決めて生きていくのはやめようと思えました。

これはたぶん、アンマの恩寵によって気づかせていただいたことだと思います。
そんなことに気づかせてくれたアンマと、アンマのところへ導いてくださった誰かはわからないけれど大いなる存在に、感謝したいと思いました。


以下に、私が感じた出来事を、よくあらわしているアンマの文章があったので、少し長いですがお読みください。


質問者:どのようにしたら、サットグル(悟りを開いた霊性の師)から実際に助けてもらえるのでしょうか。

アンマ:助けを得るためには、まず自分が「病人」であることを認め、忍耐強くあるよう努めなさい。

質問者:アンマは私たちのドクターですか。

アンマ:優れた医者は「私がいちばんの名医だ。私のところにいらっしゃい。治してあげよう」などと、自分からふれ歩くことはありません。また、たとえある病人がいちばんいい医者に診てもらったとしても、病人のほうに医者に対する信頼がなければ、治療は効果を発揮しないでしょう。

 時と場所にかかわらず、人生という劇場で起こることは神がなさっていることです。私たちが手術を受けるとき、執刀している外科医の顔はマスクでおおわれていて、その顔を見ることはできません。いったいどんな人が私たちを治してくれているのか、わかりませんね。それと同様に、人生で起こることの背後に何がわかるのかを、私たちは知ることができません。私たちが人生で遭遇しているさまざまな出来事を、操作しているのは誰なのか。出来事の背景にあるのは、神の、あるいはサットグルの慈愛に満ちた顔なのです。

質問者:弟子たちのエゴを取り除かねばならないとき、アンマは容赦なく厳しく接しますか。

アンマ:医者が手術でガンを取り除こうとするとき、体にメスを入れますね。体をメスで切るわけですが、それがかわいそうだから手術をしないでくれとは言わないでしょう。もし、そんなことを頼むなら、そのほうが患者にとってかわいそうです。アンマが子どもたち(アンマは自分を慕ってくる人々すべてを「子どもたち」と呼ぶ-訳者註)のエゴを取り除いてあげようとするときも、子供たちがそれを望み、そうしたいと願うときです。彼ら自身の協力が不可欠です。

質問者:そういう人を助けるために何をするのですか。

アンマ:アンマはガンというエゴと子どもたちが正面から向き合うように導きます。それは自分の内なる弱さと、何でも否定的に考える心の癖を見つめることでもあります。そうしたのちに、それらのエゴを容易に取り除くことができるようにします。それが真の慈悲なのです。

(『フロムアマズハート』~聖なる母との対話 より日本マーター・アムリターナンダマイー・センター刊)

まさに私は、アンマの沈黙の中で、自分の内なる弱い心と正面から向き合うように導かれ、自分が被害者であると思い込んでいたエゴを取り去る手術をしていただいたような思いです。


これらの一連の出来事や文章は、もしかすると多くの人から「スピリチュアル」とみなされるかもしれませんが、私にとってこれはスピリチュアルではありません。日常の出来事の中でもひときわ色濃く鮮明な現実です。
何をもってスピリチュアルと呼ぶかは、人それぞれですね。

私はこれからも、このような精妙な感覚を、現実として信じていけるような人間でありたいと願っています。

そして、冒頭の文章に書いたように、いつかは私もハグの達人になれるかどうかは別として(笑)、たくさんの愛を惜しみなく人々に届けられるようになりたいと思いました。

読者の皆様、このように長い文章におつきあいいただき、ありがとうございました。

アンマの書籍やCDはこちらから購入できます。

http://cart02.lolipop.jp/LA02181118/

大本の亀岡天恩郷に行ってきました

にんげんクラブの皆様こんにちは。新緑の美しい季節、皆様いかがお過ごしでしょうか。

ここ最近の私は、京都や仙台、東京などに行く機会があり、いつもより少し移動が多い時期を過ごしています。かつて舩井会長は移動距離の長さはその人の情報量の多さに比例するとおっしゃっていたことがありますが、なるほどたしかに移動が多いとそれだけいろいろな人やいろいろな空気に出会うことができて、たくさんの情報が得られるようですね。

さて、先日は京都に行く機会があったので、お友達の出口さゆりさんに連絡をとってみたら、彼女の家に泊めてもらえることになりました。

出口、という苗字ですでにピンと来た方もいらっしゃるかもしれませんが、さゆりさんは出口王仁三郎さんのひ孫にあたる方で、出口眞人さんのお嬢さんです。

さゆりさんは10年ほど前に、一年間だけ株式会社舩井本社の秘書室に勤務されていました。私が入社する頃にちょうど寿退社され、ほんの1、2ヶ月だけ職場でご一緒させていただいたご縁があります。彼女はとっても優しく奥ゆかしい女性であり、10年前の私は波動の粗さゆえにいろいろな失敗をしでかしたと思うのですが、豪快に笑って許してくれるような懐の深さがありました。

さゆりさんとはそのうち絶対に亀岡に遊びに行くね、と約束をしつつも、なんとなく機会が訪れず、年賀状のやりとりだけが続き、10年たってようやく彼女のもとに遊びに行くことができました。


前回のブログで「昭和の七福神」について書いた際には、そんなプランは全然考えもしなかったにもかかわらず二日後にはさゆりさん宅にちゃっかり泊めていただくこととなって、なんだか王仁三郎さんから「おいで」と呼ばれたような気持ちになりました。

そして、前日の急なアポイントにもかかわらず、泊まりにおいでと気楽に言ってくださったさゆりさんの懐の深さは健在で、やっぱりさすがだなぁと思いました。

さて、亀岡の聖地、天恩郷を少しご案内していただくと、とっても空気のきれいな場のいいところでビックリしました。かつて第二次大本事件で徹底的に破壊された場だとは教えてもらうまでわからないほどに美しい場でした。

王仁三郎さんの書かれた書や美しい耀盌をギャラリーおほもとで鑑賞し、その芸術性の高さにも驚きました。

王仁三郎さんを身近に感じてみると、今まで自分はすごい勘違いをしていたことがわかりました。というのも、限られた書籍の中や写真でしか王仁三郎さんの存在を知らなかったために、勝手な想像で、豪快で猛々しく、タイプで言うと力士のような方なのかなぁと思っていました。

ところが実際に亀岡で魂を感じてみると、繊細で優しく、女性のような柔らかさと暖かさを持った人のように感じました。10年近くも勝手な勘違いをしていた自分にあきれるとともに、やっぱり実際に会ったり(今回の場合はすでにお会いできないので魂を感じただけですが)、訪ねたり、経験したりしなければ、本当のことってわからないのだな、と思いました。


ところで案内してもらった時刻は、ちょうど夕方に礼拝をする時間だったので、せっかくだからとご一緒させてもらったのですが、ちょっと不思議なことがおこりました。

というのも、私は3ヶ月前くらいから原因不明の痙攣に悩まされていました。しゃっくりのように体全体が意思とは関係なしに痙攣することが続き、特に夜になるとひどくなりバタバタと手足が勝手に動いて白目をむいてしまうほどでした。はじめは脳の病気かなと怖かったのですが、どう考えても医者に行って治るような性質のものだと思えなかったので、そのまま放っておきつつも、日常生活にも支障をきたしつつあったのでほとほと困っておりました。

そんな中、天恩郷の神殿で祝詞を奏上している間、その痙攣がピタっと止まったのです。それ以降は、あんなにひどかった痙攣が、3割程度に減りました。これには非常に驚くとともに、亀岡に来させていただくことになったご縁をひしひしと感じました。


その晩はさゆりさんの美味しい手料理をいただき、朝は我が家の夕飯よりも手の込んだ美味しい朝ごはんもいただき、さらには竹の皮に包んだお昼のおにぎりまでご用意していただいて、至れり尽くせりでお世話になりました。

仕事もしつつ、息子さんの子育てもしながら、こんなふうに温かいおもてなしがサラリとできるさゆりさんはすごいなぁと、とても尊敬しました。


その後、亀岡を後にして、京都での別件の用事をすませて家路につきながら、なんだかこれからも大本とは深いご縁がありそうだな~と思いました。


さて、それから1週間と少したって、21日に突如さゆりさんからメールがあり、東京で父の出口眞人さんの講演会が夕方にあるとお知らせがありました。
その日はちょうど東京にいたので、急なお誘いにもかかわらずぴったりのタイミングで講演を聞かせていただくことができました。

王仁三郎さんのお人柄がよくわかるエピソードや、日本の役割など、聞きたかったお話しがたくさん聞けて、とても嬉しかったです。

そんなこともあって、やっぱりこれからは大本とただならぬご縁があるような気がするな~と思いました。

そして、今この記事を書くまで知らなかったのですが、出口王仁三郎さんの命日は、昭和23年の1月19日なのだそうです。舩井会長も1月19日が命日なので、お二人にはやっぱりご縁があったような気がしてなりません。

