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リサのヨーロッパ通信 〜Petits Pas (小さな歩み)家族の日々リヨン編 〜

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「舩井勝仁さんと楽しむ箕面温泉極楽ツアー」

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

先週から家族で日本に来ています。

帰国前に母から「にんげんクラブの飲み放題ツアーに申し込んであるから」
と聞かされ楽しみにしていました。

舩井勝仁さんも参加しておられるとわかり、ちょっと緊張して
「舩井勝仁さんと楽しむ箕面温泉極楽ツアー」に行ってきました。

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(箕面温泉に到着)


「にんげんクラブ」大阪支部そして他県からも有志の方々が訪れており、
内容の濃い一泊2日ツアーを体験。
個性的&魅力的キャラのにんげんクラブの方々は、
講師のお二人と勝二さん以上に存在感に溢れていました。

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(部屋から眺めるパノラマ)

大阪支部の小原さんが、京都に住んでいる母に
「車で一緒にのせていきましょうか」と声かけをしていてくださったり、
皆さん人間味豊かで、「にんげんクラブ」という
名前の通りかもしれません。

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(今からセミナーです)

セミナーでは、まず永谷めぐみさんが
「最悪の出来事がギフトに変わる日」というお話をしてくださいました。

あえてご自身の体験を語られたのは、
辛い経験の向こう側にあるギフトの存在に一人でも多くの人に
気づいて欲しいと心から願っておられるからでした。
着物がよく似合う、感受性豊かな方です。

続いてお話しくださったのは鳥居厚孝さん。

白ぶちのメガネにトサカみたいにツンツン立てた前髪。
ノリのいいトークで天真爛漫なのですが、
何とな〜く胡散臭いオーラも放っていて
(あくまでも私の第一印象です。ごめんね)
一体この人は何者?という疑問が渦巻きます。

ですが、鳥居さんがイタリアのダマヌールで
「イタリア語知らないけど、おたがいの言っていることがわかった」
とおっしゃったあたりで、私の心がときめきました。

私もイタリアでまだほとんどイタリア語がわからない時期に、
なぜかお互いの言っていることが分かるという経験があったからです。
私は今フランスに住んでいます。
心から信頼しあえる友達もできましたが、
それは私がある程度フランス語がわかるようになってからでした。

イタリアでは、きっと私の中にイタリアの人々と共鳴する
何かがあったから、言葉の壁ができなかったのです。

鳥居さんは、イタリア人というよりダマヌールの人たちと
共鳴している部分が大きいのかもしれませんが、
イタリアに鳥居さんとの接点を見た私。
鳥居さんを「アミーコ(友達)!」と呼びたくなってしまいました。


鳥居さんは、テラスピト(照らす人)で、螺旋療法をされているそうです。
ぐるぐる回る螺旋の動きが、体と心の流れを良くしてくれます。

永谷めぐみさんと鳥居厚孝さんは、お二人が一緒に揃うと
トークが絶妙になり夫婦漫才のようです。
ぜひ巡業していただきたいですね。


最後の勝仁さんのトークは、
5次元へ行くには2次元の世界を経る必要があり、
白黒の2次元世界を3次元の世界で体験することは、
かなり苦しい思いをすることになるといった内容でした。

3次元のカラフルな世の中にいる私ですが、
一応2次元の白黒世界を想像してみました。
初産の妊婦さんが妊娠中に陣痛がどんなものかを想像するのに似て、
実体験のない私が本当に実感できないのは当たり前。
やはり実際にそれを経験した人のお話は貴重です。


セミナーの後は、飲み放題の宴会。

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(今から飲み放題の宴会!)

参加者の自己紹介で、私の番が回ってきました。

勝仁さんが、
「にんげんクラブホームページで
大人気のブログを書いていらっしゃいます。」と
一言ヨイショしてくださいました。

皆の表情が一瞬「?」だったのは、きっとみんな
「どのブログのこと?」と思ったからだと思います。

ちなみに阿波弁だし、めんどくさいから化粧もしてない地味な私は
フランス「マダム」のイメージからは程遠く、もしかしたらみんな
「ほんまにこの人フランス住んではんの?」って思うかも。


宴会の後は、屋上の露天風呂!

眼下に街明かり散りばめられた箕面市を眺め、まったりと湯に浸かります。
「あ〜極楽」。


入浴後も、宿泊部屋の一室で、にんげんクラブの方々の熱心な活動が
まだまだ続いていました。
相部屋の人たちがいないので隣の部屋に探しに行ったら、
みんなヨウコウさん(鳥居厚孝さん)の手品で盛り上がっています。

誰かが選んだトランプがどれだったか言い当てたり、
私が手に握ったコインの色を変えたり、
Mrマリック(年齢がバレる)も真っ青。

ヨーコウさんは、子供達にもよくこの手品(超能力かも)を
実演してあげるそう。
「物事には裏がある」ってわかってほしいから。
それってさっきの手品には裏があるってこと? なんか意味深。

翌朝、ちょっと2日酔い気味の私たちは
朝のバイキングをしっかりいただいて、
箕面の温泉を後にしました。


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(フランスから帰ってきたばかりなので、
 バラエティーに富んだお漬物が夢のよう)


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「温泉たまご」も食べたよ


帰り道のバスで、母が
「私が舩井先生(幸雄先生)のセミナーに通っていた時、
私が実現したいと思っていたことは、他の方々が次々に実現して、
皆ここから巣立っていったのに、
私だけは思い描くことを実行できずまだここにいるわね。」
とため息まじりに言いました。

母は、もともと経営の世界とは全く無関係のところにいました。

それが自分で会社を経営する羽目になり、
舩井先生のところに飛び込んだわけです。
やってみるとそれは全く難しいものではなく、
むしろ楽しいものだったそうです。

そして母は、リーマンショックを乗り越えないといけなかったり、
私生活でもドロドロした難しい局面を
何度も奇跡的にクリアしてきたのですが、
いつも今やっている事業からはいずれ離れて、
念願の果樹園がやりたかったそうです。
それを夢描いて生きてきたのに、結局まだ達成していません。
いつも彼女の周りの方がそれを実行してしまうそうです。


母の人生は、地上のカルマが一斉に押し寄せたと思われるほど
大変な時期が長く(50年近く)続きました。
望む望まないに関わらず、困った問題が降りかかってきて
なんだか壮絶で、不思議なスピリチュアル現象も多発。
気の小さい私が心配で押しつぶされそうになっているのに、
当の本人は割とケロッとしていて、とてもはた迷惑でもありました。

キャパシティーが母よりはるかに少ない私は、
はた迷惑を通り越して、気が狂いそうでした。
けろっとしている母が腹ただしかったりして当たり散らしたことも。
勝仁さんが今回のセミナーでちらっとおっしゃったように、
親子というのは本当に難しい。

母にとって、舩井幸雄先生を指針に生きるというのは、
苦難をワクワクに変換することでした。


幸雄先生のセミナー後の感想や、本の感想文などを求められることがあり、
文章の苦手な母が要約して短く書いたら、
舩井先生から「もっと長〜く」というお返事がきたそうです。
それでもどうしても書けず、そのままほったらかしにしていたことを
今でも少し気にしています。

娘がブログをわりと「長〜く」書いてるからいいんじゃない、
と母には言っています。

私は、母から聞かされてきた舩井幸雄先生にお会いして
「ありがとう」と伝えたいと思っていましたが、今それは叶いません。
幸雄先生の意志を継がれた勝仁さんにお会いすることができて、
なんだか私は、ほっとしました。


親子というのは似ていても2人の違う にんげん です。
子がご先祖の「家」、親の意志を継いでも、方針は違うことだってあります。
それでも「引き継いでいく」というのは
日本人にとってとても大切な感覚のように思えます。


リサ 7月12日 京都にて。


プーが出た!

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

蒸し暑い日が続いたと思ったら、雷とともに夕立がやってきました。


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(いきなり夕立が来て涼しくなりました)

フランスでは今日から夏のバーゲンが始まり、
田舎の避暑地に旅立つ人も増え、皆すっかりバカンス気分。

先週からスウェーデンに住む夫の長女が訪れています。

5月に教育実習を終えた彼女は6月上旬に大学を卒業し、
職先も見事に決めてきました!

9月からはマルメ市内の高校で歴史と国語の教鞭をとるとのこと。


昨日、娘の幼稚園の先生との3者面談がありました。

入園当初全く言葉を発することのなかった娘ですが、
年中さんとなった今ではすっかりクラスになじみ、
歌い踊り、おしゃべりをしすぎて注意されるほどに。

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(9月から娘は幼稚園の年長さんに)


娘は今の担任の先生(フレデリック先生)が大好きです。
9月からは年長さんで、年少さんとの合同クラスとなり、
担任の先生も変わります。
娘は、次の担任の先生はポール先生がいいと主張していましたが、
新しいクラス発表は9月になるまでわかりません。

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(懐かしい教室にさようなら)

フレデリック先生とお話ししている最中、
娘の頭になんだか小さく動くものが。

ごみかしら? と思っている間に、
その小さなゴミのようなものは視界から消えてしまったのですが、
私の目は娘の頭に釘付け、先生のお話はもうすっかりうわの空です。


以前クラスの入り口に貼られていたお知らせが脳裏を横切ります。
「Poux(プー)が出ました。皆さん、お子さんの髪を確認してください」

「もしかして、プー?!」

くまのプーさんではありません。

頭虱(Poux プー)のことです。

家に帰る前に薬局で急いでシラミ退治ローションを買い、
家で娘の髪を徹底調査。

私がシラミ用梳き櫛でといても見つからなかったのですが、
長女が手馴れた手つきで娘の髪をとかすと・・・
出ました!小さ〜いのが2匹!

そのうち一匹はあまりにも極小で、虫眼鏡で拡大しないとわかりません。
動かなければ胡椒の粉みたい。

その晩は、一家揃ってシラミ退治ローションのお世話に。

家族に一人でたということは、
すでに全員の頭にプーとその卵が潜んでいる確率が大なのです。


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(シラミ退治用シャンプーやローション。
 頭に塗って15分待って洗い流すと、シラミと卵は死んでしまう。
 化学殺虫剤未使用とか、自然薬品と書かれていますが、
 体には良くなさそうな気がします)


フランスでは、シラミは学校でしょっちゅう発生しているので、
自分の子の頭にいたからといって後ろめたい気分になる必要はないのですが、
やはり落ち込みます。

4年前は、長男の頭にシラミが発生しました。

彼のときにはシラミはかなり成長して5、6匹に増えていたため、
私はパニックに。
小学校卒業後は櫛で長男の頭をチェックすることもなかったので
このような惨事となったわけです。

その時は、「どうして今まで気づかないのよ!かゆくなかったの!」と
息子に逆上してしまったのですが、
本人は「なんか痒いなー」と思っていただけ。

ベットのシーツ、枕、ソファーのカバー、タオルを洗い、
ローションで一家揃って頭虱退治して、
学校や周りの人に「プーがいました」と連絡。

あー疲れた。

でも、この夏日本に行く前に発見、退治しておいてよかった。

 
ここで少しお知らせです。 

息子が昨年お世話になったオルガンの先生(リオネル・アヴォ先生)が、
7月に日本でコンサートをします。

リオネル先生は、パリのエトワール教会でオルガニストを務める傍ら
各地で演奏、オルガン教師、ラジオ・フランスの音楽アドヴァイザーなど
様々に活躍されています。
息子がとても慕っている先生です。

何度か演奏で来日し、日本が好きになり、
フィアンセのフレデリックさんと地道に日本語を勉強されています。
今年はコンサートを終えた後、
リオネルさんは夏の音楽講習会講師を務めるためフランスにとんぼ返り、
フレデリックさんの方はさらにあと2週間日本に滞在して
日本農園で働く予定なんですって。

コンサートのリンクを載せますので、
興味のある方は夏のひと時をパイプオルガンの音に包まれて
お過ごしください。


7月1日12-12h30, 13h30-14h
水戸芸術館 パイプオルガン・プロムナードコンサート
http://arttowermito.or.jp/hall/hall02_min.html?id=1354

7月5日18:30 東京 聖路加国際大学聖ルカ礼拝堂 夕べの祈り
https://www.facebook.com/St.LukeOrgan/

7月7日 11h45-12h30  
東京オペラシティ ヴィジュアル・オルガンコンサート
https://www.operacity.jp/concert/2017/organ.php

7月9日15h (前日の8日16時に公開レッスンあり)
福岡 ホテル日航福岡
http://www.hotelnikko-fukuoka.com/event/plan/1759225b3da63ae.html

7月14日 19h-19h50
東京 カトリック東京カテドラル関口教会 オルガンメディテーション
http://cathedral-sekiguchi.jp/info/concert/7054/

7月17日 19h
横浜 フェリス女学院公開講座
http://www.ferris.ac.jp/2017年度フェリス女学院大学音楽学部特別公開講座/


リサ 6月28日 リヨンにて



バカロレア


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

今週のフランスは猛暑「Canicule(カニキュール)」に見舞われています。
35度を超える暑さがまだまだ続きそうです。

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外出は涼しい午前中か、夜8時以降が無難です。
フランスの一般家庭でクーラーを設置しているところはあまりありません。

窓から日差しさえ入ってこなければ石造りの家は割と涼しく、
特に教会の中はひんやりとして気持ちよく過ごせます。

18日の日曜日は父の日でした。

夫が娘の幼稚園で、クラスの子供達が各自描いたお父さんの似顔絵を見た
のですが、うちの夫の似顔絵だけ口が「への字」だったのを気にしています。

娘にとって「への字口」はパパのチャームポイントだったようで、
自身の力作に満足そうです。

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(パパの似顔絵(表情似てます))


高一の息子は、金曜に全ての授業が終了して夏休み。
友達と遊びに行く以外は、家でゲームばかりしています。

高校最終学年(テルミナル)では、バカロレアBaccalauréat(通称バック)
と呼ばれる、高校卒業資格(大学入学資格)全国統一試験が始まりました。

今年は13歳(飛び級した子供)から74歳までの約72万人が挑戦。

バカロレアの語源は、ラテン語の「Bacca Laurea 」からきていて、
ローリエ(月桂樹)の冠を意味しています。

中世のフランスでは、騎士を目指す若者を「Baccalarius」と呼び、
それが後に大学の学位を指すようになり、1927年からバカロレアは
高校卒業の国家資格の名称として現在に至っているそうです。

バカロレアの合格率は90パーセント近くなので真面目に勉強していれば
大丈夫。でも問題回答は記述式で、論理立てて説明できる力が必要です。
1日につき4時間の試験を7科目、全部終了するのに一週間ほどかかります。


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バカロレア試験の初日は哲学。

理系生徒は、次の3つの問いから一つを選んで答えました。

Sujet 1
Défendre ses droits, est-ce défendre ses intérêts ?
権利を守るということは利益を守ることか。

Sujet 2
Peut-on se libérer de sa culture ?
自らの文化から解放されることは可能か。

Sujet 3
Expliquer le texte suivant :
FOUCAULT, Dits et Ecrits(1978).
フーコーの著作抜粋を解説。

長男も2年後にバカロレアを受けることになるわけですが、
哲学で全然興味のないテーマが出されたら4時間ずっと苦しみそうです。


オディロンくん

カトリック教会では、15日が今年の聖体の祝日あたるそうで、
日曜日はこの祝日にちなみ、聖体の行列が行われていました。
真夏の太陽が降り注ぐ中、祭服をまとっての行進は暑そうです。

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(Fête-Dieu の聖体行列)


5月、6月は、教会にリヨン国立音楽院古楽科の学生さんが毎週のように
グレゴリオ聖歌の献歌にきていました。6月の試験でグレゴリオ聖歌を歌う
ための準備も兼ねているようです。

一般信者の方々が歌うシンプルな聖歌ではなく、なんだか"こぶし"が効いていて、
まるで詩吟のよう。
昔テレビのコマーシャルで聞いた「タカスギ〜、タカスギー、タカスギ〜イィィ、
タカスギー」っていう歌(歳がバレる)を連想してしまいました。


ネウマ譜にミミズのようにニョロっと書かれた線、これが声の抑揚を
示しているようです。
https://www.youtube.com/watch?v=eqjGy9w6JYE

単旋律で合唱のように大勢でハモらないのですが、声のニュアンスが
とても繊細。声と教会が一体となった空間のハーモニーが聞こえます。

相変わらず細々と続いている聖ジョルジョ教会日曜ミサの聖歌隊
「スコラ・ヴェスプリ(メンバー約6名)」。
5月に指揮のマリーさんに赤ちゃんが誕生しました。
名前はオディロンくん。

あまり聞きなれない珍しい名前なのですが、
中世フランスの聖人オディロンのことだそうです。

3歳になるサラちゃんは昨年やっと卒乳しましたが、
オディロンくんの誕生で、マリーの「赤ちゃんに授乳しながら指揮」の
スタイルが日曜日のミサに復活しました。

オディロンくんは抱っこ紐でしっかりお母さんの胸に抱かれ
おとなしくお乳を吸っています。マリーさんは空いている片手で指揮。


さて、日曜日に行われた第2回目のフランス議会総選挙、
投票率が50パーセント以下、過去最低だったようです。
暑かったので皆海にでも行っていたのでしょうか。

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(投票率は最悪にもかかわらず結果はマクロン氏に有利
 オレンジ色の部分がマクロン大統領の率いる
 「共和国全身(REM)」の議席)


マクロン大統領の率いる新党「共和国前進」が議席の過半数を獲得。
新政権は安泰で、ホッと一安心といったところでしょうか。
でも、国民の半分は選挙に来なかったので、
選挙結果は国民の意思とは言えないといった批判も出ています。

6月19日 リサ リヨンにて

「バラは1日、あなたはずっと」

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

リヨンは連日30度を越す暑さが続いています。

遠足のお知らせには、「帽子、日焼け止め、サングラス」をリュックに
入れておきましょうと書かれていました。


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(この季節、太陽光線が強いのでサングラスをしている幼児が急増。
学童遠足の持ち物にサングラスと書いてあり、うちでも買いました)

先日、娘が手作りカードを持って帰ってきました。

「MAMAN(お母さん)」と書かれたカードを開けると、綺麗に塗った
ハートの切り抜きが貼られ、姿絵(私なのかしら?)の下に「Dans la vie
j'aime 2 choses , toi et la rose. La rose pour 1 jour et toi pour toujours!」
という文章が印刷された細い付箋がホチキスで留めてあります。


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今日は5月最後の日曜で、フランスの母の日です。

家族形態が様々なフランスでは、園の活動で母の日の準備をしない方針
の先生もいます。とはいえ、たいていのクラスではこのシーズンが近づ
くと家族へのメッセージや似顔絵などを作成しています。

娘のくれたカードも、宛名は自分が好きに書いて(もうすぐ母の日だと
いうことは子供たちに伝わっていますが)良さそうです。

付箋に書かれていた言葉は、「大好きなもの2つ、バラの花とあなた。
バラは1日だけ、あなたのことはいつまでも」」という作者不詳の詩
です。

バレンタインによく使われる文章ですが、「あなた」が、お父さんでも、
お母さんでも、恋人でも、子供でも、誰にでも応用できる詩です。


賑わう初夏の旧市街

今週は、25日木曜が祭日(キリストの昇天祭)で飛び石連休なのです
が、学校は木金両方休みで4連休。

子供達が退屈そう(長男はゲーム三昧)なので、旧市街にある人形劇
(ギニョール)に連れて行きました。ギニョールはリヨン発祥の伝統
人形劇で、主人公の名前がそのまま人形劇そのものを意味するように
なりました。

この日の演目は、「ギニョール、目標火星!」で、主人公のギニョール
が街に降りてきたロケットに乗ってみたら、ネズミが発射ボタン押して
宇宙へ、という設定。


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(ギニョール(向かって右)たちがロケットで到着したところは、
実は火星ではなかったというオチがあります。さて、どこでしょう)

ここの劇場(Théatre La maison de Guignol)は、入場料が大人11
ユーロ、公園内にある劇場と比べると2倍以上もするのですが、公演
後に楽屋で人形師の方々の説明があり、人形たちと記念写真を撮るこ
とができます。

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(ギニョール劇場がある旧市街通り)

初夏の旧市街は観光客でいっぱい。
通りの芸人があちこちでパフォーマンスを繰り広げています。


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(パフォーマンスを見学していた男の子を膝に乗せて
 手回しオルガンを弾く)

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(旧市街は今はやりのハンドスピーナーが店頭で山積みに販売され、
 手に持って回しながら歩く子どもがあちらこちらに)

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(未だに厳戒態勢が解除されないフランス。
 観光地で人の集まる場所では銃を持った軍人が巡回しています)


家に帰ると、ポストにビラが。

6月にあるフランス国民議会総選挙に向けて、「La France Insoumise
(ラ・フランス・アンスミーズ)不服従のフランス」のローヌ地方第2区
候補者によるイベントの案内です。

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(野外イベントは土曜市(マルシェ)で人が集まる広場にて開催されるようです)


候補者2名の写真の下には、まず女性の候補の名前「Eleni Ferlet」、
さらに男性候補者「Basile Marti」の名がかなりの縮小サイズで書かれて
います。この男性候補者は補充候補です。主要候補者が当選後に議員の
任務を遂行できなくなった場合、任期終了まで代理を務めることになり
ます。

補充候補は主候補者とは違った性別の人を選ぶことになっているそう
です。

さらに、フランスには「候補者男女同数(パリテ法)」があるので、
政党や政治団体は候補者名簿の男女比を同数とすることが求められます。

ビラの裏側には、「"Insoumise(アンスミーズ)"が過半数を選出する
よう力を合わせましょう。民衆の力により全てが可能になります。
極端な財政を行うマクロンとその政府に大きな力をもたせてはなりません」
と書かれ、「ラ・フランス・アンスミーズ」のリーダー、メランション
(Jean -Luc Mélenchon)氏の写真が載っています。


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(ギリシャ文字φ (フランス読みでフィー)のロゴが印象的な
「ラ・フランス・アンスミーズ(不服従のフランス)」。
 右下が創立者でリーダーのメランション氏)


急進左派のメランション氏は大統領決定投票には進まなかったものの、
若者を中心に支持が急上昇しています。
マクロン大統領の「La République En Marche!(前進する共和国)」が
議席の過半数を獲得できなければ、マクロン政権は前途多難かもしれません。

リサ 5月28日 リヨンにて

「Occidentali's Karma」〜西洋人のカルマ〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

5月7日のフランスの大統領決選投票でエマニュエル・マクロン氏
(39)が大統領に選出され、17日には新内閣が発足しました。


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(22名の閣僚のうち半数が女性です)

首相に任命されたのは、ほとんど無名に近い中道右派のエドゥワール・
フィリップ氏(46)。

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(向かって右が首相のエドゥアール・フィリップ氏。
 左は環境相のニコラ・ユロ氏(62)。環境活動家として、
 メディアにも多く出演している有名人です。原発に反対しています)


内務大臣に任命されたジェラール・コロン氏(69)はマクロン氏を
出馬当初から支持してきました。国内治安、犯罪対策などを担当します。

コロン氏のリヨン市長としての16年間に親しみを感じている市民に
とって、閣僚入りは喜ばしいもののちょっと寂しいかも。

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(マクロン氏の大統領就任式に感極まり涙ぐむコロン氏)


フランス歴代最年少の大統領

フランス政界の新星、39歳の若さで大統領に就任したマクロン氏に、
人々はナポレオン1世やアメリカ第35代大統領ジョン・F・ケネディ
を重ね合わせたりしています。


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(ナポレオンの顔の部分にマクロンの顔を入れて、"若きボナパルト
(ナポレオン一世)" は今こそ何ができるか示さなければ!)


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(マクロンはフランス版ケネディ?)


先日、チャンネルC8のAu Tableauという番組で、選挙戦中の3月に
撮影された、マクロン氏が小学校で授業をする様子が再放映されま
した。

番組でマクロン氏は、子供達からチョーク1本で1分以内に右派と
左派の違いを説明するよう求められます。彼は黒板に右派の下に
自由、左派の下に平等と書いた後、子供達にフランス共和国の標語
は何か尋ねます。


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「そう、自由、平等、博愛だね、左派は平等(同権)を右派は自由を
求めるけれど、それだけでは偏ってしまう、だから私たちは 博愛を
目指そう」
と自らの政策(マクロン氏の立ち上げた右派でも左派でもない政治運動
「En Marche」)をうまく結びつけていました。


(こちらの動画はマクロン氏が子供達の質問に答えるところ)
https://www.youtube.com/watch?v=54rzz74ikLI

ちなみに、他の4人の候補者(メランション、フィヨン、アモン)も
この番組に出演しました。

メランション氏はある子供から「反EUのあなたはマリーヌ・ルペン氏
と共通した部分があるのでは。」と尋ねられ「私とルペン氏には溝が
ある。私がすべての人間は上下なく平等であると考えるのに対し、
彼女はそう考えない、という溝です。私はヨーロッパの問題が移民に
あるとは思っていない。問題は銀行家だ」と答えていました。


ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト

歌謡界の方では先週、恒例のソングコンテスト、ユーロヴィジョンの
決勝戦がウクライナの首都キエフで行われました。

ロシア代表がクリミア半島でウクライナの許可を得ずコンサートを
開催したという理由で出場を拒否されました。

ユーロヴィジョンに政治的問題は持ち込んではならないという規定が
あるものの、開催国ウクライナはロシアのクリミア併合を認めておら
ず、許可なしにクリミアへ入国したロシア人の参加拒否となったわけ
です。

昨年ウクライナ代表のジャマールは、自らの祖母の体験をもとに
スターリンによるクリミアタタール人追放を暗示する「1944」を
歌い優勝しましたが、それは暗にロシアのクリミア併合を批判した内容
とも受け取られました。
(昨年5月のブログ
「1944」〜ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト 2016〜を参照)

今年優勝したのは、ポルトガル代表のサルヴァドール・ソブラスで、
来年のコンテスト開催地はポルトガルとなります。

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(フランス代表のアルマは「レクイエム」を熱唱)

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(人気の高かったブルガリア代表の
 クリスティアン・コストフくんは17歳)


イタリア代表のフランチェスコ・ガッバーニが歌う「Occidentali's
Karma(西洋人のカルマ)」は、ユーロヴィジョンでは一位となら
なかったものの、今年2月のサンレモ音楽祭では優勝しています。

ネットやウェブに依存して自ら考えることをやめてしまった現代人
への皮肉が歌われ、このような西洋人(西洋文化)のカルマから抜
け出すためには、ブッダやニルヴァーナ(涅槃)、パンタ・レイの
ようなものが必要だという内容のようです。


パンタ・レイは、「万物は流転する」というヘラクレスの言葉だそう。

オフィシャルビデオではガッバーニが瞑想のポーズをしながらイタリ
ア語で、少し英語の歌詞をおりまぜて歌います。背後には東洋寺院風
セッティングがなされ、サビの「裸のサル(人間のことでしょうか)
が踊る、西洋人のカルマ(オッチデンタリスカルマ)」の部分では
ゴリラの着ぐるみが出てきて一緒に踊ります。


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こちらのオフィシャルビデオで、英語字幕付きの「Occidentali's Karma」
を聴くことができます。どうぞお楽しみください。 
https://www.youtube.com/watch?v=Mj6tVGKzfhU


5月20日 リサ リヨンにて

「En Marche! 」〜前進!〜


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

フランスの大統領選、第一回目の投票が23日に行われました。

主要4候補者の支持率差が少なく接戦となりましたが、予想されていた
通り中道独立系エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)と国民戦
線のマリーヌ・ル・ペン(Marine Le Pen)が上位2位に入り、5月7日
の第2回投票(大統領決定投票)に進みます。


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(23日の第一回投票では、エマニュエル・マクロン(24,1%)が首位で
 2位にマリーヌ・ル・ペン(21.30%))

報道によるとカトリック教徒の支持を一番多く得たのは中道右派の
フィヨン候補、イスラム教徒の票を多く獲得したのは急進左派の
メランションでした。

メディアの予想では二回目の決定投票では、反ルペン票によりマクロン
が圧勝すると見ています。パリの大モスク(イスラム礼拝堂)では、
皆でマクロンに投票するようイスラム教徒の人々に呼びかけがありました。


第2回投票に進む2人の候補者は移民とEU政策において全く違う意見です。

どの政党にも属さず、右派でも左派でもない政治を目指す運動
「En Marche ! (前進!)」を立ち上げた39歳のマクロン(元経済相)は
EUとの連帯強化を進める政策で移民受け入れにも積極的。

プロフィールを見ると、財務省の高官完了を経て2008年にロスチャイルド
の銀行で投資家、2014/16年オランド政権の経済相を務めるなど、経済の
分野での活躍が目立ちます。年上の奥様ブリジットさんと歳が24歳離れ
ており、その馴れ初めなども紹介されています。


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(エマニュエル・マクロンは1977年生まれ。
2016年に政治運動「En Marche」を立ち上げた独立候補)


「国民戦線」の党首マリーヌ・ル・ペンは、極右政党(L'extrême droite)
イメージ払拭のため「脱悪魔化 (dédiabolisation)」を合言葉に穏健路線
を進めてきました。しかし、先日(4月9日)、ナチス時代のフランス
警察によるユダヤ人一斉検挙事件(ヴェロドローム・ディヴェール大量
検挙事件)はフランスに責任なしと発言したことで、多方から非難を
浴びています。

第一回投票後、彼女は「国民戦線」の党首を暫定的に離任すると表明し
ました。父の代からの極右イメージを遠ざけて、支持者を増やし決戦
投票に臨むようです。移民制限、EU離脱、反グローバル政策を掲げて
います。移民による治安悪化を危惧する人々が増えた今、彼女にも勝算
はあるかもしれません。

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(マリーヌ・ル・ペンは「国民戦線」創始者ジャン=マリ・ル・ペンの
 3女として1968年に生まれる。弁護士として活躍後、国民戦線の
 副党首を経て2011年党首となる)


さて、子供達が春休みとなり、家族で夫の生まれ故郷スウェーデンの
マルメに来ています。ちらほらと可憐な花が咲いていますが、空気は
冷たく木々のつぼみはまだ固そう。

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夫と子供のパスポートの期限が切れるため更新手続きにマルメの警察に
行くことになりましたが、スウェーデンのパスポート手続には前もって
ネット予約しないと受け付けてくれなくなったことを知り夫はブツブツ
文句を言っています。

しかも、大人の更新期限が10年だったのが今では子供と同様5年ごと
に更新しなくてはなりません。これも夫にとっては寝耳に水。

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(スウェーデンのパスポートの写真は、申請窓口に備えられたテレビ
 カメラを見ながら職員の指示に従い撮影)

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(おチビさんは脚立に座っての撮影となります)


いろいろ規制が厳しくなったものです。

スウェーデンのマルメは10年ほど前まではのんびりとした街で、住人は
列車で20分ほどの都会、デンマークのコペンハーゲンまで自由に行き来
していました。隣国ですがパスポートを見せるということもありませんで
した。

ところがここ数年の移民騒動で国境の取り締まりが厳しくなり、コペン
ハーゲンとマルメ間の列車乗降にはパスポート検査が執り行われるよう
になりました。

4月上旬にはストックホルムでトラック突入テロがありましたし、先週
にはパリのシャンゼリゼ通りで銃撃テロ。このような状況においてヨー
ロッパ各国の入国検査が厳しくなるのは仕方ないのかもしれません。

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(コペンハーゲンの空港からマルメ行きの列車に乗るには、乗降口で
 パスポート検査が必要。ホーム沿いにバリケードが張られていて、
 コントロールなしで乗車できないようになっている)

リサ 4月25日 マルメにて


「Les Guignol 」〜ギニョール〜


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

リヨンは先週7月並みの暖かさ(暑さ)を記録したのですが、今週は
少し肌寒く感じます。

大統領選が間近となり、テレビ番組では候補者による熱い討論が続い
ています。

普段テレビで放映されるのは主要5人の候補者ばかりですが、先日は
全候補者11人がそれぞれ15分ずつ、これから5年間の政策を語り
ました。(5人の主要候補者については、1月30日のブログ
「Le revenu universel」〜ベーシック・インカム〜を参照。)


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(フランス大統領選11人の候補者)


4月23日に第一回選挙が行われ、過半数を取得する候補者がいなかっ
た場合は、首位2人の候補者による決定戦が5月7日に行われます。
一回目の投票で過半数を得ることはまずないので、次期大統領が決定す
るのは5月7日になる確率が高そうです。

メディアの予想では、一回目の選挙で「国民戦線」のマリーヌ・ル・
ペン氏と「En marche!」(進行!)のエマニュエル・マクロン氏
(中道独立候補)が上位2位に入り、5月7日の決定選はこの2人で
争われる模様です。そして、一回目の投票で落ちた候補者への票の多
くがマクロン氏にまわり、彼が圧勝するとみられています。

ですが、4月4日に行われた大統領選討論会でメランション候補
(左翼党、急進左派)が高いインパクトを与えて支持率(特に若者の)
上昇中、選挙結果は蓋を開けてみないとわからなくなっています。

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(4月に入ってからメランション候補の支持率が上がりつつあり、
 どうなるかわからなくなった大統領選)


フランスのCANAL+チャンネルに「Les Guignol レ・ギニョール」と
いう 番組 があります。

リヨン19世紀初頭の人形芝居に出てくる主人公の名前が「ギニョール」
というのですが、今では人形劇そのものを指すようになっています。
そして、人気テレビ番組「レ・ギニョール」は、人形達で繰り広げる
風刺ニュース番組。

政治家や有名人の特徴をつかんだ人形達が続々登場、ニュースキャスター
やインタビュアーも全て人形です。

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(オバマ前大統領やトランプ大統領の人形も登場する)


今回の選挙の有力候補、マリーヌ・ル・ペン氏の人形も登場します。

彼女は自身の父親の創立した「国民戦線」を極右政党から、左派の支持
も集める穏健な政党へとイメージチェンジを試みてきたのですが、この
番組に登場するマリーヌ人形は歯に衣着せぬ「ラシズム(人種差別)」
発言を連発。さらに父親ジャン=マリー・ルペン人形、姪のマリオン
人形とのコントもあり、現在の「国民戦線」の穏健イメージは見せかけ
だと言わんばかり。


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(大統領有力候補のマリーヌ・ル・ペン(向かって右)、彼女の父親で
「国民戦線」設立者のジャン=マリー・ルペン(中央)、姪のマリオン・
マレシャル=ルペン(向かって左)。各人形ともよく特徴をつかんでいる)


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(妻の不正給与疑惑で起訴され支持率低下中のフィヨン(向かって左の
人形)、大統領選最有力候補マクロン(写真中央)、追い上げを見せる
メランション(向かって右))

「レ・ギニョール」はこちらのサイトから動画でお楽しみいただけます。
http://www.canalplus.fr/humour/pid1784-les-guignols.html

今日は復活祭で、月曜から子供達は2週間の春休みです。

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(娘が塗ったイースターの卵ペインティング)

リヨン旧市街や6区のTête d'Or 公園では、伝統人形芝居「ギニョール」
が上演され、子供達や大人を楽しませてくれます。
リヨンを訪れる際には、ぜひ一度ご覧になってください。


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(リヨンのTête d'Or (テット・ドール)公園にあるギニョール芝居小屋。
19世紀初頭から続く人形芝居で主人公の人形の名前が「ギニョール」)

リサ 4月16日 リヨンにて

エッグハント Chasses aux oeufs de Pâque

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

先週の日曜日から夏時間となりました。

最近はスマートフォンが自動的にサマータイムにしてくれるので、時間
切り替えを知らず遅刻する人も少なくなりましたが、アナログ生活をし
ているフランソワは案の定ミサの合唱に一時間遅刻してきました。

夏時間一週目は一時間の早起きが辛いのですが、日没までの時間が長く
なるというメリットもあります。町の広場のカフェやバールは、野外
テーブルでアフターファイブを楽しむ人々で賑わっています。

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(アフターファイブを広場の野外テーブルで楽しむ人々)

イースター(復活祭、今年は4月16日)が近づきました。

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(スーパーに並ぶイースター関連商品(うさぎチョコ、うさぎの置物))

イースター(フランス語で「pâque パック」)の風物詩といえば、
うさぎや卵をかたどったチョコです。スーパーで売っているイースター
チョコのパッケージには、たまごチョコを携えたウサギのイラストが
描かれています。

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(キンダーチョコのパッケージに描かれたイースターバニー)


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(こちらはリンツ社の広告。野原にうさぎチョコとたまごチョコの絵)


卵の方は、殻を破って生まれることが復活を連想させるからだそうで、
カラフルなデザイン紙に包まれています。
うさぎの方は多産であることから、春の生命再生のイメージ、キリスト
の蘇りを祝う「復活祭」が結びついたようです。

イースター恒例の「エッグハント(たまご狩り)」は、あちこちに隠
された卵チョコを探してゲットするというゲームです。子供達にとっ
てイースターは、キリストの復活よりもこちらの方がメインかもしれ
ません。

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(イースターのエッグハントは、公園、博物館などあらゆるところで
 開催されます。チョコレート会社が協賛している。)

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(近所の公営プールでも、イースターの1週間前に「エッグハント」が
 開催されます。最近は、恐竜のたまご型チョコも多く出回っています)


先週の日曜は、カトリック教会の「カレーム(四春節 : 復活祭前の
46日間)」の第4主日で、「灰の水曜日」と「復活祭」のちょうど
中間でした。喜びの日と呼ばれているそうで、神父様は淡いピンク色
(バラ色)の祭服を身にまとっていらっしゃいました。

気候が良くなり白いリンゴの花や桜の花が咲いています。
こちらでは、桜の花はピンクよりも白いサクランボの花が多いですね。


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リサ 3月31日 リヨンにて


国際女性デー


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

2月から3月にかけてリヨンのソーヌ川がよく増水しています。
アルプスの雪解けと関係があるのでは、と夫は言っています。

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(ソーヌ川が増水して、ベンチも水に浸かっています。)


3月8日は国際女性デーでした。

イタリアではこの日女性に黄色いミモザの花を贈るのですが、フランス
の花屋さんでは、皆それぞれに好きな花を買い求めています。


でも、3月8日は女性に花を贈る日ではないそうです。

8mars.infoというサイトには、「3月8日はバレンタインデーでも
なければ母の日でもありません、女性の権利のために戦う日なのです」
と説明されています。

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(8mars.infoには、「男性の皆さま、バレンタインデーと勘違いしないで
ください。3月8日は女性の権利のために戦う日です。花を贈らないで」)


この時期になると、女性の権利や男女平等に関する討論会が街の
あちこちで開かれます。

リヨン郊外の音楽学校の行事カレンダーにも、

" Débat / Les efaccées? La place des femmes dans l'art"
(討論会 / 消えてしまったの? アートにおける女性の場)
" Conference/Compositrices du XIXème Siècle, les oubliées de l'histoire"
(研究会/ 忘れられている19世紀の女性作曲家たち)

など女性をテーマにした項目が目立ちます。

フランスの19世紀を生きた女性作曲家というと、
Hélène de Montgeroult (エレーヌ・ド・モンジュルー 1764 〜1836) 、
Cecile Chaminade (セシル・シャミナード1857〜1944)、
Lili Boulanger (リリ・ブランジェ 1893〜1918)が挙げられるそうですが、
私はフランスに来るまでは名前すら聞いたことがなく、この方達の作品を
聴く機会もありませんでした。

貴族階級にあったためフランス革命で逃亡する羽目になったり
(モンジュルー)、父親に「ブルジョワジーにおいて女の子は結婚して
母になるのが定めだ」という理由で音楽院入学を許可されなかったり
(シャミナード)、24歳で早世してしまったり(ブランジェ)、
波乱万丈の人生を送ったようです。


19世紀のフランスではナポレオン戦争下の社会が求めた女性像
「母としての女性の賞賛」が強く、女性の社会進出は大きく阻まれて
いました。

男女同権となった今、フランスで女性が音楽院に入れないとか、女性
演奏可の楽器を制限されるということもありません。
それでもオーケストラ指揮者のほとんどが男性、合唱指揮でも男女
7対3くらいの割合ではないでしょうか。


