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おばあさんの祈りの手

にんげんクラブの皆様こんにちは。

川沿いの菜の花が美しく咲く季節ですね。

我が家の家庭菜園で作っていたダイコンやブロッコリーからも、
食べきれず成長し過ぎで黄色い花が咲いています。

我が家の家庭菜園は、いっせいに植えるので、
食べるものがない時は全然無いけれど、
食べられる時期は同時に来るので、夫婦二人では余らしてしまいます。
(近所の方々もたいてい同じ時期に野菜がたくさんになるので、
 田舎はおすそ分けもなかなか難しいです。)

次こそは、時期をずらして植え付けをしたいものだと思っております。

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半月前くらいはいろいろと予定が入ってすごく忙しかったのに、
予定がない時は全然なくて、
この2週間ほど夫以外の人と会っていません。

夫は昼間は当然仕事に行っているためいませんから、
2週間犬以外は誰とも会話らしい会話をしていないことになります。

一人でいるのはそんなに苦痛ではありませんが、一週間を過ぎたあたりから、
やっぱりだんだんと寂しくなって、犬の散歩でたまーに出会う知らない人に、
やたらと笑顔で挨拶をしたり、「いいお天気ですねー」などとちょっと話をしたりしてしまいます。

今日は、あまりにも誰とも喋らなさ過ぎて寂しくなったので、
久しぶりに一人でランチを食べに行きました。

そこのお店は、山小屋風のお気に入りのお店で、2~3ヶ月に一度くらい行っています。
お料理も美味しいだけでなく、お店の方も気さくにお話してくださるので、
居心地が良いのです。


小さなお店なのですが、なぜだかお店の真横にお堂のようなところがあって、
じつはその中には観音様がいらっしゃいます。

オーナーの方のお父様(元オーナー様)が、じつはご住職でもあるそうです。

普段はその観音様がいらっしゃるところは、
閉まっているので今まで私は入ったこともきちんと見たこともありませんでした。
(障子のスキマからチラっと見えたことはありましたが)

今日は、午後2時くらいの遅い時間に行ったので、
お客様は誰もおらず、ゆっくりランチを食べ終えた頃、
高齢のご夫婦がそのお店にいらっしゃいました。

歩行器を使って歩くのもやっと、という感じのおばあさんは、
オーナーの方々のお知り合いらしくて、
1年以上ぶりにそのお店にいらしたそうです。

「ずっと来たくてたまらなかったのだけれど、なかなか来れなくて・・・・
 観音様にお参りをさせてください」

と、不自由な足を気遣いながら、お堂のほうに移動していきます。

どうぞどうぞ、とオーナーの方はおばあさんを気遣いつつ、
お堂へと続く障子を開けて、
足が寒いだろうから、と毛布をかけてあげたりしていました。

ランチもデザートも早々と食べ終わっていた私は、
そろそろお会計を・・・・と思った頃に、
そのご夫婦はいらっしゃったワケですが、
オーナーの方がおばあさんの荷物を持ってあげたり、移動するのを手伝ったりしていらしたので、
じゃあちょっと待っていよう、と待っていました。


別にその後に用事があったわけでもなかったので、
動くだけでもしんどそうに、ゆっくりゆっくりと動くおばあさんの動きを、
がんばれがんばれとこちらも何気なくゆっくり眺めていました。

そうして観音様の前に来て、
熱心に手をあわせてお参りするおばあさんを見ていたら、
なんだかすごく、胸を打たれたような気持ちになりました。

「やっと来れた」

と何度もいいながら、泣きそうなほどに来れたことを嬉しがって、
すごく熱心にお参りされていて、
手をあわせながら目をつぶって何かぶつぶつと対話されているお姿が、
なんとも感動的なのです。

その姿には、本当の思いがいっぱいつまっているように見えて、
今あるご縁に、あくまでも謙虚に、
生かしていただいている感謝の気持ちで手を合わせているような・・・・・。
観音様へのありがとうございますが、言葉を超えて伝わってきたような気がしました。