最後に、出口眞人さんのテキストより、王仁三郎さんの書かれた「ミロクの世」についての記事をご紹介して、この原稿を終えたいと思います。

王仁三郎さんも舩井会長もずっと夢見続けたミロクの世、だんだんとそうなりつつあるような気がしています。


● ミロクの世とは

善い事をすればよくなり、悪い事をすれば悪くなる世を称してミロクの世というのである。今までの世は、悪いことをしても旨く世間をごまかすことができれば立身出世もできるし、善い事ばかりをしていても、虐げられ苦しめられ悲惨な境遇に泣かなければならぬものも数多くあった。これは悪魔の守護する世であったからである。ミロクの世になってからは最早かかる不合理は許されない。善いことをすればどんどんよくなり、悪いことを企つれば片っ端から打ちくだかれ、悪の思わくは一つも立たぬ正しい世の中になるのである。

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(亀岡の天恩郷にある月の輪台。一説によると、王仁三郎さんの魂はここに鎮まっておられるそうです。たしかに優しい王仁三郎さんの魂を、ここで感じたような気がしました。)

昭和の七福神

にんげんクラブの皆様こんにちは。熱海のこだまゆうこです。
皆様は楽しいゴールデンウィークを過ごされましたでしょうか?
ゴールデンウィークはどこも混んでいるので、外出はけっこう大変ですよね。

遠出してもしなくても、観光地である熱海は混んでいるので、今年はもっぱら家の掃除や、庭木の剪定、畑作業などをして、静かに過ごしました。
せっかくの休みにどこにも行かないなんてつまらないなぁと思っていましたが、ひさしぶりにゆっくりとくつろげて、とても良い休日を過ごすことができました。いまさらですが休息って大事ですね^^。

さて、タイトルの『昭和の七福神』をご存知の方、にんげんクラブ会員様の中にどのくらいいらっしゃるでしょうか?

舩井会長が亡くなられてから、見えない世界のわかる様々な方から、なぜだか七福神についてのお話を聞く機会が多くありました。それらの方々のお話をまとめると、どうやら舩井会長は生前も死後も七福神様と並々ならぬご縁があるようです。

そういえばかつて舩井会長は広島県の仙酔島に行って宿泊した時に、七福神と対話したとかなんとか言っておられたなぁ、と思っていたら、こんな記事を見つけました。

http://www.funaiyukio.com/funa_ima/index.asp?dno=200609005 
↑舩井幸雄.com 2006年9月15日の記事です

舩井会長がこのようにちょっとチャネリングチックな文章を書くのは、けっこう珍しいと思うのですが、なかなか面白くためになるお話ですね。

ということで、七福神についていろいろと調べていたら、これまた舩井会長とご縁の深い大本の出口王仁三郎さんが、『昭和の七福神』という映画を主演、監督として遺しておられることを知りました。王仁三郎さんのことも、最近同じようなタイミングでいろいろな方から話を聞く機会が増えていたので、直感的に「コレだ!」と思いました。なんだかわからないけれど、この映像は非常に大事なもののような気がしました。

(↓DVD販売元の八幡書店様のホームページはこちらです。)
http://www.hachiman.com/books/89350-871-3.html

この映像は昭和10年の第二次大本事件からわずか4ヶ月ほど前に撮影されたものだそうで、大弾圧によって、フィルムは没収されてバラバラに行方がわからなくなり、幻の映画となっていたそうです。その後半世紀以上もたって、奇跡的にフィルムが見つかりこうしてビデオやDVDで販売されることになったのだそうです。
3分くらいをyoutube で視聴することもできます。
https://www.youtube.com/watch?v=ip1fdmlfUj8

これを見ると、七福神扮する王仁三郎さんが、とてもコミカルで、でもちょっとこわくて、なんだか謎がいっぱい詰まっているような気がします。

あの王仁三郎さんのことですから、きっと第二次大本事件が起こる時期もわかっておられたでしょうし、このビデオが半世紀後に復活することもわかっておられたのでしょう。
彼はこの映像を、「大三災を軽減し、小三災を救う大神業である」と語っておられたのだそうです。

すぐに購入して見てみましたら、ものすごく心臓がドキドキしました。単純に映画としてだけ見ると、面白くもなんともない(?)映像ですが(←失礼しました^^)、映像に隠れた何かが、どうにもこうにも心臓をドキドキさせるのです。その夜はなかなか寝付けなかったほどです。(朝方ようやく寝られましたが、夢に王仁三郎さんが何度も出てきました。)

私は普段は見えたり聞こえたりの霊感があるほうではないので、詳しいことはわかりませんけれど、どうにもこの映像は、今の時代に必要とされているような気がしてなりません。

ということで、ご興味を持たれた方は、ぜひ『昭和の七福神』を、ご覧になられてはいかがでしょうか。
ひょっとしたら、暗号や、三次元では見えない力が、たくさん織り込まれている映像なのかもしれません。


はじめての講演会、ありがとうございました

にんげんクラブの皆様こんにちは。熱海のこだまゆうこです。
先週のブログで、人との出会いのすばらしさについて、食堂で隣り合った方と話がはずんで取材が決定したことを書きましたが、昨日同じ食堂に行ったら、今度は別の方となぜだか話がはずんで、実はこの本四国剣山に封印されたソロモンの秘宝
の著者だったことがわかりました。


言霊にはいつも興味があるし、最近はなぜだか日ユ同祖論について非常に興味が湧いていたし、来週はピラミッドと四国の謎を解きに高知のPちゃんに会いに行く予定だったので、またまたシンクロ~とびっくりしました。
その方は半年ぶりにその食堂へ食べに来たのだそうです。
なんだか天国から舩井会長がいろいろな方に会わせてくれているような気がしてなりません。


さて、前置きはここまでとして、先日の20日、日曜日には、生まれてはじめての講演会を無事に終えることができました。

熱海という非常に辺鄙な場所で、私だけの講演会だったにもかかわらず総勢9名の方が来てくださって、非常にありがたく嬉しい一日でした。兵庫県の姫路市や千葉県、埼玉県、神奈川県、最も近い方でも静岡県の富士市で、皆さん遠いところを時間をかけて来てくださって、本当に頭の下がる思いでした。

じつは4月20日には、東京や愛知でもにんげんクラブ関係のイベントがけっこうあったので、本来ならばこの日にはやらないほうが良かったのかもしれませんが、どうしてもこの日を記念すべき日としたかった理由がありました。

そもそもこのように講演会を開こうと思ったのは、舩井会長と赤ちゃんが亡くなったことが、大きなきっかけでした。亡くなった二人は、私がどのように生きれば喜んでくれるかなぁと思った時に、講演会をやってみようと思ったのでした。

そこでいつやろうか?と思った際に、赤ちゃんは4月24日に生まれる予定だったから、その前後の土日の日取りの良い日にしよう、と思いました。カレンダーを開いてみると、後半の週はゴールデンウィークにかかってしまうし、前半が良いだろうな、土曜と日曜はどっちが良いかな?と見てみると、日曜日は大安で、さらに復活祭と書かれてありました。

この日はキリストの復活祭を世界中で祝っている日だったし、舩井会長と赤ちゃんの魂も私にとっては復活ということで勝手に決めて、20日に講演をすることにしました。この日にすると舩井会長や赤ちゃんだけでなくキリスト様も祝福してくださるような気がしたのです^^。

このように日取りを決めたのは、講演の一ヶ月半くらい前のことで、それ以上の意味は特に何も考えていなかったのですが、講演する5日前くらいになって、主人が教えてくれて気づいたあることがありました。

というのも、私たちの結婚指輪には、4月20日と刻まれています。
6年前の4月20日に、私たちは結婚式をする予定でした。しかし結婚式の一週間前に突如主人の父が亡くなってしまったために、式を延期することになりました。
そのため、私たち夫婦にとって、結局は何の意味もない4月20日という日付がずっと指輪に刻まれたまま、この6年間を過ごしてきました。
あまりに何の意味もない日付が彫られているので、何度か刻印を彫りなおしてもらおうか?と話題には出たのですが、面倒くさかったこともあって、「まぁ、いいか」とそのままになっていました。

今回新たな出発として講演会を4月20日に開催したことで、ようやく結婚指輪の日付が意味のある数字になったような気がしたとともに、本当はこの日に講演会を開くことも、6年前、もしくははるか昔から決まっていたのではないか、というような気がして、なんだか感無量でした。


そんなことを講演の冒頭で喋ったら、講演開始3分もしないうちから泣きそうになってしまって、こらえるのに必死でした。ここで泣いたらせっかく来ていただいた方々を困らせてしまうと思って、なんとか最後までこらえて、泣かずに講演を終わらせることができました。

講演の内容としては、まだまだ改良の余地がたくさんありますし、緊張もして拙い講演ではありましたが、最後まで泣かずに話しきったことだけは、帰宅後自分で自分をおおいに褒めてあげました^^。

さて、肝心の講演内容は、ブログの中では「右脳型なのでご参加いただいた方のお顔を見て話す内容は変わっていくかもしれません」などとカッコいい(?)ことを書いていましたが、緊張しすぎてアレンジを効かせるなんて全くできず、準備をしていったお話をするのが精一杯でした。

ちなみにこんな内容でお話しました。
当日のレジュメ ↓  ↓

「全人類アセンション完了を目指して」  神様と合体して生きる

2014年4月20日  こだまゆうこ 第一回 熱海講演

1. 簡単に自己紹介

2. 舩井会長との出会い

3. 舩井会長いろいろなエピソード

4. 神様になった舩井会長

5. 最近感じること

6. ヒマラヤ聖者から学ぶ、この世を愛と調和でラクラク生きるテクニック

7. 日本人なら知っておきたい、太陽エネルギーを取り入れる方法

8. 願望実現のウラ技

9. 必要なメッセージは必ずやってくる

10. 大きな困難や悲しみを乗り越える方法

11. 2015年4月12日に東海大地震が来る?