ここリヨンでは、女性合唱指揮者数が多いように感じます。


パリのノートルダム大聖堂聖歌隊で女性初の指揮者を務めたニコル・
コルティという方が、定年を迎える昨年までリヨンの高等音楽院で
教鞭をとられていたというのも影響しているかもしれません。


今世紀に入り歴史の波に埋もれた女性たちに脚光が浴びせられるように
なりましたが、フランスにおいて女性の権利が認められるようになって
からまだ半世紀ちょっとしか経っていません。

1789年、フランス革命の「フランス人権宣言」で人権が認められたのは
「市民権を持つ白人の男性」だけ。

女性の参政権が認められたのが1945年、既婚女性が夫の許可なく職業を
選び銀行口座を開設できるようになるのが1965年。1980年まで女性議員
のパンツルック禁止。離婚に関する法律の改正で家庭内暴力に対応する
条項が加えられたのが2004年。

2013年には、1800年の「パリ女性の公共の場ズボン着用禁止条例」が
まだ残っていることがわかり話題になりました。


1968年の5月革命がきっかけとなりMLF(女性解放運動)が台頭、
それ以降フランスでは急速に男女平等が促進されてきたわけですが、
何百年と続いてきた男性社会がたったの半世紀で男女平等になるのは
難しそうです。


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(1968年フランス5月革命のポスター。
「美は路上にあり」というスローガンが描かれている)

女性の権利として挙げられる内容がカトリック教会の教えにそぐわな
かったり(避妊や中絶)、イスラム教徒の人にスカーフを取ることが
女性の開放だと言っても受け入れられなかったりします。

スウェーデンやノルウェーでは、男女平等がほぼ当たり前になっており、
そのことがプロテスタントの教えに差し障るわけでもなさそうです。
また、片親だけでも子育てができる援助と福祉が充実しています。


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(スウェーデンの子供はみんな読んでいる絵本「アルフォンス」シリーズ。
アルフォンスはパパと二人暮らし)

3月8日の国際女性デーというのは、日本ではそんなに重要視されて
いる日ではないと思います。それよりも、女の子のいる家庭では3月3日
のお雛祭りの方が大切なのではないでしょうか。そして、その次に女性を
祝うのは5月の母の日。

フランス革命の「フランス人権宣言」に女性の人権が言及されていない
ことに異議を唱え「女性宣言」を配布したオランプ・ド・グージュという
女性は、1793年に逮捕され処刑されました。フランスで「人権」を手中に
するのは命がけのようです。


フランスでタバコを吸う女性が多いのは、男女平等社会とはいえ実際
には女性の負担が大きく、社会的ストレスにさらされているからでは
と感じることもあります。

リサ 3月18日 リヨンにて

「パレ・イデアル Palais idéal」〜シュヴァルの理想宮〜


皆さんは子供の頃よく石拾いをしましたか。

まだら模様に縞模様、星屑をちりばめた夜空。
おにぎり、ハート、卵型、氷砂糖にマーブルチョコ、カラフルなあられ。
チョークみたいに絵がかけたり、真ん中に丸い穴が空いていたり。

石には不思議がいっぱい詰まっています。


4歳の娘は散歩のたびにポケットに石を詰め込みます。

そこが美しい砂浜であれば微笑ましく見ていられるのですが、犬のウンチ
が転がっているような歩道(フランスには多い)では「ばっちいからポイ
してっ」と、つい叱ってしまいます。

石の数々を家でうっとりと眺め、丸くて飴色のを思わず口に入れようと
した彼女の手から、間一髪で石を取り上げました。

15歳の息子の部屋には大切な石コレクションが入っている箱があります。

息子が幼少期から今にかけて道端や川沿いで集めたもので、「牛(白黒
模様)」とか「キャラメル」などニックネームが付けられています。

引越しのたびに石ぎっしりの重い箱を持っていくのが億劫で、彼に黙って
コッソリ捨てた石もあります。今まだ箱にある石は、私の「捨てなさい」
攻撃の末に彼が渋々厳選したもの。 なかには、蚤の市で父親にねだって
買ってもらったミネラルと呼ばれる鉱物の結晶など、少し価値のあるもの
もあります。

さて、前置きが長くなりましたが、ここからは石の魅力にとりつかれた
一人の男性のお話。

リヨンから車で一時間ほどの小さな街「オートリーヴ(Hauterives))で
郵便配達の仕事をしている「フェルディナン・シュヴァル」さんは、
1879年4月のある日、石につまずいてしまいました。

自分がつまずいた石を見てインスピレーションが走った彼は、次の日
同じ場所に戻り、辺りには他にも様々な個性的な石が転がっていることに
気づき感銘を受けます。

「そうだ、石を集めて思い描いていた宮殿を造ろう」

仕事の後や休日をフル活用して休むことなく1万日。
9万3千時間をかけ、彼の理想の宮殿「パレ・イデアル」は1912年に
完成します。 

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(「パレ・イデアル」の外観)

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(シュヴァルさんが躓いた石。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Palais_idéal より
「パレ・イデアル」創作のきっかけとなったこの石は
宮殿のテラスに飾られている)


43歳で宮殿建設に着手してから33年、彼は76歳になっていました。

その間には、15歳の娘を病で失うという悲しい出来事もありました。

宮殿建築に勤しんでいた彼には旅行する時間など皆無。郵便配達人だった
ので、ポストカードに描かれている異国の風景などを見て海外にいる気分
に浸ったようです。

宮殿の階段のところには「Défence de rien toucher (何も触れないのは
ダメ)」とシュヴァル自身により刻まれており、私たちは自由に宮殿の
中を散策することができます。


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(宮殿の東入り口には「何も触れないことを禁ずる(さわって下さい)」
「子供が怪我をしないよう親御さんは付き添って下さい」と書かれている)

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(では早速階段を登ってみましょう)

見るだけではなく、実際に入っていろんな角度から体感できるこの宮殿、
6.5ユーロ(約780円)の入場料を払う価値はあります。

シュヴァルさんが、33年間どこへも行かずたった一人で完成させた
この宮殿は「郵便配達人シュヴァルのパレ・イデアル(理想宮)」と
呼ばれ、国内外から毎日多くの人々が訪れています。


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(「ヒンドゥー寺院」と書かれたモニュメント。
その他、「エジプト神殿」「自然神殿」なども見られる)

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(3人の巨人「César 」「Vercingétorix 」「Archimède」)


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(シュヴァルが石の収集に使っていた手押車)

リサ 2月26日

「A la decouvert des professions」〜将来の夢〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

息子は「化学実験」に興味があるようです。

フランスの小中学校では実験の授業はほとんどなく(教科書の内容を
頭に詰め込み)がっかりしていました。

高校では晴れて実験の授業があるということで白衣も揃えましたが、
白衣を着用しての最初の授業は生物のカエル解剖。

化学の時間はまだ実験の基礎を学んでいる段階で、彼のイメージして
いる化学実験のシーンはまだまだ先のようですが、進路は理系化学に
決めています。

そんな長男に先月、「将来就きたい職業に従事している知人に体験談
を聞いてきなさい」という宿題が出されました。

私は「化学の分野なら近所の薬局の調剤師さんに話を聞いてみれば」
と言ったのですが、「薬局の人は実験しないよ。研究を仕事にしてい
る人がいい」と息子。

白衣を着て化学実験している人。
我が家の身近にそのような人はいません。

「化学者なんて、ただ夢を見ているだけじゃないか。オルガンが得意
なんだから近所の音楽院に進んだ方が現実的じゃないのか」と夫。

「音楽院でオルガン」とはますます現実味に欠けていると思われるか
もしれませんが、フランスには教会が多数あるので、教会専属オルガン
奏者は職業として成り立っています。

「そういえば物理学者のアントニオがいるじゃないか。ちょっと分野
が違うけど研究職だぞ。でも香港だからインタビューするには時差が
あるな。」
イタリア人のアントニオさんはイタリアやフランスの研究者待遇に
満足していなかったので、今は香港で研究と指導に従事しています。

身近に化学者がいなくて困ったなと思っているところ、学校から
「A la decouvert des professions 職業を見出す」という案内が
配られました。
ロータリークラブによりリヨン第3大学で開催されたのですが、様々な
分野のプロたちが、自身の職業について語ってくれるという企画です。


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(リヨンの第3大学で開催された、
 職業について各分野のプロが紹介するイベント)

「芸術」「文化」「建築」「バイオロジー」「防衛と安全保障」
「サービス」「産業」「企業」「法律」など沢山の項目に分けられ、
さらに「舞台芸術」「医薬」「起業」「軍事」「金融」「福祉」
「飲食」etcと関連職業が並んでいます。

息子は研究職という項目が見当たらなかったので、「薬医療関係」と
「化学製品製造」に携わっている方の話を聞いてきたようです。

戻ってきた息子に感想を尋ねたら「うん、まあまあ」というそっけ
ない返事。
あとは、宿題そっちのけでオンラインゲームばかりしています。

そして思い出したように「あっ俺この前、給料出してくれるっていう
からパパの仕事手伝ったのに、まだ何にももらってないよ」と抗議し
始めました。

夫は普段ドイツ語からスウェーデン語に翻訳する仕事をしています。
時々イタリア語や英語、デンマーク語からも翻訳していますが、先日
珍しくフランス語の翻訳が舞い込んできたのです。

フランス語でのインタビューを聞いて、それをスウェーデン語に訳す
のですが、口ごもってボソボソ話している部分が夫にはどうしても
うまく聞き取れなかったようです。

インタビュー内容をフランス語のまま書き取る作業を息子に任せた
ところ、フランスで育った彼には、よく聞こえない部分も理解できて
いました。


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( 机の上を整頓する間もないほどオンラインゲームにはまっている長男。
 教科書はすでにマウス置きと化しています。)


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(長男の机の右上に貼られている絵は、長女(大学生)が
 ゲームにハマる長男を描いた風刺画。
 下の方に「勉強頑張ってね」と書かれている)

4歳の娘は最近先生ごっこに凝っていて、家族を生徒に見立てて絵本を
読んでくれます。

挿絵のあるところはそのページを聴衆の方に向けて見せる気配りも。
お話の途中に私語を挟むと「しぃーっ」と注意されます。
怒られるのはいつも長男で、彼女の絵本朗読の最中にビスケットを
つまんだため、反省(腕を掴んで別室に連れて行かれ壁に向かって
立たされる〜フランス式)をさせられていました。

お医者さんごっこにも凝っていて、彼女に捕まるとぬいぐるみたちと
ともに患者の役となりソファーに寝かされしばらく何もできないので、
家族は逃げ回っています(息子は1時間近く拘束されていました)。

レストランごっこも、テーブルをセットしてキャンドルをきれいに並べて
かなり本格的です。「はい、何にしますか」とメニューが手渡されます。
ただ、お客にメニュー選択権はないようで、「はい、サラダでございます」
と一方的。お皿に玉ねぎの皮やセロリの葉っぱなどが。
食べないとデザートが出てこないことになっています。


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(アイスクリーム屋さん開店準備に忙しい娘)


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(ソファーの側面をコンピューターに見立ててお仕事(パパの真似))


子供の頃には、やりたい職業が山ほどあるのです。

長男は幼稚園の頃お店やさんごっこが大好きで、いろんなものに値札を
貼って並べていました。

忙しいのであまり長男のお店に付き合ってやらないと、大声で「三つ
買ったらもう一つおまけだよ〜」。最後は「全部タダだよー、みんな
来てー」。他の用事で手が離せなくて放っておくと小さな声で
「タダなのにどうして誰も来ないの〜」

その翌日は「ママ、おにぎり屋さんやろうよ。僕が全部売るからママは
い〜っぱい作ってね(その頃は母親のおにぎりは絶対売れると思って
いたらしい)」

小学生の頃には「森の研究(木々の研究と森の教会でオルガンも弾くと
いう2足わらじ設定だった)」「コックさん」「顕微鏡の仕事」「混ぜる
実験」がしたいと言っていました。

高校生くらいになると、将来像を具体的に絞るようにプレッシャーを
かけられます。そして最終的にこれだ、と決めても実際には全く違う
職業に就く羽目になるかもしれません。

夫は考古学専攻でしたが成り行きで今は翻訳をしていますし、私は教育大
を卒業しましたが、教職についているわけではありません。

息子は近い将来何を選ぶのか、娘は遠い将来何をやっているのか、
全ては未知数です。


リサ 2月13日 リヨンにて

「Le revenu univelsel 」〜ベーシック・インカム〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

旧正月を過ぎて気温が少しずつ上がってきました。

1月28日には中華レストランや中仏会館などで「春節」のお祝いがあったよう
です。新聞には、今年は中国の太陰暦で「le coq de feu (火鶏)」の年と紹介
されていました。

一瞬、なぜ「火」なのかわからなかったのですが、今年2017年は十干では
「丁(ひのと)/火の弟という意味らしい」に当たりますから、「Feu 火」なので
しょう。

日本では「丁酉(ひのととり)」となりますが、十干はつけずに十二支の「酉」だ
けで呼ぶことが多いですね。

昨日、フランスの大統領選に向けて左派の予備選挙決戦が行われ、ブノワ・
アモン前教育相が現首相のエマヌエル・ヴァルス氏を抑えて勝利しました。

これで4月に行われる大統領選の候補者が揃いました。


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(大統領選5人の候補者。向かって左から、ルペン(国民戦線)、
フィヨン(共和党)、マルコン(オン・マルシュ!)、アモン(社会党)、
メランション(ラ・フランス アンスミーズ)。敬称略)

5人の候補者を一人ずつ見ていくと、

1.
写真左から向かって2人目、最有力候補と言われている中道右派のフランソワ・
フィヨン氏(共和党)。

最近持ち上がった公金横領(妻への給与疑惑)の疑いにより支持率が下がる
可能性あり。大統領選の行方はますますわからなくなりました。


2.
向かって一番左の女性はマリーヌ・ル・ペン氏(国民戦線)。

国民戦線は極右 政党(l'extrême droite)として知られますが、最近は穏健路線
で福祉の充実などを打ち出し、彼女への支持率は増しています。移民問題等で
不満のたまったフランス国民の現状もあり、大統領選に勝利することも有りうる
かもしれません。彼女はアメリカのトランプ政権を歓迎しています。


3.
左派のブノワ・アモン氏(社会党 写真向かって右から2番目)。

同じ社会党のオランド政権の人気が下がっていることもあり支持率はあまり高く
ありません。左派傾向が強く、週32時間労働、18歳以上の国民に「Le revenu
universel」基本所得750ユーロ(約9万円)を支給するベーシック・インカム制度
を公約にしています。

「基本所得制度(ベーシック・インカム)は仕事に自由に生きることを可能にする」
という彼の主張は魅力的ですが、実際にうまくいくのかという反論も出ています。


4.
写真中央は、社会党から独立して単独出馬している元経済官僚のエマニュエル・
マクロン氏(オン・マルシュ!*政党ではなく団体名だそう)。

フランスでは日曜は休息日。従来お店の日曜営業は年五回でしたが、彼が前年
出した「マクロン法案」により、年12回日曜営業しても良いことに。

5人の候補者の中でも39歳と一番若いマクロン氏の詳細をウィキペディアで
見ると、ピアノを嗜み(10年間音楽院で学ぶ)24歳年上の奥様は彼の高校
時代のフランス語の先生と書いてありました。

「En marche! オン・マルシュ(進行!)」を合言葉に右派でも左派でもない政治
を目指し、多くの支持を得ています。


5.
写真右のジャン=リュック・メランション氏(ラ・フランス アンスミーズ)は、2012年
の大統領選にも立候補(左翼党)しています。
2016年に「La France Insoumise (ラ・フランス アンスミーズ 不服従の
フランス)」という政党を立ち上げています。イギリスがEUから離脱決定した時に
「英語はもう欧州議会の第3公用語にすらならない」とツィートしたことが記憶に
新しいかもしれません。

以上5人の候補者で争われる2017年のフランス大統領選、世論調査もあまり
あてにならないようで、来年以降フランスがどういう方向に向かっていくのかは
未知数です。


さて、昨日の日曜は気温が12度と暖かくお天気だったので散歩に出かけました。

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(暖かい日にソーヌは川沿いを散歩)

ジャコバン広場近くのカフェに入ってホットチョコレートを飲みながら、「ベーシック・
インカム」っていいな、と思いました。

私は政治に詳しくもなく、普段あんまり興味のない方なのですが、アモン候補の
基本所得支給政策は、もし実現されたら世の中変わるかもしれないと甘い期待
を抱いてしまいました。


一人につき750ユーロ(9万円)ってことは、2人なら1500ユーロ!

スウェーデン人の夫に「アモンの言っている、ベーッシック・インカムって、フランス
国民にだけだよね。私たちはレジデンスがあっても対象外かな。」と尋ねると、
「本当に実践されるなら、僕はフランス人に帰化してもいいくらいだ」だと。


アモン氏の提案する「ベーシック・インカム」。まず仕事のない若者や貧困者が
対象で、その後18歳以上のすべての国民に、ということですが、アモン氏が
大統領になる確率は今のところあまり高くないようです。


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(ホットチョコレートを注文したら、ホットミルクの中にチョコを刺したスティックが。
溶かして飲むみたい)


リサ 1月30日 リヨンにて。

地中海の港町 「Cassis(カッシ)」

あけましておめでとうございます。
年末年始はゆっくりと過ごされましたでしょうか。


フランスに寒波がやってきました

「みんなでツルツルーってしたら(足を滑らせるそぶり)パリンッて割れて、
こお〜やって拾っておカバンのポッケに入れたよ」

昨夜から熱を出している娘の話だと、幼稚園の庭の水溜まりが凍り、子供
達はその上をツルツル滑って遊んだようです。氷のかけらを入れたらしい
リュックは湿っていました。

年明けの3日から早々に新学期となり、クリスマスツリーにもさようなら。
スウェーデンから来ていた長女も帰って行きました。


今、年末の家族旅行の写真を整理しているところです。


冬休み中はリヨン近郊を散策していたのですが、あまりに寒く灰色の景色
にうんざりしました。天気予報を見たら地中海沿いの街は気温16度。
急きょ一泊2日の南仏旅行を計画しました。
碧い空と海そして太陽を求めて車で走ること3時間半、マルセイユに近い
小さな港町「カッシ(Cassi)」に到着です。


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(リヨン近郊の街からの眺めは灰色)


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(こちらはカッシの青空と海。気分が明るくなります)

カッシのカランク国立公園をハイキング。「カランクCalanque」とはマルセイユ
からカッシまでの白く(石灰石)険しい谷間に囲まれた入江の総称のようです。


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(地図 carte-marseille
マルセイユとカッシを結ぶ沿岸に14のカランク(Calanque)と呼ばれる入江がある)

平坦な道が、やがてゴツゴツとした石灰石の坂道にとなり、浅瀬のある小さな
入江にたどり着きました。


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(はじめは断崖を見物しながら平坦な道を行く)


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(散歩道から見る一つ目の入江 Port-Miou)


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(歩き続けること約30分、道が急にゴツゴツと険しくなります)


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(小さな入り江(Port-Pin)に着きました)


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(この日(12月29日)カッシは気温16度)


今日は「エピファニーEpihanie」と呼ばれるカトリックの祝日。
幼子イエスへ「東方の三博士」が訪問した日だそうです。


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(イエス生誕の様子を人形で再現したプレゼピオ。
フランスでは「クレッシュ(Creche)」と呼ばれています。
クリスマス前には空だった干草のゆりかごに、
今は幼子イエスの姿があります)


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(クレッシュには幼子イエスを訪ねてやってくる「東方の三博士」も設置されています)


本来の宗教的意味は薄れたものの、「ガレット・デ・ロワ(東方の三博士の
ガレット)」という焼き菓子を食べる習慣は続いています。フランスでは毎年
約3千万個消費されているそうです。


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(「ガレット・デ・ロワ」を分けあって食べる際、フェーヴ(小さな陶器の人形)
入りの部分が当たった人が王冠(紙製)を被ります)


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(この絵本の主人公、ジュリエットという女の子は、自分が食べた
ガレットにフェーヴ(右手に持っている)が入っていたようですね。
嬉しそうに冠をかぶっています)

教会ではこの時期「La Marche des Rois 東方の三博士の行列」が
歌われます。フランス民謡ですがリュリ(Lully 1632-1687)作曲とも
言われています。ビゼーの「アルルの女」にもこのメロディーが出て
くるので、皆さんも聞いたことがあるかもしれません。
https://www.youtube.com/watch?v=hZbV3ML9qMY&feature=youtu.be


リサ 1月6日 リヨンにて


思い出してください Recordare

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

クリスマスまであと僅か、フランスではパピヨット(Papillotes)というチョコ菓子
があちこちに出回っています。

学校で一つ、学童保育で一つ、図書館で一つ、歯医者さんでも!?また一つ、
といった具合で、子供達が砂糖漬けになってしまわないかと心配です。


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(クリスマスにかけて出回るパピヨット。リヨンが発祥の地だそう。
チョコ菓子がキラキラした紙で包んであります)


図書館では、クリスマスのお話会がありました。
イエス様誕生のお話ではなく、サンタさんが主人公のお話です。

お話会の最後に若い女性の図書館員が「イランという国にはクリスマスは
ありません。その代わり新年のお祝いがあります」と言ってイラン民話の紙
芝居を読んでくれました。この方はイラン出身で、トンバク(トン、バクという
太鼓の音の響きからこの名前がついたそう)を叩きながらイランの新春の歌
も披露しました。

ルター宗教改革500年

夫の長女が明日、クリスマス休暇でスウェーデンからやってきます。

彼女はルンド大学の学生で地元の女性合唱団ヴェガ・クワイア(Vega Choir )
に所属しています。去る10月31日、彼女たちはルンドに訪れたローマ教皇が
出席している記念行事で歌ったそうです。

教皇フランシスコが出席したのは、ルター派世界連盟によるエキュメニカル
運動(キリスト教の教会一致促進運動)共同式典です。

ルターの宗教改革から来年で500年、袂を分かっていたローマカトリック教
会とプロテスタント教会が和解の道を辿ろうとしています。
ただ色々と習慣や教義には違いがある(例えばカトリック教会に女性の司祭
はいません)ので、お互いに譲れない部分もあるように思われます。

下記のサイトで教皇フランシスコが出席した、ルンドでの記念式典を見ること
ができます。
https://www.youtube.com/watch?v=plkK6zNHP_0


先日、リヨン郊外の音楽学校でモーツァルトのレクイエムが演奏されました。

「怒りの日に、この世は焼き尽くされ灰になる。
ラッパがなり審判者が現れ、墓場から死んだものも蘇り裁きを受ける。」

キリスト教では亡くなった人は天国で永遠の平穏を得ると思っていましたが、
死んだ人も生き返って審判を受ける日が来るとは、心穏やかではありません。


続いて「思い出してください Recordare」という4重唱では、

「思い出してください、慈しみ深いイエス様。かつてあなたは私たちのために
地に降り、十字架を背負ってお救いくださいました。あの時の苦しみが無駄
になってしまわないよう、怒りの日にはその炎から私たちをお護りください。」
と歌われます。


自らの命を犠牲にして人間を救ったイエス様に、その時の苦を無にしない
ようにと再度救済をお願いするのは少し身勝手な気もするのですが、そう
感じるのは私がキリスト教のことをよく知らないからかもしれません。
いかなる時もキリストの磔刑が根底にあるというのは日本で育った私には
ない感覚です。
レクイエムで歌われるこの美しい4重唱はこちらから聞くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=6IvRUVHOiK8

3日前、ドイツのベルリンでは、クリスマスマーケットに大型トラックが突入し
多数の死傷者が出ました。フランスでは、24日深夜に方々の教会でクリス
マスミサがあり多くの人出が見込まれるため、警察や軍人が銃を手にあら
ゆるところで警備にあたっています。

物騒な世の中ですが、クリスマス前はレクイエムよりも、やはり生誕の音楽
が聴きたいものです。

17日、フルヴィエール大聖堂でサン=サーンスのクリスマスオラトリオが演
奏され、息子はパイプオルガンを弾きました。キラキラと星が輝き、天使が
舞い降りてくるような音楽です。


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(コンサートのあった日は非常に寒く、丘の上のフルヴィエール教会は
深い霧に包まれていました)


この演奏会ではオルガンと歌だけでしたが、このオラトリオは、実際には弦楽合奏とハープ、オルガン、5人のソリストと合唱によるものだそうです。Youtubeで聴けますので、クリスマスのバックミュージックにいかがですか。https://www.youtube.com/watch?v=nNI8AFo-QTs

このシーズン、娘が言うことを聞かないと「ほら、お空からサンタさん見てるよ。いい子にしてないとサンタさん来てくれないよ」などと言っていたのですが、「違うもん、サンタさんはパパさんがお面かぶって玄関からピンポーンってくるの!」と言い返されてしまいました。(スウェーデンのサンタ「トムテン」については2015年1月のブログ/第二回「God Jul!トムテンがやってきた」をご覧ください。)


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(クリスマスツリーを飾ります)

それでは皆さま、よい年末年始をお過ごしください。


リサ 12月22日 リヨンにて。

光の祭典 Fête des lumières 2016

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

リヨンの冬の恒例行事「光の祭典」が2年間のブランクを得て、12月8日から
10日まで開催されました。


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(2年ぶりに開催されたリヨンの「光の祭典」)

昨年は11月に「パリ同時多発テロ」があったため中止となってしまいましたが、
今年は期間を4日間から3日に、時間も夜8時から0時までと短縮して開催が
実現しました。
 (中止となった昨年の祭典については、
 2015年12月のブログ「Lumignonルミニョン」を参照)


今までの祭典では、公園やトンネル、橋など、街じゅういたるところにイルミ
ネーションが設置されていたのですが、今年はほとんどの展示が街の中心に
集中しており、規模が縮小されたのを感じます。厳戒態勢ということで多数の
警備隊が待機していましたが、手持ちかばんのチェック等はありませんでした。

「光の祭典」は、聖母マリア様に感謝して「Lumignon (ルミニョン)」と呼ばれる
キャンドルグラスを窓辺に並べる習慣から来ています。各家庭の窓辺には可
愛いルミニョンがたくさん並べられていました。


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(窓辺に並べられたルミニョン)

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(うちの娘も幼稚園で、落ち葉をあしらった
 素敵な手作りのルミニョンを作リました)


「光」は人々に希望を与え、暗闇を進むときにはその行き先を照らし出して
くれます。生まれてくる赤ちゃんを希望の光に例えたり、ご先祖様があの世
で迷わないように灯篭を灯したり、「光」は私たちのよりどころであり、また私
たちそのものであるとも言えます。


私の周りでは、年末にかけて新たな命が誕生します。

日曜のミサ合唱「スコラ・ヴェスプリ」で一緒のルシーさんは臨月を迎え、
大きなお腹を抱えて歌う彼女は光り輝いています。

そして、一つの命が旅立って行きました。

同じくミサ合唱で歌っていたジェラールさんは、夏に癌の手術をしたのですが、
経過がおもわしくなく先日亡くなりました。定年後、合唱に生きがいを見出して
熱心に歌っていた方です。ギャグを連発してみんなを盛り上げる楽しいおじさ
んでした。

ジェラールさんは自分のお葬式に演奏してほしい曲をすでに決めていらっしゃっ
たようです。ルネサンス時代の作曲家アントワーヌ・ド・フェヴァン (Antoine
Févin 1470-1512) の合唱曲「レクイエム」。フェヴァンはフランスのルイ12世
に仕えていた音楽家です。

いつも中世音楽ばかり歌っている「スコラ・ヴェスプリ」には珍しいルネサンス
時代のレパートリー。この曲は昨年彼がまだ元気な頃、皆で練習した思い出
の曲です。お葬式で歌うのはとても辛いけれど、彼は思い出の教会で、いつ
ものように皆と歌いながらお別れがしたいのだと思いました。


指揮のレベッカさんが、同じルネサンス時代からもう一曲付け加えました。
ロバート・ホワイト(Robert White 1538-1574)作曲の 「光にして日なるキリス
トよ(Christe qui lux es et dies))。カトリック教徒の人たちにとって、イエス・
キリストは闇を照らし人々を守る「光」そのものです。

レベッカとフランソワが、数日前ジェラールさんの自宅を訪れた際、ベッドに横
たわる彼の顔はとても晴れやかだったそうです。そしてその夜、彼は亡くなり
ました。敬虔なカトリック教徒であるジェラールさんは「光」のもとへと旅立って
行きました。


もうすぐクリスマス。

幼稚園の教室には、12月1日からクリスマスまでのカウントダウンカレンダー
(アドヴェントカレンダー)が登場し、子供達がそのまわりをウロウロしています。
1日ごとにお菓子が入っていて、子供達は自分がカレンダーをめくる順番が
やってくるのを心待ちにしています。


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(娘のクラスのアドヴェントカレンダーは木の形で、葉っぱに見立てた袋が
 ぶら下げてある。袋の数字は日にちで、開けるとお菓子が入っている。
 娘の順番が回ってくるのは14日)


街の教会には、クレッシュ(Crèche: プレゼピオ)と呼ばれる、イエスの降誕を
再現する馬小屋の模型と聖家族の人形が設置されています。今はまだクリス
マス前でイエス様がお生まれになっていないということで、馬小屋の中に幼子
イエスの姿はありません。クリスマス深夜のミサの後、マリア様の前にゆりか
ごに入った幼子イエスの人形がおかれます。


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(教会に設置されたクレッシュ)


最後になりましたが、こちらは前述の「光の祭典」の一部始終が見られる
サイトです。お楽しみください。
https://www.youtube.com/watch?v=bnaadm8gjVs


リサ 12月14日 リヨンにて

アドヴェント(待降節)

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

クリスマスまであと四週間、アドヴェント(イエス・キリストの降臨を待つ)の
時期に入りました。
ろうそくを4本立て、アドヴェント最初の日曜(今年は11月27日)は一本目
に火を灯します。


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(アドヴェントの最初の日曜は、4本のうち一本目のロウソクだけを灯します。)


アドヴェント(フランス語ではAventアヴォン)はキリスト教の行事ですが、
子供達にとっては楽しいクリスマスに向けてのカウントダウンです。
スーパーにはお菓子付きアドヴェントカレンダー(12月1にから24日まで
窓をひとつずつ開けていく日めくりカレンダー)がずらっと並びます。
スウェーデンでは12月1日から24日まで毎日、この期間限定の連続テレ
ビドラマが放映されます。


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(スーパーに並ぶチョコ付きアドヴェントカレンダー)

週末の午後、ほのかな日差しが濡れた歩道を照らします。
増水して茶色に濁ったソーヌ川に、折れた灌木などが流されてきます。
お花屋さんでは、この週末からクリスマスツリーの販売が始まりました。

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(クリスマスまであと四週間。
お花屋さんではクリスマスツリーの販売が始まりました)


娘が4歳の誕生日を迎えました。

未だに幼稚園ではほとんど言葉を発しないのですが、「ミーラン」と「マイ
サン」というお友達もできたようです。

担任の先生はフレデリック(Frédérique)先生というのですが、Rの発音が
まだうまくできなくて、「ふぇできっく」と呼んでいます。

日本語に親しみが持てるようにと、子供版「声に出して読みたい日本語」
という本を読み聞かせてみました。お気に入りの名言は、千利休の「稽古
とは一より習い十を知り」という一節。もちろん意味は全く分かっていませ
んが「十を知り」のところでいつも爆笑するのです。息子に「《十を》と《知り》
をもっとはっきり区切って読んだほうがいいんじゃない」と助言されました。

娘は、「おしり」が大好きです。
「おしり」の形、「おしり」という発音、何にでも反応します。

息子がこの夏日本で「ぐでたま」を見て気に入り、その後ユーチューブで
アニメを見たのですが、娘が好きなのは「ぐでたま」のおしり。

「十を知り」の「十を」と「知り」をかなり区切って読んでも毎回爆笑するのは、
彼女には「10お尻」としか聞こえないからでしょう。しかも、私の妹の名が
「ケイコ」ですので、「稽古とは」の部分は彼女の名前かと思っている模様。
「ケイコ、10おしり〜」などと言って笑い転げています。

「ご飯食べましょーおしり」とか、脈絡なく、何にでも「おしり」という言葉を
ひっつけています。外出先などで「おしり~おしり〜」と歌い始めるたび、
私は「ここが日本じゃなくてよかった」と思うのです。

他の人には「Oshiri」の意味がわかりませんから、小さな女の子が外国語で
歌っているのがほほえましく、皆にっこりとして通り過ぎていきます。

娘の誕生日は28日ですが、本日27日は日曜日。学校もないし仕事もお休
みですので、今日お祝いすることにしました。日本の11月28日未明に生ま
れたということは、8時間の時差のあるヨーロッパではまだ27日ですし。


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(Joyeux anniversaire パパの手作りケーキ)

イタリアでも、フランスでも、日本でも、お誕生日の歌は「ハッピバースデー 
トゥー ユー」そのままか、その国の言葉に訳したものです。

スウェーデンでも、英語のハッピーバースデーソングは知られていますが、
昔から歌い継がれてきたスウェーデン独自の誕生日の歌は「100歳を超え
て長生きしよう、万歳!」といった内容です。以前スウェーデンで放映された
長靴下のピッピでも歌われています。
https://www.youtube.com/watch?v=89OK3hZ9nD0

火曜日には、幼稚園のクラスで11月生まれのお誕生日会があり、誕生日
を迎える子供たちが先生と一緒にケーキを作るそうです。先週、学校に材
料を持参しました。クラスには11月生まれは2人だけで、娘は大好きな
「ふぇできっく(フレデリック)」先生とケーキを作るのを楽しみにしています。

リサ 11月27日 リヨンにて

November Steps

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

11月になりました。

日本では紅葉が美しい季節です。

フランスの木々の葉もすっかり色づきましたが、日本のように赤や黄で色とり
どり、というよりは、シャンソンの「枯れ葉よ〜♪」といったイメージがしっくりと
きます。


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(11月のリヨンは日が暮れるのも早く、雨天が多い。)


日本では紅葉狩り、栗拾い、芋掘り、遠足にもってこいのシーズンですが、
フランスの子供達にとっては、秋休み明けの今、12月のクリスマスまであん
まり楽しいことがありません。

日はどんどん短くなり、寒さは増し、雨の日が多くなります。

11月に郵送されてくる様々な税金申請、憂鬱になります。

日曜日に、リヨンから車で30分ほどのヴィエンナという小さな街にある
「Muséé Gallo-Romainガロ・ロマン博物館」に行ってきました。
月初めの日曜は入場無料ということで、ラッキー。

博物館の外には古代ローマ時代の遺跡が広がっています。
当時の市場跡、染物場、サウナやトイレ跡なども。


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ヴィエンナのガロ・ロマン博物館外のローマ遺跡
(染物場、市場のあったところ)

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(手前はサウナの跡)

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(こちらはトイレ跡)

ローマ帝国による統治は長く続き、戦争の心配もあまりなかったようです。
遺跡からは人々の生き生きした暮らしが蘇ってきます。

大劇場で観劇し、公衆浴場でくつろぐ。
市民生活は大変充実しており、中世以降のヨーロッパとは随分違っています。

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(博物館内に展示されている古代ローマ時代の服)


ローマ帝国崩壊後は混沌とした争いの時代となり、フランスに根付いた古代
ローマ文化がぷっつりと途切れてしまいました。そのため当時の優れた技術
などは引き継がれることがなかったようです。


イタリアで遅々として進まない整備工事等を見るにつけ、あんなにも機能して
いた古代ローマが誕生した国なのに何故、と思ってしまいます。


さて、明日はいよいよアメリカ大統領選挙です。
この選挙の結果が、世界に何らかの変化をもたらすのでしょうか。

リサ 11月7日 リヨンにて


叙事詩の夜 

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

11月1日は「Toussaint (トゥッサン)諸聖人の日」で祝日です。

その翌日にフランスの人はお墓参りに出かけるので、花屋さんの店先には
菊の花が並んでいます。学校は10月20日から2週間の秋休みです。


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(花屋さんの前に並べられたお墓参り用の鉢植え菊。)


来年2017年の春にフランス大統領選がありますが、その選挙で投票する
ための名簿登録への案内ポスターが街のあちこちに張り出されています。

選挙権は18歳以上のすべてのフランス国籍者にありますが、大統領選の
前年12月31日までに居住する市町村の選挙人名簿に登録する必要があ
ります。


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(2017年大統領選に投票するための名簿登録案内ポスター)

日曜日に教会で一緒に歌っているフランソワ君が「ここに写っているのは、
日本の楽器だよね」と言って見せてくれたのはリヨン国立音楽院のコンサート
案内。
「Nuit de l'épopéé 叙事詩の夜」というタイトルで、大きな琵琶を抱え、山吹
色の衣装に身を包んだ女性が写っています。


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(リヨン国立音楽院のコンサート案内に載っていた薩摩琵琶奏者、
上田純子さんの写真。)


夕方6時より映画「怪談」上映、フランスの叙事詩「ロランの歌」と「平家物語
から《壇ノ浦》」演奏。夜9時のコンサートは「平家物語より《義経》《祇園精舎》」
とモンテヴェルディ作曲の「タンクレディとクロリンダ」。

不思議なプログラムですが、「叙事詩」という点で一致しているようです。
琵琶なんて日本でも間近に聞いたことはなく、面白そうなので行くことにし
ました。

前座の映画は、1964年小林正樹監督の「怪談」から第3話「耳なし芳一」
でした。琵琶法師が演奏するシーンや、壇ノ浦の戦いの回想部分があるた
め、平家物語の時代背景やストーリーもよくわかります。

映画のすぐ後に、フランスの叙事詩「ロランの歌」と平家物語より「壇ノ浦」
が演奏されました。

「ロランの歌」は、11世紀ごろに出来上がった古フランス語で書かれた叙事
詩だそうです。フランク王国の国王シャルルマーニュの甥ロランの武勇伝で、
詩は残されていますが、歌の旋律は楽譜が存在していないのでわかりませ
ん。当時の大道芸人たちによって歌い継がれていたそうです。

リヨン国立音楽院の古楽科の生徒たちは、当時の歌旋律を研究し「ロランの
歌」から数曲の旋律再生を試みました。中世楽器の響きと古フランス語の発
音がよく合っていてとても美しかったです。リコーダーを2本口にくわえて演奏
していた人がいて、大道芸人風でいいなと思いました。

はるか昔のフランス語ですので、舞台後方スクリーンの字幕を読みながらで
ないとストーリーが理解できません。 隣にいたフランソワに「なんだか、ロラン
の死因がよくわからなかったよ。木に登って落ちたんだよね。なんで登ったの
かな。」と尋ねられましたが、聞きたいのはこっちの方。私は途中から字幕を
見るのも面倒になって全然ストーリーについていっていませんでした。


心に残っているシーンといえば、ロランが死の間際に聖剣が敵方に渡らぬよ
う石でたたき割ろうとしたら、逆に石の方が割れてしまったという下りくらい。

続いて、薩摩琵琶奏者の上田純子さんによる、平家物語から「壇ノ浦」の演奏
が始まりました。「ロランの歌」が10人ほどのグループで演奏されたのとは対
照的に、上田さんは琵琶一本を手にたった一人で「壇ノ浦」を語りました。

西洋のリュートも日本の琵琶も似た形をしていて、よく歌の伴奏楽器として登
場しますが、奏法は随分と違っていました。

16世紀後半、西洋の歌唱文化はそれまでの多声音楽に代わり、ソロ歌唱に
和音楽器の伴奏(リュートやハープ、チェンバロ)というスタイルが主流となり
ました。今でいうギターのコードネーム伴奏のようなものです。

日本では、仏教声明のような抑揚のある歌い回しが、能や浄瑠璃、平曲など
に受け継がれてきたそうです。大勢で歌う時も多声部にはならず常に斉唱で
す。

上田さんの薩摩琵琶は、和音で歌を支えるのではなく、弦をバチでこすったり、
叩いたり、声の抑揚に合わせて音を揺らせたりと、ニュアンスが多彩でした。

西洋音楽には、協和音と不協和音が存在します。
美しいとされる振動数比を持つ音程であれば協和音(振動数比が単純な整数
比に近い音程、例えば完全5度の振動数比は2対3)、そうでない音程を持って
いれば不協和音。