もう、正直に言うと、
やられたーーーというか、負けたーーーーというか、
祈るってこういうことなんだなぁ、
この祈りの手には、逆立ちてしても勝てないなぁ、と、

勝つとか負けるとか、この場合はどう考えても全然関係ない話ですが、
なぜか、完敗したような気持ちになりました。


なんだかいてもたってもいられなくなって、
そのままお会計をして帰ろうとしていた私ですが、

「いつも美味しいご飯を食べさせていただいているので、
 私にもお参りさせてください」

と言って、おばあさんの横でちょっとお参りをして、
そそくさと店を出ました。

ちょっと気晴らしでランチに出かけたつもりが、
すごく大切なことを教えていただいたようなひとときでした。

いつか私も、あんなふうに謙虚にお祈りできるようになりたいと思いました。


からだ超覚醒: からだの声を正しく聴けば、すべてがうまくまわり出す


杉本 錬堂 (著)
徳間書店 刊
定価1,500円+税


「天城流湯治法の創設者」これが現在の著者の肩書ですが、ここに
行きつくまでの人生は、まさに「濁流に流された人生」。
今までたくさんの本で、たくさんの人生を覗いてきましたが、
これほど波乱万丈、ふり幅の大きい人生はないのではないかと思いました。

もともと体が弱く、いじめの対象だった少年が、ふとしたきっかけで
自衛隊に入隊します。そこでいじめよりも厳しい訓練のおかげで健康で
たくましい体を手に入れますが、3年の任期満了で除隊。
実家に戻り定職にも就かずにいたら母親に泣きつかれ、たまたま目に
した記事で製菓学校に通い、パティシエになります。著者のフランス
菓子は大人気、自分のお店を持ちますが、仕事は家族に任せて、
ハングライダーやスキューバダイビングなど、自然を相手に真剣に
遊びます。
大けがをし、もともと体が弱かった著者は、自分の体の不調と向き合い、
自分で体を調節する術を身に付けます。

次々に出会いを引き寄せ、世界中のシャーマンに気に入られ、多くの
人に必要とされ、なんでこんなことになるのだろうと思っているうちに、
60歳を超えた今、本来の役割である、自分で自分の体をケアする手法を
伝えていらっしゃいます。

本著には、出会うべくして出会った多くの方たちのメッセージも
載っています。とにかく、この「濁流に流された人生」をたどるだ
けでも読み応えがあります。

実際にお会いしてみたい、そんな思いにお応えして、
にんげんクラブで本著の出版記念セミナーを開催することになりました。
本著に登場する重要人物の滝村桂子さんと、岩本直己さんとのコラボです。
実際の杉本練堂さんに会いにいらしてください。

新登場!杉本錬堂先生『出版記念セミナー』第1回(4/29)
http://www.ningenclub.jp/blog01/archives/2017/02/429_1.html

新登場!杉本錬堂先生『出版記念セミナー』第2回(5/27)
http://www.ningenclub.jp/blog01/archives/2017/02/527.html


春が来た


 先日、お正月のお祝いをしたと思ったら卒業式や入学式の季節になり
ました。まだ寒の戻りもあってなかなかコートが手放せる陽気にはなっ
ていませんが、東京では桜の開花宣言も出されて、もうすぐ満開の桜が
楽しめる季節になりました。確実に春が来ているのですね。

 滝沢泰平さんの天下泰平ブログ等を読んでいると今年の春分は、もの
すごく大きな意味があったようです。私も、とても信頼している友人か
ら「春分までにクリーニングをきちんとしておいてくださいね」と言わ
れて、特に今月に入ってからとても意識をするようになりました。

 解消しないといけないトラウマのことをあんまり他人に話すべきでは
ないと思いますので詳細は書きませんが、おかげさまで春分の前々日ぐ
らいに、びっくりするようなトラウマに気がつきました。

 とても2日ぐらいで解消できるトラウマではなかったので、仕事を全
部放棄してクリーニングに専念しようかなとも少し考えましたが、それ
も本末転倒なので成り行きに任せることにしました。それでも、上記の
泰平さんのブログを読むと春分点に入るのは19時28分56秒とのことだっ
たので、それまでにクリーニングできればいいな、などと都合のいいこ
とを考えていたのですが、当日になってみるととてもそれどころではな
くて、やっぱり普通に連休の最終日は過ぎていきました。