今月参考になった本
「日本人が知って変えていくべき重大な未来」 ゲリーボーネル著 ヒカルランド刊
「時空を超えて生きる」 Kan.著 ナチュラルスピリット刊
「クンルンネイゴン」 マックス・クリスチャンセン著 VOICE刊
「ワンネスの青写真」 アシェイマリマクナマラ著 太陽出版刊
「古神道神下ろしの被疑がレムリアとアトランティスの魂を蘇らせる時」 保江邦夫著 ヒカルランド刊
「医者も知らないホルモンバランス」「続医者も知らないホルモンバランス」ジョン・R・リー著 中央アート出版刊 プロゲステロンクリームを塗るだけで、女性の更年期や子宮筋腫など病気のほとんどが治る。ひまし油湿布も参考に


ご参加いただいた皆様には、「良かったよ」と言っていただけて、はじめてにしてはそこそこの講演ができたかな?と思っています。

講演している最中は、舩井会長がそばで苦笑しながら見守ってくださっているような気がしました。
ときどき「おいおい、そこまでバラすなよ」と怒られてしまいそうでしたが(笑)。

と、こんなことを書いていたら、ちょうどはせくらみゆきさんと、鳴海周平さんが、まさに今、舩井会長の奥様に会いに熱海までいらしていて、私もその場に呼んでいただけることになりました。(ということで、行ってきまーす。)

そして今、一時間ほどお話をして、帰ってきたところです。
お話の中で、舩井会長のメッセージをはせくらさんがたくさん伝えてくださいました。

それがあんまりにも舩井会長が言いそうなことをおっしゃるので、思わず泣いてしまいました。
特に奥様へ向けた舩井会長からの愛のメッセージは涙がとまらないほどに感動しました。

そこでお聞きしたメッセージをまとめると、やっぱり舩井会長は亡くなってからも私たちを大きく包み込んで、ミロクの世へ向けての活動を見守ってくださっているということでした^^。

20日の講演の間は、たしかに舩井会長がいらっしゃるような気がしたし、ご参加いただいた皆様にも「舩井会長がいらっしゃったように感じた」と言っていただけました。はせくらさんの口を通しても、「見守っていますよ」とメッセージを伝えてくださった舩井会長を思いながら、これからも講演活動を続けたいと思いました。


拙い私の講演を聞きに来てくださった皆様、会場には来られなかったけれども陰ながら応援してくださった皆様、こうして今ここでブログを読んでくださっている皆様、皆様がいてくださるおかげで、私は今日もこうしてブログを書き、講演を続けようと思えます。本当にありがとうございます。

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人との出会いの素晴らしさ

にんげんクラブの皆様こんにちは。熱海在住のこだまゆうこです。
春真っ盛り、最近は関東、東海周辺では、ポカポカとした陽気な日が続いています。
そろそろ筍が顔を出す季節ですね。
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(熱海オフィスの庭の桜です。みえにくいですが山桜と、八重桜、桃の花がうつっています。)

最近は、人との出会いとは奇跡のようだな、と思うことがよくあります。
熱海に住んでいると、普段は人との出会いがほとんどありません。

通常の活動範囲は、自宅から会社まで車で行き、仕事帰りにスーパーマーケットに寄って帰るだけです。
それとたまに、出社前にランチを食べに行って、お客さんの数が少なかった時だけ、お店の人と少し世間話しをするくらいです。

ということで、熱海でごく普通に暮らしていると、家族と会社の人だけの、非常に少ない人数の中で会話がなされ、気づけば今日は人間よりも犬とのほうがたくさん喋っているなぁ、なんて日も少なくありません(笑)。
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(最近ブログの出番が少なくて寂しいんだよ、とクレームを言う犬たち。)

舩井会長がお元気だった頃は、熱海オフィスにも世界中から様々な職業のお客様がしょっちゅうみえていたし、地方の講演会に同行したりもするため、数え切れないほど人との出会いの機会がありました。
そのようなありがたい出会いの数々も、当時若かった私のキャパシティには多すぎて、名刺交換をさせていただいた後も顔と名前を覚えきれないなんて失礼なこともよくありました。

そのように人との出会いの機会がたくさんあった時には全然わからなかったけれど、今になってみると、出会いとは本当に奇跡のようなものなのだな、とつくづく思うようになりました。


人はご縁のある人にしか会うことができないし、意味のない出会いなんて本当はひとつもありません。
たとえそれがほんの少しのふれあいだったとしても、人と人が出会うことによって、そこに化学変化が生じて、お互いに何かを感じたり、学んだりするものです。こうして出会いのありがたさを実感していると、人が存在することによって、私が存在できるのだなと思えるようになりました。

最近あった面白い出会いのひとつは、よくランチを食べにいく食堂で、たまたま隣あって世間話をした方が、次回食べに行った時にも店主とその方の話題が出た時にタイミングよくやってきて、いろいろと話をしているうちに、その方がルネサンス時代のある錬金術師の研究者だということがわかり、にんげんクラブのインタビューをさせていただくことになったことです。(参考までにお知らせしますと、私は普段は食堂で隣り合った人に世間話をするようなオープンな性格ではありませんし、一度会っただけで取材の依頼をするほど積極的でもありません(笑))

もしかすると都会では、「まぁそんな偶然もあるかもね」なんて話ですまされるかもしれませんが、この出会いの少ない熱海の、小さな食堂で出会った人ですから、守護霊やハイアーセルフ、なんらかの存在が出会わせてくださったのでは?と思えてなりませんでした。

それから、もうひとつ印象的な出会いがありました。これはすでに知っている間柄の出会いですが、舩井会長が亡くなって2~3週間くらいたった頃でしょうか。私自身もショックを抱えつつもなんとかかんとか順調に回復してきた頃、看病をしてくれていた母が実家へ帰ることになりました。今日で最後だから、といつもよりちょっと高級なランチを食べに後楽園ホテルに行って食べていたら、なんだか見慣れた家族連れが。
よく見ると、なんと舩井会長の奥様と長女のゆかりさんご家族が、ちょうどランチを食べにきたところでした。

お互いに、元気にしているかなぁ、大丈夫かなぁ、と話題に出していた直後だったので、すごい偶然!皆さん元気そうで良かった~と、本当に心からお互いに言い合いました。これはなんだか舩井会長がお互いに心配していたご家族の皆さんにタイミングを見計らって出会わせてくださったように思いました。


すべての人との出会いは、いつも、その人にとって完璧なタイミングで、その人にとって完璧な人たちと出会うようになっているのでしょうね。

と、こんなことを考えていたら、今週末の私の初めての講演会ではどんな方々にお会いできるのかな、とすごくワクワクします。

今まで、あがり症だし自信もなかったので、どれだけ人から促されても重たーい腰を上げることができなかった講演会、ようやく一歩を踏み出す勇気が持てました。だから、私にとって4月20日は第二の誕生日のような意味合いを持っています。たぶん一生この日のことは忘れません。たくさん、お伝えしたいことがあります。

きっと、その時の私にとって完璧なタイミングで、完璧なご縁があって、完璧な人数の方々が、集ってくださるのでしょうね。ワクワクで、ドキドキです。まだまだ未熟者の私ですが、第二の誕生日とやらを、見届けてやろう!と思ってくださった心優しい方、遠い熱海の地まで足をお運びいただければうれしいです。

小川雅弘取締役の講演会

にんげんクラブの皆様こんにちは。
春らしい日が続いていますね。皆様はいかがお過ごしでしょうか。
こちら熱海オフィスでは、舩井幸雄会長が大好きだった御衣黄という緑色の桜の花が咲き始めました。
この桜を見るたびに、うれしそうに眺めていらした舩井会長を懐かしく思います。

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(これが、御衣黄です。黄緑色の花が咲きます。)

さて、先週の金曜日に、にんげんクラブの小川雅弘取締役の講演会に行ってきました。
おなじみアースキーパークリスタルPちゃんのお話、A-RAY WATERのお話や、宇宙人、地底人、ピラミッドのお話などなど、以前からすごいお話ですが、さらにパワーアップした不思議なお話がたくさん聞けました。
不思議な話が、日々進化していくって、なんだか謎解きみたいで面白いですね。


お話をお聞きしていると、過去の話が今に繋がっていたり、未来の鍵が過去の出来事であったりと、何万年から数年単位のお話までが、まるでひとつに繋がっていて、同時に起こっているかのように感じてしまいます。
不思議なお話を真剣にされる小川取締役を見ると、あれ?そういえば時空ってあったかしら?と思ってしまうような、妙な気分になってくるのです。