不協和音は不安定な響きとして用いられ、協和音に向かうことで安定しようと
します。音楽が緊張、高揚していく場面などでは不協和音はとても効果的に
使われます。


一方、日本の音楽に協和音と不協和音というコンセプトはなさそうです。
あるのは自然界のあらゆるところから聞こえてくる響き。
琵琶の弦をこする音は、風や枯れ葉など様々な情景を連想させますが、この
ような音は西洋の楽器からは雑音として排除されてきた音でもあります。

数世紀にわたり和声音楽を担ってきた西洋音楽ですが、20世紀を過ぎて変
化が見られるようになりました。長男が弾いている現代オルガン曲には、協
和音に解決を試みない不協和音がたくさん聞こえてきます。様々な音の重な
りはそれぞれに違う響きを生み出していて、その美を最大限に引き出そうとし
ています。

そんなことを考えながら琵琶演奏に聴き入っている時、私の両サイドからは、
夫と友人のフランソワからうるさく質問が入ります。

「今聴いている《壇ノ浦》は、さっき見た映画の中で歌われていたのと違う気が
するんだけど」

「映画の中では、平家物語は一晩では語り尽くさせない程たくさんのエピソード
からなっていると言っていたけど、今から演奏する《義経》はいくつ目のエピソー
ドなんだい?」

「歌われている日本語は今の日本語とは随分違うのかな。リサは聞いただけ
で全部わかるのか?」

薩摩琵琶奏者の上田さんは、現在スペイン在住だそうです。
ヨーロッパの演奏家たちとも共演し、東洋と西洋の音楽の未来を探っておら
れます。

ヨーロッパに住みながらご自身の薩摩琵琶演奏家としての熟成を目指される
ことは、多文化の中に身を置くことが良い刺激になる一方、時に日本の文化
から遠ざかって生活することにジレンマを感じられるかもしれません。

上田純子さんのホームページです。
http://www.junkoueda.com/ja/

コンサートが終わって家に帰ると、日曜の教会コーラスのピエールさんから
メールが来ていました。
「今月30日の日曜日は《 fête du Christ Roi 王であるキリストの主日》にあ
たります。ミサでは9世紀に書かれた現存する最古のポリフオニー 曲
《 Rex caeli Domine  天の王よ 》を歌いましょう。まだ現代譜への書き換
えができていないので、元の楽譜(9世紀の書式で書かれたもの)送ります。」
とあり、楽譜が添付されていました。


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(ピエールさんの送ってくれた"Rex Celi domine"は2声のポリフォニー。
Rex(王)が同じ音から始まって、上の旋律が一音ずつ上がって行く。)


それにしても、カトリック教会では毎週のように大切な行事があります。この
コーラス(といっても5、6人しかいない...)に参加するようになってから教会
行事に少し詳しくなりました。


明日は10月最後の日曜日、30日は冬時間に変わるので、今日は寝る前に
時計の針を一時間遅らせます。朝一時間多く寝られるのが嬉しい。

リサ 10月29日 リヨンにて

「On Lâche Rien」 〜あきらめない〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

室戸での144,000人の平和の祈りの日が近づいてきました。

我が家も「平和の祈願木」に各自メッセージを書き、日本の母に託しました。
スウェーデン語で書かれた夫の祈願木に読み方と訳文を添えておけば良
かったかな、と今になって思っているところです。


リヨンは秋晴れの良いお天気が続いています。

新学期から一ヶ月、我が家の子供達は先週からゲホゲホ咳をしています。
集団生活が始まると、なにがしかの病気にかかるのは避けられないよう
です。


娘は、熱もなく元気に走り回るのですが、とにかく咳き込みがひどいので2、
3日幼稚園を休ませました。幼稚園は「流行り目、発疹、伝染病、高熱、下痢
は休ませること」となっていますが、咳の規定は特にありません。でも、子供が
咳き込んだりすると、何となく登園させるのが後ろめたいのです。


ただ、そういつも子供を休ませられないご家庭も多いわけで、
「先生、うちの子まだ熱あったけど、ドリプラン(熱冷ましのシロップ)飲ませて
頑張ってこさせたから」と言いつつ子供を置いていくお父さんを前に、先生の
表情は複雑でした。


息子の方もかなりの咳で、高校の連絡帳に「咳がひどいので、体育の徒競走
は休ませてください」と書いたのですが、「欠席は医者の証明書が必要だ。頑
張って走ってこい」と言われ、結局全力疾走させられたようです。


先日、息子の学校から近々テロに備えての避難訓練があるという連絡があり
ました。どこの学校もセキュリティーに気を配っています。娘の幼稚園も開門
の時間が限られていますが、今年からは遅刻の場合は入れてもらえなくなり
ました。


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(学校セキュリティーの強化)


フランスの教育相、ナジャット・ヴァロー=ベルカセム氏が、ツイッターで「次期
の5年で義務教育期間を3歳から18歳までに拡大したい(フランスの義務教
育は現在6歳から16歳)」とつぶやきました。高校の他に職業訓練学校等も
対象とされるそうです。

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(ナジャット・ヴァロー=ベルカセム氏(写真中央)のツイッター)


「スコラ en panne (故障)!」


先週、日曜夜のミサ合唱を指揮するマリーさんから、こんなメールが届きま
した。

「スコラ故障中! : このところ、毎回ミサに参加してくれて、かつ、練習熱心な
方々が不足しています。これでは続けられそうにありません。」


マリーは、聖歌隊「スコラ・ヴェスプリ」の指揮をしており、旦那様のピエールが
ミサの内容にあった14世紀の合唱曲を選定しています。
(私が聖歌隊に参加することとなった経緯は2015年5月のブログ参照)


ちなみに何故14世紀の曲かというと、中世の曲が最も謙虚で美しく神様への
祈りを歌っている、というピエールさんの主観から。

メンバーは6、7人しかいないのですが、譜読みのできる音楽留学生がドイツ
に行ってしまうなど、さらに手薄になりました。

確かに、先週の日曜日のミサはひどかったかもしれません。


ピエールが腹痛で欠席。残った2人のバス声部担当はいつも彼を当てにして
いるので全然練習できていなかったのです。他の人たちも色々な事情で事前
の練習に参加できておらず、当日飛び入りメンバー(私もそう)となった人が
数人。

14世紀のポリフォニーは音の運びが独特なのと、選曲がミサの内容によって
変わる(つまり毎週歌う曲が違う)ので、皆四苦八苦しているわけです。


マリーは、そんな状況にもめげず、今まで娘さんたちを連れて頑張ってきました。
以前はミサ中に末っ子のサラがぐずると、団員がさっと椅子を用意、マリーは
椅子に左足を乗せ子供を抱え、授乳しながら(聖歌隊は一般の参拝者から見え
ないところで歌っています)もう一方の手で指揮していました。

彼女のメールから数時間後、メンバーからいろんな返信が回ってきました。

「僕は練習にいつも参加できなくて済まなく思っているけど、日曜にスコラで歌う
のを楽しみにしているんだ。メンバーが足りないなら勧誘しよう。」

「先週のミサはちゃんと歌えなくてごめん。こんな僕でも続けていいかな。」

「団員募集のポスターを作ったよ。どうかな。」


神父様からも、

「親愛なるレベッカさんと聖歌隊の皆様。日曜夜のミサから歌声がなくなって
しまうのは残念です。教会のホームページに合唱団員募集を載せてみては
どうでしょうか。熱心な人が来てくれるよう、私はこれまで以上に神に祈りま
しょう。政治闘争の合言葉のようになってしまいますが、私は言いたい、
"On ne lâche rien (あきらめない)!!!" 」

カトリックの方たちのメールは「神に祈りましょう」とか「神様のお力添えがあり
ますように」と締めくくられています。

マリーの末っ子サラは2歳になってやっと卒乳しました。
フランスでは生後二ヶ月くらいで哺乳瓶に切り替えるお母さんが多いのですが、
そういう点ではマリーの育児スタイルはフランス的ではないようです。

そして、マリーとピエールご夫妻にもう一人赤ちゃんが生まれるということが
わかりました。この春からマリーの「片足を椅子にかけ左腕に子ども、右手で
指揮」のスタイルが復活しそうです。


ちなみに神父さんの「政治闘争の合言葉みたいですが、"On ne lâche rien
(あきらめない)!!!" と言いたい」という一文は、HK&Les Saltimbanksという
グループの歌のタイトル、"On lâche rien オン ラシュ リアン (あきらめない)"
から来ています。この歌は以前、フランスのサルコジ政権への反対デモなどで
盛んに歌われました。 今やフランスだけではなく世界中がこのような状況にあ
るように思えます。

日本語の字幕が入っているものがユーチューブにありましたので、聞いてみて
ください。
https://www.youtube.com/watch?v=miY5ZuB1lZM


リサ 10月7日 リヨンにて


「Orient-Occident」〜ヨーロッパ文化遺産の日〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

9月11日、リヨンの旧市街にて恒例の陶器市が開催されました。

まだ夏の太陽がまぶしい日中、行き交う人々は皆半袖姿。ジェラート屋さん
には長い行列ができていました。


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(底に穴が空いているカップ。
ジャムを瓶詰めするときに使うジョウゴだそうです。)


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(ちょっと不気味だけど愛嬌のある合唱隊)

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(天気が良かったので、旧市街でパフォーマンスしている人も。
これはサントゥールという中東の楽器。弦をバチで叩いて音を出していました。
異国情緒に溢れた音が響き渡ります。)


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(お茶碗に箸を通す穴が空いている?)


そして今日は9月20日。
あの眩しかった太陽は一体どこへ行ってしまったのでしょう。

9月も中旬を過ぎると気温は20度以下、先週まで半袖だったのが嘘のよう。
朝夕肌寒く、子供達が起きる朝6時半は日の出前、暗い....。

娘は幼稚園生活が楽しいようで、昨年のように朝の登園を嫌がることも
無くなりました。

「今日ね、お昼、いーっぱい食べたの。」

「よかったねー、お昼に何を食べたの。」

「うん、えっとねー、しゅっぱベッキー!」

一瞬ポカンとしてしまいました。

すぐにピンときて、
「そう、スパゲッティー美味しかった?」

〜「カマネギ(玉ねぎ)」「コールフフェール(コーンフレーク)」
「リモマーマ(リモナータ/レモネードのこと)」「シバボボー(しまじろう)」
「アマイラ(アマリア/スウェーデンにいる姉の名前)」etc〜

長男も、彼女くらいの年には、チョコが「こちょ」になったり、ムラサキを「マタタキ」
といったりしていました。スーパーで親に引きずられながらも、本人は真剣に
「コチョいるーッ、コチョぉおー」と絶叫しており、こちらは必死で笑いをこらえて
いたのを昨日の事のように思い出します。


「西洋--東洋」〜魂の対話へ〜

フランスのヨーロッパ文化遺産の日であった9月18日、リヨンから車で一時間
ほどかけてクリュニー修道院で開催されたコンサートに行ってきました。

「Orient -Occident (東洋--西洋)」と名付けられたこのコンサート、プログラム
を企画したのは、スペインのヴィオラ・ダ・ガンバ奏者、ジョルディ・サヴァール
です。

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(コンサートのプログラム。
サヴァールが手にしているのは中東に起源を持つスペインの古楽器)

演奏されたのは、古いスペインのキリスト教、ユダヤ教、イスラム教徒の
器楽曲、中世のイタリア、モロッコ、イスラエル、ペルシャ、アフガニスタン、
アルメニア、オスマン帝国の音楽等でした。つまり、地中海を取り囲む国々
の音楽で、ここでの東洋は中東を指しています。


戦争とテロの被災者へ捧げるプログラムだったのですが、演奏者の一人で
トルコのカーヌーン奏者ハーカン・ギュンギョルさんは、この演奏会の数日前
イスタンブールで何者かに銃撃をうけ、足を負傷してしまいました。足の怪我
をおして、この演奏会のため松葉杖をついて来仏しました。


イスタンブールの日常は想像以上に危険な状況にあるのだと、共演者に支え
られながら舞台に上がったギュンギョルさんを見て実感し、身震いがしました。

サヴァールと共演したのは、前述のカーヌーン奏者ハーカン・ギュンギョルと、
イランのサントゥールやアラブ圏の音楽には欠かせないウード等々マルチに
演奏できてしまうギリシャ人のディミトリ・プソニス。

中世スペインの古楽器と中東で今も演奏されている民族楽器との音楽セッション
は、この修道院に10世紀から残る柱頭の下で繰り広げられました。
(クリュニー修道院の柱頭については第10回のブログ「音のメッセージ」の
終わりの方を参照。)

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(後方に見える数本の白い柱は10世紀のもの。
コンサート後、サヴァール氏がコンサートで使用した楽器(Rebab)を
近くで見せてくれた。楽器の表の板は、太鼓のように皮で覆ってある。
中世の楽器で裏側下方にはボコッと穴が空いて傷んでいる部分もある。)


ヨーロッパの音楽を遡っていくと、中東やアフリカからの影響を多分に受けて
いるのを感じます。

サヴァール氏は、ヴィオラ・ダ・ガンバではなくレバブ(Rebab)とLire d'archet
という中東から中世スペインに伝わった楽器を手にしていました。この方なら
弦が張ってあって弓を使う楽器なら、何でも弾いてしまえそうです。

カーヌーンという楽器は、ヨーロッパのハープや日本のお琴に相当すると思う
のですが、音の数がものすごく多いという印象を受けました。なんでも、一音の
間にさらに分割された音がいくつも存在するのだそう。シャラララーンと煌びや
かでマジカルな響きが私たちを摩訶不思議な世界に連れて行ってくれます。


かつて地中海周辺の国々の関係は驚くほどに親密であり、もともと宗教の
母体も同じだったのだ、 ということを彼らは音楽を通じて伝えてくれました。

「地中海、我々の文化の中心をなしていたこの豊かな海は、今や戦場とバリ
ケードに成り果ててしまった。我々は文化や宗教の対話からさらに向こう側、
魂の対話へと辿り着く必要がある。」
(演奏会プログラムより抜粋)


この演奏会で聴いた音楽の幾つかは、Youtubeでも聞くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=R35Dz-0DzNk&list=RDRRXEO-v-CJ8&index=4

(4年前、長年演奏活動を共にしてきたサヴァールの奥様(歌手)が亡くなら
れた時の追悼コンサート。アドリア海沿岸の国々の音楽が演奏されています。
最初にサヴァールがソロで弾いているのが今回のコンサートでも使用された
Rebabという楽器。また、8分過ぎに出てくる楽器がカーヌーンで、ハーカン
さんが演奏しています。)


演奏会の後には、ワインの試食会がありました。


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(ワインの試食会)

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(ワイングラスは2ユーロで持ち帰れます。
クリュニー修道院でのコンサート記念ロゴが入っています。)

日本にも、中東からシルクロードを渡ってきた楽器を見ることができます。

日本の琵琶とヨーロッパのリュートとアラブのウードはイラン(ペルシャ)に
同じ起源を持つ楽器だそうです。


サヴァールは過去に、「東洋への道〜音楽で辿るザビエルの生涯」
「イスパニアと日本の対話」というタイトルで日本の尺八や琵琶、能管奏者とも
セッションしています。

リサ 9月20日 リヨンにて

新学年スタート!

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

フランスの学校では9月1日から新学年がスタートしました。

息子は高校1年生。

高校入学に受験はなく、申し込みが受理されたらクラスの希望を書いて出します。
息子は、希望していたゆとりクラス「Tempo」に入ることはできましたが、オプション
の他言語で授業が受けられる「EURO」コースには入れませんでした。

同校の「ゆとりクラス」に入りたかった息子の友人は、校区外に住んでいます。
親御さんが校区外でも入れてもらえるよう6月に校長に直談判してオーケーを
もらっていたのですが、9月の新学期当日に、ゆとりクラスではなく普通クラスに
入れられていることが判明。 一度決められたクラスは、変更不可能だそうです。

実は息子も校区外なのですが、学校近くに住んでいる知り合いが住所を貸して
くれています。

他にも、当日学校に来たもののクラスのわからない人(自分がどのクラスに申し
込んでいたのか忘れている人)や、クラスの名簿に入っているのにまだ一度も
登校していない人までいます。


小中学校のように国からの教科書の貸与はありませんが、教科書貸与をして
いるアソシエーションに入会すれば大丈夫です。
化学実験用の白衣も12ユーロで購入しました。


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(高校のフランス語の教科書。
息子は暗記しなければいけないポエジーの多さにおののいています。)


娘の方は幼稚園の年中組ですが、7月に市役所から幼稚園の継続申し込みが
受理されたという通知がメールで来ただけでした。幼稚園からも登園準備のお
知らせなど全くなく、9月1日の新学期当日に連絡帳が渡され、そこに持ってくる
ものや今後のお知らせ等がノートに貼ってありました。

息子の高校も、娘の幼稚園も、保護者説明会は9月の第3週目までありません。


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(幼稚園の連絡帳。小さな手が愛らしい)


「138億年の音楽史」より
    
〜地球はミ、ファ、ミと歌う ?〜


子供達が学校に行き始めて、1日の中で少しゆとりができました。

この夏、日本から本を数冊持ってきたのですが、まず「138億年の音楽史」
(浦久俊彦 著)という本を読んでみました。

この本は関空から出発する直前に立ち寄った本屋で、新書の棚で目に入り、
138億年というタイトルにつられて買ったものです。

音楽史とありますが、「音楽から世界を見るのではなく世界から音楽を見る」
(著者あとがきより)という試みで書かれています。

300ページほどの単行本に、東洋と宇宙、ピュタゴラス、輪廻転生、波動、
インドのラーガ、クレオパトラ、日本の神々、アボリジニのソングライン、細胞が
奏でる音楽、などあらゆるテーマがぎっしり詰め込まれ、「音楽とは何か」という
問いにアプローチします。


目次を見ると、第1章「宇宙という音楽」から始まって、2章「神という音楽」、
3章「政治という音楽」、4章以降「権力(という音楽)」「感情」「理性」「芸術」
「大衆」「自然」と続き、最後の第10章が「人間という音楽」となっています。


ちょっと内容をのぞいてみると、第1章ではケプラー(天文学者、1571-1670)
の「宇宙の調和」という本に出てくる「惑星の旋律」(惑星の運動を音型に置き
換える試み)が紹介され、そこでは地球は、MI Fa Miという音型で表されてい
ます。


下の写真を見ていただけるとわかりやすいのですが、右上のTerraと表記され
ている3つの音からなる楽譜が地球の旋律で、確かに二つ目の音にフラットが
ついているので半音のミ、ファ、ミに。

これについてケプラーは、「地球は、ミ、ファ、ミと歌うので、この音節からも、
われわれの住む地が、悲惨と飢えに支配されていると考えられる」と解説す
るのですが、これはラテン語でのMiseria(悲惨) Fames(飢餓)の頭文字から
来ているとのこと。


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(ケプラーの惑星旋律。
Youtubeなどでは、実際に旋律を演奏してみたりしている人も。
下段のMercurius(水星)の旋律が右上のTerra(地球)と比べて
音域がずっと広くて長いのが気になります。
ケプラーさんに水星の解説も聞いてみたい。)


16〜17世紀ヨーロッパは宗教戦争の真只中でしたから、ケプラーの解説は
こんな風になってしまったようなのですが、私たちの生きる21世紀は、できれ
ばミラクルとファンタスティックのミ、ファ、ミであってほしいと思います。

本書の初めに著者である浦久さんはこう言っています。
「ぼくは、こう考える。音楽とは、音に「かたち」を与えるものだ、と。」

そして、最終章を「音楽とは何か。例えばそれは人体である。--(省略)-- 
この人体という楽器は、宇宙のありとあらゆるものとシンクロしている。
そして、それこそがハーモニーであり、ぼくたちが音楽と呼ぶものの根源に
あるのだ」と締めくくっています。

娘のふんわりした小さな手に触れるとき、ベランダの花にやってくるミツバチ
を見るとき、日常のふとした瞬間に、私は何か美しい響きを聞いたような気が
することがあります。それはときめきや、愛情、シンパシーのようなものをいざ
なってやってきます。何かが心の琴線に触れたとき、音のない音楽が溢れ出
すのでしょうか。


一週間イタリアに行っていた夫が、一枚のCDを私の友人から預かって持ち
帰ってきてくれました。

イタリアのアンサンブル「イル・ジャルディーノ・アルモニコ」の演奏です。
友人は数年来このグループの企画運営に携わっています。

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(ジョヴァンニ・アントニーニの率いる「イル・ジャルディーノ・アルモニコ」は昨年、
結成30周年を迎えました。)

テレマンというバロック期の作曲家のリコーダーとシャリュモー(クラリネットの前身)
のための作品。前述の本にあった、ヨーロッパ「理性の時代」の幕開けという言葉が
浮かんできました。

リサ 9月8日 リヨンにて

「ヴェノスク」 〜Vénoscアルプス渓谷の小さな村〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

リヨンから車で2時間、アルプスの深い谷間にある「ヴェノスク Vénosc」に
やってきました。


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(ヴェノクスの渓流)


この村から、スキーが楽しめる「レ・ドゥザルプ Les deux Alpes
(2つのアルプスという意味)」にロープウェイが通っているため、冬はスキー客、
夏はツーリングとハイキング客で賑わうそうです。


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(山の上までロープウェー(無料)で約8分)


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(ロープウェー到着。谷間のヴェノスクはほとんど見えなくなりました)


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(まだ雪の残っている山頂も見えます)

昨日、リヨンの友人ルシーの従姉妹の結婚式がここヴェノスクでありました。

村の教会にパイプオルガンがなく(調子外れの電子オルガンだけ)、ルシーが
従姉妹のレアさんのために、結婚式ミサ用のアカペラ合唱を準備したいという
ことで、私たち夫婦も微力ながら協力させていただくことになりました。

朗読の合間の答唱や賛歌は、フランスの中世からルネサンスにかけての曲を
選びました。ルシーは現在妊娠5ヶ月です。彼女の歌声を聴いていると、誕生
を待つ小さな命が共にいるのが聞こえます。予定日は12月31日だそうです。

結婚式の後は午後の軽食パーティー、夜の披露宴と続きます。
新郎のエマニュエルさんは農場を営んでいるので、お料理はどれもこれも
厳選されています。新郎のエマニュエルさんの営む農場の七面鳥もふるま
われました。

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(誰が一番早く七面鳥の丸焼きを切り分けられるでしょうか)

ビックリ企画ということで夜には大輪の花火が何発も上がりました。

新郎のレアさん、新郎のエマニュエルさん、そして現在6ヶ月になる新郎新婦の
ご子息サーシャ君(この日の主役はどちらかというと彼だったかも)、
おめでとうございます!

ヴェノスク周辺


結婚式から一夜が明け、今日は日曜日。

朝11時ごろ、昨日のレストランで昼食を兼ねたブランチをいただきながら
皆でワイワイ喋った後、ヴェノスクの周辺を散策することに。

徒歩40分くらいのところに滝があるということで行ってみました。

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(滝まで頑張って歩こう)


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(到着しました!)


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(川遊びはいくつになっても楽しい)


さらに進むと湖があるらしいのですが、3歳の娘の足にはちょっと遠そうだった
ので今回は諦めました。

ヴェノスクとその周辺は他にも見所がたくさんあります。
こちらの「ヴェノスク」の公式サイトからお楽しみください。
http://www.venosc.com/phototheque-en


美しいヴェノスクの渓流は名残惜しいのですが、明日の早朝リヨンに戻ります。
広大なアルプス山脈の麓から一転現、実世界に引き戻されそうです。


「ブルキニ」という水着


このところ「ブルキニ」と呼ばれる水着がフランス国内で問題にされています。
「ブルキニ」はイスラム教徒女性向けの全身を覆う水着で、ちょっと日本の
海女スタイルにも似ている気がします。

この水着を宗教色が濃いという理由で、海水浴場(人の集まる公共の場という
理由)での使用を禁止しようとしたフランスの自治体がいくつかありました。

ビーチで着る水着にさえフランス人が神経質になっているのは、この夏ニース
で起きたトラックテロ事件の容疑者がイスラム過激派の疑いがある(確たる証
拠はない)というのも一因となっています。

昨日、法律でブルキニを禁止することは憲法違反であるという最高裁の決定
がなされたので、表向きにはこの水着の使用は公認されましたが、幾つかの
自治体は反発しています。

信教は個人の自由ですし、何の危害を加えることもないブルキニを着た女性
を取り締まるというのは理不尽です。
砂浜にまで適用されようとした政教分離、今後の行方に不安を覚えます。

今ヴェノスクのコテージで見ているニュースでは、イタリアのアマトリーチェの
地震犠牲者の合同葬儀の様子が報道されています。24日の地震から4日、
死者は280人にも達しました。

歴史に満ちた美しい街並みが、多くの尊い命とともに失われてしまいました。

2009年にあったイタリアの中部地震の時に友人が、「テレビで、大きな棺桶の
上に小さな棺桶が載せられて共に運ばれていくのを見たときは、本当に耐えら
れなかった」と言っていたのを思い出しました。


リサ 8月28日 ヴェノスクにて

引っ越し

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

猛暑の日本から一転、気温20度に満たないスウェーデンのマルメにいます。
雨天が多く、お散歩中に出会うのはカタツムリやナメクジです。


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(雨上がりの葉っぱには生まれたての小さなカタツムリ)


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(スウェーデンのナメクジは、茶色くて大きい(12、3センチあることも)。
玄関先の靴に入り込んだりするので、履く前には確認しましょう。)


2週間ぶりに夫と子供達に再会。


息子の話では、私が日本にいた間、娘(3歳)は上空に飛行機を見るたび
「ママ〜」と語りかけていたそうです。子供たちと別れたのがコペンハーゲン
の空港だったからでしょうか、娘は私がずっと飛行機に乗り続けていると
思ったみたいなのです。

日本からかけたスカイプ(ビデオ電話)には、髪をツインテール(両耳横で
髪を束ねる)にした娘がうつっていました。思わず夫に「ウルトラの母みたい
ね」と言ったのですが、前髪を結ぶだけのワンパターンな私に比べ、夫が
アレンジした髪型はとてもおしゃれです。

「仕事にならない」とブーブー言いながらも、夫はこの2週間子供達が退屈
しないよう海や博物館に連れて行ってくれていました。この夏スウェーデンの
天候はあまり良くなかったので、子供達を連れての外出は大変だったろうな
と思います。


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(夫は子供達を連れて海に行ったものの雲行きが怪しくなり、
この直後悪天候に見舞われることに。)


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(北欧で見かける典型的な子供乗せ自転車)


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(図書館前はポケモンGOの人気スポットです。
ちなみにここに写っている人たちは、背後の家族連れを含め
全員スマートフォンを手にポケモンGoに熱中していました。)

さて、久しぶりに一家全員揃い、晴天だったので海に行ってきました。
日本の海水浴はお盆前までですが、こちらでは天候さえ良ければ海に
出かけます。
ただ、寒いので長く海水に浸かっていられませんし、クラゲと一緒に
泳ぐことになります。

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(遠浅の海に足を浸し散歩すると、クラゲがぷかぷか。)

海に行く前、大学生の長女を迎えに彼女のアパートに立ち寄ったのですが、
アパート前の道路には、他の乗用車に混じって痛々しく焼け焦げた車が一台。

今年に入って深夜の車放火事件は急増しているそうです。

彼女は比較的移民の多いと言われる地域に住んでいます。
放火しているのは移民少年グループとの噂です。
ただ、その少年たちが移民なのかどうかは捕まっていないのでなんとも
言えません。


京都でドライブ

前回どうして私がスウェーデンに子供達を置いて日本へとんぼ帰りしたか
というと、母の京都への引越しが急に決まったからです。

急に決まったので何も準備しておらず、我が家4代にわたって蓄積された
家具や仏具、思い出の品の数々を整理するのに気が遠くなりそうでした。

亡くなったおばあちゃんが嫁入りの時に持ってきた座布団入りツヅラとか、
大きな屏風などもあったため、アパートの他にさらに倉庫を借りることに。

母は京都でも車を運転したいようなのですが、まだ土地勘がありません。
私はイタリアで3年運転した後、ここ10年ほどペーパードライバー。

母の車があるものの、いきなり二人で京都の道に繰り出すのは不安です。
ネットでいろいろ調べたところ、運転に自信のない人のために路上で出張
講習をしてくれるドライバースクールが幾つかありました。

3週間先まで予約が取れないところや、ネット評判の悪いスクールもあったり
で悩みましたが、電話に出た方の印象が良かった「京都アイマドライビング
スクール」にお願いすることに。

電話では代表の藤原さんという方と話をしたのですが、私はてっきり当日は
指導員の方が派遣されてやってくるものと思っていました。
ところが来てくださったのは電話に出た藤原さんご本人。
お一人でドライビングスクールを立ち上げ、自らが指導していらっしゃるよう
です。


後で「京都アイマドライビングスクール」のホームページなどを見て知ったの
ですが、藤原さんは事故のない世の中を目指すという信念を持って会社を
立ち上げたそうです。http://aima-driving.com/goaisatu.html

一回の講習で母の運転のくせを的確に指摘して直してくれました。
左のタイヤの位置は運転席から見てどうなのか、車が右左折する際の
軸は自分の車のどの辺なのかも体感できます。

母はかなり強引な右折をやっているときがあり、私が乗せてもらっていると
つい、「今のは対向車との距離がチカスギルー!」などと叫んでしまいます。

しかし家族からの指摘というものは、なかなか素直に聞き入れにくいもの。
「そんなことありません、ママはちゃんと見てました!」と逆ギレされます。
少々お高くついても、やはりきちんとした指導員が来てくれる方が安心だと
実感しました。


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(夫の長女がアレンジしたカクテル。
庭で採れたイチゴとハーブが入っています。)

リサ 8月17日 マルメ(スウェーデン)にて

旅便り「e-Passport」

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

先日まで3週間ほど子供達を連れて一時帰国していました。

蒸し暑い徳島の夏ですが、太陽光線は北ヨーロッパほど強くないような気が
します。北欧の気温は西日本より10度以上低いのですが、あちらの太陽光
線は肌がヒリヒリします。


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(徳島新町川の風景)


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(御墓参りをしてお寺にご挨拶)

息子は今年も1週間中学校の体験入学を経験しました。ここ3年毎年帰国して
いるので覚えていてくれる友達も多くて楽しそうです。LINE(ライン)でやりとり
しているのを見ると今時の子供だなと思います。

さて、名残惜しい日本の夏に別れを告げ、今日からは一家でスェーデン滞在の
予定、だったのですが、訳あって子供達をスウェーデンで休暇を過ごす夫に預
けて、私の方はすぐに日本にとんぼ返りする羽目となってしまいました。

その理由の方はまた今度お話しさせていただくのですが、あと2週間私は日本
に滞在します。慌ただしい事情の中、子供達を夫に残して再度出発したわけで
すが、母親にべったりの3歳の娘は大丈夫だろうかと今になって少し心配して
います。


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(娘が日本で気に入っているのは、デパートの子供が乗れるショッピングカート)

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(大きなトンボが街じゅうあちこちで見られるのは、自然の多い徳島さながら)


「e-Passport」


日本へ再帰国の旅は、わりと快適でした。

飛行機でギャン泣きする娘と、免税店でウインドーショッピング中にうっかり
スーツケースを忘れてくるような息子がいない為、旅は非常に静かでストレ
スがありません。

ヨーロッパでの出入国審査では子供達が一緒の時は係員の質問が多く、日
本とスウェーデンのパスポートを両方見せて説明しないといけません。

息子はスウェーデンと日本の国籍(日本の法律では18歳で国籍選択する
必要があります)を持ち、生まれはイタリア、居住国フランスなので、出入国
審査の人も非常に混乱するようです。

娘の方は、産まれた時に作ったパスポートは5年間有効ですが、写真が生後
二ヶ月の時のものです。入国審査で娘(もうすぐ4歳)の本人確認の際に係り
の方は一応パスポートの写真と見比べるのですが、苦笑しています。


私一人で帰国の際には、フィンランドのヘルシンキ空港で自動パスポートコン
トロールを通過しました。「e-Passport」と言って、パスポートの下のスペース
にその表示 があれば、ICチップ入りなので顔写真との本人確認が機械ででき
るようになっています。

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(パスポートに「e-passport」マーク(長四角の中心に丸の模様)が記載されて
いると、機械による顔の認証確認が可能)

「e-Passport」は多くの国で発行されているのですが、今回フィンランドの空港
で機械による自動パスポートコントロールを受けることができたのは、EU諸国
と日本、韓国、イギリス、アメリカ、カナダのパスポートを持つ人だけでした。


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(自動パスポートコントロールの列に並ぶ(フィンランドのヘルシンキ空港))

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(自動パスポートコントロールはEU諸国と日本、韓国、カナダ、イギリス、
アメリカのパスポートを所持する人に限られていました)

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(一人ずつ通過して、機械で顔の認証をする)

リサ 7月25日 日本にて


夏到来

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

雨天続きだったフランスにもようやく夏が訪れました。

7月6日からは夏休みです。

長男は6月下旬の中学校の卒業テストを無事に終えたところです。9月から
始まる高校も第一希望の高校に入れることとなり、今朝8時に入校受付を済
ませてきました。

「Temp_O」という変わった綴りで書かれたゆとりカリキュラムを選択し、さら
に教科の幾つかがEU圏内の他言語で受講できる「ユーロクラス」を希望し
ています。息子は、第一希望が「ユーロクラス・英語」、第二希望が「ユーロ
クラス・イタリア語」です。このクラスに入れるかどうかは、新学期の直前に
わかります。

高校からは義務教育ではないので国から教科書の貸与はありませんが、
保護者が主宰するアソシエーションから教科書を借りることができるように
なっています。

娘の学校で、子供たちの自画像をプリントした布巾が出来上がりました。
うちの娘は、自分自身を描くときは、必ず頭の上に線を書いて髪の毛をく
くっている自分を表現します。

リサ701-1.jpg
(右上は自画像。手を書くのは忘れても、頭の上で結んでいる髪の毛は
しっかり書いています。左上の絵は、泥棒さんだそう。)

ですが、幼稚園で布巾にプリントする絵を描いたときは、自画像を描くという
ことを理解していなくて誰か他の子を描いてしまい、これは私ではないと主
張しています。

リサ701-2.jpg
(布巾にプリントされた子供達の自画像)


現在3歳半の娘は今年、大きい子クラス(5才)と小さい子クラス( 3才)の合
同クラスにいました。学期始まりの9月の時点ではまだ2歳だったので、5歳
児のお姉さんたちは娘の世話をしきりに焼いてくれました。当の娘の方はお
人形扱いされるのが嫌で迷惑がっていました。

大きいお姉さんたちは、自分たちの誕生日会には必ず娘を招待してくれまし
た。ファーストフード店などで、店員さんに子供を託して開かれる誕生会では
「招待できる子供の年齢が4歳以上」と指定されていることがあります。

ある親御さんは、我が子が作成した招待リストに3歳児が入っていたとは当
日まで知らなかったようで、私にこっそり「もし店の人に年齢を聞かれたら、
今夜4歳になるとでも答えておいてね」とささやきました。


イギリスのEU離脱


6月23日の国民投票でEU離脱が決まったイギリス。離脱支持投票をした
人々の中には、きっと残留決定するだろうとタカをくくって、現状への抗議
の一票として離脱票を投じた人も多くいたようです、まさか本当に離脱が決
定してしまうとは思いもよらなかったようで、投票のやり直しを求める声が上
がっています。

EU側は、離脱と決まったのだから速やかに手続きをとるようにと言っていま
すが、ロンドンの住民は残留賛成が多いのだから、イギリスは離脱してもロ
ンドンはEUに残ろうという意見も。

なんだか、職場の現状不満への意思表示として、きっと引き留めてくれるに
違いないと期待しつつ辞表を提出したら、あっさり受理されてしまって戻るに
戻れず慌てている、といったところでしょうか。

残留支持が多かったスコットランドと北アイルランドは、イギリスから独立して
EUに加盟するのではないかとも言われています。
ヨーロッパ内の公用語から、英語を外そうという主張もありました。
(イギリスが離脱したとしても、アイルランドやマルタは英語を話すので、英語
を外してしまうというのは唐突かと思いますけど)


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(国民投票の結果を報告するキャメロン英首相(6月28日))

フランス人は、イギリスの離脱に関心があるもののそこまで議論に熱くなって
いるわけではないようです。もっぱら自国の労働法改正案反対のデモに忙し
く(娘の給食もスト)、そしてフランスで行なわれている欧州サッカー選手権に
白熱しています。


6月30日 リサ リヨンにて

 

UEFA EURO 2016

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

6月10日にサッカー欧州選手権「UEFA EURO 2016」が開幕しました。

開催地はフランス国内10都市で、24カ国の代表チームが対戦します。

大会初日はパリ近郊サン・ドニ市のスタット・ド・フランスに於いて、開幕セレ
モニー、及びフランス対ルーマニア戦が行われました。


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(サン・ドニ市のスタット・ド・フランス)

セレモニーは、フランス庭園をイメージしたバックグラウンドで(ベルサイユ宮
殿の庭のよう)パフォーマー150人のフレンチカンカンで始まり、世界的DJ
「デヴィット・ゲッタ」とシンガーソングライター「ザラ・ラーソン」が登場。

さらにフランス空軍の飛行部隊がセレモニーに華を添え、パリオペラ座の少
年少女合唱団が開幕戦のフランス、ルーマニア両国の国歌を斉唱しました。

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(フランス庭園をイメージしたセッティング)


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(ダンサーが一斉に「フレンチ・カンカン」を踊り始めました)


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(スウエーデン出身の「ザラ・ラーソン」)


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(開幕戦会場、サン・ドニ市のスタット・ド・フランス上空を彩る飛行部隊)


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(国歌斉唱するパリ・オペラ座の少年少女合唱団)

ここ、リヨンも開催都市のひとつです。

リヨンで試合が行われる日に、うっかりスタジアム方面への地下鉄に乗ったり
すると、各チームのサポーターたちの大騒ぎに巻き込まれ大変です。
地下鉄列車内でも、団体で一斉に飛び跳ねながら歌うので、車両がグラグラ
揺れています。


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(リヨンの地下鉄A線に乗りスタジアムに向かうベルギーのサポーターたち)

リヨンで行われたベルギー対イタリア戦では、 ベルギーからのサポーターの
方が多かったように思います。距離的にはイタリアからの方が近いのですが、
列車の便がベルギーからの方が良いからでしょう。

リヨンの街の中心、ベルクール広場には大スクリーンが設置され、試合を生
中継で観戦することができます。3箇所の入り口はでは、持ち物チェックがあ
り、ペットボトルは蓋を取った状態でないと持ち込み禁止、ハサミやカッター等
の刃物、ヘアスプレー等も持ち込めません。


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(リヨンのベルクール広場には大型スクリーンが設置され、連日の試合が
生中継されます)

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(ベルクール広場のセキュリティー検査)


フランスでは、労働法改正を巡ってストライキやデモが連日行われています
(今日も娘の学校は給食のストライキ)。「EURO 2016」開幕日にも列車の
ストが予定されていたため、オランド大統領が警告を発しました。

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(欧州サッカー選手権「Euro2016」初日のフランス対ルーマニア戦は、
2-1でフランスの勝利。オランド大統領も観戦しました)

ストは列車だけではなくゴミ収集にも影響を及ぼしており、早急な解決が必要と
されています。先日の大雨による洪水被害からの復旧もしなくてはなりません。

「EURO 2016」のような大きなイベントでは常にテロが懸念され、厳戒態勢が
しかれています。

なんとも慌しい状況の中始まったこの欧州サッカー選手権は、7月の10日、
サン・ドニ市のスタッド・ド・フランスにて決勝戦が行われ、幕を閉じます。


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(街のバール店内テレビでも、試合が生中継。
「イギリス対ロシア今夜21H」)


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(ペットボトルも「EURO 2016」気分)