 実は、その日の夕方、東京で赤塚高仁さん、小川雅弘さん、それに
村中愛さんとお会いする約束になっていたのですが、赤塚さんの新著
『聖なる約束4 ヤマト人への福音 教育勅語という祈り』(きれい・
ねっと)の巻頭言を頼まれており、できればそれまでにそれを書き上げ
てしまいたいと思っていました。実は、きれい・ねっとの山内尚子社長
から、連休中に私の巻頭言が入稿されなかったら4月2日の出版記念講演
会に間に合わない可能性があるというお話を別途聞かされていたので
かなり焦っていたのです。

 ところが、教育勅語は赤塚さんが命がけで伝えている「やまとこころ
のキャンドルサービス」のメインテーマであり、かつ、いま森友学園の
問題でものすごいアゲインストの風が吹いている中での出版になります
ので、半端でない気合が入っているようでした。だからというわけでは
ないのですが、赤塚さんが原稿を書きあげたのは当日長崎から東京に移
動してこられる飛行機の中で、それを山内社長が編集したものが私の手
元に送られてきたのは、なんと家を出なければいけない1時間ぐらい前
だったのです。

 最近とてもがんばっている小さな鬼編集長に少しでも早くホッとして
もらいたかったので、なるべく家を出る前に書き上げたかった私は、
当日早朝に起きて、この日までに断片的に送られてきていた原稿に目を
通し、なかなか次の原稿が届かなかったので、巻頭言を書くポイントを
箇条書きにまとめ始めました。いつもは、ほとんど何も考えずにPCを立
ち上げて、構想を練ることなく書き始めてしまうことが多いのですが、
今回はおかげさまでじっくりと書かせていただくことができて、最後の
あとがきが届く前にはすでに原稿を送っていました。

 矢のようなスピードで返ってきた山内さんの編集が入った巻頭言は、
また一層分かりやすくなっていて、お会いした時にはすでに読まれてい
た赤塚さんに思わず涙するぐらい感動していただけました。赤塚さんの
感動には多少お酒の力も入っているのだろうと思いますが、それにして
も二人の大事な友人に喜んでいただけてよかったと思っています。

3人.jpg


 4月2日(日)に、やはり我らが親友の出路雅明さんの京都の
「MUMOKUTEKIホール」で、ほぼ同時に発売される、三浦直樹先生の
出版記念講演会と合わせたセミナーが開かれます。
 
 メチャクチャ感激することは間違いないので、ご都合がつく方はぜひ
京都にお集まりくださいね。そして、せっかくのウィークリーレポート
なので、特別に巻頭言を書くためのメモを公開してしまいたいと思います。
4月2日は私もご挨拶ぐらいはさせていただくつもりなので、皆様にお会い
したいという気持ちを込めてリークさせていただきます。これは、私が本
書に書かれていると感じた大事なポイントにもなります。


① 昭和23年6月19日、衆参両議院で教育勅語等排除に関する決議が
 なされている
② 世界の統治の仕方は「ウシハク」で日本の統治のあり方は「シラス」
③ 神話を紐解いても、天孫降臨から3代かけて初代天皇までたどり着い
 たのは、天皇が「シラス」存在になれる期間が必要だったから
④ 一切の見返りを求めない愛
⑤ イエス・キリストと天皇の類似性
⑥ 愛の存在の天皇を中心の国づくりをするのか、国民主体の国づくりを
 するのかを決めるべき岐路に立っている
⑦ 東京裁判史観、これによって戦後の日本は守られてきた。
 それを捨てる勇気を持てるか
⑧ A級戦犯と天皇にすべての責任を押し付けて生きてきたことを
 私たちは直視できるのか
⑨ 一切見返りを求めない愛を示してくれた、特攻隊員や沖縄の女学生たち
⑩ 私たちはどこに行くかを自分で考えなければいけないタイミングに
 生きています


ぜひ本書をお読みいただいて、赤塚さんにも山内編集長にも、
そして皆様にも春が来たことを一緒にお祝いさせていただきたいと思います。

門前の小僧

にんげんクラブの皆さまこんにちは。
経済や政治の話題が多い巻頭言ですが、今回の巻頭言では、勝仁会長に、
特別に舩井幸雄会長の思い出について語っていただきました。
本やブログなどいろいろな媒体でも書かれていますが、勝仁会長にとって、
人生で最も理解ができなくて、最も苦手だった人物が舩井幸雄会長なのだ
そうです(とはいえ、「最も苦手」のその言葉の奥には父に対する深い
深い愛情も、籠っておりました)。