この物語をうまくまとめたら、スティーブン・スピルバーグ監督もびっくりの映画になりそうだなぁと思えるような壮大なテーマなのですが、世界中を巡って冒険をした結果、鍵は以外にも身近で地味なところにあったりして(笑)、メーテルリンクの童話の「青い鳥」を彷彿とさせるところもあります。

土佐経済同友会の代表幹事をされていたり、長年盛和塾で学び続けておられたりする小川取締役の表(?)の経営者像からは、いい意味でかけ離れたぶっ飛びのお話を聞くことができました。(と言っても、にんげんクラブでは裏の顔がいつもメインですね。最近ではどっちが表か裏かすでにわからないです・笑)

この日は、講演や懇親会の中で「このぶっとんだ物語はこだまさんにしかまとめられないらしいから、ちゃんと本を書いてや」と少なくとも20回以上言われてしまいました。
これだけ世界各国と時空のぶっとんだお話を本当にまとめることができるのか、不安がなくもないですが、まぁ乗りかかった船(宇宙船)ですから、できるかぎりの力でまとめてみたいなと思っています。

ちなみにメッセージを伝えてくださるチャネラーさんの意見では、私も小川取締役と同じ宇宙船に乗っていたのだそうです。7年くらい前にはT少年から舩井会長の宇宙船に乗っていたと言われていますし、さらにアンドロメダからいらした保江邦夫先生の宇宙船にも、乗っていたような気がします。

三つの船に同時に乗るようなことがあるのかなと思いつつも、ということは、もしかすると私はいろいろな宇宙船の船長に話を聞いてまわった通信役やインタビュアーのような仕事をしていたんじゃないかな、だとしたら今の仕事とそんなに変わらないなぁ、などと今なんだか過去なんだか未来なんだかよくわからない世界に想像を膨らませております。

と、こんなことばかりを書いていると、「あれだけ地に足をつけなさいと言ったのに」と舩井会長からお叱りを受けてしまいそうなので、この辺でやめておきます。(でも舩井会長も、エメラルドタブレット
のお話や、地底人のお話超シャンバラはけっこうお好きでしたよね?^^)

小川取締役の講演会は、今後も2ヶ月に一度くらいのペースで四谷セミナールームで行われるそうです。ともかくびっくりしっぱなしの1時間半ですから、ご興味のある読者の皆様は、ぜひ一度ご参加されてみてはいかがでしょうか。

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(講演の様子。世界中の写真や珍しい映像をたくさん見せていただきました。)


宇野千代さんの愛した桜

にんげんクラブの皆様こんにちは。

東京周辺ではソメイヨシノが美しく満開に咲いていますね。
熱海では海岸沿いのソメイヨシノは先週くらいに咲ききってしまったように思いましたが、熱海事務所のソメイヨシノは今が一番美しい頃です。

特に、舩井会長のご自宅からよく見える位置にある、会長が大好きだった桜は、今までの年の中でもっとも美しくみごとな花をつけてくれました。「きっと舩井会長があの世から奥様のために咲かせてくださっているのでしょうね」と、熱海事務所ではもっぱら噂しています。
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(今日は曇り空だったため、あまりうまく写真がとれず、すみません>< 晴れた日はもっと美しいです)


さて、桜と言えば、桜の柄の着物デザイナーとして有名だった作家の宇野千代さん。桜の季節になると決まってデパートや量販店などで、宇野さんのデザインした着物の柄から作られたハンカチやお皿など様々なグッズが並べられます。そんなこともあって、桜の季節がやってくる度に、宇野千代さんのことをふっと思い出します。


著書などで少し書いたことがありますが、宇野千代さんと私は、同じ学校の出身です。宇野さんの生家が私の実家から歩いて10分ほどのところにあるため、小学校も、中学校も、高校(当時は女学校)も、すべて先輩にあたります。

そんなこともあって、高校時代の私は卒業するまでの三年間、仲の良い級友たちから「平成の宇野千代」と呼ばれていました。当時の私は宇野千代さんの作品を読んでいなかったので、なぜそう呼ばれるか検討もつかなかったのですが、ともかく似ていると言われてきました。

宇野さんが亡くなって後、大学生の頃にはじめて宇野千代さんのエッセイを読んでみて、ははぁ、なるほど、みんなが似ていると言っていたのはこういうことだったのか、とわかりました。

宇野さんの、恋愛に関して素直すぎるほどエネルギーを使い、その男性色に染まってしまう部分や、熱しやすくあきっぽいところ、思い込みの激しいところ、真面目なんだか不真面目なんだかよくわからないところ、思い立ったらまわりが驚くほどの早さで後先を考えず大胆な行動するところなど、たしかに似ている部分が多いと感じました。

宇野さんファンの方には怒られてしまうかもしれませんが、当時の私は読みながら、自分をそのままお婆さんにしたような性格の方だ・・・と思ってしまいました。


今になってみると、あれだけダイナミックな人生を98歳まで生ききられた宇野千代大先生に自分が似ているだなんて、ずうずうしいにもほどがある若造の発想だと思えるのですが、思い込みとは恐ろしいものですね(苦笑)。


さて、そんな宇野さんの残した言葉で最も好きなのは、
「私は幸福を撒き散らす、花咲かばあさんでありたい」という言葉です。

実際に宇野さんは、生前も、亡くなってからも、著書の中の言葉で多くの人々に幸せの種を撒き散らし、いまだにその花は咲き続けているように思います。


宇野さんは生涯桜の花を愛し、季節に関係なく桜の柄の着物を作り続けました。
特に、故郷である岩国の、錦帯橋周辺の桜並木を、日本一だと言って愛していました。
私自身も、同じ故郷を持つ人間として、錦帯橋の桜は日本一だと思っています。

もちろん、同じくらい、いやそれ以上にも、美しい桜が日本全国にはあるのがわかっていますが、やっぱりどんな人も、故郷の桜が一番綺麗だと思うものではないでしょうか。


さてさて、「幸福の種を撒き散らす花咲かばあさんでありたい」と言った宇野さんの故郷の岩国で、この度、私の父がなんの因縁だかわかりませんが、「花咲かじいさん」になりました。

花咲かじいさんと言っても、宇野さんのように幸福の種をパッパと撒き散らすタイプではなく、物理的な肉体労働を伴う文字通りの意味の花咲かじいさんです(笑)。

『錦帯橋さくら守の会』というボランティアグループを自らたちあげて、炎天下の中や雪の降る寒い季節も、桜の薬剤を塗ったり、枝の剪定をしたり、害虫駆除をしたりと、錦帯橋周辺の老木化してきた桜の木を保全する様々な活動をしています。

仕事をリタイアした後は、孫の世話とアユ釣りを主に楽しみながら暇をもてあましていた(?)父ですが、今は新たなボランティアでの仕事が加わって、非常に活き活きと忙しくしている姿を見ると、娘としても嬉しく感じています。

(ちなみに父からの伝言で、「錦帯橋周辺には約3,000本の桜がありますが、今のところメンバーは20人前後しかおらず、じつはけっこう大変です。活動にご興味のある方は、下記メールまでご連絡をいただけると嬉しいです。」とのことでした。父のメールアドレスはこちらです→kodama-h1659@fc4.so-net.ne.jp

考えてみれば、日本のいろいろな場所にある美しい風景の場所は、このように縁の下で美しさを保全する活動を続けてくださる方々がいて、それが代々守られていって、何十年も何百年も美しさを保ち続けられるのでしょうね。何事もありがたいことであって、あたりまえのものはないのだと、桜の木を見るたびにしみじみ思います。


読者の皆様も、もしもいつの日か岩国の桜を見る機会がありましたら、これが宇野千代さんの愛した桜の風景だなー、と思い出すと同時に、ひっそりと活動を続ける花咲かじいさんたちの存在にも、ちょっとだけ思いを馳せてみていただけると嬉しいです。

きっと、あたりまえの美しい風景が、ありがたい美しい風景となって、
美しさにも奥深さが出てくることと思います^^。

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(錦帯橋の風景です。とても美しい橋と桜のコントラストです)

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(父たちの活動が、昨日中国新聞の岩柳版に掲載されました)

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(おまけの写真。桜の木に巣を作ったコゲラちゃんを発見したそうです。)


sakura suj.JPG
(もっとおまけの写真。先ほど事務所で相澤さんたちとお茶を飲んだら、スジャータのミルクがなんとこれでした。
なんたるシンクロ~!!!ブログをアップするのが一日遅れたのも、偶然じゃなかったのかも?なーんて、言い訳したくなっちゃうくらいに嬉しかったです。今日はサクラの日♪)

必要、必然、ベスト

にんげんクラブの皆様こんにちは。春らしい暖かい日が続いていますね。
熱海オフィスの桃の花も少しずつ開花し始めました。
この季節は色とりどりの花が咲き、オフィスがとても美しく感じられる素敵な時期です。