ストライキと抗議デモ


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

5月は何かとストの多い月でした。

労働法改正に反対する抗議のストは、公務員スト、学校給食のスト、交通機
関のスト、ガソリンストライキ、と枚挙にいとまがありません。

リヨン郊外のヴィルユルバン(Villeurbanne) 市の公立学校では、3月22日
から始まった学校給食のストが結局夏休みに入るまで続く見通しとなりまし
た。
昼休みに食事帰宅できない子のためには、市販のサンドイッチが用意され
たのですが「同じサンドイッチばかりで、もううんざり」という声が子供達から
上がっています。

先週の木曜日の午後にベルクール広場(Bellecour)に行こうとしたら、労働
法改正反対デモの警備のため地下鉄が閉鎖されていました。
空から警備ヘリコプターのプロペラ音が激しく聞こえます。
警備にあたる警官に、広場を通らないで次の地下鉄の駅に行く道筋を尋ね
たら「僕はリヨンの人じゃないから、わからないよ」と言われました。
警官は近隣県からも動員されているようです。


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(抗議デモを警備に集まった警官(ベルクール広場))


労働法改正は、雇用促進して失業者を減らす目的で企業側の裁量を拡大す
るものですが、それは逆に労働者を解雇しやすくなるということで、多くの人々、
特に若者が反発しています。

もともと労働者の権利が堅く守られている国だけに、オランド大統領が改正案
を見直して譲歩し条件を緩和しても、労働法改正案そのものを撤廃しない限り
抗議行動はおさまりそうもありません。

国鉄SNCFでもストがありましたが、こちらは近年、国際鉄道社間の競争が激
しくなったため、国鉄側が従業員の労働時間を増やそうとしたところ反発が起
きました。


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(フランスの国鉄SNCFのデモ)

このところ、立て続きのデモに加え、テロ警備に動員される警官の人数が増
えたため、人員不足からくる警官の激務が心配されています。
もうすぐ開催されるサッカー欧州選手権「Euro 2016」に備えて、テロを想定し
たセキュリディー訓練も行われました。


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(メトロ新聞「20minutes」に掲載された4月のスタジアム警備訓練の写真。
71パーセントのフランス人が、ユーロ2016のスタジアムはよく警備されている
ので恐れることはないと考えています)

お天気のいい日曜日の公園は、ピクニックに出かける人々で賑わいます。
親子連れなどの人々の群れの中に、銃を手にセキュリティーにあたる軍人の
姿をよく見かけるようになりました。


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(日曜日の公園の人混みのなか、銃を手に巡回する軍人
(テットドールTete d'or 公園))


「ヴェルダンの戦い」追悼式典


5月29日、第一次世界大戦における「ヴェルダンの戦い」から100年の追悼
式典がヴェルダン(Verdun)にて行われ、メルケル独首相とオランド仏大統領
がともに出席しました。100年前、ヴェルダンの戦いで敵対した2つの国が手
を取り合い、独仏あわせて70万人の犠牲者を悼みました。


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(「ヴェルダンの戦い」から100年。
追悼式典に出席したオランド仏大統領とメルケル独首相)

5月27日のオバマ大統領広島訪問は、フランスでも報道されました。
新聞の見出しなどには「mais pas d'excuses」(しかし、謝罪はなし)と書かれ
ていました。「被爆者の80%は謝罪を要求していない」ともありました。

謝罪を求めるのは大統領を取り巻く政治的要因から困難であるというのは明
白でしたし、被爆した側からも要求してはいませんでした。今回の訪問は謝罪
の有無よりも、原爆投下国アメリカの大統領が 投下から71年目にして初めて
被爆地を訪れたということに意義がありました。オバマ大統領が被爆者に会い、
共に広島と長崎の犠牲者を追悼したことは、両国間の奥底にあったわだかまり
を解く第一歩のように思えます。感動的な出来事でした。


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(オバマ大統領の広島訪問についての記事(Direct matin Lyonplus))

フランスの新聞には「オバマ大統領と原爆被災者の森重昭さんの抱擁光景は、
かつてヴェルダン(Verdun)でミッテラン(仏大統領)とコール(独首相)が手に手
をとった光景(1984年、ヴェルダンの戦いから70年の追悼式典)と同じく、歴
史に残るものとなるでしょう。)といったコメントも見られました。


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(1984年、「ヴェルダンの戦い」から70年の追悼式にてミッテラン仏大統領と
コール西独首相は手に手を取り犠牲者を悼み、両国の友好を誓った。)

リサ 5月31日 リヨンにて

「1944」〜ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト2016〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

5月14日、スウェーデンのストックホルムで「ユーロヴィジョン・ソング・コンテ
スト2016」の決勝戦が行われました。

このコンテストは、欧州最大規模の歌謡祭です。(前年度のコンテストについ
ては、昨年5月の「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」参照)

審査員投票では、オーストラリア(欧州からはかなり遠い国ですが、昨年から
参加している)が一位でしたが、最後の視聴者投票で、ウクライナ代表のジャ
マラ(Jamala)が大逆転優勝を成し遂げました。
今年から投票様式が変わったため、このようなどんでん返しの結果が出た、
という人もいます。


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(ウクライナ代表のジャマラ)

ウクライナ代表のジャマラが歌った曲のタイトルは「1944」。ジャマラは旧ソ連
の独裁者スターリンに強制移住させられたタタール人の一人、彼女の曽祖母
の体験を歌にしました。

「見知らぬ人々があなたの家にやってきてみんなを殺す。そして彼らは言うの
よ、"我々は無罪だ"と」「私たちは、人々が自由に生き愛する未来を築くことが
できる。」

ソングコンテストでは政治的な曲が禁止されているので、歌詞の中に特定の
国や人物は言及されてはいませんが、1944年はクリミア・タタール人追放が
あった年です。そしてこの曲は暗に2014年にクリミアがロシア編入されたこ
とへの不当性を訴えている、とも捉えられるようです。


ジャマラはこの曲の最後の部分をクリミアのタタール語で歌っています。
彼女がウクライナ代表で出場し、優勝したことは大きな反響をよんでいます。
ロシア側からは政治的な歌だと批判の声が上がっています。

このコンテストでは、その年の優勝者の国が、翌年の開催国となります。

今年のコンテストの結果は、優勝ウクライナ、2位オーストラリア。優勝候補
だったロシアは3位に終わりました。来年のソングコンテスト開催国はウクラ
イナとなります。


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(最後の視聴者投票でウクライナが首位に)

地政学の舞台裏

歌謡コンテストとはいえ、聴衆は各国の国旗を携えて応援しているわけで、
どうしても政治的な一面がクローズアップされてしまいます。


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(「国旗と共に舞台に立つのだから、このコンテストは政治的であると言えるわ。」
フランスのワイドショー「LE Petit Journal」の質問に答える、
ウクライナ代表のジャマラ)

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(「来年ロシアはウクライナでのソングコンテストに参加する*と思いますか」と
いう質問に、「もちろん、これはコンテストなのですから」と答えるロシア代表の
セルゲイ。*来年のコンテスト開催地は今年の優勝国ウクライナ)

準決勝では、アルメニアのアーティストの一人がナゴルノ・カラバフの国旗を
振っていたことが問題となりました。アゼルバイジャンとアルメニアは、ナゴ
ルノ・カラバフの独立を巡り長年対立しています。

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(アルメニアの出場者が振っている中央奥の国旗は、ナゴルノ・カラバフの旗。
他の人の振っているアルメニアの旗と似ていますが、くの字型に白いラインが
入っている。)


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(アルメニアとアゼルバイジャンの間にある、赤い部分がナゴルノ・カラバフ)

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(「アルメニアの出場者をどう思いますか」というぶしつけな質問にとまどう
アゼルバイジャン代表)


様々なオリジン


フランス代表のアミール・アッダードの歌う「J'ai cherché (私は探した)」は
6位となり健闘しました。アミールはチューニジアとモロッコの両親のもと、
フランスのパリで生まれました。8歳の時に両親とともにイスラエルに渡り
育ったのでイスラエル人です。 


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(フランス代表のアミール)

審査員投票では一位だったものの、視聴者投票の結果2位となった、オースト
ラリア代表のダミ・イムは、韓国のソウル出身。9歳の時に両親とともにオース
トラリアに渡りました。


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(惜しくも優勝を逃したオーストラリアの ダミ・イム)

移民系歌手の活躍が目立ってきているように思えます。
2012年度の優勝者、スウェーデン代表のローリーンも、モロッコのベルベル
人の血を引いています。


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(2012年度優勝者、スウェーデン代表のローリーン。
「エフォーリア」を連呼するサビの部分が印象的でした。)

私はフランスで暮らしていますが、「あなたの国籍は」とか「ご出身はどこです
か」と尋ねられることはあまりありません。「あなたのオリジン(Origin, ルーツ)
はどちらですか」と聞かれることの方が多いのです。

イタリアにいた時は率直に「どこの国出身」「何人なの」と尋ねられました。
フランスほど多民族国家ではないからでしょう。

私のフランス語の発音がどんなにひどくても、見かけが明らかにフランス人
ではなくても、もしかしたらこの人はフランスに帰化しているかも、という可能
性は無視できないので、「オリジン」という表現をするのかもしれません。

私の友人で、韓国で生まれ育ちスウェーデン人と結婚して帰化して20年の
人がいますが、その人は自己紹介の時に「私はスウェーデン人です。オリジ
ンは韓国です」と言います。

余談ですが、うちの夫は以前公開されたアメリカに帰化するためのテストを
解いてみたそうです。結果、高得点が出たようで「なんだ、これなら僕もアメ
リカ人になれるぞ」と自慢げに言っていました。

話をソングコンテストにもどしましょう。

欧州で最大規模のこの歌謡祭、イタリア代表の出場者がいるにもかかわら
ず、イタリア人で知っている人はあまりいません。

実は、このコンテストの決勝戦のあった日は、ご近所のイタリア人家庭にお
じゃましていたのですが、コンテスト生放送の時間が来ても、だれもチャンネ
ルを合わせようとしません。イタリア人は、歌謡祭といえばサンレモ、としか
思っていないようです。

最後に「カワイイ」ファッションに身を包み、自作の「ゴースト」を歌ったドイツ
代表のジェミーリー・クリーヴィッツを紹介します。彼女はドイツ生まれの18
歳。12歳よりゴスペルコーラスで歌い、父親はパンクロックのバッテリー奏
者だそう。韓国のKポップ(Block Bのファン、韓国語も勉強中)を愛し、日本
の「Kawaii」系ファッションと漫画大好き少女です。


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(ドイツ代表のジェミーリー)

ユーロヴィジョン・ソング・コンテストの内容は、こちらのサイトから見ることができます。
http://www.eurovision.tv/page/timeline

リサ 5月17日 リヨンにて

握手問題の波紋 〜スウェーデンのイスラム教徒〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

先週末からスウェーデンのマルメに滞在しています。

出発前、「熊本が大地震で大変なことになっています」と母からメールがあり、
驚いてニュース検索したところ、震度7とあり大変心配しました。

スウェーデン人の夫は、地震の際の熊本の映像に「福島の震災(東日本大震
災)が5年前にあったばかりなのに、日本ではこんな激しい地震が何度も起こ
り得るのか」と、ショックを受けていました。

熊本の状況が予断を許さないなか、今度はエクアドールでM7.8の大地震が
あったとの情報が入ってきました。ミラノで交流のあったエクアドールファミリー
のご実家のことも心配です。

熊本にいる知人は、震源から離れたところだったようで被害はなかったようで
すが、熊本のにんげんクラブの皆様は大丈夫でしょうか。

今回の地震により被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

そして、今どういった支援がどこの地域で必要なのかという情報が常に発信
されていれば、私たち一人一人に何ができるのかが明確になり、少しでも役
に立つことができるのではないかと思います。

女性への握手を拒む


今年のスウェーデンの4月は、例年よりかなり寒いようです。

気温7度で、曇り空。ビューっと風の吹くなか庭の手入れをしました。


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(夏の収穫を目指して畑を耕す。)


日が照ると肌がジリジリ暑いのですが、空気が冷えひえです。ピリピリ辛い
のに妙に甘い、つかみどころのない高級レストランのカレーのようです。
西日本育ちの私には全く馴染みのない気候です。

テレビではここ数日、女性との握手を拒み批判を受けた若い政治家と、ロイ
ヤルベビーの誕生の話題でもちきりでした。


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(ヴィクトリア王太子の弟カール・フィリップ王子とソフィア妃に第一子誕生。
赤ちゃんはアレクサンダーと名付けられました)

イスラム教徒の若い議員が、女性との握手を拒んだことから党内(緑の党)で
批判がおき、結局彼は政界から去っていくこととなったという出来事がスウェー
デン国内で波紋を呼んでいます。

スウェーデンの人々が反応したのは、男性とは握手できるのに女性とは握手
できないという点。相手のジェンダーにより対応を変えるというところに異議を
唱えたいようです。


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(宗教上の理由で女性との握手を拒んだことから批判の対象となり、
政界を去ることとなった緑の党の若い政治家。)


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(握手騒動についてイスラム教徒の人々はどう考えるのか。
マルメにあるイスラミックセンターにも取材が入りました。)

夫の友人に「では彼が、男性と女性どちらとも握手しないのであれば問題ない
のかな」と尋ねてみると、一瞬の沈黙の後「スウェーデンで、公の場の挨拶で
握手しないのは、やはりおかしい」という返事がかえってきました。

イスラム教徒が皆、女性と握手しないわけではありません。イスラム教も宗派
によって違いがあるようです。

この政治家は、女性と握手はしませんが、女性への挨拶として、自らの左胸に
手をあてる仕草をしていると言っていたので、女性に挨拶をしていないというわ
けではないようです。


海の街ヘルシンボリ(Helsingborg)

スウェーデン滞在中、マルメから車で40分ほどの海辺の街、ヘルシンボリを
訪ねました。


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(広場の奥の階段は城塔へと続く)

夫の長女が街を案内してくれました。

彼女はルンド大学に通っていますが、歴史学の授業はルンドの本校、教育学
はヘルシンボリキャンパスの方に通っています。

街の広場にあるお城の階段を登っていくと、高台から街を一望できます。
海の対岸にはデンマークが見え、フェリーに乗っていくこともできます。


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(高台からの眺め。)

1589年に描かれたヘルシンボリの地図には、今も残る城塔と聖マリア教会
が見えます。


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海辺の街の教会には、船の模型などをよく目にします。聖マリア教会にも、
船のオブジェがいくつか飾られていました。


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(船の網についている陶器の魚には洗礼を受けた
2016年生まれの赤ちゃんの名前が書かれている。)

ヘルシンボリは、かつてデンマーク領でした。対岸のデンマークのヘルシンゲル
まで7キロほど、目と鼻の先に見えます。機会があればフェリーに乗って対岸の
クロンボー城(ユネスコの世界遺産)を見学しに行ってみたいと思います。


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(ヘルシンボリの海岸。
目の前はスウェーデンとデンマークの国境、エースレンド海峡。)


リサ 4月23日 マルメにて

長男の修学旅行 〜ギリシャ〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

長男が修学旅行(ギリシャ)からすっかり日焼けして帰ってきました。

ギリシャは気温が30度近くまで上がり、暑かったそうです。


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(アテネのアクロポリス(長男撮影)確かに皆さん夏の装いです。)


旅行当日は、朝6時半に集合。
旅費を安く上げるため、リヨンからバスでスイスのジュネーブに行き、そこから
飛行機に乗りました。チューリッヒ経由でギリシャのアテネに到着します。

生徒たちはこの半年間、学内で手作りお菓子を販売し、ギリシャをテーマにし
た演奏会を開催するなど(前回のブログ参照)、旅費の捻出にも余念がありま
せんでした。

アテネでは、遺跡を見学中、スリの被害にあう人が続出。

息子も危うくポケットの財布をすられるところでしたが、すぐ後ろにいた友人が
声をかけてくれたおかげで難を逃れました。宿泊先では、先生がちょっとトイレ
に行こうと荷物を置いたら、横からすぐ誰かが持ち去ろうとしたそうです。紐で
作ったブレスレットを試させられ、買いなさいと脅迫気味に迫られた友人もいた
そう。

数々の遺跡は復元、修復する必要がありますが、ガイドさんの話では長年の
経済危機で工事は遅々として進まないそうです。復元工事継続の目処が立た
ず、中途半端に放置されたままの遺跡も目にしたそうです。


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(長年の経済危機で遺跡復元工事は大幅に遅れている)


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(ヘーファイストス神殿)

各名所ではお土産購入などのため、一時間ほどの自由行動があったのです
が、息子のグループは、旅行中ずっとお腹の不調に悩まされた友人(可哀想・・)
のトイレ探しに忙しかったようです。

「アテネ」「デルフィ」「オリンピア」「ミケーネ」を巡る5泊6日の旅。
一番楽しかったのは、最終日の夜のダンスパーティー。
中学校卒業前の良い思い出となりました。


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(デルフィで息子がお土産に蜂蜜を買ってきてくれました。)


春休み


日曜日の真夜中に修学旅行から帰ってきた長男ですが、月曜から春休みな
ので、翌日は昼まで寝ていました。

3歳の娘の方は、春休みに家でずっといるのも退屈だろう(というよりも親の
仕事がなにもはかどらない)という理由で、4日ほど近所の公民館の学童保
育に通わせることにしました。

バカンス期間中の学童保育は、若い学生さんが大活躍します。女子大生より
も男子学生の方が多いです。

登園が嫌で泣くと、お兄さん保育士がにっこり微笑んで「どうしたのかな。僕は
怖くないよ。ほっぺにビズ(チュー)してくれる」などと言いつつ出迎えてくれます。
娘は髭を生やしたお兄さんが優しいことがわかってからは、楽しく通っています。

ヨーロッパでは、頬へのキスは友人知人間の挨拶です。
子供同士でも、「ほっぺにチュッ」のコンタクトはしょっちゅうなので、学校ですぐ
に誰かの風邪をもらって帰ってくることになります。

そして、最終的に親は子供の風邪を移される運命にあります。

子供の風邪はパーっと熱を出しつつも元気に遊んで一週間ほどゲホゲホ咳を
して終わりますが、大人の場合はぐったりです。


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(今週から春休み。
公民館裏の公園は夕方、学童保育帰りの子供達で賑わいます。)

春休み最後の週はスウェーデンで過ごします。

やっといい気候が巡ってきたのに、寒いスウェーデンに行くというのも皮肉な
話ですが、子供達がルンド大学に通う長女に会えるのは休みの時だけですし、
バカンスの家の手入れもあります。夏の収穫用に、庭の小さな畑にジャガイモ
などを植えておきたいところです。

スウェーデンの4月は、まだ肌寒く雨模様。
5月ならもう少しお天気に希望が持てたのですけれど。

リサ 4月13日 リヨンにて


サマータイム


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

今日は復活祭、あす月曜もお休みです。
3月最後の日曜なので深夜から夏時間に変っています。時計の針を一時間
進めました。

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(復活祭のチョコレート)

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(今日から夏時間。ソーヌ川でカヤックを楽しむ人。)


隣国のベルギー、ブリュクセルにて22日朝、テロが発生しました。
27日に、「(テロの)恐怖に立ち向かう」デモ行進がブリュクセルで行われる
予定でしたが、セキュリティー事情から中止となりました。

このテロ事件は、前年11月のパリ同時多発テロと関連しているようです。
ヨーロッパ内には既に複数の「IS」戦闘員が潜んでおり、いつでもテロ行為を
仕掛けられるとのことで、フランスでは警戒態勢が続いています。
リヨンの地下鉄乗り換え通路には警官が配置されていますが、常に腰の拳銃に
手をかけた状態で見張っているので、そばを通るのはちょっと緊張します。

前年は、テロ犯がシリア難民を装って入国したことから難民受け入れ反対派が
増え、イスラム教徒に不信感を抱いている人々もいました。
一方で、「IS」という異様な組織によるテロと、戦火から逃れてくるシリア難民や
一般のイスラム教徒の人たちは無関係、と認識している人々も多くいます。


修学旅行

来週から中学生の息子は修学旅行です。行き先はギリシャですが、予算を
抑えるためにスイスまでバスに乗りそのあと飛行機だそうです。

旅費集めの一環として、小さな劇場を貸切り生徒たちの演奏会が2日間に
わたって開催されました。大盛況で、両日とも生徒たちの親や親戚、友人が
多数訪れました。


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(演奏会のテーマはギリシャ)

息子は、芸術活動と学業を両立させたい子供達の通う中学校(公立中学校と
音楽学校が提携している)に通っています。演奏会は旅行先のギリシャをテーマに、
楽器専攻の生徒達のオーケストラ、寸劇、ダンスなど、多彩なプログラムでした。
ギリシャ語で歌も歌いましたよ。


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(女の子たちはギリシャ神話のミューズの衣装で登場)


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(学生オーケストラ)


ギリシャと言えば「ギリシャ神話」。
演奏会はモンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」の序曲と合唱からはじまりました。
女の子達は、頭に花輪を飾り、白いワンピースに素足で、ギリシャ神話に登場する
可憐な妖精や女神たちのようです。

中学校に入学した4年前は皆まだ子供でしたが、卒業を6月に控え、半数以上は
すっかり大人の体格をしています。生徒達の卒業後の進路は様々で、高等音楽院
目指して一直線に進む子供は少なく、多くは普通高校、工業高校、職業訓練校に
通う予定です。

フランスでは、各都市あちこちに公立音楽学校があり、5〜6歳から音楽を始める
ことができます。まず「Eveil Musicale」という、歌や踊りをとおしてリズムや音感を
身につける教育を受け、楽器は7〜8歳から始めます。他国では3歳からピアノを
始める子供が多い現在、フランスの音楽教育は全く早期教育ではありません。
初めて習う楽器の選択の幅は広く、息子はピアノを弾いたことはありませんが、
8歳からずっとパイプオルガンを弾いています。

学業と両立して演奏家資格を取得する人もいます。オーケストラでバイオリンを
弾きながら薬学部に通う大学生、生物学専攻の作曲家、演奏家資格を持つ医者
など、活躍している分野は様々です。

またもやストライキ


3月31日には、フランス全土で労働法改革に反対するストライキがあります。
娘の幼稚園はお休みです。

前回、3月9日にもストがあり、多くの学生が労働法改革反対のデモに参加しました。
その日は水曜日で、午後に公民館の学童保育のある日でした。水曜日の学童保育は
教育大学などの学生さんが多いため、学生のデモ参加により人員不足となり
学童保育はお休みとなりました。

フランスではデモとストライキが常時開催されています。

リサ 3月27日 リヨンにて


高校見学の日 〜Journée 《Portes ouvertes》〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

3月に入り、長男の進路を決める時期が近づいてきました。

中学生の息子は、コンセルヴァトアール(音楽とダンスの学校)
と提携している公立学校に通っています。
このシステムは「Double Cursus (ドゥーブル・キュルスス)」と呼ばれ、音楽や
ダンス、演劇を学業と並行してやりたい子供達のために各県の幾つかの公立
学校(小中高)で開設されています。

高校でも「Double Cursus」を続けられるのですが、フランスのシステムでは
音楽専攻で高校修了認定(バカロレア)を取得すると、その後の進路が音楽の
分野に限られてしまいます。

バカロレアは、高校修了認定と大学入学資格を兼ねたフランスの国家資格で、
普通バカロレア(理系と文系)と技術バカロレア(工業、芸術系)、職業バカロレ
アの3種があります。音楽は技術バカロレアです。

将来理系の分野に進みたいと思っている長男は、普通高校の理系に通うこと
にしました。

理系バカロレアを目指すとなるとパイプオルガンを弾く時間は少なくなるね、と
言っていたのですが、そんな折、「普通バカロレア」を取得しながら芸術活動の
できる「ゆとりカリキュラム」を開設した高校がある、という情報を長男が入手し
てきました。

先日、その「ゆとりカリキュラム」を開設した高校の一般公開日に行ってきました。


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(3月12日(土)に高校の一般公開 (Portes ouvertes)がありました。)

この高校は長男の通う音楽学校のすぐ近くにありました。公立高校なので校
区制となっており、我が家は校区外ですが、息子の通う音楽学校の先生の
知人がその区域に住んでおり、入学申請時の住所を貸してくれることになり
ました。

住所の貸し借りなんてダメなのでは、と思われるかもしれません。
しかし、高校説明会では「別に実際に住んでいるか確認するわけではありま
せんから、どうしてもこの高校に入りたい方はこの区域の住所を誰かから調
達して、入学申し込みには校区内の住所を記入してください」と言っていたの
で、住所の貸し借りは暗黙の了解とされているようです。

その高校は、19世紀半ばに司祭を養成する神学校(Seminario)として建て
られましたが、政教分離が導入されてからは神学校ではなくなり、第一次世
界大戦中は病院として使用されていました。


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(19世紀半ばに《セミナリオSeminario》(神学校)として建てられた校舎。)

コンセルヴァトアール(音楽とダンスの学校)の近所ということもあり、楽器や
ダンスを習っている生徒が多かったので、普通バカロレアを目指しながらも
芸術活動のできるゆとりのあるカリキュラムを開設したそうです。週3時間の
音楽活動では、生徒たちは民族楽器の演奏や創作活動もします。

学校説明会で、生徒たちの活動をビデオで見せてもらったのですが、実際に
やっているのは「バンド演奏」といった印象を受けました。思い思いに打楽器
やギターを演奏し、作詞作曲して歌っています。髪を全部水色に染めている
子もいます。音楽活動を担当する先生も、まるでポップミュージシャンのような
風貌です。

楽しそうですが、オルガンとは全然関係なさそうだし、これで肝心の理系バカ
ロレアが取得できるのかと不安が少し心をよぎりました。
長男は、音楽学校から距離が近いので昼休みにオルガンの練習に行けるから、
ここにしたいと言っています。

理系の授業の説明もありました。
高校一年生では「MPS」という科目があり、これは、数学と天文学、または生
物学と統計学といったように、2つ以上の科目を組み合わせて学んでいくのだ
そうです。昨年度は天体を勉強しながら天体の軌跡を計算し、疫病について
学びながら患者の入退院の統計をグラフにしたそうです。

特に科学系の分野が得意でなくとも、好奇心をもちテーマに取り組むことが重
要視されるとのこと。来年度のテーマは、「天体」と「犯罪」だそうです。

ちなみに「MPS」は「Méthodes et Platiques Scientifiques (科学実践と方法)」
の各単語の頭文字を並べたもので、フランスではこのようなイニシャル造語が
やたら多く、頭が痛くなります。


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(入学案内に書かれたイニシャル造語の説明)


公立高校は、入りたい高校と専攻を第3希望まで記入し、希望動機を書いた
手紙を添えて提出するのですが、実際に入りたい学校に行けるかどうかは
6月ごろまでわかりません(フランスの新学期は9月からです)。

バイリンガル


娘が幼稚園に通い始めてちょうど6ヶ月が経ちました。

園児が朝クラスに入って一番目にすることは、自分の名前の書いた札を出席
ボードに貼ることです。

入園した9月から年末までは、3歳児の名札は、各自の写真の下にアルファ
ベットで名前が書いてありました。
年明けからは写真がなくなり、札には名前が書いてあるだけです。

名前の最初のアルファベットは緑で書いてあます。出席ボードにもアルファ
ベットが幾つか貼られており、子供達は名札を自分の名前のイニシャルの
下に貼ります。


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(自分の名前のイニシャルの下に名札を貼ろう。)

朝、娘を幼稚園に連れて行くと園児たちが次々に話しかけてくれます。

両親がイタリア人のマリナちゃん(5歳)は、私がイタリア語を話すのを知って
いて、イタリア語で話しかけてきます。
私はときどきうっかりフランス語で返事を返してしまい、2、3秒たってから
「あっそういえばイタリア語で話しかけてきてくれている」と気づき、そこからは
意識してイタリア語に切り替えています。

マリナちゃんは私にイタリア語で話しながらも、他の人にフランス語で話しかけ
られると一瞬で言語を切り替えます。私のように2、3秒後「あれっもしかして
イタリア語だったっけ」というのではありません。

以前、国際結婚して二人のお子さんがおりご自身も海外育ちのバイリンガル、
という方にお会いしたことがあります。彼女は日本語と英語共に母国語で、
どちらの言語が優勢というわけでもないのですが、「年をとるにつれて二つの
言語の切り替えが遅くなった」と言っていました。

バイリンガルの人でも、年をとるにつれ言語の切り替えが遅くなるのですから、
私のように日本語だけが母国語の大人の場合、切り替えスイッチが更に鈍く
なるのは仕方ありません。

小学生が長い歌を2、3回聞いただけで全部覚えてしまっていたりするのを見
ると、うらやましいかぎりです。彼らは覚えようという努力をする必要はなく、
勝手に頭の方がなんでも記憶してくれるのです。

私が子供の頃、周りの大人たちが「やっぱり子供の頭は柔軟ねぇ」などと言って
いるのを聞きましたから、私も幼少時代はそうだったはずなのです。
いつどのあたりで頭の構造はかわってしまうのでしょう。

先週の3月11日、フランスのテレビや新聞で、東日本大震災から5年経った
現地の様子が報道されました。


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(3月11日のメトロ新聞(20minutes )に掲載された記事「福島に戻りたい人々」
では、避難者の孤独が紹介されました。
《村に戻ると心が和みます》と語る避難者のサノ・ハツコさんは定期的に
飯舘村にもどって飼い犬の世話をしています。)

復興は遅れている、という印象を受けました。
人々は避難生活で孤独に苛まれており、また避難解除が出ても戻ってくる人の
数はまだあまり多くありません。せっかく戻ってきても以前の生活環境からは程
遠いのです。多くの人が辛い気持ちを抱えて生きています。
そんな中、皆の気持ちを少しでも明るくしようと地道に支援活動をしている若者
たちの姿が映し出され、とても頼もしく感じました。


リサ 3月17日 リヨンにて

「Un Abattoir certifié Bio」?  〜フランスの今〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

フランスの学校は、6〜7週間おきに2週間の休暇があります。

10月中旬の秋休み、12月のクリスマス休暇、2月下旬の冬休み、4月の春休み、
そして最後が夏休み(2ヶ月)です。

2月の冬休み中に3歳の娘は近所の公民館でやっている学童保育に通いました
が早々にインフルエンザで高熱を出し、長男もうつされて今もまだ少し咳をしてい
ます。


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(冬休み中公民館前に設置された子供用卓球台)

娘の発熱で外出もままならず仕方なくテレビのスイッチを入れると、
数分間、食肉処理工場の現場が映し出されました。ショッキングだったので
その場で思わずチャンネルを変えたのですが、後でそのニュースは、フランスの
とある食肉処理工場での動物虐待を隠し撮りした映像で、L214というフランスの
動物の権利団体が公開したものであると知りました。

この食肉処理工場は、フランスでBio(有機栽培や有機飼育)認定を受けている
ということなのですが、動物たちが屠殺前に虐待されている映像が流出した為、
しばらく営業停止とされるそうです。

フランスでは、有機農産物や有機加工製品は、ビオ(BIO)と呼ばれ、「AB」という
緑の認定ラベルが貼られています。

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(BIOビオ(有機食品)の緑マーク「AB」)

BIO認定を受けている「Abattoir 屠殺場」とはどんなものなのか、今ひとつよく
わからないのですが、きっと動物への配慮がそれなりになされているに違いな
いと、漠然と思っていました。この映像により、実際にはBIOのイメージからは
程遠く、動物たちは多大な精神的肉体的苦痛を受けていることがわかり、フラ
ンス中がショックを受けています。

公開されたビデオでは従業員が2、3名ほどいましたが、この仕事に従事する
彼らのストレスが動物たちに向けられて虐待に至っているように私には思えま
した。

このような家畜屠殺現場の実態を知って、ベジタリアンとして生きると決めてい
る人も多いとおもいます。また、フランスの給食では、宗教上の配慮などからも、
肉抜き、もしくはベジタリアンメニューが選べるようになっています。

外国では、大抵どこのレストランでもベジタリアンメニューというものが存在しま
すが、日本ではどうでしょうか。
調味料などに動物性エキスが含まれることもあるので、ベジタリアンの方が我が
家に夕食にいらっしゃるときは気をつけています。カレーもベジタリアン専用ルー
を買い求めるか、もしくはルーから自分で作ったほうが無難かもしれません。

ただ、多くの人に肉料理が愛されているのも事実です。
たとえば旅行の楽しみの一つは郷土料理で、各地の肉料理はバラエティーに富
んでいます。今ちょうどパリ国際農業見本市が開催されていますけれど、フランス
22地方から畜産農家がそれぞれに自慢の家畜を連れて参加しています。

BIO飼育では、動物は檻の中ではなく自然のなかで、BIO(有機栽培)の餌で育て
られることになっています。そして丹精込めて育てられた動物が肉として調理され、
私たちのテーブルに運ばれてくる。そこでは「動物を殺す」という過程を通過しなけ
ればなりません。

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(こちらは「Label Rouge (赤ラベル)」という認定ラベル。
解放された環境で飼育されたという保証のマーク。
この卵パックにはさらに、鶏に抗生物質を与えていないと書かれています。)


一昔前なら、家で飼っている鶏を絞めて羽をむしって調理するのはよく見られ
た光景なのでしょうが、今はそんなこと怖くてできない人の方が多いでしょう。
フランスの朝市では食用の生きたウサギが売られていたりしますが、
レストランのコックさんが調理するのでしょうか。もっと大きな豚や牛などは、
自ら殺して調理するなど想像もできません。

夫は、「僕が殺さねばならないとしたら、できないからベジタリアンとして生きると
思うけど、他の誰かが屠殺したのなら、その肉は美味しく調理して、ありがたくい
ただくよ。」
と言っています。多数の人の率直な気持ちかもしれません。ただ、屠殺を誰かの
手に委ねるのなら、その方法や動物の扱われ方に無関心でいてはいけないと、
今回の報道を通じて思いました。


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(リヨンの郷土料理「ソーセージ入りブリオッシュ」)

娘の熱が下がったので、久しぶりに娘と少し離れた公園に行きました。
今のご時世を反映してか、公園の近くにもこのような落書きが目立つようになって
きました。

「非常事態宣言、独裁政治の第一歩。ドイツ1933年 フランス2016年」

これは、昨年11月13日のパリ同時多発テロを受けて出された非常事態宣言が、
今年2月20日、さらに3ヶ月の延長(5月25日まで)されたことを危惧して誰かが
落書きしたものです。


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(落書き)
 「ETAT D'URGENCE, 1ere ETAPE DE LA DICTATURE ALLEMAGNE
1933 FRANCE 2016 」
(非常事態宣言、独裁政治の第一歩。ドイツ1933年 フランス2016年)


フランスでは、テロ犯罪に関わった国民のフランス国籍を剥奪するという、国籍
剥奪法案が可決したばかり。実際には無国籍者を出すわけにはいかないので、
この法案はあんに二国籍者が対象とされています。クリスティアーヌ・トビラ氏は、
この法案が可決する前に、
« Parfois résister c'est rester, parfois résister c'est partir. »
「とどまることが抵抗となることもあるが、去ることも時には抵抗だ」と
ツイッターに言い残し、法曹を抗議辞任しました。


リヨンでお出かけ 〜子供と一緒〜


ニュース番組を見ていると暗くて重い話題が多く気が滅入りそうです。

私は娘と映画館へ行ってみることにしました。
リュミエール研究所の映画館では、週末と水曜日に幼児向けのショートアニ
メーション(3本立て約50分)をやっています。大人も子供も同料金3ユーロ
50セントで、おやつが付いています。上映前に、映画館の人から説明があり
ました。

「この映画館は街のあちこちに見られる普通の映画館ではありません。映画を
発明したリュミエール兄弟の家族が経営していた工場後を改装して映画館に
したのです。」

エジソンと並び、映画の父と称されるリュミエール兄弟。
兄弟の苗字、「リュミエール」はフランス語で光という意味です。

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(「リュミエール研究所(映画館)」入り口)


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(館内は映画スペース以外改装せず、当時の工場の名残を残したまま。
4月まで黒澤明の回顧イベントをやっています。)

「リュミエール研究所Institut Lumière 」ではここ数年、ルイ&オギュスト・リュミ
エール兄弟による初のフィルムを記念して、当時と同じシチュエーションで再現
撮影する企画をしています。

リュミエール兄弟の初実写は1895年3月19日に、リュミエール工場(現在の
リュミエール研究所)にて撮影されました。タイトルは「工場の出口」で、全46秒。
世界で初めて上映された実写だそうです。リュミエール家の工場の労働者が
勤務を終えて出てくるシーンが映されています。
ここをクリックすると当時の映像が見られます。
https://www.youtube.com/watch?v=EXhtq01E6JI

昨年の3月19日も、1985年3月19日を記念して住民参加で2015年版
「工場の出口」を撮影しています。参加希望者が多いので、同じシーンを朝の
11時から夜の8時30まで30分ごとに全20回も撮影した模様です。

「Institut Lumière」では今年の3月19日に撮影する2016年版「工場の出口」
参加者を募集しています。詳しくはこのサイトから。
http://www.institut-lumiere.org/actualités/nouvelles-sortie-d'usine.html


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現在のリュミエール研究所前での「工場の出口」撮影風景
(リュミエール研究所ホームページよりhttp://www.institut-lumiere.org


さて、娘にインフルエンザをうつされ、せっかくの冬休みが台無しになった長男。
やっと回復したので、夫とローヌ川沿いにある屋外プールに行ってきました。

屋外ですが、温水プールという触れ込みで、街のあちこちに宣伝看板が設置さ
れている今話題の公営プール。大人3ユーロ40、学生2ユーロ60です。
冬場は大人用のプールだけですが、夏場には滑り台など、子供向けの娯楽用
プールもあります。

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(話題の屋外温水プールの広告)

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(屋外温水プールはローヌ川沿いで眺めが良い。夜8時まで営業。)

2週間の冬休みはあっという間に過ぎ、子供達は今日から学校です。

娘のお絵描きに、ひらがなの「へ」もしくは「し」のようなものがたくさん出没する
ようになりました。「これは何」と尋ねると「エル(L)」という返事。どうやら幼稚園
で覚えたようです。

日は長くなりつつありますが、まだまだ寒さの続く毎日。
公園で、ちらほら花のつぼみを目にすると癒されます。


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(2月下旬のテット・ドール公園にて)

2月29日 リサ リヨンにて

バレンタイン 〜Une Table claudienne en chocolat〜


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

こちらは寒さがぶり返し、春の足音が一歩遠のいたようです。

リヨンの観光名所フルヴィエールの丘には、古代ローマ劇場跡があるのですが、
そこの「Musée Gallo-romainガロ=ロマン博物館」が開館40周年を迎えました。

この博物館にはローマ皇帝クラウディウスの演説が刻まれた銅板の一部が貯蔵
されています。この銅板は「La Table claudienne ラ・ターブル・クロディエンヌ」と
呼ばれ、1528年にリヨンで発見されました。

博物館の40周年記念として、この「La Table claudienne 」 のレプリカをチョコ
レートで作成するプロジェクトがリヨン中央学校のトライポロジー研究室により
進められました。

40キロのチョコレートを使用し、ショコラティエ「ブルーノ・サラディノ」氏の協力を
得て、世界初! ローマ帝国4代皇帝のお言葉が刻まれた大型板チョコ
「Une Table claudienne en chocolat」が完成しました。
(クラウディウスの板チョコ製作過程はこちらのサイトから見ることができます。)
http://photo.lookatsciences.com/index.pgi?UserName=__GUEST&feature=7872&Language=fr

そして昨年11月15日にその板チョコを金槌で砕いて来場者にお裾分けする
予定だったのですが、11月13日にパリ同時多発テロがあったためイベントが
延期され、今年の2月14日のバレンタインデーに実現する運びとなりました。

チョコが砕かれる当日は我が家も「40周年記念、入館無料チョコおすそ分け」に
つられて来館。入り口の長い列に並ぶこと一時間、やっと入ることができました。

館内数々のガロ・ローマ文化展示物には目もくれず、私達一家は3階の板チョコ
割り会場へと直行。すでに大判チョコレートは大勢の人に取り囲まれ、金槌でゴン
ゴンとチョコを割る音だけが聞こえてきます。

