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第3回 『 JE SUIS CHARLIE 』


表現の自由とテロ

去る1月7日、風刺画週刊誌を刊行しているパリの新聞社、『シャルリ・エブド』が
武装したアルジェリア系兄弟二人により銃撃されました。アルカイダ指示による
テロで、同社の掲載している過激なイスラム主義を皮肉った風刺画への制裁として、
編集員、そして警官を含む12名が銃殺されました。
 
フランス全土で追悼と抗議を示すために人々が集まっています。フランス国民は、
イスラムによるテロという部分よりも、表現の自由が攻撃されたという事態に強く
反応しているようです。フランスの風刺画の歴史は長く、シャルリ社も、タブーを
一切気にすることなく、政治、宗教を含むあらゆる分野を風刺画で皮肉たっぷりに
批判してきました。日本人の私にとっては、風刺画の幾つかはあまりに下品で
侮辱的にさえ感じるのですが(日本の福島原発事故の風刺もある)フランスでは、
風刺が社会問題の的をついており、倫理問題スレスレの『表現』であると捉える
人々の方が多いのです。ですので、風刺画の内容がどうであれ、表現と言論の
自由を暴力で否定された、このことにフランス人は強い抗議をしたのです。

スローガン『私はシャルリ』
 
テロへの抗議のスローガンは、黒地に白く『Je suis Carlie (私はシャルリ)』と
書かれたもので、ツイッターで自然発生したそうです。脅迫をうけながらも風刺画
週刊誌刊行を続けたシャルリ社に賛同し味方する、という意思表示です。
街の看板、学校、公民館、図書館、本屋、至る所にこのスローガンか掲げられました。


寄せ書き.jpg
  (図書館の寄せ書き)

8日には、フランスのあちこちの広場でこのスローガンを掲げ集まった人々が、
言論を象徴する鉛筆やペンを立てて追悼しました。息子の中学校でもお昼休みに
校庭に皆でペンを立てました。

ペン.jpg
 (中学校の校庭に生徒たちが立てた追悼のペン)

中学校の先生が、テロの起きた1月7日水曜日は、皆の記憶に残るように、
もしかしたら国の記念日になるかもしれない、とおっしゃっていたそうです。


ネット上では賛否両論

このスローガンに溢れた街中を歩いていると、さもすべての人がこのテロを
批判して結束しているように思われます。しかし、金曜日のメトロ新聞『20minutes』
には、「ネット上ではこのテロに『Bien fait (よくやった)』と満足の声も」
「結束の一方で、ネット上では憎しみのメッセージが主に若者の間で発信されている」と
気になる記事も出ています。

メッセージ.jpg
 (ネット上では憎しみのメッセージも)

移民政策に厳しかったサルコジ氏にかわり、2012年オランド氏が大統領に
なったとき、テレビでは移民たちの喜びのインタビューが放映されました。
オランドは移民受け入れに積極的で、昨年末には、サルコジが足を踏み入れる
ことのなかった移民博物館で演説もしました。今回の事件は、テロリストによる
もので、イスラム教徒の人々もテロを批判しています。イスラム教の信仰とは
別に捉えるべきでしょう。しかしテロ犯がアルジェリア系フランスで、フランス
国内で育ちながらもイスラム過激派の影響を受けたというのは国民にとって
不安要素であり、新聞などでは、テロ犯が近所のアパートに住んでいたと知った、
犯人の一人がパリの市役所で2年間勤務していた、など、テロ犯が身近にいる
かもしれないという漠然とした不安の声が掲載されています。


なぜ『私はシャルリ』なのか

ところで、『Je suis Charlie』というこのスローガン、どう思われますか。
テロ行為には断固反対だとしても、シャルリ・エブドの風刺画が嫌いな人にとって
『私はシャルリ』というスローガンを掲げるのは抵抗があるでしょうね。風刺画という
特別なジャンルで週6万部の発行、常に方々から非難され物議を醸してきました。

しかし、夫(スウェーデン人)に言わせると、
「だからこそ、このスローガンには重要な意味があるんじゃないか。
この週刊誌がたとえどんなに批判されていたとしても
(たとえ言っている内容、表現されている内容が支持されるものではないにせよ)、
すべての人には言論の自由、表現の自由が保障されなければならない、そこが大事だ。
今回、この事件にフランス人がここまで明確に意思表示をするとは思っていなかった、
僕はフランス人を見直した。」


本日11日の日曜日はフランス各地で大々的なテロ抗議の行進があります。
パリではオランド大統領、欧州各国首脳も参加します。
風刺画週刊誌『シャルリ・ヘブド』は、テロに屈することなく来週の水曜日も休まず
発行されるそうです。しかも増版して百万部に。

歩み寄るためには 

テロに屈せず抗議することは大切ですが、『Combattre Contre 〜(〜に対して戦う)』、
ということには限界があるような気がします。今回のテロの実行犯は若い兄弟でした。
彼らは戦いの手段として武器を、新聞社はペンを選んだわけですが、
双方とも命を落としました。
このようなテロはまた計画されるでしょう。堂々巡りで終わりのない戦いです。
対峙するのではなく、歩み寄る方法を具体的に実践していく時です。
歩みよる方法がないから戦うのだ、と言われますが、皆さんはどう思われますか。

                          リサ 1月11日 リヨンにて



抗議.jpg
 (抗議する人々)

追悼.jpg
 (追悼のためリヨンのTerreaux広場に集まった人々)

編集員.jpg
 (テロの襲撃を受け亡くなった編集員の方々)




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