先日、舩井会長から教えていただいたこと、と題してにんげんクラブの会報誌用に文章を書いてみたい!と思いたちました。そこで編集長の重冨さんに、文章を書くので出来上がったら読んでみてくださいとお願いして、書き始めました。

ところが、いざ書こうと思ってもなかなか筆が進みません。
舩井会長に関して書きたいことならいっぱいあるはずなのにと悩みながら、とにかく素直な気持ちで自由に文章を書いてみることにしました。

そうすると、文章は自分でも思いもよらない方向に話がいってしまって、結局できあがったものは、自分のことばかり書いて舩井会長の生前のエピソードがほとんどないものになってしまいました。まだまだエゴの強い証拠ですね。


これではちょっと主旨が違うよなぁと思ったのですが、いちおうお約束をしたので重冨さんに読んでいただきました。結果として、やっぱりこれは舩井会長のエピソードがあまり入っていないから、ということで会報誌には掲載されないことになりました。

会報誌にはふさわしくなかったけれど、その文章は自分なりにけっこう大切なことを書いているように思えるし、今同じことを書けと言われても二度と書けないような気がするので、このブログでご紹介したいと思います。

「なぜこだまさんが講演会をやろうと思ったのかが、よくわかる文章ですね」と重冨さんには誉めていただきました。ちょっと長い文章ですが、下記に掲載しますので、ぜひお読みいただけたら幸いです。

「必要、必然、ベスト」

1月19日に舩井会長が亡くなられてから早いもので2ヶ月の月日が経ちました。
にんげんクラブホームページの会員専用ブログの私のコーナーをお読みの方はご存知のことと思いますが、舩井会長が亡くなられる四日前の1月15日に妊娠7ヶ月半で、赤ちゃんを死産しました。

通常であれば非常に個人的なことなので記事に書くべきではないことかもしれませんが、この会報誌上でも私の妊娠については何度か記載がありましたので、ここでご報告をさせていただきました。その時に経験し、感じたことについては、ブログに既に書きましたのでそちらに譲りたいと思います。


この世で言う「死」とは、魂のいれものである肉体から、魂が永遠に抜けてしまうことを言います。この世では学び、味わい、様々な種を蒔いて、やるべきことをやった後には、さなぎが蝶になって飛び立つように、魂は肉体という束縛から解放されて、新しい次元へと旅立ちます。

舩井会長は、生前に何度も「死は悲しむことでない。この世を卒業できるのだから、喜ぶべきことだ。もと来た場所へと戻るだけで、ほんのちょっと次元が変わるだけなのだよ」と教えてくださいました。このような教えをたくさん教えていただいたおかげで、肉体レベルの考えでは悲しいな、寂しいな、と感じることはありますが、想像していたよりは悲しく感じません。

私の小さなエゴが感情の世界では悲しんでいても、現実よりももっと深く広く理解力のある自分が心の奥にいて、「だいじょうぶ、魂はずっと生きている。舩井会長も赤ちゃんも近くにいるよ。感じてみて」と声無き声でささやきかけるのです。そして感じてみようとすると、すぐ近くに舩井会長も赤ちゃんも存在して、ニコニコと笑いかけているのがわかります。


さらにもっと感覚を研ぎ澄ますと、舩井会長や赤ちゃんだけでなく既に亡くなられたご縁のあった方々やご先祖様、はたまた昔飼っていたペット、現実世界では出会ったことのない羽の生えた人たちまでもが、同様にニコニコと笑いかけてきます。

部屋の中は見えない存在たちで満員電車さながらのスシ詰め状態、見えるものも、見えないものも、すべての存在たちが全身全霊で「生きろ」と伝えてくるのがわかります。なぜ「泣くな」でなく「生きろ」なのか。これは何も、私が死にたいと思ったからでは決してありません。

冷たいと思われるかもしれませんが、我が子を失っても、大好きな舩井会長が亡くなられても、死にそうだとは思ったけれど、死にたいとは全く思わなかったし、思えませんでした。逆に彼らの遺してくれたことを大切に、しっかりと生きていこうと思いました。

だから私の感じた「生きろ」は、私だけに言われた言葉なのではなく、この世に生きているすべての人々が、常にまわりの存在から言われ続けている言葉なのだと思います。

ただ私たちは、普段の生活がちょっと忙しかったり、見える世界だけを大事に生きてしまったりするから、彼らからのエールが聞こえなくなってしまっただけなのです。彼らは常に私たちを支え続けているし、私たちが行動するときは少しでも力になろうと待ちかまえています。私たちが現実世界でどれだけ辛い状況であっても彼らは支え続けていて、決して一人ぼっちではないのです。


赤ちゃんと舩井会長に思いを馳せると、そんな彼ら見えない存在たちのサポートを感じ、「生かされている」と表現されるのはこういうことなのだな、思いました。

特に49日を過ぎてからは、毎日がこんなことの繰り返しで、実を言うと寂しさとともに、ものすごい幸福感を感じながら過ごしています。道端に咲く花を見ても、木の枝にとまる小鳥を見ても、今までは苦手だった毛虫を見ても、どんなものも、「生きろ」とささやき続ける声たちと、神の愛と、それらの存在との一体感を感じて、なんとも言えないありがたい気分になるのです。

はじめは頭がおかしくなったんじゃないかと思ったし、この幸福感がいつまで続くのかはわかりませんが、できることならば今後もずっとこの感覚を忘れないように生きていたいと思っています。


今までの私は、大切な人を亡くすということは、絶望や孤独に耐え、悲しみを乗り越えたり、克服したりしなければいけない性質のものだと思っていました。しかしそうではなく、次元の違った世界で、共に泣き、共に笑い、共に生きるということだとわかりました。見えないけれど、私たちは共に生きるのです。

私たちの生きている世界は、今までと同じ三次元の世界ですが、その舞台は四方八方に広がって、あの世とこの世が同時に重なり、様々な存在の協力によって生かされていることを感じています。 


「必要、必然、ベスト」この言葉は舩井会長の教えてくれた言葉の中で、最も好きな言葉です。

これまでの私は、自分では精一杯生きているつもりだったけれど、性格的に何か今ひとつ足りない気がしていました。私にとって、子どもは最も愛しい宝物です。何年もずっと待ち続けて、ようやく授かった、自分以上に大切な存在でした。その愛する我が子が亡くなって、私の中の足りない部分が、パズルのピースのようにパチンとはまった気がしました。そのパズルのピースは、今回子どもが生まれることでなく、亡くなることでしか絶対にはめることができなかっただろうと思います。

私を成長させるために、舩井会長の死期と合わせて、一瞬も早すぎず、遅すぎず、完璧なタイミングで赤ちゃんは亡くなりました。だから私は子どもがなくなったことも、「必要、必然、ベストであった」と言いたいと思います。今はまだ、そのように言い切るのは母親として勇気がいることだけれど、心の奥では必要、必然、ベストであったことがわかっています。

命を懸けて、私に大切なことを教えてくれた赤ちゃんと、10年もの間、常に私の生きる指針となってくださった舩井会長に、心からありがとうと感謝の気持ちを伝えたいと思います。そして、どうぞこれからもあの世からのご助言をよろしくお願いいたします。

(掲載ここまで)

と、こんな文章でした。この文章を書いたら、なんだかスッキリしました。

今は、はじめての講演会で何をお話しようかな、と毎日構想を練っています。緊張すると同時に、とてもワクワクしています。

今のところは、下記のようなことを中心に、お話を進めていこうかなと考えています。
とはいえ、右脳型の人間なので、ご参加いただいた方々のお顔や雰囲気を見て、話す内容は変わっていくかもしれません。ピンと来られた方は、ぜひ奮ってご参加いただけましたら、嬉しいです。

講演テーマ ~全人類アセンション完了を目指して

○ 舩井会長のエピソードあれこれ
○ より良い生き方のコツ
○ 神様になった舩井会長!?
○ 最近感じること
○ ヒマラヤ聖者から学ぶ、この世を愛と調和でラクラク生きるテクニック
○ 日本人なら知っておきたい、太陽エネルギーを取り入れる方法
○ 願望実現のウラ技 
○ 大きな困難や悲しみを乗り越える方法
○ ハートでより良く生きる

日時 2014年4月20日(日)
   15時10分~16時40分まで(14時50分受付開始)

場所 熱海駅前第一ビル(熱海駅目の前です!) 5F 

参加費  会員価格 1,000円(税込み)
     一般価格 3,000円(税込み)


お申込は、コチラからお願いします。
https://www.ningenclub.jp/event_apply/tour/form.php

中山靖雄先生のこと

にんげんクラブの皆様こんにちは。ここ最近は、暖かく春のような日がありますね。
こちら熱海では、熱海桜や河津桜だけでなく、一週間くらい前からなんとソメイヨシノもすでに咲ききって既に散り始めてしまっています。
あれ?いつの間に春がきちゃったの?お花見のタイミングを逃したわ・・・・。と感じている今日このごろです。


昨日は、日本人の魂の故郷である伊勢神宮に、入江富美子監督やへそ道合宿の同期の皆さんと行ってきました。
中山靖雄先生のご自宅にも訪問させていただいて、奥様のみどり先生のご案内で外宮の正式参拝と、修養団の寺岡賢先生によるご案内で内宮の参拝もして、小春日和にすごく贅沢なひと時を過ごさせていただきました。