砕かれたチョコレートのかけらには金色のラテン文字が刻まれていました。
チョコはかなり分厚くて硬かったのですが、美味しかったですよ。

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(ローマ皇帝クラウディウスの演説が刻まれた大判チョコレート,
「La Table claudienne en chocolat」が、金槌で砕かれ来館者に配られます。)


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(約30分後、40キロのチョコレートは全部なくなりました。)


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(「La Table Claudienne en chocolat」のかけら。
金色のラテン語文字が見えます。)


バレンタインには花束を

バレンタインというとチョコレートが定番ですが、フランスではチョコよりもむしろ
花がメインです。

こちらでは男性が女性に花を送ることが多いので、バレンタインデーの花屋さん
には、朝から男性が入れ替わり立ち替わり花を買いにやってきます。

フランスではバレンタインのことを「St. Valentin サン・ヴァロンタン」といいます。

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(バレンタインデーの花屋さんは朝から大忙し)


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(花を買い求めに男性がひっきりなしにやってきます。)


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(恋人には花束を。リヨンのローマ円形劇場跡にて)

さて、先週シャンドルールのクレープを話題にしたところですが、今週のフランスは、
どこにいってもカーニバル(謝肉祭)の時期に食べる揚げ菓子「Bugnesブーニュ」が
売られています。

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(スーパーにも「Bounesブーニュ」が山積み)


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(ブーニュにはドーナツタイプ(向かって左下)と薄いタイプ(右下)の2種類あります。
右上は、チョコでできたカーニバルの仮面。)


一月にはガレット、二月は、クレープにブーニュ、バレンタインチョコレート。
そして3月下旬にはイースターがあり、もうすぐ卵型チョコが出回ります。
フランスでは新春から春にかけてお菓子を食べる行事ばかりのようです。


リサ 2月15日 リヨンにて


クレープの日 〜Crêpe de la Chandeleur 〜


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

リヨンはまるで春のようで、住民が「この時期にこんな気候はありえない」と
言っています。

先週の火曜日は、公務員のストでした。
給食もなく、多くのクラスが先生不在でお休みとなりました。

先生が全員ストに参加するわけではなく、先生が出勤しているクラスはお弁当
持参で登校できるのですが、あいにく娘のクラスはスト2日前に

「1月26日の火曜日、私(学級担任)はストに参加します。クラスはお休みです。」

と書いた張り紙がされました。


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(公務員スト2日前に幼稚園の教室前に貼られたクラスお休みのお知らせ。
ストはフランス語で「Grèveグレーヴ」と言います。
その下の赤い張り紙は、リヨン市内の園児臨時預かり所の案内。)

クラス発表


中学生から帰ってきた息子がとても不機嫌です。

「歴史の発表、5分超過で6点もマイナスされたよ。」

歴史の時間では、各自テーマが与えられ15分から20分の発表をすることに
なっています。今年は第2次世界大戦について勉強しており、「第2次世界大
戦中においてフランスが敗北した戦い」「ペタン政権とドゴール政権の違い」
など、与えられるテーマは一人一人違っています。

息子に与えられていたテーマは「スターリングラード攻防戦」。

自分の発表がいつなのかは数日前にしかわからないので、息子は自分の番は
まだまだ先だろうとタカをくくっていたところ、先生に
「では明日の授業で発表しなさい」と言われて大焦り。

発表前夜必死にレポートを作成した甲斐も虚しく、
「時間超過、もうまとめに入って。」と急かされ、準備した内容の半分も発表でき
なかったそうです。

ブツブツと口ごもる退屈な発表(息子はそれでよく批判される)に加え、さらに
タイムオーバーしたのはいけなかったようです。

「声が小さいのは別枠でもう2ポイント減点されてるよ。そして5分のタイムオーバー
でさらに6ポイント減点。」

フランスは満点が20点なので、6ポイントの減点はかなり痛いのです。

「今日は給食もクレープだったし最悪だよ。」と息子の不機嫌は続きます。

「クレープ好きだからいいじゃない。」

「違うよ。僕の嫌いなチーズが入ってるんだから。」

どうやら主食用の、塩バター生地でチーズ入りクレープだったようです。
さらにデザートにもヌテラ(チョコ風味のナッツペースト)入りクレープが
出されました。


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(フランスで人気のチョコレート風味のナッツクリーム「Nutella ヌテラ」)


クレープの日 「Chandeleur」

息子の給食がクレープづくしだった日は、2月2日でした。

クリスマスイブからちょうど40日目にあたるこの日は、「Chandeleur シャンド
ルール (聖燭祭)」と呼ばれ、

「ユダヤ教の聖殿で幼子イエスのお披露目とマリア様のお清めがなされた日
(お宮参りのようなものなのでしょうか)」であり、「聖なるキャンドルの祝い
(Chandeleur の語源はChandelle キャンドル)」そして「光の祭日」なのだそう
です。

先月のパイプオルガン演奏会では、ちょうど息子がバッハの「Chandeleurの
コラール」を弾いたところです。
前回のブログ参照


カトリックの祭日ですが、休日ではありません。

ローマ帝国時代の豊穣を祈る祭りが、後にカトリックの聖燭祭に置き換えら
れたという説もあります。

フランスでは「シャンドルール」の日に、各家庭でクレープを焼いて食べる習慣
があります。どうして「クレープ」なのかというと、丸くて黄色いクレープは太陽を
連想させるからという説が優勢です。 

2月は春の始まり、日も少しずつ長くなります。そして、小麦粉が原料のクレープ
をいただくということは、春、新たに芽を吹き始めた自然へのオマージュ(敬意)
でもあるそうです。

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(クレープ屋さんのクレープトッピングはヌテラや砂糖の他に、はちみつ、
レモン汁、マロンクリーム、ジャム各種、生クリーム、チョコ、キャラメル
ソース、グランマルニエ(リキュール)など。)

この日に焼くクレープは、片手にコインを握って、もう一方のフライパンを持つ手で
クレープを空中でひっくり返します。クレープが上手にフライパンに着地したら、
その年は幸運に恵まれるとのこと。

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(家庭用のフライパンでクレープを空中回転させるのは容易ではありません。
ヨーロッパで人気の幼児向けアニメ「ペッパピッグ」の一シーンでは、
お父さんがクレープを高く飛ばしすぎて天井に張り付いてしまいました。)

さらに迷信深い人は、1番目に焼いたクレープを棚にしまっておきます。
そうするとチャンスが舞い込んでくるのだとか。

娘の給食メニューにも2月2日は「デザート : シャンドルールのクレープ」と
書いてありました。
味と形はいつも食べているクレープと全く同じなのですけれど。

リサ 2月6日 リヨンにて

スクールライフ


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

先週からリヨンはぐっと冷え込み、雪もちらほら舞うようになりました。

地下鉄の出入り口には、年末からテロ時の対応を説明するポスターが貼ら
れています。

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(地下鉄に貼られた「テロの際の注意事項」ポスター)

街の広場では、たくさんのクリスマスツリーが回収されました。
まだ青々した木もあれば、半分枯れかかっているものもあります。
全て肥料として再利用されるそうです。

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(クリスマスツリーを街のツリーリサイクル回収所まで運ぶ)

幼稚園に通っている3歳の娘は、園ではまったくしゃべりません。
先生のお話だと、言葉で意思表示しない娘を5歳の年長さん達がこぞって
世話を焼きたがるのですが、まるでお人形のような可愛がり方をされている
ようなのです。

「学校で話さないのは、家と学校で話す言語が違うので、様子をうかがって
いるのでしょう。週に一度幼児心理学の専門の先生が来て、意思表示のうま
くできない子供達と一緒に活動しているので娘さんも参加しませんか。」

と先生に勧められ、早速親子で専門家の先生の面接を受けました。

「いやぁ、お待たせしました」と言って現れたのは、近所のおじいちゃんみたい
に気さくなジョエル先生。幼稚園の先生を長年勤められ、最近幼児心理学専
門の研修を終えられたそうです。

「クラス活動をしている娘さんを観察しましたが、 自分のやりたい活動が今
やっていいことなのか、ダメなのか、がはっきりしないと不安なようです。許可
を求めることにも躊躇があるようで、先生、⚪︎⚪︎を使ってもいいですか、と聞け
ないので、ポツンとただ待っている。
 年長さんにとっては、何も言わない娘さんはおままごとの相手に最適で、い
つも連れまわされている、といった感じです。
私が思うに、全く心配ないと思いますよ。彼女の目はバッチリ意思表示してい
ますから。一旦打ち解けてしまえばいいだけのことです。」とのこと。

娘は家ではよくしゃべります。

よくぬいぐるみをはべらせて、学校生活を再現しています。

ぬいぐるみたちに絵本をよんであげて、ハンカチの上でお昼寝させ、おままご
とセットでご飯をたべさせてあげています。時々、お説教もします。学校生活
を再現しているときは、いつもフランス語です。

公民館のフランス語教室


近所の公民館でやっているボランティアの先生によるフランス語教室も新学
期が始まりました。

あたらしく、ソマリアからやってきた青年とアルジェリア出身の女性が入って
きました。

ソマリアの青年はフランス生活3年目です。ソマリアから近隣6カ国を転々と
し、働きながら3年がかりでフランスにたどり着きました。移動手段は、船と
トラック、そして徒歩だったそうです。イタリアも通過したので少しイタリア語が
話せます。
現在は週4日、街の緑環境を整えている会社で、公園の木の手入れや植林
などに従事しています。

アルジェリア出身の女性は、40年以上も前からフランスにいるのですが、今
までフランス語を学ぶ機会がなかったのだそうです。お年は70歳前後だと
思います。40年前はフランスに暮らすアルジェリア人も少なく、宗教上、外出
はいつも夫が同伴の時だけ、子供の学校の送り迎え以外は家で待機する生
活なので、フランス語を使うこと自体がほとんどなかった、とおっしゃっていま
した。

今日はアルバニアからきている女の子が授業の最後に、
「私がこの授業に来るのはこれが最後です。今日の午後フランスから退去し
ないといけません」と言いました。突然のことで皆びっくりしてしまいました。
滞在許可証の更新が難航して悩んでいたのは知っていましたが、結局更新
が認められなかったようです。

ソマリアの青年が「アルバニアは紛争地ではないから、就労目的のフランス
滞在が認められなかったのだろう。ソマリアは紛争地で、僕は戻れば殺され
るからフランスでの滞在を認めてもらえた。」と言いました。


アルプスの雪崩


息子の通っている学校は、中等部と高等部が同じ敷地内にあります。

先日、スキー遠足にいっていた高等部の生徒たちがアルプス山中で雪崩に
巻き込まれ、2名がなくなりました。雪崩の起きた場所が閉鎖中のゲレンデで
あったため、入院中(重傷)の引率教師が過失致死容疑で捜査されることに
なりました。

「楽しんできてね」といって16歳の娘さんを見送ったご家族は、まさかその翌
日、我が子が命を落とすとは思いもよらなかったはずです。

中学校の先生方は、昔の教え子たちの悲報にショックを受け授業できる状態
ではなく、息子を含め、亡くなった高校生とは直接面識のない中学部の生徒
たちも動揺を隠せず、多くの生徒が2日間学校を休みました。

校門の前には、亡くなった二人の生徒を悼んでたくさんのろうそくと花が供え
られています。

マラソン・バッハ


リヨンのコンサートホール「AUDITORIUM アウディトリウム」で、「マラソン 
バッハ」と名付けられたオルガンのコンサートがありました。

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(「マラソン・バッハ」のプログラム)


国内外5名の著名なオルガニストと、音楽院オルガン科の教授陣3名、17名
のオルガン科学生によるものです。

夜8時半、司会者の人が「客席の皆さんが夜中12時半の最終曲、トッカータ
とフーガニ短調まで座っていてくださいますように」と挨拶を述べ、トン・コープ
マンの演奏でコンサートが幕開けしました。

コンサートは2回の休憩を挟んで計4時間。その名の通り、バッハのオルガン
曲を皆が1、2曲ずつ順番に弾いていく、まるでマラソンのようなコンサートです。

生徒たちが弾いたのは、バッハのオルガン小曲集の全曲、1番から45番まで
で、バッハの作品番号(BMV)の599番から644番にあたります。
これらの曲は、教会の一年間の行事に沿って「L'Avent (待降節)のコラール」
「クリスマスのコラール」「新年のコラール」「マリアの潔めの祝日のコラール」
「受難のコラール」「復活のコラール」「精霊降誕のコラール」「祈り」「コラール
各種」という順に収められています。

長男は、バッハの「Orgelbüchlein オルガン小曲集」から「マリアの潔めの祝
日(Chandeleur)のコラール)を2曲弾きました。一曲2分未満の短い曲です。

息子によると、アウディトリウムのオルガンは、ペダルの音が遅れて聞こえる
ので難しかったそうです。オルガニストは演奏会場のオルガンにすぐ対応でき
る技量を要求されます。

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リヨンのコンサートホール「Auditorium」のパイプオルガン 
舞台奥にライトアップされているのは6500本ものパイプ。
(Auditoriumのホームページサイトより)

このコンサートには、著名なトン・コープマンが登場しましたが、その古楽界の
大御所を差し置いて、圧倒的に観客を熱狂させたのは、まだ若手のローラン・
ヨッフム (Laurent Jochum)というオルガニストでした。
Youtubeでも彼の演奏を少し聴くことができます。

https://www.youtube.com/watch?v=F9OfuQLA84A

リサ 1月20日 リヨンにて

BONNE ANNEE 2016 ! 〜ガレット・デ・ロワ〜

にんげんクラブの皆様

あけましておめでとうございます。

昨日、1月6日は「Epiphanie(エピファニィー) 公現祭」
というキリスト教会の祝祭日でした。
東方の三賢人の幼子イエス訪問が起源とされているそうです。

フランスではエピファニーの期間「ガレット・デ・ロワ」と呼ばれるパイ菓子を
食べる習慣があります。
「ガレット・デ・ロワ」とは、「諸王(東方の三賢人)のガレット」という意味で、
お菓子屋さんで丸いガレットを買うと、一緒に紙の王冠をつけてくれます。


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「ガレット・デ・ロワ」

ガレットの中には「フェーヴ」と呼ばれる、陶製の小さな人形が入っています。
家族でガレットを分けあって食べる際、このフェーヴ入りの部分が当たった
人は王冠を被り、皆から祝福を受けます。

本来「フェーヴ」は一つなのですが、昨日買った「ガレット・デ・ロワ」からは、
二つのフェーヴを発見。
そういえば、店のおじさんが「王冠、2つ入れておくからね。」と言っていました。

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(昨日買った「ガレット・デ・ロワ」を切り分けると、王様と女王様の形をした
二つのフェーヴが出てきました。
紙の王冠をかぶることができたのは、夫と息子。)

「喜ばしい祝祭日を」
      
〜JOYEUSES FETES (ジョワイユーズ・フェット)〜

リヨンではクリスマス期間中、街のポスターに「Joyeux Noël (メリークリスマス)」
という言葉を目にすることがほとんどなく、「Joyeuses fêtes (喜ばしい祝祭日を)」
とか、「Bonne année (よいお年を)」と書かれたものが大多数でした。

「Laïcité(ライシテ・政教分離)」徹底するために、公の場で宗教的な意味合い
があるものを避ける傾向が強くなったようです。

私が子供の頃、クリスマスといえばプレゼントを持ってきてくれるサンタさん
でした。キリスト教のことをよく知っていたわけではないけれど、クリスマスは
イエス様がお生まれになった日であるというのは知っていて、とにかくおめで
たい日なのだと思っていました。

メリークリスマスという言葉をかけられて嬉しくない人もいるという認識は、
フランスで暮らすようになるまで全くありませんでした。

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の人々が共に暮らしている国では、宗教観
の違いに特に気を使わないといけないようです。ルーツを同じくしているから
こそ、その違いに対しては非常に敏感なのです。

「メリークリスマス」というメッセージには配慮したほうがいいようなのですが、
前述の、幼子イエスへの東方の三賢人の礼拝を記念する 「ガレット・デ・ロワ」
の方はお菓子だからでしょうか、スーパー、菓子屋、パン屋、街じゅうの店頭に
目立つようにずらっと並べられています。

長らくカトリックが国教であったフランスでは、クリスマスに「ジョワイユー・ノエル
(メリークリスマス)」というメッセージを送り、公現祭の日に「ガレット・デ・ロワ」を
食べることは、昔ながらの習慣であったのだと思います。

フランス革命を経て、政教分離の国となり、多民族国家で異なる宗教を持つ人々
が共に暮らすようになった今、周りの人が必ずしも自分と同じ習慣の元に育って
きたのではないという認識をしておく必要がありそうです。

私は、自分が仏教を信仰しているという自覚はなかったけれど、法事は祖父母
に連れられいつも参加していましたし、神社への新年のお参りも毎年行ってい
ました。

子供の頃、法事のたびに祖父母の横でうやむやに唱えていたのは真言宗の
般若心経でした。私にとってそれは信仰というよりも、家族の習慣を通して
祖父母から手渡された価値、といったほうが良いかもしれません。
祖母は、「家」や「ご先祖」という観念が非常に強い人でしたので、それにまつ
わる仏事をとても尊重していました。

海外にいる今、私が般若心経を唱える場はなくなりましたし、唱える必要性も
特に感じていませんが、子供の頃体験した経の響きやお線香の香りは、今でも
私のなかにあります。

様々な価値観を持つ人々が暮らしている地球。
すべてが平和に丸くおさまってほしいものです。


南仏旅行

年末年始に一家で1泊2日の旅行をしました。

リヨンからニースまで車で走り、行きは、ユネスコの世界遺産であるローマ
劇場(紀元後1世紀前後)があるオランジュという街に立ち寄りました。
帰り道には、香水の街グラースの旧市街でフラゴナール社の香水博物館と
工場を見学しました。


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(お正月のニースの気温は15度。特に暖かいわけでもなかったのに、
やせ我慢して泳いでいる人が3名ほど。)


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(夜のニース、旧市街近くにて。人型のライトがおもしろい。)


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(香水の街、グラースの街並み)


休暇中リヨンに来ていた大学生の長女は、学校が始まるので明日スウェーデン
のマルメに発ちます。飛行機はコペンハーゲンについて、そこからマルメまで
列車で30分程なのですが、ことしから列車がオーレスン橋を渡ったところの
国境駅で移民流入制限の目的から、乗客全員の身分証明証の確認が始まり
ます。
その為、今までより一時間近くも到着が遅くなってしまうそうです。

先ほどテレビのニュースで、パリの18区で警察署襲撃事件が発生したと
報じられました。犠牲者はなかったものの、「アラー・アクバル(神は偉大なり)
と叫び攻撃をしかけた犯人は警察官に射殺されたようです。

昨年の1月7日に起きたパリのシャルリエブド社襲撃事件から今日でちょうど
一年が経ちました。

どうか今年2016年は、いいニュースの方を多く聞けますように。
光に満ちた明るい年となりますように。


リサ 1月7日 リヨンにて


『Joyeux Noël 』〜メリークリスマス〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

もうすぐクリスマスなのに、リヨンは気温15度。
去年は雪が降りましたが、今年は暖冬となりそうです。

12月上旬、花屋さんの店先に収まりきらないほど並べられていたクリスマスツリーも
残りわずかとなりました。

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(花屋さんでクリスマスツリーを買い求める人々)


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(我が家のツリーは今年もIKEAで。これから飾り付け)


学校は今週から冬休み。
帰省やバカンス旅行でリヨンを離れる人も多く、街は静かです。

娘のクラスメートのイタリア人一家は、クリスマスを故郷で過ごすそうです。
近所の中国出身の方は、年末から小さな娘さんを2人連れて里帰りだそう。

我が家はどこへも行かずリヨンですが、クリスマスに大学生の長女が
スウェーデンから来て、年末年始を一緒に過ごします。

カトリック教会には、キリスト誕生の馬小屋を再現したものがミニチュアで設置
されます。これは、イタリアでは「プレゼーピオ」フランス語では「クレッシュ」と
呼ばれています。伝統的なクレッシュからオリジナルなものまで、各教会の
個性があらわれています。

余談ですが、フランスでは3歳までの子が通う保育所もクレッシュといいます。

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(近所の教会のクレッシュ。
今日は22日で、イエス様はまだお生れになっていないので
赤ちゃんの人形は置かれていません。)


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(こちらは伝統的なタイプのクレッシュ)

1月からブログを始めて、一年が経とうとしています。

フランスでは年内に2度もテロ事件が発生し、緊張した一年となりました。
年末も残すところあとわずか、静かに時は流れます。

皆様が素敵なクリスマス、年末年始を過ごされますよう。

それでは、フランスのクリスマスキャロルを聴きながら(こちらをクリック)
https://www.youtube.com/watch?v=iKr-29cOf64

Joyeux Noël (ジョワイユー・ノエル)! 〜メリー・クリスマス〜


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(娘は教会のクレッシュよりも、お菓子屋さんのクリスマス
ショーウインドーのほうに釘付けです。
向かって右上の雪だるまと雪の結晶は、飴でできていました。)


リサ 12月22日 リヨンにて

Lumignon ルミニョン 〜小さな灯火〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

12月8日は、リヨン「光の祭典」の日です。

本来なら300万人の人出となり、街は華やかなイルミネーションで演出される
はずなのですが、今年は11月13日にパリで同時多発テロが起きたため、
大掛かりな祭典は中止、各家庭の窓辺に祈りのキャンドルを灯すこととなりました。

リヨンでは、12月の8日に聖母マリア様に感謝して「Lumignon (ルミニョン)」と
呼ばれるキャンドルグラスを窓辺に並べる習慣があります。


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(窓際に並べられたキャンドルグラス「ルミニョン」)

リヨンの街は古くからマリア様のご加護があると言われており、流行病や戦争で
危機が訪れるたび、人々はマリア様に祈りを捧げてきました。

なぜ窓辺にルミニョンを灯すようになったのでしょう。
それには、こんな経緯があります。


《1852年、人々は9月8日のフルヴィエール礼拝堂のマリア像完成を待ち
わびていました。ところが、あいにくの悪天候により像を委託されていた製作
所の床が浸水、完成が遅れることとなり、お披露目の式典は12月の8日に
延期されてしまいます。
そして待ちに待った12月8日の朝、リヨンは悪天候に見舞われ式典はまたも
や中止。待ちきれなくなったリヨンの人々は、各々の家の窓にたくさんのルミ
ニョン(キャンドルグラス)を灯しました。》

これがリヨンの光の祭典の始まりです。

数日間に渡りイルミネーションで街を演出する祭典は1999年から始まり、
今ではリヨンの一年に一度の大行事となっています。

今年は例年のような大規模な祭典は開催されませんが、旧市街のフルヴィ
エールの丘では、金色のマリア像が街を見おろす大聖堂を彩るイルミネー
ションとともに、「Merci Marie (メルシー マリー) ありがとう マリア」という
一文が浮かび上がりました。

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ライトアップされたフルヴィエール大聖堂 (リヨン公式サイトLyon.frより)
大聖堂向かって左の鐘塔上に金色のマリア像、
向かって右下に「Merci Marie (ありがとうマリア)」

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(12月8日はマリア様に感謝してルミニョンを灯す)


各区の区役所前や、広場では、テロの犠牲者を追悼するために多くの人々が
ルミニョンを供えて祈りました。


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(近所の区役所の階段に灯されたルミニョン
テロ犠牲者追悼ポスター前にも、住民がルミニョンを供えました。)

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(追悼のルミニョン(ベルクール広場))


セキュリティー対策

今年は静かな光の祭典となりましたが、人が集まる場所には、自動小銃を
持った警察や兵士が警備にあたっています。
銃を持った人の横を通るのは落ち着きません。


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(旧市街で自動小銃を手に警備に当たる兵士)

2015年、フランスでは1月にパリでシャルリエブド事件(詳しくは1月のブログ
「Je suis Charlie」と「Marche Républicaineフランス共和国の行進」を参照)、
11月にはパリ同時多発テロが起きました。

子供たちがお稽古事に通う公民館も、セキュリティーの為、入館専用ドアと
出口専用ドアが指定され、子供達は入館時間まで親と一緒にドアの前で待機、
子供たちが入館した後は外部のものが勝手に侵入できないようにドアが内側
から自動ロックされるようになりました。うっかり遅刻もできません。

4月に修学旅行でニューヨークに行くはずだった高校生は、もしかしたら旅行は
取り止めになるかもしれないと話していました。

近所の公民館で開催されているボランティアによる外国人のためのフランス
語クラスでは、市内の美術館訪問を企画しましたが、まだ滞在許可証のない
アルバニア出身の女の子は「人の集まる中心街は警察のコントロールも多い
から私は行かない。滞在許可書を持ってないことを指摘されて、なにかあった
ら嫌だもの」と言って欠席しました。

移民としてフランスに来た人々は滞在許可証を申請するわけですが、書類
不備などで何度も却下され、気の遠くなるようなプロセスを辛抱強く歩んで
います。
どんなに急いで書類を揃えたとしても、滞在許可証のない期間がどうしても
できてしまいますし、最終的に許可証がおりないこともあります。

そんなとき、先述のアルバニア出身の女の子のように、特にやましいことは
何もなくとも、街で警察官に身分証明を求められたらどうしよう、と絶えず漠然
とした不安を抱いてしまう気持ちはとてもよくわかります。

シリアから来た18歳の女の子は、現在リヨンのおじさん宅に他の親戚と居候
させてもらい、亡命とフランス国籍取得の許可を待っている状態です。ベビー
シッターをしながら大学の哲学講座に通っています。

彼女は今年、念願の音楽学校に入校しましたが、住民票がない状態で正規の
収入証明もなく、音楽学校の学費を最高額払う(親や個人の収入に合わせて
授業料が変動)こととなり断念しました。

収入証明のない人の音楽学校授業料は円にして年間13万円。祖国のご両親
が学費を出せる状況でもなく、リヨンのおじさんも居候はさせてくれますが生活
を面倒見てくれているわけではありません。滞在許可証もしくはフランス国籍が
取得できれば身分が安定し、仕事も正規契約ができるため収入証明も出せ、
彼女の収入であれば音楽学校の授業料は年間2万円弱で済みます。

音楽学校には通えなくても、どうにかして演奏したい彼女は、時間があれば
市内のTete d'or 公園にある野外ピアノで練習しています。

反移民政策

11月のパリ同時多発テロで、テロリストの一人がシリア難民として入国して
いたことが判明し、移民受け入れに難色を示す人が増えたようです。
先日の仏州議会選では、反移民政策を掲げる極右政党「国民戦線(FN)」が
記録的な投票率を達成しています。

既に多くの移民が暮らしているフランスにおいて、反移民政策をすることが
果たして国内の平穏につながるのか、それは疑問です。

1月と11月に起きたテロの実行犯には、フランス国籍をもつフランス育ちの
若者が数名います。テロ事件の後、新聞のあまり目立たない場所に「警察と
の銃撃戦で死亡したテロリストは、住民登録されている町の公共墓地にひっ
そりと埋葬された」といった記事が掲載されているのを目にしました。
IS思想に洗脳されテロリストとなり若くして死んだ彼らは、移民2世と呼ばれる
フランス人です。

今移民としてフランスに暮らしているファミリーが社会にうまく溶け込んでいけ
るような政策を徹底するほうが先決かもしれません。

移民の親をもつフランス人の若者が社会との繋がりを絶ち、過激な思想に傾倒
する背景として、フランス社会にうまく溶け込むことのできない親の苦労を見て
育ったことや、フランス人なのに移民2世という捉え方をされ差別を受けた経験は
無関係ではないでしょう。

不安な社会情勢にあっても、私たちの日常は今まで通り続いています。
私の周りで急に移民反対派が増えたわけでもありません。

公民館の児童の出入り口セキュリティーが厳しくなっても、親たちは、こんな
小さな公民館でそこまでコントロールするのは大げさかも、と本心では思っています。

今日も学校からは子供達が校庭ではしゃぐ声が聞こえてきます。
クラスの子供達の親の国籍は様々でも、子供達の多くはフランス生まれです。

3歳になった娘が、幼稚園で作ったルミニョンを持って帰ってきました。
12月8日の夜は、私たち一家も娘の持ち帰ったルミニョンを灯して過ごします。

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(娘が幼稚園でデコレーションした「ルミニョン」と手作りランプ)


リサ 12月8日 リヨンにて

追悼と祈り

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

リヨンは穏やかで暖かい天気が続いています。

13日の金曜日にパリで同時多発テロがあった為、リヨンは大丈夫なのかと
方々から連絡を頂きました。

事件直後は国境が閉鎖され、パリの市民は外出しないように勧告されていました。
パリからボルドーに移動していた友人の話では、車の規制はさほど厳しくなかった
そうです。飛行機も通常どおり運行していました。

外出を控えていたパリ市民ですが、事件2日後からは多くの人が日常生活を取り
戻そうとしています。

テロを恐れることなく日常生活を送ろうと思う一方で、一般市民の来る巷のレスト
ランやスタジアム、コンサート会場を襲ったテロの恐怖は深く市民の心につき刺
さっているようです。

銃撃のあった場所に追悼のろうそくや花束を捧げに来る人々が、何かの破裂音を
銃の音と勘違いして皆が一目散に走りだす、という場面もテレビ放映されました。

テロ銃撃犯たちは爆薬付きベストを着用、数人が一般市民を巻き添えにして自爆
しました。
この銃撃と自爆テロにより亡くなった方は129人に登り、負傷者は350人近くと
みられています。多くの人が大切な家族や友人を失いました。

犠牲者を悼みフランス全土で16日の正午に黙祷が捧げられ、リヨンでは、15日
から17日まで芸術、スポーツ関係の催し物を自粛しました。


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(テロの犠牲者を悼みフランス国旗の3色にライトアップされた裁判所(リヨン))


オランド仏大統領は、このテロがイスラム過激派ISIL(イラク・レバントのイスラム
国)により実施されたとして発表し、フランス全土における緊急事態を宣言。
フランスは「戦争状態である」として、テロ掃討にシリアへ戦闘機を搭載した空母を
出撃させることにしましたが、空爆によるIS掃討は今までも試みたものの壊滅させ
ることはできずに今に至っています。
空爆では解決の道が見えてこないように思えます。

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(シリアに出撃する空母に搭載されたフランスの戦闘機「ラファル」)


テロリストの一人がシリアからの難民として入国していたということで、難民受け
入れを渋る人々が増えました。

Kamikaze

週末のテレビ番組はほとんどテロについての特番ばかりだったのですが、
Kamikaze(フランス読みで「カミカズ」)という言葉を何回聞いたかわかりません。

フランス人にとってこの言葉は外来語であり、本来の「神風」の意味や「神風
特攻隊」については詳しく知らない人の方が多いと思います。ヨーロッパにお
いて「Kamikaze」という言葉は、「自爆攻撃」という意味で使用されますが、
倒そうとしている相手が戦争における敵軍であるのか一般市民であるのかで
言い方が変わるわけではありません。

「Kamikazeはサッカースタジアム入場券を入手していた」というふうに、自爆
テロ犯のことを指して使われることが多いのです。

外来語を本来の意味から広義に解釈して用いることは、どこの国でもあること
ですが、報道中この言葉が毎回繰り返されるため、日本人の私にとっては耳
障りでした。


光の祭典

リヨンでは来月の5日から8日まで恒例の光の祭典が企画されていましたが、
今回のテロを受けて、内容が大幅に変更されました。

光の祭典は、リヨンの街が3Dマッピッングなどによるイルミネーションでライト
アップされ、毎年3百万人近くの人出で賑わう、リヨンの一大行事です。

残念なことに、今年は準備していた大掛かりな光のショーをすべて2016年の
12月まで延期することに。
「市民がテロの標的になる危険性があるため祭典はできない」という市長の
判断でした。

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(11月20日のメトロ新聞より
「光の祭典は中止。12月8日はテロの犠牲者追悼へ。」)


その代わり、12月8日にだけ、テロの犠牲者を悼み市民が各家の窓にろうそく
を灯すこととなりました。20万本の小さなガラスのコップに入ったろうそくが準備
され、子供達には無料で配布されるそうです。

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(12月8日に各家庭の窓を灯すため、20万個の小さなガラスコップに入った
ろうそくが用意されます。)

市民が各家の窓にろうそくを灯すというのは、リヨンの本来の光の祭典の姿
でもあります。1852年の12月8日に各家の窓にろうそくを灯して、フルヴィ
エールの丘の上のマリア像の完成を祝い、リヨンを守る聖母マリアに感謝した
のがこの祭典の始まりですから。

昨年度の光の祭典の様子はこのサイトから見ることができます。

http://www.fetedeslumieres.lyon.fr/fr/edition/edition-2014


光と音

フランス中が喪に服した3日間の間に息子は14歳の誕生日を迎えました。

先週の土曜日に、息子はリヨン織物芸術博物館での学生コンサートでチェン
バロを弾きました。パリでテロのあった翌日ですが、その日はまだリヨンでコン
サート自粛が勧告されておらず、追悼の意味を込めて開催されました。
コンサートが日曜日だったら中止されていたでしょう。
学生コンサートの後、チェンバロの先生による博物館所蔵の18世紀初頭に
制作されたチェンバロの演奏がありました。


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(リヨン織物芸術博物館内にある、1716年に制作されたPierre Donzelague
(ピエール・ドンゼラーグ)のチェンバロ。)


コンサート後、息子はこの歴史的チェンバロを少し弾かせてもらうことができ
ました。この楽器が制作された18世紀初頭には、ちょうど作曲家ラモーが
リヨンに滞在しており、もしかしたらラモーもこのチェンバロを弾いたかもしれ
ません。

息子は、ちょっと弾き始めて、驚いたように鍵盤から手を離しました。その後
すこし緊張して、何かを確かめるように鍵盤をそっと触っていました。

私が後で「なんで曲を弾かないの?  楽譜がないから忘れちゃったの? 」と
尋ねると、「音を鳴らした瞬間鍵盤がすごく熱かったんだよ。ブワーッと熱が手に
伝わってきたんだよ。」と興奮気味に語っていました。歴代の名チェンバリストが
演奏してきた名器ですから、相当なエネルギーが宿っていたのでしょう。

昔の楽器は、いま生きる私たちに古の響きを蘇らせてくれます。
私たちは今も昔も、音に癒され、祈りの火を灯してきました。

13日のパリのテロから一週間が経ち、3日間自粛していた芸術イベントも再開
され、再び街のあちこちで素敵な音楽に巡り会えるようになりました。

12月8日は、リヨン中の家の窓に小さな祈りの火が灯ります。

2016年度に持ち越された光の祭典。
来年のフランスは、このイベントが安心して開催できるようになっていてほしい
ものです。

亡くなった方々のご冥福を祈ります。
そして負傷された方々が1日も早く回復されますように。

リサ 11月20日 リヨンにて

我が家の11月 〜マタニティーライフ in Paris〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

秋から冬にかけて、朝のリヨンは霧に包まれることが多くなります。


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(朝9時。我が家のベランダから見た景色も霧に包まれています)

午後になると霧は晴れて、いいお天気に。
今日の気温は18度。ハロウィーンを前に暖かい日が訪れました。

リヨンの学校は今秋休みですが、多くの子供たちは近所の公民館が主催する
学童保育や課外活動に終日参加します。

街なかにあるテットドール(Tete d'Or )公園では、連日イベントが開かれ
沢山の親子連れで賑わっています。

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(テットドール(Tete d'Or)公園ではカボチャをモチーフにした展示会)


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(公園内には入園無料の動物園があり、親子連れで賑わっています)


さて、11月は我が家にとって、とてもおめでたい月です。
夫、息子、娘の誕生日は全てこの月に集中しているのです。

夫と息子は蠍座。11月に3歳を迎える娘も蠍座になる可能性アリだったのですが、
生まれたのは28日で、夫の長女(12月5日生まれ)と同じ射手座です。

ちなみに、11月28日はアルバニアの独立記念日だそうで、アルバニア出身の
知人が「たいへんめでたい日に生まれた」と喜んでくれました。

マタニティーライフ in Paris


娘の妊娠がわかった時、私たち一家はパリに住んでいました。

妊娠4ヶ月だった私は、出産病院予約の為、公立の産院を4、5件回ったものの
どこも満杯、最後に行った大病院も受付であえなく断られそうになりました。

パリは産婦人科医院不足で妊娠2ヶ月までに出産する医院を予約しないとダメ
なのだそうです。偶然その病院の院長先生が受付に通りかかり、なんとか予約に
こぎつけることができました。
 
やっと予約の取れた産院だったのですが、あまり楽しい通院にはなりませんでした。
というのも、私が高齢妊婦で血液検査(染色体異常の確率検査)結果も悪いという
ことで、羊水検査をかなりしつこく勧められたからです。

病院では「検査で異常が認められた場合の出産子育てに向けての取り組み」に
関しては全く説明されることなく、
「羊水検査で胎児に染色体異常があるかを確定できます。染色体異常がみつかっても
その治療はできません。検査は1パーセントの流産の危険性(お腹に針を刺して羊水を
抽出するため)があります。 」
「検査料は健康保険でカバーできます。胎児に異常が認められた場合、フランスでは
妊娠期間中いつでも(お産が始まる前まで)中絶が可能です。 」
といった内容だけを伝えられました。

病院側はトリソミー21(ダウン症候群)を心配していました。

ダウン症は出産生存率も高く、社会人として生きている人が多いので、なぜ病院側が
ダウン症候群を主に出生前診断の対象としたのかは、わかりません。

私たち夫婦は「お腹の子はもう5ヶ月で心音も感じますし、羊水検査による流産も
心配なので、検査はしません。」と返事したのですが、
病院側は「流産が心配なら検査を妊娠8ヶ月以降にしましょう。
その時期なら早産でも大丈夫です。」と続けてきました。

公立病院側は、判断情報をきちんと与えなかった場合に責任を問われるので、
このようなデリカシーに欠ける説明をしたのでしょう。

気に入らなかったので、リスト待ちしていた別の産院に移ることにしましたが、
そこでも羊水検査は勧められました。
検査はしませんというと、次の診察からカルテに「羊水検査拒否」と記入されていました。

結局、フランスの産院に疑問を持った私は、妊娠8ヶ月を前にして日本へ。
里帰り出産した公立病院は、フランスのように出生前診断や無痛分娩のようなものは
ありませんでしたが、小児救急が併設されていることを基準に選びました。

フランスのエコー検査は、胎児を邪魔しないように妊娠期間中3回だけで、とても精密です。
日本の場合は、エコー回数が多いですね。
「はーい、今日赤ちゃんは下を向いて顔が見えません。お尻が見えまーす。」といった感じで、
赤ちゃんに会う楽しみの場となっているからかもしれません。

夫と息子は出産予定日の10日前に日本に到着。
大きな満月の夜、娘は誕生しました。

息子はイタリアで生まれましたが、娘の時は里帰り出産ができてよかったと思います。
日本には孫の誕生を楽しみにしていた母もいましたから。

安心できる社会とは


このところ、日本でも出生前診断について論議されています。
日本では「出生前診断は出産に備えるためであり、出産するかどうかを決めるための
検査ではない」という考えの人の方が多いと思います。

ですが、検査の結果なんらかの障害が判明したときに
「今の社会で障害のある子供を育てていくことは大変だ、子供も苦労する。
あなたは本当に責任を持って育てられるのか」と周囲から問われれば、
悩んでしまうのではないでしょうか。

パリで私に羊水検査を勧めた女医さんは
「私があなたならこの検査をするでしょう。女性には自分自身を守る権利があります。」と
言いましたが、それでは胎児の生きようとする意思が尊重されていません。

何パーセントかの割合で染色体異常を持つ子が生まれるのは自然の摂理であるのに、
女性がそのような検査で身を守っていかなければならないというなら、それは相当
厳しい社会です。

生まれてくる全ての子供が安心して育っていける社会が背景にあれば良いのです。
社会のあり方しだいでは、障害という観念も存在しないかもしれません。
人それぞれの長所を生かせる社会であってほしいと皆が思っているはずです。