秘書として数年関わらせていただいた私としては、舩井会長は理不尽に
怒ることは絶対にないし、長所を褒めて伸ばしてくれて、得意でやりたい
仕事を自由にやらせてくださって、なんと素晴らしい上司だろう、と
心から思っていましたが、父と息子としての関係である勝仁会長の立場
からすると、息子にしかわからない苦労や重圧がたくさんあったようです。


まずよく驚かれるのが、勝仁会長は子供の頃から、舩井会長にずっと
家でも敬語で喋っていたそうです。父が家にいると家の中は常に緊張感
があって、いないときはとてもリラックスしていたと言います。
お父さんはいつも忙しいので、お父さんの時間を一分一秒でも奪わない
ように舩井会長の奥様(勝仁会長のお母様)はとても気を遣っておられ
たとか。「お父さんは偉いんだよ」と子供たちにいつも言って聞かせた
そうです。

ご飯を食べる時も、食卓にすべてのご飯が並んですぐに食べられる状態
になってから、書斎で本の執筆や仕事をしているお父さんを呼びに行く、
というのが当たり前でした。
そんな家庭で育ったので、勝仁会長は結婚してから奥様に「ご飯ですよ」
と呼ばれて、そこからお皿や箸を並べ始め、時には並べるのを手伝わされ
ることにかなりのカルチャーショックを受けたとか。


また、お父さんと外食に行った際には、メニューを選ぶのに時間をかけて
悩むというのは舩井家ではありえないことで、食べたいものというよりも、
なるべく早く運ばれてくるものを頼む、というのが恒例だったそうです。

舩井会長は家族を外食に連れていくのが意外とお好きだったそうですが、
自分が食べ終わってしまうと、たとえ2歳の孫がまだ食べている途中で
あったとしても、さっさと席を立って出ていってしまわれるそうです。


そんな祖父であり、父だったので、子供の頃から勝仁会長は、食べる
スピードは大人に負けるから、お父さんよりも早く運ばれてくる品物を
頼んで、お父さんが食べ終わるまでには食べきる、というクセがついて
いたそうです。

奥様との初デートの時は、忘れられない思い出があるそうで、まず
メニューを選ぶのに時間がかかることにビックリされました。
おそらくそこまで時間はかかっていないと思われますが、勝仁会長から
見ると、30分くらいメニューを選ぶのに時間を使ったように感じたそう
です。さらに初デートですから、緊張して相手を気遣う余裕もまったく
なく、いつもどおりに急いで料理を食べ終わって奥様のほうを見ると、
まだ奥様は割り箸を割っていなかったのだそうです。これには勝仁会長も
カルチャーショックでしょうが、奥様も唖然とした顔で勝仁会長の顔を
眺めていたそうですから、同様にかなりのショックだっただろうとお察し
します。

私も秘書だった頃に、何度か舩井会長と奥様に食事に連れていっていた
だきました。舩井会長は、熱海のホテルの中に入っている居酒屋さんが
一番のお気に入りで、その居酒屋さんが大好きな理由は、「注文した
品物がすぐに出てくるから」でした。舩井会長の外食でのこだわりの
ポイントは何十年も変わっていないのですね。


舩井会長が亡くなられて三年たって、お父さんが苦手だったという意識
はなくなってきましたか? とお聞きすると、うーんと悩んだ後に、
「正直に言うと、父がいなくなって、気が楽になりました」とのこと。

というのも、社長として会社の経営を任されてはいても、実際に社長の
仕事をさせてくれたのは、舩井会長が亡くなる半年前くらいの、本当に
ご自分が何もできなくなってからでした。それまでは、何だかんだと
言っても、やっぱり舩井会長がすべての意思決定をされていました。
そしてすべてを任せるようになってからは、「毎週来い」と勝仁会長を
熱海に呼んでおられました。何を話すわけでもないけれど、とにかく
来いとのことで、一時間くらい喋って帰るときには、「来週はいつ来る?」
と必ず聞かれたそうです。


最晩年の舩井会長は、口が痛くてほとんど筆談での会話でしたが、
痛いながらも喋る一言一言に、とても重みがありました。さらに千里眼
と言ってもいいほどに、直観力は冴えわたっていたようで、いろいろな
ことがわかるけれど言葉にはしない、というように見えました。