今回も中山先生とみどり先生のありがたいお話をたっぷりと聞かせていただいたのですが、なんだか胸がいっぱいでメモをとり忘れてしまって、一日たってしまうと、何の話に感動したのか忘れてしまっている自分がいます。
花粉症の鼻づまりで脳に酸素がいかないからか(笑)?なんともあてにできない記憶力に呆れています。
まぁ、今は思いだせずにいますが、潜在意識にはしっかりと記憶されたと思うので、昨日得た知識はきっと必要な時にまだひきだせることでしょう。

と、せっかくいいお話を聞いたのに、このままでは読者の皆様に申し訳がないので、中山靖雄先生とみどり先生のお人柄がどんな方なのか、私が接した先生のエピソードをご紹介したいと思います。

まずはみどり先生のエピソードです。

外宮の正式参拝をした後、駅の近くまで歩く10分少々の帰り道、私の横にいらしたらにっこりと笑って、「こだまさん、あなたの人生も山あり谷ありですね。この度は舩井先生が亡くなられて、さぞお寂しいことでしょう。」と、手を握ってくださいました。これだけだったら、まぁ普通のことのように思うのですが、なんと緑先生は、駅の近くに着くまでの10分くらいを、ずっと手を握り続けたまま歩き続けてくださいました。

同性の誰かと手をつないで歩くことなんて小学生の頃以来のことだったので、いつその手を外して良いのかもわからず、なんだか嬉しいような恥ずかしいような気持ちでした。言葉はなくともみどり先生が、手の平から愛情を送り続けてくださったような気がしました。

みどりさんからは、いつもためになるありがたいお話をたくさん聞かせていただいていますが、一見普通のことながらも最もハートを現しているのでこのエピソードをご紹介しました。


続いては靖雄先生のエピソード。

二年くらい前のちょっと古い話になりますが、はじめてにんげんクラブで中山先生のインタビューをすることになった時のことです。

当時の私は、三度目の妊娠をしていました。まだ不安定な時期だったこともあって、遠方の伊勢までインタビューに行くことは叶わず、勝仁社長と編集長の重冨さんの二人が、入江富美子監督と共にインタビューに行ってくださることとなりました。
ちょうどその取材の当日、妊婦検診に行った私は赤ちゃんの心臓が止まっていることを医師から知らされました。
帰宅し、一人家で泣いていたら、何も知らない入江監督から電話があり「今から中山先生のご自宅に行くねんけど、こだまさん先生にインタビューで聞きたいこと何だったかな?」とのことでした。

そこで事情を説明し、何度も子どもを亡くしてしまうことに責任感を感じていた私は「このまま今の仕事を続けていてもいいのでしょうか?」とじつに個人的で重たい質問を中山先生にお聞きしました。

先生からの答えは、「仕事というものは天から縁あってさせていただくものだから、そんなに思いつめないで、続けなさい」というような答えをいただきました。
 

後日、テープ起こしの終わったインタビューの記事を読みながら、当時のテープを聞いていたら、中山先生は終始私のことを心配してくださっていたのが、よくわかりました。
「取材が終わったら、皆さんでこだまさんのために内宮さんにお祈りに行ってくださいね」と、何度もおっしゃられていて、一度もお会いしたこともない私のことをこんなに心配してくださったのだな、とすごくありがたい気持ちになりました。

さて、ここまででしたら、まぁ普通のお話かもしれません。
これだけでもかなり親切な方のお話だと思います。でも中山先生のすごさは、これだけでは終わりませんでした。

それから3~4ヶ月ほどたって、入江監督に誘われて、伊勢の修養団に入江監督のライブを聞きにいくことになりました。そこでは、中山先生が少しだけお話をされる時間が設けられました。

お話の後、はじめて中山先生にご挨拶させていただくことになりました。中山先生は目がご不自由で見えませんし、それまで私に会ったこともありません。
憶えておられるかなぁと思いながらおずおずと近寄って「先生、こだまです。にんげんクラブの取材で、あの日行くことができなかったのですが、こうしてようやくお会いできて嬉しいです」と言うと、満面の笑みを浮かべて

「ああ、こだまさんでしたか。そうですか。いやぁ良かった。良かった。あれから毎朝、神棚にお参りする時に、あなたの名前を毎日読み上げて無事を祈り続けていましたよ。こうしてここでお会いできたのですから、もう大丈夫、これでめでたく卒業ですね」とおっしゃられました。

なんと中山先生は、一度もお会いしたことがないにもかかわらず、憶えていてくださっただけでなく、100日以上もの間、私のことを祈り続けてくださっていたのです。


それを聞いて、世の中にこんなにも他人に対して親身になれる方がいらっしゃるのだなぁと泣けてきて仕方がありませんでした。

私が中山先生とみどり先生にお会いできたのは、三度だけです。
たった三度しかお会いしていないのに、これだけのエピソードがあるのですから、中山先生のまわりでは他にも数え切れないほどに、暖かく素敵なエピソードがあるのだと思います。

(このブログの読者の皆様は、すでにお読みの方が多いかもしれませんが、ご存知ない方のためにいちおう載せておきます。中山先生の本はコチラ→すべては今のためにあったこととてもよい本です。)

船井会長ご夫妻や、中山先生ご夫妻は、私の理想です。
舩井会長ご夫妻も夫婦仲が抜群に良かったですが、中山先生ご夫妻も夫婦仲が抜群に良いです。
それは単なる仲良しではなく、夫婦でお互いに魂を磨きあっているように見えます。
今はまだまだ程遠いですが、私もいつかこんなふうに夫婦仲良く磨きあいながら年をとっていけたらいいなぁと思います。

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(中山先生とみどりさん、へそ道同期の皆さんと。真ん中が中山先生で、隣の着物の方がみどり先生、その左隣が入江富美子監督です。)


初めての講演会を開催したいと思います

にんげんクラブの皆様こんにちは。

今日は、東日本大震災からちょうど三年目ですね。今日という日を、読者の皆様はどのようにお過ごしでしょうか。

三年前のあの日、あの時、日本中、世界中の多くの方々が、様々なことを感じ、祈り、誓ったことと思います。今の自分をあの日の自分が見たら、どう感じ、何と声をかけるでしょうか。そして今の自分は、あの日の自分に何と声をかけてあげたいでしょうか。

限りある人生、悔いのないよう生きていきたいものですね。
被災され亡くなられた方々のご冥福と、被災地の復興を心よりお祈りいたします。


さて、冒頭のタイトルにも書きましたが、本日は皆様に初めての講演会のお知らせをしたいと思います。
いちおうこのブログは毎週火曜日が更新日となっているのですが、偶然(?)にも、このような節目の日に講演お知らせのブログを更新することとなり、偶然の中の必然を感じています。

舩井会長のお近くで、舩井流の生き方を学ばせていただいて10年くらいの月日が経ちました。
舩井会長は生前、人類と地球のアセンション(次元上昇)、平和で愛に溢れたより良い世界を望んでおられました。
その種は、会長の生前の様々な活動で、特ににんげんクラブですでに蒔かれたと思っています。
残された私たちは、その蒔かれた種を大事に愛情を注ぎつつ、育てていかねばなりません。

そんなことを考えていて、たくさんのことを舩井会長の身近で学ばせていただいた今の自分にできることは何かなぁと考えたら、舩井会長が教えてくれたことや、日々勉強して私なりに感じたことを講演会でお伝えするのはどうだろう、と閃きました。

今までにも講演会の依頼がなかったわけではないのですが、なんだかんだとできない事情が重なって、実現できずにおりました。
今回はちょっと勇気を出して、生まれて初めての講演会を熱海で開催してみたいと思います。初めての講演会が、誰かから依頼があって誰かが開催してくれた場で喋るのでなく、自分で勝手に企画しているのは、なんだかちょっとカッコ悪い気もしますが(笑)、それも自分らしくていいかなぁと思います^^。

ご縁のある方々に、ご縁のあるお話ができれば良いなぁと思っております。
ぜひ、よろしければいらしてくださいませ。お待ちしております。


タイトル『舩井会長が教えてくれたことと、最近感じること』
日時 2014年4月20日(日)
   15時10分~16時40分まで(14時50分受付開始)
場所 熱海駅前第一ビル(熱海駅目の前です!) 5F 
定員 40名
参加費 会員価格 1,000円(税込み)
    一般価格 3,000円(税込み)

お申込みはこちらのブログからお願いします。


なお、講演終了後は、ご希望者の方々と近隣の飲食店にて寄合いをしたいと思っています。参加ご希望の方は、寄りあい参加の旨をご明記ください。

夢の中での舩井会長の言葉

にんげんクラブの皆様こんにちは。春の息吹きが少しずつ感じられる季節となりました。
ふきのとうが芽を出して、春の訪れを告げてくれています。皆様はいかがお過ごしでしょうか。
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私は三週間ほど前に、舩井会長の夢を見ました。
誰がはじめに言ったかはわかりませんが、「夢の中で亡くなった方が喋ると、その方はすでに成仏できている」と言われているそうです。