カトリックの人の多くは出生前診断をしないでしょう
(エコー検査によってわかる性別さえ、生まれるまでは知りたくないという人もいます)。

「安心して産んでください。皆が全力でサポートします」という一言の方が、
あらゆる出生前診断を提示されるより心強いのです。
産むか産まないかで悩むより、生まれてくるかこないかはお腹の赤ちゃんが
決めることにして妊婦さんには大船に乗った気持ちで過ごしてほしいと思います。


アプトノミー(Haptonomie )


パリの産婦人科の出産準備アトリエではここ数年、アプトノミー(Haptonomie)という
妊娠4ヶ月からの胎児コミュニケーションが大人気です。アプトノミーでは出産時に
赤ちゃんがお母さんと協力して(お母さんがお腹に手を当てて胎児を導く)産道を
通ることができます。

Haptonomie (ハプトノミー、フランス読みではアプトノミー)の語源は、ギリシャ語の
「Haptein 触れる」からきており、手のひらなどで触れながら相手に寄り添いコンタクトを
とることです。私たちは普段の生活でも無意識にハプトノミーをやっていると思います。

無痛分娩が主流のフランスですが、アプトノミーで出産したい妊婦さんのなかには、
赤ちゃんとのコンタクトに麻酔は妨げになるのではないのかと疑問を抱いている人もいました。
背中に麻酔の針を刺した状態では、出産しやすいよう自由に体勢が変えられませんし、
アプトノミーで赤ちゃんとコラボできるのであればお産も長引かず、麻酔は必要ないかも
しれません。

アプトノミーに関心を持つ人が増えつつあるフランスでは、今後、出生前診断や
出産方法のコンセプトに変化が見られるのではないでしょうか。

諸聖人の日


一週間ほどスウェーデンに行っていた夫が昨日帰ってきました。
マルメに暮らす長女と一緒に、冬に備えて夏の家の庭を手入れしてきてくれました。


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(我が家のスウェーデンの夏の家で収穫したかぼちゃでハロゥィーン
(ルンド大学に通う長女作)
くり抜いたカボチャの中身はオーブンで調理して食卓に)

あさって11月1日は秋休み最後の日曜となり、「Toussaint(トゥッサン)諸聖人の日」で
祭日です。フランスでは、この日に菊の花を持ってお墓まいりに行く習慣があるので、
街の花屋さんでは可憐な菊の花が満開です。


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(花屋さんに入荷された、11月1日のお墓参り用の菊の鉢植え)


リサ 10月30日 リヨンにて

芸術の秋、スポーツの秋 〜Run in Lyon〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

リヨンの今朝の気温は1度で霧がかかっていましたが、午後には12度まで
上がり晴天となりました。
秋というよりは、もう初冬といったほうがいいかもしれません。

10月のリヨンは、芸術祭やスポーツイベントで賑わっています。
今日は息子のオルガンの先生のコンサートを聴きにフルヴィエールの丘の
大聖堂に行ってきました。

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(フルヴィエールの丘から眺めるリヨンの街。
手前に流れているのはソーヌ川。)


4日の日曜日に開催された「Run In Lyon」では、約2万8千人がリヨンの街を
ソーヌ川沿いに駆け抜けました。


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(日曜日の朝。我が家のアパートの前にも続々とランナーが)


フルマラソン(41.195Km) 、セミマラソン(21Km)、 短縮(10Km)コースがあり、
24388人が無事完走を果たしました。
多くの人が半年以上も前からこの日のためにトレーニングを続けてきたそうです。

走る理由は人それぞれ。
病気を忘れるために走る、という男性もいました。
スポーツ用ベビーカーに赤ちゃんを乗せて押しながら走っている人もいます。

都心リヨンの空気を吸って走ることは果たして健康に良いのか、という記事が
出たりもしましたが、たとえ街の空気が田舎のように澄んでいなくても、やはり
走るのは最高、リヨンの川沿いを走るのは爽快だ、という意見が大多数のようです。

下記のサイトで、マラソン大会のダイジェストをお楽しみください。
リヨンの街並みや、道沿いで走者を激励する住民の姿もみられます。
https://youtu.be/PIlEDcLtxK4

スポーツの次は芸術の秋。長男は、美術館のイベントでチェンバロの演奏をしたり、
秋のオルガンフェスティバルに参加したり、忙しい一ヶ月でした。


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(美術館でのコンサートは芸術の秋の定番。
リヨン織物美術館にて)

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(毎年秋に3週間にわたって開催されるオルガンフェスティバル(入場無料)。
フランス中から招かれたオルガニストと音楽院のオルガン科の学生が、
リヨンの19ヶ所のオルガンを演奏します。)


ちびっ子たちも芸術の秋を楽しんでいます。

もうすぐ3歳になる娘は幼稚園のイベントで、近所の劇場に行ってきました。
小さい子クラス2組の24名と先生二人、私を含む4人の保護者(引率係)が
参加しました。

「Le Jardin Du Possible (可能性の庭) 」というタイトルの催し物で、観劇という
よりは、参加型体験といったほうが良いでしょうか。


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(Le Jardin du Possible (可能性の庭)」は幼児対象(一歳半から5歳)
「 Théâtre Nouvelle Génération (新世代劇場)」にて18日まで。)


入場する前に
「扉の向こうでは庭師が仕事していて、みなさんも自由に参加できます」
「庭師は集中しているので静かに仕事すること」等の説明がありました。

園児たちが、扉から部屋に入ると、薄暗い空間の5、6箇所が照らし出され、
そこには大小さまざまの石がばらまかれていたり、木の枝が積まれたりしています。
一人の庭師がただ黙々と、石を積み上げたり、枝を組み合わせたりしていました。
庭師は一言も話さず、子供たちに何か働きかけたりもしません。
ただ地道にクリエーションに勤しんでいます。

庭師の横で、子供達も自由に創作を始めました。
それぞれに石や木の枝や松ぼっくりを組み合わせたり、枝で石を鳴らしたり
しています。
うちの娘は、庭づくりというコンセプトをいまひとつ理解していなかったようで、
小石をあつめてお料理ごっこをしていました。

そのうち、クリエーションするよりも木の枝を振り回すほうが楽しい子が
ちゃんばら遊びをしはじめた辺りで庭作りは終了。
小さい子供の集中力に合わせた30ほどの催し物でした。

劇場から幼稚園までは、大人の足で7、8分ほどですが、3歳児にとっては長い
道のりです。小雨のなか2列になって手をつないで帰ります。
犬のウンチを踏みそうになったり、手をつないだまま列からはみ出ていったり、
信号が変わるまでに横断歩道を渡りきれなかったり。
子供4人に対して大人の引率者一人が必要だった理由がよくわかりました。


リサ 10月17日 リヨンにて


フランスの幼稚園 〜2歳児クラスの開設〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

こちらは朝夕肌寒い季節となりました。

リヨンの旧市街Vieux Lyonでは先月12、13日の週末に陶器市が開催され、
大勢の人で賑わいました。


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(リヨン旧市街での陶器市)


先週、娘の幼稚園の保護者会に行ってきました。

担任の先生が
「目標は、子供たちにとって幼稚園が楽しく行きたい場所になること」
とおっしゃっていました。

娘のクラスは25人、3歳児と5歳児が一緒で二人の先生が担当しています。

子供たちには当番があり、5歳児はカレンダー係と出席人数の確認、
3歳児はお片づけ合図の鈴を鳴らすことと欠席人数の確認だそうです。

5歳児が3歳児の面倒をよく見てあげているようで、大きい子と小さい子が
一緒のクラスもなかなかいいな、と思います。

保護者会の参加者の約半数は男性(お父さん、おじいちゃん)でした。

朝の登園時や、お昼休憩の帰宅時にもお父さんの姿は多く見られます。

お迎えの際先生から「アレクシーくんは何故オムツで登園したのですか」と
尋ねられ「いや、あの、急いでいたものですからトイレに行かせる時間がなくて・・・」
と、しどろもどろに返事するお父さん。「トイレではなく廊下にウンチしてましたよ」と
報告されうろたえているお父さん。

母親やベビーシッターが子供を送迎する姿は「毎日の習慣」という感じなのですが、
父親からは「子供の幼稚園生活に関わりたい」という想いが伝わってきます。

送迎は、母親3割、父親3割、ベビーシッター3割、そして1割が祖父母及び兄弟姉妹
(10歳以上ならオーケー。弟を幼稚園に送ってから隣の小学校に向かうお兄ちゃんも
います)といったところでしょうか。
母親では、頭にスカーフをしたアラブ系のお母さんの割合が多いですが、
逆にアラブ系のお父さんの姿はあまりみかけません。


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(幼稚園の入り口。我が家からは徒歩3分なのがうれしい。
学校は3階建てで、小学校も併設されています。)


幼稚園児の一日


幼稚園に慣れるまで午前中だけ通っていた娘は、今週から午後4時半まで
クラス活動をしています。

幼稚園児の一日のスケジュールはというと、


8h20 : 登園、朝の活動(7時20分から無料の早朝保育あり)

11h20-13h20 : 昼食、お昼休み。

13h20 : お昼寝、午後の活動

16h20 : 下校 (17時45分まで無料の延長保育あり)

お昼は、学校で給食を食べる子もいれば、家に帰って家族と昼食をとる子もいます。
給食は教室ではなく、クラスごとに食堂に移動して食べます。
お昼に帰宅した子供は午後1時20分に再登園です。

水曜と金曜の午後は、幼稚園はお休みです。
ですが、園と提携している社会センター等の特別活動に任意で参加させることが
できる(職員の人が幼稚園から連れて行ってくれる)ので、仕事で午後子供の面倒を
みられないご家庭でも安心です。

2歳児クラスの開設


昨年まで幼稚園の入園資格は、9月の時点で「3歳、もしくは年内に3歳になる子供」
でしたが、今年から2歳を迎えた子を随時入園させる「さらに小さい子クラス」の試みが
始まりました。 

「オムツが取れていれば、2歳になった日から幼稚園に入れます」とのことで、
保育園の待機児童が多い現在、幼稚園の園児受け入れ年齢引き下げは
一つの解決策になるのではないでしょうか。

幼稚園は入園人数制限が無く(原則として園児が増えればその人数に合わせて
クラスを増設)給食費以外は全て無料です。

オムツのとれる時期は子供によって個人差がありますから、入園は新学期の9月に
限らず、子供がトイレに行けるようになった時点でいつでもかまいません。

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(クラス入り口)


フランスの学校はあと2週間で秋休みを迎え、10月の最後の日曜日には冬時間へと
(時計を一時間遅らせる)移行します。長くて暗い冬が訪れるまであと僅か。
リヨンの人々は秋の太陽に名残を惜しんでいます。

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(旧市街で人気のジェラート屋さんの前にて)


リサ 10月2日 リヨンにて


新学期

にんげんクラブの皆様こんにちは。

いよいよ新学期が始まりました。
ヨーロッパでは9月に新学年がスタートします。

中学生の息子は「今年のクラスはどうだろう、先生は誰かな」と少し緊張して
登校しました。結局、今年のクラス替えはなかったようで、仲良くなった友達と
また一緒のクラスでホッとしたようです。

教科書は貸与で学年末に返却します。汚さないように各自にカバーをして使
います。息子は近所の図書館の新学期ブックラッピング講座(無料)に参加し、
教科書に透明ラッピングをしてきました。


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(教科書カバーをつけるコツは、洗濯バサミを上手に利用することだそう)

娘の方は、初めての幼稚園。3歳児と5歳児合同クラスに入りました。一クラス
25人です。担任の先生がとても優しくチャーミングな方だったので、娘は大泣き
することもなくクラス入りしました。集団生活に慣れるまでは、午前中だけ通う
予定です。

フランスでは9月の新学期から各学校にモラル指導の教師を配属しました。
一月のシャルリ社襲撃テロを踏まえ「ライシテ(政教分離)と共和国の価値」
教育に力を入れています。


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(9月2日のメトロ新聞「20 minutes」より
「学校でモラル教育を」)

シリア難民


新学期早々、シリアの難民が多数ヨーロッパに押し寄せ、対応が麻痺している
というニュースが新聞の一面を占めました。

移民急増への懸念からか、迅速な対応ができずにいたEU諸国 。
宗教、言語の違う人々が一斉に押しかけてくれば、警戒するのも無理ないの
ですが、そもそもシリアの騒乱が日々悪化している時点でこの事態は想定で
きたのではないでしょうか。

シリア難民は命からがら自国を脱出してきており、即時の救済が必要でした。
家族と乗ったゴムボートが沈み、トルコの浜辺にうち上げられた小さな男の子の
亡骸。その写真は全世界に衝撃を与えました。そしてやっとEU諸国は難民の
受け入れに重い腰をあげました。

ドイツは積極的受け入れを表明しています。
EUの理念に基づけば、EU諸国全てによる難民受け入れが必須です。
ですが、ハンガリーは国境にフェンスをして、難民が入ってこないよう軍まで
投入しようとしています。

近隣のアラブ諸国の対応もまちまちで、ヨルダンやレバノンは難民を受け入れ
ているのに対し、サウジアラビアは豊かな国にもかかわらず受けいれ難民数は
ゼロだと報道されました。

フランスはシリアのISへの空爆で難民問題を解決しようとしているようですが、
空爆で解決できるとは到底思えません。

オランド大統領は、2年間で24000人の難民を受け入れると表明しています。

対して、極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン氏は、
「政治難民はごく一部に過ぎない。テレビで報道されているシリア難民は圧倒的
に男性が多く、やはり彼らは労働目的でやってきているとしか思えない。私たち
国民戦線は難民を受け入れない」と発言。

2週間ほど前の世論調査では、2017年の大統領選で現オランド大統領は落選し、
反EUと厳しい移民政策を掲げる国民戦線のマリーヌ・ルペン氏が選ばれるだろう
という予想でした。実際にこの政党が政権を握ることはないとは思いますが、
フランスの世論は移民受け入れに寛容ではなくなってきています。


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(9月2日のメトロ新聞「Direct Matin」より
「かつてない危機になすすべもない欧州。頭の痛い移民問題」)


夫は日頃から「移民は負担という発想ではなく、人は資源と考えて人材の活躍を
促せば良い」と言っていますが、現実には移民問題は複雑です。
夫の出身地スウェーデンのマルメ郊外には移民住宅街があり、治安問題が多発
しています。

夫は「移民をある特定の地域にだけ住まわせるからこうなるのだ、移民街という
発想がいけない。もとからいるスウェーデン人と混在して住んでいればこんなこと
にはならないよ。」と言います。

ちなみに、大学生の長女はマルメで比較的移民の多い住宅街に住んでいます。
郊外なので賃貸料があまり高くないのが魅力のようです。
一度訪ねましたが、アパート内は広くて素敵ですけれど一歩外に出ると閑散と
しており、ちょっと不良っぽい若者がうろうろしています。

ただ、階段のところでその怖そうな若者が娘の乗ったベビーカーを運ぶのを
手伝ってくれ、「実は良い青年だったのね。怖がって悪かったわ」と思いました。
若者がぶらぶらしているのは、仕事がないからでしょう。

マルメで移民出身の有名人といえば、皆サッカー選手のズラタン・イブラヒモ
ビッチの名前をあげるのではないでしょうか。
彼は移民2世で、自伝「俺はズラタン」に、マルメ移民街での生い立ちを回想
しています。彼はスウェーデン生まれですが、自らがスウェーデン人であると
感じたことはほとんどなかったようです。


AWAODORI PARIS

テロの多い国際情勢を考慮し延期されていた「阿波踊りParis」(7月のブログ
「阿波の夏」参照
)が、この10月1日、2日にいよいよパリ4区のヴォージェ広場
にて開催されることになりました。
平日で、規模も当初の予定よりも小さくなったようですが、フランスと日本の
阿波踊り愛好家が多数やって来る予定です。
http://awaodoriparis.com (詳しくはこのサイトにて)

さて、阿波踊りの本場、徳島市民の反応ですが、それほど盛り上がっていない
ように思います。「阿波踊り振興協会からは何名か行くみたいだけど、私たち
には何にもお声がかからないよ。まぁ、参加するには予算的に厳しいから
どっちみち無理なんだけどね。」(阿波踊り三味線歴30年の友人談)というのが
一般的反応です。

徳島の阿波踊りにきていただければわかるのですが、普段は地味な徳島人が
お盆の4日間、人が変わったように生き生きと踊り始め、プロフェッショナルな
集団に早変わりします。一般市民のこの豹変ぶりが、阿波踊りの底力かと
思います。地元で阿波踊りを支えている一般市民がもっと参加できるとよかった
のでしょうが、セキュリティーと予算の関係上仕方ないのかもしれません。
とはいえ、この企画を長年温め続けたフランス人ジャーナリスト、レジス・アル
ノーさんの熱意には感服します。

こちらに豪雨で鬼怒川の堤防が決壊というニュースが伝わってきています。
行方不明の方もいるとのこと、大変心配です。


リサ 9月12日 リヨンにて

旅日記  〜アーレンスブルクのピアノ工房にて〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

今日のリヨンは晴天、気温32度。天気予報によると明後日からは気温が
24度くらいにぐっと下がるそうです。

2週間前にスウェーデンのマルメからフランスのリヨンに戻ってきました。
車の旅でしたので、途中ドイツのアーレンスブルクに住む夫の友人を訪ねる
ことにしました。

マルメからオーレスン橋(Öresundsbron)を渡りコペンハーゲンを通過、ロービュ
(Rødby)港からフェリーに乗りドイツへ。
あちらこちらで、風力発電用の大風車がクルクル回っているのが印象的です。
フェリーが30分ほど遅れましたが、マルメを出て約5時間後、無事にアーレンス
ブルクに到着しました。

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(コペンハーゲンからドイツまでの道のりには、たくさんの発電用風車がまわっている)

夫の友人、モーリッツさんはピアノ工房を営んでいらっしゃいます。
二人は今から30年ほど前、マルメ市で開催された古楽フェスティバルで
知りあいました。そのフェスティバルで夫は「グスタフ・レオンハルト(1928-2012) 」
のチェンバロ演奏を初めて聴いたそうです。今でこそ、バロック期の作品はチェンバロで
演奏されるようになりましたが、30年前にチェンバロ演奏を聴く機会はごく稀でした。

レオンハルトのチェンバロ演奏に衝撃を受けた夫は、「今すぐに弾いてみたい、
楽器をなんとかして手に入れなくては」と居ても立ってもいられなくなったそうです。
早速、会場に展示されていたチェンバロを見てまわったのですが、どれも高価で
購入は夢のまた夢でした。

フェスティバル会場には、チェンバロ製作を試み始めたばかりのモーリッツさんも
来ていました。彼は、チェンバロを一から製作してみたいと思っていましたが、
買ってくれる人がいなければ困ります。
そこで、チェンバロが欲しくても買えずに展示場をうろうろしている夫に、
「僕の工房で製作を手伝えばその分格安で購入できるよ」と勧誘したのです。

夫は迷うことなくアーレンスブルクの工房に住み込んでチェンバロ製作のお手伝い
に勤しみ、その3ヶ月後、チェンバロは見事完成!
夫は意気揚々と、出来上がったチェンバロを牽引車に乗せてスウェーデンのマルメ
まで運転して帰ったそうです。
私の知らない夫の青春時代です。


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(モーリッツさんのピアノ工房)

と、そこまでは良かったのですが、二十歳をこえた大人の楽器習得は並大抵では
なかったようで、20年後に今度は息子がチェンバロを弾くようになるまで、
この楽器は日の目を見ることなく我が家の居間を占領していました。

夫はチェンバロ奏者にはなりませんでしたが、アーレンスブルクの工房に住みこんで
いた3ヶ月間ですっかりドイツ語をマスターしてしまいました。これが現在の翻訳業に
生かされているのですから、この経験も無駄ではなかったのでしょう。


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(夫がモーリッツさんと一緒に製作した我が家のチェンバロは、
ハンブルクの博物館に保存されている楽器をモデルにしたそうです)


そしてモーリッツさんは、当時チェンバロは需要が低すぎたため工房の仕事は
ピアノ修理が主体となりました。彼の工房にはヨーロッパ各地から古いピアノが
集まってきます。

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(ピアノの部品を利用した「モーリッツと愛犬スヌーピー」
矢印を引っぱるとスヌーピーがソーセージを食べるよ)


私たちが伺った時にはポーランドから住み込みの職人さんがきていました。
その方は日本が大好きなのだそうです。日本語も少しできます。彼が折った
折り紙をプレゼントしてくれました。


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(ポーランドの職人さんが折った折り紙)


工房には、イタリアやインドの風景を描いた絵が飾られています。
モーリッツさんのお母様は画家でイタリアの風景に魅せられ、ご家族は数年間
イタリアで過ごされました。その後ドイツにもどってからは、彼女はインドの聖人に
感銘して名前もブラマナンダと改名、何度もインドに旅をしたそうです。


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(工房にはブラマナンダさんの異国情緒にあふれた絵が飾られています)


ブラマナンダさんが亡くなってからもモーリッツさんはお祈りをした水を飲んでいます。
私たちには手作りのインド風ベジタリアン料理を振舞ってくださいました。

ずーっと独身だったモーリッツさん。6年前ブラジルで知り合ったルシーさんと電撃結婚。
かつてはちょっと偏屈なところもあったのに、穏やかなおじさまへとすっかりイメージ
チェンジしたのは彼女のおかげかしら。

ルシーさんに、「ブラジルからドイツの小さな町にきて、ホームシックになりませんか」
と尋ねたら、「ブラジルでは身の危険を感じることが多くて、子育ても安心してできないの。
私はこの静かな町を気に入っているわ」とのこと。

モーリッツさんは、私とはいつもイタリア語で会話をしてくれていましたが、今回
「ヴィーノブランコどう?」と勧められて一瞬戸惑いました。「ヴィーノ・ビアンコ 
(白ワイン) 」というつもりだったのだと思います。ルシーさんの国のポルトガル語を
熱心に勉強しているのでしょうね。


電気自動車


さて翌日、名残惜しくモーリッツさんの工房に別れを告げ、私達一家は
ルクセンブルクに一泊。


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(ルクセンブルクの風景)

その次の日にはフランスへ入国しました。

そして、スウェーデンにもドイツにもデンマークにもルクセンブルクにもなかった
あるものを見て、「あー、フランスに戻ってきた」と実感。

なんだと思います?  


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それは、「Péage (ペアージュ)」高速道路の料金所です。

北ヨーロッパでは高速料金がほとんど無料であるのに対し、フランスやイタリアでは
至る所に高速料金所があります。ただ、日本の高速料金と比べると比較にならない
ほど安いです。夫が一度日本の高速道路を車で走って、その高額な高速料金に
ため息をついていました。

そして、ここ数年ヨーロッパの高速道路に電気自動車の充電スタンドが増えてきた
ように思います。

夫が「スウェーデンでも電気自動車導入数が増えるだろう」と言うので「電気の
供給源は」とたずねたら「スウェーデンの北部の川ではかなり大規模な水力発電が
できるから」という返事。原子力発電所もいくつか存在しますが、人口が少ないので、
水力発電でカバーできる割合が多いのでしょう。

話が少し前後しますけれど、この夏、マルメで開催されたテスラの電気自動車
試乗会に行ってきました。この電気自動車、価格が非常に高いのですが、ノル
ウェーではよく売れているそうです。2018年にもっと価格の安い小型のモデルが
発売されるとのこと。 自動運転という機能も付いているそうです。

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(テスラの試乗会にて)


2016年までに、テスラ車専用の無料充電スタンドがヨーロッパ全土に整備される
予定で、無料の充電スタンドがあちこちにあるとなれば購入者は増えるかもしれません。
一回の充電で約500km走行できるそうです。
どうやら、テスラ社は自社の電気自動車のヨーロッパ大普及を目指しているもようです。

トヨタの水素自動車というのも出ていると思うのですが、こちらでは話題になって
いません。「水素自動車は、水素から電気が作れるっていうからそのほうが効率的
ではないの」と私が言うと、「だけど、まず元になる水素を電気分解して取り出すのに
多大なエネルギーが要るじゃないか」と夫。私は化学には全然詳しくないのですが、
実のところはどうなのでしょうか。


リサ 8月30日 リヨンにて

きずな 〜スウェーデンの家族事情〜

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

今日のマルメの気温は25度。スウェーデンにもようやく夏が訪れました。
待ちに待った太陽ですが、残念なことに夏季休暇もそろそろ終了です。
7月は雨続きでしたから、こちらの友人はがっかりしています。

私の夫は自営業で休みは融通がきくので、夏を満喫しようと家族で海へ。
ですがそういう時に限って、夫はビーチで愛用のiPhone5に仕事のメールを
山ほど受け取ってしまいました。


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(マルメ近郊の海。
遠くに見える橋はマルメ(向かって右)とコペンハーゲン(左)をつないでいます。)


養子縁組


先日テレビで、中国からノルウェーとアメリカに別れて養子縁組された双子の
姉妹のドキュメンタリーが放映されました。

その内容は、

 
《 養子縁組を希望する夫婦が中国の病院に赤ちゃんを迎えに行った際、自分
たちと縁組した子と同じ日に生まれた、もう一人の赤ちゃんが別の夫婦に引き
とられるのを見ました。その赤ちゃんは養子にした自分たちの子とそっくりで、
しかもお揃いのベビー服を着せられており、気になった夫妻が病院に「この子は
双子ではないのですか」と尋ねましたが「違います」という返事が返ってきました。
2組の夫婦はお互いの連絡先を交換、そして後のDNA鑑定でやはりこの子達は
一卵性の双子の姉妹だと判明します。2つの家族は遠距離交流を続け、姉妹が
小学生のある夏、ついにアメリカ側のご家族がはるばるノルウェーまでやってき
ました。》

というもので、番組では、姉妹とその家族の遠距離交流、再会に至るまでを
追っています。

姉妹は全く違った環境、言語で育っていましたが、 ノルウェーの美しい自然に
囲まれ遊んでいる二人はまるで一緒に育ってきた姉妹のようです。

番組終了時に、この姉妹はクリスマスにもう一度再会し、その後も電話や手紙
で交流を続けている、と伝えられました。

夏のノルウェー訪問のお別れの時、2組の両親がそれぞれ、自分の元で育っ
ていないもう一方の子供を抱きしめて「愛している」と伝えているのが印象的で
した。

ここスウェーデンでも、養子縁組は比較的多い方だと思います。

こちらでは、親が育てられない子は施設に行くのではなく、まず養子縁組を探し
ます。
スウェーデンの家庭では、自国に限らず、他国の児童擁護施設からも子供達を
養子として受け入れています。

私の身近にも、養子縁組をした2組のスウェーデン人夫妻がいます。

5年前結婚した夫の友人夫妻は、2年前にコロンビアから2歳と3歳の兄弟を
養子として迎えました。兄弟はコロンビアで別々の施設に収容されていました
が、ご夫妻は二人を一緒にひきとり育てていくことに決めました。

いきなり2児の親になったご夫妻は、初めての育児にてんやわんや。お子さん
2人には喘息の持病とアレルギーもあり、いろいろと気を使っています。

今年に入り「この兄弟には一つ下の妹がいて、その子が隣町の家庭に迎えら
れた」という知らせが届きました。兄弟姉妹ができるだけ近くにいられるよう、
養子縁組支援機関が距離の近い縁組先を探したのだそうです。2家庭は互い
に連絡を取り合って、兄弟妹が一緒に過ごせる時間をもてるようにしています。

もう一組は、パリに住んでいたとき息子が通ったスウェーデン人学校の同級生
のご両親。長男はお二人の子で、彼の3つ下の妹はタイ出身です。お兄ちゃん
の方はさらさらの金髪で妹は美しい黒髪。彼女は生まれて間もない頃に養子に
迎えられました。

ご夫婦は以前仕事でタイに住んでおり、タイ語もマスターしています。女の子の
セコンドネーム(スウェーデンでは名前を2つ持つことができます)にはタイの
おばあちゃんの名前をつけたそうです。

養子として迎えられる子供達には、「親や肉親を失った」「親のやむを得ない
事情で一緒に暮らすことができなかった」といった過去があります。

前述のドキュメンタリー番組の例のように、縁組をする家族に子の出生のイン
フォメーションが与えられなかったりすると、子供に出生状況を説明できなくて
困るのですが、こちらでは出生のルーツを隠さずに子供に説明する(本人が
当時幼くて覚えていなくても)のが一般的です。

出生地の言語を既に話している子供には、スウェーデン語の習得と共に母国語
が失われてしまわないようにサポートしてもらえる学校もあります。

私が出会った養子縁組家庭は、親子の容姿は全く似ていないにもかかわらず、
どこからみても正真正銘の親子にしか見えません。愛情の絆で深く結ばれてい
るのを感じます。スウェーデンで元気に成長していく子供達に再会するたびに、
私はとても安心した気持ちになるのです。


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(毎年ここに帰ってくる度、大きく成長した友人の子供達に会うのが楽しみ)


さて、私たち一家のスウェーデン滞在も今日が最後です。

家庭菜園のかぼちゃとぶどうは熟れるまでまだ時間がかかりそうですが、引き
続きルンド大学に通う長女がお世話をしてくれます。


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(庭のかぼちゃ、収穫まであとどれくらいかかるでしょうか。)


庭に遊びに来ていたウサギやハリネズミ達ともしばらくお別れ。
庭の柵のペンキも塗り直し、明日はリヨンに向けて1400キロの道のりを家族で
ドライブして帰ります。

それでは、また。
日本は猛暑とのこと、お体に気をつけてお過ごしください。

リサ 8月13日 マルメにて


マルメの涼しい夏

にんげんクラブの皆さま、こんにちは。

蒸し暑い日本から一転、ここは冷夏のスウェーデン、マルメ市です。
気温20度をなかなか越えない今年の夏はちょっと涼しすぎます。

明日はようやく26度まで上がるということで「待ちに待った海」と皆がそわそわしています。

この春、庭に植えておいた野菜たち。

長女がちょくちょくお世話していてくれたおかげで、ジャガイモと豆を収穫!
かぼちゃも花が咲いていました。
*栽培の様子は4月21日のブログ「マルメより」を見てくださいね。


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水やり以外特になにもしなかったからでしょうか。我が家のジャガイモはかなり小ぶりです。
3軒先のご近所では、大ぶりの見事なズッキーニが実っています。
聞いてみたところ、近所の牧場から馬の糞をもらってきて肥料として使ったそう。


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(早速収穫したジャガイモを茹でてテーブルへ。小振りですが味は最高です。)

ザリガニパーティー

8月、スウェーデンはザリガニのシーズン。
近所のスーパーへ行くとザリガニの試食会をやっていました。


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(ザリガニ試食会。
店員さんはザリガニパーティー用の三角帽子に前掛けをつけている。)

ザリガニというと、日本では沼地や下水道に繁殖しているイメージがあるため、
私はザリガニを食べるのにとても抵抗がありました。

スウェーデンではザリガニは美しい湖にしか生息しない(数は激減)ので、
スウェーデン産のものは輸入物とは比べ物にならないほど美味しいのです。


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(友人宅に夕食に招待される。メインはやはりザリガニでした。)

静かな?百貨店

日本では、フジグラン、ゆめタウン、マルナカ、と百貨店やスーパーに入り浸っていた私。
ここスウェーデンでも、近所に数年前にできたエンポーリアという百貨店へ出かけました。

一階にある食料品売り場、がやがやと人で賑わっています。
賑わっていますがなんだか静かです。何故でしょう。
しばらく考えて気づきました。バックミュージックがないんです。

息子がよく、日本の好きなところはどこに行っても賑やかなところ、と言いますが、
日本ではお店に入ると必ずバックミュージックが聞こえてきます。
スーパーや百貨店などはそれぞれのオリジナルイメージソングが流れていて、
子供たちがすぐに覚えてしまいました。

そのあと、スウェーデンのイケアに立ち寄りましたが、ここもいたって静か。

ということは、日本のイケアも同じような感じなのかしら。
それとも日本にあるイケアは日本らしく、お店の楽しいオリジナルソングが流れているのでしょうか。
実家の近くにイケアがなかったので確認しようがないのですが。

それでは、もしも気温が上がって海に行けそうでしたらまたレポートしますね。
こちらの海は遠浅で波がないんですよ。2歳の娘にはちょうどいいのですが、
水温がもっとあがってくれないと寒くて泳げません・・。


                          リサ 8月3日 マルメにて


阿波の夏

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

久しぶりの日本の夏!
今、実家の徳島に滞在中です。

ヨーロッパのかんかん照りではなく、こちらは蒸し蒸しと暑いですね。久しぶりに
たっぷりと汗をかきました。

長男は地元の中学校で2週間の体験入学をしました。想像以上に楽しかったようで、
最終日の17日が台風で休校となってしまったのをとても残念がっています。

私は娘を連れて公園のお堀や川沿いでカニを見たり、虫を眺めたりしようと思って
いたのですが、数年前はそこら中を飛び回っていたチョウが、今年は数匹しか目に
入りません。以前は窓を開けておくだけで勝手に飛び込んできたクワガタやカブトムシ
にもまだ出くわしていません。

子供って虫の観察が大好きですよね。私の子供の頃はわざわざ虫を探しに行かなく
ても、セミやらクワガタやら大きなアゲハがその辺で舞っていたのですが・・。


新町川の釣り大会

虫はあまりたくさん見ることができなかったので、今度はカニを見ようと、街の中心を
流れる新町川へと向かいました。

以前この川の周辺は、カニが川沿いの岩の壁をぞろぞろとお散歩していましたが、
今は遠目に数匹見えるだけです。

一時は汚染の進んだ新町川、街の人々が中心となり川釣りができるほど綺麗になり
ました。ただ私が子供のときと比べるとやはり生き物の数は激減しているのでしょう。

新町川周辺で夏祭りの一環として開かれた釣り大会に長男と私の母がコンビで
エントリーしました。

長男は釣りをしたことがなく、母と餌のミミズをどちらがつけるのか揉めています。
競うのは釣った魚の数ではなく、大きさです。ハゼが釣れ、持ち帰ったものの
いまひとつ調理に自信がもてず、川に返すことにしました。


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(どうやら餌のミミズでもめている様子。私と娘は高みの見物です。)


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(なかなか釣れないね〜)


通りがかりのおじさんが、長男に釣りをしたことがあるのかと声をかけました。
息子が「初めてだ」と答えると、「そんな君に釣られる魚はよっぽどの阿呆(あほう)やな。
ハッハッハー」と笑いながら行ってしまいました。

「阿呆」という言葉は、徳島の人にとっては、愛着のある言葉です。
県外の人にうっかり言ってしまうと怒られそうですが。

徳島の阿波踊りでおなじみの「よしこの」では「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら
踊らにゃそんそん」と歌われます。


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(「君に釣られる魚はよっぽどの阿呆やなー」 息子に声をかける通りすがりのおっちゃん)


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「阿波よしこの」の第一人者お鯉さん。100歳まで現役でした。
例の「踊る阿呆に〜」の一節は、こちらから(1'23あたりで)聞くことができます。
https://youtu.be/JKBw9yyozCE

徳島大空襲展

新町川文化ギャラリーでは、1945年7月4日の徳島大空襲を伝える「徳島大空襲展」
が開催され、母と子供達と一緒に訪れました。焼け野原となった市街地や空襲前後に
上空から撮った徳島市の全景、戦前戦後の市民の生活などが展示されています。

亡くなった祖母が空爆の体験を語ってくれたことはありましたが、上空写真で見る徳島は、
まさに「焼け野が原」となっていました。私のおばあちゃんはこれを本当に体験したのだ、
と改めて実感し、今いる子供達の存在は本当に奇跡であると思いました。

ギャラリーのある国際東船場113ビルは、空爆の際に崩壊せず残っていた数少ない
建物のひとつで、国登録有形文化財となっています。

私の印象に残ったのは、戦前の徳島の写真です。生き生きとした商店、戦前の阿波踊り、
今よりもずっと素敵な街だったように思えます。


延期された「阿波踊りパリ2015」

さて、私の日本滞在も残すところあと数日・・・。

徳島市内では8月お盆の阿波踊りに向けて練習が始まり、夕方に街のあちこちから
お囃子の音がきこえてきます。子供の時から毎年見てきた阿波踊りとはいえ、今年、
阿波踊り期間を待たず出国してしまうのは残念です。

今年5月にパリでは、大規模な阿波踊りフェスティバル「阿波踊りパリ2015」の開催が
予定されていました。

このプロジェクトは、仏紙フィガロ東京特派員、レジス・アルノー氏が中心となり
進められていたものです。本場の阿波踊りに圧倒された彼は、「日本が誇れる数少ない
天然資源の1つが、人だ。阿波踊りのような祭りは、日本人のパワーを証明する格好の
機会になる。 」(アルノー氏のコラムより抜粋)とし、数年前からこのプロジェクトを温め
続けてきたのです。

そんな矢先、パリでは新年早々から、シャルリ・エブド社襲撃に始まる一連のテロ事件。
この阿波踊りプロジェクトは残念ながら延期となりました。今の国際情勢を考えると
致し方ありません。

こちらはアルノーさんが2012年に書いた「日本の魅力が詰まった阿波踊りを世界に」
というタイトルのコラムです。
http://www.newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2012/12/post-600.php

計画されていたパリ阿波踊りプロジェクトのホームページ
http://awaodoriparis.com/jp/pourquoi-paris/


皆さんも、機会があれば是非、本場徳島の阿波踊りをぜひ体験してくださいね。
四国八十八ヶ所もお勧めです。


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(徳島のもう一つの顔は「アニメのマチ」。観光PRもアニメポスター)

暑い日本の夏は娘のオムツを外すのに最適です。

娘は9月から幼稚園ですが、フランスではオムツが取れていないと幼稚園に通わせて
もらえません。軽装の夏に一気に取ってしまおう!と意気込んで始めたのですが、
なぜか難航しています。

おまるにぬいぐるみをのせて「しーしー」と言っている娘。
どうやら自身のトイレトレーニングには興味がなく、もっぱらぬいぐるみのトイレット指導
に忙しい模様。ちょっとあせっています。

                     リサ 7月23日 徳島にて

La fête des Voisins ! (ご近所さん祭)

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

リヨンは連日38度の猛暑です。

日陰はわりと涼しいのですが、日の当たるところは太陽が強烈すぎて、
とても歩けたものではありません。
外出は早朝か、夜8時以降にするのが無難です。

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(夕食後に公園で遊ぶ子供達)

日中の日差しがあまりに強いため、夕食後にお散歩に出かける家族が増えました。
我が家も、夕食後8時を過ぎてから公園に行き、子供を遊ばせたあとすぐ近くの
軽食店の野外テーブルで涼んでいます。
(ビアガーデンみたいですが、夜9時過ぎても空は明るい)


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(夜9時近くになってもまだ太陽が眩しい)


ラ・フェット・デ・ヴォアザン (ご近所さん祭)


先日、我が家のアパートでは、夏休み前恒例の行事「La Fête des Voisins
(ご近所さん祭/パーティー) 」が開催されました。

この、ご近所さんパーティー、知らないご近所さんとの交流を深めようという趣旨で、
同じアパートの住人や、同じ通りの住人などが、庭や公園に集まって持ち寄りの
会食パーティーを開きます。

今ではフランスの一般的な行事となりました。

うちのアパートも、2棟のアパートの共用の庭でパーティーが開催され、
普段は会うことのない向かい側のアパートの人たちとも知り合う機会ができました。


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(ご近所さんパーティー3週間ほど前から、
 アパートの各棟に参加人数を記入する紙が貼られる)


持ち寄りの料理に何を持って行こうか悩みましたが、こちらでは巻き寿司は
いつも人気なので、サーモン巻きとシソキュウリ巻きを置いてみたところ、
子供達がわーっと集まってきてペロリと平らげられ、第2弾を急いで追加しました。

大人達はワインを片手にそつなく会話していますが、子供同士は初対面でも
すぐに打ち解けて遊び始めます。

私が同じアパートの住人で知っているのは3家族程です。ただ、巻き寿司の
造り主は、日本人かどうか定かではないが顔立ちがアジア系の私であろう
(私はよく、ベトナムやフィリピンの人と勘違いされます)、と皆さん思ったようで、
見知らぬご近所のお兄さんに、「お寿司グーでしたよ」と声をかけられたりしました。


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(午後7時、アパートの住人が持ち寄り料理を携えて続々と集まってきました)


Solde(バーゲンセール)


夏休みに入る前に、全国一斉バーゲン(Soldeソルド)が始まりました。

フランスでは大幅割引バーゲンは冬と夏、年に2回だけで、その期間も法律で
定められており、大型百貨店も、小売店も期間内に一斉にバーゲンセールをします。


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(この夏のバーゲンは6月24日から8月4日まで)

値引き価格が色分けで表示されていて、一目見て何パーセントオフか
わかるようになっています。
バーゲンシーズン終わりに近づくと、商品はさらに値下がりします。


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(値札は割引%によって色分けしてある)

日頃からいいと思う商品が30%オフから70%まで値下がりしたら、即買いにしようと
見張っているのですが、良いものはそこまで値下がりする前に売れてしまって、
私は毎年、値下げ見まもり作戦に失敗しています。


リサ 7月4日 リヨンにて

Fête de la musique! 《音楽祭》

にんげんクラブの皆様こんにちは。

先週の日曜日はリヨン音楽祭でした。


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(テット・ドール公園では、可愛い子供達の歌声が)

この日は、野外で思いっきりパーカッションを叩いても、
バンド演奏してもオーケー。
街の広場や公園で、様々なジャンルの音楽愛好家たちが、
日頃の練習成果を披露します。


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(街のあちらこちらにバンドグループが出現)


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(一人で頑張って演奏している人も)


13歳の長男が通っている音楽学校のオルガンクラスも、
この音楽祭に参加することとなり、
8歳から大人まで、総勢25名が聖ポタン教会のパイプオルガンを演奏しました。
コンサートは夜の8時半に始まり3時間延々と続いた為、
聴衆は息抜きに教会を出たり入ったりしていました。


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(音楽祭でオルガンを演奏している息子)

オルガンで音楽祭に参加、というと、息子はかなりの音楽少年のように
思われるかもしれません。
ですが、最近彼がどっぷりはまっているのは音楽ではなく、
私にはいまいちよく理解できない「オンラインゲーム」なのです。

オンラインゲームとか、チャット、というのは、
見知らぬ人と手軽に交流できてしまうので気をつけなさい、と心配顏で
説教する私を尻目に、息子は日々オンライン友達の輪を広げています。


マインクラフト


ある日、普段片付けなどしたことない長男が、大変そわそわしながら
部屋の掃除を始めました。 どういう風の吹き回しでしょうか。

「今日は出かける予定ないよね。僕は夕方6時に家にいないといけないから。」

13歳の長男はこのところ「マインクラフト」という、ブロックで架空空間を
クリエートする遊びにのめり込んでいて、暇があればオンライン上で
他のユーザー仲間とチャットばかりしています。
そして、今までチャットでやりとりしていたゲーム仲間の一人と、
今回初めて、夕方6時にビデオ電話(スカイプ)をする約束をしたのだそうです。

「マインクラフト」は、「クラスの子は全員やっている(息子談)」程流行っている
オンラインゲームで、気の合いそうな人とオンライン上で同じ空間を共有し、
分担して架空の国や共同体を創造することができます。

「なんで僕はドイツ語なんてとっちゃったんだろう。全然使わないのに。
第一外国語はやっぱり英語にしとけばよかった。」
落ち着かない様子でブツブツ言っているので、さらに詳しく聞きだしてみると・・・。

ビデオスカイプの約束をしたのは、スコットランドの12歳の女の子でした。
「マインクラフト」で遊んでいるときにチャットを通じて知り合い、
卓球好きという共通点もあって意気投合したのだそうです。
まだ会ったこともない同じ年頃の女の子と初めてビデオ電話するのですから、
そわそわしているのも無理ありません。


コンピューターカメラの視界に入るところはすっきりと整頓して準備万端。
夕方6時、部屋の戸を閉め、さぁ心置きなく待望のスカイプ!
の予定でしたが、少し想定外の展開に。

お兄ちゃんが部屋に入っていったのを見た幼い妹が、
閉めた戸をバーンっと豪快に開け、後についていってしまいました。

部屋からは2歳の娘の歌声が響いてきます。

スコットランンドの女の子との初スカイプは、
どうやら特別ゲスト入りになったもようです。


リサ 6月25日 リヨンにて


てるてるぼうしゃん


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

リヨンは、連日気温30度を超える暑さとなりました。

薔薇のワールド・フェスティバルが開催され、街の噴水や公園が
美しいバラで彩られています。

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(バラに彩られたジャコバン(Jacobin) 広場の噴水)


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(Tete d'Or 公園では、薔薇の貴婦人が散歩)


てるてるぼうしゃん

 
♪ 空飛ぶヘリコプターに、青いトンボが怒ったよ。
 怒って唸って引っ掻いた。
 なんでそんなに怒っているのかな。
 「本物は私」と言っているよ。♪ 

デュボア(A.DUBOIS)作曲、コラン(P.CORAN)作詞の
フランス語で歌う子供向けの輪唱です。

最後のフレーズに「本物は私」と書きましたが、
実際には「彼女(トンボ)は著作権を要求している」となっております。
子供の歌に出てくるトンボが自らの権利をしっかり主張しているあたり、
フランスらしいなと思います。

トンボが自分の姿に似たヘリコプターに怒っている様子がとても可愛かったので、
みなさんにも是非この歌をお聞かせしたかったのですが、
デュボアさんが現役の作曲家で'著作権'の関係上
「Youtube」などで聞くことはできません。


私はこの歌をとても気に入ったので、2歳の娘に歌ってみようと思いましたが、
すぐ挫折していまいました。

あまりにもRの多い歌なのです!