身体は不自由でも経営のアドバイスは怖いほどに鋭くて、勝仁会長が
初めての不動産投資で、ある不動産を買おうとして舩井会長に相談した
ところ、「失敗するけど、ええわ。お前の勉強になるからやってみ。
一億円くらい損するけど、ええ授業料や」と言われたそうです。

結果はやっぱりその通りになったそうで、その不動産投資では結局一億円
くらいの損をしました。でもその時に失敗したことで、何をしたらいけない
のかがわかり、その後勝仁会長は不動産投資がとても得意になったそうです。


「あの時に最初に失敗していなかったら、きっと調子に乗って別の物件で
もっと大きく失敗していたと思う。
あの失敗は本当にいい勉強になったから、ここまでの流れが全部、
舩井会長には見えていたんでしょうね」と勝仁会長はしみじみと語って
おられました。

経営者としても思想家としても偉大な父を持ち、その経営を任されたり、
生き方をお父さんと比べられたりしたら、その重圧はすごいものだろう
な......と、思います。その父と子の関係を身近に見ていた私としては、
舩井会長から息子である勝仁会長への愛情も、勝仁会長から父である舩井
会長への愛情も、言葉を超えたところでとても感じられました。

親子であると同時に上司と部下でもあったので、「勝仁はわかっていない」
と時には厳しいことをおっしゃられても、ご本人のいないところでは
「かっくんは、前世でも俺の息子だった」と嬉しそうにおっしゃっていた
りして、とても期待していらっしゃいました。

「親父の本は、中学生の頃から全部かかさず読んだけれど、僕は反発も
あって舩井幸雄からちゃんと学んでいないから門前の小僧なんですよ。
舩井幸雄のことがわからないし、ここできれいな言葉も言えないんです。
そりゃあ、模範解答を言えと言われればいくらでも褒めることはできます
けれど。亡くなってからも、一年間くらいは毎日夢に出てきて、ああしろ
こうしろ、って指示を出してきて、嫌でしたよ。それがまた的確なんで
すよね」
と、勝仁会長はいろいろな感情を込めて愛情たっぷりにおっしゃって
いました。


門前の小僧、と言いながらも、一年間毎日舩井会長の夢を見るほどに、
そこまで舩井幸雄会長に正面から向き合っていらっしゃる方は勝仁会長
以外にいないと思います。父の背中を見つつも、自分は自由に自分らしい
生き方、やりかたを貫く。その姿勢は、やっぱり親子で似ているなぁ、
とお話しをお聞きして思いました。

そして門前の小僧が実は一番熱心で師匠のことをわかっていた、という
昔話をどこかで聞いたことを思い出しました。


株式会社 にんげんクラブ会長 舩井 勝仁
  ×
作家・エッセイスト 兒玉 裕子


【増補新版】これで安心 医療体操

足助 治朗 (著), 足助 照子 (著)
太陽出版
定価 1,700円+税

1年にひとつ、年を取ります。
これは誰でも平等です。

でも、健康状態はみんな違います。

病気や老化は、本当にしかたないのでしょうか・・・。


自然老化を医学用語では、「退行性変化」といいます。
避けられないものではあるけれど、
制御し、調整することはできます。

それには正しい食事と適度な運動、
これが一番効果的です。

「病気とは自由に動けないときの副産物である」


動くことで「退行性変化」を阻止し、
正常な細胞が活動できる方法を駆使しない限り、
病は心身を阻み続け、救いの道は訪れない。


病気を敵とみなすのではなく、
調和をとりもどすチャンスだと捉え、
自分の中にある自然治癒力を引き出す努力が大切なのです。

本著は、多くの体験に基づいていて、
自分の体は自分で守るのものだということを、
あらためて、実感しました。

症状によって具体的にどんな運動をしたらいいのか、
わかりやすく絵で示されています。

なるほど、これだけ動けたら、
みんな健康でいられるだろうなと思いました。

かなり大変だろう動きもありますが、
できないときはどうすればいいかも
きちんと説明されているので、
どんな人でも応用できます。

続けること、意識を持ち続けること、
これが一番大切です。

本著には、理論と体験があり、
続けていくためのいいきっかけになると思います。

ぜひ、おそばに置いてほしい1冊です。

      (柴切)

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