でもこれは夢を見る人の立場によって出てくる時期がずれると思うので、
夢に出てきてくれるかどうかは、亡くなっている方の成仏だけの問題でなく、
見る側の心の整理がついているかどうかの問題も大きいのだろうと思います。


さて、我らが舩井会長は、成仏という次元はとっくに超えて、きっとあの世を存分に楽しまれているのでしょう。
多くの方の夢に登場されていらっしゃるようです。

私が見た夢でも、夢とは思えないほどに印象的で、はっきりと会話をしました。
この夢の内容を信じるか信じないかは読者の皆様におまかせするとして、
ちょっと印象的だったので、ここでお伝えしようと思います^^。


夢の中で見た舩井会長は、お姿は以前のままでしたが、
唯一肌だけが赤ちゃんのようにすべすべに変化していて、皺やシミがなくなり、40歳くらいに見えました。
以前よく着ていらしたように作務衣のお姿で、ニコニコと笑っておられました。

以下に舩井会長との会話を書きます。

こだま「うわー、舩井会長、こんなにすぐにお会いできるなんて!どうですか?あの世は、楽しいですか?っていうか、会長お肌すべすべですね。あの世に行くと若い姿になるって聞きますけど、本当なんですねー。」

舩井「あの世は楽しいよ。どうや、肌すべすべやろう。あんがい元気にやっとるよ。」

こだま「ところで会長、会長が亡くなってすぐの頃に、私あんまりにも寂しいものだから、夜中に一生懸命会長に呼びかけたんですよ。聞こえていました?」

舩井「全部聞こえているし、わかっていたよ。ちゃんとそばにいたよ。一瞬で、一度にいろんな場所にいけるからね。みんなのところにも行ったよ。」


こだま「やっぱり聞こえていたのですね。そんな気がしました。」

舩井「誰かが僕のことを考えてくれている時は、僕はそこにいるんだよ。僕に語りかけて、頭の中で僕と対話しているように感じるときがあるだろう。あれは想像しているんじゃなくて、実際に僕が語っているのを、君たちが感じ取っているんだよ。」


こだま「なーるほど。会長に語りかけて、会長だったらこう答えるかな、って勝手に想像する時があるけれど、あれは実際に会長が答えてくださっているのですね。他には、誰のところに行かれました?」

舩井「みんなのところだよ。家族のところとか、友達のところとか、いろいろだよ。同時にどこへでも行けるからね。勝仁とは、しょっちゅう対話しているよ。そうそう、それから人見さんのところへ行ったよ。」


こだま「人見さん?たくさんの人の中から、どうして人見さんの名前を出すのですか?」


ここまで会話をすると、会長は意味ありげにニヤっと笑って、
「ま、とにかく人見さんのところに行ったんや。」と答えました。

そのような会話をして、夢から覚めました。
目が覚めてもしばらくは、ニコニコと笑いながら以前と変わらない舩井会長がとっても印象的で、嬉しい気持がずっと続きました。

ところで、なぜ舩井会長は夢の中で人見ルミさんのお名前を出されたのだろう?と思ったので、いつか人見さんにお会いする機会があれば聞いてみよう、と思っていました。


それからほどなくして、2月14日に舩井会長の社葬が増上寺でありました。

当日は、会葬の始まるギリギリの時刻に到着し、たまたま顔を合わせた上司に挨拶すると、「お!なんだおまえ来れたのか。ならば一緒に会場に入ろう」と、言われるままについていくと、私たちが会場に入った瞬間に、会場の扉がバタンと閉められ僧侶の読経が始まりました。
「あれ?私はこの会場に入って良かったのかな?」と、何がなんだか状況もつかめぬまま、「とりあえずそこに座っておけ」と案内された席に着くと、なんと人見さんの真後ろの席です。これはたぶん偶然じゃないな、と思いました。

とはいえ、お葬式のしんみりとした荘厳な空気の中で「夢で舩井会長が・・・」なんて会話もできませんから、なかなか話しかけられずにいました。
式が終り、お焼香が済んで会場から出て、しばらくたってから帰り際にもまた人見さんにお会いできたので、
「舩井会長が人見さんに会いに行かれたとおっしゃったのですが」と、夢の話をしてみました。


すると、

「そうそう、舩井会長はインドまで会いに来てくださったのよ。
 舩井会長の訃報が届いたのは、ちょうど私がインドに一人でビジネス調査に行く際の成田空港でのことだったの。
 
デリーに到着した後に、たまたまシンギングボールを見つけたのでそれを買って、
 ホテルの部屋でずっとそれをチーンと叩きながら舩井会長の追悼の瞑想をしたら、舩井会長がビジョンで出てきて  
『そんな鐘ばっかり鳴らさんでいいよ。それよりも君が持っているその鐘は売れるから、日本で売るといいよ』って、教えてくださったのよー。いかにも舩井会長がおっしゃりそうな言葉でしょう」

と、答えてくださいました。


いかにも舩井会長らしいお話だなぁと思うとともに、なぜ舩井会長が夢の中で人見さんのお名前を出されたのかもよくわかりました。「同時に一瞬でどこへでも行ける」という会話をしていたから、はるかインドの地の人見さんのところへも行けるのだよ、と証明されたかったのだろうと思います。

夢にしてはなんだかとってもリアリティがあって、さらに不思議と辻褄のあうエピソードだと思いませんか?


さてさて、私がこのブログの文章の中で一番皆様にお伝えしかったポイントは何かというと、会長が夢の中でおっしゃった、

「誰かが僕のことを考えてくれている時は、僕はそこにいるんだよ。僕に語りかけて、頭の中で僕と対話しているように感じるときがあるだろう。あれは想像しているんじゃなくて、実際に僕が語っているのを、君たちが感じ取っているんだよ。」というこの言葉です。

たぶん、この言葉をより多くの皆様にお伝えできるように、舩井会長は私の夢に出て来てくださったのではないか、と思えるのです。

熱海に住んでいて、物理的にも舩井会長のごく身近にいた私が書くのも妙なのですが、なぜだか亡くなってからのほうが、舩井会長との距離が身近に感じられます。
舩井会長に思いを馳せると、スッと舩井会長の思いのようなものが感じ取れるのです。病気の痛みや苦しみのなくなった舩井会長には、気兼ねせずに話しかけることができるし、時や場所を選ばなくとも気持は通じているという確信のようなものがあります。

肉体という制約から解き放たれ、自由になられた今の状態のほうが、舩井会長は存分に活躍できていらっしゃるのかもしれません。


また、きっと舩井会長だけでなく、亡くなったすべての方は、この世に生きている私たちが思いを馳せるときは、近くにいてくれるのだろうと思います。

ぜひ読者の皆様も、舩井会長や、既にあの世に旅立たれた方との会話を、楽しんでみてくださいませ。あの世の方々は、きっと見えなくとも傍にいてくれるのだと思います。

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(熱海オフィスの会長室では、舩井会長のデスクに会長のお写真を飾っています。
まるで本物の舩井会長が出迎えてくださっているかのような迫力です^^。)
 

二つで一つの死

にんげんクラブの皆様こんにちは。寒い日が続きますね。
永らくご無沙汰しておりました。

今日は、皆様にご報告があります。
かねてからこのブログで妊娠のご報告をしておりましたが、へその緒が捩れてしまったために赤ちゃんは残念ながら亡くなってしまいました。妊娠7ヶ月半での死産でした。

今の日本の常識では、暗黙の了解として、死産とか流産というものは、あまり公に言ったり書いたりすべきではないことになっています。私は結婚後、三度流産を経験しましたが、一度も公にしたことはありませんでした。

でも、今回の四度目の妊娠は治療のおかげで非常に安定していたこともあり、五ヶ月を過ぎた頃に妊娠を公表しました。公表したからには、もし何か不測の事態が起こった場合には、責任を持って自分の経験したこと、感じたことを書こう、と決めていました。まさかそれが現実になるとは当時は夢にも思っていませんでしたが、それが物書きを生業とする人間の義務だと思いました。

ということで、これから以下に、私の経験したこと、思ったことを書きたいと思います。拙い文章となりますが、お読みいただけましたら幸いです。


この経験は、私にとって言葉では表せないほどの悲しみと苦しみ、まさに絶望の体験でした。この世はパラレルワールドであり、人は潜在意識で知らず知らずのうちに自分の現実を選びとっている、とスピリチュアルな世界では言われます。赤ちゃんの死を悟った瞬間から、「なんという現実を選んでしまったのだろう」と何度も自分自身に問いかけました。

じつを言うと、赤ちゃんが亡くなったことがわかったのは、1月4日。しかし、不育症という症状の治療薬を妊娠期間中はずっと飲んでいたために、血液がサラサラになっている状態だったため、すぐに赤ちゃんをお腹から取り出す処置はできず、結局人工的に死産を行うことができたのは、11日後の1月15日でした。
舩井会長が亡くなられるわずか四日前の出来事でした。