「Elle rage, râle et rogne Elle grond, griffe et grogne 」

トンボがプンプンと怒っているフレーズの部分に、
Rの入った言葉がずらりと並んでいます。
フランスのRは、イタリアの巻き舌とは違い、舌の奥を震わせますが、
私はこの発音が大変苦手です。
10分くらい練習したところで咳込みそうになり、あきらめました。


息子がにやにやしながら寄ってきました。
「ママ、この言葉を言ってみて。"Un réfrigérateur (冷蔵庫)"」


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(我が家のベランダにも青いトンボが。
 娘がパンをあげようとして近づいたので飛んで行ってしまいました。)


気を取り直して、別の歌に変更することにしました。


ちょうど夕立で激しい雨が降ってきたので、ティッシュペーパーで
「てるてる坊主」をつくり、てるてる坊主の歌をうたいました。
にっこりした目と口を描くと、娘はいたく気に入ったようで、
てるてる坊主を手にして、すぐに歌い始めました。

「てるてるぼうしゃん、てるぼうしゃん。」

「てるてるぼうさん」と思い込んでいます。
「ぼうず」の意味がわからないからでしょうか。
何度正しい歌詞で歌ってやっても、「てるてるぼうしゃん」のままです。


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(薔薇フェスティバルでは、バラエティー豊かなリヨン産のバラが紹介されています。)

リサ 6月8日 リヨンにて

ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

今月は、気温30度となり大急ぎで夏服を用意したかと思えば、今度は12度まで
下がって再びコート着用に逆戻り、という具合で、よく分からない気候が続きました。
5月も下旬に入り、ようやくさわやかな初夏の日々を満喫できそうです。

朝市では旬の、いちご、さくらんぼ、アスパラガスが山積みにされています。
いちごは近場で取れたものが人気です。値段がスペイン産のいちごの2倍以上
しても、フランスのいちごは美味しいのでよく売れています。


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(週末の朝市。近所の広場にて)

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(Chaponost (リヨンから15キロほど離れた村)でとれたいちご)

5月は、秋から始まる幼稚園の手続きや地域の総会等、何かと忙しい季節です。

娘が週3回通っている保育園は近所の公民館内にあるのですが、その公民館の
総会出席を促す案内が届きました。
園児の保護者は、自動的に公民館の会員となっているようです。

総会というと、拘束時間が長くてつまらないのが常です。保育所の園長先生に
「出席者が少ないと決議ができないから、きてね」と念押しされ、夫婦でどちらが
行くか揉めてしまいました。

結局、「会の最初だけ参加し、急用があるからといいつつ隣の人に委任状を渡して
帰って来る」という段取りにして、夫が出席することになりました。

ところが、しぶしぶ出て行った夫は一時間たっても戻ってきません。

2時間後、「いや〜楽しかったよ」と言って帰ってきた夫の話によると、
会場のテーブルにはワインとチーズがあり、議題がレストランのメニューのように
書かれていたそうです。

シェフ役の議長が登場し、メニュー内容(議題)を説明したあと、
総会は、「みなさん、この社会センターに必要なものは何でしょう」
という問いかけから始まりました。

「動機」「情熱」「好奇心」など、参加者の意見からいくつかのキーワードを取り出した
ところで、中学生が数名登場。キーワードを使って即興の寸劇を披露してくれたそうです。

おつまみあり、余興ありの総会だったようで、
それなら私が行けば良かったと後悔しました。


Eurovision Song contest 2015

さて、今夜はテレビの前で、ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト2015の
決勝戦を見ています。

歌謡オリンピッックヨーロッパ版といったところでしょうか。
アセルバイジャンやイスラエル、ラトビア、アルバニア、モンテネグロなど、
幅広い範囲の国から参加があります。
私はアセルバイジャンやアルバニアの国旗の模様をこのコンテストで初めて知りました。


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(決勝戦に残っている27国)

過去には、ABBA(アバ)を世に送り出したこのコンテストは、今年で60周年を
迎えました。2015年度は、前年度の優勝者(コンチータ・ヴルスト)の国、
オーストリアのウイーンで開催されています。

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(前年度優勝者、オーストリアのコンチータさんは
女装に顎髭のミスマッチな風貌が印象的)

歌には字幕もなく、訳詞も聴衆に提供されないため、多くの歌手はメッセージの
伝わりやすい英語で歌います。ですが、フランスは母国語で歌うことにとても
こだわりをもっているので、毎回フランスシャンソンです。今までこの大会では
あまりいい成績を残したことがありません。

ところが、今回、フランス代表のリザ・アンジェルの歌唱力は凄いと定評があり、
フランスの人たちは、もしかしたら優勝できるのではと期待しています。
そして彼女がもし優勝すれば2016年度のユーロヴィジョン・ソング・コンテストは
フランスで開催されることになります。

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(「N'oubliez Pas 忘れないで」フランス代表Lisa Angell)


決勝戦に残った27組の演奏者のなかでは、スウェーデンへの評価も高そうです。
又、イタリア彫像のイメージをバックに歌うイタリアの若者3人組も人気があります。


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(「ヒーロー達」スウェーデン代表のモンス・セルメルロー)


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(イタリアのイケメン3人組が熱唱するのは「Grande Amore偉大なる愛」)

現在27組の候補者たちの演奏が終了したところです。
これから視聴者による投票が始まります。
結果がわかるのは深夜で、今回の優勝者の国が、
次回の2016年のコンテスト会場となります。

コンテストの様子と結果はこちらのサイトから見ることができます。
来年はどの国で開催されるのでしょうか。

http://www.eurovision.tv/page/timeline
 

リサ 5月23日 リヨンにて

初夏のフランスにて

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

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(リヨン旧市街での中世祭り)

雨は春の通り過ぎる足音。

雨降り歌はフランスの子供達に人気ですが、このところ連続して週末が雨だったため、
さすがに皆うんざりしています。
4月25日のリヨン旧市街での中世祭りも大雨でした。

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(中世時代の大砲のデモンストレーション。雨なので大砲がなかなか発火せず)


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(雨の中、中世の演劇を熱演する方々)

5月1日のハプニング


 1日の祝日、テレビでは国民戦線党(FN)が、小雨の降るパリ市内を行進する
様子が放映されました。極右である国民戦線がメーデーの日に行進、というのは
ミスマッチな気がするのですが、1988年から国民戦線党は、5月1日を
「ジャンヌ・ダルクを称える日(ジャンヌが1429年フランス軍を勝利に導いたのは
5月8日なのですが)」としてこの行進を続けています。

 「反ユダヤ的発言」を繰り返した挙句、昨日4日にFN党員資格停止を言い渡された、
党創設者で名誉会長のジャンマリ・ルペン氏の姿もありました。
真っ赤なジャケットで、胸ポケットに5月1日のシンボルフラワー鈴蘭を飾って登場。
ジャンヌ・ダルク像に向かって「ジャンヌ、お助けを!」と声を上げ、献花していました。

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昨日、国民戦線(FN)党員資格を停止されることとなった、
同党創設者のジャンマリ・ルペン氏 
(5月4日月曜のメトロ新聞20minutesより。)

 
 ジャンヌ・ダルク像への献花後、オペラ広場では、父ジャンマリ氏との確執が
続いているFN党首、マリーヌ・ルペン氏の演説が執り行われました。
3人のフェメンが、「ハイル ルペン」と体に書いたトップレス姿で、広場向かいの
ベランダに現れ、ファシスト式敬礼で抗議したため、演説が一時中断される騒ぎと
なりました。彼女たちはFN党の警備員に力づくに退去させられました。
その様子はこちらの映像からご覧になれます。
https://www.youtube.com/watch?v=73uCopIeejU


アレルヤ

「リサ、君はイタリアで合唱をやっていたっていうじゃないか.。僕たちのマショー
(Guillaume de Machaut 14世紀のフランスの作曲家)を歌うミサに参加してよ。」
知り合いのフランソワに誘われて、なんとなく始めた日曜7時の教会ミサのコーラス。
 
 歌っているのは14から15世紀の曲ばかり。
フランソワはほとんど楽譜が読めないのに、「このコーラスは今にきっと有名になるぞ。」
と能天気なことを言っています。
あまりに人数が少ないので、4、5人で指揮のマリーさんと一つの譜面台を囲んで
歌っています。

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(私たちの合唱はあまりに少人数なので、
まさにこのイラストのような感じで譜面台を囲んでいます)


「なぜ14世紀の音楽ばかりなのですか」とマリーさんに尋ねたら、
「別に時代にこだわっているわけじゃないの。現代作曲家の曲をやることもあるわ。
私は純粋に教会典礼の為にやりたいから、クラッシック歌手の声を聞かすために
書いたような曲はあまり好きじゃないの。参加したい人は歌が下手でも楽譜が
読めなくても大歓迎なの」、だそう。

 こんなに門戸が開いている合唱なのに、やってくる人は毎回数名。
やはり歌っているレパートリーが渋すぎるのでしょう。中世の音楽が好き、という
近所の高等音楽院の学生がたまーに参加することもあります。

 マリーが14世紀の曲を選んでいるのは、違うミサで歌っている他の合唱団の
選曲と重ならないようにしているのかもしれません。
 
  マリーは、3人のお子さんの母親です(上から18歳、8歳、1歳の3姉妹)。
ミサの間は一番上のお姉ちゃんが妹たちを子守。
一緒に歌っている旦那様のピエールが楽譜を用意しています。

 ミサの一時間前に集まってその日のミサ用の曲を練習なので、
うまく仕上がらないこともあり、マリーとピエールの夫婦喧嘩も時々。
長女が子守できない日は、マリーさんは一番下のサラちゃんを連れ、
ぐずると片手で抱っこしてもう一方の手で指揮しています。

 ミサには結構人がやってきます。ライブ演奏なので毎回ヒヤヒヤしていますが、
歌っている場所は皆から見えない教会の隅っこで、音響の非常に良い教会なので、
誰かが途中で音を間違ってもぼやかされてなんとかなっています。


 さて、先日歌った曲は、各声部の最後にアレルヤの連呼があり、マリーさんが、
「このアレルヤの部分の曲想がどうもよくわからないわ。」とおっしゃっていました。

 この時代の音楽に造形の深そうな音楽学生さんが、
「この時代には、アレルヤの表現(讃美と喜び)は今とは違って、もっと厳格に
歌っていたそうですよ。」と助言してくれましたが、今回も時間のない私たちは
曲想を追求する間もないまま慌ただしくミサに。

 ミサも終盤にさしかかった頃、さっきまでお利口に座っていたサラがぐずりはじめ、
よちよち歩きでママの方へ。
例のアレルヤ入りの曲は、マリーがサラを抱っこしたまま始まりました。

 アレルヤ連呼の部分にさしかかった時、私たちの歌に合わせて、
もう一つの可愛い声が。


「あーえーやー」


 サラです。まだ言葉はしゃべれませんが、母親の腕の中で、確かに「アレルヤ」と
歌おうとしています。まるで、心が歌になって自然に溢れ出たようです。
歌っていた私たち、一緒にいたグレゴリア聖歌担当の神父様、
皆の視線は一斉に母に抱かれたサラの方へ。

 外は小雨、そろそろ日没のはずですが、辺りが一瞬明るくなりました。
初夏の沈み行く太陽が教会のステンドグラスから彼女の方に差し込んできたのです。
静かな至福に皆が心を委ねて曲は続きます。

 
「アレルヤ」はあなたのように歌うのね。ありがとう、サラ。


リサ 5月5日 リヨンにて 


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(5月1日は初夏の始まり。鈴蘭の花を贈ります)

マルメから

にんげんクラブの皆様、こんにちは。

今、フランスの学校は春休みです。
夫の出身地、スウェーデンのマルメ(Malmö)に来ました。
桜が美しく咲き、海際の街なのでカモメの鳴き声が聞こえます。
春とはいえ気温は10度前後、肌寒い風が時折ビューっと吹いてきます。


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4年前に我が家はマルメ市民の為のバカンスの家を購入しました。
 
市民向けバカンス村内にあり、4月から10月までしか水道水が供給されない
というのは不便ですが、この市民用バカンスハウスには特別価格が設定されて
います。自家用車よりも安い掘り出し物件もありますので、手の届かない庭付き
一戸建てを夢見ている人には大変魅力的です。

土地はマルメ市の所有で年額300ユーロ(約3万8千円)の賃貸料が必要です。
バカンスハウスは市民しか購入できません.

知人がこの家を売りに出した時、夫がちょうど仕事でマルメに住民登録していた
為、購入することができました。アイルランド生活を終えた夫の長女も故郷マルメ
に戻ってきており、私たちが不在の間、家の管理をしてくれています。


市民のバカンス村

スウェーデンでは、市民用バカンスハウスが集まったバカンス村が各都市に
存在します。私たちのバカンス村は、マルメ市内から自転車で20分ほど。
バカンス村内は車の進入も制限されています。

マルメ1.jpg
(バカンス村は車の進入が制限されている)

 
「市内から自転車で20分のところに、なぜバカンス村を ?」、と思うのですが、
週末ごとにバカンスハウスに通って、庭を手入れするのが市民の生きがいなの
で、都心から近い方が実は便利なのです。
 
バカンス村は美しく保たれていないといけません。夏場に庭の手入れを怠ると、
バカンス村自治体から「お宅の庭、草が伸びすぎてはいませんか」とチェックの
通知がきます。

家のサイズは、簡素なプチ小屋タイプのものから、40㎡の本格的な家まであり
ますが、平家で建増しはできません。敷地は大抵100〜200㎡近くあり、庭で
子供を遊ばせながら、菜園や園芸に勤しむにはうってつけです。

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(バカンスハウスは、山小屋タイプのものが多い)

去年庭のジャガイモがうまく育ったので、今年は畑の面積を増やすことにしました。
今野菜を植えれば、この夏に収穫できるはずです。畑は菜園栽培が好きな長女が
取り仕切っています。

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(畑の面積をふやすことに)

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(ジャガイモとイチゴ、カボチャを植えることにしました)

この家は、フランスに暮らしている私たちが、スウェーデン滞在中に家族で過ごす
場所です。庭に野うさぎが出現したり、潅木の枯れ葉に埋もれてハリネズミが冬眠
していたりと、かわいらしいお客様の訪問もあります。


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(野うさぎの訪問)

長女がアイルランドから連れてきた婚約者の誕生パーティー
(お披露目パーティーといったところでしょうか)も、ここで開催しました。


Studentenストゥデンテン

さて、街中では4月に入ると、「もうすぐSTUDENTEN」と書いたポスターが
あちこちに見られます。

スウェーデンでは、6月の高校・高専卒業が巣立ちの時。
「STUDENTENストゥデンテン」と呼ばれるこの卒業イベントでは、男の子は
スーツと帽子、女の子は白いワンピースと帽子という服装で、校舎の窓から
親族に手を振ります。家族はその子の幼少期の写真を大きく貼ったプラカードを
もって集まり、卒業式の後は盛大なパーティーが開かれます。


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(ストゥデンテンの時にかぶる帽子がデザインされたポスター)

高校卒業後、そのまま大学に進学するという慣習はありません。多くの若者は、
自活しながら人生のモラトリアムを経験します。興味のある分野でアルバイトと
して働いてみたり、海外で視野を広げたり、人それぞれです。

そして、自分のやりたいことがはっきりした時、初めて大学という選択肢が浮上
します。こちらの大学は実質無料ですが、学生は、アパート代と生活費を稼ぐ為に
アルバイトをしたり、奨学金を利用したりしています。

絵の得意な長女は、高校時代はゲーム関連のデザイナーを目指すと言っていまし
たが、アイルランド生活を終えて、自分の生まれ育った場所で生きていきたいという
思いを強くしたようです。現在は教師を目指してマルメの隣町にあるルンド大学で、
歴史とスウェーデン語教育を選考しています。

地元の『Vegachoir』という女声合唱グループにも所属していて、先日の日本公演
から帰ってきたところです。次は南アフリカ公演だそうです。


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(日本公演では小田原少年少女合唱隊と共演し着物を着せてもらいました)


コペンハーゲン


私たちの滞在中、デンマーク女王の75歳を祝う式典がコペンハーゲンで開催され、
マルメでもテレビ放映されました。


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(国民的人気の高いデンマーク女王。
 女性の王位継承権は彼女が13歳の時に認められた)

マルメからコペンハーゲンまでは列車で20分。マルメから列車でコペンハーゲンに
仕事通いする人たちも多くいます。スウェーデンの首都ストックホルムよりも、隣国
の首都コペンハーゲンのほうが、距離的にも気分的にもずっと近いという印象を
受けます。

春休みも残すところあと5日、あさってにはリヨンに戻ります。
あと2週間ほどでスウェーデンは一気に暖かくなり、辺り一面、鮮やかな緑に
包まれることでしょう。
畑の野菜が無事育ち、この夏、収穫の様子を皆様にご報告できることを
期待しつつ。

リサ 4月21日 マルメにて


第11回 トップ・シェフ


にんげんクラブの皆様、こんにちは。

黒ずくめのファッションに黒いマスカラ、この人の職業は何でしょう。


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 この方は、若手料理人勝ち抜き番組『トップ・シェフ 2015 』の準決勝進出を
決めた料理人、オリヴィエ(Olivier 38才)です。
 厨房では白いコック服に着替えますが、髪型と独特の黒いマスカラはそのままです。


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(オリヴィエは料理のなかに、芸術と哲学を見出しているのだそう。
右は審査員のエレンさん)


 審査員の一人、エレン(Hélène Darroze)は、オリヴィエについて、
「私の30年の料理人生で、このような風貌の料理人に出会ったことはありません。
ただ、確信して言えることは、彼は相当な技量の持ち主ということ。
ルックスとは裏腹に、彼の料理はカラフルで軽やか、風味にあふれている」と語り、
そのセンスを絶賛しています。


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(オリヴィエさんの作ったデザート。確かにカラフル。
シナモンやジンジャーの他に多数のスパイスが盛り込まれ、審査員に
「その組み合わせはぶつかるのでは」と心配されたにもかかわらず、
その仕上がりは絶妙)

 セミフィナーレに進出したのは、前述のオリヴィエと、
若干19歳にして料理の天才と呼ばれるクサヴィエ(Xavier)、
右腕のタトゥーがワイルドな23歳のケヴィン(Kevin)、の3人です。
 リヨン出身でポール・ボキューズに学んだフロリアン(Florian)は、
先週惜しくも退敗してしまいました。

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(向かって左から、ケヴィン、クサヴィエ、フロリアン、オリヴィエ)

 『トップ・シェフ』の審査方法は、制限時間内にテーマに沿った料理を作り、
ベテランシェフが審査するという方式ですが、審査員が子供たちのこともあります。
 
 食材は、普段子供たちが苦手であまり喜んで食べないもの(野菜や魚)が
提示されますから、子供たちの興味をそそるよう、候補者たちはいろいろと
工夫を凝らします。コロッケにしたり、ハンバーガー風にしてみたり、
苺と組み合わせてデザートにしてみたり。

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(野菜や魚は苦手な子供たち。
彼らの興味をそそる料理をつくるのはなかなか難しい)


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(真ダラのレモン風味コロッケをヨーグルトディップにつけて食べる)


ASAFUMI YAMASHITA 『野菜とコミュニケーション』


 昨年度の『トップ・シェフ 2014』では、審査員として、パリ郊外で農園を営む日本人、
山下浅史氏が登場しました。若きシェフたちは、は山下さんの菜園で、
彼の野菜を使って料理します。

 司会者が候補者に、「ASAFUMIは卓越した園芸農業家であり、数多くのシェフが
彼の野菜を切望します。ただ、出荷できる野菜、果物は、毎日ほんのわずかです。
ですので、彼は自らが選んだシェフとしか取引しません。」と山下氏を紹介した後、
彼の野菜を重用する三ツ星シェフ、ピエール・ガニェール(Pierre Gagnaire)氏が
もう一人の審査員として登場しました。


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(司会者の質問に答える山下氏(写真左)と、
彼の野菜に絶対の信頼をおく、シェフのピエール・ガニェール(写真右))


 毎朝、野菜ひとつひとつの根元を丹念に見て回る。手塩にかけて育てた野菜は
娘同様だそう。メロンは年間6個しか生産できません。
山下さんは、「私にとって大切なのは料理人の人柄」と語り、若きシェフたちへ
期待することは、「野菜とコミュニケーションを取ること」でした。


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(調理会場は山下さんの菜園。
「野菜とコミュニケーション」と言われ、少々戸惑い気味の若いシェフたち)


 候補者の一人が、山下さんの大切に育てた蕪を真ん中の部分だけ「ぐさっ」と
無造作にくり抜いた時は、「心が痛む」山下さんの表情がアップで映し出されました。
このシーンは、こちらの動画から見ることができます。
(はじめに広告場面が数秒ありますが、少し待つと動画が始まります)


 毎日丹精込めて、ひとつひとつの野菜と対話しながら育てていらっしゃる山下さん。
野菜、果物への愛情をとつとつと語る口調からは、この方の誠実なお人柄と
強い信念が感じられました。


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(山下さんがパリ近郊の菜園で育てた日本の蕪)

ハッピーイースター


さて、今日は復活祭明けの月曜日。休日です。
夜9時から『トップ・シェフ』のセミフィナーレです。
3人のうちの一人が脱落し、残る2人が決勝戦へと進みますが、
ここまでくるともう誰が勝ち進んでもおかしくありません。

この番組の抜粋編や、シェフのレシピはこのサイトから見ることができます。


色鮮やかな料理が目白押しです。

では、また。Joyeuses Pâques (Happy Easter)!

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第10回 音のメッセージ 

 にんげんクラブの皆様、こんにちは。

 カトリックの暦では日曜の復活祭まであと一週間となりました。
今週はキリストの受難の週です。

 受難の週は、イエスのエルサレム入城を記念する「ラモー(枝)の日曜日 」に
始まり、木曜の「最後の晩餐」、金曜の「受難」、土曜の「葬られたイエス」から
深夜の「復活」へと続きます。


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復活祭一週間前の日曜日に売られるラモーと呼ばれる枝
(枝の種類は地方により異なる) は、キリストのエルサレム
入城のときに群衆がナツメヤシの枝を持って迎えたことに
由来するそうです。 

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復活祭のチョコレート(卵、鶏、うさぎ、魚の形) 


  
 復活祭前は、教会のイエス像が布に覆われ、パイプオルガンの音は聞かれ
なくなります。土曜深夜のミサでイエス様の復活が宣言された瞬間、オルガンの
華々しい音が再び教会に響き渡ります。

パイプオルガン

 オルガンは、中世のころに教会の楽器として演奏されるようになったそうです。
現存する古い楽器では、場所や時代によってピッチにずいぶん差
(A=380Hz〜500Hz)があります。
 
 鍵盤を押すことで、パイプに空気を流す弁をあけて音を出す仕組みになって
います。大きなオルガンだとパイプも長く、かなりの重低音がでます。ストップと
いうレバーを引いて、一つの鍵盤で違うピッチの音を同時に出したり、音色を
組み合わせたりします。

 演奏中は、両手の鍵盤と両足のペダルに加え、音色を変えるストップの出し
入れ作業があるので、オルガン奏者は猫の手も借りたいくらい忙しいのでは
ないでしょうか。


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スウェーデンマルメ市の芸術博物館に保存されている、
まだ演奏可能な最古のオルガンの一つ(16世紀製作)。
楽器を管理している方がオルガンを習っている長男に
演奏許可を下さいました。
現在のオルガンよりもピッチが一音程高く聞こえます。

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これは、演奏者の座る鍵盤側。
左右にたくさんついているストップと呼ばれる
レバーを引くと、音色を変えられる。 

 パイプオルガンは大抵の場合、教会入り口上方に設置されており、奏者の
姿は聴衆からは見えません。聴衆の座る長椅子は、ミサのため祭壇の方に
向いているので、オルガンの音は背後から聞こえてくることになります 。

息子が初めて習った楽器はオルガンです。

もともとパーカッションをやりたかったのですが、音楽学校で「もう定員オーバー
です。オルガン、ハープ、ファゴットならまだ空きがあります」と言われ、彼は
オルガンを選びました。

教会の大きなパイプオルガンに案内され、そこにちょこんと座った当時8歳の
息子は、とても小さく見えました。

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オルガンは大抵、教会上部に設置されているため演奏者が見えない。
(オルガン修復記念コンサートのあったArbresleという小さな街の教会)


 教会のオルガン奏者は、必ずしもキリスト教徒である必要はありませんし、
教会のミサは信者でなくとも参列できます。司祭様の祝福の際には、カトリック
教徒でないことを示すサイン(腕を胸の前にクロスする)をすれば、聖体である
パンは食べずに、祝福だけを受けることができます。
 
 息子が10歳の時、オルガンの先生のお手伝いでミサの譜めくりをしたのです
が、どうしてもあのパンが味見したい、と言い出して困りました。ご聖体のパンは
信者でなければ食べられません。


オルガンの響き

 息子が練習している、フランスの20、21世紀の作曲家の作品を聴いていると、
時折、神社で鳴っている笙を連想させる響きが聞こえてきます。

 高音部の音をいくつか重ねて保持した響きなのですが、不協和音が空間で
融合され、永遠を感じさせます。
 
 オルガンも笙も「菅に空気を流して複数の音を鳴らす」という点で似ている
からでしょうか。笙の方が息を直接吹き込むので表現が繊細でしょう。
オルガンは大きなフイゴでパイプに空気を送ります。

 Olivier Messiaen オリヴィエ・メシアン(1908-1992) 作曲の『主の降誕』
曲集4番目『御言葉』の冒頭は、オルガンの荘厳な重低音と、重ねた音を
保持した笙のような響きが一緒に使われています。
https://www.youtube.com/watch?v=CqGv9_tvzck

  39歳の若さで亡くなった、 Jean Alain ジャン・アラン(1911-1940) の
オルガン作品は、フランスで人気があり、よく演奏されています。
『Le jardin suspendu(空中庭園)』という曲はとても神秘的です。
https://www.youtube.com/watch?v=fQiS_iA6UuE

 パイプオルガンの音を聞くと実際に教会にいなくても、教会の雰囲気が
伝わってくるような気がします。
笙の音を聞くと清められた神社の空間をイメージするのに似ています。


 
 
教会旋法

 オルガン曲のプログラムには、『プレリュードとフーガ ・ト短調』といったような
調性(短調・長調)音楽の他に、トン(Ton) とかモード(Mode) という表記がよく
見られます。『ドリアン《Mode》によるカノン』とか、『教会の全ての《Ton》による
100の作品集』といった具合にです。
 
『Ton』は、直訳すると『音』ですが、これは、メロディーの進行にある特徴を
もった音列のことだそうです。『8つのトン』とか『6つのトンと12のモード』と
して昔の楽理書には紹介されているようですが、グレゴリア聖歌に使われて
いる教会旋法といえば、イメージが湧くと思います。
 
 教会旋法を使ったオルガン曲は中世から現在に至るまで盛んに作曲されて
います。このことは、ヨーロッパでは調性音楽が興隆するよりも随分前に、教会
旋法に基づいた音楽が存在し、現在に至るまでずっと受け継がれてきていたと
いうことを示しています。
 
 フランス人の多くは家族で教会に通いますから、子供達はカトリックミサの
グレゴリア聖歌を何気なく耳にしています。まず司祭様が詠唱して、その続きを
皆で斉唱します。CDで聴かれるようなプロの人たちが歌うグレゴリア聖歌では
ありませんが、教会の音響のおかげでとても厳かに聞こえます。
 
 ミサに来た人々に配られる典礼文のテキストの入ったパンフレットには、
グレゴリア聖歌の楽譜がネウマ譜で掲載されています。

楽譜.png
 ネウマ譜
先週のミサで歌われたグレゴリア聖歌(Vexilla Regis ) 

 

クリュニー修道院

 フランスのブルゴーニュ地方にあるクリュニーという小さな町の修道院には、
10世紀末の柱頭が保存されており、そこには八つの教会旋法についての
表記があるそうです。知人にその写真を見せてもらったことがありますが、
各旋法の示す意味がラテン語で綴られ、そのシンボルとなる楽器をもった
人物が彫刻されています。
 
 第一旋法のところには、リュートのような楽器を抱えた人物がいます。
第一旋法は、他の全ての旋法を統括しているのだそうです。

 第三旋法は小型のハープを抱えた神話のアポロのような人物が彫られ、
ラテン語で「TERTIUS IMPINGIT CHRISTUMQUE RESURGERE FINGIT」と
いう文章が刻まれています。この旋法はキリストの復活を示すものだそうです。

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 クリュニー修道院博物館に保存されている柱頭(Wikipediaより)
教会旋法についてその性格とシンボルが彫刻されている。
(写真は第3旋法)

 
 クリュニーは、リヨンから車から一時間ほどです。
実際に訪れて、この柱頭を見てみたいと思っています。

リサ 3月29日 リヨンにて



追記
 今、スウェーデンのルンド大学に通う夫の長女が日本に行っています。
ヴェガ・クワイア(http://vegachoir.com)というポップスとスウェーデンの歌を
アレンジして歌う女声合唱団に所属しているのですが、最近Youtubeで人気
だそうで、初来日が実現しました。

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 4月1日は午前11時よりフォーラム男女共同参画センター横浜にて、
4月2日は小田原市民会館ホールにて(小田原少年少女合唱団と共演)
18時より、どちらも入場無料、予約なしの先着順300名です。

共演する小田原少年少女合唱隊のホームページ

 スウェーデンの人は合唱が大好きで、どんな曲でも合唱曲にアレンジできて
しまうようです。


第9回 春のベランダにて

 にんげんクラブの皆様、こんにちは。

 3月に入り暖かい日が増えてきたので、夫がベランダ用に鉢植えの花を買って
きました。これは我が家のベランダの写真なのですが、日本人の方は私と同じ
ことを思うかもしれません。

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(我が家のベランダ)

 
 そう、写真右上の鉢植えの並んだ棚と、左側ベランダ柵にとりつけられた
ハンギングバスケットです。
 
 棚は、夫がイケアで板を買ってきて壁にとりつけたものなのですが、得意げな
夫を前に私の一言は「鉢植え、落っこちないかしら」でした。

 「棚は大人がぶら下がったって取れたりしないよ。水平にしっかりと固定してある
から大丈夫」と夫に言われたものの、私が腑に落ちないのは、『板が水平かどうか』
とか『板が鉢を支えきれないかもしれない』ということではなく、『揺れた時に鉢が
滑り落ちるのでは』という点なのです。
 
 そもそもスウエーデン育ちの夫には、「地震が来るかも」という発想がまったく
ありません。フランスでも地震は極めて少ないので、地震対策など念頭にない
のは当然かもしれません。
 
 この棚の高さが、私には目線より上で夫には胸の位置、というのも危険認識の
差につながっている気がします。 ここはフランスですし、私の取り越し苦労かも
しれません。
ですが、やはりなんとなく不安なので子供は棚の下の椅子には座らせていません。
夫は、棚はシンプルにしておきたいから囲いをつけたくなさそうですし、
鉢そのものを何かで固定することも必要無いと(鉢は絶対落ちないと)思っているので、
それ以上は言っていませんが、もし日本に住んでいたら鉢を固定するよう強く
お願いしていたところです。
 
 プランターを入れるハンギングバスケットがベランダ外側にかけられていることも、
日本では「揺れた時に落ちたりしないだろうか」と考えるのではないでしょうか
(我が家はアパート2階)。

 ヨーロッパでは、風の強い日や水遣りのときにはハンギングバスケットを柵の
内側にかけますが、天気の良い日は太陽の良く当たる外側にかけるのが
一般的です。
 
 ちなみに、私の妹はこの写真を見て、「花の鉢がかなり上の方にあるから、
ちょっと怖いなぁ。でも地震がないから平気かな」とコメントしました。
彼女は阪神大震災のときに神戸に住んでいましたから、
地震の怖さを身にしみて体験しています。

東日本大震災から4年

福島の震災から4年が経った3月11日、リヨンのメトロ新聞には、
福島県いわき市の慰霊碑の写真と記事が掲載されました。


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リヨンのメトロ新聞(3月11日)
(写真は福島県いわき市。震災で亡くなった方々の慰霊碑)

 記事のタイトルは、『日本はページをめくりたい』で、その内容は、
 
 「福島の震災から4年が経った今もなお、6千人の作業員が福島第一原発の解体
作業に当たっている。処理を全て終えるには30から40年を要するかもしれない。
汚染水の管理の問題もある。避難対象地区約9万人の住民がまだ戻ることが
できずにいる。」
 
 「日本政府は2020年の東京オリンピックが、新時代幕開けのシンボルと
なるように望んでいる。
戦後20年足らずで開催された1964年の東京オリンピックのときのように。」
 
 「日本を訪れる外国人旅行客は、2014年には1341万人。
原発事故に見舞われた2011年の2倍以上となっており、
2020年の東京オリンピックでは2千万人の外国人観光客を見込んでいる。」

といったようなものでした。

 
 福島第一原発の解体廃炉に携わる方々、被災地で復興作業にあたっている
方々には頭が下がる思いです。

 まずは、住み慣れた土地に戻れず困難な生活を強いられている方々が、
本来の生活に戻れるようになるのが大切だと思います。
 
 東京オリンピックまでに『復興した日本』となっているのでしょうか。
 
 この記事を読んでいると復興までの道のりはまだまだ長そうで、あと5年の間に
それを成し遂げる具体案などは書かれていないのが気になります。
外国の記事なので、詳しく書かなかっただけでしょうか。
 
 国を挙げてのオリンピックは、大勢の人々の多大な尽力が必要とされます。
開催準備が被災地の方々にとってプレッシャーとならないように、
そして1日も早く日常生活を取り戻すことで震災の痛みを癒し、
オリンピックの日を希望とともに迎えられることを願っています。

リサ 3月14日 リヨンにて


第8回 ミラノ旅行とカーニバル(カルネヴァーレ)


 にんげんクラブの皆様、こんにちは。リヨンは久しぶりの晴天で、近所の商店の
人たちが通りの陽だまりで立ち話しをしています。花屋さんの前で娘が色とりどり
の花を熱心に見ていたら、若い店員さんがガーベラを一本プレゼントしてくれまし
た。最近電話ごっこに凝っている2歳の娘は、その花を耳にあてて「はい、もしもし」。


 
 先週、ミラノ郊外の友人宅を訪問し、ドゥオーモ広場で開催されたカルネヴァーレ
(謝肉祭)に行ってきました。

 リヨンからミラノまでは、車で約4〜5時間かかります。フランスの国境を超えて
イタリアに入ったところで、高速道路沿いのバール(カフェ)に寄ってひと休みする
こととなりました。