もう亡くなってしまった赤ちゃんを10日以上もお腹の中で抱え続けた期間は、なんとも中途半端でもどかしく、地獄のような日々であり、様々なことを考えさせられました。絶望の中にいながらも、まだ赤ちゃんは生きているかもしれないと希望を持ったり、ヒマラヤ聖者のように奇跡は起きるんじゃないかなと妙な期待をしたり、自分のせいで赤ちゃんを殺してしまった、と自分を責め続けたりしました。今となっては記憶もあやふやですが、なんとか正気を保たせることに全力をつくした日々でした。

しかも、当時私は通常の妊婦さんよりも胎盤の位置が子宮口に近い低位置胎盤という症状も抱えていました。そのため出産の際には胎児が胎盤にひっかかって大量に出血する恐れがあるために熱海の大学病院では対応ができず、家から車で一時間かかる大きな大学病院へ行かねばなりませんでした。

本来ならば、悲しすぎてごはんも喉を通らないという状況なのですが、十日後には嫌でも出産をしなければならないし、下手をすると自分も命を落としかねない状況なので、体力を落とすわけにはいきません。

年末にすごくお元気だった舩井会長が「しっかり食べることが大事」と何度もおっしゃっていたことを思い出して、がんばってご飯を毎日かかさず食べ続けました。実家から母が看病に来てくれていたので、母のあたたかい手作り料理を食べさせてもらったことは、何よりありがたいことでした。まさに食べ物から命をいただいている、ということが痛いほどに実感できて、食べることは生きることなのだな、と感じた日々でした。

そのような日々を経て入院し、2日間かけて子宮口を開く処置の後、1月15日に七時間の陣痛を経て640gの小さな女の子を出産しました。

じつは出産の前夜、一人病室の中で、決めたことがありました。この十日間、ずっと泣いてばかりいたけれど、せめてこの子をこの世に産み出す瞬間には、笑顔で産んであげよう、と思っていました。同じく当時入院中だった舩井会長が、夢の中で「がんばれよ」と応援に来てくださったような気がしました。「私も赤ちゃんもがんばるから、舩井会長も早く退院できるようにがんばってくださいね」とお互いに応援しあったように思います。

そのような意気込みで挑んだ出産は、不思議な体験をしました。苦しい陣痛の後に出産すると、分娩室はキラキラと輝いているように見えて、そこは愛で満たされているように感じました。

赤ちゃんは確かに死んでいるのに、赤ちゃんの命と、神の愛のエネルギーがその空間いっぱいに漂っているように感じるのです。今の日本語ではこの状況を「死産」と言いますが、死産という言葉ではこの状況をうまく表していないため、最近は「誕生死」と言うのだそうです。まさに、死と誕生を、同時に体験しているような感覚で、なんともいえない幸福感に満たされ、神様からのギフトをいただいたような気がしました。
もしかすると出産とは、赤ちゃんが生きているかどうかに関係なく、あの世とこの世を隔てている扉が、開く瞬間なのかもしれません。

神は私から大切なものを奪ったように感じていましたが、同時に見えない何かを与えてくれていました。

この子が私のお腹に宿ってくれて、七ヵ月半も優しく素敵な日々を過ごせたこと、そしてこの痛みと悲しみと、そこに存在する大きな愛を経験することが、神からのギフトだったのです。亡くなった赤ちゃんをお腹に抱え続け地獄のようだと思っていた十日間も、後に考えれば赤ちゃんと一緒の時を過ごすことのできた宝物のような日々でした。この十日があったおかげで、笑顔で出産ができて、神からのギフトに気づくことができたのかもしれません。

なんともいえない幸福感はその日一日続き、夫も、母も、同じような幸福感を感じたそうです。


さて、そのような愛の体験をした私でしたが、やはり幸福感もさほど長くは続きませんでした。退院後、赤ちゃんを火葬場で見送った後は、深い深い喪失感、絶望感に再度襲われました。

心は擦り切れ、これ以上の悲しみは耐えられない・・・・と泣き暮らしていた頃に、舩井会長の訃報が届きました。私の命の恩人と言っても過言ではなく、この十年あまり父のように慕っていた舩井会長が亡くなられてしまったのです。

あまりにもショックを受けると、人は悲しみさえ忘れてしまうのかもしれません。訃報を聞いた直後から、それまで流れ続けていた涙が、ピタっととまりました。泣こうと思っても泣けないのです。ただただ呆然としました。

神様は、私にとって心から大事な存在を二人も同時に奪ってしまった、なんという試練をお与えになるのだろう、これからどのように生きろと言うのだろう、とこの時ばかりは神を恨みました。

まだ立つことさえやっとなくらいの体調でしたが、舩井会長ときちんとお別れをしなければ一生後悔するだろう、と思って勝仁社長に連絡をとり、ご自宅に安置されている舩井会長のご遺体に会わせていただくこととなりました。

ご自宅に到着すると、奥様と長女のゆかりさんをはじめとするご家族の皆様が出迎えてくださいました。奥様とゆかりさんと目があった瞬間に、言葉はなくともお互いに大粒の涙がこぼれ落ちました。ご家族の皆さんの悲しみを思うと、胸が張り裂けそうでした。

そして舩井会長との緊張の対面、お顔にかけられた白い布をゆかりさんにとっていただいたら、それはそれは安らかなお顔をされた舩井会長がいらっしゃいました。今にも「ああ、よく寝たなー」と笑顔で起き出しそうな、亡くなっているとは思えないほどの美しいお顔でした。その表情は、満足して今世を生ききった、とても幸せで大往生だった、と仰っているように見えました。今まで本当にありがとうございました、と感謝の気持ちが溢れ出ました。

舩井会長は生前「死はお別れじゃないよ。ほんのちょっと次元がずれるだけで、悲しいことじゃないんだ。逆にこの世を卒業できたのだからお祝いすべきことなんだよ。」と何度も教えてくださいました。安らかな会長のお顔を見ることで、その会長の教えを思い出すことができて、「亡くなられたことが、すごく悲しいことだと思っていたけれど、死は永遠のお別れじゃない。赤ちゃんも会長もきっと別の世で生き続けている。また絶対に会えるのだ。」と思えることができました。

赤ちゃんの死に継ぐ舩井会長の死によって、単純に悲しみは二倍になるだろうと思っていましたが、舩井会長のお顔を見ることで、それまで感じていた悲しみが半分に減りました。舩井会長のご遺体の安置されていたお部屋も、出産後の病室のように、キラキラと輝いているように思えて、神の愛とご家族の皆様の愛情が空間いっぱいにたくさん降り注いでいるように感じました。そのお部屋にいるときは、悲しくてたまらないけれど、どこか清く美しく優しさの入り混じった気持ちになりました。

私が妊娠中だった頃、事務所で顔をあわせるたびに舩井会長は「だいぶお腹が大きくなったなぁ。楽しみやなぁ」と、いつもポンとお腹を軽く叩いてくださいました。たぶん赤ちゃんは舩井会長を慕って会いにいっただろうと思っています。

赤ちゃんと舩井会長の死は、もちろん別のものです。しかし私にとっては、二つで一つの出来事のように感じています。赤ちゃんの死を思う時、自然と舩井会長のことも思い出してしまいますし、その逆もまた同じです。この世に偶然なんて本当はないし、すべてのことは、必要、必然、ベストです。二つの死は、命のはかなさと尊さを、痛いほどに教えてくれました。そして、その間支えてくれた家族の大切さ、仲間の大切さ、今あるあたりまえのことのありがたさも、痛いほどにわかりました。

二つの死から、早いものでもう一ヶ月が過ぎました。
じつを言うと、あれからはじめて、今日は会社に出社することができました。
もう二度と舩井会長が熱海の事務所にいらっしゃることはないのだと思うと、たまらなく寂しくなって、会社に出勤しようとすると動悸が激しくなり、なかなか出社できずにいました。これまでは、できることなら誰とも話したくない、外出するのが怖い、などと思っていましたが、今日はようやく一歩を踏み出せました。

まだ以前のように完全に復活するのにはもう少し時間がかかるかもしれませんが、舩井会長の教えてくださったことを糧にして、これから一歩一歩、良い世の中づくりのために歩いていきたいと思います。
いつの日か、舩井会長と赤ちゃんに会えた時に、誇れる自分であるように、日々を大切に生きていきたいと思っています。

まだまだ書き足らないことはありますが、今日のところはこの辺りで文章を終えます。

この一ヶ月の間、多くの方からいただいたメールにお返事ができなかったり、ブログの更新ができなかったり、社葬で出会った時にロクにご挨拶もできなかったりと、いろいろと失礼やご迷惑をおかけしたことを、この場をお借りして謝りたいと思います。

また、この一ヶ月、勝仁社長や重冨さんをはじめ、事情を知っていた方々には多大なご心配をおかけし、申し訳ございませんでした。ささえ、励まし、元気づけていただいて、本当にありがたかったです。感謝しています。ありがとうございます。

また、読者の皆様、このような長く重い文章を、最後までお読みいただきありがとうございました。これから、一歩一歩がんばっていきますので、どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。

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