 バールでカップッチーノを注文していると、見知らぬイタリア人女性が娘を見て、
「何て素敵な女の子かしら。私の家に連れて帰ってしまいたいくらい。隣はお兄
ちゃん? 年が離れていると、子育てを一から再体験できるわね。人生をもう一度
生き直しているみたいで幸せね。」と話しかけてきました。イタリアでは、幼い子供
の周りにまるで磁石に引きよせられたように人が集まってきます。


 まだミラノで暮らしていた10年前、店の前を通る度に幼い息子の手にビスケット
を握らせてくれた近所のお菓子屋さんのこと、寒い日に子供に毛糸の帽子をかぶ
せずに外出したら、知らないおじさんから「頭から風邪をひく」と注意されたこと、
などをふと思い出しました。

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子供を見たら話しかけずにはいられないイタリア人
(ミラノのカルネヴァーレにて)


イタリアに住むエクアドル人ファミリー


 ミラノ郊外に住んでいる 友人一家は、イタリア人ではありません。ご夫婦は
エクアドルから移住して20年です。幼稚園でうちの息子がご夫婦の御長男
(ジョズくん)と仲良くなったのをきっかけに家族ぐるみの交流が始まりました。
かれこれもう11年のおつきあいです。
 
 ジョズくんのお父さんは運送会社を経営していますが、「購入したばかりの
トラックが盗まれた」「取引先からの支払いが大幅に遅れるらしい」等、イタリア
での生活はトラブルの連続です。滞在許可証更新は審査が厳しく(というよりは、
お役所の仕事の手際があきれるほど悪い)、許可証が出来上がるのにいつも
一年待ちで、奥さんもイタリア生活に完全に疲れ切っていました。

 
 近年イタリアの景気が非常に悪くなっていたこともあり、エクアドルに引き揚げ
ようか、という話も出たのですが、いざ帰国となると、イタリアで生まれ育った子
供たちが不安がったそうです。3人の子供たちはエクアドル国籍ですが、おばあ
ちゃんと電話で話すくらいしかエクアドルとは繋がりがありません。奥さんも20
年ぶりの祖国に馴染めるのか心配になり、結局ご家族は帰国をとりやめました。
息子は友達のジョズくんがまだイタリアにいられることになって喜んでいます。


 ジョズくんはこのままイタリアに住めば、義務教育終了後イタリア国籍を取得
することができ、そうするとご両親もイタリア国籍を申請できるようになります。
ご家族は20年間イタリアで辛抱強く生活し続けてきたのだから、国籍申請が
早くできるといいな、と私は願っています。

 
 息子とジョズくんは、息子がフランスに引っ越してからは1、2年に1度くらいしか
会っていません。「きっとお互い成長したら、幼い時のように仲良くはしないかも」
と思うのですが、会うと今までの離れた時間がなかったかのように仲良くなります。
よっぽど気があうのでしょう。娘にとっても、この家族と過ごした2日間は、一気に
お兄ちゃんとお姉ちゃんが増えたようでとても上機嫌でした。


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急に兄弟が増えたような環境になり喜ぶ子供たち


 娘の髪が伸びてきたので、そろそろ前髪を切って短くしようと思っていたのですが
「女の子の髪の毛は切っちゃダメ」とジョズくんのお母さんに言われてしまいました。
長い髪のまとめ方を、実際に娘の髪を結って教えてくれました。「もう2歳だからそ
ろそろ金のピアスをしたらどうかしら」というアドバイスもしてくれましたが、さすがに
ピアスはちょっと・・・。エクアドルでは女の子は幼い時から耳にピアスをするようです。

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髪をアレンジしてもらっているところ


 
 午後にはエクアドルのカカオで作ったホットチョコレートを振舞ってくれました。
現地のカカオから手作りしたものを送ってもらったそうで、格別に美味しかったです。


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エクアドルのカカオで作った絶品のホットチョコレート


アンブロジアーノカレンダー


 さて、肝心のドゥオーモ広場のカルネヴァーレは、雨天により予定されていた
パレードが取りやめとなってしまいました。小雨になった午後に広場に行ってみ
ると、例年ほどの人出はなかったものの、仮装した人々が集まっています。
有名なベネチアのカルネヴァーレでは仮面舞踏会のように美しい衣装に包まれ
た人々が街を歩いていますが、ミラノは、どちらかというと子供の仮装大会という
感じです。


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小雨の降るドゥオーモ広場


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紙吹雪を撒く子供たち

 
 ミラノのカルネヴァーレは、イタリアの他の地方のカーニバルの時期より一週
間ほど遅く開催されます。それは、ミラノのカトリック行事がローマ典礼の暦では
なく、ミラノの守護聖人アンブロージョにまつわるアンブロジアーノカレンダーに
沿っているからです。ここでは、教会のミサや結婚式もアンブロジアーノ典礼に
則って行われることが多いのです。以前、そのことをよく知らなかった私は、教会
の結婚式でアンブロジアーノ典礼では使用されない曲を演奏してしまい、司祭様
に「うちの教会ではその曲は使わないんですよ」と注意されてしまいました。


 ミラノからリヨンへ向かう帰り道、カーニバルの時期に食べるお菓子を買いまし
た。この砂糖をまぶした揚げ菓子はミラノでは「キャッケレChiacchere (お喋り)」
トリノの方では「ブジーエGugie (嘘)」と呼ばれています。リヨンでもカーニバルの
時期によく似たお菓子が「ビューニュBugne」という名前で売られています。

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仮装した人にスプレーをかけられないよう注意


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ドゥオーモ広場横のガレリア内


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カーニバルの時期に食べるお菓子

                    リサ 3月2日 リヨンにて

第7回 Le Petit Journal

にんげんクラブの皆様こんにちは。

リヨンでは冬のインフルエンザが猛威をふるっています。
我が家でも娘が流行性の胃腸炎にかかってしまいました。
 
今日はネットから視聴できるフランスのテレビ番組をご紹介します。
『Le Petit Journal 』という番組は放映後インターネットから無料配信されるので、
日本でも見ることができるのではないでしょうか。
『Le Petit Journal』は ワイドショー風の番組で、今フランス人に関心のある話題が
何かを知るのに参考になるでしょう。

もう少し本格的にフランスや世界事情に切り込んだ番組が見たい場合は
『ARTE28』というのがあり、これもネットから見ることができます。
私はこちらの方が良いと思いますが、討論が多いので言葉がわからないと
つまらないかもしれません。

Le Petit Journalサイト
http://www.canalplus.fr/c-divertissement/pid6378-c-le-petit-journal.html

Arte28サイト
http://28minutes.arte.tv/revoir/


本日は、先日東京でのインタビューが放映された、『Le Petit Journal』から、
過去一ヶ月に放映されたプログラムの幾つかをご紹介します。

イスラム過激派邦人拘束に関する東京街頭インタビューと『MEIWAKU』
(2月10日放送)

イスラム過激派による邦人人質事件に動揺する日本でのインタビュー(東京)が
ありました。このプログラムは当初、撮影後にボツとされていたようです。事件が
最悪の結果に終わってから10日以上経過した今、5分間程この街頭
インタビューが放映されました。


「こういうことは遠い国の出来事だと思っていたのに、日本人が巻き込まれ、
驚きと共に恐怖を感じた」というコメント、そして「捕虜となった2人の行動は
危険であり、今こうやって日本国民を巻き込んでしまったのだから、めいわくだ」と
言う意見もありました。番組では『MEIWAKU』という言葉に説明が添えられ、
日本人的な見解だと捉えられたようです。


インタビューの多くは若者にマイクが向けられており、「自己の責任である」
「めいわく」といった発言が多く聞かれる結果となりました。街頭インタビューなので、
たまたまそこを通った人にマイクを向けたのでしょうが、もう少し対象年齢に幅を
もたせれば「めいわく」だけではなくもっと違った意見も聞かれたのでは、と思いました。

実際、日本では多くの人が被害者やその家族を心配し、解放を求めるメッセージを
発信していましたが、そういった声がこのインタビューでほとんど聞かれなかったことは
残念でした。
 
さらに、番組はTBSを取材。
「なぜ日本人はヨーロッパのニュースにあまり関心がないのか」という質問に
レポーターの金平氏が、「シャルリ・エブドの時もそうでしたが、日本と欧米の文化が
あまりに違うため、ヨーロッパの出来事が日本人にはわかりにくい。
結果として関心も薄くなるのだろう」と答えていました。

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(「MEIWAKU」という言葉の説明がなされました)


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(「なぜ日本人はヨーロッパのニュースに関心が薄いのか」という質問に答える金平氏)

 

シリアのコバネ取材(2月2日放送)

先日はISから解放されたばかりの、シリアのコバネ取材があり、
戦争の生傷の癒えない街で暮らす家族、街を守ることに使命を燃やす
クルド人若者へのインタビューなどが報道されました。

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(シリアのコバネ)

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(銃を持ち警備に当たるクルド人女性へのインタビュー)
  「君は17歳、イスラム国との戦いは怖くないの?」


FOXニュースへ抗議(1月16日放送)

パリ連続テロ事件後にFOXニュースが「パリには イスラミストの占領下となった
『NO GO ZONE』が数箇所あり、警察によって一般市民の進入が禁止されている」
という全く根拠のない報道をしたことに対して、抗議の特集が組まれていました。
コントのコーナーではFoxの記者に扮した2人が、パリの街のどこにでもある
クスクス料理店や中東系のスーパーマーケットなどの前で、
「見ろ、イスラミストの店だ‼︎」「パリは世界で一番危険な街だ‼︎」と
FOX報道のパロディーを繰り広げました。

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「見ろ、ジョン、イスラミストの店だ」


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(クスクス料理のレストランもFOXパロディーではイスラミストの店に)


欧州議会議長イタリア訪問(1月15日放送)

欧州議会議長のマルティン・シュルツ氏を招いての回は、
彼のイタリア首相との会見の一コマも放映され、微笑ましかったです。

というのも、レンツィ首相、シュルツ氏との面会時間にかなり遅刻したにもかかわらず、
イタリア女性グループに気を取られ「イタリア女性の皆さんと写真だって?」と
シュルツ議長への挨拶もそここそに女性陣の方へ直行。
「マルティン、君も来いよ」とシュルツ氏を誘い、結局最後には皆で仲良く
カメラに収まっていました。

肝心のお仕事の方は、レンツィ首相、マルティンさんの演説は退屈だったのか、
あくびしつつ携帯をいじっておりました。


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(最後は仲良く「ハイ、ポーズ」)


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(肝心のシュルツ議長の演説には退屈そうなレンツィ首相)


リサ 2月15日 リヨンにて


第6回 異文化に生きる

 何語が一番得意なの?

 2月5日の演説でオランド大統領は、幼稚園からのフランス語学習について
言及しました。先の教育改革でも、小学校低学年ではフランス語習得評価が
重視されると発表されたばかりです。
 
 移民の多いフランスにおいて、フランス語習得は子供たちが社会に溶け込む
必要不可欠な要素と考えられています。2つ、または3つのオリジン(ルーツ)を
持つ子供達にとって、祖国、そして自分の言語とは何なのでしょうか。彼らの
心理は、日本人の両親を持ち日本で生まれ育った私には、到底理解できない
ように思います。


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(あなたのルーツは?)


 我が家を訪ねて来てくれる人たちが、息子によくする質問は
「何語が一番得意なの?」です。息子は、コミュニケーションの手段として、
イタリア語、フランス語、スウェーデン語、日本語を使いますが、「正直な
ところどれも自分の言語ではないのでは」という漠然とした気持ちを
抱いているようです。

 知り合いのピアニストが、「モーツァルトが、同じようなことを言っていた
らしいよ。幼い時から旅することの多かった彼は、母国語のドイツ語の
他にコミュニケーション手段として多くの言語を話せたけど、自分の言語と
いえるものは特になかったらしい」と話してくれましたが、どの言語もきっと
完璧だった天才モーツァルトとは違い、息子の場合はどの言語も不完全
なのでは、と私は少々心配なのです。


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(あなたは誰?)

 
あなたの祖国は?

 日本人の私は、ヨーロッパに於いて日々異文化に接しています。
夫もフランスに暮らすスウェーデン人で、やはり異なる文化を肌で感じて
います。
子供達はどうでしょうか。2歳の娘はこのままずっとフランスで育てば、
フランス人としての感覚を身につけるでしょう。

 息子は、6歳までイタリアで育ちましたが、ご近所が「イタリアで生まれたの
だから君はイタリア人だな」と口を揃えていうものですから、幼少期はずっと
イタリア人だと思っていたようです。本当はフランスと違って、イタリアで生ま
れても両親が外人であればイタリア国籍にはならないのですけれど。

 幼稚園で同級生に中国人かと問われ(息子は黒目黒髪)、家に帰ってきて
から私に「僕って中国人だったの?」と尋ねました。
「日本人とスウェーデン人に決まってるじゃないの」と私は答えましたが、
そのときはじめて自らのアイデンティティーに疑問を持ったようです。

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(あなたの祖国は?)

7年前我が家がパリに引っ越した時、フランス滞在期間が未定だった私たち
は、息子をスウェーデン人学校に通わせられないものかと学校に問い合わせ
ました。予算的に無理がありましたが、校長先生に我が家の所得証明をみせ
たところ、「すべての子供には母国語で学習できる権利がある」とおっしゃって、
学費免除、給食費のみで息子を受け入れてもらえることになりました。パリで
初めて息子は父の母国語であるスウェーデン語を学習することができました。

 3年後、フランス滞在が長くなるためフランスの小学校に移行することにした
のですが、なんでもゆっくりの長男がフランスの学習速度についていけるかが
心配で、一年下の学年CM1(日本の小4 フランスは留年も飛び級もあり)に
入れることにしました。

 
フランスの小学校

 息子にとって初めてのフランスの小学校です。最初のうちは、万年筆書きや
筆記体にも慣れておらず、ちょっとでも字が汚いと先生が、
「はいっ!やり直し!」といってページを「べりっ」と破ってしまうのがかなり
怖かったようです。
 
 クラスのみんなの字があまりにも汚いと先生のご機嫌は急降下し、
「なんですか、これは豚の字ですか!!」「はえの足で書いたような筆跡!!」
と、どんどんヒステリックに(息子談)。学校事務員の方が入って来て、
「このクラスの生徒たちは朝みんなきちんと挨拶ができています。
すばらしいですね。」と言い残していくと、「あなたたちは先生の誇りです!」
今度は機嫌が急上昇、一喜一憂する先生を前に息子は毎日ドキドキしていた
そうです。


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作文の遅い息子

 新学期から3ヶ月が過ぎて、担任の先生から「よく頑張っているので、
来年は彼の実年齢の学年、中学校一年生(日本の小6)に飛び級しても
大丈夫かもしれません。」というお話がありました。

 同時に、「息子さんは何事も時間内に終えるという習慣がありません。
それでは中学校のきびきびしたペースについていけません。特に作文を
書くのが遅すぎます。」と注意されました。書くのが「遅い」というのは、
イタリアの幼稚園のお絵描きの時間でも、スウェーデン人学校でも、日本の
小学校体験入学でも同じだったのですが、ついにフランスの学校で「問題」と
して指摘されてしまいました。

 授業中に先生が、「あと3分、早く、早く!」とよこでパンパン手を叩きながら
キンキン声で急かす(息子談)らしいのですが、あまり効果もなく、うちの子は
「僕はこれ以上速く書くと手がけいれんしそうでできない」と言ったそうです。


 
フランスでは、何をおいてもフランス語

 担任の先生から面談に呼ばれ、「書くのが遅いのはフランス語力のせいかも
しれません。フランスでは、なにをおいてもフランス語、数学ができようが物理に
才能があろうが、良いフランス語を習得していなければ社会で認められません。
明日、他の飛び級予定の子供2人と一緒にフランス語の国家能力検定をやり
ます。」ということになりました。
 
 後日、フランス語の能力試験は先生が思っていた以上に結果が良かった、
と伝えられました。先生曰く、「彼は全部の問いを制限時間より前に書いて
提出したのよ。必死になればできるのよ。速く書くのは手が痛いから無理とか、
全部言い訳ね。」

 子供が言うには、先生は試験中すごい形相で横に待機していて、ちょっと
でもぼやっとすると、「あと3分、速く!悩まずにとにかく書く!」と、制限時間
内に終わらないのは許されない雰囲気だったのだそうです。


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(ボランティアの人たちによる放課後の宿題補助。
息子も近所の公民館で水曜日の午後お世話になっています。)


 
 息子は無事中学校に進級、現在13歳中学校3年目(日本の中2 フランスの
中学校は4年制)となりました。中学校のフランス語の先生はとても厳しく、本の
要約の宿題が山ほど出るようで、毎日「僕はなぜ学校に行かないといけないのか」
とぶつぶつ文句をいいながらレジュメを書いています。


リサ 2月8日 リヨンにて

第5回 フランスの教育改革(共和国の価値とライシテ)


若者の社会への不満


1月22日、Vallaud-Belkacem教育相が 教育改革11項目を発表しました。
教員及び教育に携わる職員への政教分離の徹底及び差別偏見に対応する
ための 研修など、3年間で2億5000万ユーロの予算を当てるようです。

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(向かって左側がヴァローベルカセム教育相)

 フランス国内では社会に不満を持つ若者たちがイスラム過激派のジハード
に参戦したり、テロの画策が多発しています。今年1月7日に過激派イスラム
の影響を受けたアルジェリア系フランス人兄弟による風刺週刊誌社襲撃が起
きたことはまだ記憶に新しいと思います。

 移民2世の若者たちはフランス人として育ちながらも、実際には偏見と差別
の多い社会に抑圧されフラストレーションを感じています。そこにつけこんで
過激派が若者を勧誘するようです。テロに賛同するメッセージがネット上で流
され警察はその削除に追われています。最近では、事情のよくわかっていない
小学生が「僕はテロリストの方に共感する」と言い出して問題になりました。


 
洗脳される若者たち

 政府は「Stop-djihadisme.gouv.fr」というサイトを作り、
「ジハードに参戦したら君はこの世の地獄を見て、たった一人、故郷から遠く
離れたところで死んでいくのだよ」

「彼ら(過激派)は君に、我らの英雄と家庭を築こう、と言うだろう。実際には、
君は戦争と恐怖のなかで子育てすることになるのだ」

「彼らは君に、一緒にシリアの子供達を助けよう、というかもしれないが、
実際には君はそこの住民の虐殺に加担することになる」

というメッセージをショッキングな映像とともに発信し、若者が聖戦主義に
洗脳されるのを防ごうとしています。

 学校現場では、家庭、地域と連帯して早急に問題解決していく必要に迫ら
れています。フランス連続テロ事件を受けて発表されたこの教育改革は、
『ライシテ(政教分離の原則)と共和国の価値の浸透』を主な目標に掲げて
います。


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(メトロニュース ラマ・ヤド元人権 外務担当政務次官へのインタビュー :
 ライシテを適応する、これが全て)

ライシテ

『12月9日のライシテ記念日では、国のすべての機関と学校で式典が執り
行われる』

 12月9日はライシテ基本法1905年が制定された日です。フランスにおける
政教分離の原則であり、公の場である学校にライシテを適応することで
『教育の自由』が保証されると考えられています。

ここまでは私にも理解できるのですが、では実際の教育現場にライシテを適応
するというのはどういうことか、と問われると戸惑います。ライシテと国のモットー
『自由・平等・博愛』の理念によって差別偏見のない平等な社会実現を目指す、
そのためには、ライシテの意味を人から与えられるのではなく、生徒一人一人が
答えを出し納得する必要があるようです。

「クラスメートたちはライシテについて本当の意味を知らずに話している」
(リヨンの高校生談)

フランスの学生たちは、ライシテの授業がとり入れられることに熱意をもって
います。学校では学生同士討論を通して、その意味を考えさせようとしています。

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(ライシテって何?)

共和国の価値

『国家行事や共和国のシンボル(国歌、国旗、国のモットー(自由平等博愛)を
理解し祝うことをとおして教師の権威回復を目指す』

 国の記念行事に全校生徒が参加する事は、共和国の価値の浸透を目指す
には良い機会ですが、皆が国歌を歌うのか等、論議が交わされそうです。

『小学校学年CE2(日本の小3)ではフランス語の習得評価が最優先される』
という項目もあります。移民の多いフランスでは、子供達のフランス語習得に
とても力を入れています。移民としてやってきた子供たちが普通の公立学校に
通う前に、フランス語を学びながらうまく適応していけるように準備する学校も
あり、子供たちはフランス語を習得したのちに地域の公立学校へと編入してい
きます。


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(教育改革、共和国の価値のために)


 フランス共和国の理念のもとに皆が自由平等であり、公の政教分離がある
からこそ私の信仰の自由があるという理想は、この国が秩序を保っていくため
の唯一の手段とも思えます。

 クラスに数人はイスラム教徒の子供もいますし、ユダヤ教の人もいます。
アフリカからの移民も多いですし、国内に暮らすブルガリアやルーマニアからの
移民ロムへのまだ差別は根強く残っているようです。宗教、習慣、人種をめぐる
差別と衝突は日常の問題として存在しています。

 この教育改革を実行するにあたって、国内千人の学校関係者に研修が行わ
れるそうです。この教育改革が絵に描いた餅とならず、近い将来にはその成果が
目に見えてくるとよいのですが。


                    リサ 1月31日 リヨンにて


 追記
 
 イスラム過激派に拘束されている後藤さんとヨルダンのパイロットのことを
心配しながらこのレポートを書いていました。後藤さんの悲報を知らせる動画が
発信と報道されましたが、間違いであって欲しいと強く願います。

 もう一人の捕虜として拘束されていた湯川さんが殺害されてしまったという報道
を聞いたときには残念でなりませんでした。フランスでは、前年9月に過激派に
よって殺害されたジャーナリストの遺体が先日無言の帰国をしました。
ご家族の悲しみは計り知れないものと思います。
 

第4回 Marche Républicaine (フランス共和国の行進)

フランス最大級のデモ行進
 
1月7日の『シャルリ・エブド』パリ本社襲撃、続く2件の人質立てこもり事件により
計17名の犠牲者をだした一連の銃撃事件をうけて、 1月11日、フランス全土で
大規模なデモ行進がありました。参加者が約370万人にものぼったこのデモ行進は
『共和国の行進』と名付けられ、 オランド大統領は「今日パリは世界の首都となる」と
発表しました。多くの人が掲げていた『Je suis Charlie 私はシャルリ』は、表現の
自由が暴力攻撃をうけたことへの抗議のスローガンとして生まれましたが、今では
自由そのものを守るメッセージしても使われるようになりました。子供たちも大人
同様に参加し、意見を述べていたのが印象的でした。


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(インタビューに答える子供達)

フランス国内のイスラム教徒

『共和国の行進』にはフランスに住むイスラム教徒、ユダヤ教徒の人々も数多く
参加しました。皆フランス国民の一員であると語り、『Je suis Charlie 』の他にも
さまざまな言葉を掲げて行進しました。『Je suis Juif 私はユダヤ教徒』
『Je suis Musulman 私はイスラム教徒』 『Je suis Français 私はフランス人』
『Je suis Liberté私は自由』『Je suis Republicain 私は共和国の一員』 etc...


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『Je suis Ahmed 私はアフメド』を掲げた人も多くいました。イスラム過激派の
影響を受けたテロの実行犯は、イスラムの預言者ムハマンドを風刺の風刺画を
掲載した『シャルリ・エブド』を銃撃したのですが、同社を護衛して殉死した警官の
一人、アフメドさんはイスラム教徒でした。テロ犯は、イスラムの名誉のためと
言いながら、結局イスラム教徒の命をも奪ってしまったのです。

殉死したアフメドさんの家族が、本当のイスラム教徒はテロを認めないということを
わかってほしいと語りました。一連の銃撃事件後、イスラム教徒標的の攻撃が
相次いだため、オランド大統領は、国内に住むイスラム教徒を全力で守ると言って
いましたが、イスラム教徒がフランスで生きて行く難しさを感じました。

子供達

近所の図書館の寄せ書きにはメッセージを漫画で表した子供たちもいました。

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(リヨンの中学生の書いたウサギの親子のメッセージ画 
 「ママ、シャルリ・エブドって誰?」「それは『自由』よ、シーモン」)

今、フランスの学校現場では、子供達、特に幼稚園児や小学生に、今回起きた
事件をどう説明すればよいのかが議論されています。表現の自由とは何か、
暴力で抗議してはいけない、テロを恐れない、ということを子供達にどのように
伝えればよいのでしょうか。

ある先生は「私たちには自由に意見を述べる権利があり、そして自分の意見を
変える権利もある。風刺画で誰かをからかう権利だってあるのです。そのことが
脅かされることがあってはなりません。風刺画は、風刺する対象が何であるかが
大切、それが特定の人々への差別や偏見につながるようなものはよくありません」
とおっしゃっていました。

また、子供達にこの事件に関して知っていることを絵に描かせて皆で発表し、
その絵が何を表しているのか、あなたはどんなふうに感じるのかを話し合っている
クラスもありました。

『シャルリ・エブド』100万部売り切れ 

7日の『シャルリ・エブド』パリ本社襲撃から1週間後、悲しみの中『シャルリ・エブド』
最新号が100万部発売されました。朝4時から各キオスクに列ができ、発売後
数十分で完売となり、増版の予定だそうです。表紙には『全ては赦される』という
タイトルがあり、『私はシャルリ』を掲げた、預言者ムハンマド(漫画タッチに
描かれている)が涙を流している絵が掲載されました。ムハンマドのイメージが
描かれること自体がイスラムではタブーなので、この風刺画がどのように解釈
されるかは、意見が分かれるでしょう。

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(亡くなった風刺画家の一人の棺桶には皆が風刺画を描いた)


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(人と市民の権利の宣言(1789 )フランスには神への冒涜罪がない)

亡くなった、『シャルリ・エブド』の風刺画家Georges Wolinskiさんの妻は
インンタビューで、「ジョルジュはいつも鉛筆を手にしていた。脅迫はなんども
受けていたが、風刺画を描くことは彼にとって人生そのもので、やめることなど
彼には考えられなかっただろう。」と語っていました。

共和国行進当日のテレビ特番では番組の進行中ずっと、スタジオの端に置かれた
テーブルで3人の漫画家が風刺画を書き続けていました。

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絵は言語よりも多くの人々にメッセージが強く伝わりますが、受け取る側の捉え方が
人それぞれに違うので、異文化の人々が多く暮らす国では摩擦もことさら多くなります。
 
テレビ報道で、「皆さん、反論の手立てに銃をつかってはいけません。ここは民主主義の
国です。言論には言論をもって抗議しなさい。表現には表現を、風刺画には風刺画で!」と、
パリのイスラム寺院に集まった信者に語る導師を見て夫がぽつりと言いました。
「風刺画はフランスのお家芸だ。イスラムの人たちに風刺画で対抗しろと言ったって、
彼らにとっては不利だよ。」

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国民の評価

フランス史上最大とも言われる『共和国の行進』を行ったオランド大統領。
国民の85パーセントが大統領の行動を支持しました。十数人の死者が出た
フランスのテロへの抗議よりも、もっと悲惨なナイジェリアの方に目を向けるべきだ
という声も内外から出ているようですが、フランス内で起きたこの事件に大統領が
フランスの威信にかけてフランス史上最大級のデモを行ったことを国民は
評価しています。

このような悲劇を繰り返さないためにどうすれば良いのか。
その答えは、共和国の行進で民衆がそれぞれに掲げていたプラカードの言葉に
あるような気がします。これらの言葉を集めてまとめてみれば、
『憎しみではなく愛と自由のもとに、宗教の隔てなく平等に皆が一致団結し、
自由平等博愛のフランスに誇りを持ち、恐れることなく生きる。』となりました。


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      リサ 1月16日 リヨンにて

第3回 『 JE SUIS CHARLIE 』


表現の自由とテロ

去る1月7日、風刺画週刊誌を刊行しているパリの新聞社、『シャルリ・エブド』が
武装したアルジェリア系兄弟二人により銃撃されました。アルカイダ指示による
テロで、同社の掲載している過激なイスラム主義を皮肉った風刺画への制裁として、
編集員、そして警官を含む12名が銃殺されました。
 
フランス全土で追悼と抗議を示すために人々が集まっています。フランス国民は、
イスラムによるテロという部分よりも、表現の自由が攻撃されたという事態に強く
反応しているようです。フランスの風刺画の歴史は長く、シャルリ社も、タブーを
一切気にすることなく、政治、宗教を含むあらゆる分野を風刺画で皮肉たっぷりに
批判してきました。日本人の私にとっては、風刺画の幾つかはあまりに下品で
侮辱的にさえ感じるのですが(日本の福島原発事故の風刺もある)フランスでは、
風刺が社会問題の的をついており、倫理問題スレスレの『表現』であると捉える
人々の方が多いのです。ですので、風刺画の内容がどうであれ、表現と言論の
自由を暴力で否定された、このことにフランス人は強い抗議をしたのです。

スローガン『私はシャルリ』
 
テロへの抗議のスローガンは、黒地に白く『Je suis Carlie (私はシャルリ)』と
書かれたもので、ツイッターで自然発生したそうです。脅迫をうけながらも風刺画
週刊誌刊行を続けたシャルリ社に賛同し味方する、という意思表示です。
街の看板、学校、公民館、図書館、本屋、至る所にこのスローガンか掲げられました。


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  (図書館の寄せ書き)

8日には、フランスのあちこちの広場でこのスローガンを掲げ集まった人々が、
言論を象徴する鉛筆やペンを立てて追悼しました。息子の中学校でもお昼休みに
校庭に皆でペンを立てました。

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 (中学校の校庭に生徒たちが立てた追悼のペン)

中学校の先生が、テロの起きた1月7日水曜日は、皆の記憶に残るように、
もしかしたら国の記念日になるかもしれない、とおっしゃっていたそうです。


ネット上では賛否両論

このスローガンに溢れた街中を歩いていると、さもすべての人がこのテロを
批判して結束しているように思われます。しかし、金曜日のメトロ新聞『20minutes』
には、「ネット上ではこのテロに『Bien fait (よくやった)』と満足の声も」
「結束の一方で、ネット上では憎しみのメッセージが主に若者の間で発信されている」と
気になる記事も出ています。

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 (ネット上では憎しみのメッセージも)

移民政策に厳しかったサルコジ氏にかわり、2012年オランド氏が大統領に
なったとき、テレビでは移民たちの喜びのインタビューが放映されました。
オランドは移民受け入れに積極的で、昨年末には、サルコジが足を踏み入れる
ことのなかった移民博物館で演説もしました。今回の事件は、テロリストによる
もので、イスラム教徒の人々もテロを批判しています。イスラム教の信仰とは
別に捉えるべきでしょう。しかしテロ犯がアルジェリア系フランスで、フランス
国内で育ちながらもイスラム過激派の影響を受けたというのは国民にとって
不安要素であり、新聞などでは、テロ犯が近所のアパートに住んでいたと知った、
犯人の一人がパリの市役所で2年間勤務していた、など、テロ犯が身近にいる
かもしれないという漠然とした不安の声が掲載されています。


なぜ『私はシャルリ』なのか

ところで、『Je suis Charlie』というこのスローガン、どう思われますか。
テロ行為には断固反対だとしても、シャルリ・エブドの風刺画が嫌いな人にとって
『私はシャルリ』というスローガンを掲げるのは抵抗があるでしょうね。風刺画という
特別なジャンルで週6万部の発行、常に方々から非難され物議を醸してきました。

しかし、夫(スウェーデン人)に言わせると、
「だからこそ、このスローガンには重要な意味があるんじゃないか。
この週刊誌がたとえどんなに批判されていたとしても
(たとえ言っている内容、表現されている内容が支持されるものではないにせよ)、
すべての人には言論の自由、表現の自由が保障されなければならない、そこが大事だ。
今回、この事件にフランス人がここまで明確に意思表示をするとは思っていなかった、
僕はフランス人を見直した。」


本日11日の日曜日はフランス各地で大々的なテロ抗議の行進があります。
パリではオランド大統領、欧州各国首脳も参加します。
風刺画週刊誌『シャルリ・ヘブド』は、テロに屈することなく来週の水曜日も休まず
発行されるそうです。しかも増版して百万部に。

歩み寄るためには 

テロに屈せず抗議することは大切ですが、『Combattre Contre 〜(〜に対して戦う)』、
ということには限界があるような気がします。今回のテロの実行犯は若い兄弟でした。
彼らは戦いの手段として武器を、新聞社はペンを選んだわけですが、
双方とも命を落としました。
このようなテロはまた計画されるでしょう。堂々巡りで終わりのない戦いです。
対峙するのではなく、歩み寄る方法を具体的に実践していく時です。
歩みよる方法がないから戦うのだ、と言われますが、皆さんはどう思われますか。

                          リサ 1月11日 リヨンにて



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 (抗議する人々)

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 (追悼のためリヨンのTerreaux広場に集まった人々)

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 (テロの襲撃を受け亡くなった編集員の方々)


第2回 God Jul! トムテンがやってきた


スウェーデン式クリスマス

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にんげんクラブの皆様、こんにちは。

 年末年始、ゆっくりお過しになりましたでしょうか。
故郷やご家族の元へ帰省されたかたもいらっしゃるでしょう。
リヨンの我が家には、ルンド大学に通う長女がクリスマス料理の材料と
お菓子を携えてスウェーデンからやってきました。
 
 スウェーデンでは、クリスマスは『Jul (ユール)』サンタさんは
『Tomten (トムテン)』と呼ばれています。
トムテンはもともと北欧に古くから伝わる、赤いとんがり帽子に
長いあごひげを生やした妖精ですが、アメリカから伝わったサンタクロースの
イメージと重なり『ユールトムテン』となりました。
 
 トムテンは12月24日の午後、律儀に玄関のベルをならしてやってきます。
トムテンの現れるほんの少し前、家族の誰か(お父さん、おじいちゃん、
もしくは親戚の人)が「ジュース買ってくる」などと言いつつ外出します。
しばらくしてインターフォンが鳴り、戸を開けるとそこにはトムテン
(我が家の今年のトムテンはパパ)が。
トムテンはサンタクロースのようにプレゼントの入った袋を持ってきません。
手ぶらでやってきて、家族の用意したプレゼントを分配するのです。
2歳になる娘はパパが変装していると分からず怖がって隠れてしまいました。
 
 トムテンはクリスマスツリーの下に並べられたプレゼントを手にとり、
プレゼントの包みに書かれた宛名と送り主を確認して
「これは、おばあちゃんからペーター君へ。
God Jul! (ゴードユール・メリークリスマスの意)」などと言いながら
プレゼントを配ります。
配り終わると玄関から帰っていき、数分後にジュースを買ってきたパパが
帰宅します。トムテンがさっきまで来ていたと聞いてがっかりしますが、
「大丈夫、パパの分もちゃんと配って行ったから」と子供に言われて一安心。
みんなで順番にプレゼントを開けていき、プレゼントをくれた人にお礼を言います。
プレゼントは大人から子供だけではなく、子供から大人にも
(手作りの工作や絵などが)渡されます。
 

             トムテンがきたよ

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 リヨンのイケアにて購入したクリスマスツリーは価格24ユーロで20ユーロの
ショッピングクーポン券がついてきました。
約1メートル半の生木のクリスマスツリーを自宅のリビングに置くのですが、
後で捨ててしまうのはかわいそうな気がします。
夫の言い分では、生木のツリーは必要不可欠でプラスチック製のツリーでは
到底代用できないのだそうです。
夫の祖国スウェーデンでは、ツリーは水の入った特別な鉢に固定し、
毎日水を足してやります。ツリーは11月下旬から飾られ、12月13日の
サンタルチア祭とクリスマスを経て、年が明けた1月13日にツリーを囲んで
踊り感謝します。その後自治体で回収されたツリーは細かく砕かれ肥料や
燃料として再利用されるそうです。


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    ツリーを支える鉢には水が入っている

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スウェーデンのクリスマス定番料理『ヤンソンの誘惑』
(ニシンのアンチョビ入りポテトグラタン)

 ここフランスのリヨンでは多くの人がカトリックですので、
24日と25日は幼子イエスの誕生を祝うため教会のミサに出かけます。
教会には、イエス様のお生まれになった納屋を再現し、ロバ、牛、マリア、ヨセフ等
誕生に立ち会った登場人物の人形を置いた、『プレゼピオ』が設置されています。
トラディショナルなものから個性的なものまで、街中の教会を巡って
楽しむことができますが、24日はイエス様がまだお生れになっていないので、
幼子イエスはまだ納屋に置かれていません。
幼子イエスの人形が置かれたプレゼピオを見るには、
25日に日付け変更するまで待つことになります。

皆様が、穏やかで希望に満ちた一年を過ごされますように。
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                   リサ 1月3日 リヨンにて 


 

 

 
 

はじめまして。


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この度、ご縁がありまして、にんげんクラブHPにフランス・リヨンでの生活を
ブログにて綴る機会をいただきました
名前はリサと申します。


縁といいますのは、実はこのブログ発信は私の母が橋渡しをしてくれたことから
始まりました。


母は10数年に渡り舩井幸雄氏の考えや実践に深く共感し続けて参りました。
舩井勝仁氏がその意思を継がれた今も熱心に講演会等に参加させていただいて
おり、海外にいる私にも時折、『ザ・フナイ』や、『にんげんクラブ』、オススメの本な
どを郵送してくれます。そして、これらの本や冊子は海外にいる私の子育ての指針
にもなっています。

母は常日頃、国際結婚した私が日本から日々遠ざかっていくのを心配していま
した。

そんな折、にんげんクラブのイベントに参加した母は、何を思ったか懇親会で
いきなり、リヨンにいる娘のコラムを掲載していただけませんか、とお願いしてしまっ
たのです。もちろん、そのような唐突なプレゼンテーションはお断りされて当然のは
ずですが、やんわりと、では、掲載されるかどうかはわかりませんが、原稿を送って
みてください、というお返事をいただいたそうです。

久しぶりに子供たちの声を母に聞かそうと思い、スカイプで連絡してみたところ、
出てきた母の第一声は、

「舩井勝仁さんと編集長さんに頼んでおいたから。」

そして、「掲載されるかはわからないけど、原稿送ってもいいって。ほら、あんたが
ちょくちょくメールで書いてくれる、フランスでは保険加入に国の補助がおりる、とか、
学校は6週間おきに2週間のバカンスがあるとか、子供を音楽教室に通わせたら
教会のパイプオルガンを弾くことになった、とか、こんなのは日本にないことだもの。
いろいろ書いたらきっと喜ばれるよ。」

と弾んだ声でアドバイスされました。


確かに、時折気心の知れた家族、友人にこちらの生活をメールにまとめて書いた
ことはありましたが、母が掲載をお願いしてきたと聞いてびっくりしてしまいました。

ここで執筆経験のない私が本当に原稿を送ってしまったらかえってご迷惑をかける
だけかと大変躊躇いたしましたが、母が思い切ってお願いしてくれたありがたいお話
です。ダメもとでリヨンの生活を綴って写真を添えて送ってみたところ、写真が豊富で
すからホームページにブログでどうでしょう、という展開になりました。


私は国際結婚しており、夫と子供2人の4人家族です。イタリア生活9年、パリに5年、
そして1年半前にリヨンに引っ越してきました。日々の出来事をとおして出会う人々は、
共に語り合ったり、仲違いしてみたり、みんな私と同じ、一人の人間です。 個々の相手
への思いやりや寄り添う気持ちは万国共通です。

なのに、国の制度、となると各国の習慣やメンタリティーはこんなにも違うのか、と
驚きます。

2人の子供は、日本人の私が違いとして捉えていることも、ヨーロッパで育っていくうち
に当たり前のこととして捉えるようになるのかもしれません。

ブログは主に国際結婚した主婦の子育日記ですが、日々の暮らしや子供の学校生活
にも、その国のお国柄がでているように思います。

楽しんでいただければ幸いです。   

    
                  
                  リサ  12月18日 リヨンにて 

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